暗黒騎士物語

根崎タケル

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第14章 草原の風

第3話 馬に乗る

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 聖レナリア共和国。

 女神レーナを崇めるその国では今2人の噂でもちきりであった。

 1人は小さな聖女サーナである。

 光の勇者レイジと聖女サホコの娘であり、様々な奇跡を使う事ができ。

 どんな病気の者で治してしまう。

 蛇の女王の呪いを受けて宝石と化した騎士達を元に戻したのも彼女である。

 また、幼いながらもその美貌は凄まじく、多くの若者達から崇拝されるまでになっている。

 もう1人は晴れて正騎士となったギルフォスである。

 騎士となって間もないのに白鳥の騎士ギルフォスの名声はすでに近隣諸国に響いている。

 西の凶悪な魔獣を倒し、東のゴブリンの部族を討伐したりしている。

 今では光の勇者レイジに次ぐ存在だとまで言われている程だ。

 聖レナリアの御婦人や御令嬢方から人気があり、今日も彼を一目見ようと騎士団本部まで押しかけている。

 そんな彼女達を押しとどめるために騎士達は困るのであった。

 それは従騎士の身分であるコウキも同じで、彼女達を押しとどめるために苦労していた。

 

「はあ、大変だったな、コウキ」



 一緒に彼女達を追い返していたネッケスが言う。

 従騎士にはこんな雑用もしなければならず、頭の痛い事であった。

 朝からギルフォスの練習を見に来る女性達を追い返し、コウキ達は建物の内部へと戻るその途中である。

 ネッケスは小さな聖女サーナによって石から元に戻った。

 ただ、他の宝石化した騎士と同様に数日の記憶を失っていたのである。

 そのため、スノビヘ王国での事件を何も覚えていなかったりする。

 つまり、コウキが獣神子テリオンに勝った事を騎士達は誰も知らないのである。

 あの事件は女神レーナによって全てが解決した事になっており、それが全てであった。

 

「そうだね。まあ、最後は彼女達もわかってくれたみたいだし。良かったよ」



 コウキがそう言うとネッケスは苦笑する。



「そうかな。中には不満そうなのもいたみたいだがな。あ~あ、俺達も正式に騎士になったらあれぐらいとはいわないがモテるようになるのかな?」



 ネッケスは背伸びをして呟く。

 白鳥の騎士は女性から人気がある。

 だが、ギルフォス程になるとは思えなかった。

 あれは別格である。



「それはわからないよ。でも、そんな事を考えるよりも今を頑張ろうよ」

「そうだな、でも夢はあった方が良いだろう? ギルフォスみたいに活躍すればすぐに騎士になれるはずだ。コウキだって活躍しているんだすぐになれるはずだ」



 ネッケスは握りこぶしを作って力強く言う。



「はは、そうかな。でも、難しいと思うよ、自分はね……」



 コウキは気を落として言う。

 コウキもギルフォス程ではないが魔物討伐で活躍している。

 しかし、ある理由から正騎士になるのは難しい状況なのである。



「ああ、あの事か。まあ、そう気を落とすなよ、コウキ。きっとそのうち見つかるさ。それじゃあ俺は厩舎で仕事があるから行くぜ」



 ネッケスはそう言って立ち去る。



「ああ、頑張って、ネッケス」



 コウキはネッケスを見送る。

 従騎士には馬の世話をする義務があり、午前中ネッケスはその仕事で忙しいのである。

 それに対してコウキは馬の世話をする事はない。

 なぜなら、馬に嫌われているからだ。 

 そして、コウキが騎士になれない理由のであった。

 騎士とは馬に乗る戦士であり、馬に乗れないと騎士として恰好がつかない。

 そのため、騎士として叙勲がされないのである。

 普通の馬はもちろん、優秀な騎士馬デストリアですら嫌がるので、コウキは今まで馬に乗った事がないのだ。

 支配ドミネイトの魔法で操れば乗れない事もないが、あまりにも精神を捻じ曲げれば馬はすぐに死んでしまう。

 もちろん、母であるレーナや後見人であるチユキにお願いすれば、特例で馬に乗れなくても騎士の身分を得る事はできるだろう。

 しかし、馬に乗れずに騎士を名乗るのはさすがのコウキも嫌であり、頼むことができなかった。

 結局コウキは従騎士のままであり、正規の騎士になれないままなのである。

 コウキとしては悩ましい事である。

 ネッケスと別れたコウキは修練場へと足を運ぶ事にする。

 気を紛らわすにはそれが一番であった。



「コウ」



 突然背中に誰かが抱き着いて来る。



「サ、サーナ様!? どうしてここにお務めは?」



 コウキに抱き着いてきたのはサーナである。

 サーナは引退した巫女メリニアの代わりとなり、最高司祭に次ぐ地位になっている。

 子どもではあるが、色々とやる事が多いはずであった。

 

「つまらないから、抜け出して来た」



 サーナは淡々と答える。

 コウキは困った顔をする。

 今頃御付きの騎士となったルクレツィアが探していることだろう。

 彼女は昔から勝手気ままなところがあり変わる事はないようだ。

 

「それよりも、コウキ。何か悩んでる?」



 サーナは背中から降りて前に来ると首を傾げる。



「いえ、特には……」

「馬の事? それなら良い事を知っている」



 コウキが言いかけた時、サーナが気になる事を言う。



「良い事? えっ、どういう……」

「それについてはナオさん達が答えるっすよ」



 コウキがサーナに聞こうとした時だった。

 突然上から声がする。

 コウキが見上げるとそこには天井に足を付けて逆さまに立っている少女がいる。

 褐色の肌に長く伸ばした黒い髪の少女。

 コウキは彼女を知っている。

 髪を伸ばしたナオである。



「えっ? ナオ様? いつの間に来られたのですか?」



 コウキは驚く。

 ナオがここに来ることは聞いていない。

 聞いていたら出迎えに呼ばれていただろう。 



「とう! ついさっきっすよ! ナオさん達ならエルドからここまですぐに来れるっすからね。まあ、来る事は誰にも伝えていないっすけどね」



 ナオは掛け声と共に降りると説明する。

 エルドから聖レナリア共和国までそれなりの日数がかかる。

 しかし、ナオであればほんの僅かの時間で来ることが出来る。

 先ぶれの使者を出すのが面倒だと思ったのか黙って来たようだ。

 また一応部外者だが、勝手に騎士団本部に入って来た事を咎められる者はいないだろう。



「ふふ、久しぶりっす、コウキ君。大きくなって、身長もナオと同じぐらいになったっすね」



 ナオはコウキに顔を寄せるとニシシと笑う。

 ナオはコウキが初めて会った時から姿を変えていない。

 ナオに限らず光の勇者とその仲間達は年を取らないのだ。

 成長も止めているようでナオは永遠に少女のままだ。

 背も伸びず、小さいままであった。



「あの、ナオ様。近いです」

 

 ナオが顔を寄せて来たのでコウキはのけ反る。

 

「むー」



 側にいたサーナも不満そうな顔をする。



「にひひひ、大丈夫っすよ、サーナちゃん。サーナちゃんの良い人を取らないっすよ」



 ナオはそう言ってサーナに抱き着く。

 サーナは頬を膨らませているがナオを突き放そうとはしなかった。



「もう、ナオさん。先に行かないでよ。今ボーウェン卿に許可を取って来たわ」



 コウキの後ろから声がする。

 コウキが振り向くとそこには長く美しい黒髪の女性が歩いて来る。

 コウキが知っている女性だ。

 黒髪の賢者チユキ。

 コウキの後見人となってくれている女性である。



「チユキ様? チユキ様も来られたのですか?」

「ええ、そうよ。ついさっき来たところよ……。久しぶりね、コウキ君。はあ……、大きくなったわね」



 チユキは近くまで来るとコウキの両肩に手を置いて溜息を吐く。

 何となく残念そうであった。



「何で残念そうなんすか……? チユキさん」



 ナオがジト目で言う。



「うう、私としてはやっぱり小さい美少年のままでいて欲しいのよね。まだ、大丈夫だけど、出来ればもう大きくならないで欲しいわ」



 チユキは少し涙目になっている。



「ええと……」



 コウキは何と言って良いかわからなくなる。



「むー!!」



 チユキが涙くんでいるとサーナがチユキの服の裾を掴んで抗議をする。



「チユキさん。サーナちゃんが怒っているっすよ。本題に入った方が良いんじゃないっすか?」



 ナオはそう言ってチユキを促す。



「こほん。そうね、それじゃあ本題に入るわね。今日私達が来たのはコウキに用があるからよ」

「自分にですか?」

「うん、そう。サーナちゃんからコウキが悩んでいると聞いてね。何でも馬に嫌われているみたいじゃない?」



 チユキは表情を元に戻すとそう言う。



「はい、確かにその事で悩んでいます。どうしてでしょう?」



 コウキは俯いて言う。



「実はそれなんすけど、ナオ達のせいかもしれないっすよ。エルドの宮殿でグリフォンを飼っていたから、その匂いが付いたんじゃないかってね」



 ナオが説明する。

 グリフォンは馬の天敵である。

 そのグリフォンの匂いが近くにしただけで馬は怯えてしまう。

 コウキは何度かグリフォンの近くまで寄った事があった。

 その時に匂いがついたのかもしれない。



「まあ、あくまで可能性だけどね。エルドから離れて結構時間も経っているし、違うかもしれない。だけど、一応色々と調べてみたの。そしたらグリフォンを嫌がらない馬がいくつかいるらしいのよ。ぶっちゃけちゃうとグリフォンが何故か襲わない馬ね。そんな馬ならコウキも乗れるんじゃないかしら?」



 チユキはそう説明する。



「そんな馬がいるのですか? それは何という馬なのですか!?」



 コウキは思わず身を乗り出して聞く。



「天馬ペガサスやナルゴルの魔馬イビルホースがそうだけど、それらは手に入れにくのよね。レイジ君の天馬ペガサスも中々くれなかったしね。だけど、他に良い馬がいたのよ。黄金馬と言ってね。黄金の毛並みをしたすごく美しい馬らしいわ」



 チユキはそう説明する。



「黄金馬ですか? チユキ様。その馬はどこにいるのです?」

「キソニア平原に生息しているらしいわ。結構珍しい馬らしいわね」

「キソニア平原ですか……。それはちょっと遠すぎます……」



 チユキがそう言うとコウキは落胆する。

 キソニア平原の事はコウキも聞いた事がある。

 バンドール平野からカウフの地を超えた先にある、草原が広がる地域だ。

 かなり広い地域であり、広大なバンドール平野よりも大きいらしい。

 かなり遠く、この聖レナリア共和国から片道だけでも何カ月もかかるだろう。

 そんな遠くに探しに行くのは非現実的であった。



「まあ、普通の人が行こうと思ったら遠いでしょうね。でも私達なら数日で行く事ができるわよ。連れて行ってあげるわ」



 チユキはそう言って笑う。

 確かにチユキ達ならより早くキソニア平原まで行く事ができるだろう。

 

「そうっすよ。そのためにナオ達は来たっすよ。さあ、出かける用意するっすよ」



 ナオはそう言ってコウキを促す。

 

「えっ、でも許可が下りないと、外出は……」



 コウキは困った顔をする。

 従騎士であっても何かあった時のために待機しておかなければならない。

 外出するには許可が必要であった。

 ましてや長期の外出は難しいだろう。



「ああ、それならさっき取って来たわ。ボーウェン卿も承知してくれたわよ」



 チユキは拍子抜けするような事を言う。

 騎士団長のボーウェンが許可したならば問題はない。

 簡単に許可が取れるところはさすがチユキという所だろう。



「さあ、それじゃあ。みんなで草原に行くっすよ」

「おー」



 ナオはそう言って拳を上げるとサーナも同じようにする。



「ええと……」



 コウキは戸惑う。

 だが、キソニア平原に行く事は決定事項のようであった。

 

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