暗黒騎士物語

根崎タケル

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第13章 白鳥の騎士団

第1話 多頭蛇会

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 バンドール平野のとある場所。
 そこには打ち捨てられた国があった。
 元はそれなりに多くの人が住んでいた場所であるが今は誰もおらず、王が住んでいた屋敷にも半ば朽ち果てようとしていた。
 時刻は夕暮れであり屋敷の中は薄暗い。
 その暗い場所に3名の男女が集まっている。
 3名の顔はわからない。
 何故なら3名とも仮面を被っているからだ。
 それがこの3名が所属する組織の暗黙の決まりだ。
 3名はエリオスの神々に背を向けた背信者達が作る闇の組織の長であり、集まる時は仮面を付け、互いの顔を見られないようにしている。
 それが多頭蛇ヒュドラ会の決まりであった。

「ようやく、集まる事ができたわね……。それにしても最初の3名だけになるとは思わなかったわ。そうは思わない2の首」

 中心に座る女性が隣の男に話しかける。
 2の首はその言葉に頷き、女を見る。
 顔は見えないが声は若い。
 300年前に初めて会った時は老婆の声であった。
 入れ替わったのではない。
 同じ人物が若返ったのだ。
 2の首は蛇の女王の使徒が使う若返りの秘術を使ったのだろうと推測している。
 蛇の女王を崇める者は脱皮をする事で若返る事が出来る。
 1の首である女は若返りを繰り返し、長い年月を生きているようであった。

「確かにな。始まりの3人に戻った。勇者達が来る前までは九の首まであったのだがな……。それが、始まりの頃に戻ってしまったわい」

 2の首はそう言って1の首の女性と3の首の男を見る。
 多頭蛇ヒュドラ会は各地の闇の組織を束ねるゆるやかな互助会だ。
 それまではバラバラだった組織を一の首がまとめたのである。
 それぞれの組織の長を多頭蛇ヒュドラの首に見立て、順番にそう呼ぶ。
 番号で呼ぶのは身元を知られたくない者の集まりだからだ。
 顔を隠し、名前を名乗ることない。
 1つの首がオーディスの信徒に捕らえられても他の首の身元が知られる事がない。
 全てを知っているのは会の設立者である1の首のみ。
 1の首はそれぞれの組織の利益を調整する。
 下手に争うよりも利益があると思えばこそ2の首も会に参加したのだ。
 そんな、多頭蛇ヒュドラ会の首の数に制限はなく、欠番が出たら番号が繰り上がる。
 首を失っても新たな組織の長を新たな首をにする。
 首を失っても何度でも再生する多頭蛇ヒュドラに見立てたのがこの組織名の由来だ。
 多い時は13もの首があった。
 だが、その組織は光の勇者レイジとその仲間によって壊滅的な打撃を受け、ほぼ活動を停止させらている状況である。
 2の首も剣の乙女によって殺された。
 錬金術の奥義で代わりスペアの肉体を作っておいて良かったと改めて思う。

「本当にそうですね。ですがまた作り直せば良いではありませんか。新たな首となる者も見つけているのでしょう。1の首殿」

 そう言って3の首は笑う。
 若い男の声だ。
 出会ってから200年以上になるが、その声は変わらない。
 2の首は直接聞いたわけではないが、3の首の正体がなんとなく推測できた。
 おそらくは吸血鬼ヴァンパイア
 それも領地《カウンティ》を持っていた吸血鬼伯ヴァンパイアカウントだろう。
 薔薇の香水で隠しているが時々瘴気を臭うので間違いはない。
 人間の血液を啜り、永劫の時を生きる不死者の貴族。
 それが3の首の正体のはずであった。

「そのとおりよ3の首。もうすぐ来るはず……、いえもう来ているわね」

 1の首はそう言って部屋の入口を見る。
 そこには大きな体をした男が立っていた。
 顔は狼を模した仮面で隠しているが、上半身は裸であり、少なくとも見た目は男である。
 
「全く、いつ呼んでくれるのか待ちわびたぜ、蛇の女」

 男は入ってくると女の前に立つ。
 背が高く、横幅の大きい男が前に立つと威圧感があるだろう。
 しかし、1の首は動じない。
 仮面をつけているのではっきりとはわからないが笑っているようであった。

「ごめんなさいね、待たせてしまって。でも自ら名乗り出て来てくれても良かったのに」

 女は笑い声で言う。

「確かにな、まあ本当はどんな奴がいるのか観察してたのさ」

 男もまた笑いながら言う。

「へえ、見かけによらず。慎重だね。で、見た感想はどうかな?」

 3の首は親しげに語りかける。
 しかし、新たに入って来た男は3の首を見て嫌そうな態度を取る。
 
「臭いな……、あんた。嫌な臭いがプンプンするぜ」

 そう言って自身の鼻の前で手を振る。

「おや、この香水の匂いがお気に召さなかったかな。次は違う香を付けてこよう」

 3の首は自身の全身を見て言う。
 おそらく男が言っているのは3の首が香水で隠している本当の臭いの事だろう。
 2の首には臭わないので、かなり鼻が利くようであった。
 そこから、この男の正体が推測できる。

「ふん、ごまかしか。お前、俺達が来た事に気付いていただろう。まあいい、お前達と敵対するつもりはない。俺達の邪魔をしなければ何もしないぜ。そちらの魔術師も覚えときな」

 男は2の首を見る。
 男の言う通り2の首は魔術師である。
 かつて、大賢者マギウスの有望な弟子であり、魔術の研究のために大勢の者を犠牲にしたのが彼であった。
 やりすぎたために自身の弟子と共に協会を追われ、本部であるサリアから遠く離れたバンドール平野に移り住み、闇の魔術結社を作った。
 ある程度活動していた時に1の首の誘いを受け、多頭蛇ヒュドラ会の創設に関わったのである。
 
「そうか、覚えておこう」

 2の首は興味なさそうに言う。
 興味があるのは魔術の研究に関する事だけだ。
 いかにも魔術に縁のなさそうな男に興味はない。
 まあ、何か利用が出来そうなら利用するだけだ。

「それじゃあ。以上だ俺は行くぜ」

 そう言って男は出て行く。
 3名はそれを見送る。

「大丈夫かね。1の首よ。あの者は……。また勇者達に目を付けられるのはごめんだぞ」

 2の首は首を振って言う。
 光の勇者達には敵わない。
 だから、勇者達の気を引くような者を入れるのは反対であった。
 2の首が多頭蛇ヒュドラ会に所属しているのは魔術の研究のための資金と素材の調達のためである。
 もちろん、2の首は対価として作った魔法薬等を提供している。
 2の首としては相互に利益がない相手とは付き合いたくはない。

「そうね。意外と慎重よ彼は。勇者達の動きには目を光らせている。よほどの事がない限り大丈夫のはずだわ」

 1の首は笑って言う。
 それを聞いて2の首は溜息を吐く。
 1の首の目的はわかっている。
 蛇の女王の信徒はエリオスの眷属である人間をより多く殺す事を目的としている。
 だから、あの暴力的な男を引き入れたのだろう。
 2の首は去った男の事を考える。
 かなり鼻が良さそうである。
 おそらくは人狼ワーウルフだろう。
 バンドール平野の東部には人狼の集落があり、そこから出て来たのかもしれなかった。

「そうですよ。良いではありませんか、仲間が増えるのは良い事ですよ」

 3の首は笑って言う。
 常時笑っているのが3の首だ。
 彼も勇者との戦いでかなりの損害を負ったと聞いている。
 普段どこにいて何をしているのか知らなかったりする。
 それも2の首にはどうでも良い事だ。3の首はかなり財力を有していて、多額の資金援助をしてくれる。
 それだけの関係である。

「それもそうだな。失ったものを取り戻さなければならんのは確かだ……。あのような者でも役に立つかもしれんな」

 2の首は頷く。
 勇者達によって多額の研究資料が失われた。
 それを取り戻さなければならない。
 2の首は最初からやり直さなければならない事に頭が痛くなるのであった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

 更新です。
 まあプロローグですね。
 短いです。
 次回からはいよいよコウキの騎士団生活が始まります。

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