暗黒騎士物語

根崎タケル

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第12章 勇者の王国

第20話 竜の眷属

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 アズムルは久しぶりに人間ヤーフの巣の近くへと来る。
 人間ヤーフの巣に近い湿地の端となった場所には人間ヤーフ共が作った水の上に浮く船なる物が積み上げられている。
 この多く船は人間ヤーフ共から奪ったものだ。
 偉大なる竜の眷属たるアズムル達の警告でもある。
 
「お待ちしておりました。アズムル様」

 戦士長が頭を下げる。
 最近この場に人間ヤーフが度々姿を現している。
 そう報告を受けた。
 もしや、あの忌々しいレイジ達が何かを企んでいるのではないかと急ぎ来たのである。
 アズムルは偉大なるアズィミドに仕える竜人ドラゴニュートである。
 アズィミドが怪我で動けない状態なので代わりに眷属達をまとめている。
 
「あの忌々しき者達が何をしているのか確かめに来た。何があった?」

 この場に来ていた人間ヤーフは自分達が住みやすいように改造して何かをしていたようようだ。
 探知を阻害する強力な結界が張られていたので、気付くのが遅れた。
 結界は侵入までも阻害することはなく、先遣隊を送り、それを率いていた戦士長から来て欲しいと連絡があり、今来たところだ。

「それは、実際に見ていただいた方が早いかと……。こちらへ」

 戦士長はアズムルを案内する。
 アズムルは戦士長に案内されて、中を歩く。
 そして、中心部まで来た時だった。
 
「これは……!?」

 アズムルはそれを見て驚く。
 中心部は広い空間になっていて、その中央に羽の生えた巨大な虫がいる。
 似たような虫は見た事があるが、ここまで大きいのは見た事がない。
 アズムルよりも遥かに巨大な虫はうずくまるようにじっとしていて動かない。

「はい、これを見た時は驚きました。まさか、人間ヤーフごときがこのような虫を隠しているとは」

 戦士長は驚きを隠せていない。

「そうだな……。しかし、動かないな? 死んでいるのか?」
「いえ、この虫を使役しようとしていた人間ヤーフを捕らえました。今は眠っているような状態のようです」
「なるほど、それにしても見事な虫だ。我らのものにできないか?」

 アズムルは虫を見て言うと戦士長は笑う。

「呪術師が言うにはたやすいそうです。そもそも、虫を使役する事にかけて人間ヤーフごときに遅れてをとることなどありえません」
「そうか、ならばこの虫をあの忌々しき人間ヤーフの巣にぶちまけてやろうではないか。自らが用意した虫で痛い目を見せてやろう」

 アズムルもまた笑う。
 そんな時だった。
 警告を発する声が聞こえる。

「どうした?」 
「はいアズムル様。どうやら、外で何かあったようです。偵察に出て行ったゲッコル達が戻ってきません」
 
 戦士長がそう言って離れる。
 ゲッコルは体躯が小さい眷属の1種で偵察に向いている。
 度々人間ヤーフの巣へと様子を見に行っていて、何か異常があったようだ。

「もしやすると捕らえた人間ヤーフの仲間が来たかもしれません。どういたしましょう?」
「ふむ……。ゲッコルを簡単に発見できる者ならば強い人間ヤーフかもしれん。折角だ、私が見に行こう」

 アズムルはそう言って様子を見に向かうのだった。







 チユキはシロネとリノを連れて、コウキ達やソガスとその仲間達と共に耕作地の外れへと来る。
 此処から先はエルドの領域外。
 湿地帯に近い場所である。
 仲間のうち来ているのはシロネとリノのみでレイジは来ていない。
 レイジはエルドの武の象徴なのでリザードマン達を刺激しないための配慮だったりする。
 また、レイジに来てもらう程でもないためだ。
 またゴシションを発見したらすぐに撤退する予定なので戦闘は考えていないからでもある。
 ちなみサホコやキョウカやカヤも特に必要ないだろうと呼ばなかった。

「結界が張られていて、中が見えないわね」

 チユキは船の残骸で作られた砦を見る。
 砦には結界が張られ、透視の魔法が効かない。
 そのため、中の様子がわからない。
 既にこの中にゴシションが入っていった事は確認済である。
 これ程の強力な結界をゴシションが作ったとは信じられない。
 チユキ達と同レベルの力を持った者がいるのかもしれなかった。
 しかし、それならなおさら様子を見る必要がある。
 ここはエルドに近いのだから。

「うう、虫が多くて嫌だな……」

 リノが嫌そうな声を出す。
 確かに虫が多い。
 魔法で虫を防いでいるが、それでも虫に近づかれるのが嫌なようだ。

「ごめんなさい。もしもの時はリノさんの魔法で何とかしたいのよ」

 チユキは謝る。
 リノは動物や虫を操る能力を持っている。
 また、魅了の魔法等で戦闘を回避する事も可能だろう。
 だから来てもらったのだ。

「リザードマンが来ている可能性はありますかな?」

 一緒に来ているソガスが不安そうな顔をする。
 ソガスはメイスを持ち、一応武装しているが、魔物と戦う事には慣れていない。
 だから、少し不安のようだ。

「その可能性はありますけど、その時は撤退ですね。ナオさんが来てくれると良かったのだけど……」

 ナオは来ていない。
 どうやら、魔王教徒に動きがあったらしい。
 その調査に向かっている。
 探索が得意な仲間がナオ1人であり、負担をかけて申し訳ないと思う。

「心配する事はない。我らには神の加護がある。それに多くの勇者達も連れて来ているのだからな」

 そう言ったのはブイルだ。
 ブイルは自由戦士達を連れて来ている。
 どうやらトールズの信徒のようだ。
 そのため、チユキは頭が痛くなる。
 トールズの信徒は退く事を知らない。
 リザードマンがいたとき撤退する事をしないかもしれなかった。
 それは困る。
 場合によってはリノに頼る事になるだろう。
 チユキはリザードマンの事を考える。
 リザードマンは竜を信仰する種族だ。
 そして、信仰する竜によって特徴が異なる。
 大きく分けると4つだ。

 紅蓮の炎竜王の眷属である紅鱗のリザードマン。
 紺碧の海竜王の眷属である蒼鱗のリザードマン。
 漆黒の魔竜王の眷属である黒鱗のリザードマン。
 上記竜王とその他の竜を崇める緑鱗のリザードマン。

 この中で一番数が多いのが緑鱗のリザードマンであるが、竜王の眷属ではないのであまり強くない。
 また、いずれも同じような社会構造を持っていて、上位種族として竜人ドラゴニュートがいる。
 上位種族に対し下位種族は若干違い、蒼鱗のリザードマンだけは下位種族としてコボルドがおらず、そのかわりヤモリ人とも呼べるゲッコル等がいる。
 そして、エルドと敵対しているのは蒼鱗のリザードマン達だ。
 アズィミドが海竜王に近縁であり、仕えるリザードマンも同じ鱗の色であるようだ。
 蒼鱗のリザードマンは海の中でも活動でき、マーマンに近い能力を持つ。
 その代わり、水がない乾燥した地域だと極端に弱体化する。
 また、儀式として共食いをして、共食いをした個体は脱皮を繰り返し、より強力な個体になるそうだ。
 これが、チユキの知るリザードマンだ。
 まだまだ、未知の部分が多いが、研究に時間を割く気にもなれないので、誰かが調べてくれるのを待つばかりである。

「ねえ、チユキさん。コウキ君達を連れて来ても良いのかな? 狭い場所は苦手だし、全員を守るのは無理だよ」

 シロネが不安そうな声を出す。
 チユキ達のすぐ近くにはコウキとオズとボームの3人がいる。
 姿を消しているエルフが近くにいるが、万が一もある。
 
「確かに不安ね。ええと、コウキ君……」
「心配には及びませんぞ、賢者様。私がこの者達の行動を見守りますぞ。この者達も自らの潔白を示したいでしょうからな」

 チユキが何か言おうとした時、ブイルがその言葉を遮る。
 その目はコウキ達を疑っていく。

「あの、チユキ様。自分は行きます。ゴシション先生が気になるんです。それに何か……。あっ、でもオズとボームは……」

 コウキは何かを言いかけてオズとボームを見る。

「いや、行かせてくれ、コウ! あの魔術師がお爺様に危害を加えようとした犯人かどうか確かめたい」 
「ぼ、僕も行くよ、コウ。3人で行けば怖くないよ」

 コウキがオズ達は残そうとするが、オズとボームは了承しない。

「どうやら、決まりですな。さあ行きましょう」

 ブイルがそう言って歩を進める。

「ねえ、あの人。何か変な感じがする。普通じゃないみたい……」

 近く寄ったリノが小声で言う。
 ブイルは明らかに狂信者なのだから、変なのは当たり前だとチユキは言いたくなるが、リノの感じから違うようだ。

(もしかして、精神支配? でも、ブイルを操って何の得があるのかしら? いや、考えすぎか……)

 チユキは自身の考えを消す。

「私も嫌な感じがする……。チユキさん。異常があったらすぐに撤退した方が良いかも」

 シロネが不安そうな顔をする。

「さあ、行こう。魔術師を探すのだ! さあ、君達も来るのだ!」
「ちょ!」

 ブイルはチユキの抗議を気にせず、コウキ達と戦士達を促す。
 戦士達が先にコウキ達は追い立てられるように中に入っていく。

「仕方がありませんな。我々も行きましょう」

 ソガスは溜息を吐いて言う。

 (誰がブイルを連れて来たのよ……。全く)

 チユキは眉間を抑えて叫びたくなるのだった。







「ある意味これは砦だな。蒼鱗のリザードマンがこんなものを作るなんて、信じられないよ」

 クロキは船の残骸が積み上げられた砦に入り驚きの声を出す。
 砦は強力な結界に覆われていたが、クーナの魔法で簡単に入る事が出来た。
 リザードマン達もいるみたいだが、気付かれていない様子である。
 船は河川貿易に使う用だが、いくつも積み上げられているから、建物はかなり大きい。
 エルドを監視していたクロキはこの建物が気になったが、リザードマン達を刺激したくないので来るつもりはなかった。
 しかし、クーナが気付かれる事なく入れると言って、向かってみないかと誘ったのである。
 クロキはそれならと言って誘われるままにこの砦に入った。
 砦はかなり立派であり、リザードマンらしくない感じがする。

(何か変な感じだな? それにクーナの様子といい。もしかして、前からこの砦の事を知っていたんじゃ)

 クロキはクーナを見てそんな事を考える。
 クーナの方がクロキよりも情報収集に長けている。
 そのため、クロキが知らない事をクーナが知っていたりするのだ。
 だけど、クロキはクーナを問い詰める事はしない。
 クロキはクーナが自分のためにならない事をするわけないと信頼しているからだ。

「あれ?」

 突然何かを感じクロキはエルドの方角を見る。
 それは奇妙な気配だった。
 そして、知っている気配である。

「どうしたのか、クロキ?」

 クーナが心配して見上げてくる。

「いや、何でもないよ、クーナ。ただ、何だろう。知っている気配を感じたんだ……」

 クロキは首を振って答える。
 これは説明しにくい感覚であった。

「そうか……。やはり、引き合うのか……。ならば、クーナは止められない。むしろ後押ししてやるぞ、クロキ」

 クーナも同じようにエルドを見る。
 クロキはクーナの横顔を見る。
 それは何かを悟っている瞳であった。








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