暗黒騎士物語

根崎タケル

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第12章 勇者の王国

第7話 少年達の夜

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 サホコ達が帰った後、残された者達は捜査を開始する。
 嘘を感知するリノの聞き取り調査で、当時屋敷にいた者で怪しいものはいなかった。
 屋敷の外で警備をしていた戦士達も特に異常はなかったようだ。
 屋敷内を探索していたナオも収穫なしである。 
 調査を終え、大畑の屋敷の一室に勇者達は集まる。
 他には誰もいない。
 仲間達だけで情報を整理するためである。

「収穫はなし。結局、どうやって毒を吹きかけたのかわからないし……」

 チユキは溜息を吐く。
 結局犯人はわからない。
 判明しているのは毒物を使った事だけだ。
 ただ、どうやって、毒を吹きかけたのかが謎である。

「いや、チユキ。収穫は全くないってわけじゃないと思うぜ」

 レイジは笑って言う。

「えっ!? 何かわかったの? レイジ君!?」

 シロネが驚く。
 レイジはチユキとリノと一緒にいた。
 同じ情報しか知らないはずだ。

「何もわからないからこそ、わかる事がある。チユキ。俺達の目をごまかしたんだ。犯人は只者じゃない。もしくは只者じゃない奴が裏で手を引いている違いない」

 レイジはそう言って不敵な笑みを浮かべると仲間達を見る。
 
「確かにナオさんがいてわからないなんて……。只者じゃない奴がいるのは確かね」

 チユキはナオを見る。
 今回毒を吹きかけた相手は姿も見せず、痕跡もなかった。
 優秀なナオの目からも逃れている。
 これはとんでもない事であった。

「うう、申し訳ないっす」

 ナオは謝るが、誰も責める者はいない。
 
「あの子が犯人とも思えないし……。一体どうやってやったんだろう?」

 リノはそう言って虫除けの香炉を見る。
 あの子というのはシュイラという女の子だ。
 シュイラは虫除けの香を入れ替えるために大畑の執務室に入った。
 そこに嘘はないようであった。
 香炉は屋敷の入口と大畑の執務室、そして客人を出迎える部屋の3ヵ所に設置したようだ。
 香炉は事件の後、特に動かしておらず、調べたが怪しいところはない。
 それは過去視の魔法からも間違いなかった。

「毒の種類も良くわからないわ。毒の付着した衣服もあるし、聖レナリア共和国の魔術師協会に毒の鑑定を依頼した方が良いかもしれないわね」

 チユキは頭を悩ませる。
 事件当時、大畑は戦士の修練所で会った時と同じ服装をしていた。
 毒の付着した珍しい宝石の付いた首飾りと衣服は別の場所で保管している。 
 毒の種類がわからないので魔術師協会で調べてもらおうとチユキは思う。
 エルドには協会の支部はないので、聖レナリア共和国へと持っていかなければならないだろう。

「ねえ、こういう時って、動機から探すってのは、どうかな?」

 シロネが提案する。

「動機ねえ……、それは難しいわ。シロネさん。色々なところから恨みをかっているみたいだしね」

 大畑に恨みを持つ者は多い。
 また、恨みはなくても敵対する貴族が命を狙う事はありえた。
 動機から特定するのは無理だろう。

「確かに動機からは無理だろうな。しかし、俺達の目から逃れる程の奴だ。ナオ、このエルドにいる奴で怪しい奴に心当たりはないか?」
「う~ん、魔教徒や拝蛇教徒が来ている気配を感じるっすね。全てを把握しきれていないっすけど。今度探してみるっすか」

 ナオは頭を掻きながら言う。
 いかにナオでもエルドにいる全ての人間を把握したり調査するのは難しい。
 しかも、彼らは隠れて行動するのだから仕方がない事である。

「ナオさん。拝蛇教は暗殺教団よ、しかも毒を使うのに長けているわ。案外関与しているかもしれないわね」

 蛇の女王ディアドナを崇める教団はイシュティア教団と同じく多くの暗殺者を抱えている。
 イシュティア教団と違うのは人間社会を敵視しているところだ。
 イシュティア教団は教団に敵対する者だけを標的にするが、蛇の女王を崇める者達は多くの人を殺め、蛇の女王に捧げる事を良い事だとしている。
 大畑はイシュティア教団と敵対しているとは聞かないので、関与しているのなら拝蛇教団の方だろう。
 特にこの教団は毒を使う技術に長けている事で有名であった。
 チユキが知らない毒を持っていたとしてもおかしくない。

「奴らに誰かが、大畑の暗殺を依頼した可能性はあるな……。一度エルドの外を調べる必要がありそうだ。うん……、どうしたんだ」

 レイジは言いかけて部屋の入口を見る。
 そこには執事のボルニュスがいる。

「あの勇者様にお会いしたいという方が来ているのですが?」

 ボルニュスは申し訳なさそうに答える。
 良いというまで誰も来ないように言っている。
 それにも関わらず、執事がそう伝えて来たという事は断りにくい相手だったのだろう。
 誰だろうかとチユキは首を傾げる。

「誰だい。よほど重要な人物のようだが、良いぜ、通してくれ」
「はい」

 レイジは仕方がないと許可するとボルニュスが下がる。
 次に現れたのは剥げた頭の中年男だ。
 胸には神王オーディスの聖印を付け、腰には大きなメイスを下げている。
 どこから見てもオーディス神に仕える神官の装いである。


「ソガス司祭!? 貴方でしたか?」

 チユキは現れたオーディスの神官を見て、なぜボルニュスが通したのか合点がいく。
 現れたのはエルドのオーディス神殿を預かっている司祭のソガスだ。
 この世界の治安は一般的に兵士や自警団が行うが、犯人が判明しない刑事捜査はオーディスの司祭が行う事もある。
 エルドのオーディス神殿の規模は小さいが、事件の捜査をしたりもする。
 チユキとしては宗教団体が捜査をしたりするのはどうかと思うが、自分達の手が回らないのでそのまま任せてしまっている。
 事件捜査の助けになるかもしれず、また相手はオーディス神殿の司祭なのでボルニュスはソガスを通したようだ。

「どうやら事件が起こったようですな。勇者様方が動いているのなら、拙僧の出番はないかもしれませんが、一応来ましたぞ。どのような状況なのでしょうか?」

 オーディスの神官は頭を下げる。

「あまり、良くはないわね。犯人はわからないままよ」
「そうですか……。まさか、勇者様方をしてもわからないとは。まあ、怨恨でしょうが、ある意味自業自得……、おっと」

 ソガスは慌てて口を閉じる。
 殺人は法に背く行為であり、法を守るべきオーディスの司祭が自業自得と言ってはならない。
 大畑の勢力拡大について、ソガスはそのやり方を度々批判していた。
 思わず本音が出たようだ。
 だけど、チユキもそう言いたくなる気持ちはわかる。
 チユキ達がエルドを作る前ではあるが、大畑家によって潰された一族は多い。
 方々から恨みをかっている。
 しかし、大畑は多くの者から恨みをかっているが、同時に彼に従う者も多くいる。
 彼の身を心配して、大畑家に属する者が屋敷を訪ねてきている。
 彼らは大畑を殺した者に対して報復しようと思っている。
 疑わしい者達全員に対して何らかの攻撃をしようとしている節もある。
 自業自得だからといって放置しておくのも危険であった。

「身から出た錆からもしれませんが、放置もできません。血気盛んな大畑家の者が疑わしき者全てに対して報復するかもしれません。その中には当然無実の者もいるでしょう。いざとなったらオーディス神殿で保護をお願いします」

 チユキが言うとソガスは頷く。
 疑わしき者の中には貴族もいるだろう。
 そうなればエルドは内戦状態になる。
 それは避けなければならなかった。

「確かに無実の者に処断する。再びあのような事があってはなりませんな」

 ソガスは少し遠い目をして言う。
 何か昔を思い出しているかのようだ。
 もしかして、過去に何か冤罪事件があったのかもしれない。

「そうだよ! あの子のような子を出したらだめだよ!」

 リノが強く言う。
 おそらくシュイラの事を言っているのだろう。
 シュイラはコウキやオズロスと共にエルドの王宮に行っているはずだった。
 どうしているだろうか?とチユキは思うのだった。



 エルドの王宮に隣接したレーナ神殿に今夜オズは泊る事になった。
 これはサホコの計らいで、コウキの近くの方が良いだろうと思ったからだった。
 ちなみにシュイラはハウレナ司祭が世話をしている。
 神殿には客間が用意されていて、狭くなるが雑魚寝なら約10名が泊まれる。
 コウキとオズとボームの3名はそこに集まる。
 ボームはオズが心配で、みんなで集まろうと修練所の仲間達に言ったが、誰も来なかった。
 それは仕方のない事だ。
 子どもであっても貴族の家の事情に縛られる。
 大畑という大貴族を気にしなくても大丈夫なのはコウキとボームだけだったのである。
 夜空に雲はなく月の光が窓から部屋へと差し込み、少年達を照らす。
 そんな月明かりの中でオズは自ら身の上の話をする。

 オズが生まれたのは聖レナリア共和国にある大畑の屋敷だ。
 父は大畑の3男のオセロスで母は奴隷である。
 母が奴隷で父から子であると認められなければ法律と慣習により身分は奴隷となる。
 つまり、オズは家内出生奴隷なのである。
 だが、決して悪い生まれではなかった。
 市民権を持たず、奴隷にもなれない者の暮らしは最悪である。
 奴隷であっても、解放され市民権を得て成功した者だっている。
 そんなオズは母親と父の違う妹であるシュイラと共に屋敷で仕事をする日々であった。
 そして、オズは将来市民権を得るべく暇があったら戦士としての訓練をしていた。
 戦女神の信徒が多い聖レナリア共和国で戦士の地位は高く、優秀な者は市民権を得られやすい。
 だから、戦士を選んだのは当然の結果であった。
 そんなある日の事である。
 勇者が新たに国を作り、大畑はその地に分家を作る事にしたのである。
 分家を作るには人手が必要であり、指導者となる一族の男を増やさなければならなかった。
 そのため大畑はそれなりに戦士として才能がありそうなオズを一族の者として迎える事にしたのであった。
 これは願ってもいない事であった。
 母と妹は喜び、オズも嬉しかった。
 
 こうして奴隷として生まれた子は一夜にして貴公子となったのである。
 
 母は連れて行く事はできなかったが、妹は新たな屋敷へと連れて行く事ができ、オズは将来妹も奴隷から解放しようと思っていた。
 こうしてオズは当主である大畑の期待に応えるべく日々頑張っていたのである。



「そうなのか……。オズがそんな状況だったなんて」

 コウキはオズの身の上を聞いて何も言えなくなる。
 オズは大貴族の子息なのに、誰に対しても丁寧であり、偉ぶったところがない。
 それもそのはずだ。
 オズは最近まで貴公子ではなかったのだとしたら、納得できる事である。

「僕も僕の家族もみんな奴隷になるかもしれなかったから……、他人事とは思えないよ」

 ボームがそう答える。
 ボームの家は父親が商売に失敗して多額の借金をしてしまった事があった。
 大畑の子分が商売の邪魔をしたらしいとの噂があったが、証拠はなく、訴える事もできなかった。
 借金の額は多く、返せなければ身売りをしなければならない程であり、ボームの父親は途方にくれた。
 そんな時、岩中という新興貴族が現れて支援をしてくれたのである。
 そのおかげでボームの家は破滅せずにすんだのである。
 ボームの父は岩中に感謝し、仕える事になった。
 ボームも岩中に感謝し、今も彼に仕えている。
 岩中は優しく、ボームは彼をかなり慕っているみたいだった。

「家族か……」

 コウキは月を見上げて母親の事を考える。
 コウキの血のつながった家族で知っているのは母親だけだ。
 父親の事は知らないし、知りたいとも思わなかった。
 コウキは母親に会いたいと思う。

(いつか、立派な騎士になれば、母様は迎えに来てくれるだろうか?)

 コウキはそんな事を考える。
 
 立派な騎士になる。

 母親との約束を果たすためにコウキは頑張っているのだ。
 ここに来てからコウキはなるだけ母親の事を話さないようにしている。
 強い騎士になるためにコウキは色々と我慢をしているのだ。
 同じように目的のために頑張るオズをコウキはボーム同様に他人事とは思えなかった。

「妹を助けて上げたいのだけど……。これからどうなるかわからないな」

 オズは力なく笑う。
 主人である大畑の怒りをかってしまった。
 折角貴公子になれたのに、今後はどうなるかわからない。

「オズ……」

 コウキは何とかオズを助けて上げたいと思う。
 チユキに頼めば何とかしてくれるかもしれない。
 今度お願いしてみようかと考える。

「ねえ、その事で考えたんだけどさ。僕達で犯人を見つけられないかな?」

 そんな時だった。
 突然ボームが言う。
 コウキとオズはボームを見る。
 それはコウキにしてみたら考えてもみない事だった。
 ボームの顔は真剣である。
 少年達の夜はまだまだ続くのであった。
 
 

 

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