暗黒騎士物語

根崎タケル

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第11章 魔術の学院

第15話 知識の迷宮

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 万死の母ラーサは付き従う者達を連れて禁書庫を進む。
 禁書庫は魔法が施されていて、招かねざる者達であるラーサ達を排除しようとあの手この手の手段を使って追い出そうとしてくる。
 しかし、弱体化しているとはいえラーサは神だ。
 生半可妨害では追い出す事できない。
 知性あるセンシェントブックが飛び魔法を放ってくるが、ラーサに届く事はない。
 ラーサが睨むと知性あるセンシェントブックは力を失い、床へと落ちる。
 禁書庫を守るウッドゴーレムは従者達が速やかに処理をする。
 ラーサ達を阻める者は禁書庫にいないようであった。

「これは、これは。中々面白そうなものがいっぱいですねえ」

 ラーサの隣にいる死の智ザースが嬉しそうな声を出す。
 ザースの姿は角の生えた三つ目の髑髏を手に持ち、紺色の法衣を纏った少女である。
 その少女は何も喋らず、手に持った髑髏ばかりが先程から喋っている。
 それもそのはずだ。
 本体は髑髏であり、少女はザースによって操られているだけだ。
 ザースは死の知識神であり、ルーガスとトトナの蔵書に興味があるのだ。

「ザースよ、後にせえ。今は妾の復活が先じゃ。少しはザガートを見習え」

 ラーサはそう言ってザースの反対側にいる死の刃ザガートを見る。
 ザガートは巨大な剣を持ち、顔を隠している人間の男という風貌である。
 そのザガートは先程から何も喋らない。 
 元々寡黙であり、滅多に口を開かない。
 
「母上、ザガートは戦い以外には興味がないので静かなのは当然ですよ。むふふふ、これだけの書物。出来れば全部持って帰りたいですなあ」

 ザースは悪びれずに笑う。
 その様子を見てラーサは溜息を吐く。
 死の智ザースと死の刃ザガートは双子の死の御子である。
 しかし、その性格は真逆だ。
 実力はザファラーダやザルビュートに及ばないが、それなりには使える。
 実力はあるのに遊び惚けているザンドに比べればましだろう。
 ラーサの補佐として充分のはずであった。

「それを後にせえ、どうも嫌な予感がする。勇者の仲間とかいう者達はそんなに脅威なのかのう?」

 ラーサは首を傾げる。
 妹であるカーサ程ではないがラーサにも予知能力がある。
 ラーサは何日か前から嫌な予感を感じていた。
 それが勇者の仲間かどうかはわからない。
 本来ならやめるべきかもしれないが、自身が使役していた吸血鬼蝙蝠がやられた事や、またヤーガとチユキが過去視の魔法で自身を探知しようとしている気配を感じた事で禁書庫への警戒が強まるかもしれないと思ったので急ぎ行動する事にしたのだ。
 
「噂では中々の手練れのようですな。父上もかなり危険視しておりましたので。ですが勇者自身は来ておりません。気にする程の事ではないとは思えませんな」

 ザースは笑って言う。
 確かにザースの言う通り勇者本人は来ていない。
 仲間の小娘が来ているだけだ。
 それが脅威なのだろうか?
 ラーサは考える。
 しかし、今は先に進もうと思うのだった。




「迷宮になっている? これが禁書庫の防衛機能なのだろうか?」

 クロキは禁書庫を歩く。
 何度も入ったはずなのにどこを歩いているのかわからない。
 絶えず風景を変えて、奥へと進ませないようにしている。
 これは迷宮都市ラヴュリュントスと同じであった。
 奥に行けば行くほど重要な書物が置いてあり、そこに辿りつけないようにしているようだ。
 本が並ぶこの場は知識の迷宮と呼ぶべきかもしれなかった。

「でも、自分まで阻まなくても良いのに」

 迷宮はクロキ自身も阻んでいるように感じる。
 一度防衛機能が展開したら誰であろうと排除しれない。
 そんな事を考えている時だった。
 クロキの目の前に何者かが現れる。

「えっ、トトナ!? いや違う?」
 
 クロキは驚く。
 目の前に現れたのはトトナにそっくりだったからだ。
 違うのは頭の両側にデイモンと同じような角が生えている所だろう。
 しかも、気配を感じさせずいきなり姿を現したのだから驚くのも当然である。

「姿を見せるのは初めてになります、クロキ様。私はこの場を管理している司書悪魔ダンタリアスでございます」

 トトナに似たダンタリアスと名乗った悪魔が頭を下げる。
 
「司書悪魔? えっ、そんなのがいるの? そういえば何だか気配が……」

 クロキは今まで何度かこの禁書庫を利用してきたが、ダンタリアスに出会った事はなかった。
 司書悪魔の存在も知らなかったのである。
 ダンタリアスから奇妙な気配を感じる。
 これはセアードの内海で出会った夢の生物と同じ感覚だ。
 ダンタリアスはこの迷宮が生み出した仮初の生物なのかもしれない。

「はい、緊急事態でなければ出てくる事はありませんでした。しかし、侵入者が現れやむなく私は活動をしなくてはいけません」

 ダンタリアスは目を伏せて言う。

「なるほど、自分はその侵入者を追い出しに来た。案内してくれるかい?」
「いえ、その事について、クロキ様にお願いがあるのです」
 
 ダンタリアスは首を振る。

「お願い? 何?」
「クロキ様には戦わないで欲しいのです」
「えっ!?」

 クロキはダンタリアスのお願いを聞いて驚く。
 クロキは侵入者を追い出すために来たのだ。ダンタリアスが管理者であるのならば協力すべきだろう。

「侵入者は強く、私の力では追い出す事はできません。やがて最深部に到達するでしょう」
「だったら……」
「確かにクロキ様のお力なら、侵入者を追い出す事が出来るかもしれません。しかし、戦いになればどれほどの書物が失われるでしょうか……」
「……」

 ダンタリアスの言葉を聞いてクロキは何も言えなくなる。
 ダンタリアスの使命は最深部に到達させない事ではない。
 ここにある書物を守る事だ。
 そのため、追い出せばそれで良いわけではない。
 追い出せたが、多くの書物が失われたらダンタリアスにとって意味がないのだ。
 
「ではどうするの? ダンタリアス?」
「侵入者の出方を見極めます。目的がわかれば、妥協点が見いだせるかもしれません」
「なるほど……」

 ダンタリアスは相手が望む事をさせるつもりなのだ。
 そして、目的を果たした後は速やかに出て行って欲しいようだ。
 もちろん、この行動には問題がある。
 相手の目的がわからない事である。その内容によっては妥協できない。

「ちなみにクロキ様の後から入って来た者達は排除できそうです。もっとも、先に入って来た侵入者に始末させるのも手ですが」
「えっ!?」

 クロキはそこで驚く。

「ダンタリアス。自分の後に入って来た者がいるの?」
「はい。様子から見て先に入って来た侵入者の仲間ではないようです。どうかしましたか?」

 ダンタリアスは首を傾げる。
 表情をあまり出さないところが本当にトトナに似ている。

「ねえ、その後から入って来た者達がどんな姿をしているのかわかる?」
「はい。私はこの書庫のあらゆる場所を見る事ができ、また映す事ができます。お見せしましょうか?」
「あっ、うん。お願いします」

 クロキがお願いするとダンタリアスの手から鏡のようなものが出てくる。
 そして、その鏡が光とある光景が映し出される。
 そこに映っていたのはミツアミとそれを追いかけているカタカケだ。
 ミツアミの表情がおかしい、再び何かに操られているようだ。
 カタカケはそんなミツアミを引き戻そうとしているようだ。ただ、怪我をしているのかミツアミに中々追いつけずにいる。

「この者達は先に侵入した別動隊ともうすぐ接触するでしょう」

 ダンタリアスは淡々と答える。
 状況は把握した、クロキは決断する。

「悪いけどダンタリアス。この後から侵入した者達の所へ案内してくれないか」




「待ってくれ、ミツアミさん!」

 カタカケはミツアミを追いかける。
 禁書庫に入る前に取り押さえたかったが、再び吹き飛ばされてしまった。 
 ミツアミの方が魔術の腕前が上であり、力で押さえつけようとしても無理なようであった。

(仕方がない。許してくれよ、ミツアミさん)

 カタカケは腰から魔法の薬を取り出す。
 カタカケも魔術師の端くれであり、心霊術を学んでいる。
 その心霊術の中には気持ちを落ち着ける魔法薬の製造法も教えてくれる。
 カタカケは自分のためにその魔法薬を常に携帯しているのだ。
 この魔法薬を嗅がせ、さらに眠りの魔法を使えば何とかなるかもしれなかった。
 相手の了解なしに同じ魔術師に魔法を使う事は基本的にしてはいけない。
 もっとも、身を守るためやその他の緊急事態であれば使用も許される。
 今がその時であった。
 薬を取り出し、痛む足を動かし、カタカケは急ぎミツアミに迫る。
 
「今だ!」

 カタカケは後ろからミツアミの口に薬を含ませた布をあてる。
 ミツアミは再び魔法を使い、カタカケを吹き飛ばそうとする。
 しかし、今度はカタカケも魔法を使う。
 同時に魔法が発動し、カタカケはミツアミの空気弾の魔法で吹き飛ばされ、ミツアミは眠り倒れる。

「痛たたた……。特に抵抗されなかったから、上手くいったみたいだ」

 カタカケは上体を起こし、ミツアミの様子を見る。
 倒れた時に打ちどころが悪くないことを祈る。
 カタカケはミツアミに近づき様子を見る。
 少なくとも外傷は特にない。
 だが、上に戻って治療を受けた方が良いだろう。
 カタカケは力がある方ではないが、ミツアミを抱えて運ばなければならない。

「何だ。音がするから近づいてみたら、カタカケじゃないか? まさか、起きたのか?」

 突然声を掛けられカタカケはそちらを見る。
 そこにはチヂレゲと白い服を着た者達が立っているのであった。

 
 

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