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第11章 魔術の学院
第9話 黄金の賢者との再会
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「これは思った以上に大変な事かもしれないわね。水晶玉を通して見た幻影。あれは何か嫌なものを感じるわ」
チユキが溜息を吐く。
星見の塔を出たクロキとチユキとキョウカはすぐ近くの茶店へと足を運んだ。
茶店は小さく落ち着いて、弟子達の憩いの場所である。
占星術は花形である錬金術に比べると人気がなく、またサリアの繁華街から離れているためか利用者は少ない。
また、時刻は昼前のためか、利用者は他に誰もおらず静かである。
ちなみにマギウスは目を少しやられたヤーガを薬学に詳しい深緑の賢者ラストスの元へと連れて行ったのでここにはいない。
(確かに大変な事になったなあ……。これじゃあ帰れないよ)
クロキも溜息を吐く。
あの吸血鬼蝙蝠はタラボスの生き残りの弟子だと思っていたのだ。
つまり、相手は人間。
襲った理由はわからないが、それは後から聞けば良いと思っていた。
しかし、チユキとヤーガによると人間を超える存在である事が明らかになった。
そのため、クロキは困った事になってしまった。
(はあ、居心地が悪い)
クロキはチユキとキョウカを見る。
2人ともかなりの美女である。
元の世界では話す事もないだろう。
そもそも、クロキは異性に対して積極的に話しかけるのが苦手だ。
別に異性が嫌いというわけではなく、むしろ好きだが上手く話せない。
何か接点があれば誠実に対応するが、その機会はほとんどない。
また、どうもチユキには嫌われているらしいので、さらに居心地が悪かった。
そもそも、彼女は異性に厳しい事で有名で、近づけるのはレイジぐらいである。
どんなに美人でもクロキとしてはなるだけお近づきになりたくない相手であった。
しかし、サリアにしばらく滞在する以上は避けるのは難しい。
彼女の仲間のキョウカが近づいて来るので、しばらくは行動を共にするしかない。
彼女達は御茶を飲んでいる。
サリアでは思考が鈍る酒類よりも御茶が好まれる。また、サリア周辺諸国では御茶栽培が盛んだったりするので、様々な種類の御茶が飲めるのがサリアだったりする。
「これから、どうしますの? そのクロキさんを襲った犯人を突き止めるのでしょう?」
キョウカが御茶を飲みながら言う。
「まあ、そうしたいのだけどね。ねえ、襲われる理由に心当たりがあるかしら?」
チユキはクロキを睨みつけるように言う。
「ええと、すみません。特にないです……」
クロキはその視線を避けるようにして、小さく答える。
別にチユキはクロキを責めているわけではない。
おそらく、その視線は素のもので、性分なのだろう。
もちろん、クロキもそれはわかっているが、どうしても縮こまってしまう。
「そうなの? 本当に何も思い浮かばないの?」
チユキは語気を強めて言う。
語気を強められてさらにクロキは縮こまる。
「う~ん、ごめんなさい。特には……」
クロキは申し訳なさそうに答える。
クロキがサリアに来る事はそこまで多くない。
話す相手も少ない。
そして、相手はクロキの正体をしらないのだ。
もしかすると特にクロキを狙ったのではなく、無差別に通行人を襲った可能性もあるのだ。
こうなると襲われた理由がわかるわけがない。
「あのねえ、いちいち謝らないでくれる。別に貴方を責めているわけじゃないのだから」
チユキは眉間を押さえて言う。
明らかにクロキの態度にイライラしているようだ。
「あら、それはチユキさんの話し方が怖いのではなくて? うちの侍女達も怖がっていますわよ」
「えっ!? そうなの!?」
キョウカに言われてチユキは衝撃を受けたような顔になる。
どうやら言い方が怖いと思っているのはクロキだけではないようだ。
「うう、はあ……。別に彼氏が欲しいわけじゃないのだけど、怖がられるのは……。来てくれるのはレイジ君ぐらいだし……」
言われたチユキは落ち込んだ表情になって、ぶつぶつと呟く。
クロキはそれを見て少し悪かったかなと思う。
しかし、だからと言って自分が側に行ってもチユキは喜ばないだろうと思うので、特に何もできないクロキであった。
そんな時だった。
この茶店に新たな客が入って来る。
入って来たのは魔術師の一団。服装からして占星術師ではない。
おそらく錬金術師だろう。
入って来た者達を見てクロキは首を傾げる。
錬金術師達が工房を構えている場所から離れている。錬金術師達が住む場所の近くにも茶店があるはずなので、わざわざここに足を運ぶ必要ない。
クロキは錬金術師達の中心にいる者に注目する。
明らかに他の者達とは違っている。
なぜなら、その者は黄金の獅子を象った、頭を覆う仮面を付けているからだ。
獅子の仮面の者は店に入ると、誰かを探すように首を動かす。
「おお、クロキ殿。ここにおられましたか、お久しぶりです」
「えっ!?」
突然、獅子の仮面の者に声を掛けられクロキは驚く。
そして、その声には聞き覚えがあった。
「ええと? どなた……」
「はは、この姿で会うのは初めてですね。ジプシールでお会いして以来です」
獅子の仮面の者は笑って言う。
ジプシールと言われてクロキはようやく獅子の仮面の者の正体に気付く。
「えっ!? もしかしてケプラー殿!? 仮面を付けているのでわかりませんでした!」
クロキが言うと獅子の仮面の者は頷く。
獅子の仮面の者は魔術師協会ジプシール支部の支部長にして黄金の賢者の称号を持つケプラーであった。
「はい、お久しぶりです。先程ガドフェス殿と出会い、クロキ殿が来ていると聞いたのでご挨拶をと思い……。おや、チユキ殿もご一緒でしたか……。これは……?」
ケプラーは首を傾げる。
「お久しぶりですね。会うのは賢者の称号をもらうためにここに来て以来かしら。知り合いみたいだけど、その経緯を詳しくしりたいわ。なぜ貴方がマギウス殿やケプラー殿と知り合いなの? 本当に貴方とはよく話をしたいわ」
チユキは怖い笑みを浮かべて言う。
クロキは人間の敵であるはずの魔王の配下である。
一応人間の組織である魔術師協会の重鎮と親しくするのはおかしいはずなのだ。
そのためチユキが疑問に思うのも当然であった。
そして、クロキの素性を知っているケプラーが光の勇者の仲間であるチユキと一緒にいるのを不思議がるのも当然である。
「あら、ミツアミさん。貴方もいるのね」
キョウカがケプラーの後ろにいるミツアミを見つける。
彼女は錬金術を学ぶ者であり、他の魔術師と一緒に来たようだ。
「はい、キョウカ様。ケプラー様と食事を一緒にしたくて……」
ミツアミは熱い視線をケプラーに向けながら言う。
ミツアミがそう言うと周りの魔術師も頷く。
一緒に来た魔術師達は皆若く、誰もが憧れの視線をケプラーに向けている。
憧れの視線を向けているのは女性ばかりではない、男性も同じだ。
ケプラーは天才魔術師として有名であり、専門である錬金術だけでなく、心霊術や占星術にも通じていて、その名声は魔術師の間に広まっていた。
そのためミツアミ達はケプラーに教えを受けたくて来ているようすであった。
ミツアミのクロキを見る目が少し柔らかいものに変わっている。
尊敬する者の知り合いという効果はかなり大きい。
「ええと、食事をですか……」
ミツアミがケプラーと一緒に食事をしたいと聞いてクロキは微妙な顔になる。
ケプラーの正体はフンコロガシ人。
陸上の獣のう〇こがこの種族の食事である。
ミツアミ達の様子からケプラーの正体を知っている様子はない。
おそらく、錬金術の実験で顔に傷を負った人間だと思っているのだろう。
一応人間の住む場所であり、人ではないケプラーは正体を隠しているようであった。
物腰は柔らかく、面倒見が良いのでジプシールでは慕われていた。
それは正体を隠しているサリアでも変わらないようであった。
「はは、ジプシールではないので、どうしたら良いか悩ましい所です」
ケプラーは困っているような声を出す。
慕ってくれている者達を無下にもできず、真実を話すわけにもいかない。
「あのクロキさんに、チユキさん。この方はどなたですの? 面白い被りものをしているようですけど?」
蚊帳の外に置かれたキョウカが不満そうに言う。
するとケプラーの後ろにいるミツアミ達がざわめく。
マギウスと同様にケプラーも有名であり、それを知らないキョウカは異端である。
そのため、ミツアミ達の目が険しくなる。
「ええと、こちらは黄金の賢者ケプラー殿です。ジプシールの魔術師協会支部の支部長です」
クロキが紹介するとケプラーは優雅に一礼する。
その動作は様になっており、礼儀正しい紳士であった。
「そして、こちらがキョウカさんよ。ケプラー殿。光の勇者レイジ君の妹よ」
チユキがキョウカを紹介する。
するとケプラーが驚きの声を上げる。
「ほう、あの勇者殿の妹君ですか! ケプラーですキョウカ殿。以後お見知りおきを」
「ええ、よろしくですわ、ケプラーさん。どうかしら? 貴方もご一緒しませんこと?」
キョウカも短く挨拶をする。
「それは興味深い、よろしいのですか?」
ケプラーはそう言ってチユキを見る。
「別に構わないわ。でも、ちょっと秘密にしたい事もあるから、貴方達は遠慮してくれると嬉しいのだけど」
チユキはそう言ってクロキとミツアミを見比べる。
どうやら、クロキの正体を露見しないようにしてくれるようだ。
チユキなりの気遣いなのかもしれない。
チユキに言われてミツアミ達が不満そうな声を出す。
「すまないね。君達。賢人会議が終わったら、食事は一緒にできないが話せる場を作ろう」
ケプラーが申し訳なさそうに言うと、ミツアミ達が歓声を上げる。
どうやら、納得してくれたようだ。
ミツアミ達は茶店を出ていく。
するとチユキが何か魔法を唱える。
おそらく魔法の結界で空間を遮断したのだろう。
これで遠視の魔法等で様子を見られる事はない。
「さて、どうしてクロキ殿とチユキ殿が一緒に? 立場を考えますとありえない事のはずですが……」
席に着いたケプラーが首を傾げる。
「それはこちらも言いたいわ。なぜ、貴方達は知り合いなのかしら? それこそありえない事ではないの?」
チユキが見比べて言う。
「ええと、それは……」
クロキはどう答えようか迷う。
マギウスもケプラーもトトナの紹介である。
特に秘密にするようにトトナに言われていないが、簡単に話して良いか迷う所である。
トトナと仲良くしている事がレーナにバレたら、トトナの立場が悪くなる。
そのため言いにくい。
「まあ、色々とあったのですよ。悪魔と交信する魔術師もいます。私とクロキ殿が知り合いでもおかしくはないでしょう」
クロキの様子を見たケプラーが助け舟を出す。
嘘は言っていない。
魔術師の中には悪魔と契約して魔力を高める者がいる。
人間社会に悪影響を及ぼさない限り、魔術師協会は悪魔との交信を認めている。
「そ、そうですよ。自分とケプラー殿が知り合いでもおかしくありません。そうだ、実はケプラー殿。昨日の夕刻、とある事件が起こったのですよ」
クロキは昨日の夕刻の話をして話題を変える事にする。
「クロキ殿が襲われた。そして、背後には強大な力を持つ者がいるというわけですか……」
話を聞いたケプラーは信じられないと首を振る。
「その事件が気になって、ナルゴルに帰りにくくなったのです」
「相手の狙いがわからない。そもそも、クロキ殿を本当に狙ったのかもわからない。難しいですね」
「そうなのです。そのため、どうすれば良いか……」
クロキは頷いて言う。
「何だか話を変えられたような気がするわね。でも、まあ良いわ。水晶玉で見た光景も気になるしね。ねえ、本当に心当たりがないの?」
チユキは仕方がないと言う顔をする。
「そうは言っても……」
クロキは首を横に振る。
「あら、怪しい者ならいますわ」
突然キョウカが口を開く。
クロキとチユキとケプラーはキョウカに注目する。
「あのキョウカさん。怪しい者って誰なの?」
「名前は何だったかしら? 縮れた髪をしていたのだけど」
チユキに問われキョウカが答える。
「ええと、確かチヂレゲだったかな。禁書庫に入りたいと言っていた。どうして彼が怪しいと思うのです?」
キョウカに言われクロキは彼の事を思い出す。
「えっ? 理由? だって顔が怪しそうだったのですもの」
キョウカがそう答えるとクロキとチユキは椅子からずり落ちそうになる。
「あのねえ、キョウカさん。顔で判断するのはいけないと思うわ」
チユキが眉間を押さえて言う。
「確かに禁書庫に入りたい理由を言わなかったりしていましたが……。禁書庫に興味を持つ、魔術師は他にもいると聞きますし」
クロキはチヂレゲの様子を思い出す。
そもそも、キョウカも特に理由もなく禁書庫に入りたがったのだ。
魔術師の中に興味を持つ者がいてもおかしくないのである。
「まあ、クロキ殿。とりあえず調べてみてはいかがでしょう。特に手掛かりがないのなら、少しでも怪しいと思った者を調べるしかないでしょう」
ケプラーは笑って言う。
「確かに、そうですね。一応調べてみましょう。彼は普段どこにいるのか? 受付のカタカケ殿に聞いてみましょう」
クロキは頷く。
確かな手掛かりがない以上、少しでも怪しいと思ったところを調べるしかないかもしれない。
こうして、クロキ達の調査が始まるのだった。
チユキが溜息を吐く。
星見の塔を出たクロキとチユキとキョウカはすぐ近くの茶店へと足を運んだ。
茶店は小さく落ち着いて、弟子達の憩いの場所である。
占星術は花形である錬金術に比べると人気がなく、またサリアの繁華街から離れているためか利用者は少ない。
また、時刻は昼前のためか、利用者は他に誰もおらず静かである。
ちなみにマギウスは目を少しやられたヤーガを薬学に詳しい深緑の賢者ラストスの元へと連れて行ったのでここにはいない。
(確かに大変な事になったなあ……。これじゃあ帰れないよ)
クロキも溜息を吐く。
あの吸血鬼蝙蝠はタラボスの生き残りの弟子だと思っていたのだ。
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襲った理由はわからないが、それは後から聞けば良いと思っていた。
しかし、チユキとヤーガによると人間を超える存在である事が明らかになった。
そのため、クロキは困った事になってしまった。
(はあ、居心地が悪い)
クロキはチユキとキョウカを見る。
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元の世界では話す事もないだろう。
そもそも、クロキは異性に対して積極的に話しかけるのが苦手だ。
別に異性が嫌いというわけではなく、むしろ好きだが上手く話せない。
何か接点があれば誠実に対応するが、その機会はほとんどない。
また、どうもチユキには嫌われているらしいので、さらに居心地が悪かった。
そもそも、彼女は異性に厳しい事で有名で、近づけるのはレイジぐらいである。
どんなに美人でもクロキとしてはなるだけお近づきになりたくない相手であった。
しかし、サリアにしばらく滞在する以上は避けるのは難しい。
彼女の仲間のキョウカが近づいて来るので、しばらくは行動を共にするしかない。
彼女達は御茶を飲んでいる。
サリアでは思考が鈍る酒類よりも御茶が好まれる。また、サリア周辺諸国では御茶栽培が盛んだったりするので、様々な種類の御茶が飲めるのがサリアだったりする。
「これから、どうしますの? そのクロキさんを襲った犯人を突き止めるのでしょう?」
キョウカが御茶を飲みながら言う。
「まあ、そうしたいのだけどね。ねえ、襲われる理由に心当たりがあるかしら?」
チユキはクロキを睨みつけるように言う。
「ええと、すみません。特にないです……」
クロキはその視線を避けるようにして、小さく答える。
別にチユキはクロキを責めているわけではない。
おそらく、その視線は素のもので、性分なのだろう。
もちろん、クロキもそれはわかっているが、どうしても縮こまってしまう。
「そうなの? 本当に何も思い浮かばないの?」
チユキは語気を強めて言う。
語気を強められてさらにクロキは縮こまる。
「う~ん、ごめんなさい。特には……」
クロキは申し訳なさそうに答える。
クロキがサリアに来る事はそこまで多くない。
話す相手も少ない。
そして、相手はクロキの正体をしらないのだ。
もしかすると特にクロキを狙ったのではなく、無差別に通行人を襲った可能性もあるのだ。
こうなると襲われた理由がわかるわけがない。
「あのねえ、いちいち謝らないでくれる。別に貴方を責めているわけじゃないのだから」
チユキは眉間を押さえて言う。
明らかにクロキの態度にイライラしているようだ。
「あら、それはチユキさんの話し方が怖いのではなくて? うちの侍女達も怖がっていますわよ」
「えっ!? そうなの!?」
キョウカに言われてチユキは衝撃を受けたような顔になる。
どうやら言い方が怖いと思っているのはクロキだけではないようだ。
「うう、はあ……。別に彼氏が欲しいわけじゃないのだけど、怖がられるのは……。来てくれるのはレイジ君ぐらいだし……」
言われたチユキは落ち込んだ表情になって、ぶつぶつと呟く。
クロキはそれを見て少し悪かったかなと思う。
しかし、だからと言って自分が側に行ってもチユキは喜ばないだろうと思うので、特に何もできないクロキであった。
そんな時だった。
この茶店に新たな客が入って来る。
入って来たのは魔術師の一団。服装からして占星術師ではない。
おそらく錬金術師だろう。
入って来た者達を見てクロキは首を傾げる。
錬金術師達が工房を構えている場所から離れている。錬金術師達が住む場所の近くにも茶店があるはずなので、わざわざここに足を運ぶ必要ない。
クロキは錬金術師達の中心にいる者に注目する。
明らかに他の者達とは違っている。
なぜなら、その者は黄金の獅子を象った、頭を覆う仮面を付けているからだ。
獅子の仮面の者は店に入ると、誰かを探すように首を動かす。
「おお、クロキ殿。ここにおられましたか、お久しぶりです」
「えっ!?」
突然、獅子の仮面の者に声を掛けられクロキは驚く。
そして、その声には聞き覚えがあった。
「ええと? どなた……」
「はは、この姿で会うのは初めてですね。ジプシールでお会いして以来です」
獅子の仮面の者は笑って言う。
ジプシールと言われてクロキはようやく獅子の仮面の者の正体に気付く。
「えっ!? もしかしてケプラー殿!? 仮面を付けているのでわかりませんでした!」
クロキが言うと獅子の仮面の者は頷く。
獅子の仮面の者は魔術師協会ジプシール支部の支部長にして黄金の賢者の称号を持つケプラーであった。
「はい、お久しぶりです。先程ガドフェス殿と出会い、クロキ殿が来ていると聞いたのでご挨拶をと思い……。おや、チユキ殿もご一緒でしたか……。これは……?」
ケプラーは首を傾げる。
「お久しぶりですね。会うのは賢者の称号をもらうためにここに来て以来かしら。知り合いみたいだけど、その経緯を詳しくしりたいわ。なぜ貴方がマギウス殿やケプラー殿と知り合いなの? 本当に貴方とはよく話をしたいわ」
チユキは怖い笑みを浮かべて言う。
クロキは人間の敵であるはずの魔王の配下である。
一応人間の組織である魔術師協会の重鎮と親しくするのはおかしいはずなのだ。
そのためチユキが疑問に思うのも当然であった。
そして、クロキの素性を知っているケプラーが光の勇者の仲間であるチユキと一緒にいるのを不思議がるのも当然である。
「あら、ミツアミさん。貴方もいるのね」
キョウカがケプラーの後ろにいるミツアミを見つける。
彼女は錬金術を学ぶ者であり、他の魔術師と一緒に来たようだ。
「はい、キョウカ様。ケプラー様と食事を一緒にしたくて……」
ミツアミは熱い視線をケプラーに向けながら言う。
ミツアミがそう言うと周りの魔術師も頷く。
一緒に来た魔術師達は皆若く、誰もが憧れの視線をケプラーに向けている。
憧れの視線を向けているのは女性ばかりではない、男性も同じだ。
ケプラーは天才魔術師として有名であり、専門である錬金術だけでなく、心霊術や占星術にも通じていて、その名声は魔術師の間に広まっていた。
そのためミツアミ達はケプラーに教えを受けたくて来ているようすであった。
ミツアミのクロキを見る目が少し柔らかいものに変わっている。
尊敬する者の知り合いという効果はかなり大きい。
「ええと、食事をですか……」
ミツアミがケプラーと一緒に食事をしたいと聞いてクロキは微妙な顔になる。
ケプラーの正体はフンコロガシ人。
陸上の獣のう〇こがこの種族の食事である。
ミツアミ達の様子からケプラーの正体を知っている様子はない。
おそらく、錬金術の実験で顔に傷を負った人間だと思っているのだろう。
一応人間の住む場所であり、人ではないケプラーは正体を隠しているようであった。
物腰は柔らかく、面倒見が良いのでジプシールでは慕われていた。
それは正体を隠しているサリアでも変わらないようであった。
「はは、ジプシールではないので、どうしたら良いか悩ましい所です」
ケプラーは困っているような声を出す。
慕ってくれている者達を無下にもできず、真実を話すわけにもいかない。
「あのクロキさんに、チユキさん。この方はどなたですの? 面白い被りものをしているようですけど?」
蚊帳の外に置かれたキョウカが不満そうに言う。
するとケプラーの後ろにいるミツアミ達がざわめく。
マギウスと同様にケプラーも有名であり、それを知らないキョウカは異端である。
そのため、ミツアミ達の目が険しくなる。
「ええと、こちらは黄金の賢者ケプラー殿です。ジプシールの魔術師協会支部の支部長です」
クロキが紹介するとケプラーは優雅に一礼する。
その動作は様になっており、礼儀正しい紳士であった。
「そして、こちらがキョウカさんよ。ケプラー殿。光の勇者レイジ君の妹よ」
チユキがキョウカを紹介する。
するとケプラーが驚きの声を上げる。
「ほう、あの勇者殿の妹君ですか! ケプラーですキョウカ殿。以後お見知りおきを」
「ええ、よろしくですわ、ケプラーさん。どうかしら? 貴方もご一緒しませんこと?」
キョウカも短く挨拶をする。
「それは興味深い、よろしいのですか?」
ケプラーはそう言ってチユキを見る。
「別に構わないわ。でも、ちょっと秘密にしたい事もあるから、貴方達は遠慮してくれると嬉しいのだけど」
チユキはそう言ってクロキとミツアミを見比べる。
どうやら、クロキの正体を露見しないようにしてくれるようだ。
チユキなりの気遣いなのかもしれない。
チユキに言われてミツアミ達が不満そうな声を出す。
「すまないね。君達。賢人会議が終わったら、食事は一緒にできないが話せる場を作ろう」
ケプラーが申し訳なさそうに言うと、ミツアミ達が歓声を上げる。
どうやら、納得してくれたようだ。
ミツアミ達は茶店を出ていく。
するとチユキが何か魔法を唱える。
おそらく魔法の結界で空間を遮断したのだろう。
これで遠視の魔法等で様子を見られる事はない。
「さて、どうしてクロキ殿とチユキ殿が一緒に? 立場を考えますとありえない事のはずですが……」
席に着いたケプラーが首を傾げる。
「それはこちらも言いたいわ。なぜ、貴方達は知り合いなのかしら? それこそありえない事ではないの?」
チユキが見比べて言う。
「ええと、それは……」
クロキはどう答えようか迷う。
マギウスもケプラーもトトナの紹介である。
特に秘密にするようにトトナに言われていないが、簡単に話して良いか迷う所である。
トトナと仲良くしている事がレーナにバレたら、トトナの立場が悪くなる。
そのため言いにくい。
「まあ、色々とあったのですよ。悪魔と交信する魔術師もいます。私とクロキ殿が知り合いでもおかしくはないでしょう」
クロキの様子を見たケプラーが助け舟を出す。
嘘は言っていない。
魔術師の中には悪魔と契約して魔力を高める者がいる。
人間社会に悪影響を及ぼさない限り、魔術師協会は悪魔との交信を認めている。
「そ、そうですよ。自分とケプラー殿が知り合いでもおかしくありません。そうだ、実はケプラー殿。昨日の夕刻、とある事件が起こったのですよ」
クロキは昨日の夕刻の話をして話題を変える事にする。
「クロキ殿が襲われた。そして、背後には強大な力を持つ者がいるというわけですか……」
話を聞いたケプラーは信じられないと首を振る。
「その事件が気になって、ナルゴルに帰りにくくなったのです」
「相手の狙いがわからない。そもそも、クロキ殿を本当に狙ったのかもわからない。難しいですね」
「そうなのです。そのため、どうすれば良いか……」
クロキは頷いて言う。
「何だか話を変えられたような気がするわね。でも、まあ良いわ。水晶玉で見た光景も気になるしね。ねえ、本当に心当たりがないの?」
チユキは仕方がないと言う顔をする。
「そうは言っても……」
クロキは首を横に振る。
「あら、怪しい者ならいますわ」
突然キョウカが口を開く。
クロキとチユキとケプラーはキョウカに注目する。
「あのキョウカさん。怪しい者って誰なの?」
「名前は何だったかしら? 縮れた髪をしていたのだけど」
チユキに問われキョウカが答える。
「ええと、確かチヂレゲだったかな。禁書庫に入りたいと言っていた。どうして彼が怪しいと思うのです?」
キョウカに言われクロキは彼の事を思い出す。
「えっ? 理由? だって顔が怪しそうだったのですもの」
キョウカがそう答えるとクロキとチユキは椅子からずり落ちそうになる。
「あのねえ、キョウカさん。顔で判断するのはいけないと思うわ」
チユキが眉間を押さえて言う。
「確かに禁書庫に入りたい理由を言わなかったりしていましたが……。禁書庫に興味を持つ、魔術師は他にもいると聞きますし」
クロキはチヂレゲの様子を思い出す。
そもそも、キョウカも特に理由もなく禁書庫に入りたがったのだ。
魔術師の中に興味を持つ者がいてもおかしくないのである。
「まあ、クロキ殿。とりあえず調べてみてはいかがでしょう。特に手掛かりがないのなら、少しでも怪しいと思った者を調べるしかないでしょう」
ケプラーは笑って言う。
「確かに、そうですね。一応調べてみましょう。彼は普段どこにいるのか? 受付のカタカケ殿に聞いてみましょう」
クロキは頷く。
確かな手掛かりがない以上、少しでも怪しいと思ったところを調べるしかないかもしれない。
こうして、クロキ達の調査が始まるのだった。
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2023/08/14……連載開始
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