暗黒騎士物語

根崎タケル

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第11章 魔術の学院

第2話 魔術の学院

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 魔術師カタカケは溜息を吐く。
 溜息を吐くのはある出来事があってから、ずっとであった。
 そんなカタカケは今日も仕事である図書館の受付をする。
 時刻は昼であるが利用者は少ない。
 理由は明後日に賢人会議が開かれるために多くの人がその準備に追われているからだ。
 図書館職員で駆り出された者も多く、カタカケは一人で受付をしていた。

「相変わらず女神に嫌われたような顔をしているな、カタカケ」

 受付で座っているとカタカケは声を掛けられる。
 顔を上げて見るとそこには縮れた髪をした男が立っている。

「ああ、チヂレゲか……」

 カタカケはそう言って再び溜息を吐く。
 縮れた髪の男の名はカタカケと同じくマギウス。
 サリアでは大賢者マギウスにちなんでマギウスと名付けられる子が多い。
 そのため区別するために綽名で呼ばれる。
 つまり、縮れ毛のマギウスなのでチヂレゲと呼ばれるのだ。
 ちなみにカタカケは寒がりで常時肩掛けを身に着けているから綽名でそう呼ばれている。

「何だ。じゃないぜ、そろそろ元気を出せよ。何も処罰はされなかったんだろ」
「ああ、確かに処罰はされなかったけどさ……。でも、これからどうしたら良いんだろう」

 カタカケは受付の机に額を付ける。
 魔術師協会の本部があるサリアにはより魔術の研究をするための学院がある。
 その学院で学ぶ事はほぼ全ての魔術師の憧れであり、カタカケもそんな魔術師の一人である。
 しかし、この学院で学ぶにはただ学費を払えば良いというものではなく、誰に師事するかというのが重要になるのだ。
 サリアの学院の導師達は皆優秀であるが、中にはとっつきにくい者もいる。
 自身の研究にかまけて弟子を養育しない者も多く、授業料も安くないので師匠選びは本当に大事である。
 また、導師達の中には派閥を作っている者もいるので、サリアで上手くやっていきたいのなら、大きな派閥に所属する導師に師事するのが一番である。
 その中でカタカケが師事したのは副会長であるタラボスの派閥に属する導師であった。
 タラボスの派閥は大きく、その末端に属するカタカケも恩恵に預かれた。
 カタカケは師の紹介で図書館の職員になる事ができ、サリアでの生活も順風満帆だった。
 しかし、タラボス副会長は協会の禁を犯して追われる身となり、カタカケが師事していた導師も有力な弟子と共に行方不明になってしまったのである。
 可哀想なのは残された弟子達である。
 タラボスが犯した事に加担していたのではないかと審問される事になった。
 カタカケも審問されたが、派閥の末端で特に何も知らされず、悪事にも加担していなかったので特に処罰はされなかった。
 だけど、魔術を教えてくれる師がいなくなり、新しく誰かを師事しようにもタラボスと関係ある者を弟子にしたがる者はなかなかいなかった。
 現在カタカケに師はおらず何のためにサリアにいるのかわからない状態であった。
 
(はあ、何のためにここにいるんだよ……。父さんも母さんも無理して僕をサリアに送ってくれたのに……。サリアで学ぶことが出来なかったマディアに悪いや)
 
 カタカケは両親と妹がいるアリアディア共和国を思い出す。
 平均的な魔術師は多くの一般市民よりも豊かだが、あくまで平均的な話であり底辺の魔術師になると生活に困る事もしばしばだ。
 カタカケは中層な魔術師の生まれだが、サリアに遊学させるにはかなりの金が必要であり、両親はかなりの無理をした。
 後ろ盾がない今図書館の職員を首になったらサリアを去らねばならないだろう。
 このままサリアで学ぶのをやめたくないが、状況は良くない。
 何か手が必要であった。

「そこでだ。この俺様がお前に良い話を持ってきたんだ」

 カタカケが受付の机に額を付けているとチヂレゲが笑って言う。
 
「良い話? どういう事だ」

 カタカケは顔を上げる。
 実はチヂレゲはカタカケと同じ導師の下で学んでいた。
 魔術の才はあまりないが、社交的で世渡り上手であり、タラボスがいなくなった後も上手くやっているようである。
 カタカケとしては羨ましいかぎりである。

「実はな、お前を弟子にしてくれそうな導師様がいるんだよ」
「本当か? でも金が必要じゃないのか?」

 カタカケは疑いの目を向ける。
 サリアの学院の収入は入学料と外からの寄付金で運営されていて、導師の収入は一定の給料と授業料で賄われる。
 優秀な者なら導師は入学料と授業料を無料にする事もあるが、カタカケは特に優秀というわけではない。
 図書館の給料も高くはないので高額な金は用意できない。
 また、遠いアリアディアの両親にこれ以上の負担はかけられなかった。

「いや、そこまでの金は必要じゃない。ただ、何もなしにってわけでもないんだ」
「何か裏がありそうな気がする。でも、話だけなら聞くよ」

 カタカケは話を聞くことにする。
 断るにしても話ぐらいは聞いても良く、それに切羽つまっている。
 選択肢はなかった。

「ああ、そうだろうな。そうするしかないよな。それじゃあ、本題に入るぜ、この図書館の地下には何があるか知っているか?」
「地下? ええと……。もしかして、非公開書庫の事か?」

 カタカケは考えて答える。
 地下1階には一般に非公開の本があり、基本的に導師以上の資格を持つ者しか読むことができない。
 なぜ、そうなっているかと言うと、機密事項が書かれた本もあるという事以外にも、危険な魔導書がある事が大きい。
 魔力を帯びた本は読んだだけで効果を発揮して読み手の精神に作用するものもあり、力の弱い魔術師が読めば、精神が壊される可能性もある。
 だから、一般公開されていないのだ。
 実はカタカケも整理のために特別に入った事がある。
 危険な魔導書らしきものは紙に包んだ上に鎖で巻かれ読めないようにされていたのを思い出す。

「さすがに知っているな。さらにその地下に何があるか知っているか?」

 チヂレゲがそう聞いた時だった。
 カタカケは驚き目を開いてチヂレゲを見る。

「まさか!? 禁書庫の事? あそこに入れるのは大賢者様の許した者のみはず。え、えーと、それがどうしたんだ?」

 カタカケは眉を顰めて聞く。
 禁書庫は非公開書庫よりも遥かに危険な魔導書が保管されていて、大賢者マギウスの許可がなければ導師はもちろん他の賢者ですら入る事はできない。
 カタカケも噂でしか聞いた事がないが、中には悪魔が自ら書いた書物もあるらしい。
 危険な書物で有名なのは魔王の側近である魔宰相が書いた「ルーガスの書」や蛆蝿の法主が書いた「妖蛆の法典」が有名だろう。
 何語で書かれているかわからないが、もし読み解く事ができれば悪魔を召喚する事も可能らしい。
 なぜ、そんな危険な本が置かれている禁書庫の事をチヂレゲが聞くのかわからなかった。

「うんうん、そうそう。まあ職員なら知っているよな。実はそこにある本を読みたいという導師様がいるんだよ。その導師様の手伝いをして欲しいってわけさ」

 チヂレゲがそう言うとカタカケは卒倒しそうになる。

「ああ、聞くんじゃなかったよ……。あそこは大賢者様の許しがなければ入れないって言っただろう。もし勝手に入ったら今度こそサリアにいられなくなる。嫌それだけじゃすまないかもしれない……」

 サリアにいられなくなるだけならまだ良いが、魔術師協会から追放される可能性もある。
 もし追放されればカタカケのような底辺魔術師は生きていけないだろうし、また家族にも悪い影響があるだろう。

「まあ、聞けよ、カタカケ。確かに無許可で入れば問題だろうさ。つまり許可があれば良いってわけだよな。そして、許可をされた者をお前は知っているはずだぜ、その御仁に協力してもらいたいってわけさ」

 そこまで聞いてカタカケは困った顔をする。

「許可された者って、もしかしてクロキ殿の事?」
「へえ、クロキ殿ね。そのクロキ殿と会わせてくれないかな? 知りあいなんだろ?」

 確かにカタカケはクロキの事を知っている。
 図書館館長に紹介され、初めて来たクロキに図書館の中を案内したのはほかならぬカタカケであった。
 今でもカタカケはその時の事を覚えている。
 魔術師らしからぬ恰好をした黒髪の青年。
 たまたま手が空いていたカタカケが案内する事になった。
 どうやって大賢者マギウスに許可されたのかはわからない。
 一見普通の人間のようにしか見えなかった。

「はあ……。確かに知っているけど、特に親しいわけでもないし、いつ来るのかもわからないよ。来たら連絡をする事なら出来るかもしれないけど……」

 カタカケは首を振る。
 クロキはサリアの外に住んでいて、いつ来るかわからない。
 ただ禁書庫を利用するときは図書館の受付に声を掛ける事になっているので来たら連絡する事しかできない。
 紹介するほど仲が良いとは言えなかった。
 そんな時だった。
 誰かが図書館に入って来る。

「こんにちはカタカケ殿。禁書庫を利用したいのですが……」

 声がしてカタカケとチヂレゲはその入って来た者を見る。
 そこには青年クロキが立っているのであった。



 遠いエルドから魔術都市サリアへとチユキとキョウカは魔法で転移をして来る。

「もうサリア。本当に魔法は便利ですわね」

 キョウカは周囲を見て呟く。
 転移の門がある部屋自体はエルドにあるものと特に変わりはない。
 しかし、ここから出たらエルドではなくサリアの景色となるのだ。
 一瞬で遠くに行くのでたまに感覚がおかしくなったりもする。 
 
「本当に便利ね。さて、どうしようかしら。会議まで日があるけど多分案内するのは難しいわよ」

 チユキはそう呟く。
 チユキがここに来た理由は賢人会議へと出席するためである。
 セアードの内海から戻って来たばかりで、仲間達はエルドで残した仕事をするか休むつもりのようであり、そのためチユキは一人で来るつもりであった。
 しかし、最近魔術を覚えようとしているキョウカが付いて行きたいと言い出したのだ。
 チユキとしては断る理由もないが、問題はカヤがエルドで仕事をせねばならず、動けない事であった。
 そのため行くのならキョウカだけになる。
 カヤはキョウカだけを行かせる事に難色を示したが、賢人会議が終わるまでの間だけであり、サリアの外に出ないのなら問題はないだろうと最終的に行く事を了承した。
 もっとも、賢者の称号を持つのはチユキだけなので、賢人会議には出席しない。
 チユキが賢人会議に出ている間はサリアを見学するぐらいしかやる事がないだろう。
 チユキとキョウカは転移の門を出る。
 転移の門がある部屋から出ると何名かの魔術師らしき者達が待ち構えている。
 全員がチユキに近づきたい魔術師のようであった。
 以前と違い今日は来訪を魔法で伝えていたので、待ち構えていたみたいだ。
 賢者の称号は最も優秀な魔術師に与えられる称号で近づきたいと思う魔術師は多い。
 この者達もそんな魔術師なのだろう。
 チユキがそんな事を考えていると一人の男が前に出て来る。
 服装からして導師、つまりは魔導師だろう。
 導師というのは導く者、教師や教授等に使われる称号だ。
 魔術師協会以外でも使われる称号であるため、区別するために魔術師の導師を外部では魔導師と呼ぶ。
 魔導師の男の後ろには彼の同僚や生徒らしき者が多数いる。


「お待ちしておりました、チユキ殿。私は五徳のマギウス。ゴトクと呼ばれております。そして、あのタラボス殿の後処理をする者です。あの件については申し訳ございませんでした」

 ゴトクと名乗った魔導師は頭を下げる。
 マギウスという名前は多く、同じ名前が多い者は綽名で呼ばれるのが一般的だ。
 なぜ五徳と呼ばれているのかわからないが、話していればそのうちわかるだろう。

「いえ、ゴトク師。私は気にしてはいません。そちらも気になさらないで下さい」

 チユキは首を振って答える。
 タラボスはチユキを罠にはめようとした、その事をゴトクは謝っているのだ。
 その副会長であったタラボスはチユキ達を罠にかけようとした以外にも協会の重要な規則をいくつも破っていた。
 協会は事態を重く見てタラボスを捕らえようとしたが逃げられてしまったのである。
 そして、最後は悪魔に騙されて死亡した。
 チユキとしてはタラボスに加担しなかった者に対して何かしようとは思わない。
 そもそも、チユキも魔術師協会に所属している。
 タラボスがやった事に対して、外部に謝罪しなければいけない立場だ。
  
「そう言っていただけると助かります。それではこの話はこれで。さてこれからの事ですが、どうでしょう、皆でお茶をしませんか。チユキ殿と話をしたい者も多いですし」

 ゴトクはそう言ってチユキを誘う。
 二人きりではなく、純粋に交流を深めたいようである。

「お茶ですか? 良いですね。御馳そうになろうかしら」
 
 チユキは笑って言う。
 以前のチユキなら迷惑だと思うだろう。
 しかし、最近知識を得たいなら本を読むだけでなく、多くの人に触れる事も大事だと思うようになっていた。
 特にこの世界についてわからない事がある。
 特に邪悪だと思っていた魔王がそうではないかもしれないのだ。
 セアードの内海で出会った魔王の娘ピピポレンナからは邪悪さは感じなかった。
 色々な人から話を聞くのも良いかもしれないのである。

「それでは、ご案内いたします。ええとそちらの方は?」

 そう言いかけてゴトクはチユキの後ろにいるキョウカを見る。
 最初から気付いていたが、聞く機会がなかったのである。

「こちらはキョウカさん。私の仲間よ、一緒に来たいと言うから連れて来たの」
 
 チユキはキョウカを紹介する。

「仲間!? という事は勇者殿の」
「はい、彼女はレイジ君の妹よ」
「おお! そうですか! 勇者様の妹君なのですね! チユキ殿と同じく何と美しい! 勇者殿が羨ましいですな。どうでしょうキョウカ様もご一緒にどうでしょうか!?」

 ゴトクは少し興奮して言う。
 キョウカの美しさはかなりのものであり、後ろの魔術師の男性達もキョウカに見惚れている。
 一緒にお茶をしたいみたいだ。

「いえ、わたくしはご遠慮しますわ。折角来たサリア。早速見て回りたいですもの。そうねまずは図書館を見てみたいわ」

 キョウカは首を振って答える。

「それなら私が案内を!」
「はい! 僕も一緒に!」
「私めも!」

 次々と男の魔術師達が手を上げる。

「そんなに大勢だと見て回れませんわね。案内なら御一人で結構ですわ」

 キョウカがそう言うと男の魔術師達が睨み合う。

「はあ、仕方がないわね。ゴトク師。キョウカさんのために一人を選んでもらえませんか?」

 チユキは溜息を吐いて言う。

「はは、仕方がありませんな。それならば下心がない同性が良いでしょう。ミツアミ君、前へ出て来てくれたまえ」
「はい、ゴトク師」

 ゴトクに呼ばれて魔術師の中から一人の女性が出てくる。
 まだ若く10代後半、もしくは20代前半だろう。
 顔立ちは丸く、茶色の髪を三つ編みにしているのが目についた。

「彼女は三つ編みのマディア。まだ若いが中々優秀でね。それに彼女は図書館の職員でもある。図書館を案内するのなら適任だ」

 ゴトクは笑って言う。
 マディアは他ではともかく魔術師の女性に多い名だ。
 そのため、彼女も綽名で呼ばれているようである。

「マディアです。ミツアミと呼ばれています。キョウカ様、私がサリアを案内いたします」
「ミツアミさんで良いかしら。よろしくお願いするわ。それじゃあねチユキさん。後で合流しましょう」
「ええ、キョウカさん」

 そう言ってキョウカとミツアミは去って行く。
 こうしてチユキとキョウカは別行動をする事になるのだった。
 

 

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