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第11章 魔術の学院
第1話 文化文化
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エリオスの天宮にある図書館、その応接室で知識の女神トトナは招かねざる客に応対する。
「久しぶりね、トトナ。今までどこに行っていたのかしら?」
図書館の応接室、対面に座るレーナがにこやかに言う。
もっとも目は笑っていない。
何か探る目だ。
トトナはその目から顔を背ける。
知恵と勝利の女神アルレーナ。
それがこの女神の真の名であり、レーナというのは通称である。
輝く髪に白い肌、エリオスでも愛と美の女神イシュティアと並ぶ美貌の持ち主であり、トトナが苦手とする相手である。
彼女は直感が鋭く、他者の秘密を嗅ぎつける。
今トトナが抱えている秘密を知られるわけにはいかなかった。
「どこに? ずっとここにいたのだけど?」
トトナはとぼけて言う。
「あら、本当のあなたの事を聞いているのだけどね」
「!?」
レーナがそう言った時だったトトナはレーナを睨みつける。
(気付いている? どういう事……?)
トトナの背に冷たい汗が流れる。
実は本当の自身の身体はここにはいない。
ジプシールのネルフィティに預けている。
今のトトナの身体をエリオスの誰かに見られるわけにはいかなかった。
特に母のフェリアには知られたくない。
だから、仮初の身体に精神を移してエリオスに戻ったのである。
仮初の身体は過去に作った特別な物で、見かけだけならトトナと変わらない。
ただ仮初の身体は本当の肉体よりも弱く、注意深く見れば違和感に気付くだろう。
そのため、なるべく外に出ようとしなかったのだがレーナは気付いているようであった。
「なんの事? 意味が分からない……」
トトナは再びレーナから目を反らしとぼける。
それしか方法はないからだ。
「あら、とぼけるの、トトナ? まあ良いわ。でも忠告しておくわね。魔王の仲間と仲良くするのはやめておいた方が良いわよ。フェリア様に知られたら困るでしょ。それじゃ私は行くわね」
言いたい事を言うとレーナは立ち上がり背を向ける。
その後、振り向く事なく図書館の応接間から出ていく。
(レーナ……。どこまで気付いているの?)
トトナはレーナが出て行った扉を見る。
どこまで気付いているのか確かめる事が出来ないのがもどかしかった。
レーナは暗黒騎士であるクロキとトトナが仲良くするのをよく思っていない。
当然だろう。
自身の愛する光の勇者を倒した相手である。
その相手である暗黒騎士と仲良くする事はレーナにとって面白くないはずだ。
だから、トトナとの仲を邪魔するのである。
(大人しくするしかない。クロキに会えないのは寂しいけど……)
トトナはクロキの事を考える。
クロキとはしばらく会っていない。
何故か監視が厳しくなり、クロキがエリオスの図書館に来ることが難しくなったからだ。
仕方がないのでクロキは地上にある図書館の写本を読むようになった。
トトナも地上に降りてクロキと会いたいが、監視があるので難しいだろう。
トトナがクロキの下へと行けば母は怒り、魔王達と本格的な争いになる可能性もある。
それはトトナとしても望むところではない。
だから、大人しくするしかないのである。
「レーナ……。本当に嫌な奴」
トトナは思わず呟くのであった。
◆
「はあ、全く油断も隙もない」
レーナは図書館から出ると額を指で押さえる。
トトナはクロキを狙っている。
クロキはレーナの物のであり、トトナに渡すつもりはない。
何としても引き離さなくてはいけなかった。
だから、トトナを緩く監視していたのである。
するとトトナの様子がおかしく、偽の体であることに気付いた。
理由はわからない。
その理由がクーナと同じ理由なら由々しき事態であり、考えたくない。
また偽の体で誤魔化して、クロキに会いに行くかもしれない。
そう考えたから、釘を刺しに行ったのだ。
トトナは危険だとレーナは思っている。
フェリアもファナケアも愛する男に対して独占欲があり、近づく女に敵意を向ける。
幸いクロキはナルゴルにいて、モデスを嫌う母親の事もあり、表立って動けない。
最もそれはレーナも同じだが、自身の複製であるクーナもいるのでトトナよりも有利な立場にあった。
「クロキを愛するのは私だけで良いのに……」
レーナはナルゴルの方角を見て小さく言う。
クーナはレーナの複製なので別に構わないが他に変な虫がつくのは面白くない。
悩みが尽きない。
そのクロキはクーナと共に今ナルゴルの魔王宮にいるはずであった。
◆
セアードの内海から戻ったクロキとポレンはクーナと合流して魔王宮へと来る。
もちろん魔王宮へと来たのはセアードの内海であった事を報告するためだ。
そして、侍女長エンシェマに取り次いでもらい魔王宮の奥へと向かう。
ちなみにプチナは来ていない。
慣れない海の中で疲れたのか休むそうであった。
「何だこれは? がらくたか?」
クロキの横を歩くクーナが周りを見て言う。
周囲にあるのは風景画らしきものと壺と彫刻である。
芸術はわからないが身近で飾って置きたい物ではない。
しかし、ガラクタと言うのは憚られた。
「これはお父様が趣味で作った物です……、師匠。まあ、出来はその……」
クーナの反対側の横を歩くポレンが申し訳なさそうに言う。
魔王宮の奥、そこにはモデスのアトリエがある。
これらの物はモデスの製作によるものであった。
モデスは破壊の魔王と呼ばれる存在だが、自身は創作活動の方が好きなのである。
もっともポレンが言うには下手の横好きであり、とても良いと言えるものではないとの事だった。
幸いモデスも自身の作品が素晴らしい物ではない事を自覚しているのか、他者に見る事を強要する事はない。
それとも、目標とする作品があってそれに近づく努力している最中なのかもしれなかった。
「全く向き不向きがあるだろうに、魔王らしくない。物を作りたいなら才ある者に任せれば良いのだぞ」
クーナはそう言うと自身の身体を見る。
今のクーナの身体は仮初の人形の身体だ。
本体はある場所で眠っている。
実はクーナに子どもが出来たのだ。
安静にしないといけないからクーナは精神を人形に移し、活動している。
しかし、人形の身体は色々と制限があるので無理な活動はやはり出来ない。
本当はクーナ自身を複製した肉の身体の方が良いがさすがにそこまでは用意できなかった。
まあ、それでもナルゴルの中を歩く分には問題ないだろう。
「はは、師匠もそう思いますか。やっぱりそう思いますよね。外では破壊の魔王と呼ばれ怖れられているのに変ですよね」
ポレンは苦笑する。
ポレンもクーナと同じ考えのようだ。
「そうかな、向き不向きがあるなしに関係なく自分がやりたい事をするべきだと思うよ。うん、その方がずっと良い」
クロキは作品群を見てそう言う。
例え向いていなくても、やりたい事をやる。
それはとても大切な事だと思うのだ。
それに破壊の魔王らしくないかもしれないが、クロキには創作活動を愛するモデスを好ましく思えた。
「そうか、クロキ殿にそう言ってもらえると嬉しいな。セアードの内海はどうだったか? ポレン? ダラウゴンの娘は元気にしていたか?」
そんな時だった前から誰かがやって来る。
巨大な体に角の生えた猪の頭、モデスである。
「はい、お父様。トヨちゃんは元気でした。無事セアードの女王になり、おじ様も大喜びです」
ポレンはそう言って笑う。
新しいセアードの女王を祝う式は数日行われた。
額環を身に付けたトヨティマはすごく嬉しそうだったのを思い出す。
その嬉しさにはトルキッソスが自身を女王に選んだ事も含まれるみたいである。
何故ならトヨティマがその事を何度も言っていたからだ。
もしかすると両者の仲が良くなればセアードの内海の争いは終わるかもしれない。
ただ、簡単にはいかなそうなので時間はかかるだろう。
「クロキ殿はどうでしたかな? セアードの内海は?」
「それが陛下。その事で報告したい事があります」
クロキはセアードの内海で起こった事を話す。
フェーギル将軍の事、そして混沌の霊杯の事を。
「何とそのような事が……」
話を聞いたモデスは考え込む。
「蛇の女王は何を、そして混沌の霊杯とは何なのでしょう」
「分からん。母の持つ遺物、ディアドナの持つものの事はモデスにも分からぬのだ」
「そうですか……」
「ルーガスなら分かるかもしれぬが、今はおらぬからな。呼び戻そうか? クロキ殿?」
モデスは残念そうに言う。
珍しくルーガスはナルゴルから出かけていた。
出かける理由をクロキは聞いていない。
しかし、わざわざ戻って来てもらうのも申し訳なかった。
「いえ、それは……。わざわざ戻って来てもらうのも申し訳ないですので戻ってくるのを待ちましょう。それまではそうですね……。ある程度自分で調べます」
クロキはそう言うとトトナの事を考える。
トトナはルーガスから多くの書物を引き継いだ。
その中にはディアドナの事や混沌の霊杯の事もあるかもしれない。
「調べると言うことはトトナの所に行くのかクロキ?」
クーナは嫌そうな顔をする。
クーナはトトナの事が好きではないのでクロキがトトナの所に行くのを嫌がる。
だから、クーナの前で行くとは言えない。
「えっ、えーと。今回は地上の写本を読みに行くよ。最近天使の監視も厳しみたいだしね」
クロキはクーナに睨まれてそう答える。
それに何故か最近エリオスの天宮の天使達の監視が厳しくなっているのも確かであり、トトナのいるエリオスの図書館には行き難くなっているのも事実であった。
だから、地上にある写本を読もうと思う。
写本はエリオスの図書館にある書物を写したものであり、サリアとジプシールにある。
写本を用意した理由はモデスを嫌うフェリアが書物を処分するかもしれなかったからだ。
だから、トトナは書物を写し、地上に保管した。
天使の監視が厳しくなった事で不便に感じたクロキにトトナが写本の存在を教えてくれたのだ。
全ての本を写したわけではないらしいので、エリオスの図書館の方が調べものをするには良いが贅沢は言っていられない。
「地上にですか? 私も行きたいな~」
「ま、まて! ポレンよ! それはダメだ! ダラウゴンの所でも危険な事があったのだから、なるべく外出を控えなさい!」
モデスは首を振ってポレンを止める。
先程ポレンが勇者達に捕まった事も伝えてしまった。
特に何もなく、むしろ良い待遇であったらしいが、モデスはそれを聞いて倒れそうになっていた。
モードガルの時もモデスは心配していた。
出来る限り危ない事をさせたくないと思うのがモデスの心情である。
気心の知れたダラウゴンの所だからこそ許したのであり、基本的に外出を許しはしないだろう。
「ええ~、そんなあ。先生~」
ポレンは流し目でクロキを見る。
連れて行って欲しそうである。
「申し訳ありません殿下。陛下の許しがないのでは……」
クロキは首を振る。
元々ポレンを連れて行くつもりはない。
モデスが許可しないだろうし、モデスが許可をしたとしてもかなりの護衛を付けるに違いなく、調べものしにくいのは間違いないからだ。
「その通りだ。クーナと一緒に留守番だな。クロキもルーガスが戻り次第早く戻ってきてくれ、あんまり遅いと迎えに行くからな」
クーナはそう言って釘を刺す。
クーナはモデスの前でも態度は変わらない。
モデスもクーナに対しては特に何も言わない。
どうやらクロキの付属物と思っているようで、気にするべき相手と思っていない様子であった。
「はは、わかっているよ、クーナ。出来るだけ早く戻るからね。それでは陛下、少しナルゴルを離れます」
「うむ、クロキ殿なら問題ないと思うが気を付けてな」
こうしてクロキはナルゴルから離れる事になる。
(さて、サリアとジプシール。どちらに行くかな? うーんどうしよう。ジプシールはこの間行ったから、今度はサリアにしようかな)
そんな事をクロキは考えるのだった。
「久しぶりね、トトナ。今までどこに行っていたのかしら?」
図書館の応接室、対面に座るレーナがにこやかに言う。
もっとも目は笑っていない。
何か探る目だ。
トトナはその目から顔を背ける。
知恵と勝利の女神アルレーナ。
それがこの女神の真の名であり、レーナというのは通称である。
輝く髪に白い肌、エリオスでも愛と美の女神イシュティアと並ぶ美貌の持ち主であり、トトナが苦手とする相手である。
彼女は直感が鋭く、他者の秘密を嗅ぎつける。
今トトナが抱えている秘密を知られるわけにはいかなかった。
「どこに? ずっとここにいたのだけど?」
トトナはとぼけて言う。
「あら、本当のあなたの事を聞いているのだけどね」
「!?」
レーナがそう言った時だったトトナはレーナを睨みつける。
(気付いている? どういう事……?)
トトナの背に冷たい汗が流れる。
実は本当の自身の身体はここにはいない。
ジプシールのネルフィティに預けている。
今のトトナの身体をエリオスの誰かに見られるわけにはいかなかった。
特に母のフェリアには知られたくない。
だから、仮初の身体に精神を移してエリオスに戻ったのである。
仮初の身体は過去に作った特別な物で、見かけだけならトトナと変わらない。
ただ仮初の身体は本当の肉体よりも弱く、注意深く見れば違和感に気付くだろう。
そのため、なるべく外に出ようとしなかったのだがレーナは気付いているようであった。
「なんの事? 意味が分からない……」
トトナは再びレーナから目を反らしとぼける。
それしか方法はないからだ。
「あら、とぼけるの、トトナ? まあ良いわ。でも忠告しておくわね。魔王の仲間と仲良くするのはやめておいた方が良いわよ。フェリア様に知られたら困るでしょ。それじゃ私は行くわね」
言いたい事を言うとレーナは立ち上がり背を向ける。
その後、振り向く事なく図書館の応接間から出ていく。
(レーナ……。どこまで気付いているの?)
トトナはレーナが出て行った扉を見る。
どこまで気付いているのか確かめる事が出来ないのがもどかしかった。
レーナは暗黒騎士であるクロキとトトナが仲良くするのをよく思っていない。
当然だろう。
自身の愛する光の勇者を倒した相手である。
その相手である暗黒騎士と仲良くする事はレーナにとって面白くないはずだ。
だから、トトナとの仲を邪魔するのである。
(大人しくするしかない。クロキに会えないのは寂しいけど……)
トトナはクロキの事を考える。
クロキとはしばらく会っていない。
何故か監視が厳しくなり、クロキがエリオスの図書館に来ることが難しくなったからだ。
仕方がないのでクロキは地上にある図書館の写本を読むようになった。
トトナも地上に降りてクロキと会いたいが、監視があるので難しいだろう。
トトナがクロキの下へと行けば母は怒り、魔王達と本格的な争いになる可能性もある。
それはトトナとしても望むところではない。
だから、大人しくするしかないのである。
「レーナ……。本当に嫌な奴」
トトナは思わず呟くのであった。
◆
「はあ、全く油断も隙もない」
レーナは図書館から出ると額を指で押さえる。
トトナはクロキを狙っている。
クロキはレーナの物のであり、トトナに渡すつもりはない。
何としても引き離さなくてはいけなかった。
だから、トトナを緩く監視していたのである。
するとトトナの様子がおかしく、偽の体であることに気付いた。
理由はわからない。
その理由がクーナと同じ理由なら由々しき事態であり、考えたくない。
また偽の体で誤魔化して、クロキに会いに行くかもしれない。
そう考えたから、釘を刺しに行ったのだ。
トトナは危険だとレーナは思っている。
フェリアもファナケアも愛する男に対して独占欲があり、近づく女に敵意を向ける。
幸いクロキはナルゴルにいて、モデスを嫌う母親の事もあり、表立って動けない。
最もそれはレーナも同じだが、自身の複製であるクーナもいるのでトトナよりも有利な立場にあった。
「クロキを愛するのは私だけで良いのに……」
レーナはナルゴルの方角を見て小さく言う。
クーナはレーナの複製なので別に構わないが他に変な虫がつくのは面白くない。
悩みが尽きない。
そのクロキはクーナと共に今ナルゴルの魔王宮にいるはずであった。
◆
セアードの内海から戻ったクロキとポレンはクーナと合流して魔王宮へと来る。
もちろん魔王宮へと来たのはセアードの内海であった事を報告するためだ。
そして、侍女長エンシェマに取り次いでもらい魔王宮の奥へと向かう。
ちなみにプチナは来ていない。
慣れない海の中で疲れたのか休むそうであった。
「何だこれは? がらくたか?」
クロキの横を歩くクーナが周りを見て言う。
周囲にあるのは風景画らしきものと壺と彫刻である。
芸術はわからないが身近で飾って置きたい物ではない。
しかし、ガラクタと言うのは憚られた。
「これはお父様が趣味で作った物です……、師匠。まあ、出来はその……」
クーナの反対側の横を歩くポレンが申し訳なさそうに言う。
魔王宮の奥、そこにはモデスのアトリエがある。
これらの物はモデスの製作によるものであった。
モデスは破壊の魔王と呼ばれる存在だが、自身は創作活動の方が好きなのである。
もっともポレンが言うには下手の横好きであり、とても良いと言えるものではないとの事だった。
幸いモデスも自身の作品が素晴らしい物ではない事を自覚しているのか、他者に見る事を強要する事はない。
それとも、目標とする作品があってそれに近づく努力している最中なのかもしれなかった。
「全く向き不向きがあるだろうに、魔王らしくない。物を作りたいなら才ある者に任せれば良いのだぞ」
クーナはそう言うと自身の身体を見る。
今のクーナの身体は仮初の人形の身体だ。
本体はある場所で眠っている。
実はクーナに子どもが出来たのだ。
安静にしないといけないからクーナは精神を人形に移し、活動している。
しかし、人形の身体は色々と制限があるので無理な活動はやはり出来ない。
本当はクーナ自身を複製した肉の身体の方が良いがさすがにそこまでは用意できなかった。
まあ、それでもナルゴルの中を歩く分には問題ないだろう。
「はは、師匠もそう思いますか。やっぱりそう思いますよね。外では破壊の魔王と呼ばれ怖れられているのに変ですよね」
ポレンは苦笑する。
ポレンもクーナと同じ考えのようだ。
「そうかな、向き不向きがあるなしに関係なく自分がやりたい事をするべきだと思うよ。うん、その方がずっと良い」
クロキは作品群を見てそう言う。
例え向いていなくても、やりたい事をやる。
それはとても大切な事だと思うのだ。
それに破壊の魔王らしくないかもしれないが、クロキには創作活動を愛するモデスを好ましく思えた。
「そうか、クロキ殿にそう言ってもらえると嬉しいな。セアードの内海はどうだったか? ポレン? ダラウゴンの娘は元気にしていたか?」
そんな時だった前から誰かがやって来る。
巨大な体に角の生えた猪の頭、モデスである。
「はい、お父様。トヨちゃんは元気でした。無事セアードの女王になり、おじ様も大喜びです」
ポレンはそう言って笑う。
新しいセアードの女王を祝う式は数日行われた。
額環を身に付けたトヨティマはすごく嬉しそうだったのを思い出す。
その嬉しさにはトルキッソスが自身を女王に選んだ事も含まれるみたいである。
何故ならトヨティマがその事を何度も言っていたからだ。
もしかすると両者の仲が良くなればセアードの内海の争いは終わるかもしれない。
ただ、簡単にはいかなそうなので時間はかかるだろう。
「クロキ殿はどうでしたかな? セアードの内海は?」
「それが陛下。その事で報告したい事があります」
クロキはセアードの内海で起こった事を話す。
フェーギル将軍の事、そして混沌の霊杯の事を。
「何とそのような事が……」
話を聞いたモデスは考え込む。
「蛇の女王は何を、そして混沌の霊杯とは何なのでしょう」
「分からん。母の持つ遺物、ディアドナの持つものの事はモデスにも分からぬのだ」
「そうですか……」
「ルーガスなら分かるかもしれぬが、今はおらぬからな。呼び戻そうか? クロキ殿?」
モデスは残念そうに言う。
珍しくルーガスはナルゴルから出かけていた。
出かける理由をクロキは聞いていない。
しかし、わざわざ戻って来てもらうのも申し訳なかった。
「いえ、それは……。わざわざ戻って来てもらうのも申し訳ないですので戻ってくるのを待ちましょう。それまではそうですね……。ある程度自分で調べます」
クロキはそう言うとトトナの事を考える。
トトナはルーガスから多くの書物を引き継いだ。
その中にはディアドナの事や混沌の霊杯の事もあるかもしれない。
「調べると言うことはトトナの所に行くのかクロキ?」
クーナは嫌そうな顔をする。
クーナはトトナの事が好きではないのでクロキがトトナの所に行くのを嫌がる。
だから、クーナの前で行くとは言えない。
「えっ、えーと。今回は地上の写本を読みに行くよ。最近天使の監視も厳しみたいだしね」
クロキはクーナに睨まれてそう答える。
それに何故か最近エリオスの天宮の天使達の監視が厳しくなっているのも確かであり、トトナのいるエリオスの図書館には行き難くなっているのも事実であった。
だから、地上にある写本を読もうと思う。
写本はエリオスの図書館にある書物を写したものであり、サリアとジプシールにある。
写本を用意した理由はモデスを嫌うフェリアが書物を処分するかもしれなかったからだ。
だから、トトナは書物を写し、地上に保管した。
天使の監視が厳しくなった事で不便に感じたクロキにトトナが写本の存在を教えてくれたのだ。
全ての本を写したわけではないらしいので、エリオスの図書館の方が調べものをするには良いが贅沢は言っていられない。
「地上にですか? 私も行きたいな~」
「ま、まて! ポレンよ! それはダメだ! ダラウゴンの所でも危険な事があったのだから、なるべく外出を控えなさい!」
モデスは首を振ってポレンを止める。
先程ポレンが勇者達に捕まった事も伝えてしまった。
特に何もなく、むしろ良い待遇であったらしいが、モデスはそれを聞いて倒れそうになっていた。
モードガルの時もモデスは心配していた。
出来る限り危ない事をさせたくないと思うのがモデスの心情である。
気心の知れたダラウゴンの所だからこそ許したのであり、基本的に外出を許しはしないだろう。
「ええ~、そんなあ。先生~」
ポレンは流し目でクロキを見る。
連れて行って欲しそうである。
「申し訳ありません殿下。陛下の許しがないのでは……」
クロキは首を振る。
元々ポレンを連れて行くつもりはない。
モデスが許可しないだろうし、モデスが許可をしたとしてもかなりの護衛を付けるに違いなく、調べものしにくいのは間違いないからだ。
「その通りだ。クーナと一緒に留守番だな。クロキもルーガスが戻り次第早く戻ってきてくれ、あんまり遅いと迎えに行くからな」
クーナはそう言って釘を刺す。
クーナはモデスの前でも態度は変わらない。
モデスもクーナに対しては特に何も言わない。
どうやらクロキの付属物と思っているようで、気にするべき相手と思っていない様子であった。
「はは、わかっているよ、クーナ。出来るだけ早く戻るからね。それでは陛下、少しナルゴルを離れます」
「うむ、クロキ殿なら問題ないと思うが気を付けてな」
こうしてクロキはナルゴルから離れる事になる。
(さて、サリアとジプシール。どちらに行くかな? うーんどうしよう。ジプシールはこの間行ったから、今度はサリアにしようかな)
そんな事をクロキは考えるのだった。
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