暗黒騎士物語

根崎タケル

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第10章 紺碧の魔海

第13話 捕虜交換

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 マーマン達とマーメイド達が争うセアードの内海は広いが、全ての海域で争いが繰り広げられているわけではなく、中立地帯もあったりする。
 例えばダラウゴンともメローラとも親交がある深海の魔女カリュケラが支配する海域ではどちらも争いを控えている。
 捕虜交換の場所はそのカリュケラの住居の近くであった。
 カリュケラの支配する海のアネモネの岩場は色鮮やかな巨大イソギンチャクが多く生息している。
 しかし、その色鮮やかさに興味を持ち、近づけばすぐにもその触手に捕らわれ喰われてしまうだろう。
 この海域もまた他と同じく危険な海域なのである。
 囚われの身であるポレンはそんな場所に連れて来られていた。

「向こうはまだ来ていないみたいっすね。でも、かなりの数の伏兵が潜んでいるみたいっす。敵意がびんびんっすよ」

 ナオという女の子が周囲を見ながら言う。
 彼女は感知力が高く、隠れた相手を見つけるのが上手い。
 ポレンは感知する能力が低く、ポレン達以外は誰もいないように見えた。
 この場にいるのは勇者とその仲間、そして、マーメイドの姫達である。
 マーメイドの姫達はポレンの事を嫌い、近づこうとはしない。
 すぐ側にいるリノという女の子とはかなり違う。
 なぜかポレンを気に入り、片時も離さない。
 
(相変わらず良い匂い。それにやわらかい。私もこんな女の子になれるかなあ?)
 
 ポレンは背中でリノの体温を感じながら、変身後の自身を思い浮かべる。
 リノは可愛らしい女の子であり、誰からも愛されている。
 顔の良いトリトン等の男性も彼女を見ると蕩けたような表情になる。
 もっとも、それは他の勇者の仲間の女の子達も同じだ。
 全員美女であり、多くの男性を惹きつける。
 ポレンはそんな彼女達が羨ましかったりする。
 変身しても、これほど魅力的になる自信はない。
 しかも、彼女達はポレンに優しく、性格も良かった。
 アルフォスの周りの女の子達のように、誰一人ポレンに意地悪な事は言わない。
 エリオス側の者でなければ仲良くできるかもしれなかった。
 しかし、多くの魔王軍の者が勇者達に倒された。
 もちろん、勇者達にも言い分はあるだろう。
 だけど、仲良くしてはならないのは同じである。
 出来るのは父親である魔王モデスと同じく、積極的に争わないようにするぐらいだったりする。

「まあ、そうでしょうね。でも、この海域では争わないはずよ。こちらから手を出さなければ何もしないはずよ。たぶん……」

 チユキと呼ばれる女性が自信なさげに言う。
 セアードの内海の実情はポレンにもわからない。
 また、互いに取り決めがしっかりと守られるかどうかもわからなかったりする。
 そのためか、随伴する者の数は特に制限しなかったのである。
 少し離れた場所ではトライデンと親衛隊のトリトン達が待機している。
 海馬ヒポカンパスに乗り、三叉槍と網を持ち、いつでも戦う準備はできている様子だ。
 ちなみに人魚の女王メローラは来ていない。
 何でもダラウゴンをすごく恐れているので、どうしても来ることが出来なかったらしい。 

「レイジ様。トルキッソスは大丈夫でしょうか?」

 勇者の側にいるマーメイドの姫が言う。
 彼女達は囚われた者が本物かどうかを確かめるためについてきた。
 先程ポレンも知ったのだが、囚われた踊り子はマーメイドの姫だったようなのである。
 もちろんポレンは驚いた。
 マーメイドの姫が人間の踊り子に化けて、潜入してくるとは誰も思わないだろう。
 その姫が囚われた事でかなり大変な事になっているようであった。

「すまない。それはわからない。相手がどうでるかだな……」

 勇者はすまなそうにする。
 美男子が愁いを帯びた表情をするので、つい見惚れてしまいそうになるのをポレンは我慢する。
 
(なんで、うちには美男子が少ないんだろう……。良いもん、良いもん。クロキ先生がいるもん!)

 ポレンはそう考えてなるべく勇者を見ないようにする。

「それなら大丈夫だと思いますわ。だって、クロキさんが酷い事をするとは思えませんもの」

 そう言ったのは勇者の妹であるキョウカという巨乳美女である。
 師匠であるクーナに匹敵する美女であるキョウカはなぜかクロキの事を信頼している。

「そうだよ、大丈夫。クロキはそんな酷い事をしないよ」

 シロネという女の子も頷く。
 彼女もまたクロキの事を信頼している。
 ポレンは過去にクロキと何があったのか聞きたいが聞けずにいた。

「私も大丈夫だと思う。だって、可愛いポレンちゃんを危険な目に合わせたりしないよ」

 そう言ってリノは抱き着いて頬をポレンの顔につける。

「可愛いですか……」
「ええと……」

 マーメイドの姫達が微妙な表情を見せる。
 勇者の仲間だから遠慮しているが、ポレンを可愛いとは全く思っていない様子だ。
 そのためか、出来る限り無視しようとしている。

「リノ様の言う通りかもしれません。それにポレンさんはもしかするとあちら側にとって重要な方の可能性もあります。マーマン達の様子からそのような感じがします」

 そう言ったのはキョウカの侍女であるカヤという女性だ。
 その目はポレンを鋭く見つめている。

(鋭い! はっ! まさか私のあふれる気品からなの!)

 ポレンは自身の正体をなるべく言わないようにしていた。
 勇者達は魔王の命を狙う者達であり、正体が判明したら、どうなるかわからないからだ。
 しかし、カヤはそんなポレンの正体に気付きそうなそぶりを見せる。

「ええと、さすがにそれは……」
「うーん、それはないかな」
「うんうん、さすがにねえ……」
「うん……。ないのね」

 だけどマーメイドの姫達はそのカヤの言葉を否定する。
 マーメイドの姫からしたらポレンはただの変な生物であり、良くわからない存在のようであった。
 ポレンはそんなマーメイドの姫達の態度に少し落ち込む。

「おや、どうやら来たみたいっすね」

 ナオの言葉でポレンが顔を上げると遠くから複数の巨大鮫が見える。
 その巨大鮫には鮫歯の剣を持ったマーマンの戦士達が乗っている。
 ダラウゴン配下のムルミッロ達である。
 そして、マーマンの戦士達に続いて漆黒の鎧を着た者が鮫に乗って現れる。
 間違いなく暗黒騎士のクロキであった。

(先生! クロキ先生が来てくれた!)

 ポレンはクロキが来てくれた事に安堵する。
 そして、そのクロキに並んでトヨティマとプチナに捕虜である踊り子に扮したマーメイドの姫が姿を見せる。
 さらにその奥にはとんでもなく巨大なマーマンが近づく。
 巨大なマーマンは海神ダラウゴンの本当の姿だ。
 普段は体を縮めているが、本当は外海の魔獣ケートスと同じぐらいの巨体なのである。
 ダラウゴンが近づくと海の中が重苦しい感じになる。
 ポレンが知るダラウゴンはちょっとスケベなおじさんだが怒ると怖いともっぱらの噂であった。
 ダラウゴンはその噂の姿の片鱗を見せている。
 そんなダラウゴンを見てトリトンの戦士達が騒がしくなる。
 
「うう、すごく重苦しい感じ」
「そうね、シロネさん。海の中で戦うのは本当に危険だわ。引き渡し場所を陸地にすべきだったかしら」

 チユキが顔を青くして言う。
 引き渡し場所を海の中にしたのは立ち会うマーメイドの本拠地が海の中であるからだ。
 しかし、近づくダラウゴンを見て、それが失敗であった事に勇者達は気付く。

「ここまで来た以上は仕方がない。やれるだけやるだけさ」

 他の者達の顔が青くなる中で一人涼しい顔をした勇者が言う。
 そして、勇者は小さく何かを呟く。
 すると、勇者の体から魔法の波動が発せられる。
 ポレンは知らないが、それは勇気の魔法であった。
 勇気を得たトリトン達が静かになる。
 勇者は迫って来るダラウゴン達を静かに見つめる。
 それはまさにどんな困難にも立ち向かう勇者の姿だ。
 マーメイドの姫達はその勇者の姿を見て惚けた溜息を吐く。

「そうですわ。こちらにはレイジ様がいらしゃいますわ」
「そうよ、あんな醜い奴らに負ける者ですか!」
「そう、そう。少なくとも顔では勝ってるよ!」

 マーメイドの姫達は鼓舞するように声を出す。 
 やがて、ダラウゴン率いるマーマン達は少し離れたところで止まる。

「久しぶりやな! トライデン! 何年ぶりかのう!」
「ああ、久しぶりだな! ダラウゴン! かつての友よ! お前には謝りたいと思っている! しかし、メローラの事では譲れない!」

 ダラウゴンが大きな声で言うと後ろからトライデンが出て来て大声で言い返す。

「ふん! 知るか! そないな事! もう忘れたわ! だが、こっちにも矜持がある! お前らと慣れあうつもりはないでえ! そんな事よりも交換や! トヨ! 後は任せたで!」
「わかったで! お父ちゃん!」

 呼ばれて鮫に乗ったトヨティマが前に出てくる。

「うん、ねえ、あれ誰?」
「本当に誰? 醜いマーマン達の仲間にあんな女の子いたっけ?」
「捕らえられているのかしら? それにしてはそんな様子はないし」

 マーメイド達はトヨティマを見て小声で話す。
 今のトヨティマは醜い姿ではない。
 元の醜い姿しか知らないマーメイドからしたら、何者かわからないのも当然であった。

「ちゃんとポレの字を連れて来たみたいやな。ウチはトヨティマや! この姿で会うのは初めてかもしれんが、知っとるやろ!」

 トヨティマが名乗るとマーメイド達が驚きの声を出す。

「嘘? トヨティマって確かすっごいブサイクじゃなかったっけ」
「そう。確か見ただけで気絶するほどだったはず」
「人の間でも見た者を不幸にさせる怖ろしい女神と呼ばれているはずよ」
「でも、どうしてそれなりの姿をしているのかしら?」

 マーメイドの姫は口々に言う。

(まあ、そりゃそうだよね。でもトヨちゃんは不幸の女神じゃないよ。すっごいカッコ良い子だもん。驚け~、驚け~)

 ポレンは親友のトヨティマを見て驚くマーメイド達の様子を楽しむ。

「こちらの捕虜もつれて来たえ。互いに交換や。互いに捕らえたもんと3名だけで近づく。そして、捕らえたもんが偽物でないか確認して交換や! それでどうや!」

 トヨティマが提案する。
 その提案を聞き、勇者達は顔を見合わせる。

「妥当な提案じゃないかしら?」
「ああ、そうだな。姫君もそれで良いかい」

 チユキが言うとレイジは頷き、マーメイドの姫に聞く。
 マーメイドの姫達は顔を見合わせ、一呼吸すると頷く。

「はい、それで構いません。そして、ついて行く者の中には長女である私も含めて下さい」
「そうか、わかった。残りは俺とリノで良いかな?」
「うん。良いよ。うう、ポレンちゃんと離れるのか少し寂しいな」

 リノはそう言うと再びポレンに抱き着く。
 ポレンは何と言って良いかわからなくなる。
 ポレンもリノの事は嫌いになれなかったりするのだ。
 しかし、別れなければいけないだろう。

「私も悪くなかったよ。リノちゃん。でも先生が心配するから戻らないと」

 ポレンも別れを口にする。
 そして、ポレン達は進む。 
 もちろん、向こうも捕虜を連れてくる。
 来ているのはクロキとトヨティマとプチナである。
 その3名が向こうの代表であった。
 
「クロキ先生~!」

 クロキに近づくとポレンは甘えるように抱き着く。
 実は自力で脱出するよりも助け出される方がお姫様らしいと思っていた事は秘密であった。
 
「申し訳ないです殿下。殿下を危ない目に合わせてしまいました」

 クロキはそう言ってポレンを抱きかかえて謝る。
 その様子に勇者とリノとマーメイドは驚く。
 さすがにポレンが殿下と呼ばれる身分だとは思わなかったようだ。
 
「殿下~」

 プチナもポレンの側に来る。
 その目は少し涙目だ。
 
「ぷーちゃん……」

 もしかして、心配させてしまったのではないかとポレンは後ろめたさを覚える。

「殿下ばかり。おいしそうな御菓子を食べてずるいのさ」
「ちょ!?」

 その言葉を聞いてポレンは突っ込みを入れたくなる。
 確かに囚われている間は美味しい御菓子を食べてばかりだった。しかし、なぜそれを知っているのか疑問に思う。

「どうやら、ポレの字で間違いなさそうやな。さあ、こっちも返すで」

 トヨティマに促されトルキッソスが勇者達の所に向かう。

「トルキッソス。大丈夫ですか!」
「姉上。心配をさせて申し訳ないです」

 トルキッソスとマーメイドの姫が抱き合う。
 その様子を見てクロキとトヨティマは首を傾げる。
 トルキッソスがマーメイドの姫だとは気付いていなかったのが目に見えてわかる。
 
「姉上? どういう事や? ただの勇者の取り巻きちゃうん?」

 トヨティマが疑問に思うとトルキッソスは姉と離れてこちらに来る。
 
「ちょっとトルキッソス!」
「姉上。申し訳ございません。少し彼女と話をさせてください」

 トルキッソスは姉に謝るとトヨティマの前で片膝を岩上につけて頭を下げる。

「申し訳ございません、トヨティマ姫。だますような真似をして、僕の名はトルキッソス。トライデンの子です」
「え、トルキッソス? あれ、ううん聞いた事あるような? でも、おかしいやん。確かトルキッソスは男やなかったか?」

 トヨティマは首を傾げてトルキッソスを見る。

「はい。僕は男です」

 トルキッソスがそう言うとトヨティマはパチパチと瞬きをする。
 そして、一瞬の間静かな時間が流れる。

「えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 間をおいてトヨティマは驚きの声を出す。
 驚いたのはポレンも同じである。
 驚きのあまり大きく口を開けてしまう。

「驚かせてしまって、申し訳ないです。ただ、僕は貴方を誤解していました。それを謝りたかった。貴方はとても優しくて、美しい方です!」

 そう言うとトルキッソスは立ち上がり両手でトヨティマの両手を握る。

「あう、あう……」

 トヨティマは顔を真っ赤にして言葉が出なくなっている。
 ポレンやクロキも突然の事に呆気に取られて言葉が出ない。
 それは勇者達も同じで何も言えなくなっていた。

「ちょ、ちょっと。トルキッソス。貴方何を……」
「ごめんなさい。姉上。すぐに戻ります。それではトヨティマ姫。僕は戻ります。でも、できれば貴方とはもっと話をしたいです……」

 トルキッソスは手を放し戻ろうとする。
 そして、そんな時だった。

「気を付けて下さい! 何か来ます!」
 
 突然何かに気付いたクロキが叫ぶ。

「はっ! 危ない! 姫!」

 トルキッソスはトヨティマを突き飛ばす。
 その次の瞬間トルキッソスは何かに絡めとられ、連れ去られる。
 ポレン達はトルキッソスが連れ去られた先を見る。
 ダラウゴン達から見て右側、トライデン達から見て左側、そこにある大きな岩影から巨大な何かが出てくる。
 それは全身に鱗を生やし、仮面をつけた巨人であった。
 このような巨人が近くに潜んでいた事にポレンは驚く。
 巨人の右腕は触手になっていて、その触手にトルキッソスは捕らえられている。
 様子からどちらの陣営にも属していない者なのはあきらかである。

「くそう。ダラウゴンの娘を狙ったのだがな。失敗した……」

 悔しそうに言うと巨人はポレン達の方を見るのだった。
 

 


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