暗黒騎士物語

根崎タケル

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第9章 妖精の森

第16話 魔物の侵攻

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 チユキ達はエルフの都アルセイディアから離れ、カータホフの砦へと戻る。
 ここで敵を迎え撃つ予定である。 
 巨大な犬がチユキの目の前にいる。
 妖精犬クーシーと呼ばれる獣で、エルフ達の飼い犬だ。
 この世界での犬も、チユキ達の元居た世界と同じく狼を祖とする獣だ。
 つまり犬種はフェリオンの元眷属なのである。
 その元眷属の中でも有名なのはジプシールの犬人達だ。
 かつてはフェリオンを崇めていた者達が、その仕える者を変えた姿であった。
 
「どうやら、蛇の者達が進軍を開始したようです、チユキ様」

 チユキ達に付けられたエルフが報告する。
 彼女はエルフの女王が私達をサポートするために派遣されて来た。
 妖精犬クーシーはその彼女に飼われていて、斥候に行っていたのだ。
 蛇の王子達はアルフォスやニーアが相手をするので、エルフ達はオークやゴブリンを相手にする事になる。
 そして、チユキ達はエルフの手伝いをしつつ、ゴブリンの奴隷となった人達の救出をする予定である。
 エルフが魔法で妖精犬クーシーが見た景色を映し出す。

「あれはオークの猪騎兵隊ボアライダーズね。かなりの数だわ。こちらは大丈夫なのかしら? エルフの騎兵は猪騎兵ボアライダーの突撃に耐えられそうに思えないのだけど……」

 チユキはカータホフにいるエルフの戦士達を見る。
 エルフの騎兵と言えばオレイアドの一角獣の騎兵隊ユニコーンライダーズ妖精騎士エルフィンナイトのケリュネイア騎兵隊ライダーズである。
 どちらも弓騎兵であり、防御面では弱い。
 また、エルフ達には防御に強い重装歩兵がいない。
 オークの猪騎兵ボアライダーと正面から戦う事はできない。

「確かにこれほどの大軍とは……。ええと、どうしましょう」
「って! ちょっと!?」

 チユキは思わずつっこみを入れてしまう。
 エルフの様子から、これほどの大軍で来るとは思っていなかったみたいだ。
 一緒にいるシロネもリノもナオも呆れた顔でエルフを見る。
 
「大丈夫なはずだぞ、チマキ。だからこそ、エリオスの奴らはドワーフと協力するように言ったのだぞ」

 白銀の魔女クーナが冷静に説明する。
 チユキが見たところ、クーナはエリオスの神々がドワーフと協力するように言った意味を理解している。
 エリオスの神々の事を良く知っているみたいであった。

(それから、できれば私の名前も覚えて欲しいのだけどね)

 チユキは心の中で苦笑する。
 クーナは何度言ってもチユキの名を覚える気がない。
 チユキの存在がどうでも良いのだろう。
 それはリノとナオも同じようであった。時々名前を間違える。 
 その彼女の後ろではドワーフの戦士達と猫人の女性が控えている。
 まるで、彼女がドワーフ達の代表のようであった。

「まあ、ドワーフさん達のゴーレム部隊なら、止められっそうっすね」

 ナオが窓から砦の外で待機しているゴーレムを見る。
 ドワーフの重装歩兵もそうだが、彼らが連れて来たアイアンゴーレム部隊は固く、猪騎兵ボアライダーの突撃にも耐えられるだろう。

「確かにね。だけど、問題はどこから侵攻してくるかよね」

 アイアンゴーレムの足は遅く、数もそんなに多くはない。
 猪騎兵ボアライダーの侵攻ルートに配置しないと意味がなかったりする。
 チユキが聞いたところによるとオークとゴブリンはアルセイディアに来るらしい。
 だったらアルセイディアで迎え撃てば良いと思うのだが、そんな事をすれば森が荒らされてしまう。
 それにゴブリンとオークは何でも食べ、森には食べ物が豊富だ。
 持久戦をしたらエルフの方が根をあげる。
 だから、最小限の被害で敵を倒したいとタタニアは思っている。
 しかし、敵の軍勢は判明している数だけでもエルフとドワーフよりも多い。
 兵の質ならエルフとドワーフが上だが、苦戦は免れないだろう。

「ねえ、チユキさん。これなら私達が動いた方が早いんじゃない?」

 シロネが言うとリノも頷く。

「そうだよ。リノ達が動いた方が早いよ」
「確かにそうね……。それが、一番被害が少なくて確実だわ」

 実はチユキもそれを考えていた。
 チユキ達なら、どれだけ数が多くてもオークやゴブリン程度は簡単に倒せる。
  
「確かにそれが確実だな。だが、お前達が動くと、奴らも対応してくるかもしれないぞ。せいぜい気を付けるんだな」
「あれ? 手伝ってくれるんじゃないの?」
「何を言っているシロネ。どうしょうもなくなったら手伝ってやるが、積極的に動くつもりはないぞ」

 クーナが冷めた表情で言う。
 ちなみにシロネの名前は間違えない。
 彼女にとってシロネはどうでも良いとは言えない相手のようであった。

「あの、お飲み物はいかがですか?」

 チユキの側にいる少年が飲み物を勧めてくれる。
 今もチユキ達の周囲には少年達が接待をしてくれている。
 少年達は昨晩チユキ達を接待してくれた子達だ。
 チユキはその可愛らしいものをしっかりと覚えている。
 子ウサギみたいで可愛らしいので、チユキは何かに目覚めそうになる。

「ありがとう。でも、今はいいわ」

 チユキは出来る限り優しく微笑む。
 ナオがジト目で見ているが気にしないようにする。

「ところで、敵の戦力は未だに判明していないみたいだけど、オークやゴブリン以外には何かいなかったの?」
「はい、ラミア等の蛇人に狼達を除けば他には少数のコボルト等がいるぐらいみたいです。ただ、チユキ様達の脅威になるとは思えません」
「なるほど……」

 エルフの言うコボルトは山の中等の坑道に住む魔物だ。
 顔は犬に似ているが、犬人とは関係がない。むしろ、蜥蜴に近い。
 体格はゴブリンよりも小さく、弱く臆病である。
 しかし、土に潜る能力ではドワーフよりも優れている上に金属を変質させる能力を持つ。
 そんなコボルトはドワーフ達の天敵だ。
 彼らが住む場所に発生するコバルト鉱はドワーフ達でも冶金が難しく、ドワーフ達の活動を妨げるのである。
 それに弱いと言っても数を揃えれば脅威である。
 穴掘りが得意な彼らは工作兵として魔物に雇われる事も多い。
 チユキは再びエルフが映し出した映像を見る。
 そこにはコボルトがいるのがわかる。
 その後、映像が乱れる。
 どうやら妖精犬クーシーが気付かれて襲われたみたいであった。
 その敵の姿が見える。
 黒い毛並みの狼人ウルフマンだ。
 狼人ウルフマン手裏剣スローイングスターを投げて、妖精犬クーシー達を追い払う。
 それが、妖精犬クーシーが敵を見た最後の光景であった。
 
「どうやら狼人ウルフマン影走りシャドウランナーに見つかったようです。良く無事に戻ってくれました」

 エルフが妖精犬クーシーを褒める。
 影走りシャドウランナー狼人ウルフマンの中でも隠密に優れている者達の事だ。
 敵の様子を見に行った妖精犬クーシーはその影走りシャドウランナーに見つかり、逃げて来た。
 そもそも、妖精犬クーシーは隠密に優れていない。
 良く逃げる事が出来たとチユキは感心する。
 もしくは知られても良い情報だったのかもしれない。

「確かに良く戻ってくれたわ」

 チユキも妖精犬クーシーを褒める。
 だけど、疑問は解消されない。

「肝心な事がわかっていないぞ。奴らが何を企んでいるのかだ。そもそも、敵のわかっている戦力ではエルフはともかくエリオスの奴らを倒す事はできないはずだぞ。何かがあるに決まっているぞ」

 クーナは憮然とした表情で言う。
 それはチユキも疑問に思っていた。
 オークやゴブリンの数は多いが、天上のエリオスの軍勢には勝てない。
 エルフ達には勝っても、最後は天使達によって殲滅させられるだろう。

(何を企んでいるのだろう?)

 チユキは首を傾げるのだった。




 再び練習場でクロキとコウキが剣の修行をしている。
 女神レーナはそれを少し離れた所で見守る。
 我が子に剣を教える父親。
 そんな父子の心温まる光景である。

「うふふふ」

 思わずレーナは笑ってしまう。
 特にレーナが何かしたわけではないのにクロキとコウキは出会ってしまった。
 これが血の絆なのだろうとレーナは思う。
 そして、コウキはクロキのような最強の剣士になるに違いない。
 何しろ最強の暗黒騎士と至高の女神との子なのだから。
 クロキはコウキと木剣を合わせ、手解きをする。
 コウキは父親の教えを学び取ろうと必死だ。
 クロキを父親だと知らないが、そんな事はどうでも良い。
 例え実の親だと知らなくても、その血が応えるだろう。
 少し不安なのはコウキが父親を慕ってナルゴルに行ってしまわないかという事だ。
 もちろん、レーナはそんな事が起こらないように全力で阻止するつもりである。 

「あの~、レーナ様。何だかすごい顔になってますけど……」

 クロキとコウキの様子を眺めていると、後ろにいるドライアドが震えながらレーナを見て言う。

(確かテスとかいう名だったかしら?)

 レーナはドライアドの名を思い出す。
 過去にクロキと関係があるみたいだが、女神がドライアドごときに嫉妬するなど恥ずかしいので、詳しくは聞いていない。
 それに、本当に気に入らなければ消せばよいのだから、今は気にする必要はない。
 後ろにいるのはドライアドのテスだけではない。
 エルフの姫ルウシエンとその従者であるオレオラとピアラもいる。
 彼女達はレーナを見て全員震えている。
 そんな彼女達にレーナは言っておく事があった。

「こほん! 良いですかルウシエン。貴方達は秘密を知ってしまったわけですが、もちろんわかっていますね」

 レーナは咳をして、エルフ達の代表であるルウシエンを見る。
 ルウシエンには念のために制約の魔法をかけてある。
 これで、秘密を外に漏らせないはずである。
 そして、これからは手足となって働いてもらう予定であった。

「はい! わかっております! お義母様!」
「だー! れー! がー! お義母様よ!」

 レーナはルウシエンの頭をむんずと掴むと持ち上げる。

「痛い! 痛いです! レーナ様あ!!」

 持ち上げられたルウシエンは足をばたつかせる。
 後ろのエルフ三匹がドン引きするがレーナは気にしない。
 少し痛めつけた後、レーナはルウシエンを下す。 

「よ! い! で! す! かっ! ルウシエン! 貴方達はこれからコウキを補助するために人間の国で生活してもらいます! もちろんコウキに変な事をしたら許しません! わ! か! り! ま! し! た! かっ!」
「ふあい。わかりましたあ~。 レーナ様あ~」

 ルウシエンは涙目になって言う。

(本当に大丈夫かしら?)

 少し不安に思うと、レーナは再びクロキとコウキを見るのだった。




「何しているんだろう?」

 クロキはレーナの方を見る。
 練習場の端でレーナがエルフ達に何かしている。
 この気配は怒りの気配だ。
 クロキは知りたいような、知りたくないような気持になる。

「どうかしたのですか、クロキ先生?」

 コウキがクロキを見上げて言う。
 その目はキラキラしている。
 一刻も早く剣を習いたいみたいだ。
 だけど、無理をしてはダメだ。
 一朝一夕では強くなれない。
 継続して練習する必要がある。
 だから、クロキが教えるのは基礎と心構えだ。
 教えられる事は限られている。
 後は場数とコウキ自身の力でやるしかない。
 クロキはコウキと木剣を合わせる。

(素直な良い子だな。顔はレーナに似ているけど、中身は似てないみたい……)

 クロキはコウキの素直な剣筋を見て安心する。
 コウキは自身の子。
 そうレーナに告げられた時、クロキは驚いた。
 まだ、実感がなく、戸惑っている。
 しかし、コウキから何か繋がりを感じるのも確かであった。
 クロキはコウキに剣を教え、コウキはクロキから剣を学び取ろうする。
 長い時間、父と子は剣を交える。

「クロキ殿!」
 
 剣の練習をはじめて、どれくらいの時間が経過しただろうか、突然ドワーフ王のアーベロンが突然練習場に入って来る。
 クロキとコウキは練習をやめてアーベロンを見る。

「どうかしたのですか、アーベロン殿?」
「はい、蛇の者達が進軍を開始して来たようです」

 その言葉を聞いてクロキはコウキと顔を見合わせる。

(どうやら、練習はここまでだな……)

 クロキは少し残念に思いながら、ここに来た目的を思い出すのだった。
 

 
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