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第9章 妖精の森
第3話 取り替え子
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ドワーフの都ヴェルンドはエリオス天宮の真下にあるエリオス山の内部にある都である。
クロキはこの都にはエリオスの天宮にあるトトナの書庫に行くために何度も来た。
一応エリオスの敵なので、正面から入れない。
必ずヴェルンドを通り抜けてから入る必要がある。
今回はトトナの書庫に用事があるわけではないので、エリオスの天宮には行かない。
今、そのヴェルンドの最上部近くの会議室にクロキはいる。
ここは寄り合い所であり、様々な事柄を話し合うためにドワーフやその妻達が集まる。
その会議室に魔法の映像が映し出される。
映像に移っているのは森の一部だ。
「ん? なんだ、あれは? 枯れているみたいぞ。クロキ」
「ああ、そうだね、クーナ」
クロキの横にいるクーナの言う通り、映像の中の森は枯れている。
そして、その周りには森の生き物の死骸が倒れている。
燃えている様子はない。おそらく毒でやられたようであった。
「その通りだ、暗黒騎士。そして、枯れた森の奥を見るが良い」
ヘイボスはクロキを呼び、映像の一点を指さす。
そこには巨大な蛇の頭が映し出されている。
蛇の頭と形容したのは、完全な蛇ではないからだ。その蛇には4つの足が生えている。
その蛇の口からは紫色の煙。
あの蛇が毒を吐き、森の木々を枯らしている。
「あれは?」
「あれはの、ムシュフシュよ。猛毒を吐く魔獣だ。そして、その上に乗っている者は……」
ヘイボスが言う通り、ムシュフシュの上に誰かが乗っている。
その者にクロキは見覚えがあった。
「あれは、蛇の王子ダハーク……」
褐色の肌に長い槍を持った男、間違いなく蛇の女王ディアドナの息子ダハークだ。
良く見るとダハークだけではない。
ムシュフシュの近くに複数の異形の者達も見える。その中には複数の狼人も見える。
まさか、エリオスを攻めに来たのだろうか?
やがて映像を見ていると、甲冑に身を包んだ天使たちがダハークの前に現れる。
アルフォスとその配下の聖騎士達だ。
アルフォス達が現れるとダハークとムシュフシュはあっさり撤退する。
ダハーク達が撤退すると罠を恐れてか、アルフォス達もそれ以上は深追いしない。
「奴は数日前から突然現れた。フェリオンの封印が弱まる時期を狙ってな。もしかすると奴らはフェリオンの封印を解くつもりなのかもしれん」
ヘイボスは髭を触って唸る。
フェリオンはエリオス山の麓に封印されている。
と言ってもエリオス山は巨大だ。麓も広い。
しかし、ダハーク達はその封印からもっとも近い場所から森に侵入してきた。
「やはり、封印を狙っているのでしょうか?」
「わからん。じゃが、もしフェリオンの封印を解くつもりならば、奴らは仲間割れを起こすじゃろうな……」
そう言うとヘイボスは首を振って答える。
凶獣フェリオンは凶悪な力を持つ暴神だ。
蛇の女王ディアドナの仲間の神々の多くは、彼の封印を解く事に反対するだろうとヘイボス神は説明する。
ディアドナが動いていないのも、それが理由なのだろう。
ディアドナ達は言ってしまえば烏合の衆だ。
簡単に仲間割れをする。
まともな仲間はザルキシスぐらいだろう。
ただ、情報によるとザルキシスはクロキと戦った時に魔力を消耗しすぎて、まだ回復していないらしい。
そもそも不完全な復活であり、無理をしすぎたようだ。
現にザルキシスも動いていない様子であった。
もちろん、これから現れる可能性もあるのだが。
「あまり、大した事はないぞ、クロキ。蛇の王子とやらは強いのかもしれないが、アルフォス共がいれば問題ないのではないか?」
クーナは映像を見ながら言う。
確かにクーナの言う通りなのかもしれない。
ダハークは強いがエリオスの近辺で戦えばアルフォスの方が有利だ。それにいざとなれば神王オーディスも動くだろう。
自分が動く必要はないかもしれないなとクロキは思う。
現にレーナも動いておらず、レイジ達に助けを呼んでもいない様子であった。
「すまないな、暗黒騎士。念のためにモデスに連絡をしたが、無駄だったかもしれぬ。わざわざ来てくれて礼を言う」
ヘイボスは頭を下げる。
ヘイボスがモデスに連絡したのも万が一を考えての事だ。
しかし、来てみればディアドナもザルキシスも来ていない。
わざわざ来てもらって悪かったとヘイボスは謝罪する。
「構いません、万が一もあるのですから。それに折角ですからエリオスの麓を見学に行こうと思います」
クロキとしては別に構わない。
ヘイボスには無料で様々道具を作ってもらっている。
そのお礼をしなければならない。
エリオス山の麓にはヴェルンドとは別にドワーフの集落がある。
その集落のドワーフ達はフェリオンの封印を管理するためにいる。
もし、アルフォス達が突破されれば最終防衛ラインになるだろう。
もっとも、そこまで来るとは思えない。
だから、そこを拠点にクーナと共に森を見学しようとクロキは思う。
暗黒騎士の鎧を身に付けず、ドワーフの案内があれば大丈夫のはずであった。
こうして、クロキとクーナはヴェルンドを後にするのだった。
◆
レイジとサホコを除きチユキ達は宮殿の談話室に集まる。
目の前には御菓子と御茶が用意され、久しぶりにのんびりとすごす。
御菓子はゴマと蜂蜜を練り込んだ揚げ菓子だ。
甘味が強いので、さっぱりしたお茶と共に食べる事にする。
「何だかあっさり帰ったね、チユキさん」
リノが首を傾げながらチユキに言う。
エルフ達が来て、次の日の今日、彼女達はあっさり帰っていった。
オレイアドとナパイアは残りたがったが、リーダーである上エルフの姫ルウシエンがあっさり帰る事を決めたのだ。
あまりにも、あっさり帰ったので何しに来たのだろうとチユキは不思議に思う。
「変っすね。鹿さん達によるとエルフさんはレイジ先輩を見に来たはずなんすけど……」
ナオも不思議そうな顔をする。
ナオは獣と会話が出来る。
彼女達もさすがに連れてきた鹿までは口止め出来なかったようである。
鹿はナオの能力で色々な事を教えてくれた。
その情報によるとルウシエンがレイジに興味を持ったのでわざわざ森から出てきたらしい。
教えてくれた鹿達に感謝である。
チユキはエルフ達が連れてきた4頭のケリュネイアの鹿を思い出す。
金色に輝く角を持つケリュネイアはヘラジカ程ではないが大きく、そして力が強い。
そんなケリュネイアをエルフ達は乗騎として飼っている。
その鹿の脚力を持ってすれば、森の中を素早く移動できる。
そして、ケリュネイアの角は金色に輝いて、とても硬いらしい。
エルフはこの角を元に剣や鏃等の様々な道具を作る。
オレオラと呼ばれた弓エルフの武具もおそらくケリュネイアの鹿の角から作られたものだろう。
彼女達はそのケリュネイアの鹿の牽く車に乗り、数日でここまで来た。
エリオス山の麓にあるエルフの国からここまで、かなりの距離がある。普通では数日では到着しない。
その事を考えるとチユキはケリュネイアの鹿が一匹欲しくなる。
それでも、来るのは大変だったようで。
魔物はもちろん、特に人が面倒臭かったと鹿達は言っていたそうだ。
何しろケリュネイアの鹿車は珍しく、人の国に入れば多くの人が寄ってくる、そんな人々を追い払うが大変だったらしい。
この国入る時も、魔法で人を押しのけながら道を進んだようだ。
だが、帰る時は楽なようだ。
ルウシエンはかなりの魔法の使い手みたいで、転移をして森の近くまで戻った。
今頃は故郷の森を走っているだろう。
「まったく、何しに来たのかしら? 来たと思ったらすぐに帰るなんて?」
「本当何なの?」
キョウカとシロネも首を傾げる。
ちなみにキョウカはエルフ達とほとんど話をしていない。
まあ、エルフの姫の性格を考えたら、話にならないのはわかっているので、しなくて良かったとチユキは思っている。
たまたま、キョウカはカヤと共に出かけていたのが幸いした。
エルフの姫は間違いなく人間を、特に女性を下に見ている。
彼女からは美形であるレイジはともかくチユキ達女性陣を見下している感じがした。
喧嘩をするならともかく、そんな性格の者を相手にするには下手に出るしかない。
だから、下手に出る事ができないキョウカには相手をさせられなかった。
おかげでシロネが大変だった。
サホコもいたが晩餐の指示をしなければいけなかったので相手をすることが出来なかった。
ご愁傷様である。
「しかし、早く帰ってもらって助かりました。食事のメニューを考えるは大変だったようですし」
カヤが言うと全員が頷く。
エルフ達は肉類を好まないので、出せる食事がどうしても限られてくる。
チユキ達が好んで使う魚醤は使えず、味付けは塩と果実油がほとんどになってしまった。
また、食材が野菜でだとメニューに限りがあるので、早く帰ってもらって助かった。
「なんだ、みんなここに集まっていたのか?」
チユキ達がそんな話をしているとレイジとサホコが部屋に入る。
レイジは用事があったのでサホコと共に出かけていた。
どうやら、用事は終わったようだ。
そして、2人が席につこうとした時だった。
「サホコ様! サホコ様は御戻りなのですね!」
突然、扉がノックされる。
レイジが入るように言うと誰かが入って来る。
入って来たのは宮殿に仕えるネリアと言う侍女である。
ネリアはレイジとサホコの娘沙奈子の付き人でもあり、何だかすごく慌てている。
どうしたのだろうとチユキは首を傾げる。
「どうしたの? 落ち着いて、私に何か用なの?」
サホコはネリアを落ち着かせる。
「大変です! サーナ様が! サーナ様が泣き止まないのです!」
ネリアは慌てたように言う。
沙奈子はこの世界風にサーナと呼ばれる事が多い。
そのため、チユキ達も沙奈子をサーナと呼んでいる。
「え? サーナがどうしたの? 泣きやまないってどういう事なの? コウキ君はどうしたの?」
サホコはネリアを問い詰める。
サホコが言ったコウキというのは宮殿の敷地内にある、レーナの神殿に預けられている少年だ。
どういう経緯で預けられたのかチユキは知らない。
会った事はないが、かなり綺麗な子らしかった。
レイジも特に興味はないのかコウキについてはベビーシッター程度にしか考えていないらしく、会った事はない。
そのコウキに、なぜかサーナがなついてしまった。
彼がいるとサーナは御機嫌になり、泣かなくなる。
そのため、サホコに用事がある時はコウキにサーナを任せたりするのだ。
「彼はサーナ様の傍にいます。しかし、泣き止まないのです。しかも、その泣き方がいつもと違うのです」
ネリアはどうして良いのかわからず首を振る。
チユキ達は顔を見合わせる。
「様子を見に行った方が良いかもしれないわね」
「そうっすね。チユキさん」
ナオが言うと全員が頷き、レーナ神殿に行くことにする。
レーナ神殿は宮殿の敷地内にある小さな建物である。
チユキとしては宗教勢力をなるべく入れたくないが、さすがに全て排除する事は出来ない。
レーナ教団も特に気にしてないのか、司祭を1名派遣しただけである。
司祭は使用人を何名か雇い、その1人がコウキだ。
神殿に入ると一人の女性が出迎える。司祭のハウレナだ。
ハウレナもまた慌てている様子であった。
「ああ、聖女様! お待ちしておりました! どうか! どうか! コウキさんを! コウキさんを助けて下さい!」
チユキ達が来たのを確認するとハウレナはサホコにすがりつく。
チユキ達はそこでまた顔を見合わせる。
「あれ? 大変なのはサーナちゃんじゃないの?」
「ネリアの話ではそのはずだ。どういう事だ?」
レイジ達はハウレナの案内で神殿に入る。
廊下を歩き一つの部屋に入ると寝台に少年と赤子が並んで寝かされていて、その周りでは侍女達が途方にくれている。
赤子はサーナであり、ものすごく泣いている。
「どうした? サーナ? なぜ泣いているんだい?」
レイジは近付きサーナを抱き上げる。
するとサーナは少し泣くのをやめる。
どうやら、ただ、泣いているだけみたいだ。
「ん?」
レイジは怪訝な声を出す。
その目はサーナの隣で寝ていた少年に向けられている。
チユキ達も近づく。
隣にいる少年はぐっすりと眠っている。中々の美形だ。
(この子がコウキ君なの?)
チユキは少年コウキの顔を見る。
コウキはサーナがあれ程泣いているのに眠ったままだ。かなり疲れているのだろう。
「あれ? この子……」
そして、チユキは大変な事に気付く。
「チユキ様。コウキさんが目を覚まさないのです……。いつもなら、サーナ様が泣き出すと目を覚ますのですが……。いつもなら、こんな事はないはずなのですが……」
ハウレナは困った声を出す。
ハウレナにとってコウキはただの下働きの子じゃないみたいで、コウキが大変な事になって慌てている。
もっとも、側にいる侍女達はチユキ達の使用人なので、心配しているのはサーナだけだったりする。
一緒に来たネリアもサーナだけを心配している。
しかし、大変なのはサーナではない、隣のコウキであった。
「どうやら、大変なのはサーナちゃんじゃなくて、隣の子だったみたいだね」
リノが言うとチユキ達は頷く。
「どうりでサーナが泣くわけよね」
レイジからサーナを受け取ったサホコが呟く。
「こりゃ起きるわけがないっすよ……」
チユキは頷く。
ナオの言う通り、コウキが起きるはずがない。
「誰がこんな事をしたのかしら?」
「お嬢様。こんな事をするのは彼女達しかいませんよ」
キョウカとカヤが言うとハウレナは不思議そうな顔をする。
「どういう事なのでしょうか? コウキさんに何が起こっているのです?」
チユキ達に見えているものが、ハウレナには見えていない。
だから、ハウレナは不思議そうな顔をする。
「見てなさい。ハウレナ司祭」
チユキはコウキの額に手をかざす。
するとコウキの体が突然板切れに変わる。
「え!? どういう事ですか!? これは!? コウキさんが板切れに!?」
ハウレナと侍女達が驚きの声を出す。
「違うわ。板切れがコウキ君になっていたのよ。ここにコウキ君は最初からいなかったわ」
チユキは説明する。
コウキはいなかった。
だから、サーナは泣きやまなかったのだ。
「チユキさん。これって……、まさか?」
「ええ、そうよシロネさん、これは……」
チユキはシロネの言葉に頷き、一呼吸おいて言葉を続ける。
「取り替え子よ」
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
良く考えたら、前回の後書きはネタバレですねごめんなさい。
いよいよ、森に向かいます。
クロキはこの都にはエリオスの天宮にあるトトナの書庫に行くために何度も来た。
一応エリオスの敵なので、正面から入れない。
必ずヴェルンドを通り抜けてから入る必要がある。
今回はトトナの書庫に用事があるわけではないので、エリオスの天宮には行かない。
今、そのヴェルンドの最上部近くの会議室にクロキはいる。
ここは寄り合い所であり、様々な事柄を話し合うためにドワーフやその妻達が集まる。
その会議室に魔法の映像が映し出される。
映像に移っているのは森の一部だ。
「ん? なんだ、あれは? 枯れているみたいぞ。クロキ」
「ああ、そうだね、クーナ」
クロキの横にいるクーナの言う通り、映像の中の森は枯れている。
そして、その周りには森の生き物の死骸が倒れている。
燃えている様子はない。おそらく毒でやられたようであった。
「その通りだ、暗黒騎士。そして、枯れた森の奥を見るが良い」
ヘイボスはクロキを呼び、映像の一点を指さす。
そこには巨大な蛇の頭が映し出されている。
蛇の頭と形容したのは、完全な蛇ではないからだ。その蛇には4つの足が生えている。
その蛇の口からは紫色の煙。
あの蛇が毒を吐き、森の木々を枯らしている。
「あれは?」
「あれはの、ムシュフシュよ。猛毒を吐く魔獣だ。そして、その上に乗っている者は……」
ヘイボスが言う通り、ムシュフシュの上に誰かが乗っている。
その者にクロキは見覚えがあった。
「あれは、蛇の王子ダハーク……」
褐色の肌に長い槍を持った男、間違いなく蛇の女王ディアドナの息子ダハークだ。
良く見るとダハークだけではない。
ムシュフシュの近くに複数の異形の者達も見える。その中には複数の狼人も見える。
まさか、エリオスを攻めに来たのだろうか?
やがて映像を見ていると、甲冑に身を包んだ天使たちがダハークの前に現れる。
アルフォスとその配下の聖騎士達だ。
アルフォス達が現れるとダハークとムシュフシュはあっさり撤退する。
ダハーク達が撤退すると罠を恐れてか、アルフォス達もそれ以上は深追いしない。
「奴は数日前から突然現れた。フェリオンの封印が弱まる時期を狙ってな。もしかすると奴らはフェリオンの封印を解くつもりなのかもしれん」
ヘイボスは髭を触って唸る。
フェリオンはエリオス山の麓に封印されている。
と言ってもエリオス山は巨大だ。麓も広い。
しかし、ダハーク達はその封印からもっとも近い場所から森に侵入してきた。
「やはり、封印を狙っているのでしょうか?」
「わからん。じゃが、もしフェリオンの封印を解くつもりならば、奴らは仲間割れを起こすじゃろうな……」
そう言うとヘイボスは首を振って答える。
凶獣フェリオンは凶悪な力を持つ暴神だ。
蛇の女王ディアドナの仲間の神々の多くは、彼の封印を解く事に反対するだろうとヘイボス神は説明する。
ディアドナが動いていないのも、それが理由なのだろう。
ディアドナ達は言ってしまえば烏合の衆だ。
簡単に仲間割れをする。
まともな仲間はザルキシスぐらいだろう。
ただ、情報によるとザルキシスはクロキと戦った時に魔力を消耗しすぎて、まだ回復していないらしい。
そもそも不完全な復活であり、無理をしすぎたようだ。
現にザルキシスも動いていない様子であった。
もちろん、これから現れる可能性もあるのだが。
「あまり、大した事はないぞ、クロキ。蛇の王子とやらは強いのかもしれないが、アルフォス共がいれば問題ないのではないか?」
クーナは映像を見ながら言う。
確かにクーナの言う通りなのかもしれない。
ダハークは強いがエリオスの近辺で戦えばアルフォスの方が有利だ。それにいざとなれば神王オーディスも動くだろう。
自分が動く必要はないかもしれないなとクロキは思う。
現にレーナも動いておらず、レイジ達に助けを呼んでもいない様子であった。
「すまないな、暗黒騎士。念のためにモデスに連絡をしたが、無駄だったかもしれぬ。わざわざ来てくれて礼を言う」
ヘイボスは頭を下げる。
ヘイボスがモデスに連絡したのも万が一を考えての事だ。
しかし、来てみればディアドナもザルキシスも来ていない。
わざわざ来てもらって悪かったとヘイボスは謝罪する。
「構いません、万が一もあるのですから。それに折角ですからエリオスの麓を見学に行こうと思います」
クロキとしては別に構わない。
ヘイボスには無料で様々道具を作ってもらっている。
そのお礼をしなければならない。
エリオス山の麓にはヴェルンドとは別にドワーフの集落がある。
その集落のドワーフ達はフェリオンの封印を管理するためにいる。
もし、アルフォス達が突破されれば最終防衛ラインになるだろう。
もっとも、そこまで来るとは思えない。
だから、そこを拠点にクーナと共に森を見学しようとクロキは思う。
暗黒騎士の鎧を身に付けず、ドワーフの案内があれば大丈夫のはずであった。
こうして、クロキとクーナはヴェルンドを後にするのだった。
◆
レイジとサホコを除きチユキ達は宮殿の談話室に集まる。
目の前には御菓子と御茶が用意され、久しぶりにのんびりとすごす。
御菓子はゴマと蜂蜜を練り込んだ揚げ菓子だ。
甘味が強いので、さっぱりしたお茶と共に食べる事にする。
「何だかあっさり帰ったね、チユキさん」
リノが首を傾げながらチユキに言う。
エルフ達が来て、次の日の今日、彼女達はあっさり帰っていった。
オレイアドとナパイアは残りたがったが、リーダーである上エルフの姫ルウシエンがあっさり帰る事を決めたのだ。
あまりにも、あっさり帰ったので何しに来たのだろうとチユキは不思議に思う。
「変っすね。鹿さん達によるとエルフさんはレイジ先輩を見に来たはずなんすけど……」
ナオも不思議そうな顔をする。
ナオは獣と会話が出来る。
彼女達もさすがに連れてきた鹿までは口止め出来なかったようである。
鹿はナオの能力で色々な事を教えてくれた。
その情報によるとルウシエンがレイジに興味を持ったのでわざわざ森から出てきたらしい。
教えてくれた鹿達に感謝である。
チユキはエルフ達が連れてきた4頭のケリュネイアの鹿を思い出す。
金色に輝く角を持つケリュネイアはヘラジカ程ではないが大きく、そして力が強い。
そんなケリュネイアをエルフ達は乗騎として飼っている。
その鹿の脚力を持ってすれば、森の中を素早く移動できる。
そして、ケリュネイアの角は金色に輝いて、とても硬いらしい。
エルフはこの角を元に剣や鏃等の様々な道具を作る。
オレオラと呼ばれた弓エルフの武具もおそらくケリュネイアの鹿の角から作られたものだろう。
彼女達はそのケリュネイアの鹿の牽く車に乗り、数日でここまで来た。
エリオス山の麓にあるエルフの国からここまで、かなりの距離がある。普通では数日では到着しない。
その事を考えるとチユキはケリュネイアの鹿が一匹欲しくなる。
それでも、来るのは大変だったようで。
魔物はもちろん、特に人が面倒臭かったと鹿達は言っていたそうだ。
何しろケリュネイアの鹿車は珍しく、人の国に入れば多くの人が寄ってくる、そんな人々を追い払うが大変だったらしい。
この国入る時も、魔法で人を押しのけながら道を進んだようだ。
だが、帰る時は楽なようだ。
ルウシエンはかなりの魔法の使い手みたいで、転移をして森の近くまで戻った。
今頃は故郷の森を走っているだろう。
「まったく、何しに来たのかしら? 来たと思ったらすぐに帰るなんて?」
「本当何なの?」
キョウカとシロネも首を傾げる。
ちなみにキョウカはエルフ達とほとんど話をしていない。
まあ、エルフの姫の性格を考えたら、話にならないのはわかっているので、しなくて良かったとチユキは思っている。
たまたま、キョウカはカヤと共に出かけていたのが幸いした。
エルフの姫は間違いなく人間を、特に女性を下に見ている。
彼女からは美形であるレイジはともかくチユキ達女性陣を見下している感じがした。
喧嘩をするならともかく、そんな性格の者を相手にするには下手に出るしかない。
だから、下手に出る事ができないキョウカには相手をさせられなかった。
おかげでシロネが大変だった。
サホコもいたが晩餐の指示をしなければいけなかったので相手をすることが出来なかった。
ご愁傷様である。
「しかし、早く帰ってもらって助かりました。食事のメニューを考えるは大変だったようですし」
カヤが言うと全員が頷く。
エルフ達は肉類を好まないので、出せる食事がどうしても限られてくる。
チユキ達が好んで使う魚醤は使えず、味付けは塩と果実油がほとんどになってしまった。
また、食材が野菜でだとメニューに限りがあるので、早く帰ってもらって助かった。
「なんだ、みんなここに集まっていたのか?」
チユキ達がそんな話をしているとレイジとサホコが部屋に入る。
レイジは用事があったのでサホコと共に出かけていた。
どうやら、用事は終わったようだ。
そして、2人が席につこうとした時だった。
「サホコ様! サホコ様は御戻りなのですね!」
突然、扉がノックされる。
レイジが入るように言うと誰かが入って来る。
入って来たのは宮殿に仕えるネリアと言う侍女である。
ネリアはレイジとサホコの娘沙奈子の付き人でもあり、何だかすごく慌てている。
どうしたのだろうとチユキは首を傾げる。
「どうしたの? 落ち着いて、私に何か用なの?」
サホコはネリアを落ち着かせる。
「大変です! サーナ様が! サーナ様が泣き止まないのです!」
ネリアは慌てたように言う。
沙奈子はこの世界風にサーナと呼ばれる事が多い。
そのため、チユキ達も沙奈子をサーナと呼んでいる。
「え? サーナがどうしたの? 泣きやまないってどういう事なの? コウキ君はどうしたの?」
サホコはネリアを問い詰める。
サホコが言ったコウキというのは宮殿の敷地内にある、レーナの神殿に預けられている少年だ。
どういう経緯で預けられたのかチユキは知らない。
会った事はないが、かなり綺麗な子らしかった。
レイジも特に興味はないのかコウキについてはベビーシッター程度にしか考えていないらしく、会った事はない。
そのコウキに、なぜかサーナがなついてしまった。
彼がいるとサーナは御機嫌になり、泣かなくなる。
そのため、サホコに用事がある時はコウキにサーナを任せたりするのだ。
「彼はサーナ様の傍にいます。しかし、泣き止まないのです。しかも、その泣き方がいつもと違うのです」
ネリアはどうして良いのかわからず首を振る。
チユキ達は顔を見合わせる。
「様子を見に行った方が良いかもしれないわね」
「そうっすね。チユキさん」
ナオが言うと全員が頷き、レーナ神殿に行くことにする。
レーナ神殿は宮殿の敷地内にある小さな建物である。
チユキとしては宗教勢力をなるべく入れたくないが、さすがに全て排除する事は出来ない。
レーナ教団も特に気にしてないのか、司祭を1名派遣しただけである。
司祭は使用人を何名か雇い、その1人がコウキだ。
神殿に入ると一人の女性が出迎える。司祭のハウレナだ。
ハウレナもまた慌てている様子であった。
「ああ、聖女様! お待ちしておりました! どうか! どうか! コウキさんを! コウキさんを助けて下さい!」
チユキ達が来たのを確認するとハウレナはサホコにすがりつく。
チユキ達はそこでまた顔を見合わせる。
「あれ? 大変なのはサーナちゃんじゃないの?」
「ネリアの話ではそのはずだ。どういう事だ?」
レイジ達はハウレナの案内で神殿に入る。
廊下を歩き一つの部屋に入ると寝台に少年と赤子が並んで寝かされていて、その周りでは侍女達が途方にくれている。
赤子はサーナであり、ものすごく泣いている。
「どうした? サーナ? なぜ泣いているんだい?」
レイジは近付きサーナを抱き上げる。
するとサーナは少し泣くのをやめる。
どうやら、ただ、泣いているだけみたいだ。
「ん?」
レイジは怪訝な声を出す。
その目はサーナの隣で寝ていた少年に向けられている。
チユキ達も近づく。
隣にいる少年はぐっすりと眠っている。中々の美形だ。
(この子がコウキ君なの?)
チユキは少年コウキの顔を見る。
コウキはサーナがあれ程泣いているのに眠ったままだ。かなり疲れているのだろう。
「あれ? この子……」
そして、チユキは大変な事に気付く。
「チユキ様。コウキさんが目を覚まさないのです……。いつもなら、サーナ様が泣き出すと目を覚ますのですが……。いつもなら、こんな事はないはずなのですが……」
ハウレナは困った声を出す。
ハウレナにとってコウキはただの下働きの子じゃないみたいで、コウキが大変な事になって慌てている。
もっとも、側にいる侍女達はチユキ達の使用人なので、心配しているのはサーナだけだったりする。
一緒に来たネリアもサーナだけを心配している。
しかし、大変なのはサーナではない、隣のコウキであった。
「どうやら、大変なのはサーナちゃんじゃなくて、隣の子だったみたいだね」
リノが言うとチユキ達は頷く。
「どうりでサーナが泣くわけよね」
レイジからサーナを受け取ったサホコが呟く。
「こりゃ起きるわけがないっすよ……」
チユキは頷く。
ナオの言う通り、コウキが起きるはずがない。
「誰がこんな事をしたのかしら?」
「お嬢様。こんな事をするのは彼女達しかいませんよ」
キョウカとカヤが言うとハウレナは不思議そうな顔をする。
「どういう事なのでしょうか? コウキさんに何が起こっているのです?」
チユキ達に見えているものが、ハウレナには見えていない。
だから、ハウレナは不思議そうな顔をする。
「見てなさい。ハウレナ司祭」
チユキはコウキの額に手をかざす。
するとコウキの体が突然板切れに変わる。
「え!? どういう事ですか!? これは!? コウキさんが板切れに!?」
ハウレナと侍女達が驚きの声を出す。
「違うわ。板切れがコウキ君になっていたのよ。ここにコウキ君は最初からいなかったわ」
チユキは説明する。
コウキはいなかった。
だから、サーナは泣きやまなかったのだ。
「チユキさん。これって……、まさか?」
「ええ、そうよシロネさん、これは……」
チユキはシロネの言葉に頷き、一呼吸おいて言葉を続ける。
「取り替え子よ」
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
良く考えたら、前回の後書きはネタバレですねごめんなさい。
いよいよ、森に向かいます。
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