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第9章 妖精の森
第2話 森からの訪問者
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クロキは御菓子の城の地下へと向かう。
レープクーヘンの廊下を歩き、アイアシェッケの扉の前へと来る。
その扉の前には1名の女性デイモンと闇エルフ達がいて、クロキに気付くと頭を下げる。
女性のデイモンの名前はグゥノ。モデスが与えてくれた配下である。
「グゥノ卿。彼の様子はどうですか?」
「はい、閣下。先ほどまで暴れていましたが、今は部下の魔法で眠らせています」
クロキがグゥノに聞くと、彼女は横の闇エルフを見て言う。
「ありがとう。様子を見させてもらうね」
クロキはそう言って扉に近づくと、近くにいた人の形をした焼き菓子が扉を開けてくれる。
部屋に入ると中央に鎖に繋がれた者がいる。
その者の頭は完全に狼であった。
ダイガン。
それがその者の名だ。
40歳ぐらいの人狼の男であり、クロキに忠誠を誓っているはずだった。
しかし、ある理由から完全に正気を失い拘束されている。
闇エルフは木エルフと同じように精神魔法を使える。
その魔法で眠らせたのである。
「クロキ。なぜこいつを殺さない? さっさと殺してしまえば楽だぞ」
隣にいるクーナが物騒な事を言う。
クーナにとってはどうでも良いのだろう。つまらなそうにダイガンを見ている。
「駄目だよ。クーナ。ダイガンは自らの意志でこうなったんじゃないんだ。だから殺すのはダメ」
クロキは首を横に振って答える。
ダイガンがこうなったのはつい最近だ。
人狼や狼人等の牙の血族は凶獣フェリオンの眷属である。
そのフェリオンは現在、とある場所で封印されている。
そのためか牙の血族の力は弱くなり、性格も大人しくなった。
今は各地でひっそりと暮らしているのが現状だ。
中には強い力を持つ他種族の配下になる者もいる。
ダイガンがオーガに飼われていたのも、そのためだ。
しかし、その牙の血族が凶暴化する時がある。
それはフェリオンの封印が弱まる時だ。
フェリオンの封印は7年周期で一時的に弱くなる時があり、今がその時であった。
クロキはモデスから、前もってその事を聞いていた。
だから、アルゴア王国にいたダイガンを前もって回収していたのである。
これでダイガンが人間を襲う事はないはずであった。
「元に戻すのは無理かな?」
クロキは闇エルフに聞くと彼女は首を振る。
「もうしわけございません。閣下。血を求めて暴れる姿こそが、この者の本性なのです。大人しくさせたいのなら、魔法で精神を操るしかございません」
「精神を操るか……。その手はあまり使いたくないな」
クロキは首を振る。
精神を操る手は使いたくない。
操られたまま生きているなんて、生きているとはいえない。
だから、他の方法で大人しくしてあげたい。
「閣下。フェリオンの封印ならば、すぐに戻ります。放っておいても良いのではないでしょうか?」
グゥノがそう提案する。
確かにそうだろう。一時的に封印が弱まるだけで、時間が経てば戻るはずだ。
だから、このまま拘束しておけばダイガンも元に戻るはずであった。
「確かにそうだけどね……。だけど、どうやら問題が起こっているみたいなんだ。念のため封印の様子を見に行こうと思うよ」
「そうですか……」
実は最近フェリオンが封印された場所に、蛇の女王の手の者の姿が見えるようになったという情報をクロキは得ていた。
フェリオンが封印された場所は秘密にされていた。
その秘密がバレたようなのである。
封印された場所はエリオス山の麓である。
その近くにはドワーフの集落とエルフの国がある。
凶悪な力を持つフェリオンが目覚めればドワーフの集落は大変な事になるだろう。
そこでドワーフの神であるヘイボスはモデスに相談したのである。
その時、クロキも同席した。
ヘイボスとドワーフに縁のあるクロキも気になる。
だから、様子を見に行く事にしたのである。
その事はモデスから了承を得ている。
「そういうわけで、グゥノ卿。クーナと一緒に出掛けるよ。用意は出来ているかい? クーナ?」
「大丈夫だ、クロキ。用意はちゃんと出来ている。ウォード。クーナがいない間はお前が指揮を取れ、任せたぞ」
クーナはそう言って、後ろを見る。
そこには赤い鎧を身に着けた戦士を中心に複数の男達が跪いている。
彼らはクーナに付き従い、後ろに付いて来ていた。
先頭にいる者は魔戦士のウォードである。
元は魔王を崇める人間だったが、そして、魔鎧を与えられて魔戦士となった者達だ。
そこら辺の人間よりもはるかに強いので、よほどの事がない限り大丈夫なはずである。
「お任せください、クーナ様。必ずやこの城を守り通してみせますぞ。グフフフフ。さあ、ジュシオ卿。愛らしいクーナ様に踏まれ隊の同志達に連絡だ。クーナ様の命令を伝えるのだ!」
「ええと……。同志? いつの間に……。しかし、まあ、わかりましたウォード卿」
同志と言われ戸惑うジュシオを連れてウォード達は去っていく。
(ええと、その団名はどうにかならない?)
クロキはその後ろ姿を見守りながら、何とも言えない気持ちになる。
クーナは団の名前事態はどうでも良いのか、何も言わない。
「……グゥノ卿。後はお願いするよ」
魔王に従う者にとってエリオスは敵地だ。
だから、大勢で行くわけにはいかない。だからグゥノ達はお留守番だ。
ドワーフの案内があるとはいえ、クロキやクーナも天使達に見つからないように隠れて様子を見に行かなければならないだろう。
「はい、閣下お任せ下さい」
グゥノは頭を下げる。
不安を感じる中、クロキとクーナは御菓子の城を後にするのだった。
◆
エルドの宮殿の謁見の間にチユキ達は集まっている
チユキの目の前には4名のエルフがいる。
エルフは常若の種族で女性しかいない。
容姿は美しく、目の前の4名も中々の美人だ。
チユキ達とエルフ達はお互い興味深そうに相手を眺めている。
エルフは代表である1名を前に後ろに3名が並んでいる。
チユキはそれぞれのエルフ達を見る。
後ろの左端のエルフはおそらくドライアドだろう。
木エルフと呼ばれ、エルフの中でもっとも数が多い。
彼女達は木を住みかとして、好きになったイケメンを攫い連れ込む事で有名だ。
中央にいる弓と剣を持ったエルフはオレイアドだ。
山エルフとも弓エルフとも呼ばれる彼女達は、生まれながらの戦士だ。
彼女達は森から出て人間のイケメン戦士の仲間になる事がある。
そして、愛を育んだ後、森へと帰る。
右端にいる小柄なエルフはナパイアだと思う。
風エルフとも呼ばれる彼女達は成長しても人間の12歳か13歳ぐらいの少女にしか見えない。
だから、目の前のエルフ達の中で一番年上の可能性もある。
彼女達は風の吹く場で輪になって踊るのが好きで、その踊りに誘われて来た人間のイケメンを攫う事がある。
イケメンは何年かナパイアの里で暮らした後、記憶を消され元の場所に戻される。
そして、イケメンはいつの間にか何年も経っている事に驚くのである。
最後に一番前にいるのはアルセイドだろう。
上エルフとも光エルフとも呼ばれる彼女達は、闇エルフを除き他のエルフの上位種だ。
気品に溢れ、他のエルフのように好色ではないと言われている。
実際目の前にいる彼女の立ち姿は優雅である。
アルセイドを見るのは初めてであった。
だから、チユキ達は彼女に注目する。
彼女達は普段森の奥にあるエルフの国に引きこもっていて、表に出てくる事はない。
その彼女が我が国に来たのはどういう理由だろうとチユキは疑問に思う。
「よく来てくれた、ルウシエン姫。歓迎するよ」
レイジは前に出て、優雅に挨拶すると、後ろの3名のエルフ達が歓声を上げる。
その中でもナパイアは特にはしゃいでいる。
「チユキさん……。何だか私の時と違うのだけど……」
チユキの横にいるシロネが頬を膨らませて言う。
シロネはチユキ達が戻るまでエルフ達の対応をしていた。
その時のエルフ達はものすごくつまらなさそうにしていたらしい。
態度の違いにシロネは納得いかない様子であった。
「まあ、エルフは大体こんなものなのよねえ……」
そう言ってチユキは溜息を吐く。
エルフのほとんどは面食いだ。
イケメンに目がない。
旅の途中で出会うエルフもレイジを見るたびに寄って来る者が多かった。
もちろん、だからと言ってチユキも納得したわけではない。
そして、その中で唯一静かなエルフを見る。
(ルウシエンだったかしら? さすがハイエルフの姫ね。レイジ君を見ても騒がず気品があるわ)
チユキは心の中でルウシエンを褒める。
他のルウシエンはレイジを見ても騒いだりせず、気品があった。
チユキが聞いたところによるとルウシエン達が来た理由は人間の国の見物だそうだ。
そして、途中でエルドに立ち寄ったので光の勇者レイジに挨拶来たらしい。
だけど、それは嘘だとチユキは見抜く。
嘘を感知するリノが理由を聞いた時に怪訝な顔したからだ。
リノといえど心の奥までは覗けないので、真の目的は何かわからない。
敵意を感知できるシロネは彼女達から何も感じなかったそうなので、チユキは何もしない。
ルウシエンがエルフの姫ならば、歓待しようとも思う。
チユキはルウシエンを見る。
彼女はにっこりと笑うとレイジに応対するのだった。
◆
歓迎の晩餐が終った後、ルウシエン達は揃ってエルドの宮殿を歩く。
ルウシエン達は宮殿を自由に移動する事を許された。
私室以外は自由に見ても良いらしい。
だから、ルウシエン達は宮殿を見物する事にする。
宮殿はエリオスの天宮やアルセイディアの宮殿に比べるとみすぼらしい。大きくもないし、素材もそこまで立派ではない。
しかし、所詮は人間の国の宮殿だ。比べるのも馬鹿らしかった。
だから、こんなもんだろうとルウシエンは思う。
後ろを歩く彼女達も同じで、宮殿には興味を示さない。
もっぱら勇者レイジの話しをしている。
「こりゃ大当り~! 久々だね~♪ あんな良い男は中々いないよ! あたい住み着いちゃおうかな~♪」
ピアラは嬉しそうにはしゃぐ。
確かに美形だったとルウシエンも思う。
あれ程の殿方はエリオスでもそうはいない。
ルウシエンの父親であるアルフォスと同等である。
「確かにピアラ殿の言う通りだな。妖精騎士の中にも彼ほどの者がいるだろうか? もし、姫様が残られるのなら、私もこの国に滞在しよう」
そう言うとオレオラは期待した視線をルウシエンに向ける。
オレオラはこの国に残りたいが、護衛なので少し遠慮をしている。
ルウシエンが許可を出したら、この国に住み着くだろう。
それに対して一歩引いているのがテスであった。
彼女も勇者レイジを見て感嘆の声を上げたがピアラやオレオラ程には夢中になっていない。
どうやら、前にもっと好みの男性に会っていたようだとルウシエンは推測する。
「確かにすごい美形だったね~。前に彼に会ってなかったら夢中になっていたかも~。そうだ、ルウシエン様はどうですか? 勇者様を見た感想は?」
テスはルウシエンに聞く。
何かを期待するような目だ。
ドライアドはこういった話が特に好きだ。テスも例外ではないらしい。
(確かに麗しい殿方だったわね)
ルウシエンは先程あったレイジを思い出す。
あれ程美しい男性だったにもかかわらず、ルウシエンはそれほど心が動かなかったのである。
「う~ん。確かに素晴らしい殿方だったけど……。あら?」
ルウシエンは視線を感じ立ち止まる。
少し視線を下げると赤子を抱いた人間の男の子がルウシエンを見ている。
女の子のようにも見えるが、エルフには性別を感知する力がある。
だから、間違いなく男の子であった。
男の子はルウシエン達が進む向かいから来た。
狭い通路であり、ルウシエン達が広がって歩いていたから通り過ぎる事が出来なかったのだ。
そして、ルウシエン達は男の子が小さかったので気付くのが遅れたのである。
ルウシエンは男の子を見る。
その男の子はどこか麗しき女神レーナに似ていた。
同じ色をした髪に深く青い空を思わせる群青の瞳がルウシエンを映している。
その瞳に見つめられると、ルウシエンは何故か心がざわつくのを感じる。
「御免なさい。行く手を阻むつもりはなかったのです」
男の子は頭を下げると通路の脇に移動する。
礼儀正しい。
その様子にルウシエンは感心する。
「幼いのに中々わきまえているようですね。姫様。 おそらく、この宮殿で働いている下働きなのでしょう。さあ行きましょう、姫様」
オレオラはルウシエンを促す。
しかし、ルウシエンは男の子ともっと話をしたかった。
「待ってオレオラ。ちょっと、その子と話をさせてくれないかしら?」
ルウシエンがそう言うとオレオラ達は驚いた様子を見せる。
ルウシエンは男の子の前で膝を付く。
男の子はきょとんとしてルウシエンを見る。
「あの……。何でしょうか?」
「別に、ただお話がしたいだけ、ずっと見ていたけど私が怖い?」
男の子に聞く。
もし、怖いって言ったらルウシエンは少しだけ悲しい気持ちになるだろう。
だけど、男の子は首を振る。
「怖くないです……。綺麗だなと思って見ていました。ごめんなさい」
男の子がそう言って謝った時だった。
ルウシエンの体に「ずきゅーん」と何かが駆け巡る。
「そ、そう! 謝る必要はないわ! 私が綺麗なのは事実だもの。ところでその手に抱いているのは貴方の妹?」
「い、いえ。こちらはサーナ様です。勇者様の御子様です。なぜか懐かれちゃって、お世話をすることになったのです。実はこれから聖女様の所に向かう途中だったのです」
男の子は説明する。
聖女というのはサホコという勇者レイジの仲間の女の事に間違いなかった。
おそらくこの赤子の母親に違いない。
赤子は女の子で男の子にしがみついて安らかに眠っている。
ルウシエンは何故か赤子にイラっとしてしまう。
「そうなの、大変ね……。ところで貴方の名前を聞いても良いかしら?」
ルウシエンはまっすぐ男の子を見て聞く。
見つめられて男の子はしどろもどろになる。
それを見てルウシエンはとても可愛いと思う。
「はい。コウキといいます」
男の子が名乗ると、ルウシエンはその名を心の中で何度も呼んだ。
(コウキ……。良い名だわ)
ルウシエンは心が躍るのを感じるのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
アルセイドに限らずナパイアもこの章で初登場だったりします。
レープクーヘンの廊下を歩き、アイアシェッケの扉の前へと来る。
その扉の前には1名の女性デイモンと闇エルフ達がいて、クロキに気付くと頭を下げる。
女性のデイモンの名前はグゥノ。モデスが与えてくれた配下である。
「グゥノ卿。彼の様子はどうですか?」
「はい、閣下。先ほどまで暴れていましたが、今は部下の魔法で眠らせています」
クロキがグゥノに聞くと、彼女は横の闇エルフを見て言う。
「ありがとう。様子を見させてもらうね」
クロキはそう言って扉に近づくと、近くにいた人の形をした焼き菓子が扉を開けてくれる。
部屋に入ると中央に鎖に繋がれた者がいる。
その者の頭は完全に狼であった。
ダイガン。
それがその者の名だ。
40歳ぐらいの人狼の男であり、クロキに忠誠を誓っているはずだった。
しかし、ある理由から完全に正気を失い拘束されている。
闇エルフは木エルフと同じように精神魔法を使える。
その魔法で眠らせたのである。
「クロキ。なぜこいつを殺さない? さっさと殺してしまえば楽だぞ」
隣にいるクーナが物騒な事を言う。
クーナにとってはどうでも良いのだろう。つまらなそうにダイガンを見ている。
「駄目だよ。クーナ。ダイガンは自らの意志でこうなったんじゃないんだ。だから殺すのはダメ」
クロキは首を横に振って答える。
ダイガンがこうなったのはつい最近だ。
人狼や狼人等の牙の血族は凶獣フェリオンの眷属である。
そのフェリオンは現在、とある場所で封印されている。
そのためか牙の血族の力は弱くなり、性格も大人しくなった。
今は各地でひっそりと暮らしているのが現状だ。
中には強い力を持つ他種族の配下になる者もいる。
ダイガンがオーガに飼われていたのも、そのためだ。
しかし、その牙の血族が凶暴化する時がある。
それはフェリオンの封印が弱まる時だ。
フェリオンの封印は7年周期で一時的に弱くなる時があり、今がその時であった。
クロキはモデスから、前もってその事を聞いていた。
だから、アルゴア王国にいたダイガンを前もって回収していたのである。
これでダイガンが人間を襲う事はないはずであった。
「元に戻すのは無理かな?」
クロキは闇エルフに聞くと彼女は首を振る。
「もうしわけございません。閣下。血を求めて暴れる姿こそが、この者の本性なのです。大人しくさせたいのなら、魔法で精神を操るしかございません」
「精神を操るか……。その手はあまり使いたくないな」
クロキは首を振る。
精神を操る手は使いたくない。
操られたまま生きているなんて、生きているとはいえない。
だから、他の方法で大人しくしてあげたい。
「閣下。フェリオンの封印ならば、すぐに戻ります。放っておいても良いのではないでしょうか?」
グゥノがそう提案する。
確かにそうだろう。一時的に封印が弱まるだけで、時間が経てば戻るはずだ。
だから、このまま拘束しておけばダイガンも元に戻るはずであった。
「確かにそうだけどね……。だけど、どうやら問題が起こっているみたいなんだ。念のため封印の様子を見に行こうと思うよ」
「そうですか……」
実は最近フェリオンが封印された場所に、蛇の女王の手の者の姿が見えるようになったという情報をクロキは得ていた。
フェリオンが封印された場所は秘密にされていた。
その秘密がバレたようなのである。
封印された場所はエリオス山の麓である。
その近くにはドワーフの集落とエルフの国がある。
凶悪な力を持つフェリオンが目覚めればドワーフの集落は大変な事になるだろう。
そこでドワーフの神であるヘイボスはモデスに相談したのである。
その時、クロキも同席した。
ヘイボスとドワーフに縁のあるクロキも気になる。
だから、様子を見に行く事にしたのである。
その事はモデスから了承を得ている。
「そういうわけで、グゥノ卿。クーナと一緒に出掛けるよ。用意は出来ているかい? クーナ?」
「大丈夫だ、クロキ。用意はちゃんと出来ている。ウォード。クーナがいない間はお前が指揮を取れ、任せたぞ」
クーナはそう言って、後ろを見る。
そこには赤い鎧を身に着けた戦士を中心に複数の男達が跪いている。
彼らはクーナに付き従い、後ろに付いて来ていた。
先頭にいる者は魔戦士のウォードである。
元は魔王を崇める人間だったが、そして、魔鎧を与えられて魔戦士となった者達だ。
そこら辺の人間よりもはるかに強いので、よほどの事がない限り大丈夫なはずである。
「お任せください、クーナ様。必ずやこの城を守り通してみせますぞ。グフフフフ。さあ、ジュシオ卿。愛らしいクーナ様に踏まれ隊の同志達に連絡だ。クーナ様の命令を伝えるのだ!」
「ええと……。同志? いつの間に……。しかし、まあ、わかりましたウォード卿」
同志と言われ戸惑うジュシオを連れてウォード達は去っていく。
(ええと、その団名はどうにかならない?)
クロキはその後ろ姿を見守りながら、何とも言えない気持ちになる。
クーナは団の名前事態はどうでも良いのか、何も言わない。
「……グゥノ卿。後はお願いするよ」
魔王に従う者にとってエリオスは敵地だ。
だから、大勢で行くわけにはいかない。だからグゥノ達はお留守番だ。
ドワーフの案内があるとはいえ、クロキやクーナも天使達に見つからないように隠れて様子を見に行かなければならないだろう。
「はい、閣下お任せ下さい」
グゥノは頭を下げる。
不安を感じる中、クロキとクーナは御菓子の城を後にするのだった。
◆
エルドの宮殿の謁見の間にチユキ達は集まっている
チユキの目の前には4名のエルフがいる。
エルフは常若の種族で女性しかいない。
容姿は美しく、目の前の4名も中々の美人だ。
チユキ達とエルフ達はお互い興味深そうに相手を眺めている。
エルフは代表である1名を前に後ろに3名が並んでいる。
チユキはそれぞれのエルフ達を見る。
後ろの左端のエルフはおそらくドライアドだろう。
木エルフと呼ばれ、エルフの中でもっとも数が多い。
彼女達は木を住みかとして、好きになったイケメンを攫い連れ込む事で有名だ。
中央にいる弓と剣を持ったエルフはオレイアドだ。
山エルフとも弓エルフとも呼ばれる彼女達は、生まれながらの戦士だ。
彼女達は森から出て人間のイケメン戦士の仲間になる事がある。
そして、愛を育んだ後、森へと帰る。
右端にいる小柄なエルフはナパイアだと思う。
風エルフとも呼ばれる彼女達は成長しても人間の12歳か13歳ぐらいの少女にしか見えない。
だから、目の前のエルフ達の中で一番年上の可能性もある。
彼女達は風の吹く場で輪になって踊るのが好きで、その踊りに誘われて来た人間のイケメンを攫う事がある。
イケメンは何年かナパイアの里で暮らした後、記憶を消され元の場所に戻される。
そして、イケメンはいつの間にか何年も経っている事に驚くのである。
最後に一番前にいるのはアルセイドだろう。
上エルフとも光エルフとも呼ばれる彼女達は、闇エルフを除き他のエルフの上位種だ。
気品に溢れ、他のエルフのように好色ではないと言われている。
実際目の前にいる彼女の立ち姿は優雅である。
アルセイドを見るのは初めてであった。
だから、チユキ達は彼女に注目する。
彼女達は普段森の奥にあるエルフの国に引きこもっていて、表に出てくる事はない。
その彼女が我が国に来たのはどういう理由だろうとチユキは疑問に思う。
「よく来てくれた、ルウシエン姫。歓迎するよ」
レイジは前に出て、優雅に挨拶すると、後ろの3名のエルフ達が歓声を上げる。
その中でもナパイアは特にはしゃいでいる。
「チユキさん……。何だか私の時と違うのだけど……」
チユキの横にいるシロネが頬を膨らませて言う。
シロネはチユキ達が戻るまでエルフ達の対応をしていた。
その時のエルフ達はものすごくつまらなさそうにしていたらしい。
態度の違いにシロネは納得いかない様子であった。
「まあ、エルフは大体こんなものなのよねえ……」
そう言ってチユキは溜息を吐く。
エルフのほとんどは面食いだ。
イケメンに目がない。
旅の途中で出会うエルフもレイジを見るたびに寄って来る者が多かった。
もちろん、だからと言ってチユキも納得したわけではない。
そして、その中で唯一静かなエルフを見る。
(ルウシエンだったかしら? さすがハイエルフの姫ね。レイジ君を見ても騒がず気品があるわ)
チユキは心の中でルウシエンを褒める。
他のルウシエンはレイジを見ても騒いだりせず、気品があった。
チユキが聞いたところによるとルウシエン達が来た理由は人間の国の見物だそうだ。
そして、途中でエルドに立ち寄ったので光の勇者レイジに挨拶来たらしい。
だけど、それは嘘だとチユキは見抜く。
嘘を感知するリノが理由を聞いた時に怪訝な顔したからだ。
リノといえど心の奥までは覗けないので、真の目的は何かわからない。
敵意を感知できるシロネは彼女達から何も感じなかったそうなので、チユキは何もしない。
ルウシエンがエルフの姫ならば、歓待しようとも思う。
チユキはルウシエンを見る。
彼女はにっこりと笑うとレイジに応対するのだった。
◆
歓迎の晩餐が終った後、ルウシエン達は揃ってエルドの宮殿を歩く。
ルウシエン達は宮殿を自由に移動する事を許された。
私室以外は自由に見ても良いらしい。
だから、ルウシエン達は宮殿を見物する事にする。
宮殿はエリオスの天宮やアルセイディアの宮殿に比べるとみすぼらしい。大きくもないし、素材もそこまで立派ではない。
しかし、所詮は人間の国の宮殿だ。比べるのも馬鹿らしかった。
だから、こんなもんだろうとルウシエンは思う。
後ろを歩く彼女達も同じで、宮殿には興味を示さない。
もっぱら勇者レイジの話しをしている。
「こりゃ大当り~! 久々だね~♪ あんな良い男は中々いないよ! あたい住み着いちゃおうかな~♪」
ピアラは嬉しそうにはしゃぐ。
確かに美形だったとルウシエンも思う。
あれ程の殿方はエリオスでもそうはいない。
ルウシエンの父親であるアルフォスと同等である。
「確かにピアラ殿の言う通りだな。妖精騎士の中にも彼ほどの者がいるだろうか? もし、姫様が残られるのなら、私もこの国に滞在しよう」
そう言うとオレオラは期待した視線をルウシエンに向ける。
オレオラはこの国に残りたいが、護衛なので少し遠慮をしている。
ルウシエンが許可を出したら、この国に住み着くだろう。
それに対して一歩引いているのがテスであった。
彼女も勇者レイジを見て感嘆の声を上げたがピアラやオレオラ程には夢中になっていない。
どうやら、前にもっと好みの男性に会っていたようだとルウシエンは推測する。
「確かにすごい美形だったね~。前に彼に会ってなかったら夢中になっていたかも~。そうだ、ルウシエン様はどうですか? 勇者様を見た感想は?」
テスはルウシエンに聞く。
何かを期待するような目だ。
ドライアドはこういった話が特に好きだ。テスも例外ではないらしい。
(確かに麗しい殿方だったわね)
ルウシエンは先程あったレイジを思い出す。
あれ程美しい男性だったにもかかわらず、ルウシエンはそれほど心が動かなかったのである。
「う~ん。確かに素晴らしい殿方だったけど……。あら?」
ルウシエンは視線を感じ立ち止まる。
少し視線を下げると赤子を抱いた人間の男の子がルウシエンを見ている。
女の子のようにも見えるが、エルフには性別を感知する力がある。
だから、間違いなく男の子であった。
男の子はルウシエン達が進む向かいから来た。
狭い通路であり、ルウシエン達が広がって歩いていたから通り過ぎる事が出来なかったのだ。
そして、ルウシエン達は男の子が小さかったので気付くのが遅れたのである。
ルウシエンは男の子を見る。
その男の子はどこか麗しき女神レーナに似ていた。
同じ色をした髪に深く青い空を思わせる群青の瞳がルウシエンを映している。
その瞳に見つめられると、ルウシエンは何故か心がざわつくのを感じる。
「御免なさい。行く手を阻むつもりはなかったのです」
男の子は頭を下げると通路の脇に移動する。
礼儀正しい。
その様子にルウシエンは感心する。
「幼いのに中々わきまえているようですね。姫様。 おそらく、この宮殿で働いている下働きなのでしょう。さあ行きましょう、姫様」
オレオラはルウシエンを促す。
しかし、ルウシエンは男の子ともっと話をしたかった。
「待ってオレオラ。ちょっと、その子と話をさせてくれないかしら?」
ルウシエンがそう言うとオレオラ達は驚いた様子を見せる。
ルウシエンは男の子の前で膝を付く。
男の子はきょとんとしてルウシエンを見る。
「あの……。何でしょうか?」
「別に、ただお話がしたいだけ、ずっと見ていたけど私が怖い?」
男の子に聞く。
もし、怖いって言ったらルウシエンは少しだけ悲しい気持ちになるだろう。
だけど、男の子は首を振る。
「怖くないです……。綺麗だなと思って見ていました。ごめんなさい」
男の子がそう言って謝った時だった。
ルウシエンの体に「ずきゅーん」と何かが駆け巡る。
「そ、そう! 謝る必要はないわ! 私が綺麗なのは事実だもの。ところでその手に抱いているのは貴方の妹?」
「い、いえ。こちらはサーナ様です。勇者様の御子様です。なぜか懐かれちゃって、お世話をすることになったのです。実はこれから聖女様の所に向かう途中だったのです」
男の子は説明する。
聖女というのはサホコという勇者レイジの仲間の女の事に間違いなかった。
おそらくこの赤子の母親に違いない。
赤子は女の子で男の子にしがみついて安らかに眠っている。
ルウシエンは何故か赤子にイラっとしてしまう。
「そうなの、大変ね……。ところで貴方の名前を聞いても良いかしら?」
ルウシエンはまっすぐ男の子を見て聞く。
見つめられて男の子はしどろもどろになる。
それを見てルウシエンはとても可愛いと思う。
「はい。コウキといいます」
男の子が名乗ると、ルウシエンはその名を心の中で何度も呼んだ。
(コウキ……。良い名だわ)
ルウシエンは心が躍るのを感じるのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
アルセイドに限らずナパイアもこの章で初登場だったりします。
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