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第9章 妖精の森
第1話 エルドの貴族達
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青空の下、エルフの姫ルウシエンと3名の従者達を乗せたケリュネイア車が進む。
黄金の角持つ鹿ケリュネイアが牽く魔法の車は速く、本来なら10日はかかる距離もほとんど日を経ずにルウシエン達を運んでくれた。
外の景色を見ると木々はなく、魔法を使わなくても遠くまで見通せる。
ここはエルフが住む森と違い平原と呼ばれる場所だ。
ルウシエンはそんな木々のない光景を見ると森から遠く離れた事を実感する。
「ルウシエン様。見えてきましたよ、あれが勇者様の国エルドに間違いないはずです」
テスが車の窓から身を乗り出して言う。
テスは最近になってルウシエンに仕える事になった木エルフの少女である。
まだ若く100年ほどしか生きていない。
彼女がルウシエンに仕える前は人間の国の近くの森で暮らしていた。
だから、人間の国へ行くのに役に立つだろうと連れてきたのである。
実際人間の事に詳しく、これまでの旅で役に立っていた。
「おお、どれどれ。あたいにも見せてちょうだいな~」
テスにつられて風エルフのピアラも窓から顔を出す。
まるで子どもみたいだ。
しかし、ピアラはルウシエン達の中で一番長く生きていて、子どもを2回も生んでいる。
悪戯好きで奔放な彼女は、姿を隠して人間の国へ遊びに行くことも多い。
だから、テスと同様に今回の旅に一緒に付いてきてもらったのである。
「ピアラ殿、テス。姫様の前ですよ」
そんなテスとピアラを見てオレオラが眉を顰める。
山エルフのオレオラはルウシエンの護衛だ。
オレオラはルウシエンと同じ年齢で小さい頃から一緒にいて、共に育った仲だ。
当然この旅も一緒である。
オレオラは他のオレイアドと同じく優れた弓使いで、道中下等で下劣なゴブリンの一団に襲われた時は彼女の力で撃退できた。
「別に構わないわ、オレオラ。それよりも早く行きましょう。あのレーナ様が認めた勇者の所へ」
ルウシエンは手を振って答える。
そもそも、ルウシエン達4名が人間の国に来たのは光の勇者レイジを見るためである。
エルフの中にはエリオスの天宮で働く者もいる。
ルウシエンもその中の一名だ。
そして、ハイエルフと呼ばれるアルセイドにして、エルフの姫であるルシエンは麗しき女神レーナのお側で仕える事になった。
美しく凛としたレーナはルウシエンが憧れる方である。
ルウシエンはそのレーナが愛する男性の事が気になったのである。
これまでにレーナが目に掛けた勇者は多いが、男として愛した者はいない。
そのため、天界ではその勇者レイジの事が噂になっている。
だから、一目見ようとルウシエンはエルフの都アルセイディアからここまで来たのである。
「そういえばニミュさんはどうしたのですか? 確か先に様子を見に行っていたはずですが?」
テスが隣のピアラに聞く。
水エルフのニミュはルウシエンの旅の同行者の一名で、様子を見るために先に行っていた。
予定ではエルドで落ち合うつもりだったが、今はある事情からすでに離れている。
「ああ、それならね。テスちゃん。ニミュなら男を引っかけてあたいらとは別行動さ、今頃しっぽりとやっているんじゃないかね? にししし」
ピアラはいやらしそうに笑う。
その言葉を聞いて、ルウシエンはため息を吐く。
ニミュはエルドの様子を使い魔である鳥を通じて知らせた後、エルドから離れてしまった。
どうやら、気に入った男が出来たらしく、その男に付いていったそうだ。
一応使命を果たしているから、ルウシエンとしては特に何も言うつもりはない。
だけど、人間の男を優先しているみたいでルウシエンとしては癪にさわるところもある。
しかし、エルフにはそういう性がある事もルウシエンは知っている。
エルフは本当に誰かを愛してしまうと、どうしようもなくなるのだ。
そのため、何も言えない。
「ピアラ殿。かなり下品ですよ……。まあ、ニミュが何をしているのか確かに気になりますが」
オレオラもため息を吐く。
オレオラもルウシエンと同じく男性と付き合った事がない。
そのためか、どこかニミュを羨ましく思っている様子であった。
(オレオラも気になっているみたいね。誰かを愛するとはどういう事だろう? 私もどうしようもなくなるぐらい誰かを愛する事があるのだろうか?)
ルウシエンはそんな事を考えてしまう。
青空の下、ルウシエン達を乗せたケリュネイア車が進む。
勇者レイジのいるエルドに向けて。
◆
光の勇者レイジ達が住むエルドの宮殿の隣に作られた球戯場にチユキはいる。
球戯場は学校の体育館を2倍にした大きさの長方形の建物であり、そこは今会議場へと変わっている。
会議に参加しているのはチユキとレイジにキョウカとカヤ、そしてエルドの市民の代表である貴族達である。
なぜ、球戯場で会議をするかというと、エルドの人口が増えた事で貴族の数が増え、既存の会議室が狭くなってしまったからだ。
チユキの目の前にはエルドの貴族達が集まっている。
その多くは壮年の男性であり、全員が豪華な服を着ている。
服は高価な染料を使った亜麻の長衣だ。模様のない服を着ている者もいれば、綺麗なペイズリー柄の者もいる。
さらに服の上を様々な貴金属のアクセサリーで飾る。
飾りにはメノウ、ラピスラズリ、カーネリアン、碧玉が使われ見る者の目を奪う。
貴族だから当然と言えなくもないが、中にはこの会議に参加するために見栄を張り、無理をして服を新調した者もいるだろう。
貴族といえばマンガや小説で見られるような特権階級で民衆から搾取するだけの存在を連想するが、この世界の貴族はそうではない。
この世界の貴族は氏族の長とその近親が世襲化した者がほとんどだ。
貴族には氏族に属する者達の生活の面倒を見る義務がある。いわゆる高貴なる者の義務である。
氏族に属する者は貴族に面倒を見てもらう代わりに、貴族に忠誠を誓う。
つまり、貴族は搾取するだけの存在ではないのだ。
また、氏族は血縁者で構成されている事が多いが、血縁者でない者を迎える事もある。
迎え入れる時、血縁でない者は貴族と杯を交わし、親分子分の関係となる。もちろん貴族が親だ。
チユキはそれを初めて聞いた時、まるで任侠の世界だと思ったものだ。
そして、実際にその理解で正しいようだ。氏族は別に一家とも呼ばれる事もあり、実際に身内になるのだから。
その任侠の親分のような貴族達が集まっているのは、彼らの意見を聞く場を設けたからだ。
エルドの国家運営は勇者とその仲間達の独裁による政治だ。
貴族達の意見を聞かなくても運営はできる。
しかし、効率良く運営しようと思ったら、やはり貴族達の協力は有った方が良い。
彼らは氏族という組織のボスだ。
チユキ達だけでは手が足りない部分を補ってくれる。
そして、協力を要請する以上は彼らの意見を聞く必要がある。
既存の会議室でなく、球戯場に移すほど貴族の数が増えたのは、本来なら貴族とは呼べない弱小の氏族の長にも参加を促したからだ。
おかげでチユキは貴族の名を覚えるが大変だった。
今は特に名前を付けていない会議だが、いずれは貴族院か元老院と呼ばれるようになるだろう。
「どういう事ですかな? チユキ様? 新たに耕作地を増やさないというのは? 勇者様の力を使えば蜥蜴人等、おそるるに足りません」
貴族の大畑が言う。
大畑は60歳であり、元々は聖レナリア共和国の貴族だった。
チユキ達がエルド国を作った時に聖レナリアの貴族の当主の地位を息子に譲り、一族の一部を連れてこの国に来た。
大畑は氏族名であり、本当の名前は別にあるが、同氏族以外の者からはそう呼ばれている。
聖レナリア共和国では多くの耕作地を運営している事から、この氏族名がついた。
現在エルドの耕作地の開発はほぼ大畑が掌握している。なにしろ耕作に必要な牛は彼が供出してくれたものがほとんどだ。
ちなみに彼の配下には牛飼という綽名を持つ者が多かったりする。
「言ったとおりの意味です。大畑殿。現在食料は足りています、今は湿地を干拓して耕作地を増やす時ではありません。今は耕作地を拡大せず都市の整備に力を注ぐべきだと判断しました」
チユキは首を振って答える。
本当はいざという時に備えて耕作地を増やしたい。
だけど、これ以上湿地を干拓する事で水辺に生きる蜥蜴人等と争いたくはない。だから、これ以上の耕作地の拡大はしたくなかった。
しかし、それは理由にできない。
神王オーディスと戦女神レーナの信徒にとって魔物を倒し人間の世界を拡大する事は正義だ。
大畑は農業の女神ゲナの信徒だが、レーナもまた崇めている。
彼らからしたら蜥蜴人も魔物だ。魔物と戦いたくないから増やしませんとは言えない。
チユキがそう言うと大畑は不満そうな顔をする。
まあそれもそうだろう。レイジの力を持ってすれば蜥蜴人等は怖れるに足りない。そして、耕作地が増えれば利権も増える。
だから、大畑としては耕作地を増やしたいのである。
「大畑殿。賢者チユキ様の言葉です。今は都市の整備をおこない耕作地の開発は一旦中止すべき。私もそう思いますぞ」
同じ貴族の渡辺が大畑を窘める。
渡辺は河川の水運業で利益を得ている貴族であり、大畑と同じように渡辺も氏族名だ。
彼の先祖は元々河の渡し守をしていて、そこからこの氏族名で呼ばれるようになった。
大畑と違い、渡辺はこれ以上耕作地を増やしたくないのである。
彼の水運業は蜥蜴人等の水辺に生きる者達の報復を受けている。
渡辺の所有する船が突然進まなくなったり、積んでいる荷が理由もなく腐ったりして損害が出ているのだ。
チユキ達が出るにはあまりにも小さい嫌がらせなので、放置しているが、報復を受けている渡辺としてはたまったものではないだろう。
渡辺としてはこれ以上蜥蜴人を刺激したくないのが伺えた。
「大畑。チユキの判断は不満なのかい?」
レイジが大畑を睨む。
睨まれると大畑は黙るしかない。そもそも耕作地を拡大するにはレイジの武力が必要だ。
レイジはチユキの案を受けて入れてくれた。
レイジは何だかんだと言ってもチユキの意見を重視してくれる。
だから説得は容易だった。
「その通りですぞ、大畑殿。今は都市の整備をする時です。それまでは耕作地の開発は中止すべきでしょう」
貴族の林が発言をする。
建築資材の木材を扱っているので林という氏族名だ。
都市の整備を行えば彼に利益が出る。
当然耕作地の拡大を中止して、都市の整備を行う事に賛成するのも当然であった。
大畑は渡辺と林から説得されて黙るしかない。
「チユキ様。都市の整備を優先するのなら、私どもが役に立てるかと思います」
「小山殿」
一人の女性が発言する。
チユキが小山と呼んだ女性は正確には貴族ではない。
彼女はドワーフの婦人会の代表だ。
男性しかいないドワーフ族は違う種族の女性を妻にする。そして、その多くは人間である。
ドワーフは職人としては優れているが、政治には向かない。
そのため、妻で構成された婦人会がドワーフ社会の主導権を握る事が多い。つまり、ドワーフは結婚するとほぼ確実に尻に敷かれるのである。
今回も妻である小山が出席している。
ドワーフとその妻の綽名には山が付く事多く、大山や山辺と呼ばれる者もいる。
貴族ではないが、このエルドに住むドワーフ達の代表である彼女の出席に文句を言う者はいない。
ドワーフは金持ちであり、貴族の中には借金をしている者もいるだろう。
それに彼らの作る道具は高品質であり、ドワーフを敵にまわしたいと思うのは考えなしのトールズ信徒ぐらいである。
そして、敵にまわしたくないのはチユキ達も同じだ。
理由はもちろんドワーフ達と取引をしたいからだ。
人間で鉱山を所有している者はいない。
もし、通貨の発行をしようと思ったらドワーフ達から金銀等を輸入しなければならない。
紙幣等の貴金属以外の通貨を発行する事も可能だが、信用されなければ意味がなかったりする。
金本位制を取ろうにも、金の保有数が少ないのでその手は使えない。
魔力を帯びているチユキ達の血や髪なら、市場でも価値があるかもしれないが、出来ればその手は使いたくない。
また、他国の貨幣を潰して自国の通貨として発行するのも出来ればしたくない。
そのため、現在エルドは聖レナリア共和国が発行しているレナル貨幣を公式の通貨としている。
もちろん、いつかは脱却したいとチユキは思っている。
「ありがとうございます。小山殿。協力感謝します」
チユキは小山にお礼を言う。
その後も貴族達の発言は続く。
その発言はエルドの発展を考えてのものだ。もちろん、自身への利益誘導も忘れていない。
しかし、これは当然といえる。利益になるからこそ貴族達は協力してくれるのだ。
問題はその後だ。
エルドの発展と貴族の利益が一致している間は良いが、今後貴族の利権が既得権益となり国の発展を阻害することになる可能性もあるだろう。
それに、貴族とそれに属している者とそうでない者の格差がこれから広がる事になる可能性もある。
その辺りはチユキ達が考えなければならない。
ちらりとキョウカとカヤを見る。
キョウカは興味なさそうに貴族達を見ている。
レイジやチユキがいない時はキョウカがこの会議を主催する。
もっとも実際に動かしているのはカヤだ。
実は冷徹な判断が下せる分、カヤの方がチユキよりも為政者に向いているのだ。
会議は踊る。
チユキはそんな貴族達の意見を聞くのだった。
◆
「はあ~。疲れた~。少し休みたいわ」
夕方になり会議が終る。
エルドの宮殿へと続く通路で、チユキは背伸びをする。
「チユキ。少し頑張りすぎだ。もう少し肩の力を抜くべきだ」
隣を歩くレイジがチユキを労う。
確かに頑張りすぎであった。
そもそも、エルドを作ったのは楽をするためなので、苦労をしてしまったら意味がない。
「レイジ様の言う通りです。チユキ様。適当にエサをチラつかせて貴族を働かせた後、その利益の何割かを私達が享受すれば良いのです。チユキ様はエルドに住む全ての者達の事を考えすぎです」
カヤがしれっと怖い事を言う。
カヤにとっては仲間達の利益が第一で、エルドの貴族や市民は二の次だ。
エルドの発展を願うが、それは仲間達の利益のためと割り切っている。
「確かにその通りなのだけど、ついね……」
チユキがそう言うとレイジが苦笑して、カヤは困った顔をする。
(心配してくれる2人には悪いのだけど、ついやっちゃうのよね)
チユキは過去に無理をして困っている所をレイジに助けてもらったこと思い出す。
そんな事を考えていると、前を行くキョウカが突然立ち止まる。
「あれリノさんとナオさんが来ますわ。どうしたのかしら」
チユキもキョウカと同じ通路の先を見る。
確かにリノとナオであった。
いつも2人は出迎えたりしない。
だけど、今日はチユキ達を迎えに来ている。
「お疲れ様。みんな」
「お疲れっす」
リノとナオがチユキ達の前に来て労ってくれる。
「どうしたの、二人とも、いつもは出迎えてくれないのに?」
「それがねチユキさん。レイジさんを訪ねて珍しいお客さんが来たの」
「そう、だから呼びに来たっす」
リノとナオが首を縦に振る。
しかし、終っていたから良いもののチユキ達は会議中であった。
下手をするとレイジは会議中に抜け出さす事になっていただろう。
貴族との会議よりも重要なお客さんなのだろうかとチユキは思う。
「俺を訪ねて? 一体何者だい?」
「エルフだよ。レイジさん」
「そうっす。それも今まで見た事がないタイプのエルフっすね。今シロネさんが相手をしているっすが手に負えないみたいっすから呼びに来たっす」
2人は顔を見合わせてうんうんと頷く。
「エルフが俺に? 何だろうな一体?」
レイジは首を傾げる。
「エルフがレイジ君を? どうしたのかしら?」
チユキも首を傾げる。
今までエルフが訪ねてくる事はなかった。
厄介事かもしれないのでチユキ達は急いで宮殿へと戻るのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
9章に入ります。テス再登場。
また貴族の姓ですが、ちょっと説明します。
前にも書きましたが、この世界の名前は基本1つであり、○○の子○○と名乗るが普通だったりします。
例:ト〇ルズの子トルフ〇ン。
しかし、綽名で呼ばれる事も多く、それが代々続いて姓のようになる事もあります。
例:髪の色だと、金髪の○○とか黒髪の○○。実は黒髪の賢者も綽名だったりします。
職業でも呼ばれる事もあり鍛冶屋だとか粉引きに似たものもあります。
例:鍛冶屋の○○とか、粉引きの○○。
また、住んでいる所でも呼ばれる事もあり、例えば藪みたいな感じです。
そして、代々一族が川辺に住んでいたら川辺の氏族、川辺氏になってもおかしくなく、渡し守の一族が渡辺と呼ばれる事もあるでしょう。
だから、大畑の姓はおかしくないのです……。
……やっぱり修正した方が良いですか?(*ノωノ)
この辺りは批判も多かったので……。
名前ネタはあんまりやらない方が良いのか悩みましたが、ほぼなろうバージョンからそのままです。
この世界の言語で大きな畑を持つ者は何と呼ぶのかとを考えれば良いのですが、その労力が大変だったりします。人工言語を作るのは難しいのですよ(/ω\)
トールキン先生は本当にすごいです。
黄金の角持つ鹿ケリュネイアが牽く魔法の車は速く、本来なら10日はかかる距離もほとんど日を経ずにルウシエン達を運んでくれた。
外の景色を見ると木々はなく、魔法を使わなくても遠くまで見通せる。
ここはエルフが住む森と違い平原と呼ばれる場所だ。
ルウシエンはそんな木々のない光景を見ると森から遠く離れた事を実感する。
「ルウシエン様。見えてきましたよ、あれが勇者様の国エルドに間違いないはずです」
テスが車の窓から身を乗り出して言う。
テスは最近になってルウシエンに仕える事になった木エルフの少女である。
まだ若く100年ほどしか生きていない。
彼女がルウシエンに仕える前は人間の国の近くの森で暮らしていた。
だから、人間の国へ行くのに役に立つだろうと連れてきたのである。
実際人間の事に詳しく、これまでの旅で役に立っていた。
「おお、どれどれ。あたいにも見せてちょうだいな~」
テスにつられて風エルフのピアラも窓から顔を出す。
まるで子どもみたいだ。
しかし、ピアラはルウシエン達の中で一番長く生きていて、子どもを2回も生んでいる。
悪戯好きで奔放な彼女は、姿を隠して人間の国へ遊びに行くことも多い。
だから、テスと同様に今回の旅に一緒に付いてきてもらったのである。
「ピアラ殿、テス。姫様の前ですよ」
そんなテスとピアラを見てオレオラが眉を顰める。
山エルフのオレオラはルウシエンの護衛だ。
オレオラはルウシエンと同じ年齢で小さい頃から一緒にいて、共に育った仲だ。
当然この旅も一緒である。
オレオラは他のオレイアドと同じく優れた弓使いで、道中下等で下劣なゴブリンの一団に襲われた時は彼女の力で撃退できた。
「別に構わないわ、オレオラ。それよりも早く行きましょう。あのレーナ様が認めた勇者の所へ」
ルウシエンは手を振って答える。
そもそも、ルウシエン達4名が人間の国に来たのは光の勇者レイジを見るためである。
エルフの中にはエリオスの天宮で働く者もいる。
ルウシエンもその中の一名だ。
そして、ハイエルフと呼ばれるアルセイドにして、エルフの姫であるルシエンは麗しき女神レーナのお側で仕える事になった。
美しく凛としたレーナはルウシエンが憧れる方である。
ルウシエンはそのレーナが愛する男性の事が気になったのである。
これまでにレーナが目に掛けた勇者は多いが、男として愛した者はいない。
そのため、天界ではその勇者レイジの事が噂になっている。
だから、一目見ようとルウシエンはエルフの都アルセイディアからここまで来たのである。
「そういえばニミュさんはどうしたのですか? 確か先に様子を見に行っていたはずですが?」
テスが隣のピアラに聞く。
水エルフのニミュはルウシエンの旅の同行者の一名で、様子を見るために先に行っていた。
予定ではエルドで落ち合うつもりだったが、今はある事情からすでに離れている。
「ああ、それならね。テスちゃん。ニミュなら男を引っかけてあたいらとは別行動さ、今頃しっぽりとやっているんじゃないかね? にししし」
ピアラはいやらしそうに笑う。
その言葉を聞いて、ルウシエンはため息を吐く。
ニミュはエルドの様子を使い魔である鳥を通じて知らせた後、エルドから離れてしまった。
どうやら、気に入った男が出来たらしく、その男に付いていったそうだ。
一応使命を果たしているから、ルウシエンとしては特に何も言うつもりはない。
だけど、人間の男を優先しているみたいでルウシエンとしては癪にさわるところもある。
しかし、エルフにはそういう性がある事もルウシエンは知っている。
エルフは本当に誰かを愛してしまうと、どうしようもなくなるのだ。
そのため、何も言えない。
「ピアラ殿。かなり下品ですよ……。まあ、ニミュが何をしているのか確かに気になりますが」
オレオラもため息を吐く。
オレオラもルウシエンと同じく男性と付き合った事がない。
そのためか、どこかニミュを羨ましく思っている様子であった。
(オレオラも気になっているみたいね。誰かを愛するとはどういう事だろう? 私もどうしようもなくなるぐらい誰かを愛する事があるのだろうか?)
ルウシエンはそんな事を考えてしまう。
青空の下、ルウシエン達を乗せたケリュネイア車が進む。
勇者レイジのいるエルドに向けて。
◆
光の勇者レイジ達が住むエルドの宮殿の隣に作られた球戯場にチユキはいる。
球戯場は学校の体育館を2倍にした大きさの長方形の建物であり、そこは今会議場へと変わっている。
会議に参加しているのはチユキとレイジにキョウカとカヤ、そしてエルドの市民の代表である貴族達である。
なぜ、球戯場で会議をするかというと、エルドの人口が増えた事で貴族の数が増え、既存の会議室が狭くなってしまったからだ。
チユキの目の前にはエルドの貴族達が集まっている。
その多くは壮年の男性であり、全員が豪華な服を着ている。
服は高価な染料を使った亜麻の長衣だ。模様のない服を着ている者もいれば、綺麗なペイズリー柄の者もいる。
さらに服の上を様々な貴金属のアクセサリーで飾る。
飾りにはメノウ、ラピスラズリ、カーネリアン、碧玉が使われ見る者の目を奪う。
貴族だから当然と言えなくもないが、中にはこの会議に参加するために見栄を張り、無理をして服を新調した者もいるだろう。
貴族といえばマンガや小説で見られるような特権階級で民衆から搾取するだけの存在を連想するが、この世界の貴族はそうではない。
この世界の貴族は氏族の長とその近親が世襲化した者がほとんどだ。
貴族には氏族に属する者達の生活の面倒を見る義務がある。いわゆる高貴なる者の義務である。
氏族に属する者は貴族に面倒を見てもらう代わりに、貴族に忠誠を誓う。
つまり、貴族は搾取するだけの存在ではないのだ。
また、氏族は血縁者で構成されている事が多いが、血縁者でない者を迎える事もある。
迎え入れる時、血縁でない者は貴族と杯を交わし、親分子分の関係となる。もちろん貴族が親だ。
チユキはそれを初めて聞いた時、まるで任侠の世界だと思ったものだ。
そして、実際にその理解で正しいようだ。氏族は別に一家とも呼ばれる事もあり、実際に身内になるのだから。
その任侠の親分のような貴族達が集まっているのは、彼らの意見を聞く場を設けたからだ。
エルドの国家運営は勇者とその仲間達の独裁による政治だ。
貴族達の意見を聞かなくても運営はできる。
しかし、効率良く運営しようと思ったら、やはり貴族達の協力は有った方が良い。
彼らは氏族という組織のボスだ。
チユキ達だけでは手が足りない部分を補ってくれる。
そして、協力を要請する以上は彼らの意見を聞く必要がある。
既存の会議室でなく、球戯場に移すほど貴族の数が増えたのは、本来なら貴族とは呼べない弱小の氏族の長にも参加を促したからだ。
おかげでチユキは貴族の名を覚えるが大変だった。
今は特に名前を付けていない会議だが、いずれは貴族院か元老院と呼ばれるようになるだろう。
「どういう事ですかな? チユキ様? 新たに耕作地を増やさないというのは? 勇者様の力を使えば蜥蜴人等、おそるるに足りません」
貴族の大畑が言う。
大畑は60歳であり、元々は聖レナリア共和国の貴族だった。
チユキ達がエルド国を作った時に聖レナリアの貴族の当主の地位を息子に譲り、一族の一部を連れてこの国に来た。
大畑は氏族名であり、本当の名前は別にあるが、同氏族以外の者からはそう呼ばれている。
聖レナリア共和国では多くの耕作地を運営している事から、この氏族名がついた。
現在エルドの耕作地の開発はほぼ大畑が掌握している。なにしろ耕作に必要な牛は彼が供出してくれたものがほとんどだ。
ちなみに彼の配下には牛飼という綽名を持つ者が多かったりする。
「言ったとおりの意味です。大畑殿。現在食料は足りています、今は湿地を干拓して耕作地を増やす時ではありません。今は耕作地を拡大せず都市の整備に力を注ぐべきだと判断しました」
チユキは首を振って答える。
本当はいざという時に備えて耕作地を増やしたい。
だけど、これ以上湿地を干拓する事で水辺に生きる蜥蜴人等と争いたくはない。だから、これ以上の耕作地の拡大はしたくなかった。
しかし、それは理由にできない。
神王オーディスと戦女神レーナの信徒にとって魔物を倒し人間の世界を拡大する事は正義だ。
大畑は農業の女神ゲナの信徒だが、レーナもまた崇めている。
彼らからしたら蜥蜴人も魔物だ。魔物と戦いたくないから増やしませんとは言えない。
チユキがそう言うと大畑は不満そうな顔をする。
まあそれもそうだろう。レイジの力を持ってすれば蜥蜴人等は怖れるに足りない。そして、耕作地が増えれば利権も増える。
だから、大畑としては耕作地を増やしたいのである。
「大畑殿。賢者チユキ様の言葉です。今は都市の整備をおこない耕作地の開発は一旦中止すべき。私もそう思いますぞ」
同じ貴族の渡辺が大畑を窘める。
渡辺は河川の水運業で利益を得ている貴族であり、大畑と同じように渡辺も氏族名だ。
彼の先祖は元々河の渡し守をしていて、そこからこの氏族名で呼ばれるようになった。
大畑と違い、渡辺はこれ以上耕作地を増やしたくないのである。
彼の水運業は蜥蜴人等の水辺に生きる者達の報復を受けている。
渡辺の所有する船が突然進まなくなったり、積んでいる荷が理由もなく腐ったりして損害が出ているのだ。
チユキ達が出るにはあまりにも小さい嫌がらせなので、放置しているが、報復を受けている渡辺としてはたまったものではないだろう。
渡辺としてはこれ以上蜥蜴人を刺激したくないのが伺えた。
「大畑。チユキの判断は不満なのかい?」
レイジが大畑を睨む。
睨まれると大畑は黙るしかない。そもそも耕作地を拡大するにはレイジの武力が必要だ。
レイジはチユキの案を受けて入れてくれた。
レイジは何だかんだと言ってもチユキの意見を重視してくれる。
だから説得は容易だった。
「その通りですぞ、大畑殿。今は都市の整備をする時です。それまでは耕作地の開発は中止すべきでしょう」
貴族の林が発言をする。
建築資材の木材を扱っているので林という氏族名だ。
都市の整備を行えば彼に利益が出る。
当然耕作地の拡大を中止して、都市の整備を行う事に賛成するのも当然であった。
大畑は渡辺と林から説得されて黙るしかない。
「チユキ様。都市の整備を優先するのなら、私どもが役に立てるかと思います」
「小山殿」
一人の女性が発言する。
チユキが小山と呼んだ女性は正確には貴族ではない。
彼女はドワーフの婦人会の代表だ。
男性しかいないドワーフ族は違う種族の女性を妻にする。そして、その多くは人間である。
ドワーフは職人としては優れているが、政治には向かない。
そのため、妻で構成された婦人会がドワーフ社会の主導権を握る事が多い。つまり、ドワーフは結婚するとほぼ確実に尻に敷かれるのである。
今回も妻である小山が出席している。
ドワーフとその妻の綽名には山が付く事多く、大山や山辺と呼ばれる者もいる。
貴族ではないが、このエルドに住むドワーフ達の代表である彼女の出席に文句を言う者はいない。
ドワーフは金持ちであり、貴族の中には借金をしている者もいるだろう。
それに彼らの作る道具は高品質であり、ドワーフを敵にまわしたいと思うのは考えなしのトールズ信徒ぐらいである。
そして、敵にまわしたくないのはチユキ達も同じだ。
理由はもちろんドワーフ達と取引をしたいからだ。
人間で鉱山を所有している者はいない。
もし、通貨の発行をしようと思ったらドワーフ達から金銀等を輸入しなければならない。
紙幣等の貴金属以外の通貨を発行する事も可能だが、信用されなければ意味がなかったりする。
金本位制を取ろうにも、金の保有数が少ないのでその手は使えない。
魔力を帯びているチユキ達の血や髪なら、市場でも価値があるかもしれないが、出来ればその手は使いたくない。
また、他国の貨幣を潰して自国の通貨として発行するのも出来ればしたくない。
そのため、現在エルドは聖レナリア共和国が発行しているレナル貨幣を公式の通貨としている。
もちろん、いつかは脱却したいとチユキは思っている。
「ありがとうございます。小山殿。協力感謝します」
チユキは小山にお礼を言う。
その後も貴族達の発言は続く。
その発言はエルドの発展を考えてのものだ。もちろん、自身への利益誘導も忘れていない。
しかし、これは当然といえる。利益になるからこそ貴族達は協力してくれるのだ。
問題はその後だ。
エルドの発展と貴族の利益が一致している間は良いが、今後貴族の利権が既得権益となり国の発展を阻害することになる可能性もあるだろう。
それに、貴族とそれに属している者とそうでない者の格差がこれから広がる事になる可能性もある。
その辺りはチユキ達が考えなければならない。
ちらりとキョウカとカヤを見る。
キョウカは興味なさそうに貴族達を見ている。
レイジやチユキがいない時はキョウカがこの会議を主催する。
もっとも実際に動かしているのはカヤだ。
実は冷徹な判断が下せる分、カヤの方がチユキよりも為政者に向いているのだ。
会議は踊る。
チユキはそんな貴族達の意見を聞くのだった。
◆
「はあ~。疲れた~。少し休みたいわ」
夕方になり会議が終る。
エルドの宮殿へと続く通路で、チユキは背伸びをする。
「チユキ。少し頑張りすぎだ。もう少し肩の力を抜くべきだ」
隣を歩くレイジがチユキを労う。
確かに頑張りすぎであった。
そもそも、エルドを作ったのは楽をするためなので、苦労をしてしまったら意味がない。
「レイジ様の言う通りです。チユキ様。適当にエサをチラつかせて貴族を働かせた後、その利益の何割かを私達が享受すれば良いのです。チユキ様はエルドに住む全ての者達の事を考えすぎです」
カヤがしれっと怖い事を言う。
カヤにとっては仲間達の利益が第一で、エルドの貴族や市民は二の次だ。
エルドの発展を願うが、それは仲間達の利益のためと割り切っている。
「確かにその通りなのだけど、ついね……」
チユキがそう言うとレイジが苦笑して、カヤは困った顔をする。
(心配してくれる2人には悪いのだけど、ついやっちゃうのよね)
チユキは過去に無理をして困っている所をレイジに助けてもらったこと思い出す。
そんな事を考えていると、前を行くキョウカが突然立ち止まる。
「あれリノさんとナオさんが来ますわ。どうしたのかしら」
チユキもキョウカと同じ通路の先を見る。
確かにリノとナオであった。
いつも2人は出迎えたりしない。
だけど、今日はチユキ達を迎えに来ている。
「お疲れ様。みんな」
「お疲れっす」
リノとナオがチユキ達の前に来て労ってくれる。
「どうしたの、二人とも、いつもは出迎えてくれないのに?」
「それがねチユキさん。レイジさんを訪ねて珍しいお客さんが来たの」
「そう、だから呼びに来たっす」
リノとナオが首を縦に振る。
しかし、終っていたから良いもののチユキ達は会議中であった。
下手をするとレイジは会議中に抜け出さす事になっていただろう。
貴族との会議よりも重要なお客さんなのだろうかとチユキは思う。
「俺を訪ねて? 一体何者だい?」
「エルフだよ。レイジさん」
「そうっす。それも今まで見た事がないタイプのエルフっすね。今シロネさんが相手をしているっすが手に負えないみたいっすから呼びに来たっす」
2人は顔を見合わせてうんうんと頷く。
「エルフが俺に? 何だろうな一体?」
レイジは首を傾げる。
「エルフがレイジ君を? どうしたのかしら?」
チユキも首を傾げる。
今までエルフが訪ねてくる事はなかった。
厄介事かもしれないのでチユキ達は急いで宮殿へと戻るのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
9章に入ります。テス再登場。
また貴族の姓ですが、ちょっと説明します。
前にも書きましたが、この世界の名前は基本1つであり、○○の子○○と名乗るが普通だったりします。
例:ト〇ルズの子トルフ〇ン。
しかし、綽名で呼ばれる事も多く、それが代々続いて姓のようになる事もあります。
例:髪の色だと、金髪の○○とか黒髪の○○。実は黒髪の賢者も綽名だったりします。
職業でも呼ばれる事もあり鍛冶屋だとか粉引きに似たものもあります。
例:鍛冶屋の○○とか、粉引きの○○。
また、住んでいる所でも呼ばれる事もあり、例えば藪みたいな感じです。
そして、代々一族が川辺に住んでいたら川辺の氏族、川辺氏になってもおかしくなく、渡し守の一族が渡辺と呼ばれる事もあるでしょう。
だから、大畑の姓はおかしくないのです……。
……やっぱり修正した方が良いですか?(*ノωノ)
この辺りは批判も多かったので……。
名前ネタはあんまりやらない方が良いのか悩みましたが、ほぼなろうバージョンからそのままです。
この世界の言語で大きな畑を持つ者は何と呼ぶのかとを考えれば良いのですが、その労力が大変だったりします。人工言語を作るのは難しいのですよ(/ω\)
トールキン先生は本当にすごいです。
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