暗黒騎士物語

根崎タケル

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第8章 幽幻の死都

第18話 死都騒乱

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 クロキは飛び上がると、女天使を襲う吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトの剣を弾く。

「暗黒騎士!?」

 女天使から驚きの声が出る。

「少し時間を稼ぐよ。この間に逃げて」

 そう言ってクロキは幽鬼の騎士スペクターナイトに黒炎を浴びせる。
 これで、他の天使も逃げ出せるだろう。

「馬鹿な!? 卑劣で、外道の暗黒騎士が私達を助けるなんて!」

 女天使から外道呼ばわりされる。

「何故だ!? ゲロ以下の糞野郎のはずなのに?」
「理由はわからんが、アルフォス様の言葉に間違いはない。どう言う事だ? 足が臭くて、尻が汚いブサイク野郎が助けてくれる? なぜだ?」
「きっと、ゲロ豚野郎には卑劣な思惑があるはずだ! しかし、今は逃げるぞ!」

 悪口を言いながら、天使達が去って行く。
 どうやら、エリオスの神アルフォスがクロキの悪口を広めているようであった。

(何だろう、折角助けたのになにか納得がいかない……。アルフォスはどんな自分の悪口を広めているんだ!? 気になる! でも、今はそれどころじゃない!)

 クロキは心の中で、アルフォスを罵るが、今は目の前に集中すべきである。
 吸血鬼騎士ヴァンパイアナイト幽鬼の騎士スペクターナイトもクロキの敵ではない。
 どれだけの数が来ても勝てる。
 その中にはブリュンド王国に来ていた白い吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトもいる。その白い吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトは他に比べればやるみたいだけど、クロキには敵わないだろう。

「下がりなよ、君達。暗黒騎士よ。この僕が相手をしてあげよう」

 その声と共に下から見た目だけは金髪碧眼の美少年が浮かび上がってくる。
 過去にブリュンド王国を襲撃して来た奴であった。
 紅玉の公子ザシャ。
 美少年に化けているが、その正体は巨大な吸血ヒルである。
 特に強くはなく、火が弱点なので、クロキなら簡単に倒す事ができるはずであった。
 ザシャは格好良く、マントをなびかせる。

「ザシャ公子様! 危険です! その暗黒騎士は黒い炎を使いました! おそらく、あの暗黒騎士です!」

 白い吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトが叫ぶとザシャは「エッ!?」と驚く。

「えっ!? そうなのかジュシオ卿? それなら……」

 そう言ってザシャは去ろうとする。

「さすがですわ! ザシャ! まさか先鋒を買って出るなんて!」

 真紅の衣装を纏った女性が空を飛んで来る。
 鮮血の姫ザファラーダである。
 死の御子で最強と呼ばれている。
 正体は巨大な吸血蝙蝠で、吸血鬼達が信仰する神でもある。

「エッ? あの……。姉上」

 ザシャは戸惑った口調で言う。

「拙僧は見直したよ。ザシャ君。さあ存分に戦いたまえ」

 黒い雲に乗った巨大な一つ目の法衣の者がやってくる。
 雲は蝿が集合したものだ、嫌な臭いを周囲に撒き散らしている。
 おそらくあれが、蛆蠅の法主ザルビュートなのだろう。
 強力な死霊魔術と符術の使い手とクロキは聞いている。
 ザシャに比べれば強敵だろう。
 両者はクロキとザシャを見守っている。
 余裕の表情だ。
 それも、そのはずだ。このモードガルは死の眷属にとって有利な場所であり、この地で戦う事はクロキにとって不利である。
 周囲には死の眷属達が増えている。時間は味方してくれない。
 天使達が逃げ切る時間を稼いだらクロキも脱出しなければならなかった。

「そんな! 兄上まで! くそ! こうなったら、魔血霧イビルブラッドミスト!」

 覚悟を決めた、ザシャは口から真っ赤な霧が吹き出す。

「そんなものが効くか!」

 黒い炎で霧を消すと、クロキはザシャへと向かう。
 そして、魔剣を上段から振り下す。

「うわあああ!」

 ザシャは逃げるが、クロキの方が速い。

「何?」

 クロキがザシャを斬ろうとした瞬間だった。
 複数の符がザシャとの間に現れる。魔剣はその符ごとザシャを斬り裂くが、少し浅くなる。
 そして、クロキは身を反らしてザファラーダの放った衝撃波を躱す。

「ぐわああああ!」

 斬られたザシャが落ちていく。
 だけど、クロキはザシャの事を気に掛ける余裕はない。
 新たに現れた2名をなんとかしないといけなかった。
 ザファラーダとザルビュート。
 クロキは名前が似ているので間違えそうになる。

「拙僧の呪符ごと斬り捨てるとは……。さすがに強い。ならばこれならどうかのう! 不動金縛!」

 ザルビュートが叫ぶと、いつの間にかクロキを取り囲んでいた呪符が輝く。
 呪符から電撃が放たれ、クロキの動きを拘束する。
 おそらく、クロキとザシャが会話をしている時にザシャの周囲に配置していたのだろう。
 そして、ザシャを囮にして、その中にクロキを飛びこませた。

(中々抜け目ない奴……)

 クロキは歯ぎしりする。

「良くやったわ、ザルビュート! 今よ! 行きなさい!」

 ザファラーダの叫びと共に数十名の吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトが、剣をかかげ突っ込んで来る。
 だけど、これぐらいの呪符ではクロキの動きを止める事はできない。
 そもそも、呪符とは、付与魔法に近い、あらかじめ魔術文字を特殊な紙に書いて、簡単に魔法を発動させる。
 詠唱や、魔力の溜めが必要無いので、普通に魔法を使うよりも、素早く発動できるが、決して強力というわけではない。

「この程度なら打ち破れる! はあっ!」

 クロキは力づくで、魔法を撃ち破ると、向かって来た数名の吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトを斬り裂くと、返す剣でザファラーダの魔法を撃ち返す。

「きゃああああ!」
「姫様!」

 打ち返した魔法を躱し切れず、ザファラーダは左腕を吹き飛ばされ下に落ちる。
 しかし、ザファラーダは下に落ちる寸前で、白い吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトに受け止められる。
 ザファラーダの魔法はかなり強力な魔法だったのか、その後ろにいた幽鬼の騎士スペクターナイト数体を瞬時に消滅させる。

(へえ、あの白い吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトの動きは良いな)

 クロキは瞬時に主を受け止めた白い吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトを心の中で褒める。

「馬鹿な……。これ程とは……」

 ザルビュートが呻く。
 その体には吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトが持っていた剣が刺さっている。
 クロキは吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトの腕を斬った時に、その持っていた剣をザルビュートに当たるように飛ばしたのである。
 剣は深々と腹を貫いているが死ぬ様子はない。法衣の中はどうなっているのかクロキは少し気になる

「グウウウウ! よくも私を! くそっ! くそっ!」

 左腕を失ったザファラーダは憎々しげにクロキを見る。
 斬られて灰になった吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトも見ていない。
 ザファラーダは自身の配下である吸血鬼騎士ヴァンパイアナイトと一緒にクロキを殺そうとした。
 しかし、うまくいかなかった。
 そして、反撃にあい左腕を失った。
 そのことにかなり怒っている。
 そこには淑女の顔はない。
 口は裂け長い牙、顔にある目も七つに増え、背中からは巨大な蝙蝠の羽を生やす。
 ザファラーダはその本性を現す。
 しかし、傷ついたザファラーダはクロキには来ない。睨むだけだ。
 それはザルビュートも同じである。
 睨み合いが続き、時間が経過する。

(さて、そろそろ、撤退した方が良いだろうな……。クーナに連絡をしないと)

 クロキはそう思い、後ろに下がろうとした時だった。
 強力な敵意を感じる。
 敵感知は危険察知能力と似ている。
 強敵であればあるほど、その者から感じる敵意も大きく感じるのだ。
 クロキは敵意を感じた方向を見ると、そこには何者かが飛んでいる。
 青ざめた毛のない肌、蝙蝠の上半身に下半身は蜘蛛。
 腹だった箇所には巨大な口。
 顔には十二の赤い目がクロキを見ている。

「まさか、お前が来ているとはな、暗黒騎士」
「ザルキシス……」

 新たに現れたのは死神ザルキシスであった。
 クロキの背中から冷や汗が流れる。
 前に会った時、クロキはここまでザルキシスを危険には思わなかった。
 クロキは道化やヘルカートの言葉を思い出す。
 この地で力を取り戻したザルキシスと戦うのは危険だと。
 クロキは逃げるべきだと思ったが、背中を見せるのはもっと危険なように感じられた。
 ザルキシスは右手に持つ捻じ曲がった剣を振るう。
 距離が離れているにもかかわらず、捻じ曲がった剣は鞭のように伸びてクロキに迫る。
 その剣をクロキは魔剣で受ける。

「重いっ!」

 クロキは思わず声を出す。
 鞭のような剣なのに、クロキは鈍器を受けたような気がして、少しだけ体をよろめかせる。

「ほう、受けるか暗黒騎士よ。だがな、このモードガルでこのザルキシスに勝てると思っておるのか。既に貴様の力は落ちているというのに」
「なっ!?」

 クロキは言われて気付く。
 先程から寒気を感じ、動きが鈍くなっている。

(いつからだろう? おそらくザシャと対峙した時か?)

 クロキは以前にザルキシスと対峙した時も、闇の上位精霊エクリプスと対峙した時もこんな事はなかった事を思い出す。

「お願いだ! 竜達よ! 力を貸してくれ!」

 クロキはまずいと思い、竜の力を活性化させる。
 クロキの体に熱が戻ってくる。しかし、思った以上に竜達の動きが鈍い。
 ザルキシスにこれほどの力があるとは思えない。
 死の都モードガルがザルキシスに力を与えているのだ。
 闇の精霊を呼ぼうにも、この地では呼び声に応えてはくれないだろう。
 状況は圧倒的に不利であった。

「何をしようとしているのかは知らぬが、無駄だ、暗黒騎士。良く耳をすませ。聞こえるだろう。このモードガルに充満する怨念の声が」

 ザルキシスの言う通りクロキは耳をすます。
 すると寒気がするような声が聞こえて来る。

「……憎い……憎い。……あの女が憎い。……あの女の子が憎い。……滅ぼしてやる。……全てを滅ぼしてやる」

 それはとても小さい声だ。
 だけど暗く、激しく、魂すら凍らせるぐらいクロキは怖ろしく感じた。

「なにこれ……? すっごく怖いんですけど!?」

 それは一度聞いてしまうと、直接脳裏に、そして魂に語りかけてきそうな声だった。

「どうだ、暗黒騎士よ! 偉大なる母の力を受けた気分は! この都には母の怨念が封じられている! それを解放して貴様に使ったのだ! あのモデスとて、この地で戦えば負けるだろう!」

 ザルキシスは嘲笑する。
 クロキは自身の体に黒い影が纏わりついている事に気付く。
 その影は形がないのに重く、クロキの体にのしかかる。
 クロキの体の中にいる竜達が悲痛な咆哮をあげる。

「……憎い。……憎い。……夫を奪ったあの女が憎い。……ちょっと綺麗だからって見下しやがって……。キイイイイイイイイイイイイイ!!」
「うう、何だよ……。まじで怖い、本当に怖い」

 クロキは耳を塞ぐが、どうしても聞こえてくる。
 鬼女の声がクロキの脳裏から離れない。
 これでは竜達が縮んでも仕方がない事であった。

「さあ、死ぬが良い! 暗黒騎士! 罪の剣を受けよ!」

 ザルキシスは捻じ曲がった剣を振るう。
 剣は鞭のように伸びて、クロキを襲って来る。

「くっ!」

 クロキは魔剣で受ける。
 先程よりも重い。
 しかし、実際はクロキの力が落ちているのだ。
 ザルキシスは何度も剣を振るう。その剣をクロキなんとか魔剣で防いでいく。
 空中にいたら的になるだけなので、下に降りて身を低くし罪の剣を防ぐ。

「ほう! そう来るか! ならばこれならどうだ! 真霊腐瘡蒼閃!」

 ザルキシスの腹の口が大きく開くと、暗く青い光線がクロキに向かう。
 クロキが避けようとした時だった。
 なにかに足を掴まれ動けなくなる。
 モードガルは骨でできた都市だ。その通りから骨の手が突き出てクロキの足を掴んでいる。

「くっ! なんの!」

 黒い炎と魔剣を前に出し、青い光を防ぐ。
 しかし、防ぎきれず青い光が漆黒の鎧を焼く。
 周囲を見ると通りの骨が腐り溶けている。
 何とか防いだが、体から力が抜けて行く感じがする。

「ほう! このザルキシスの最大の攻撃を防ぐか! やはり、母の力を使わせてもらおう! 偉大なる闇の大母よ! 死の影となりて、その怨念を解き放て!」

 ザルキシスが叫んだ時だった。
 クロキに纏わりついていた影が鎧の隙間から入って来る。

(まずい! まずい! まずい! ナルゴルの力がここまで強大だとは思わなかった!)

 クロキは心の中で叫ぶ。
 クロキは竜の力を最大まで活性化させようとするが、その竜達も委縮しはじめている。
 ナルゴルの凍てつく力がクロキの魂と肉体の両方を攻め、激しい痛みが全身を駆け巡る。

「ああああああああ! 負けるか!」

 クロキは歯を食いしばり、竜の力を使い。死の影に抵抗する。
 しかし、死の影の縛りは強烈でクロキは蹲る。

「ほう耐えるか? だが、これで終わ……。ん?」

 ザルキシスが突然疑問の声を上げる。
 その驚く声を聞いて、クロキは顔を上げる。
 すると目の前には別行動をしていた道化が立っていた。
 道化の手には蒼い宝珠。宝珠は蒼黒い光を漂わせている。

「うふふふふ。旦那様が注意を反らしてくれたおかげで、うまくいっちゃったよ~」

 道化は楽しげに笑う。
 すると、クロキに纏わりついていた黒い影が宝珠に吸われていく。
 おかげでクロキは少しだけ体が軽くなる。
 そして、いつの間にかナルゴルの声は聞こえなくなっていた。

「なんだ?! お前は?! どうして冥魂の宝珠ソウルオーブを持っている!? 返せ!?」

 ザルキシスの戸惑う声を出し、剣を振るう。
 しかし、その剣は突然現れた光の壁によって阻まれる。
 光の壁はクーナの作る魔法の盾に間違いなかった。
 その魔法の盾はザルキシスの周囲に覆うように現れ、動きを制している。

「あはははははは。油断だったね~。きゃはははははは。さあさ! みんなあ~! 出ておいで! 謝肉祭カーニバルの続きだよお~!」

 道化は笑いながら空を飛ぶ。
 すると通りに色鮮やかな衣装を着た者達が無数に出て来る。
 通りや空中には踊り子達が舞。道化師達がトランポリンのように跳ね。音楽家達が弦楽器や笛を奏でている。
 とても楽しいお祭りのようだ。
 全員の顔が骸骨で無ければ混ざりたいと思うかもしれない。
 周囲に突然、大量の道化が集まったので、ザルキシスは驚いている。

「クロキ!!」

 耳元で声がする。振り向くとすぐ側にクーナがいる。

「クーナ……。ごめん……。相手を甘く見すぎた」
「全くだぞ……、クロキ。クロキがいなければクーナは生きていけない。だから、無理をしないで欲しい。ティベル! 逃げるぞ!」
「はい~。全力で気配を消しますう~。今はあの道化に目が奪われているので、今なら逃げられます~」

 ティベルの言う通り。
 ザルキシス達は道化に気を取られている。
 今なら逃げられそうであった。

「お願いするよ……。クーナ……。どうやら、ちょっと動けないみたいだ……」
「わかったぞ! クロキ! 幽世と現世の狭間を飛ぶ夢幻の蝶よ! クーナ達を彼方へと運べ!」

 クーナがそういうと青く光る蝶がクロキ達の周囲を舞い始める。

「さあさ! みんな!
 踊れや! 踊れ!
 今宵のモードガルを花で満たそう!
 ネズミが踊れば! 骸骨も踊る!
 カーニバルの始まりだ~!」

 道化の歌声を聞きながら、クロキ達はモードガルを後にするのだった。


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