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第8章 幽幻の死都
第9話 花嫁選び2
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蝋燭の灯りが半分消えたブリュンドの王城。
王子クーリは招かれざる客である吸血鬼達を見る。
吸血鬼を率いているのは紅玉の公子ザシャ。
死の大地ワルキアを治める亡者の君主の娘である鮮血姫ザファラーダを補佐する者である。
ワルキアを支配する吸血鬼達はワルキアの外に滅多に出る事はない。
しかし、紅玉の公子ザシャの名は有名であった。
ザシャはワルキアに近いチューエン諸国を何度も襲撃しているからである。
クーリはザシャと会うのは初めてだが、その名は知っていた。
「僕の名はザシャ。さて、僕にふさわしい子はいるかな?」
ザシャがクーリの方を見る。
もちろん、見ているのはクーリではない。
その側にいる女の子達を見ているのだ。
クーリはその視線から彼女達を守るように前に出る。
「ふふふ、中々良い娘が揃っているじゃないか、半分は父に捧げなければならないが、残りは僕がもらおう。さて誰が良いかな」
ザシャは娘達を品定めしようとする。
ザシャに視線を向けられると、マローナは小さく悲鳴を上げるとクーリの後ろに隠れる。
「待て、吸血鬼共め! この国で勝手な事が出来ると思うな! 皆の者! 武器を取れ! 吸血鬼を倒すのだ!」
そんな中でクーリの父であるこの国の王グンデルはザシャに剣を向け、その進行方向を遮るように前に立つ。
それに呼応してブリュンドの騎士と兵士達も武器を取る。
「ふん、無粋な奴らだ。高貴なる死の御子である僕に歯向かうとは愚かな奴らだな。所詮は下等な人間か。誰かあの者達を何とかしろ」
ザシャは不機嫌そうにグンデル達を見る。
自身の邪魔をされた事が不機嫌なようであった。
「それならば私目が相手をいたしましょう」
ザシャが命令すると後ろから一名の吸血鬼が前に出てくる。
病的な青白い肌に茶色の髪をした吸血鬼である。
「キュルテン? 子どもばかりを狙うという、デュッセルの貴族か? 」
そう言ったのはモンドである。
モンドは前に出た吸血鬼を知っているようであった。
「おや、私の事を知っているようですね。その通り、私がキュルテンです。さあ、お退きなさい。公子様の邪魔をするのなら許しませんよ」
キュルテンと名乗った吸血鬼は前に出てくる。
キュルテンはワルキアにあるデュッセル村を支配する貴族である。
ワルキアに近いチューエンの地を訪れては子どもを攫う事でアンデッドハンター達の間で有名であった。
「ふん! させるか! 兵士達よ! やれ!」
グンデルの掛け声で兵士達がキュルテンに槍を突き出す。
4本の槍はキュルテンの体を貫く。
周囲から「おお」と声が漏れる。
「ふふ、残念ですが。虫けら風情の槍は効きませんよ」
しかし、槍で貫かれているにもかかわらず、キュルテンが倒れる様子はない。
「なっ!? 槍が!?」
兵士の一人が驚きの声を出す。
キュルテンを刺している槍の先が溶けてなくなっている。
「さあ、どきなさい! アシッドスプラッシュ!」
「ぎゃああ!」
キュルテンが手から何かが飛び出し、兵士達に当たる。
すると、兵士達が苦しみだす。
キュルテンは魔法で酸の飛沫を出し、兵士達の顔に浴びせたのだ。
酸を浴びせられた兵士達は苦しみで床を転がる。
「安心しなさい。殺しはしません。そうですよね、公子様」
「その通りだ。キュルテン卿。僕は守るべき者を守れず、無力感で打ちひしがれる様子を見るのが好きなんだ」
ザシャとキュルテンは笑う。
「今治癒をしますぞ!」
苦しむ兵士達を残った兵士達が後ろに下げると治癒魔法を使えるフルティンが兵士達に駆け寄る。
「さて、次は誰が相手ですか?」
「ならば、私が相手をしてやろう。他の者は下がってくれ」
モンドが前に出る。
「モンド殿。俺も戦うぜ」
「いや、マルダス殿。相手は吸血鬼だ。下がっていてくれ」
マルダスが加勢をしようとするとモンドは首を振る。
「ふん、何者か知りませんが。同じことですよ」
「それはどうかな」
モンド素早く、外套から小剣を繰り出す。
小剣は槍と同じようにキュルテンに突き刺さる。
「何度やっても同じことです。我ら貴族に普通の武器は効きません」
「ああ、そうだろうな。そんな事は知っているよ」
「何!?」
キュルテンは自身の胸に突き刺さっている小剣を見る。
小剣が刺さっている所から煙が上がっている。
「何!? これは!? まさか、銀の武器!」
キュルテンは右手で小剣を引き抜こうとするが、その右手からも煙が上がる。
銀は瘴気を打ち消す能力があり、瘴気を活力にするアンデッドにとって猛毒である。
それは死の貴族である吸血鬼であっても変わらない。
銀の小剣で貫かれたキュルテンはもがき苦しむ。
「ドワーフ製の銀で作った小剣だ。貴様達にとっては猛毒だろうよ」
モンドは淡々と答える。
本来銀は武器に向かない金属である。
しかし、特殊な製法により、青銅や鉄のように武器できる程の強度を持たせる事ができる。
アンデッドハンター達にとって銀の武器を持つことは当たり前であった。
「おのれえええええ!」
キュルテンは何とか銀の小剣を引き抜くと、吠える。
目は白い部分まで赤く染まり、口の中の犬歯をむき出しにする。
それまであった嘲りの表情は完全に消えている。
魔法を使えず、特に対処法を知っていない普通の人間であれば何人であろうと吸血鬼の敵ではない。
キュルテンが警戒していたのはオーディスの司祭フルティンだけであった。
「少し舐めてかかりすぎだ。貴様らと戦う方法はいくらでもある」
「下等な虫けらがあああ! 貴様は例外だ殺す! 溶けて死ね! アシッドスプラッシュ!」
「おっと」
キュルテンの手から再び魔法の酸が放たれ、モンドを襲う。
モンドは自身の黒い外套でアシッドスプラッシュを受け止める。
「ふん! そんな外套で受け止められるものか……。何!?」
キュルテンは驚きの声を出す。
キュルテンのアシッドスプラッシュは本気になれば鉄をも簡単に溶かす。
先程の兵士に使ったものと違い、何倍もの濃度がある。
モンドの体は外套ごと溶かす事ができるはずであった。
しかし、外套は傷つかずアシッドスプラッシュを弾く。
特殊な素材で作られた外套は酸を弾くように作られている。
「残念だが、吸血鬼の魔法は調査済みだ! 喰らえ!」
モンドは外套を広げると、2本の小剣を投げる。
小剣はキュルテンに突き刺さる。
身体能力の高い吸血鬼ならば、簡単に避けられただろう。
しかし、最初に受けた小剣の傷により、動きが鈍っていたキュルテンは避ける事が出来なかった。
「があああああ!」
キュルテンは膝を付く。
「さすがにこれだけの銀の刃を受ければ、貴族といえどもただではすむまい」
「くそが、殺してやる! 出てこい悪霊ども!」
キュルテンが叫ぶと紫の靄がその体から出ている。
靄は不気味な音を出し、周囲に広がる。
その靄の中には人のような顔を浮かんでいる。
「まずい! 全員耳を塞げ!」
モンドは慌てて声を出す。
「遅い! 悪霊達よ群体となりて、死の雄叫びを……」
しかし、キュルテンは最後まで言う事は出来なかった。
キュルテンの後ろから何かが飛んできて、その首を落としたのだ。
呼び出した者の魔力が消えた事で悪霊達は消える。
「こ、公子様……」
キュルテンの首は床で転がり、後ろにいたザシャを見る。
「全く何をやっているんだい、キュルテン卿。後ろの女の子まで殺しちゃったら意味がないだろう。君はもう用済みだよ」
「ふえ?」
キュルテンが間抜けな声を出した時だった。
ザシャの身に着けている黒いマントが大きく広がると、その中から何かが出てくる。
出てきたのは通常よりも一回り大きい蝙蝠である。
ヴァンパイアバットと呼ばれる魔物である。
ヴァンパイアバットはキュルテンの体に群がるとその肉体を喰い始める。
キュルテンは悲鳴を上げるが、その声は徐々に小さくなり完全に消える。
「いや、すまないね。君達に危害を加えるつもりはないんだ。だから、安心して欲しい」
ザシャは笑いながら前に出てくる。
「フルティン殿。ここからが本番だ。死の公子を倒さなければ、我々は終わりだ」
いくつ持っているのだろうか?
モンドは外套から新しい小剣を取り出し構える。
「わかっていますぞ。モンド殿」
「どこまで、やれるかわからねえが、俺も手伝うぜ」
フルティンとマルダスも武器を取り構える。
今度はモンドも止めない。
それだけ、目の前の少年が強敵なのである。
「仕方がない。今度は僕が相手をしてあげるよ。その方が早そうだからね。行け蝙蝠達よ」
ザシャが号令を出すとキュルテンを喰っていたヴァンパイアバット達が飛びあがる。
「させませんぞ! 陽光よ!」
フルティンは陽光の魔法を唱える。
耐性を持たないヴァンパイアバット達は光を浴びて消滅してしまう。
「はあ、全く面倒だな。シェイドよ! 出てこい!」
ヴァンパイアバットを消滅させられたザシャは闇の下位精霊シェイドを呼び出し、フルティンにぶつける。
「くっ! 陽光の衣よ!」
フルティンは光の魔法でシェイドを押しのけようとする。
しかし、うまくいかずフルティンはシェイドに纏わりつかれ膝を付く。
シェイドは肉体を傷つける事はないが、精神を喰らう。
何とか押しのけたが、フルティンは立ち上がる事はできない。
「おのれ! よくも、フルティン殿を! 全員かかれ!」
グンデルが号令をかけるとマルダスを含む騎士と兵士達が一斉にザシャに向かう。
「動くな! 虫けら共!」
ザシャの瞳が赤く光るとグンデル達の動きが止まる。
麻痺の視線。
ザシャの魔法の視線によりグンデル達は動けなくなり、膝を付く。
「ぐっ!」
それはクーリも同じであった。
剣を杖替わりにして何とか倒れないようにする。
「クーリお兄様。どうしたのですか?」
側にいたマローナがクーリの体を支える。
クーリが周囲を見ると側にいる姫君は平気そうだ。
どうやら、男のみを選んで麻痺させたようである。
「さて、これで邪魔をする者は君だけかな。倒れたふりをしても無駄だよ」
「気付かれた……」
魔法にかかったふりをしていたモンドは立ち上がる。
モンドは隙を見て攻撃するつもりだったのだ。
モンドは両手に銀の小剣を構える。
「どうやって、防いだのかわからないけど、所詮は下等な存在。君には見せしめに苦しんでもらう事にするよ」
「光の護符よ!」
モンドは外套をひるがえして、手からカードのような物を複数投げる。
カードは白く光輝き、ザシャに向かう。
「無駄だよ。血の刃よ」
ザシャは左手を掲げるとその掌にある口から血を噴き出す。
血は高速で飛び、カードを全て一瞬で切り裂くと、そのままモンドの両足を切り裂く。
「ぐううううう!」
両足を切り裂かれたモンドは倒れる。
かろうじて切り落とされなかったが、かなりの深手であった。
「なかなか、面白いものを持っているみたいじゃないか? 何かの魔法の道具で僕の魔法を防いだのかな? まあ良いか、でもこれで終わりだ。少し痛い目を見てもらおうかな」
ザシャがそう言うとモンドの体が浮かび上がり、左右に飛ばされてそのたびに壁にぶつかる。
そのたびにモンドは呻き声を上げる。
そして、最後に床に叩きつけられる。
モンドはそれを最後に動かなかくなる。
それを見た姫達は悲鳴を上げる。
「さて、これで遮る者は誰もいない。さて、僕の花嫁にふさわしい子はいるかな」
ザシャは笑うとクーリの側にいる女の子達を嘗め回すように見る。
「お兄様……」
「逃げるんだ。マローナ……」
クーリはマローナに逃げるように促す。
しかし、それは難しい事であった。
「ふふ、君がこの中で一番だね。僕の花嫁にしてあげよう。嬉しいだろう?」
ザシャは近づく、クーリをどけるとマローナを引き寄せる。
マローナは震えて逃げようとするが、体が動かない。
「怖がることはないよ。いっぱい気持ちよくしてあげるからね」
ザシャは長い舌でマローナの顔を一舐めする。
「ひいいいい!」
マローナは悲鳴を上げる。
「く、くう。マローナから離れろ……」
クーリは何とか体を動かそうとするが、どうにもならない。
マローナが餌食になるのを見ているしかできなかった。
「呼ばれたから、来てみれば、中々面白い状況のようだな」
突然広間の入り口から声がする。
クーリは首を何とか動かして、声の主を見る。
そして、息をのむ。
そこにはとてつもなく美しい少女が立っていた。
白銀の髪に雪のように白い肌。
胸は大きく、腰は細い。
その美少女は驚くザシャの配下である吸血鬼達の間を通り抜けて、広間の中央へと歩く。
「きゃあ!」
突然マローナが悲鳴を上げる。
クーリが首を向けるとマローナが床に座っている。
ザシャが手を離した事で、そのまま、尻餅を付いたようであった。
そのザシャはもはやマローナを見ていない。
急に現れた美少女に釘付けになっている。
それは、意識を失っていない広間にいる全員も同じであった。
「さて、この国の王子クーリと言う奴は、どいつだ。呼ばれたから来てやったぞ」
美少女はそう言って広間を見渡すのだった。
王子クーリは招かれざる客である吸血鬼達を見る。
吸血鬼を率いているのは紅玉の公子ザシャ。
死の大地ワルキアを治める亡者の君主の娘である鮮血姫ザファラーダを補佐する者である。
ワルキアを支配する吸血鬼達はワルキアの外に滅多に出る事はない。
しかし、紅玉の公子ザシャの名は有名であった。
ザシャはワルキアに近いチューエン諸国を何度も襲撃しているからである。
クーリはザシャと会うのは初めてだが、その名は知っていた。
「僕の名はザシャ。さて、僕にふさわしい子はいるかな?」
ザシャがクーリの方を見る。
もちろん、見ているのはクーリではない。
その側にいる女の子達を見ているのだ。
クーリはその視線から彼女達を守るように前に出る。
「ふふふ、中々良い娘が揃っているじゃないか、半分は父に捧げなければならないが、残りは僕がもらおう。さて誰が良いかな」
ザシャは娘達を品定めしようとする。
ザシャに視線を向けられると、マローナは小さく悲鳴を上げるとクーリの後ろに隠れる。
「待て、吸血鬼共め! この国で勝手な事が出来ると思うな! 皆の者! 武器を取れ! 吸血鬼を倒すのだ!」
そんな中でクーリの父であるこの国の王グンデルはザシャに剣を向け、その進行方向を遮るように前に立つ。
それに呼応してブリュンドの騎士と兵士達も武器を取る。
「ふん、無粋な奴らだ。高貴なる死の御子である僕に歯向かうとは愚かな奴らだな。所詮は下等な人間か。誰かあの者達を何とかしろ」
ザシャは不機嫌そうにグンデル達を見る。
自身の邪魔をされた事が不機嫌なようであった。
「それならば私目が相手をいたしましょう」
ザシャが命令すると後ろから一名の吸血鬼が前に出てくる。
病的な青白い肌に茶色の髪をした吸血鬼である。
「キュルテン? 子どもばかりを狙うという、デュッセルの貴族か? 」
そう言ったのはモンドである。
モンドは前に出た吸血鬼を知っているようであった。
「おや、私の事を知っているようですね。その通り、私がキュルテンです。さあ、お退きなさい。公子様の邪魔をするのなら許しませんよ」
キュルテンと名乗った吸血鬼は前に出てくる。
キュルテンはワルキアにあるデュッセル村を支配する貴族である。
ワルキアに近いチューエンの地を訪れては子どもを攫う事でアンデッドハンター達の間で有名であった。
「ふん! させるか! 兵士達よ! やれ!」
グンデルの掛け声で兵士達がキュルテンに槍を突き出す。
4本の槍はキュルテンの体を貫く。
周囲から「おお」と声が漏れる。
「ふふ、残念ですが。虫けら風情の槍は効きませんよ」
しかし、槍で貫かれているにもかかわらず、キュルテンが倒れる様子はない。
「なっ!? 槍が!?」
兵士の一人が驚きの声を出す。
キュルテンを刺している槍の先が溶けてなくなっている。
「さあ、どきなさい! アシッドスプラッシュ!」
「ぎゃああ!」
キュルテンが手から何かが飛び出し、兵士達に当たる。
すると、兵士達が苦しみだす。
キュルテンは魔法で酸の飛沫を出し、兵士達の顔に浴びせたのだ。
酸を浴びせられた兵士達は苦しみで床を転がる。
「安心しなさい。殺しはしません。そうですよね、公子様」
「その通りだ。キュルテン卿。僕は守るべき者を守れず、無力感で打ちひしがれる様子を見るのが好きなんだ」
ザシャとキュルテンは笑う。
「今治癒をしますぞ!」
苦しむ兵士達を残った兵士達が後ろに下げると治癒魔法を使えるフルティンが兵士達に駆け寄る。
「さて、次は誰が相手ですか?」
「ならば、私が相手をしてやろう。他の者は下がってくれ」
モンドが前に出る。
「モンド殿。俺も戦うぜ」
「いや、マルダス殿。相手は吸血鬼だ。下がっていてくれ」
マルダスが加勢をしようとするとモンドは首を振る。
「ふん、何者か知りませんが。同じことですよ」
「それはどうかな」
モンド素早く、外套から小剣を繰り出す。
小剣は槍と同じようにキュルテンに突き刺さる。
「何度やっても同じことです。我ら貴族に普通の武器は効きません」
「ああ、そうだろうな。そんな事は知っているよ」
「何!?」
キュルテンは自身の胸に突き刺さっている小剣を見る。
小剣が刺さっている所から煙が上がっている。
「何!? これは!? まさか、銀の武器!」
キュルテンは右手で小剣を引き抜こうとするが、その右手からも煙が上がる。
銀は瘴気を打ち消す能力があり、瘴気を活力にするアンデッドにとって猛毒である。
それは死の貴族である吸血鬼であっても変わらない。
銀の小剣で貫かれたキュルテンはもがき苦しむ。
「ドワーフ製の銀で作った小剣だ。貴様達にとっては猛毒だろうよ」
モンドは淡々と答える。
本来銀は武器に向かない金属である。
しかし、特殊な製法により、青銅や鉄のように武器できる程の強度を持たせる事ができる。
アンデッドハンター達にとって銀の武器を持つことは当たり前であった。
「おのれえええええ!」
キュルテンは何とか銀の小剣を引き抜くと、吠える。
目は白い部分まで赤く染まり、口の中の犬歯をむき出しにする。
それまであった嘲りの表情は完全に消えている。
魔法を使えず、特に対処法を知っていない普通の人間であれば何人であろうと吸血鬼の敵ではない。
キュルテンが警戒していたのはオーディスの司祭フルティンだけであった。
「少し舐めてかかりすぎだ。貴様らと戦う方法はいくらでもある」
「下等な虫けらがあああ! 貴様は例外だ殺す! 溶けて死ね! アシッドスプラッシュ!」
「おっと」
キュルテンの手から再び魔法の酸が放たれ、モンドを襲う。
モンドは自身の黒い外套でアシッドスプラッシュを受け止める。
「ふん! そんな外套で受け止められるものか……。何!?」
キュルテンは驚きの声を出す。
キュルテンのアシッドスプラッシュは本気になれば鉄をも簡単に溶かす。
先程の兵士に使ったものと違い、何倍もの濃度がある。
モンドの体は外套ごと溶かす事ができるはずであった。
しかし、外套は傷つかずアシッドスプラッシュを弾く。
特殊な素材で作られた外套は酸を弾くように作られている。
「残念だが、吸血鬼の魔法は調査済みだ! 喰らえ!」
モンドは外套を広げると、2本の小剣を投げる。
小剣はキュルテンに突き刺さる。
身体能力の高い吸血鬼ならば、簡単に避けられただろう。
しかし、最初に受けた小剣の傷により、動きが鈍っていたキュルテンは避ける事が出来なかった。
「があああああ!」
キュルテンは膝を付く。
「さすがにこれだけの銀の刃を受ければ、貴族といえどもただではすむまい」
「くそが、殺してやる! 出てこい悪霊ども!」
キュルテンが叫ぶと紫の靄がその体から出ている。
靄は不気味な音を出し、周囲に広がる。
その靄の中には人のような顔を浮かんでいる。
「まずい! 全員耳を塞げ!」
モンドは慌てて声を出す。
「遅い! 悪霊達よ群体となりて、死の雄叫びを……」
しかし、キュルテンは最後まで言う事は出来なかった。
キュルテンの後ろから何かが飛んできて、その首を落としたのだ。
呼び出した者の魔力が消えた事で悪霊達は消える。
「こ、公子様……」
キュルテンの首は床で転がり、後ろにいたザシャを見る。
「全く何をやっているんだい、キュルテン卿。後ろの女の子まで殺しちゃったら意味がないだろう。君はもう用済みだよ」
「ふえ?」
キュルテンが間抜けな声を出した時だった。
ザシャの身に着けている黒いマントが大きく広がると、その中から何かが出てくる。
出てきたのは通常よりも一回り大きい蝙蝠である。
ヴァンパイアバットと呼ばれる魔物である。
ヴァンパイアバットはキュルテンの体に群がるとその肉体を喰い始める。
キュルテンは悲鳴を上げるが、その声は徐々に小さくなり完全に消える。
「いや、すまないね。君達に危害を加えるつもりはないんだ。だから、安心して欲しい」
ザシャは笑いながら前に出てくる。
「フルティン殿。ここからが本番だ。死の公子を倒さなければ、我々は終わりだ」
いくつ持っているのだろうか?
モンドは外套から新しい小剣を取り出し構える。
「わかっていますぞ。モンド殿」
「どこまで、やれるかわからねえが、俺も手伝うぜ」
フルティンとマルダスも武器を取り構える。
今度はモンドも止めない。
それだけ、目の前の少年が強敵なのである。
「仕方がない。今度は僕が相手をしてあげるよ。その方が早そうだからね。行け蝙蝠達よ」
ザシャが号令を出すとキュルテンを喰っていたヴァンパイアバット達が飛びあがる。
「させませんぞ! 陽光よ!」
フルティンは陽光の魔法を唱える。
耐性を持たないヴァンパイアバット達は光を浴びて消滅してしまう。
「はあ、全く面倒だな。シェイドよ! 出てこい!」
ヴァンパイアバットを消滅させられたザシャは闇の下位精霊シェイドを呼び出し、フルティンにぶつける。
「くっ! 陽光の衣よ!」
フルティンは光の魔法でシェイドを押しのけようとする。
しかし、うまくいかずフルティンはシェイドに纏わりつかれ膝を付く。
シェイドは肉体を傷つける事はないが、精神を喰らう。
何とか押しのけたが、フルティンは立ち上がる事はできない。
「おのれ! よくも、フルティン殿を! 全員かかれ!」
グンデルが号令をかけるとマルダスを含む騎士と兵士達が一斉にザシャに向かう。
「動くな! 虫けら共!」
ザシャの瞳が赤く光るとグンデル達の動きが止まる。
麻痺の視線。
ザシャの魔法の視線によりグンデル達は動けなくなり、膝を付く。
「ぐっ!」
それはクーリも同じであった。
剣を杖替わりにして何とか倒れないようにする。
「クーリお兄様。どうしたのですか?」
側にいたマローナがクーリの体を支える。
クーリが周囲を見ると側にいる姫君は平気そうだ。
どうやら、男のみを選んで麻痺させたようである。
「さて、これで邪魔をする者は君だけかな。倒れたふりをしても無駄だよ」
「気付かれた……」
魔法にかかったふりをしていたモンドは立ち上がる。
モンドは隙を見て攻撃するつもりだったのだ。
モンドは両手に銀の小剣を構える。
「どうやって、防いだのかわからないけど、所詮は下等な存在。君には見せしめに苦しんでもらう事にするよ」
「光の護符よ!」
モンドは外套をひるがえして、手からカードのような物を複数投げる。
カードは白く光輝き、ザシャに向かう。
「無駄だよ。血の刃よ」
ザシャは左手を掲げるとその掌にある口から血を噴き出す。
血は高速で飛び、カードを全て一瞬で切り裂くと、そのままモンドの両足を切り裂く。
「ぐううううう!」
両足を切り裂かれたモンドは倒れる。
かろうじて切り落とされなかったが、かなりの深手であった。
「なかなか、面白いものを持っているみたいじゃないか? 何かの魔法の道具で僕の魔法を防いだのかな? まあ良いか、でもこれで終わりだ。少し痛い目を見てもらおうかな」
ザシャがそう言うとモンドの体が浮かび上がり、左右に飛ばされてそのたびに壁にぶつかる。
そのたびにモンドは呻き声を上げる。
そして、最後に床に叩きつけられる。
モンドはそれを最後に動かなかくなる。
それを見た姫達は悲鳴を上げる。
「さて、これで遮る者は誰もいない。さて、僕の花嫁にふさわしい子はいるかな」
ザシャは笑うとクーリの側にいる女の子達を嘗め回すように見る。
「お兄様……」
「逃げるんだ。マローナ……」
クーリはマローナに逃げるように促す。
しかし、それは難しい事であった。
「ふふ、君がこの中で一番だね。僕の花嫁にしてあげよう。嬉しいだろう?」
ザシャは近づく、クーリをどけるとマローナを引き寄せる。
マローナは震えて逃げようとするが、体が動かない。
「怖がることはないよ。いっぱい気持ちよくしてあげるからね」
ザシャは長い舌でマローナの顔を一舐めする。
「ひいいいい!」
マローナは悲鳴を上げる。
「く、くう。マローナから離れろ……」
クーリは何とか体を動かそうとするが、どうにもならない。
マローナが餌食になるのを見ているしかできなかった。
「呼ばれたから、来てみれば、中々面白い状況のようだな」
突然広間の入り口から声がする。
クーリは首を何とか動かして、声の主を見る。
そして、息をのむ。
そこにはとてつもなく美しい少女が立っていた。
白銀の髪に雪のように白い肌。
胸は大きく、腰は細い。
その美少女は驚くザシャの配下である吸血鬼達の間を通り抜けて、広間の中央へと歩く。
「きゃあ!」
突然マローナが悲鳴を上げる。
クーリが首を向けるとマローナが床に座っている。
ザシャが手を離した事で、そのまま、尻餅を付いたようであった。
そのザシャはもはやマローナを見ていない。
急に現れた美少女に釘付けになっている。
それは、意識を失っていない広間にいる全員も同じであった。
「さて、この国の王子クーリと言う奴は、どいつだ。呼ばれたから来てやったぞ」
美少女はそう言って広間を見渡すのだった。
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