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第8章 幽幻の死都
第8話 花嫁選び1
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日が落ちて、空には月が輝いている。
ブリュンド王国の王城は白い石壁は月の光を浴びて輝く。
チューエンの地は冬でなくても夜は冷える事が多くあり、人々は家に帰り暖を取る。
外に出ているのは兵士と自警団の見回りぐらいであり、街は静かになっている。
そんな中で鉄血戦士団の仲間達は相変わらずエールを飲んでいる。
まだ、寝るには少し早い。
陽気なトールズの戦士達は相変わらず騒がしい。
そんな中で、隅の卓は静かであった。
その隅の卓にはフルティンとマルダスとモンドが座り静かに酒を飲み交わしている。
「酒は良い。病を防ぐ助けにもなる……」
モンドは蜂蜜酒をちびりちびりと飲みながら言う。
「確かにそうですな。酒の神ネクトル様の賜物。蒸留酒は医療の手助けにもなりますからな」
フルティンは笑いながら言う。
フルティンが飲んでいるのは麦の蒸留酒である。
命の水とも呼ばれ、医の女神ファナケアの司祭が医療用に使う事もある。
また、酒で食器を洗うと、病が寄り付かなくなると言われている。
酒の神ネクトルと医の女神ファナケアは夫婦であり、共に人間の命を守る助けをしているのである。
「さすがはモンド殿にフルティン殿だ。俺達は楽しく酔えれば良い。酒はそれで十分だと思っている。深く考えた事はないぜ」
そう言ってマルダスはエールを掲げる。
酒のつまみはニシンの塩漬けで、酒が良く進むようであった。
「それも確かですな。酒は楽しく飲みましょう。今頃は城でも酒が飲まれているでしょう」
「ああ、クーリ様のお目に敵う姫がいれば良いのだがな。この国は俺の生まれ故郷みたいなものだからな」
「そうですな」
フルティンとマルダスは城の方角を見て笑う。
今頃は花嫁候補達と会食をしている頃であった。
ブリュンド王国はブリュンド氏族が中心となり、他の氏族を吸収して出来た国だ。
クーリはその族長の子孫であり、市民の多くは血縁である。
フルティンはブリュンド氏族の出身であり、マルダスは違う国の出身だが、ブリュンド王国に縁がある。
そして、クーリとの付き合いから第2の故郷とも言えた。
「故郷か良いものだな」
モンドはぼそりと呟く。
それを聞いてフルティンとマルダスは微妙な顔になる。
モンドの故郷はワルキアに近い位置にあり、ある日吸血鬼によって滅ぼされた。
モンドの属する氏族はすでにない。
属する氏族がなくなる事がどれほどつらい事かわからない2人ではなかった。
その時だった突然鈴の音が鳴る
「むっ!? これは!?」
モンドは懐から鈴を取り出す。
鳴っているのはモンドの持っている鈴であった。
鈴は銀の輝きを帯びて、可愛らしく鳴っている。
「何だ!? その鈴は!? 何だか震えているぞ!?」
マルダスは鈴を見る。
鈴は何もしていないのに震えていて、鳴っている。
「確か、モンド殿。その鈴は……」
「その通りだ。フルティン殿。この魔法の鈴は瘴気を感じたら鳴るようになっている。死んでなお眠れない者達が近づいているようだ」
「「!?」」
フルティンとマルダスは驚く。
それに対して、モンドの表情は変わらない。
そして、驚く2人をよそにモンドは立ち上がる。
「モンド殿!? ど、どこへ!?」
「城へ行こうと思う。何をするにしても王城は押さえておいた方が良い。フルティン殿とマルダス殿も一緒に来てくれないか」
モンドがそう言うとフルティンとマルダスは顔を見合わせる。
宿の中にいるのに冷たい風が扉の隙間から入って来ていた
◆
ブリュンド王国は石造りの城壁は2重であり、厚く大きい。
過去にオークの大群に襲われた時も破られる事はなかった。
篝火が焚かれ、物見塔の数も多い。
その城壁の上では兵士達が行き交っている。
魔物の多いこの地域では夜は兵士達が交代で番をするのが当たり前だ。
その城壁の上を兵士エイヘは歩く。
「今日も王子様は花嫁選びをしているのだろうか? 羨ましいな」
エイヘは王城を見て呟く。
王城は小高い丘の上に高く作られている。
その広間では多くの美姫が将来の王妃の座を争っているはずであった。
エイヘはクーリ王子と同じ年齢である。
結婚はまだしていない。
相手が見つからないのである。
外見が悪く、お金もなく、戦士としてもそこまで強くないエイヘの元に嫁に来たがる娘はいない。
だから、クーリ王子がとても羨ましいのである。
「あれ、何だ? 急に霧が出て来たぞ。 それに何だかすごく冷えるな……」
エイヘは体を震わせる。
北の海に隣接しているチューエンは冬でなくても夜は寒くなる。
しかし、この冷気は少し変であった。
霧も出て来て星空を隠そうとしている。
月が隠れれば、篝火があるとはいえ辺りは暗くなるだろう。
そこでエイヘは気付く。
月が赤く染まっている事に、そして月の周りに何か鳥のような何かが飛んでいる。
「何だ? 月が赤いぞ? それに、変な声が聞こえたような」
エイヘは振り向く。
そこには女性が一人立っていた。
普通の女性ではない。
なぜなら、その女性は体が透けているからだ。
女性は笑うとエイヘを見る。
その目は虚ろで瞳孔がない。
「うひゃああ!!」
エイヘは尻餅をつくと周囲を見る。
霧の中を複数の透けた体を持つ何かが飛んでいる。
幽霊である。幽霊が周囲を飛んでいるのだ。
そして、エイヘは見てしまう。
上空の赤い月に照らされて巨大な船が浮かんでいるのを。
船は靄のようなものに包まれてかすんで見える。
その船の周囲には多くの幽霊と鳥のような何かが飛んでいる。
エイヘが鳥をよく見るとそれは蝙蝠のようであった。
船は幽霊と蝙蝠を引き連れて飛ぶ。
その様子は幽霊船が空を飛んでいるようであった。
「あああああ!? 何が起こっているんだ!?」
エイヘは腰を抜かした状態で叫ぶのだった。
◆
夜の王城に風が吹く。
城の広間は蜜蝋の灯りで照らされる。
品の良い、壁掛けは厚く、外の冷気を防いでいる。
食事が終わり、広間には客人達が笑いながら話している。
そんな中、華やかな姫君達がブリュンド王国の王子クーリの前に並んで立っている。
いずれも、他国の王族や貴族の姫である。
彼女達はクーリの花嫁候補だ。
全員がかなりの美人である。
他にも候補はいるが、全ての女性に会うのは難しく、身分の高い者でない限り大臣のコアックがまず面接してからクーリと会う事になっている。
現にコアックは新しい女性をこの城に逗留させているようであった。
コアックが認めればやがてクーリの前に立つ事になる。
もっとも、クーリとしてはこれ以上花嫁候補を増やさないで欲しかった。
既に他国の王族や貴族の姫だけで、相手をするのは手一杯なのである。
(これも、私が花嫁を決めないから悪いのだろう)
クーリはそう思い目の前の彼女達に笑いかける。
すると彼女達は嬉しそうにする。
どの姫も可愛らしいが、クーリは決められない。
(そういえば、コアック大臣の姿が見えないな、どうしたのだろう? 今日来た女性の面接をしているのだろうか)
大臣が姿を見せないのは珍しい事であった。
女性はもしかするとかなりの身分の者かもしれなかった。
近隣の王族や貴族でないならば、どのような身分の者も市民と同じ扱いになる。
理由は判別できないからだ。
しかし、中には身分の高い者もいる可能性もある。
そういう時、コアックはより丁寧な対応をしなければならない。
ただ、ブリュンド王国はチューエンでは大国であるが、他の地域ではそこまで知られてはいない。
わざわざ、他の地域から花嫁に募集するとは考えにくい。
別の理由かもしれなかった。
「お兄様。どうしたんです。何か考え事でしているのですか?」
考え事をしていると、クーリは突然声を掛けられる。
声を掛けたのは今まで側にいなかった女性である。
女性は食事の後席を外していた。今戻って来たようであった。
女性が来ると他の姫君は後ろに下がる。
女性は他の姫と同じく、花嫁候補だ。
グズルン王国の姫マローナである。
グズルン王国はブリュンド王国に並ぶ大国であり、姫達の中で一目置かれる立場だった。
グズルンとブリュンドは同盟を結んでいるので、親交があり、クーリとマローナは知り合いである。
そして、マローナはクーリよりも10歳下であり、小さい頃は遊んであげた事もあり、マローナはクーリを兄として慕っている。
ただ、クーリが見たところ本人は結婚に乗り気ではないようであった。
親に言われて来たようであり、そのためクーリはマローナを選ぶことが出来なかった。
「やあ、マローナ。どこに行っていたんだい?」
クーリが聞くとマローナは俯く。
その顔は泣きそうであり、何かあったようであった。
「今日来た方の顔を見に行っていたの……。侍女達が噂をしていたから気になって。まさか、あんな方がいるなんて」
「どういう事だい? その方に嫌な事をされたのかい。マローナ? だとしたら、抗議をしないといけないな。誰かその女性を呼んで来てくれ!」
クーリはそう近くに控えている者に言う。
グズルン王国はチューエンの大国であり、その姫に無礼な行為をする者がいる事も驚きだが、妹のようなマローナに無礼な態度を取った事にクーリは怒りを覚える。
従者はそれを聞いて、
「まっ、待って! 違うわ、お兄様! その方はとても……。いえ、何でもありません……」
しかし、マローナは困った顔をして首を振る。
「どうしたんだい。マローナ? その方とは一体?」
クーリは首を傾げる。
その時だった。
突然、広間に誰かが入って来る。
入って来た者はチェインメイルを着込み、腰に長剣を下げている。
ブリュンド王国の騎士である。
騎士は息を切らして、青ざめた顔をしている。
「どうした!? 何があった!?」
広間の中央にいる王グンデルが騎士に聞く。
「た、大変です! 城の周囲に亡者の大群が!」
騎士が叫ぶと広間にいる者達が驚きの声を出す。
驚きの声は広間に木霊し、慌てる声が聞こえる。
「静まれ! 慌てるでない!」
グンデルは一喝する。
ブリュンドの王であると同時にグンデルは戦士でもある。
亡者ごときでは怖れはしない。
すでに齢50を超えているが、まだまだ現役であった。
「城壁の外にいる亡者共はどれぐらいだ!? 兵を集め、落ち着いて対処をしろ! そして、急ぎフルティン殿に連絡をするのだ!」
グンデルはそう命令する。
光の主神オーディスに仕える司祭であるフルティンはアンデッドに有効な魔法を使う事が出来る。
そのため、フルティンに連絡を取る事にしたのである。
しかし、その必要はなかった。
「王よ! 私はここにいますぞ!」
広間に3名の人影が入って来る。
先頭は大きなメイスを持った司祭衣の者である。
ブリュンド王国にあるオーディス神殿の司祭フルティンであった。
後ろにいるのはトールズの戦士マルダスとアンデッドハンターであるモンドだ。
「おお! さすがフルティン殿! それにマルダス殿も一緒か! 早いではないか!」
「はい、モンド殿が近づいて来る亡者に気付かれましたので、急いで駆け付けたのです」
そう言ってフルティンは後ろのモンドを見る。
「なるほど、さすがは噂のアンデッドハンターと言ったところか。モンド殿に問いたい。これはどういう状況なのだ!?」
グンデルはモンドに詰め寄る
モンドは王を前にしても表情を変えず立っている。
「王よ。これは異常事態だ。おそらく城壁の外の亡者だけではない。貴族が来ている」
「何!?」
貴族と聞いてグンデルは眉を顰める。
死の貴族とは吸血鬼の事だ。
吸血鬼は上位のアンデッドの一種であり強敵であった。
たった一体で数十名の騎士を殺す事ができる程である。
「どういう事だ。貴族とは……。ワルキアに近い地ならともかく、このブリュンドに来るとはな」
グンデルは呻く。
チューエンがいくらワルキアに隣接しているといっても、これまで吸血鬼が襲うのはワルキアに近い地だけであった。
ブリュンド王国はワルキアから少し離れている。
これまで吸血鬼に襲われた事はなかった。
しかし、グンデルは吸血鬼に襲われた国がどうなるのか知っている。
呻くのも当然であった。
「市民に非常事態宣言を出せ! 皆武器を取るのだ!」
グンデルが指示を出すと広間は騒がしくなる。
「クーリお兄様……。」
クーリの隣にいるマローナが不安そうな顔をする。
他の姫達も心配そうな顔をしている。
「大丈夫と言いたいのだけどね……」
クーリも吸血鬼の怖ろしさを知っている。
吸血鬼は単体で小さな国を亡ぼす事もできる。
「何だ!? この風は!?」
広間にいる者の1人が声を出す。
閉じられた部屋の中に冷たい風が吹いたのだ。
その風は強くはないが、まるで人にまとわりつくようであった。
すると、突然蝋燭の灯りがいくつか消える。
しかし、部屋は暗くならない。
なぜなら、広間の天井の近くに青い光を放つ鬼火が現れたからだ。
鬼火には人の顔が浮かび上がり呻き声を上げている。
広間の中に叫び声が上がる。
「ふふ、どうやら集まっているようだね」
再び広間の扉から誰かが入って来る。
クーリが見る限り12歳前後の人間の少年である。
ただ、その少年はとても美しい。
青い光に照らされた顔は白く、整っている。
髪は金色に輝き、唇は赤い。
その美少年は後ろの5名の人間らしき男を引き連れている。
後ろの男達は20歳前後の青年である。
少年と同じく美しい容姿をしている。
そして、彼らは全員赤い瞳をしていた。
「吸血鬼……」
モンドは彼らを見て呟く。
クーリも同じことを考える。
赤い瞳をした男達。
伝承による吸血鬼のようであった。
「ふふふ、中々綺麗な子がいるじゃないか」
少年はクーリの周りにいる姫達を見て舌なめずりをする。
その舌は長く、少年の顔を一巻きにできそうであった。
それを見た姫達は小さく悲鳴を上げクーリの後ろに隠れる。
「僕の名はザシャ。さて僕にふさわしい子はいるかな~」
少年はそう言って姫達をいやらしく眺めるのだった。
ブリュンド王国の王城は白い石壁は月の光を浴びて輝く。
チューエンの地は冬でなくても夜は冷える事が多くあり、人々は家に帰り暖を取る。
外に出ているのは兵士と自警団の見回りぐらいであり、街は静かになっている。
そんな中で鉄血戦士団の仲間達は相変わらずエールを飲んでいる。
まだ、寝るには少し早い。
陽気なトールズの戦士達は相変わらず騒がしい。
そんな中で、隅の卓は静かであった。
その隅の卓にはフルティンとマルダスとモンドが座り静かに酒を飲み交わしている。
「酒は良い。病を防ぐ助けにもなる……」
モンドは蜂蜜酒をちびりちびりと飲みながら言う。
「確かにそうですな。酒の神ネクトル様の賜物。蒸留酒は医療の手助けにもなりますからな」
フルティンは笑いながら言う。
フルティンが飲んでいるのは麦の蒸留酒である。
命の水とも呼ばれ、医の女神ファナケアの司祭が医療用に使う事もある。
また、酒で食器を洗うと、病が寄り付かなくなると言われている。
酒の神ネクトルと医の女神ファナケアは夫婦であり、共に人間の命を守る助けをしているのである。
「さすがはモンド殿にフルティン殿だ。俺達は楽しく酔えれば良い。酒はそれで十分だと思っている。深く考えた事はないぜ」
そう言ってマルダスはエールを掲げる。
酒のつまみはニシンの塩漬けで、酒が良く進むようであった。
「それも確かですな。酒は楽しく飲みましょう。今頃は城でも酒が飲まれているでしょう」
「ああ、クーリ様のお目に敵う姫がいれば良いのだがな。この国は俺の生まれ故郷みたいなものだからな」
「そうですな」
フルティンとマルダスは城の方角を見て笑う。
今頃は花嫁候補達と会食をしている頃であった。
ブリュンド王国はブリュンド氏族が中心となり、他の氏族を吸収して出来た国だ。
クーリはその族長の子孫であり、市民の多くは血縁である。
フルティンはブリュンド氏族の出身であり、マルダスは違う国の出身だが、ブリュンド王国に縁がある。
そして、クーリとの付き合いから第2の故郷とも言えた。
「故郷か良いものだな」
モンドはぼそりと呟く。
それを聞いてフルティンとマルダスは微妙な顔になる。
モンドの故郷はワルキアに近い位置にあり、ある日吸血鬼によって滅ぼされた。
モンドの属する氏族はすでにない。
属する氏族がなくなる事がどれほどつらい事かわからない2人ではなかった。
その時だった突然鈴の音が鳴る
「むっ!? これは!?」
モンドは懐から鈴を取り出す。
鳴っているのはモンドの持っている鈴であった。
鈴は銀の輝きを帯びて、可愛らしく鳴っている。
「何だ!? その鈴は!? 何だか震えているぞ!?」
マルダスは鈴を見る。
鈴は何もしていないのに震えていて、鳴っている。
「確か、モンド殿。その鈴は……」
「その通りだ。フルティン殿。この魔法の鈴は瘴気を感じたら鳴るようになっている。死んでなお眠れない者達が近づいているようだ」
「「!?」」
フルティンとマルダスは驚く。
それに対して、モンドの表情は変わらない。
そして、驚く2人をよそにモンドは立ち上がる。
「モンド殿!? ど、どこへ!?」
「城へ行こうと思う。何をするにしても王城は押さえておいた方が良い。フルティン殿とマルダス殿も一緒に来てくれないか」
モンドがそう言うとフルティンとマルダスは顔を見合わせる。
宿の中にいるのに冷たい風が扉の隙間から入って来ていた
◆
ブリュンド王国は石造りの城壁は2重であり、厚く大きい。
過去にオークの大群に襲われた時も破られる事はなかった。
篝火が焚かれ、物見塔の数も多い。
その城壁の上では兵士達が行き交っている。
魔物の多いこの地域では夜は兵士達が交代で番をするのが当たり前だ。
その城壁の上を兵士エイヘは歩く。
「今日も王子様は花嫁選びをしているのだろうか? 羨ましいな」
エイヘは王城を見て呟く。
王城は小高い丘の上に高く作られている。
その広間では多くの美姫が将来の王妃の座を争っているはずであった。
エイヘはクーリ王子と同じ年齢である。
結婚はまだしていない。
相手が見つからないのである。
外見が悪く、お金もなく、戦士としてもそこまで強くないエイヘの元に嫁に来たがる娘はいない。
だから、クーリ王子がとても羨ましいのである。
「あれ、何だ? 急に霧が出て来たぞ。 それに何だかすごく冷えるな……」
エイヘは体を震わせる。
北の海に隣接しているチューエンは冬でなくても夜は寒くなる。
しかし、この冷気は少し変であった。
霧も出て来て星空を隠そうとしている。
月が隠れれば、篝火があるとはいえ辺りは暗くなるだろう。
そこでエイヘは気付く。
月が赤く染まっている事に、そして月の周りに何か鳥のような何かが飛んでいる。
「何だ? 月が赤いぞ? それに、変な声が聞こえたような」
エイヘは振り向く。
そこには女性が一人立っていた。
普通の女性ではない。
なぜなら、その女性は体が透けているからだ。
女性は笑うとエイヘを見る。
その目は虚ろで瞳孔がない。
「うひゃああ!!」
エイヘは尻餅をつくと周囲を見る。
霧の中を複数の透けた体を持つ何かが飛んでいる。
幽霊である。幽霊が周囲を飛んでいるのだ。
そして、エイヘは見てしまう。
上空の赤い月に照らされて巨大な船が浮かんでいるのを。
船は靄のようなものに包まれてかすんで見える。
その船の周囲には多くの幽霊と鳥のような何かが飛んでいる。
エイヘが鳥をよく見るとそれは蝙蝠のようであった。
船は幽霊と蝙蝠を引き連れて飛ぶ。
その様子は幽霊船が空を飛んでいるようであった。
「あああああ!? 何が起こっているんだ!?」
エイヘは腰を抜かした状態で叫ぶのだった。
◆
夜の王城に風が吹く。
城の広間は蜜蝋の灯りで照らされる。
品の良い、壁掛けは厚く、外の冷気を防いでいる。
食事が終わり、広間には客人達が笑いながら話している。
そんな中、華やかな姫君達がブリュンド王国の王子クーリの前に並んで立っている。
いずれも、他国の王族や貴族の姫である。
彼女達はクーリの花嫁候補だ。
全員がかなりの美人である。
他にも候補はいるが、全ての女性に会うのは難しく、身分の高い者でない限り大臣のコアックがまず面接してからクーリと会う事になっている。
現にコアックは新しい女性をこの城に逗留させているようであった。
コアックが認めればやがてクーリの前に立つ事になる。
もっとも、クーリとしてはこれ以上花嫁候補を増やさないで欲しかった。
既に他国の王族や貴族の姫だけで、相手をするのは手一杯なのである。
(これも、私が花嫁を決めないから悪いのだろう)
クーリはそう思い目の前の彼女達に笑いかける。
すると彼女達は嬉しそうにする。
どの姫も可愛らしいが、クーリは決められない。
(そういえば、コアック大臣の姿が見えないな、どうしたのだろう? 今日来た女性の面接をしているのだろうか)
大臣が姿を見せないのは珍しい事であった。
女性はもしかするとかなりの身分の者かもしれなかった。
近隣の王族や貴族でないならば、どのような身分の者も市民と同じ扱いになる。
理由は判別できないからだ。
しかし、中には身分の高い者もいる可能性もある。
そういう時、コアックはより丁寧な対応をしなければならない。
ただ、ブリュンド王国はチューエンでは大国であるが、他の地域ではそこまで知られてはいない。
わざわざ、他の地域から花嫁に募集するとは考えにくい。
別の理由かもしれなかった。
「お兄様。どうしたんです。何か考え事でしているのですか?」
考え事をしていると、クーリは突然声を掛けられる。
声を掛けたのは今まで側にいなかった女性である。
女性は食事の後席を外していた。今戻って来たようであった。
女性が来ると他の姫君は後ろに下がる。
女性は他の姫と同じく、花嫁候補だ。
グズルン王国の姫マローナである。
グズルン王国はブリュンド王国に並ぶ大国であり、姫達の中で一目置かれる立場だった。
グズルンとブリュンドは同盟を結んでいるので、親交があり、クーリとマローナは知り合いである。
そして、マローナはクーリよりも10歳下であり、小さい頃は遊んであげた事もあり、マローナはクーリを兄として慕っている。
ただ、クーリが見たところ本人は結婚に乗り気ではないようであった。
親に言われて来たようであり、そのためクーリはマローナを選ぶことが出来なかった。
「やあ、マローナ。どこに行っていたんだい?」
クーリが聞くとマローナは俯く。
その顔は泣きそうであり、何かあったようであった。
「今日来た方の顔を見に行っていたの……。侍女達が噂をしていたから気になって。まさか、あんな方がいるなんて」
「どういう事だい? その方に嫌な事をされたのかい。マローナ? だとしたら、抗議をしないといけないな。誰かその女性を呼んで来てくれ!」
クーリはそう近くに控えている者に言う。
グズルン王国はチューエンの大国であり、その姫に無礼な行為をする者がいる事も驚きだが、妹のようなマローナに無礼な態度を取った事にクーリは怒りを覚える。
従者はそれを聞いて、
「まっ、待って! 違うわ、お兄様! その方はとても……。いえ、何でもありません……」
しかし、マローナは困った顔をして首を振る。
「どうしたんだい。マローナ? その方とは一体?」
クーリは首を傾げる。
その時だった。
突然、広間に誰かが入って来る。
入って来た者はチェインメイルを着込み、腰に長剣を下げている。
ブリュンド王国の騎士である。
騎士は息を切らして、青ざめた顔をしている。
「どうした!? 何があった!?」
広間の中央にいる王グンデルが騎士に聞く。
「た、大変です! 城の周囲に亡者の大群が!」
騎士が叫ぶと広間にいる者達が驚きの声を出す。
驚きの声は広間に木霊し、慌てる声が聞こえる。
「静まれ! 慌てるでない!」
グンデルは一喝する。
ブリュンドの王であると同時にグンデルは戦士でもある。
亡者ごときでは怖れはしない。
すでに齢50を超えているが、まだまだ現役であった。
「城壁の外にいる亡者共はどれぐらいだ!? 兵を集め、落ち着いて対処をしろ! そして、急ぎフルティン殿に連絡をするのだ!」
グンデルはそう命令する。
光の主神オーディスに仕える司祭であるフルティンはアンデッドに有効な魔法を使う事が出来る。
そのため、フルティンに連絡を取る事にしたのである。
しかし、その必要はなかった。
「王よ! 私はここにいますぞ!」
広間に3名の人影が入って来る。
先頭は大きなメイスを持った司祭衣の者である。
ブリュンド王国にあるオーディス神殿の司祭フルティンであった。
後ろにいるのはトールズの戦士マルダスとアンデッドハンターであるモンドだ。
「おお! さすがフルティン殿! それにマルダス殿も一緒か! 早いではないか!」
「はい、モンド殿が近づいて来る亡者に気付かれましたので、急いで駆け付けたのです」
そう言ってフルティンは後ろのモンドを見る。
「なるほど、さすがは噂のアンデッドハンターと言ったところか。モンド殿に問いたい。これはどういう状況なのだ!?」
グンデルはモンドに詰め寄る
モンドは王を前にしても表情を変えず立っている。
「王よ。これは異常事態だ。おそらく城壁の外の亡者だけではない。貴族が来ている」
「何!?」
貴族と聞いてグンデルは眉を顰める。
死の貴族とは吸血鬼の事だ。
吸血鬼は上位のアンデッドの一種であり強敵であった。
たった一体で数十名の騎士を殺す事ができる程である。
「どういう事だ。貴族とは……。ワルキアに近い地ならともかく、このブリュンドに来るとはな」
グンデルは呻く。
チューエンがいくらワルキアに隣接しているといっても、これまで吸血鬼が襲うのはワルキアに近い地だけであった。
ブリュンド王国はワルキアから少し離れている。
これまで吸血鬼に襲われた事はなかった。
しかし、グンデルは吸血鬼に襲われた国がどうなるのか知っている。
呻くのも当然であった。
「市民に非常事態宣言を出せ! 皆武器を取るのだ!」
グンデルが指示を出すと広間は騒がしくなる。
「クーリお兄様……。」
クーリの隣にいるマローナが不安そうな顔をする。
他の姫達も心配そうな顔をしている。
「大丈夫と言いたいのだけどね……」
クーリも吸血鬼の怖ろしさを知っている。
吸血鬼は単体で小さな国を亡ぼす事もできる。
「何だ!? この風は!?」
広間にいる者の1人が声を出す。
閉じられた部屋の中に冷たい風が吹いたのだ。
その風は強くはないが、まるで人にまとわりつくようであった。
すると、突然蝋燭の灯りがいくつか消える。
しかし、部屋は暗くならない。
なぜなら、広間の天井の近くに青い光を放つ鬼火が現れたからだ。
鬼火には人の顔が浮かび上がり呻き声を上げている。
広間の中に叫び声が上がる。
「ふふ、どうやら集まっているようだね」
再び広間の扉から誰かが入って来る。
クーリが見る限り12歳前後の人間の少年である。
ただ、その少年はとても美しい。
青い光に照らされた顔は白く、整っている。
髪は金色に輝き、唇は赤い。
その美少年は後ろの5名の人間らしき男を引き連れている。
後ろの男達は20歳前後の青年である。
少年と同じく美しい容姿をしている。
そして、彼らは全員赤い瞳をしていた。
「吸血鬼……」
モンドは彼らを見て呟く。
クーリも同じことを考える。
赤い瞳をした男達。
伝承による吸血鬼のようであった。
「ふふふ、中々綺麗な子がいるじゃないか」
少年はクーリの周りにいる姫達を見て舌なめずりをする。
その舌は長く、少年の顔を一巻きにできそうであった。
それを見た姫達は小さく悲鳴を上げクーリの後ろに隠れる。
「僕の名はザシャ。さて僕にふさわしい子はいるかな~」
少年はそう言って姫達をいやらしく眺めるのだった。
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