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第8章 幽幻の死都
第2話 ナルゴルの神々
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クロキはエンプーサの女官に案内されて魔王宮の廊下を歩く。
エンプーサの普段の姿は人間と変わらず、目の前の女官も人と同じであった。
黒大理石の廊下はとても広く、何十名もの人間が横並びで歩けそうである。
魔王モデスの仲間には全長10メートルを超える者もいるので、そのために広く作られているのである。
やがて、クロキは大きな扉の前へとやってくる。
この扉もまた巨人が通れそうな程であった。
「どうぞ、閣下。中で陛下がお待ちです」
エンプーサの女官は頭を下げると扉が勝手に開かれる。
クロキの予想通り部屋の中はかなり広い。
おそらく魔王宮の部屋の中でも最大だろう。
広間は輝く宝石で彩られていて明るい。
クロキはその大広間へと足を踏み入れる。
「良く来たなクロキ。既に皆揃っているぞ」
クロキが中に入ると魔王モデスが出迎えてくれる。
モデスの他に、大広間には宰相であるルーガスと大魔女ヘルカートに鍛冶神ヘイボスに暗黒騎士団団長のランフェルドがいる。
他にも異形の者達がいて、クロキを見ている。
この異形の者達は全て神族である。
魔王モデスを盟主とするナルゴルの神々であった。
これから神々の会議を始めるのだ。
そのため、この大広間にいるのは全て神族、もしくは神族と同等とされる者だけだ。
ヘイボスはエリオスに属する神であると同時にナルゴルの神でもある、そのためここにいる。
ランフェルドもまた、下位の神として参加する。
そして、神族だが、この者達はモデスの仲間という位置づけである。
ルーガス等の一部を除き、ほとんどの神々はモデスの配下というわけではない。
そのためモデスは命令する事は出来ない。
例えばヘルカートがそうだ。モデスは彼女に命令をする事はない。
モデスはあくまで盟主であり、何かあれば要請するだけである。
これはエリオスも同じである。
エリオスの神王オーディスも絶対の権力を持っておらず、他の神々に命令はできない。
「クロキ先生! お久しぶりです~!」
クロキが広間に入ると姫であるポレンが駆け寄って来る。
まだ、変身は安定しないらしく美少女の姿ではない。
「お久しぶりです殿下。殿下も出席されるのですか?」
「はい先生。御父様が私も出席しても良い頃だと言われましたので、それに御母様の代わりでもあります」
ポレンは周囲を見て言う。
ポレンの言う通りモーナの姿が見えない。
モーナは出席していないようであった。
「先生。クーナ師匠は来ていないのですか?」
ポレンはきょろきょろとクロキの周りを見る。
「いえ、殿下。クーナは来ていません」
クーナもナルゴルに属する神族なので参加できるが、会合に参加したくないので御菓子の城で留守番をしている。
「そうですか。残念です。久しぶりにお会いしたかったのですが」
ポレンは残念そうに言う。
ポレンは何故かクーナに懐いている。もっとも、クーナの方はポレンを特に何とも思っていない。
当然その事をクロキはポレンに言えないので黙っているつもりである。
クロキがポレンと話をしている時だった。
突然頭上に影が差す。
クロキは見上げると身長6メートル以上の巨大なマーマンがそこにいる。
そのマーマンは太っていて、腹がでっぷりと出ている。
マーマンは見降ろした状態でクロキを見て笑う。
「会うのは2度目やな。暗黒騎士。わての事はちゃんと覚えてんか? ダラウゴンや」
巨大なマーマンはクロキに笑いながら言う。
海神ダラウゴン。
それが巨大なマーマンの姿をした神の名であった。
クロキはダラウゴンに会うのは2度目であった。
ダラウゴンはモデスの友人であり、ナルゴルの神々の1柱だ。
ダラウゴンは腹をボリボリと掻きながらクロキを見降ろしている。
ダラウゴンは普段はナルゴルに住んでおらず、遥か西のセアードの内海に住んでいる。
会合のためにこのナルゴルまで来たのだ。
そのダラウゴンはクロキの周りをきょろきょろと見ている。
「もちろん覚えていますよ。ダラウゴン殿。お久しぶりです。それからどうしたのです? 自分の周りを見て」
「いやな。おめえはんと一緒におった美少女がおらんなと思うてな」
ダラウゴンは残念そうに言う。
それを聞いてクロキはダラウゴンが、なぜわざわざ挨拶に来た理由に気付き頭が痛くなる。
「あー。そうですか……。クーナなら来てませんよ」
「くはー! そうか! そいつは残念やな! モーナはんも来とらんし! 花が無いわ!」
クロキがそう言うとダラウゴンは手で顔を押さえ天井を仰ぐ。
そんなダラウゴンを横でポレンはジト目で見る。
クロキが周囲を見るとダラウゴン以外の男神々もどこか残念そうであった。
実はクーナはナルゴルの男神々が嫌で出席しなかったのである。おそらくモーナも同じ理由で出席しなかったのだろうとクロキは推測する。
「失礼ですがダラウゴン様。花なら私とヘルカート様がいますが」
クロキとダラウゴンの会話を聞いていた女官長のエンシェマが会話に割って入る。
エンプーサの女帝と呼ばれるエンシェマは、女官長であると同時に大魔女ヘルカートに従属する者であり、下級の神である。
そのためランフェルドと同じように出席している。
「えっ、えーと。まっ、まあ、そうやな。すまんかったエンシェマはん」
ダラウゴンは「がははは」と笑う。
どう見ても本心から言ってはいない様子であった。
エンシェマは綺麗な女性の姿をしているが、その正体は青銅の足を持つ巨大な雌蟷螂である。
エンプーサは様々な種族の雄を食べる種族であり、男なら近づきたくない相手だ。
花にしても棘が有りすぎるだろう。
そのためか、エンシェマに近づく男神はいない。
クロキは集まった神々を見る。
神々のほとんどは男性であった。
元々モデスの仲間であるナルゴルの神々には女神が少ない。
今日出席している女神はポレンとヘルカートとエンシェマと、トロル達が崇める山の女神トゥローラの娘である谷の女神ムーミぐらいであった。
ムーミもまたトロルの崇める神であり、柔らかい苔が体を覆っている所から緑の淑女と呼ばれる。
すごく優しい性格で、従属するトロルも穏やかな性格な者が多い。
「まあ、別に構いませんが」
エンシェマは興味なさそうにそっぽを向く。
エンシェマも言ってみただけで本気で怒ってはいない様子であった。
クロキが聞いたポレンの話によれば実はエンシェマはかなりの美少年好きとの事だった。
そう考えれば中年太りっぽいダラウゴンは好みではないはずであった。
「それよりも皆様がお揃いのようです。そろそろ、会合を始めるべきだと思います。閣下も姫様もよろしいですか?」
エンシェマの言葉にクロキとポレンは頷く。
会合に参加している神々はサイズが違うので席は用意されていない。
そのため各々が独自の場所に立つか、そのまま床に座る。
クロキはポレンと共に並ぶ。
「さて、全員そろったようだな。始めるとしよう。今回の事だが、皆の知っての通りザルキシスが力を取り戻した。エンシェマよ、奴について集めた情報を述べよ」
盟主であるモデスがそう言うと神々が騒がしくなる。
それだけ、ザルキシスは有名なのである。
呼ばれてエンシェマは前に出る。
「はい陛下。その死神ですが、ワルキアの地にいるそうです。おそらく、かつて自身の都であるモードガルに戻ったのだと思われます。どうなさいますか?」
そう言ってエンシェマは周りを見る。
神の中には自身の住処となる場所を持つ者がいる。
例えばラヴュリュスは迷宮都市ラヴュリュントス、セクメトラは黄金の都アルナックがそうだ。
そして、死の都モードガルはかつてザルキシスの住居であった。
生存が確認された後も戻ってはいなかったらしいが、力を取り戻した事で、ようやく戻ったのである。
「ワルキア? かの地は元々ザルキシスが支配していた場所。戻っても不思議ではありませんな」
ルーガスは髭を触りながら言う。
「確かにそうだな。ルーガス。さて、どうするか?」
モデスは考え込む。
モデスとザルキシスは敵対関係にある。
そもそもザルキシスが力を失ったのはモデスに負けたからだ。
そのザルキシスが力を取り戻した。モデスに復讐をしようとするかもしれない。
しかし、居場所がわかったのだから、こちらから攻める事も可能だろう。
「どうする必要もないと思うがね。奴らが最初に狙うのはエリオス。ザルキシスは冷静な男だ。こっちを狙わずに、あっちを狙うはずさ。互いに潰し合わせておけば良いさね。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートが笑いながら言う。
ヘルカートはエリオスの事が好きではない。
そのため、エリオスがどうなろうと構わない。
しかし、それではヘイボスが危ないだろう。
「ヘイボスよ。オババはエリオスを狙うと言っているが、エリオスの方はどうなのだ?対応をしているのか?」
モデスは心配した様子でヘイボスに聞く。
「オーディスは動いておる。このヘイボスには知らされておらぬが、おそらくザルキシスがワルキアにいる事は気付いておるよ。聖騎士共が騒がしいからな。しかし、あの瘴気だらけの土地に攻め込むのはせぬだろうな。危険すぎる」
「確かにそうだな。あの地はザルキシスにとって有利な地。下手に踏み込めば並みの者なら危うい。しかし、だからと言って放っておくのは危険」
モデスは何か気になる事でもあるのか考え込む。
「ゲロ? どうしたんだい? 坊? 何か気になる事でもあるのかい?」
「オババよ。ザルキシスやディアドナが何を企んでいるのか気になる。何かとんでもない事をしようとしているような気がするのだ」
モデスは、すごく深刻そうな口調で言う。
「ゲロゲロゲロ。心配する事はないさね。ザルキシスの凍てつく力は坊の黒い炎の前では無力。例えディアドナがいても同じさ。ゲロゲロ。それに、そこの暗黒騎士がおる。何も怖れる事は無いよ」
深刻そうなモデスに対して、ヘルカートは楽観視している様子であった。
ザルキシスの凍てつく力は黒い炎を持つ者には効かない。
なぜ、ロクス王国でクロキだけは普通に動けたかの理由はそれであった。
つまり、クロキならばザルキシスに対抗できるである。
「オババよ。奴らの狙いが母の復活でもそう言えるか」
「ゲロ!?」
モデスの言葉にヘルカートは驚く声を出す。
ヘルカートだけではない。
その場にいる神々が騒ぎ始める。
今度はモデスも止めない。
「坊は……。奴らがあの御方を復活させるつもりだと思っているのかい?」
ヘルカートは油汗を流す。
ヘルカートだけでなくルーガスやダラウゴンに他の神々も恐怖の表情を浮かべている。
それはザルキシスが力を取り戻したと聞いた時の比ではなかった。
「その通りだオババ。方法はわからぬ。しかし、ザルキシスは力を取り戻した。復活の方法がないとは思えぬ。どうだルーガスよ、そうは思わないか?」
モデスはルーガスを見る。
「確かに絶対に不可能とは限りませぬ。このルーガスにも知らない事はありますので。それに可能かどうかは別としてディアドナとザルキシスならば、復活は考えそうな事です陛下」
ルーガスは首を振って答える。
その顔はどこか不安そうであった。
「ゲロッ。確かにそれは一大事だね。これはぜひとも確認したいところさね。誰かモードガルに入って様子を見に行けるものはいないかね?ゲロゲロ」
ヘルカートが神々を見る。
しかし、ほぼ全員がそっぽを向く。
ダラウゴンはわざとらしく口笛を吹いている。
「ヘルカート殿。それは無茶というものです。あの地はおそらくザルキシスの凍てつく力で満ちています。あの力に対抗できるのは黒い炎を持つ、我らが盟主のみと思いますよ」
1柱の神が前に出る。
その神は下半身が馬になった男神、風の賢神サジュタリスであった。
サジュタリスはケンタウロスが崇める四柱の兄弟神の末弟だ。
好色で暴れ者である兄と違い唯一理性的である。
普段はキソニア平原に住んでいるが、ダラウゴンと同じく会合に参加するためナルゴルへと来た。
また、サジュタリスは武技に通じていて、特に弓に関してはアルフォスと互角の腕前である。
ただ、争いを好まないので、その腕前を見せる機会はなかったりする。
「サジュタリスの言う通りだ。オババ。あの地に直接入るのは危険だ。まずは外から奴らを監視する。それから、皆で知恵を出し合おう」
「しかし、それだと遅いかもしれないよ。坊」
ヘルカートは首を振る。
「お待ちください! ヘルカート様! 私が行きます! 黒い炎を持つ私ならば死神に対抗する事が出来ます」
そう言って出てきたのはランフェルドであった。
ランフェルドも黒い炎を使える。
ザルキシスの凍てつく力にもある程度対応できるだろう。
「駄目だ! ランフェルド卿!」
しかし、モデスは即座に止める。
「ザルキシスは強い。凍てつく力に対抗できても、奴の力はそれだけではない。卿では勝てぬ」
「その通りだよ。ランフェルド。お前さんは強い。しかし、ザルキシスはもっと強い。だから、お前さんでは無理だよ。だけど、そこの暗黒騎士ならどうだろうね。ゲロゲロ」
ヘルカートはそう言うとクロキを見る。
その目から何が言いたいのかクロキにはわかった。
つまり、クロキに行けと言いたいようであった。
「えーっと……。ならば自分が行きましょうか?」
そう言うとヘルカートはにんまりと笑う。
「クロキよ。確かに、もし、あの地でザルキシスに勝てる者がいるとすれば、このモデスの他はお主しかおるまい。しかし、それでも危険で有る事に変わりは無い。奴らが何をしようとしているのか気になるが、無理はさせられん」
それに対してモデスは心配そうな顔をする。
(おそらく、自分が一番適任なのだろうな)
クロキは少し考えてそう結論付ける。
モデスやこの場にいる神々の様子を見る限り、ザルキシスを放っておくのは危険なのは間違いない。
クロキは死神ザルキシスと対峙した時、すごく危険な気配を感じた。
ザルキシスは生とは真逆の存在である。
そのザルキシスが何を考えているのかクロキも気になったのである。
だから、様子を見に行きたかった。
なぜなら、クロキもこの世界に生きる者なのだから。
「いえ、それでも行こうと思います。もちろん、危険だと思ったら即座に撤退します」
だから、クロキははっきりと言う。
クロキとモデスの視線が交差する。
そして、少しの時間が流れる。
「そうか、気を付けて行くのだぞ、クロキ」
モデスは諦めたように溜息を吐く。
どうやら、クロキが本気だとわかったのだろう。
(さて、クーナに何て言おう)
クロキは頷くとクーナの事を考えるのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
今回はザルキシス達との戦い。吸血鬼等が出ます。
モードガルの語源はモートとネルガル。どちらも死の神。
次回はモードガルにはまだ行かずに、レーナとクーナが出ます。
ちなみに前回で書き忘れていましたが、今回はレイジ達の出番はほぼないです。
エンプーサの普段の姿は人間と変わらず、目の前の女官も人と同じであった。
黒大理石の廊下はとても広く、何十名もの人間が横並びで歩けそうである。
魔王モデスの仲間には全長10メートルを超える者もいるので、そのために広く作られているのである。
やがて、クロキは大きな扉の前へとやってくる。
この扉もまた巨人が通れそうな程であった。
「どうぞ、閣下。中で陛下がお待ちです」
エンプーサの女官は頭を下げると扉が勝手に開かれる。
クロキの予想通り部屋の中はかなり広い。
おそらく魔王宮の部屋の中でも最大だろう。
広間は輝く宝石で彩られていて明るい。
クロキはその大広間へと足を踏み入れる。
「良く来たなクロキ。既に皆揃っているぞ」
クロキが中に入ると魔王モデスが出迎えてくれる。
モデスの他に、大広間には宰相であるルーガスと大魔女ヘルカートに鍛冶神ヘイボスに暗黒騎士団団長のランフェルドがいる。
他にも異形の者達がいて、クロキを見ている。
この異形の者達は全て神族である。
魔王モデスを盟主とするナルゴルの神々であった。
これから神々の会議を始めるのだ。
そのため、この大広間にいるのは全て神族、もしくは神族と同等とされる者だけだ。
ヘイボスはエリオスに属する神であると同時にナルゴルの神でもある、そのためここにいる。
ランフェルドもまた、下位の神として参加する。
そして、神族だが、この者達はモデスの仲間という位置づけである。
ルーガス等の一部を除き、ほとんどの神々はモデスの配下というわけではない。
そのためモデスは命令する事は出来ない。
例えばヘルカートがそうだ。モデスは彼女に命令をする事はない。
モデスはあくまで盟主であり、何かあれば要請するだけである。
これはエリオスも同じである。
エリオスの神王オーディスも絶対の権力を持っておらず、他の神々に命令はできない。
「クロキ先生! お久しぶりです~!」
クロキが広間に入ると姫であるポレンが駆け寄って来る。
まだ、変身は安定しないらしく美少女の姿ではない。
「お久しぶりです殿下。殿下も出席されるのですか?」
「はい先生。御父様が私も出席しても良い頃だと言われましたので、それに御母様の代わりでもあります」
ポレンは周囲を見て言う。
ポレンの言う通りモーナの姿が見えない。
モーナは出席していないようであった。
「先生。クーナ師匠は来ていないのですか?」
ポレンはきょろきょろとクロキの周りを見る。
「いえ、殿下。クーナは来ていません」
クーナもナルゴルに属する神族なので参加できるが、会合に参加したくないので御菓子の城で留守番をしている。
「そうですか。残念です。久しぶりにお会いしたかったのですが」
ポレンは残念そうに言う。
ポレンは何故かクーナに懐いている。もっとも、クーナの方はポレンを特に何とも思っていない。
当然その事をクロキはポレンに言えないので黙っているつもりである。
クロキがポレンと話をしている時だった。
突然頭上に影が差す。
クロキは見上げると身長6メートル以上の巨大なマーマンがそこにいる。
そのマーマンは太っていて、腹がでっぷりと出ている。
マーマンは見降ろした状態でクロキを見て笑う。
「会うのは2度目やな。暗黒騎士。わての事はちゃんと覚えてんか? ダラウゴンや」
巨大なマーマンはクロキに笑いながら言う。
海神ダラウゴン。
それが巨大なマーマンの姿をした神の名であった。
クロキはダラウゴンに会うのは2度目であった。
ダラウゴンはモデスの友人であり、ナルゴルの神々の1柱だ。
ダラウゴンは腹をボリボリと掻きながらクロキを見降ろしている。
ダラウゴンは普段はナルゴルに住んでおらず、遥か西のセアードの内海に住んでいる。
会合のためにこのナルゴルまで来たのだ。
そのダラウゴンはクロキの周りをきょろきょろと見ている。
「もちろん覚えていますよ。ダラウゴン殿。お久しぶりです。それからどうしたのです? 自分の周りを見て」
「いやな。おめえはんと一緒におった美少女がおらんなと思うてな」
ダラウゴンは残念そうに言う。
それを聞いてクロキはダラウゴンが、なぜわざわざ挨拶に来た理由に気付き頭が痛くなる。
「あー。そうですか……。クーナなら来てませんよ」
「くはー! そうか! そいつは残念やな! モーナはんも来とらんし! 花が無いわ!」
クロキがそう言うとダラウゴンは手で顔を押さえ天井を仰ぐ。
そんなダラウゴンを横でポレンはジト目で見る。
クロキが周囲を見るとダラウゴン以外の男神々もどこか残念そうであった。
実はクーナはナルゴルの男神々が嫌で出席しなかったのである。おそらくモーナも同じ理由で出席しなかったのだろうとクロキは推測する。
「失礼ですがダラウゴン様。花なら私とヘルカート様がいますが」
クロキとダラウゴンの会話を聞いていた女官長のエンシェマが会話に割って入る。
エンプーサの女帝と呼ばれるエンシェマは、女官長であると同時に大魔女ヘルカートに従属する者であり、下級の神である。
そのためランフェルドと同じように出席している。
「えっ、えーと。まっ、まあ、そうやな。すまんかったエンシェマはん」
ダラウゴンは「がははは」と笑う。
どう見ても本心から言ってはいない様子であった。
エンシェマは綺麗な女性の姿をしているが、その正体は青銅の足を持つ巨大な雌蟷螂である。
エンプーサは様々な種族の雄を食べる種族であり、男なら近づきたくない相手だ。
花にしても棘が有りすぎるだろう。
そのためか、エンシェマに近づく男神はいない。
クロキは集まった神々を見る。
神々のほとんどは男性であった。
元々モデスの仲間であるナルゴルの神々には女神が少ない。
今日出席している女神はポレンとヘルカートとエンシェマと、トロル達が崇める山の女神トゥローラの娘である谷の女神ムーミぐらいであった。
ムーミもまたトロルの崇める神であり、柔らかい苔が体を覆っている所から緑の淑女と呼ばれる。
すごく優しい性格で、従属するトロルも穏やかな性格な者が多い。
「まあ、別に構いませんが」
エンシェマは興味なさそうにそっぽを向く。
エンシェマも言ってみただけで本気で怒ってはいない様子であった。
クロキが聞いたポレンの話によれば実はエンシェマはかなりの美少年好きとの事だった。
そう考えれば中年太りっぽいダラウゴンは好みではないはずであった。
「それよりも皆様がお揃いのようです。そろそろ、会合を始めるべきだと思います。閣下も姫様もよろしいですか?」
エンシェマの言葉にクロキとポレンは頷く。
会合に参加している神々はサイズが違うので席は用意されていない。
そのため各々が独自の場所に立つか、そのまま床に座る。
クロキはポレンと共に並ぶ。
「さて、全員そろったようだな。始めるとしよう。今回の事だが、皆の知っての通りザルキシスが力を取り戻した。エンシェマよ、奴について集めた情報を述べよ」
盟主であるモデスがそう言うと神々が騒がしくなる。
それだけ、ザルキシスは有名なのである。
呼ばれてエンシェマは前に出る。
「はい陛下。その死神ですが、ワルキアの地にいるそうです。おそらく、かつて自身の都であるモードガルに戻ったのだと思われます。どうなさいますか?」
そう言ってエンシェマは周りを見る。
神の中には自身の住処となる場所を持つ者がいる。
例えばラヴュリュスは迷宮都市ラヴュリュントス、セクメトラは黄金の都アルナックがそうだ。
そして、死の都モードガルはかつてザルキシスの住居であった。
生存が確認された後も戻ってはいなかったらしいが、力を取り戻した事で、ようやく戻ったのである。
「ワルキア? かの地は元々ザルキシスが支配していた場所。戻っても不思議ではありませんな」
ルーガスは髭を触りながら言う。
「確かにそうだな。ルーガス。さて、どうするか?」
モデスは考え込む。
モデスとザルキシスは敵対関係にある。
そもそもザルキシスが力を失ったのはモデスに負けたからだ。
そのザルキシスが力を取り戻した。モデスに復讐をしようとするかもしれない。
しかし、居場所がわかったのだから、こちらから攻める事も可能だろう。
「どうする必要もないと思うがね。奴らが最初に狙うのはエリオス。ザルキシスは冷静な男だ。こっちを狙わずに、あっちを狙うはずさ。互いに潰し合わせておけば良いさね。ゲロゲロゲロ」
ヘルカートが笑いながら言う。
ヘルカートはエリオスの事が好きではない。
そのため、エリオスがどうなろうと構わない。
しかし、それではヘイボスが危ないだろう。
「ヘイボスよ。オババはエリオスを狙うと言っているが、エリオスの方はどうなのだ?対応をしているのか?」
モデスは心配した様子でヘイボスに聞く。
「オーディスは動いておる。このヘイボスには知らされておらぬが、おそらくザルキシスがワルキアにいる事は気付いておるよ。聖騎士共が騒がしいからな。しかし、あの瘴気だらけの土地に攻め込むのはせぬだろうな。危険すぎる」
「確かにそうだな。あの地はザルキシスにとって有利な地。下手に踏み込めば並みの者なら危うい。しかし、だからと言って放っておくのは危険」
モデスは何か気になる事でもあるのか考え込む。
「ゲロ? どうしたんだい? 坊? 何か気になる事でもあるのかい?」
「オババよ。ザルキシスやディアドナが何を企んでいるのか気になる。何かとんでもない事をしようとしているような気がするのだ」
モデスは、すごく深刻そうな口調で言う。
「ゲロゲロゲロ。心配する事はないさね。ザルキシスの凍てつく力は坊の黒い炎の前では無力。例えディアドナがいても同じさ。ゲロゲロ。それに、そこの暗黒騎士がおる。何も怖れる事は無いよ」
深刻そうなモデスに対して、ヘルカートは楽観視している様子であった。
ザルキシスの凍てつく力は黒い炎を持つ者には効かない。
なぜ、ロクス王国でクロキだけは普通に動けたかの理由はそれであった。
つまり、クロキならばザルキシスに対抗できるである。
「オババよ。奴らの狙いが母の復活でもそう言えるか」
「ゲロ!?」
モデスの言葉にヘルカートは驚く声を出す。
ヘルカートだけではない。
その場にいる神々が騒ぎ始める。
今度はモデスも止めない。
「坊は……。奴らがあの御方を復活させるつもりだと思っているのかい?」
ヘルカートは油汗を流す。
ヘルカートだけでなくルーガスやダラウゴンに他の神々も恐怖の表情を浮かべている。
それはザルキシスが力を取り戻したと聞いた時の比ではなかった。
「その通りだオババ。方法はわからぬ。しかし、ザルキシスは力を取り戻した。復活の方法がないとは思えぬ。どうだルーガスよ、そうは思わないか?」
モデスはルーガスを見る。
「確かに絶対に不可能とは限りませぬ。このルーガスにも知らない事はありますので。それに可能かどうかは別としてディアドナとザルキシスならば、復活は考えそうな事です陛下」
ルーガスは首を振って答える。
その顔はどこか不安そうであった。
「ゲロッ。確かにそれは一大事だね。これはぜひとも確認したいところさね。誰かモードガルに入って様子を見に行けるものはいないかね?ゲロゲロ」
ヘルカートが神々を見る。
しかし、ほぼ全員がそっぽを向く。
ダラウゴンはわざとらしく口笛を吹いている。
「ヘルカート殿。それは無茶というものです。あの地はおそらくザルキシスの凍てつく力で満ちています。あの力に対抗できるのは黒い炎を持つ、我らが盟主のみと思いますよ」
1柱の神が前に出る。
その神は下半身が馬になった男神、風の賢神サジュタリスであった。
サジュタリスはケンタウロスが崇める四柱の兄弟神の末弟だ。
好色で暴れ者である兄と違い唯一理性的である。
普段はキソニア平原に住んでいるが、ダラウゴンと同じく会合に参加するためナルゴルへと来た。
また、サジュタリスは武技に通じていて、特に弓に関してはアルフォスと互角の腕前である。
ただ、争いを好まないので、その腕前を見せる機会はなかったりする。
「サジュタリスの言う通りだ。オババ。あの地に直接入るのは危険だ。まずは外から奴らを監視する。それから、皆で知恵を出し合おう」
「しかし、それだと遅いかもしれないよ。坊」
ヘルカートは首を振る。
「お待ちください! ヘルカート様! 私が行きます! 黒い炎を持つ私ならば死神に対抗する事が出来ます」
そう言って出てきたのはランフェルドであった。
ランフェルドも黒い炎を使える。
ザルキシスの凍てつく力にもある程度対応できるだろう。
「駄目だ! ランフェルド卿!」
しかし、モデスは即座に止める。
「ザルキシスは強い。凍てつく力に対抗できても、奴の力はそれだけではない。卿では勝てぬ」
「その通りだよ。ランフェルド。お前さんは強い。しかし、ザルキシスはもっと強い。だから、お前さんでは無理だよ。だけど、そこの暗黒騎士ならどうだろうね。ゲロゲロ」
ヘルカートはそう言うとクロキを見る。
その目から何が言いたいのかクロキにはわかった。
つまり、クロキに行けと言いたいようであった。
「えーっと……。ならば自分が行きましょうか?」
そう言うとヘルカートはにんまりと笑う。
「クロキよ。確かに、もし、あの地でザルキシスに勝てる者がいるとすれば、このモデスの他はお主しかおるまい。しかし、それでも危険で有る事に変わりは無い。奴らが何をしようとしているのか気になるが、無理はさせられん」
それに対してモデスは心配そうな顔をする。
(おそらく、自分が一番適任なのだろうな)
クロキは少し考えてそう結論付ける。
モデスやこの場にいる神々の様子を見る限り、ザルキシスを放っておくのは危険なのは間違いない。
クロキは死神ザルキシスと対峙した時、すごく危険な気配を感じた。
ザルキシスは生とは真逆の存在である。
そのザルキシスが何を考えているのかクロキも気になったのである。
だから、様子を見に行きたかった。
なぜなら、クロキもこの世界に生きる者なのだから。
「いえ、それでも行こうと思います。もちろん、危険だと思ったら即座に撤退します」
だから、クロキははっきりと言う。
クロキとモデスの視線が交差する。
そして、少しの時間が流れる。
「そうか、気を付けて行くのだぞ、クロキ」
モデスは諦めたように溜息を吐く。
どうやら、クロキが本気だとわかったのだろう。
(さて、クーナに何て言おう)
クロキは頷くとクーナの事を考えるのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
今回はザルキシス達との戦い。吸血鬼等が出ます。
モードガルの語源はモートとネルガル。どちらも死の神。
次回はモードガルにはまだ行かずに、レーナとクーナが出ます。
ちなみに前回で書き忘れていましたが、今回はレイジ達の出番はほぼないです。
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※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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