暗黒騎士物語

根崎タケル

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第7章 砂漠の獣神

第10話 獅子の女王と猫の王女

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 チユキが遠視の魔法を使うと、砂煙を上げてチャリオッツ軍団が近づいて来るのが見える。
 おそらく、アルナックから来た軍勢だろう。
 そのほとんどが犬人の戦士達である。
 上空にはハヤブサの頭を持つ鳥人バードマン達がチャリオッツの速度に合わせて飛んでいる。

「チャリオッツ達の後ろに隠れて、変な生き物がいるな」

 チユキの隣で目を凝らして見ているレイジが言う。
 レイジの言う通り、確かにチャリオッツ軍団の後ろに戦車とは違う巨大な生物が走っているのが見える。
 その生き物を表現するなら、獅子の鬣を持った鰐である。
 その鰐は鰐のような手足ではなく、前脚は獅子で、後ろ脚は河馬に見える。
 鈍重そうに見えるが、チャリオッツ軍団と同じ速度で走っている所を見るとかなり速いのだろう。

「あの鰐の頭を持った獣はアメミット。大丈夫、襲ってくる事はない」

 チユキ達の後ろにいるトトナが説明する。

「アメミットっていうと、罪を犯した者を食べるっていう噂の、あのアメミットなの?」
「そう。黒髪の賢者チユキ。そのアメミット。ただし、それは噂ではない真実」

 チユキが聞くとトトナは頷く。
 アメミットの頭は鰐、鬣と上半身が獅子、下半身は河馬に似ている魔獣だ。
 その名前は「貪り食うもの」を意味する
 裁判にて罪ある者をその魂ごと貪り食う魔獣であり。
 喰われた魂は二度と転生できず永遠の破滅を意味する。

「なるほど。それから女神トトナ。そのアメミットの上に乗っているのは何者かな?」
「あれはネルフィティよ。ジプシールのお姫様。トトナちゃんの友達よ」

 代わりにイシュティアが答える。

「ジプシールの姫? それならハルセスの姉か妹なの? つまり貴方の娘なの?」
「それは、違う。黒髪の賢者チユキ。ネルはハルセスの従姉妹。イシュティア様の娘ではない」

 トトナがそう答えた時だった。

「トトナーーん!!! 無事かにゃー!!!!!」

 アメミットの上から大きな声が聞こえる。
 アメミットはチャリオッツ達を追い抜いて、真っすぐにチユキ達の方に来る。
 近くで見るとアメミットはかなり大きく、馬を丸呑みに出来そうであった。
 アメミットは辿り着くと、その手前で止まる。

「トトナん!!!」

 アメミットの背から小さな人影が飛び降りるとトトナに抱きつく。
 飛び降りた人影は褐色の肌をした白い髪をした人間の14、5歳のぐらい少女に見える。
 ただし、人間と違い白い髪からは猫のような耳が生えて、白い装束のお尻の所から白い毛並の猫の尻尾が生えている。
 背中に翼が生えているが、飛ばずにアメミットに乗っていたので、飛ぶのは好きではないのかもしれないとチユキは思う。
 ジプシールの姫ネルフィティは白い衣装に黄金の飾りを体中に身に着けている。
 その姿はまさにお姫様であった。

「久しぶりにゃあ!! トトナん!! 会いたかったにゃあ!!」
「久しぶりネル。私も会いたかった」

 今まで表情を変えなったトトナはネルに笑いかける。

「おおっ!! それにしてもトトナん!! 何だかすごいのを連れているにゃあ!!」

 ネルはトトナから離れると後ろにいるキマイラを見上げる。

「この子はクロア。貴方のアムと仲良くして欲しい」

 トトナがクロアと呼ぶキマイラの首を撫でる。
 するとアメミットが現れた事で警戒していたキマイラの敵意が下がる。
 キマイラとアメミット、2匹の魔獣が並ぶと壮観であった。

「わかったにゃあ。アムちゃん。仲良くするにゃあ」

 ネルもまたアメミットの首を撫でる。

「姫様。トトナ殿とはそれくらいで」

 アメミットに続きたどりついたチャリオッツからジャッカルの頭を持つ者が降りてくる。

「そいつは御免にゃあ。イスデス」

 ネルが謝るとトトナから離れる。
 現れたジャッカルの頭を持つ者はジプシールの黒い軍神イスデスである。
 犬人はもちろん、他の種族のジプシールの戦士達から崇められている存在だ。

「お久しぶりです。イシュティア様にトトナ殿。ご無事ですか? マート殿から連絡を受け、もしやと思い、迎えに来たのですが間に合わず、申し訳ございません」
「別に構わないわ。全員無事なのだから。久しぶりね、イスデス。それにしても、こんなところまでアポフィスの蛇達が現れるなんて、どうしたの? ジプシール自慢のピラミッドの結界は破られたのかしら?」

「ぐっ、それは!! ここでは説明が難しいと言いますか……」

 イスデスが言葉につまる。目がチユキ達をちらちらと見ている。
 チユキ達がいては話しにくいようであった。

「イシュティア様。そちらの方々は? 容姿から見てエリオスの者のようですが?」
「ああ、彼は光の勇者レイジよ。噂は聞いた事があるでしょう?そして、横にいる黒髪が綺麗なのが、仲間である黒髪の賢者チユキよ」

 イスデスの問いにイシュティアが私とレイジを紹介する。

「なんと!? この者があの噂の……」

 イスデスは微妙な顔をする。
 傍目から見ても、良い噂ではない様子であった。

(まあ、仕方がないわね。レイジ君はジプシール神であるハルセスをブッ飛ばしたのだから)

 チユキは横のイシュティアを見る。
 イシュティアがいなければ敵と見做されていたかもしれない。
 そして、イスデスは次にトトナの方を見る。

「それから、トトナ殿。その後ろにいる者は?」

 イスデスは厳しい表情でトトナの後ろを見る。

「イスデス卿。大丈夫。このキマイラは私の支配下にある。暴れる事はない」

 トトナはキマイラの首を撫でて危険はない事をアピールする。

「いえ、そちらではなく。その白い布を被った面妖な者なのですが……」

 イスデスは怪しい者を見る目つきでメジェドを見る。
 メジェドはトトナの後ろに隠れているが、その怪しい存在感は凄まじい。

「彼はメジェド。怪しい者ではない」
「異議あり!!!!!!!」

 チユキはビシッっとメジェドを指差す。
 全員の視線がチユキに集まる。

「どうしたんだ、チユキ。気持ちはわかるが……。いつもと何か違うな」

 レイジが意外そうな目でチユキを見る。

「うう……、しまった。つい、やっちゃったわ」

 チユキは赤くなって俯く。
 実は先程からブルルルンが頭から消えないのである。
 イシュティアは彼を魔法生物か何かと思っているみたいだけど、あのブルルルンの生生しさから言って、魔法生物ではないはずであった。

(助けてくれたのは感謝するけど、何なのよ。このナマモノものは?)

 トトナは怪しくないと言うがどう考えても怪しさ120%である。
 そのため、チユキはまともにメジェドを見る事ができなかった。

「申し訳ございませんがトトナ様。賢者殿も異議を述べられています。ですので、その者を調べさせて欲しいのですが? 取りあえず、その布を取っていただきましょうか」

 イスデスはメジェドに近づく。

「「それは駄目!!!」」

 チユキとトトナの声が重なる。

「「「「えっ?」」」」

 再び全員の視線がチユキに集まる。

「どうしたんだ? チユキ? トトナが言うのはわかるが? どうして止めるんだ?」

 レイジは心配そうに言う。
 イシュティアやイスデスにトトナも意外そうな目をチユキに向けている。

「えーっと……。それは……。危険……。そう危険だからよ!!!」

 チユキはごにょごにょと言いにくそうにする。
 今布を取ってしまったら、ブルルルンがポロリとしてしまうだろう。
 それはあまりにも危険すぎた。

「危険? 確かに奴からは何か危険な何かを感じる。まるで……。いや、まさかな……」

 レイジは訝しげな視線をメジェドに向ける。

(まさか、レイジから同意してもらえるとは思わなかったわ。それにしても、危険なナニかって……。まさか、自分よりも大きい○○○を感じ取る能力が!! て、何を考えてるの私!?)

 チユキは変な事を考えてしまい頭をブンブン振る。

「ちょっと待つにゃあ!! イスデス!! この白い怪しいのはトトナんの従者にゃ!! トトナんが怪しくないと言っているのに!! なぜ疑うのにゃ」

 ネルは大声を出してメジェドを擁護する。
 しかし、ネル自身が怪しいと言っているので説得力が全くない。

「しかし、姫様……」

 なおもイスデスは食い下がる。
 すると、イシュティアが前に出る。

「ねえ、イスデス。そろそろ、良いのじゃない? いい加減にアルナックに向かいましょう。何時までもここにいる訳にはいかないでしょう?」
「し、しかし。イシュティア様……。危険ならばなおさら、アルナックに入れるわけにはいかないのですが……」
「そんな事を言ってもしょうがないでしょ。それにレイジに貴方がいるわ。だから大丈夫よ。それとも、自信がないの」

 イシュティアがそう言うとイスデスは黙る。

「そこまで言うのでしたら、わかりました……。仕方がありません」

 イスデスがしぶしぶ了承するとトトナがほっとした表情を見せる。
 メジェドも嬉しそうに腰をふりふりする。
 しかし、その動きは怪しすぎであった。

「決まりね。それじゃあ行きましょうか」

 イシュティアが言うとチユキ達は壊れた空船をイスデスの巨大なチャリオッツに結ぶ。
 巨大なチャリオッツはチャリオッツと言うよりも巨大な馬車と言うべきで、金属製の七頭のゴーレム馬が引くので、空船を引かせても問題なく走りそうであった。

「それにゃら、ネル達は先に行くにゃあ。行こうトトナん」
「ええ、ネル。それではイシュティア様。アルナックで会いましょう」

 トトナとメジェドはキマイラに乗り、ネルの乗るアメミットと並んで走る。
 アメミットは空を飛べないので陸路を行くようであった。
 それに合わせるようにイスデスの命令を受けた鳥人バードマン達が飛ぶ。
 鳥人バードマン達から緊張感がただよう。
 それだけ、メジェドを警戒しているようであった。
 遅れてチユキ達も出発する事にする。
 巨大なチャリオッツに引かれて空船は砂の上を進む。
 しばらく、すると巨大な建造物が見えてくる。

「うわあ!! ピラミッドが金色に輝いてる!!」

 チユキは思わず声を出す。
 ジプシールの防衛の要であるピラミッドはここに来るまでに幾つか見たが、黄金に輝いているのは初めてであった。
 横を見ると隣にいるレイジも驚いている。

「アルナックを守る黄金のピラミッドよ、レイジにチユキ。あのピラミッドを過ぎるとアルナックの領域に入るわ」

 イシュティアが説明する。

「すごいな。それに黄金に輝くスフィンクス像もあるな」

 レイジの言う通り、黄金のピラミッドの横には巨大なスフィンクス像がある。

「あれは、ピラミッドを守るゴーレムよ。許可なく近づくと攻撃してくるから気を付けてね」
「うっ……。それは残念。近くで見てみたかったのに」

 イシュティアの言葉にチユキは落胆する。

「落胆はする必要はないと思うぜ、チユキ。許可があれば見る事は可能なら、許可を貰えば良いさ」
「まあ、そうね。レイジ君。ねえ、イシュティア。お願いしても良いかな?」
「良いわよ。頼んでみるわ」

 イシュティアは楽しそうに「うふふふ」と笑う。
 黄金のピラミッドを過ぎると砂漠の砂が金色に変わる。
 砂金で出来た黄金砂漠である。
 夜が明けて朝日に照らされて、周囲がキラキラと輝く。

「見えたわ。あれが黄金の都アルナックよ」

 イシュティアが指し示す先に黄金に輝く宮殿が現れる。
 宮殿は巨大で小さな人間の都市よりも大きいだろう。
 チャリオッツ軍団が巨大な門に入る。
 すると、周囲の景色が緑の楽園へと変わる。
 綺麗な水が流れ、花が咲き乱れている。
 宮殿の中にこれほどの庭園を造る事にチユキは改めて驚く。
 戦車が止り、チユキ達は空船から降りる。

「お待ちしておりました。イシュティア様。陛下がお待ちになっております」

 スフィンクスの女性が飛んで来てイシュティアに頭を下げる。
 おそらく、アルナックの女官のようであった。
 その横にはチユキ達が乗って来た空船よりもさらに小さな空舟が宙に浮かんでいる。
 アルナックの宮殿は広い、歩いて進むには謁見の間まで遠すぎる。
 そのため、宮殿移動用の空舟に乗っていくのである。
 チユキ達が全員乗ると、スフィンクスの女官に先導されてアルナックの奥へと進む。
 やがて黄金に縁どられた、巨大な白い門へとたどり着く。
 その門の前で空舟が止る。

「お客様。ここからは自身の足でお願いします」

 スフィンクスの女官に促され、チユキ達が空舟を降りると巨大な門が開く。
 広い部屋の奥、少し高くなっている所にハルセスが立っているのが見える。
 ハルセスは睨みつけるようにレイジを見ている。
 しかし、レイジは涼しい顔だ。
 チユキ達が中に入ると、そこには先に来たトトナとメジェドが中央に立っている。
 その横にチユキ達は立つ。
 周囲を見るとスフィンクスに獣の頭を持った者達が脇に立っている。
 獣の頭を持った者達はジプシールに属する神々のようであった。
 その獣神達は興味深そうにチユキ達を見ている。

「貴様!! よくも!! ぬけぬけと顔を出せたな!!」

 ハルセスは高い場所から叫ぶ。

(やっぱり、怒っているわね。不味いのじゃないのかしら?)

 チユキは隣のイシュティアを見る。
 ハルセスの母である彼女ならば彼を止められるかもしれない。
 だけど、イシュティアはハルセスを見ていない。
 視線はハルセスの後ろを見ている。

「静かにするのじゃ、ハルセス」

 ハルセスの後ろから声がする。
 声を出したのはハルセスの後ろ、長椅子に横たわっている女性である。
 女性は声を出すと起き上がり、ハルセスの横へと行く。
 褐色の肌に白い髪、獣の耳に尻尾、背中からは翼が生えている。
 彼女の横に控えているネルに似ている。
 しかし、ネルが猫なら彼女は獅子だ。
 威圧感が全く違う。
 そして、その佇まいは女王のようである。
 獅子の女王と呼ぶべきだろう。

「しかし、叔母上。この者は……」
「この者達を知っているのか、ハルセス? 話ではこの者達はここに来るのは初めてのはずじゃ? そう言えばハルセスよ。そなたは、つい最近ジプシールを抜け出したな。理由は何じゃ?」

獅子の女王はハルセスを睨む。

「ええっと?それは……。ただ、ちょっと外に出たかっただけです。特に理由は……」

 ハルセスはしどろもどろに答える。
 獅子の女王はハルセスがレイジと戦った事を知らない様子であった。

「そうか、未だにあの女を追いかけているのかと思ったのじゃが? わらわの勘違いだったようじゃな。そなたには既に側室が何名もおる。そして、将来は我が娘ネルフィティが正室となる予定じゃ。あの女を妻に求める必要はない。当然じゃな」
「ハハハ、当然ですよ、叔母上」

 ハルセスは笑うが顔が引きつっている。
 奥にいるネルは冷めた表情でハルセスを見ている。
 その表情はハルセスとの婚約を良く思っていないようだった。

「それならば良い。しかし、支配者の身でありながら、勝手に軽々しくジプシールを抜け出したのは許せん。後で教育じゃな」
「ひーーーーー!!!!! 叔母上!! それだけは!!!」

 ハルセスの顔が恐怖に染まり声を上げる。
 しかし、獅子の女王がギロリと睨むと急に大人しくなる。
 その様子から、ジプシールを敵に回さなくても良さそうであった。
 その後、獅子の女王がようやく、チユキ達を見る。

「さて、久しぶりじゃな。イシュティア。それに光の勇者レイジに黒髪の賢者チユキだったかな。先に来たトトナから聞いておる。よくぞ、このアルナックに来た。わらわの名はセクメトラ。覚えておくがよいぞ」

 そう言って獅子の女王セクメトラは笑うのだった。

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