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第7章 砂漠の獣神
第5話 ジプシールの魔術師
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クロキはトトナと共に魔法によってナルゴルから転移する。
転移先は黒い部屋であった。
クロキの足元では転移の魔方陣が未だ光っている。
周囲を見ると部屋の壁には象形文字がびっしりと書き込まれ、照明によって照らされている。
クロキは部屋の空気に熱気を感じる。
ここはすでに砂漠の地ジプシールなのである。
本当に魔法とは便利だなとクロキは思う。
「トトナ。ここが、ここがプタハ王国なのですか?」
クロキはトトナに尋ねる。
ジプシールの神々が住まうのは黄金の都アルナックである。
しかし、アルナックには防衛上の理由から直接転移することができない。
そこで、クロキ達はトトナが転移可能であるプタハ王国からアルナックに向かう事にしたのである。
プタハ王国は人口が1万程の国であり、ドワーフが多く住んでいる事から別名で工芸の国と呼ばれている。
ジプシールではイシュティアにトトナやヘイボスも神として信仰されている事から、人間やドワーフも住んでいる。
そして、このプタハはジプシールにおけるヘイボス信仰の中心地だ。
東には医療の神としてヘルカートを崇める、蛙人が多く住むヘケト王国があり、北には愛の女神イシュティアを崇めるイシュス王国がある。
クロキ達はここから南にあるアルナックへと向かう予定であった。
「そうクロキ。ここがプタハ王国。そして、魔術師協会のジプシール支部でもある」
トトナはこくんと頷く。
プタハ王国には魔術師協会ジプシール支部がある。
知識と書物の女神であるトトナは魔術師の神でもある。
そして、サリアで魔術師協会を創設した者の一人である大賢者マギウスは彼女の使徒だ。
創設から700年たった今でもマギウスは健在で、名誉会長として魔術師協会の運営に関わっている。
サリアで学んだ魔術師は世界中に広がり、互いに連絡を取り合い、各地で支部を作った。
その1つがジプシール支部なのである。
「そうですか。ここが有名なジプシールの魔術師がいるところなのですね」
クロキがそういうとトトナが少し驚く。
「へえ、クロキ。くわしい」
「はい、トトナ。ジプシールの魔術師は優秀なことで有名ですから」
クロキは笑って答える。
ジプシール魔術師協会は本部であるサリアに次いで有名であった。
他の地域では魔術師協会の会員には人間の魔術師しかなれない。
しかし、ジプシールの魔術師協会は人間以外の種族でも会員になる事ができる。
また、暗黒魔術や死霊魔術を嫌うオーディス教徒やフェリア教徒の影響が少ないため、魔術の研究の規制が少ない。
幅広く門戸を開き、規制が少ないためか魔術の研究は他の地域よりも進み、優秀な魔術師を輩出している。
ジプシールの魔術師といえば優秀な魔術師の代名詞なのである。
「そう。ここの魔術師はとても優秀。そして、支部長は私の弟子でもある」
「えっ、そうなのですか?」
そのトトナの言葉に今度はクロキが驚く。
普通は神族から直接教わる事は出来ないのである。
ジプシールの支部長はとても優秀という事であった。
「クロキ。どうやら彼が私達を迎えに来たみたい。連絡していて良かった」
トトナが言うと、この部屋の入口の影から何者かが姿を現す。
その姿を見た瞬間、クロキは驚きの声が出そうになる。
姿を見せたのは黒いコガネムシの頭を持つ蟲人だったからだ。
蟲人は魔術師の杖を持っている事から、このジプシールの魔術師のようであった。
クーナの配下にも蟲人はいるが、コガネムシの蟲人はいない。
初めて見る種族であった。
「ようこそ、おいでくださいました。我が師トトナ様」
蟲人は前足を胸の前で交差して頭を下げる。
「久しぶり。ケプラー。それから、クロキ。紹介する。彼はケプラー。フンコロガシ人の魔術師で、この魔術師協会の支部長を務めている。また、黄金の賢者とも呼ばれる、とても優秀な魔術師」
「いえいえ、トトナ様。黄金の賢者とは、お恥ずかしい。私が賢者などと、私など、まだまだ若輩者でございます」
ケプラーは恥ずかしそうに前足で頭をかく。
「いえ、ケプラー。あなたの魔術の研究はとても素晴らしい。堂々と賢者を名乗るべき」
ケプラーは前足をぶんぶんと振って喜ぶ。
「おほめいただきありがとうございます。ところでトトナ様。こちらの方は?」
ケプラーはクロキを見る。
「ええと…彼は…」
ケプラーに問われトトナが困った顔をする。
クロキの正体を伝えて良いかどうか迷っているのである。
「大丈夫です。トトナ。なるだけ正体を隠したいのは事実ですが、貴方が信頼する者ならば、自分も信頼します」
ケプラーというフンコロガシ人はトトナがかなり信頼を寄せているようであった。
ならば自分も信頼しようとクロキは思う。
「ケプラー。彼はクロキ。貴方も聞いた事がないかしら? ナルゴル最強の暗黒騎士よ」
「なんと!! アリアディア共和国を恐怖のどん底に落とし込んだ黒き嵐の神ですと!! それがトトナ様と一緒におられるとは!? これは驚きです!!!」
トトナが紹介するとケプラーは驚く。
(ええと、何かよくわからないけど、自分の事はこのジプシールにも伝わっているみたいだ)
クロキは一体どう伝わっているのだろうかと、ちょっと気になる。
「色々と事情がある。それよりも、ケプラー。どこか、落ち着いて話せる場所はない?」
「それでしたら、協会の応接室があります。そこでしたら、外から話を聞かれる事はないでしょう」
そう言ってケプラーは背を向けてクロキ達を案内する。
クロキは途中で人間や猫人に、蜥蜴人や河馬人と出会う。
彼らはクロキ達に出会うと恭しく一礼して道を開ける。
トトナに礼をしているのではない。
騒ぎにならないようにトトナの到来はケプラーを除いて秘密にしている。
つまり、彼らはケプラーに一礼しているのである。
その彼らの態度から見てもケプラーの人望、いやフンコロガシ望が高い事がクロキにわかる。
ケプラーは応接室に着くと、協会の職員に客人と内々の話をするから、お茶を持って来た後は誰も近づかないように指示を出す。
協会支部の応接室はかなり広い。
床にはやわらかい絨毯が敷き詰められ。壁には調度品が飾られ、椅子には羽毛でも入っているのかやわらかいクッションが敷かれている。
ジプシールの魔術師協会はかなり裕福みたいであった。
クロキ達が座ると職員がお茶を運んできてくれる。
運んで来たお茶は2つで、クロキとトトナの前に出される。
ケプラーは飲まないようであった。
「あれ? これはコーヒー?」
お茶を見てクロキは思わず声を出す。
黒い色に、良い香。
運ばれてきたのはコーヒーようであった。
「クロキ様。このお茶はネペンテスという赤い果実の種子から作られた豆茶です。私は飲めないのですが、眠気を覚まし、様々な薬効があるみたいなので魔術師達の間で密かに飲まれているのですよ。どうぞ召し上がって下さい」
ケプラーは笑いながら説明する。
「そうですか……。それではいただきます」
クロキは豆茶を口にする。
クロキが元いた世界のコーヒーよりも独特の香がする。
しかし、間違いなくコーヒーであった。
(まさか、この世界でコーヒーを飲めるとは思わなかった)
クロキは久しぶりのコーヒーを楽しむ。
「ケプラー。以前に飲んだ豆茶よりも、香りが良い気がする。どういう事なの?」
トトナは首を傾げる。
「おや? お気づきになられましたか。トトナ様。実はこの豆茶は赤い果実を食べた香り猫のう〇こから未消化の種子を使ったのです。するとネペンテスの香が良くなったらしいのですよ。まあ、私にはわかりませんが。それにしても、トトナ様。まさか、たまたま私が食事中に発見した種子が、このように香り高くなるとは驚きました」
「そうなのケプラー。すごい発見。とても美味しい」
トトナとケプラーは笑い合う。
しかし、クロキとしては聞き逃せない言葉があった。
(えーっと、何故、たまたま発見できたのか深く考えない方が良さそうだな)
クロキは噴き出しそうになるのを我慢する。
「さて、ケプラー。本題に入る。アルナックに行きたいから、魔術師協会所有の船を貸してくれない?」
トトナが言うとケプラーが首を振る。
「それがトトナ様。協会の所有していた船なのですが……。今はないのです」
「おかしい? 前はあったはず。どういう事? ケプラー?」
「実はトトナ様。最近不可解な失踪事件が多発しているのです」
「不可解な失踪事件?」
「はい、最近多くの隊商が行方不明になっているのです。そして、つい最近近くのタウエレト王国の行方不明の事件が起きまして、その調査のために協会の魔術師を船で派遣したのですが……。その船ごと行方がわからなくなりまして」
ケプラーは困ったように頭をかく。
行方不明事件の調査に出た者が行方不明になったら意味がなく、ケプラーも頭が痛い様子であった。
「タウエレト王国。確か河馬人が多い国だったはず」
「はい、トトナ様。それにスフィンクスの方々も、お忙しいようです。我々の知らない所で何かが起こっているのかもしれません」
ケプラーの言葉にクロキとトトナは顔を見合わせる。
「そう、アルナックに行けばわかるかもしれない。でも船がないのは困った。このまま魔法で飛んで行くしかないかも」
「はあ、そうするしかありませんね。トトナ。グロリアスを連れて来ていたら、良かったのだけど……」
クロキは過去に聖レナリア共和国からナルゴルまで飛んだ事がある。
だから、やろうと思えば出来ない事はない。
しかし、出来る事なら、精神力を使うのでやりたくはなかった。
「ケプラー。乗り物は他にない? 近くにヒポグリフが生息しているとか?」
「いえ、トトナ様。ヒポグリフはおりません」
「他には?」
「そうですね……。そういえば、この近辺では最近キマイラが出没していますが……。しかし、キマイラでは……」
「キマイラが!?」
クロキはケプラーの言葉に思わず声を出してしまう。
キマイラは獅子、山羊、竜の頭を持ち、尻尾が蛇になっている、様々な動物を合成された姿を持つ、魔獣だ。
中々ユニークには姿をしているので、クロキは一度お目にかかりたいと思っていたのである。
キマイラの中には竜の翼を持つのもいるので空を飛べる。
捕まえれば乗り物になるだろう。
「はい、キマイラです。最初は行方不明の原因はそのキマイラではないかと疑ったのですが、事件を調べる限り、キマイラとは思えない所がありまして、別の原因を探している所でございます」
「ケプラー殿。そのキマイラは何処にいるのでしょうか?」
「まさか、キマイラを捕えるおつもりですか? 危険です。上位の竜程ではないですが、キマイラは凶悪です。近々討伐隊を出す予定になっています。おやめになった方がよろしいかと」
ケプラーはやめた方が良いと首を振る。
「確かに良い考えかもしれない。大丈夫。ケプラー。クロキは強い」
トトナが言うとケプラーはこちらをまじまじと見る。
「なるほど、噂通りの御方ならば、可能でしょう……。わかりました。キマイラが出没している地域をお教えしましょう」
これで話は決まった。
キマイラを捕まえようとクロキは思う。
しかし、出かける前に、やらなければならない事あった。
「ところでトトナ。もしかすると光の勇者と出会うかもしれません。争いになるかもしれませんから、出来る限り正体を隠したいのですが……。何か顔を隠すものを用意できないでしょうか」
そう言うとトトナは驚く。
「クロキは強いのに、レーナの勇者に遠慮するの? でも、戦いを避けようとする所は好き。ケプラー。クロキに身を隠す服等を用意できない?」
「はい、トトナ様。協会で用意できるものならば、いくらでも。ただ、もし正体を隠すのならば、今着ている服は全て脱いだ方が宜しいかと思います。ジプシールには鼻の効く者が多いので」
ケプラーが助言をする。
確かに獣人は鼻が効く。
ナルゴルの匂いを知っている者もいるかもしれなかった。
「わかりましたケプラー殿。今着ている服はこちらで預かっていただけないでしょうか?」
クロキが今着ているのはナルゴル産のどこにでもあるシャツとズボンである。
クーナとお揃いの指輪以外なら脱いでも問題はない。
「おやすい御用です。では服等を持って来させましょう」
ケプラーは職員を呼ぶと、衣装を持って来るように伝える。
数分後、職員が沢山の布を持って来てくれる。
それを見て、手に取る。
どれをみても、ただの白い布だ。
「あのケプラー殿。これは?」
「協会にある男性の身に付ける物を持ってこさせたのですが。お気に召しませんか?」
ケプラーに言われ、そこでクロキは思い出す。
この部屋に来るまでに出会った男性のほとんどが腰に布を一枚しか巻いていなかった。
魔術師らしき者も今トトナ着ているよう分厚いローブではなく、白い布を一枚巻いただけの簡素なものだった。
つまり、こういう服しかないのである。
それに、見る限り下着らしき物がない。
もしかすると下着をつける風習がないのかもしれない。
考えて見れば獣人は基本的に服を着ない。
ケンタウロスなんて、いつももろ出しである。
それがジプシール全体の風習なのかもしれなかった。
(仕方がない。この巨大な布を上から被り、目の所だけに穴を開けよう。これで顔は隠せるはずだ)
クロキは決心すると着替える事にする。
「いえ、ケプラー殿。ありがとうございます。それでは、これをいただきます」
大きな布を一枚手に取り、目の所に穴を開けて、上から被る。
クロキ自身には見えないが、かなり珍妙な格好になっているだろう。
「クロキ。かなり面白い格好になっている」
トトナは少し笑みを浮かべて言う。
しかし、笑われるのも仕方がないだろう。
他にやりようがあるかもしれないが、顔を隠す以上はどうしてもあやしくなる。
それならば、この珍妙な格好でも仕方がなかった。
「笑わないで下さい。トトナ。それから、出来れば違う名で呼んでくれませんか?正体がバレてしまうので」
どんなに顔を隠しても名前で呼ばれたら正体がバレては意味がない。
だから、この布を被っている間は違う名を名乗る事にする。
「違う名?」
「はい、違う名です。いわゆる偽名です。何でも良いので名付けてくれませんか?」
「わかった。クロキ。それなら打ち倒す者というのはどう?」
こうしてクロキはメジェドとなったのである。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
フンコロガシはスカラベと呼ばれ、エジプト神話にも出てきます。
ネペンテスはオデュッセイアに出て来る飲み物。コーヒー説があります。
否定されていますが、あえて出しました。
また、ジャコウネコのう〇こから取った未消化のコーヒー豆はコピ・ルアクと呼ばれ高値で取引されています。
転移先は黒い部屋であった。
クロキの足元では転移の魔方陣が未だ光っている。
周囲を見ると部屋の壁には象形文字がびっしりと書き込まれ、照明によって照らされている。
クロキは部屋の空気に熱気を感じる。
ここはすでに砂漠の地ジプシールなのである。
本当に魔法とは便利だなとクロキは思う。
「トトナ。ここが、ここがプタハ王国なのですか?」
クロキはトトナに尋ねる。
ジプシールの神々が住まうのは黄金の都アルナックである。
しかし、アルナックには防衛上の理由から直接転移することができない。
そこで、クロキ達はトトナが転移可能であるプタハ王国からアルナックに向かう事にしたのである。
プタハ王国は人口が1万程の国であり、ドワーフが多く住んでいる事から別名で工芸の国と呼ばれている。
ジプシールではイシュティアにトトナやヘイボスも神として信仰されている事から、人間やドワーフも住んでいる。
そして、このプタハはジプシールにおけるヘイボス信仰の中心地だ。
東には医療の神としてヘルカートを崇める、蛙人が多く住むヘケト王国があり、北には愛の女神イシュティアを崇めるイシュス王国がある。
クロキ達はここから南にあるアルナックへと向かう予定であった。
「そうクロキ。ここがプタハ王国。そして、魔術師協会のジプシール支部でもある」
トトナはこくんと頷く。
プタハ王国には魔術師協会ジプシール支部がある。
知識と書物の女神であるトトナは魔術師の神でもある。
そして、サリアで魔術師協会を創設した者の一人である大賢者マギウスは彼女の使徒だ。
創設から700年たった今でもマギウスは健在で、名誉会長として魔術師協会の運営に関わっている。
サリアで学んだ魔術師は世界中に広がり、互いに連絡を取り合い、各地で支部を作った。
その1つがジプシール支部なのである。
「そうですか。ここが有名なジプシールの魔術師がいるところなのですね」
クロキがそういうとトトナが少し驚く。
「へえ、クロキ。くわしい」
「はい、トトナ。ジプシールの魔術師は優秀なことで有名ですから」
クロキは笑って答える。
ジプシール魔術師協会は本部であるサリアに次いで有名であった。
他の地域では魔術師協会の会員には人間の魔術師しかなれない。
しかし、ジプシールの魔術師協会は人間以外の種族でも会員になる事ができる。
また、暗黒魔術や死霊魔術を嫌うオーディス教徒やフェリア教徒の影響が少ないため、魔術の研究の規制が少ない。
幅広く門戸を開き、規制が少ないためか魔術の研究は他の地域よりも進み、優秀な魔術師を輩出している。
ジプシールの魔術師といえば優秀な魔術師の代名詞なのである。
「そう。ここの魔術師はとても優秀。そして、支部長は私の弟子でもある」
「えっ、そうなのですか?」
そのトトナの言葉に今度はクロキが驚く。
普通は神族から直接教わる事は出来ないのである。
ジプシールの支部長はとても優秀という事であった。
「クロキ。どうやら彼が私達を迎えに来たみたい。連絡していて良かった」
トトナが言うと、この部屋の入口の影から何者かが姿を現す。
その姿を見た瞬間、クロキは驚きの声が出そうになる。
姿を見せたのは黒いコガネムシの頭を持つ蟲人だったからだ。
蟲人は魔術師の杖を持っている事から、このジプシールの魔術師のようであった。
クーナの配下にも蟲人はいるが、コガネムシの蟲人はいない。
初めて見る種族であった。
「ようこそ、おいでくださいました。我が師トトナ様」
蟲人は前足を胸の前で交差して頭を下げる。
「久しぶり。ケプラー。それから、クロキ。紹介する。彼はケプラー。フンコロガシ人の魔術師で、この魔術師協会の支部長を務めている。また、黄金の賢者とも呼ばれる、とても優秀な魔術師」
「いえいえ、トトナ様。黄金の賢者とは、お恥ずかしい。私が賢者などと、私など、まだまだ若輩者でございます」
ケプラーは恥ずかしそうに前足で頭をかく。
「いえ、ケプラー。あなたの魔術の研究はとても素晴らしい。堂々と賢者を名乗るべき」
ケプラーは前足をぶんぶんと振って喜ぶ。
「おほめいただきありがとうございます。ところでトトナ様。こちらの方は?」
ケプラーはクロキを見る。
「ええと…彼は…」
ケプラーに問われトトナが困った顔をする。
クロキの正体を伝えて良いかどうか迷っているのである。
「大丈夫です。トトナ。なるだけ正体を隠したいのは事実ですが、貴方が信頼する者ならば、自分も信頼します」
ケプラーというフンコロガシ人はトトナがかなり信頼を寄せているようであった。
ならば自分も信頼しようとクロキは思う。
「ケプラー。彼はクロキ。貴方も聞いた事がないかしら? ナルゴル最強の暗黒騎士よ」
「なんと!! アリアディア共和国を恐怖のどん底に落とし込んだ黒き嵐の神ですと!! それがトトナ様と一緒におられるとは!? これは驚きです!!!」
トトナが紹介するとケプラーは驚く。
(ええと、何かよくわからないけど、自分の事はこのジプシールにも伝わっているみたいだ)
クロキは一体どう伝わっているのだろうかと、ちょっと気になる。
「色々と事情がある。それよりも、ケプラー。どこか、落ち着いて話せる場所はない?」
「それでしたら、協会の応接室があります。そこでしたら、外から話を聞かれる事はないでしょう」
そう言ってケプラーは背を向けてクロキ達を案内する。
クロキは途中で人間や猫人に、蜥蜴人や河馬人と出会う。
彼らはクロキ達に出会うと恭しく一礼して道を開ける。
トトナに礼をしているのではない。
騒ぎにならないようにトトナの到来はケプラーを除いて秘密にしている。
つまり、彼らはケプラーに一礼しているのである。
その彼らの態度から見てもケプラーの人望、いやフンコロガシ望が高い事がクロキにわかる。
ケプラーは応接室に着くと、協会の職員に客人と内々の話をするから、お茶を持って来た後は誰も近づかないように指示を出す。
協会支部の応接室はかなり広い。
床にはやわらかい絨毯が敷き詰められ。壁には調度品が飾られ、椅子には羽毛でも入っているのかやわらかいクッションが敷かれている。
ジプシールの魔術師協会はかなり裕福みたいであった。
クロキ達が座ると職員がお茶を運んできてくれる。
運んで来たお茶は2つで、クロキとトトナの前に出される。
ケプラーは飲まないようであった。
「あれ? これはコーヒー?」
お茶を見てクロキは思わず声を出す。
黒い色に、良い香。
運ばれてきたのはコーヒーようであった。
「クロキ様。このお茶はネペンテスという赤い果実の種子から作られた豆茶です。私は飲めないのですが、眠気を覚まし、様々な薬効があるみたいなので魔術師達の間で密かに飲まれているのですよ。どうぞ召し上がって下さい」
ケプラーは笑いながら説明する。
「そうですか……。それではいただきます」
クロキは豆茶を口にする。
クロキが元いた世界のコーヒーよりも独特の香がする。
しかし、間違いなくコーヒーであった。
(まさか、この世界でコーヒーを飲めるとは思わなかった)
クロキは久しぶりのコーヒーを楽しむ。
「ケプラー。以前に飲んだ豆茶よりも、香りが良い気がする。どういう事なの?」
トトナは首を傾げる。
「おや? お気づきになられましたか。トトナ様。実はこの豆茶は赤い果実を食べた香り猫のう〇こから未消化の種子を使ったのです。するとネペンテスの香が良くなったらしいのですよ。まあ、私にはわかりませんが。それにしても、トトナ様。まさか、たまたま私が食事中に発見した種子が、このように香り高くなるとは驚きました」
「そうなのケプラー。すごい発見。とても美味しい」
トトナとケプラーは笑い合う。
しかし、クロキとしては聞き逃せない言葉があった。
(えーっと、何故、たまたま発見できたのか深く考えない方が良さそうだな)
クロキは噴き出しそうになるのを我慢する。
「さて、ケプラー。本題に入る。アルナックに行きたいから、魔術師協会所有の船を貸してくれない?」
トトナが言うとケプラーが首を振る。
「それがトトナ様。協会の所有していた船なのですが……。今はないのです」
「おかしい? 前はあったはず。どういう事? ケプラー?」
「実はトトナ様。最近不可解な失踪事件が多発しているのです」
「不可解な失踪事件?」
「はい、最近多くの隊商が行方不明になっているのです。そして、つい最近近くのタウエレト王国の行方不明の事件が起きまして、その調査のために協会の魔術師を船で派遣したのですが……。その船ごと行方がわからなくなりまして」
ケプラーは困ったように頭をかく。
行方不明事件の調査に出た者が行方不明になったら意味がなく、ケプラーも頭が痛い様子であった。
「タウエレト王国。確か河馬人が多い国だったはず」
「はい、トトナ様。それにスフィンクスの方々も、お忙しいようです。我々の知らない所で何かが起こっているのかもしれません」
ケプラーの言葉にクロキとトトナは顔を見合わせる。
「そう、アルナックに行けばわかるかもしれない。でも船がないのは困った。このまま魔法で飛んで行くしかないかも」
「はあ、そうするしかありませんね。トトナ。グロリアスを連れて来ていたら、良かったのだけど……」
クロキは過去に聖レナリア共和国からナルゴルまで飛んだ事がある。
だから、やろうと思えば出来ない事はない。
しかし、出来る事なら、精神力を使うのでやりたくはなかった。
「ケプラー。乗り物は他にない? 近くにヒポグリフが生息しているとか?」
「いえ、トトナ様。ヒポグリフはおりません」
「他には?」
「そうですね……。そういえば、この近辺では最近キマイラが出没していますが……。しかし、キマイラでは……」
「キマイラが!?」
クロキはケプラーの言葉に思わず声を出してしまう。
キマイラは獅子、山羊、竜の頭を持ち、尻尾が蛇になっている、様々な動物を合成された姿を持つ、魔獣だ。
中々ユニークには姿をしているので、クロキは一度お目にかかりたいと思っていたのである。
キマイラの中には竜の翼を持つのもいるので空を飛べる。
捕まえれば乗り物になるだろう。
「はい、キマイラです。最初は行方不明の原因はそのキマイラではないかと疑ったのですが、事件を調べる限り、キマイラとは思えない所がありまして、別の原因を探している所でございます」
「ケプラー殿。そのキマイラは何処にいるのでしょうか?」
「まさか、キマイラを捕えるおつもりですか? 危険です。上位の竜程ではないですが、キマイラは凶悪です。近々討伐隊を出す予定になっています。おやめになった方がよろしいかと」
ケプラーはやめた方が良いと首を振る。
「確かに良い考えかもしれない。大丈夫。ケプラー。クロキは強い」
トトナが言うとケプラーはこちらをまじまじと見る。
「なるほど、噂通りの御方ならば、可能でしょう……。わかりました。キマイラが出没している地域をお教えしましょう」
これで話は決まった。
キマイラを捕まえようとクロキは思う。
しかし、出かける前に、やらなければならない事あった。
「ところでトトナ。もしかすると光の勇者と出会うかもしれません。争いになるかもしれませんから、出来る限り正体を隠したいのですが……。何か顔を隠すものを用意できないでしょうか」
そう言うとトトナは驚く。
「クロキは強いのに、レーナの勇者に遠慮するの? でも、戦いを避けようとする所は好き。ケプラー。クロキに身を隠す服等を用意できない?」
「はい、トトナ様。協会で用意できるものならば、いくらでも。ただ、もし正体を隠すのならば、今着ている服は全て脱いだ方が宜しいかと思います。ジプシールには鼻の効く者が多いので」
ケプラーが助言をする。
確かに獣人は鼻が効く。
ナルゴルの匂いを知っている者もいるかもしれなかった。
「わかりましたケプラー殿。今着ている服はこちらで預かっていただけないでしょうか?」
クロキが今着ているのはナルゴル産のどこにでもあるシャツとズボンである。
クーナとお揃いの指輪以外なら脱いでも問題はない。
「おやすい御用です。では服等を持って来させましょう」
ケプラーは職員を呼ぶと、衣装を持って来るように伝える。
数分後、職員が沢山の布を持って来てくれる。
それを見て、手に取る。
どれをみても、ただの白い布だ。
「あのケプラー殿。これは?」
「協会にある男性の身に付ける物を持ってこさせたのですが。お気に召しませんか?」
ケプラーに言われ、そこでクロキは思い出す。
この部屋に来るまでに出会った男性のほとんどが腰に布を一枚しか巻いていなかった。
魔術師らしき者も今トトナ着ているよう分厚いローブではなく、白い布を一枚巻いただけの簡素なものだった。
つまり、こういう服しかないのである。
それに、見る限り下着らしき物がない。
もしかすると下着をつける風習がないのかもしれない。
考えて見れば獣人は基本的に服を着ない。
ケンタウロスなんて、いつももろ出しである。
それがジプシール全体の風習なのかもしれなかった。
(仕方がない。この巨大な布を上から被り、目の所だけに穴を開けよう。これで顔は隠せるはずだ)
クロキは決心すると着替える事にする。
「いえ、ケプラー殿。ありがとうございます。それでは、これをいただきます」
大きな布を一枚手に取り、目の所に穴を開けて、上から被る。
クロキ自身には見えないが、かなり珍妙な格好になっているだろう。
「クロキ。かなり面白い格好になっている」
トトナは少し笑みを浮かべて言う。
しかし、笑われるのも仕方がないだろう。
他にやりようがあるかもしれないが、顔を隠す以上はどうしてもあやしくなる。
それならば、この珍妙な格好でも仕方がなかった。
「笑わないで下さい。トトナ。それから、出来れば違う名で呼んでくれませんか?正体がバレてしまうので」
どんなに顔を隠しても名前で呼ばれたら正体がバレては意味がない。
だから、この布を被っている間は違う名を名乗る事にする。
「違う名?」
「はい、違う名です。いわゆる偽名です。何でも良いので名付けてくれませんか?」
「わかった。クロキ。それなら打ち倒す者というのはどう?」
こうしてクロキはメジェドとなったのである。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
フンコロガシはスカラベと呼ばれ、エジプト神話にも出てきます。
ネペンテスはオデュッセイアに出て来る飲み物。コーヒー説があります。
否定されていますが、あえて出しました。
また、ジャコウネコのう〇こから取った未消化のコーヒー豆はコピ・ルアクと呼ばれ高値で取引されています。
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