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第7章 砂漠の獣神
第4話 獣人の国
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セアードの内海は中央、西、南の3つの大陸に挟まれた海である。
内海であるためか波が穏やかで、雨を運ぶ外界の影響を受けにくく、乾燥している地域が多い。
特に西大陸と南大陸の北部は特に乾燥していて広大な砂漠地帯を形成している。
その乾燥した南大陸の北東部のサヌキラ砂漠にジプシールの地がある。
イシュス王国はそのジプシールの北部、ナイアル河の河口にある。
人口は1万5千ぐらい。
ただし、住民のほとんどは普通の人ではない。
住民のほとんどが猫、犬、羊、鳥等の頭を持つ獣人である。
このジプシールの地は数多の獣人が共生しているのだ。
このイシュティア神殿の壁画にも数多くの獣人が描かれている事からも、その事がわかる。
これは世界でも珍しい光景であった。
普通ならこれだけの違う種族が集まれば争いが生まれる。
現にジプシール以外の獣人は人間も含めて違う種族同士で争っている。
しかし、ジプシールでは共存している。
それも全てジプシールの神々とその眷属であるスフィンクス達の力量と言えるだろう。
彼女達が獣人達を統治する事でこのジプシールは平和なのである。
そして、チユキとレイジは今イシュス王国に来ている。
チユキはイシュティア神殿の2階から外を眺める。
外にはナイアル河が見え、チユキは強い熱気を肌で感じる。
つい数時間前までエルド王国にいたのが嘘みたいであった。
中央大陸東部から一気に別の大陸へと移動する。
本当に魔法とは便利だとチユキは思う。
見下ろすと神殿前の広場では数多の獣人が行き交っている。
チユキは獣人達を見るのは初めてではない。
獣人達の多くはジプシールに住んでいるが、中にはジプシールの外に出て旅をする者もいる。
チユキは過去にジプシール出身者で構成されたキャラバンに出会った事がある。
キャラバンは様々な獣人や人間にドワーフ等がいてとても雑多であり、彼らは馬車に乗り各地を放浪して生活している。
ただ、獣人はエリオスの神々の眷属しか認めないオーディスやフェリアの教団から見たら排除すべき存在だ。
そのため迫害の対象になる事もある。
しかし、それでも比較的迫害されない外街等で人間と交流する事もある。
そのとき、彼らは占いや歌や踊り等の芸を見せてお金を稼いだりする。
猫人のジプシールの娘と人間の若者の恋物語等の歌は特に有名である。
ただ、彼女達の中には持ち前の俊敏さを活かして盗みを働く者もいる。
猫人の彼女達にとって仲間以外から盗んでも何ら悪い事ではないのだ。
ただ、それが迫害される理由の1つにもなっている。
「チユキ。ここにいたのか」
2階に上がって来たレイジがチユキに声を掛ける。
「レイジ君。アルナックに行く用意はもう出来たの?」
黄金の都アルナックはジプシールの神々の住まう地だ。
アルナックはここから南のジプシールの中心にある。
これからナイアル川を上ってそこに向かう予定だ。
直接アルナックに転移できれば良いのだが、それは防衛上の理由から禁止されている。
そのため、転移可能なイシュス王国から移動しなければならない。
だから、チユキ達はイシュティアが設定した転移門を通り、アルナックから離れたイシュス王国へと来たのである。
なんとも面倒な事である。
「それにしても面白い所だな。ジプシールは」
レイジが景色を見ながら言う。
イシュスの市街地から外は砂の大地が広がっている。
チユキ達が普段活動している中央大陸東部とかなり違う。
「そうね。他の地域ではこんな光景は見る事はできないわね。シロネさんが元に戻ったらみんなでまた来ましょう」
「ああそうだな」
チユキとレイジは2人で外を眺める。
そこで、ふとチユキは視線を感じる。
チユキは横を見るとレイジがじろじろと見ている。
「うん? どうしたの?レイジ君?」
「良く似合っているじゃないか」
「ああ、そう。そりゃどうも」
チユキはそっけなく答える。
チユキは今ジプシールの衣装に着替えている。
白いシースドレスに金糸銀糸のベルトに様々な宝石。
目には蒼のアイシャドー。口紅はジプシール産のマゼンダが使われている
腕や足にも金や銀の装飾品を身に付けている。
中々優雅な装いであった。
これらは全てイシュティアから借りたものである。
顔にこそ出さないが、こういったエキゾチックな衣装を着る事をチユキは楽しく感じていた。
ただ、問題があるならば、足の先から腰までスリットが入っているので太ももの際どい所まで見えている事だ。
ちょっとだけチユキは恥ずかしく感じる。
しかし、一緒にジプシールに来たイシュティアを前にしたら、この程度の露出で恥ずかしがるのもおかしかった。
そんな事を考えているとレイジに続いて誰かが2階に上がってくる。
上がって来たのはイシュティアとお付きの猫人達である。
「ここにいたの? 2人共、仲が良いのね」
イシュティアは笑いながら言う。
イシュティアもまたチユキと同じようにジプシールの衣装に身を包んでいる。
もっとも肌の露出はチユキよりも多い。
大きく開いた胸元から零れ落ちそうな爆乳に、ちょっと動くだけでお尻まで見えてしまいそうになるくらいスリットが上まで上がっている。
かなり上までスリットが上がっているのに下着の線が見えない、おそらく下着を履いていないのだろうとチユキは推測する。
とんでもないエロさであった。
チユキはこの爆乳セクシーエロ女神を前にすると、この程度の肌の露出で恥ずかしがるのが馬鹿らしくなってくる。
彼女の横にいたら、ほぼ全ての男性がそちらの方に目が行くに決まっている。
この女神に太刀打ち出来る者がいるとすればレーナぐらいだろうとチユキは思う。
だからこそチユキはレイジに褒められてもそっけなく返したのだ。
「さあ、用意ができたみたいよ。出発しましょう」
チユキの気持ちも知らず、イシュティアは魅力的な笑みを浮かべて言う。
チユキ達はイシュティアに連れられて2階から降りる。
これから港へと向かうのだ。
「用意は出来ております。女神様」
大きな御輿の前で豪華な衣装に身を包んだ猫人が腕を胸の前で交差させて頭を下げる。
腕を胸の前で交差して頭を下げるのが、この国のお辞儀の仕方だ。
先頭で頭を下げた猫人の彼女の名はバトシェプト。
このイシュス王国の神の代理を務めている。
神の代理は人間で言う王と同じである。
もっとも、神と王の距離はかなり近い。
エリオスの神達は人間に対してあまり干渉しないのに対して、ジプシールの神達は干渉する事が多い。
チユキ達はバトシェプトの用意した御輿に乗る。
神輿は金細工で飾られ豪華である。
ジャッカルの頭を持つ犬人の警護の数が多く、チユキは少し大げさに感じる
やがて、チユキ達を乗せた御輿が動き出す。
運ぶのは人間の奴隷だ。
獣人の多いジプシールにも人間はいる。
ただし、獣人よりも立場が低い。
中には奴隷になる者もいる。
日本で現代の教育を受けたチユキには奴隷制に対して抵抗感がある。
しかし、今は文句を言うべき時ではない。
今はシロネを助ける事を優先すべきであった。
この地方特有の浅黒い肌を持った人間達が御輿を担ぎ道に出る。
御輿は巨大であり、チユキやレイジにイシュティア、それにバトシェプトに侍女が2名乗っても、まだ余裕がある。
イシュティアがチユキ達の対面に座る。
足を組むと見えてはいけないものが見えそうであった。
「どうレイジ、この国は?」
イシュティアは「ふふふ」と笑いながら言う。
このイシュス王国はイシュティアに捧げられたものである。
元は違う名前だったのをイシュティアが改名させた。
バトシェプトはイシュティアの代理としてこの国を治めているのだ。
「なかなか、面白い国だな。獣人をこんなに見るとは思わなかった」
レイジは外を見る。
薄絹のカーテンの隙間から見える市街地ではイシュス王国の民達が地面に額をつけてひれ伏している。
これが普通の光景なら、出かけるだけでも大変そうであった。
「確かにこれだけの獣人を見るのは初めてだわ……」
チユキもまたレイジと同じように外を見る。
「うん? あれは?」
ひれ伏している人々の後ろの方で何かが動いているのが見えた。
影は御輿に合わせるように移動している。
その動きに何か嫌なものをチユキは感じる。
「おや、チユキも気付いたか。さっきから俺達を狙っている者がいるようだ」
「そうね、レイジ。ふふふ、私を狙っているみたいね。面白いわ」
チユキよりも先に気付いていたレイジとイシュティアは外を見て笑う。
特にイシュティアは自らが狙われているにも関わらず楽しそうである。
チユキはそんなイシュティアを見てレイジと似ていると思う。
「申し訳ございません!! 我が偉大なる神よ!! まさか、このような不埒者がいるとは!!」
共に乗っているバトシェプトが床に頭をつけて謝る。
「別に良いわ。ところで何者かわかる?」
「いえ……。わたしくめには何もわかりません。まさか、偉大なる神を狙う者がいる事自体信じられません」
自らの管理する国に不届き者がいたせいだろうか、バトシェプトは震えながら言う。
「あらそうなの? 普段よりも警備が厳重だから何か知っているのかと思ったのだけど」
「その事なのですが……。その……最近、偉大なるスフィンクス様方から警備を厳重にするように下知
がありました。そのために警備を3倍にしているのです」
「警備を厳重に? 何かあったのかしらねえ?」
イシュティアは首を傾げる。
「まあ良いさ。あそこにいる奴らを捕えれば済む話さ。何か知っているかもしれないからな。ちょっと行って来る」
「そんな!! 滅相もない!! すぐに警備の者達に捕えさせます!! 者共!! 不埒者を捕えよ!!」
レイジが神輿から出ようとするとバトシェプトが慌てて警備を動かそうとする。
「遅いな。襲って来るぞ」
レイジがそう言った時だった。
御輿が進んでいる前方の道で爆発が起こる。
チユキの耳に民たちの悲鳴が聞こえる。
御輿が降ろされ。担いでいる者達と犬人達が剣を抜き備える。
「何? この匂い?」
爆発の煙から異臭を感じるとチユキは鼻を押さえる。
「いやな匂い。おそらく犬人対策ね」
イシュティアの言う通り外の犬人達が苦しみ始める。
鼻の良い犬人にとってこの異臭は強烈なようであった。
「かなり用意周到ね。私達が来るのがわかっていたのかしら?」
チユキは鼻を押さえながら言うと、魔法を発動させて煙の中の襲撃者の姿を見る。
前身黒ずくめの者達が剣を掲げて迫って来る。
犬人の戦士達は動けそうにない
「それはわからない。だが、聞けばわかる事だ。今度こそ行って来るぞ!」
そう言うとレイジは神輿から飛び出す。
その動きは光のごとくである。
「さすがね。この私が見切れないなんて。うふふ、アル以来じゃない。力と容姿を兼ね添えた男は」
イシュティアは嬉しそうに言う。
チユキはそんなイシュティアに構わず魔法でレイジを探す。
レイジは御輿の上に立ち襲撃達を見降ろしている。
襲撃者達は反りの入った小剣を逆手に持ち、レイジを見上げる。
「何者かは知らないが、イシュティアに害をなすつもりなら。倒させてもらう」
レイジはそう言うと光の剣を抜き、襲撃者に向かう。
その動きは電光石火。
瞬く間に襲撃者を倒していく。
そして、数秒後には襲撃者全員を倒してしまう。
「ご苦労様レイジ君」
襲撃者が全員倒されると私とイシュティアは御輿を降りる。
「さすが。やるわね。レイジ」
レイジが守ってくれたからだろうか? イシュティアが御輿から降りると嬉しそうに言う。
「別に俺がいなくても何とか出来ただろ。これぐらいの相手ならな」
レイジが私達の後ろの方を見る。
振り返ると私の後ろに誰かがいる。
「ピ!? ピスティス神!!?」
チユキは叫び声を上げる。
魔法で警戒をしていたのにもかかわらず、何時の間にか後ろにピスティスがいたのでチユキは驚く。
ピスティスは盗みの神であり、隠形の使い手である。
彼の力を使えば襲撃者はレイジがいなくても大丈夫だっただろう。
そもそも、神であるイシュティアだって人間に比べれば強いはずなのである。
襲って来たのは訓練はされているが、人間であった。
つまり、イシュティアに危険は全くなかったのである。
「ふふふ、確かにそうね。危険はなかったわ。でも、さすがレーナちゃんの勇者なだけあるわ。ピスティスに気付ける者は神族でも少ないのよ」
「そいつはどうも」
レイジとイシュティアは見つめあう。
何だか良い雰囲気だ。
「あのイシュティア。楽しそうにしている所を悪いのですが、警備の人や周りの人の治療をした方が良いのでは……。それに襲撃者も調べないと」
チユキが言うとイシュティアが今気付いたという顔をする。
襲撃者にも怪我人にも興味はないようだ。
「あら、そうね。バトシェプト。怪我をしている者がいたら治療をしてあげないさい」
「はい偉大なる神よ!! 意識が有る者がいるのなら至急宮殿に戻り救援を連れて来なさい!!」
バトシェプトは煙で倒れなかった犬人達に命令する。
犬人の何名かが走り出す。
「さて、襲撃者は? 人間のようだけど、何者かしら? 操られているのなら助けてあげないと……」
チユキは襲撃者の1人に近づく。
襲撃者は全身黒ずくめで、顔が見えない。
そこで、襲撃者の持つ剣の柄の部分の紋章に気付く。
「これは邪眼の紋章? もしかして拝蛇教徒!!?」
チユキは思わず声を上げる。
「おや詳しいね。おねーさん。そうだよ。そいつらは間違いなく蛇の女王の信徒だね」
ピスティスは「にしし」と笑いながら言う。
拝蛇教徒はラミアやゴーゴンを母とし、蛇の女王ディアドナを崇める人間達である。
拝蛇教徒達の教団はイシュティア信徒と同じようにアサシュの霊薬を使う暗殺者を擁している。
ただ、イシュティア信徒とは違い毒を使う事が多い。
その拝蛇教団は別名殺人教団と呼ばれ、多くの人間の命を蛇の女王に供物として捧げる事を教義とする。
そのため、彼らは人間社会からは邪教と呼ばれる。
まさか、こんなところで拝蛇教徒と出会うとはチユキは思わず、驚く。
「まさか、こんな所にディアドナの信徒がいるなんて。これが警備を厳重にする理由なのかしら?何か知っている? ピスティス?」
「いえ、イシュティア様。おいらもはっきりとは理由を知りません。だけど、何かが起こっているのは間違いないと思いますよ。にしししし」
ピスティスが笑うと彼のお尻から生えた猿の尻尾がゆらゆらと揺れる。
「なるほどね。何が起こっているのかしら?面白そうね」
イシュティアは不敵な笑みを浮かべる。
本当に楽しそうであった。
(はあ、イシュティアはレイジ君と同じく荒事が好きなのかもしれないわね)
チユキは行く先に面倒な事が待ち構えているような気がするのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
獣人の国を作るなら、神話的に考えてエジプト風にするしかありませんでした。我ながら安直です(*T▽T*)
そもそも、壁画から古代エジプトにはビーストマンが存在していたのはまぎれもない事実だと思います。 なぜ、どの世界史の教科書にもビーストマンが存在していた事を書いていないのか不思議だったりします。
そして、拝蛇教徒は色々と変更していますが、アサシン教団とインドの殺人教団タギーをモデルにしています。
次回はクロキとトトナ編です。
内海であるためか波が穏やかで、雨を運ぶ外界の影響を受けにくく、乾燥している地域が多い。
特に西大陸と南大陸の北部は特に乾燥していて広大な砂漠地帯を形成している。
その乾燥した南大陸の北東部のサヌキラ砂漠にジプシールの地がある。
イシュス王国はそのジプシールの北部、ナイアル河の河口にある。
人口は1万5千ぐらい。
ただし、住民のほとんどは普通の人ではない。
住民のほとんどが猫、犬、羊、鳥等の頭を持つ獣人である。
このジプシールの地は数多の獣人が共生しているのだ。
このイシュティア神殿の壁画にも数多くの獣人が描かれている事からも、その事がわかる。
これは世界でも珍しい光景であった。
普通ならこれだけの違う種族が集まれば争いが生まれる。
現にジプシール以外の獣人は人間も含めて違う種族同士で争っている。
しかし、ジプシールでは共存している。
それも全てジプシールの神々とその眷属であるスフィンクス達の力量と言えるだろう。
彼女達が獣人達を統治する事でこのジプシールは平和なのである。
そして、チユキとレイジは今イシュス王国に来ている。
チユキはイシュティア神殿の2階から外を眺める。
外にはナイアル河が見え、チユキは強い熱気を肌で感じる。
つい数時間前までエルド王国にいたのが嘘みたいであった。
中央大陸東部から一気に別の大陸へと移動する。
本当に魔法とは便利だとチユキは思う。
見下ろすと神殿前の広場では数多の獣人が行き交っている。
チユキは獣人達を見るのは初めてではない。
獣人達の多くはジプシールに住んでいるが、中にはジプシールの外に出て旅をする者もいる。
チユキは過去にジプシール出身者で構成されたキャラバンに出会った事がある。
キャラバンは様々な獣人や人間にドワーフ等がいてとても雑多であり、彼らは馬車に乗り各地を放浪して生活している。
ただ、獣人はエリオスの神々の眷属しか認めないオーディスやフェリアの教団から見たら排除すべき存在だ。
そのため迫害の対象になる事もある。
しかし、それでも比較的迫害されない外街等で人間と交流する事もある。
そのとき、彼らは占いや歌や踊り等の芸を見せてお金を稼いだりする。
猫人のジプシールの娘と人間の若者の恋物語等の歌は特に有名である。
ただ、彼女達の中には持ち前の俊敏さを活かして盗みを働く者もいる。
猫人の彼女達にとって仲間以外から盗んでも何ら悪い事ではないのだ。
ただ、それが迫害される理由の1つにもなっている。
「チユキ。ここにいたのか」
2階に上がって来たレイジがチユキに声を掛ける。
「レイジ君。アルナックに行く用意はもう出来たの?」
黄金の都アルナックはジプシールの神々の住まう地だ。
アルナックはここから南のジプシールの中心にある。
これからナイアル川を上ってそこに向かう予定だ。
直接アルナックに転移できれば良いのだが、それは防衛上の理由から禁止されている。
そのため、転移可能なイシュス王国から移動しなければならない。
だから、チユキ達はイシュティアが設定した転移門を通り、アルナックから離れたイシュス王国へと来たのである。
なんとも面倒な事である。
「それにしても面白い所だな。ジプシールは」
レイジが景色を見ながら言う。
イシュスの市街地から外は砂の大地が広がっている。
チユキ達が普段活動している中央大陸東部とかなり違う。
「そうね。他の地域ではこんな光景は見る事はできないわね。シロネさんが元に戻ったらみんなでまた来ましょう」
「ああそうだな」
チユキとレイジは2人で外を眺める。
そこで、ふとチユキは視線を感じる。
チユキは横を見るとレイジがじろじろと見ている。
「うん? どうしたの?レイジ君?」
「良く似合っているじゃないか」
「ああ、そう。そりゃどうも」
チユキはそっけなく答える。
チユキは今ジプシールの衣装に着替えている。
白いシースドレスに金糸銀糸のベルトに様々な宝石。
目には蒼のアイシャドー。口紅はジプシール産のマゼンダが使われている
腕や足にも金や銀の装飾品を身に付けている。
中々優雅な装いであった。
これらは全てイシュティアから借りたものである。
顔にこそ出さないが、こういったエキゾチックな衣装を着る事をチユキは楽しく感じていた。
ただ、問題があるならば、足の先から腰までスリットが入っているので太ももの際どい所まで見えている事だ。
ちょっとだけチユキは恥ずかしく感じる。
しかし、一緒にジプシールに来たイシュティアを前にしたら、この程度の露出で恥ずかしがるのもおかしかった。
そんな事を考えているとレイジに続いて誰かが2階に上がってくる。
上がって来たのはイシュティアとお付きの猫人達である。
「ここにいたの? 2人共、仲が良いのね」
イシュティアは笑いながら言う。
イシュティアもまたチユキと同じようにジプシールの衣装に身を包んでいる。
もっとも肌の露出はチユキよりも多い。
大きく開いた胸元から零れ落ちそうな爆乳に、ちょっと動くだけでお尻まで見えてしまいそうになるくらいスリットが上まで上がっている。
かなり上までスリットが上がっているのに下着の線が見えない、おそらく下着を履いていないのだろうとチユキは推測する。
とんでもないエロさであった。
チユキはこの爆乳セクシーエロ女神を前にすると、この程度の肌の露出で恥ずかしがるのが馬鹿らしくなってくる。
彼女の横にいたら、ほぼ全ての男性がそちらの方に目が行くに決まっている。
この女神に太刀打ち出来る者がいるとすればレーナぐらいだろうとチユキは思う。
だからこそチユキはレイジに褒められてもそっけなく返したのだ。
「さあ、用意ができたみたいよ。出発しましょう」
チユキの気持ちも知らず、イシュティアは魅力的な笑みを浮かべて言う。
チユキ達はイシュティアに連れられて2階から降りる。
これから港へと向かうのだ。
「用意は出来ております。女神様」
大きな御輿の前で豪華な衣装に身を包んだ猫人が腕を胸の前で交差させて頭を下げる。
腕を胸の前で交差して頭を下げるのが、この国のお辞儀の仕方だ。
先頭で頭を下げた猫人の彼女の名はバトシェプト。
このイシュス王国の神の代理を務めている。
神の代理は人間で言う王と同じである。
もっとも、神と王の距離はかなり近い。
エリオスの神達は人間に対してあまり干渉しないのに対して、ジプシールの神達は干渉する事が多い。
チユキ達はバトシェプトの用意した御輿に乗る。
神輿は金細工で飾られ豪華である。
ジャッカルの頭を持つ犬人の警護の数が多く、チユキは少し大げさに感じる
やがて、チユキ達を乗せた御輿が動き出す。
運ぶのは人間の奴隷だ。
獣人の多いジプシールにも人間はいる。
ただし、獣人よりも立場が低い。
中には奴隷になる者もいる。
日本で現代の教育を受けたチユキには奴隷制に対して抵抗感がある。
しかし、今は文句を言うべき時ではない。
今はシロネを助ける事を優先すべきであった。
この地方特有の浅黒い肌を持った人間達が御輿を担ぎ道に出る。
御輿は巨大であり、チユキやレイジにイシュティア、それにバトシェプトに侍女が2名乗っても、まだ余裕がある。
イシュティアがチユキ達の対面に座る。
足を組むと見えてはいけないものが見えそうであった。
「どうレイジ、この国は?」
イシュティアは「ふふふ」と笑いながら言う。
このイシュス王国はイシュティアに捧げられたものである。
元は違う名前だったのをイシュティアが改名させた。
バトシェプトはイシュティアの代理としてこの国を治めているのだ。
「なかなか、面白い国だな。獣人をこんなに見るとは思わなかった」
レイジは外を見る。
薄絹のカーテンの隙間から見える市街地ではイシュス王国の民達が地面に額をつけてひれ伏している。
これが普通の光景なら、出かけるだけでも大変そうであった。
「確かにこれだけの獣人を見るのは初めてだわ……」
チユキもまたレイジと同じように外を見る。
「うん? あれは?」
ひれ伏している人々の後ろの方で何かが動いているのが見えた。
影は御輿に合わせるように移動している。
その動きに何か嫌なものをチユキは感じる。
「おや、チユキも気付いたか。さっきから俺達を狙っている者がいるようだ」
「そうね、レイジ。ふふふ、私を狙っているみたいね。面白いわ」
チユキよりも先に気付いていたレイジとイシュティアは外を見て笑う。
特にイシュティアは自らが狙われているにも関わらず楽しそうである。
チユキはそんなイシュティアを見てレイジと似ていると思う。
「申し訳ございません!! 我が偉大なる神よ!! まさか、このような不埒者がいるとは!!」
共に乗っているバトシェプトが床に頭をつけて謝る。
「別に良いわ。ところで何者かわかる?」
「いえ……。わたしくめには何もわかりません。まさか、偉大なる神を狙う者がいる事自体信じられません」
自らの管理する国に不届き者がいたせいだろうか、バトシェプトは震えながら言う。
「あらそうなの? 普段よりも警備が厳重だから何か知っているのかと思ったのだけど」
「その事なのですが……。その……最近、偉大なるスフィンクス様方から警備を厳重にするように下知
がありました。そのために警備を3倍にしているのです」
「警備を厳重に? 何かあったのかしらねえ?」
イシュティアは首を傾げる。
「まあ良いさ。あそこにいる奴らを捕えれば済む話さ。何か知っているかもしれないからな。ちょっと行って来る」
「そんな!! 滅相もない!! すぐに警備の者達に捕えさせます!! 者共!! 不埒者を捕えよ!!」
レイジが神輿から出ようとするとバトシェプトが慌てて警備を動かそうとする。
「遅いな。襲って来るぞ」
レイジがそう言った時だった。
御輿が進んでいる前方の道で爆発が起こる。
チユキの耳に民たちの悲鳴が聞こえる。
御輿が降ろされ。担いでいる者達と犬人達が剣を抜き備える。
「何? この匂い?」
爆発の煙から異臭を感じるとチユキは鼻を押さえる。
「いやな匂い。おそらく犬人対策ね」
イシュティアの言う通り外の犬人達が苦しみ始める。
鼻の良い犬人にとってこの異臭は強烈なようであった。
「かなり用意周到ね。私達が来るのがわかっていたのかしら?」
チユキは鼻を押さえながら言うと、魔法を発動させて煙の中の襲撃者の姿を見る。
前身黒ずくめの者達が剣を掲げて迫って来る。
犬人の戦士達は動けそうにない
「それはわからない。だが、聞けばわかる事だ。今度こそ行って来るぞ!」
そう言うとレイジは神輿から飛び出す。
その動きは光のごとくである。
「さすがね。この私が見切れないなんて。うふふ、アル以来じゃない。力と容姿を兼ね添えた男は」
イシュティアは嬉しそうに言う。
チユキはそんなイシュティアに構わず魔法でレイジを探す。
レイジは御輿の上に立ち襲撃達を見降ろしている。
襲撃者達は反りの入った小剣を逆手に持ち、レイジを見上げる。
「何者かは知らないが、イシュティアに害をなすつもりなら。倒させてもらう」
レイジはそう言うと光の剣を抜き、襲撃者に向かう。
その動きは電光石火。
瞬く間に襲撃者を倒していく。
そして、数秒後には襲撃者全員を倒してしまう。
「ご苦労様レイジ君」
襲撃者が全員倒されると私とイシュティアは御輿を降りる。
「さすが。やるわね。レイジ」
レイジが守ってくれたからだろうか? イシュティアが御輿から降りると嬉しそうに言う。
「別に俺がいなくても何とか出来ただろ。これぐらいの相手ならな」
レイジが私達の後ろの方を見る。
振り返ると私の後ろに誰かがいる。
「ピ!? ピスティス神!!?」
チユキは叫び声を上げる。
魔法で警戒をしていたのにもかかわらず、何時の間にか後ろにピスティスがいたのでチユキは驚く。
ピスティスは盗みの神であり、隠形の使い手である。
彼の力を使えば襲撃者はレイジがいなくても大丈夫だっただろう。
そもそも、神であるイシュティアだって人間に比べれば強いはずなのである。
襲って来たのは訓練はされているが、人間であった。
つまり、イシュティアに危険は全くなかったのである。
「ふふふ、確かにそうね。危険はなかったわ。でも、さすがレーナちゃんの勇者なだけあるわ。ピスティスに気付ける者は神族でも少ないのよ」
「そいつはどうも」
レイジとイシュティアは見つめあう。
何だか良い雰囲気だ。
「あのイシュティア。楽しそうにしている所を悪いのですが、警備の人や周りの人の治療をした方が良いのでは……。それに襲撃者も調べないと」
チユキが言うとイシュティアが今気付いたという顔をする。
襲撃者にも怪我人にも興味はないようだ。
「あら、そうね。バトシェプト。怪我をしている者がいたら治療をしてあげないさい」
「はい偉大なる神よ!! 意識が有る者がいるのなら至急宮殿に戻り救援を連れて来なさい!!」
バトシェプトは煙で倒れなかった犬人達に命令する。
犬人の何名かが走り出す。
「さて、襲撃者は? 人間のようだけど、何者かしら? 操られているのなら助けてあげないと……」
チユキは襲撃者の1人に近づく。
襲撃者は全身黒ずくめで、顔が見えない。
そこで、襲撃者の持つ剣の柄の部分の紋章に気付く。
「これは邪眼の紋章? もしかして拝蛇教徒!!?」
チユキは思わず声を上げる。
「おや詳しいね。おねーさん。そうだよ。そいつらは間違いなく蛇の女王の信徒だね」
ピスティスは「にしし」と笑いながら言う。
拝蛇教徒はラミアやゴーゴンを母とし、蛇の女王ディアドナを崇める人間達である。
拝蛇教徒達の教団はイシュティア信徒と同じようにアサシュの霊薬を使う暗殺者を擁している。
ただ、イシュティア信徒とは違い毒を使う事が多い。
その拝蛇教団は別名殺人教団と呼ばれ、多くの人間の命を蛇の女王に供物として捧げる事を教義とする。
そのため、彼らは人間社会からは邪教と呼ばれる。
まさか、こんなところで拝蛇教徒と出会うとはチユキは思わず、驚く。
「まさか、こんな所にディアドナの信徒がいるなんて。これが警備を厳重にする理由なのかしら?何か知っている? ピスティス?」
「いえ、イシュティア様。おいらもはっきりとは理由を知りません。だけど、何かが起こっているのは間違いないと思いますよ。にしししし」
ピスティスが笑うと彼のお尻から生えた猿の尻尾がゆらゆらと揺れる。
「なるほどね。何が起こっているのかしら?面白そうね」
イシュティアは不敵な笑みを浮かべる。
本当に楽しそうであった。
(はあ、イシュティアはレイジ君と同じく荒事が好きなのかもしれないわね)
チユキは行く先に面倒な事が待ち構えているような気がするのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
獣人の国を作るなら、神話的に考えてエジプト風にするしかありませんでした。我ながら安直です(*T▽T*)
そもそも、壁画から古代エジプトにはビーストマンが存在していたのはまぎれもない事実だと思います。 なぜ、どの世界史の教科書にもビーストマンが存在していた事を書いていないのか不思議だったりします。
そして、拝蛇教徒は色々と変更していますが、アサシン教団とインドの殺人教団タギーをモデルにしています。
次回はクロキとトトナ編です。
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