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第6章 魔界の姫君
第2話 魔王陛下の小さな天使
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ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
部屋の中に豪快な音が鳴り響く。
すると、おならの臭いが部屋に充満する。
そのためポレンは自らの寝台から起き上がる。
「うっ!! くさい!! 我ながら臭い!!」
寝台が臭くなってしまったので、ポレンはこれ以上寝ていられなかった。
「はあ……、仕方ない……。起きるか」
ポレンは起き上がると、溜めていたおやつの棚へと行く。
確か大闇ニンニクの薄切り揚げがあったはずであった。
ポレンはうきうきと歩き、戸棚を開ける。
しかし、そこには何もない。
「あれ? おかしいな。確か厨房から持って来たはずなのだけど……」
ポレンは考える。
場所を間違えたのかもしれない。
部屋をあさる。
部屋は無駄に広い。
おかげでどこに何があるのかわからなくなる。
ポレンはこれほど広い部屋でなくても良いと思っていた。
しかし、ポレンが広い部屋に住むのは当然であった。
何しろポレンはこのナルゴルを支配する魔王の娘だ。
つまりはお姫様である。
正式な名はピピポレンナ。
通称でピピともポレンとも呼ばれている。
だけど、その名を呼ぶ者は少ない。
何しろ部屋から出る事が滅多にないからだ。
この魔王宮に勤める者の多くがポレンの姿を見る事がないのである。
ポレンは自身の部屋を見渡す。
お姫様は綺麗な部屋で暮らす。
少なくとも絵本にはそう描いてあるものだ。
しかし、ポレンの住む部屋は物が散乱して、とても汚れている。
片付ける者はいる。
しかし、ポレンは綺麗に片付けられている場所を好まないので、すぐに汚してしまうのだ。
ポレンは衣装部屋に近づくと扉を開ける。
この中に御菓子を貯めこんでいたはずなのだ。
衣裳部屋に入ると、無駄に豪華な服が並んでいる。
しかし、ポレンはどの服も似合わないと思っているので着たことがない。
衣装部屋も今ではポレンの食料庫だ。
なるべく外に出ないようにするためには、食料を貯めこむ必要がある。
その場所に衣装部屋は打って付けだった。
ポレンは衣装を掻き分けて、御菓子を探す。
「あっ……」
ポレンは思わず声を出す。
衣裳部屋に飾られている大きな鏡に映った自身の姿を見てしまったからだ。
豚のような醜い姿。
その姿は父親である魔王モデスにとてもよく似ていた。
「なんで、お母様に似なかったのだろう」
ポレンは自身の醜い容姿が嫌いである。
そのため、父親であるモデスに似なければ良かった等と暴言を吐いてしまった。
それを聞いた母親であるモーナは怒り、ポレンを強く叱ったのだ。
ポレンはその時のモーナに恐怖して、それ以来引き籠っている。
「もう良いや……。それよりも御菓子を探そう」
ポレンは鏡から目を反らすと衣裳部屋を探す。
しかし、御菓子は見つからない。
もしかすると、だいぶ前に食べてしまったのかもしれなかった。
だとすれば、食料を調達にいかねばならないだろう。
「殿下~! ポレン殿下~! どこにいるのさ~?!!」
ポレンがそんな事を考えていると、衣裳部屋の外から声がする。
数少ないポレンの名を呼ぶ者である。
「この声はぷーちゃん!? ぷーちゃん! 私はここだよ!!」
ポレンはぷーちゃんを呼ぶ。
ぷーちゃんはポレンの友達で、正式にはプチナという名前である。
獣魔将軍と呼ばれ、ナルゴルに住む獣人達の多くを配下にしている。
先代の獣魔将軍であるエリテナが光の勇者に殺されてしまったせいで、娘である彼女がナルゴルに住む魔獣を支配しなければならなくなった。
ポレンはエリテナの事を考えると哀しくなる。
小さい頃は沢山遊んでもらったからだ。
だから、ポレンにとって光の勇者は許せない奴なのである。
美男子が好きなポレンもそこは譲れなかった。
その光の勇者はポレンの父であるモデスを倒すためにやって来た。
とんでもない強さで、最強のデイモンであるランフェルドをも倒してしまった。
その時の臆病なポレンは部屋に籠って震えていた。
幸い、異界から呼び出した者が光の勇者を倒したのでポレン達は無事であった。
ポレンは会った事はないがその者に感謝をしている。
ポレンは衣裳部屋から外に出ると小さな女の子が立っている。
間違いなくプチナであった。
普段は小さな人間の女の子の姿をしているが、正体は人熊で、巨大な熊の姿になる事ができる。
「殿下。様子を見に来たのさ。そろそろ、食料がなくなっていると思ったのさ。とりあえず、食べ物を持って来たのさ」
「おおっ! さすがぷーちゃんだ~! 私の腹具合をわかってる~! ありがとうね~! ぷ~ちゃん!」
ポレンはプチナに抱き着く。
「ぐげえ!!!」
ポレンに抱き着かれプチナが苦しそうにする。
「ああっ! ごめん! ぷーちゃん! 久しぶりだったから力加減を忘れていた!」
ポレンには父親譲りの怪力がある。
腕を軽く振るだけでオーク数匹を粉砕する事だってできる。
強靭な肉体を持つプチナでなければ、挽肉になっていただろう。
「問題ないのさ。殿下。それよりもうちが持って来た食料だけで足りるのさ?」
ポレンが謝るとプチナは大丈夫と手を振る。
ポレンはプチナの持って来た食料を見る。
食料は大喰らいのオークの1食分はある、しかし、ポレンのからみたらこれっぽっちも足りない。
「足りないよ、ぷーちゃん。もっといるよ」
「やっぱりなのさ。それじゃもっと持って来るのさ」
そう言うとプチナは背を向ける。
「待ってぷーちゃん。私も行く」
プチナだけでは持って来る食料に限りがある。
それに、ポレン自身でも選びたかったのである。
「良いのさ? 殿下? 部屋から出ても?」
「うっ!!」
ポレンは言葉に詰まる。
自身の容姿に自信のないポレンはなるべく部屋から出たくないのである。
しかし、背に腹は代えられない。
「……なるべく。見られないように急いで移動するよ」
ポレンがそう言うと、プチナは溜息を吐く。
「はあ……。殿下、デイモンの方々やダークエルフ達はともかく、このナルゴルでは醜い奴らの方が多いのさ。気にしすぎなのさ」
確かにプチナの言う通りだろう。
ナルゴルには醜い者の方が多い。
プチナの言う通り気にし過ぎなのである。
「確かにそうかも。でもね誰が見ているかわからないもん。気にしちゃうよ……」
ポレンは謝るとプチナを連れて部屋の外に出る。
魔王宮はとても広い。
ポレンの部屋から厨房までは距離がある。
ポレンは素早く柱の影から影へと移動する。
途中でプチナを置き去りにしてしまったが、厨房で待てば良いのでポレンは気にすることはなかった。
それよりも誰の目にもつかないようにしなければならないのである。
巡回のオークの兵士や侍女のエンプーサが掃除をする時間は把握している。
この間ならだれも廊下を通る事はないはずであった。
ポレンは動く。
素早く、素早く厨房に向かって。
「あっ!!!」
ポレンは思わず声が出る。
厨房へ向かっている最中に、誰か曲がり角から出て来たのだ。
このままではぶつかってしまうだろう。
ポレンは急いで減速する。
ポレンの力でぶつかれば相手は挽肉である。
(マズイ!! 間に合わない!!)
ポレンは減速するが止まれず、出て来た誰かに飛び込んでしまう。
しかし、ぶつかりそうになったその時だった。
フワリとポレンの体が回転する。
一回転したポレンはお尻から地面に落ちる。
ポレンは何が起こったのかわからなかった。
確かにぶつかりそうになった。
なのに、ぶつかる事なく、廊下の床に座り込んでいる。
「大丈夫?」
ポレンとぶつかりそうになった誰かが声を掛ける。
ポレンが誰かを見たときだった。
ポレンは時が止まったような気がした。
ぶつかりそうになったのは暗黒騎士の姿をした男性。
兜を脇に抱えている。
そのため、顔を見る事ができた。
黒い髪に白い肌。
頭に角が生えていないのでデイモンではない。
少し地味だが、その顔はエリオスの男神に劣らず美形である。
(誰!? 誰誰誰誰誰誰誰誰!? この殿方は一体誰なの―――――!!!!?)
思わずポレンは叫びそうになる。
この魔王宮で初めて見る男性であった。
間違いなくナルゴルにはいなかった男性であった。
いれば、美男子が大好きであるポレンは気付くはずであった。
ポレンは男性を見る。
間違いなく神族であるはずだった。
もし、そうでなければポレンとぶつかった時に肉体が四散しているだろう。
顔は良いけどデイモンではない。デイモンを越える存在に間違いなかった。
「大丈夫? 立てますか?」
暗黒騎士の姿をした男性が手を差し伸べる。
手を取った瞬間、ポレンは心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
ポレンは思わず、ぎゅっと力強く手を握ってしまう。
だけど男性は動じない。
ポレンに匹敵する力を持っている事は間違いなかった。
そのまま、引き起こされる。
廊下に立つと男性はポレンよりも背が高いので見上げる格好になる。
「どうしたの? どこか怪我をしたの?」
男性はポレンを気遣うが、ポレンはうまく言葉を出せなかった。
口をパクパクさせてしまう。
「殿下~!! 待ってなのさ~!!!」
プチナがようやく追いつく。
「おや? これはプチナ将軍」
男性がプチナを呼ぶ。
「あっ!? これは閣下。お久しぶりなのさ」
プチナは男性に頭を下げる。
ポレンはその様子を不思議そうに眺める。
プチナはナルゴルでもかなり高い位を持っている。
閣下と呼ばれるほどの地位にいる者をポレンが知らないはずはない。
ますます、男性の正体がわからなくなる。
「えーっと、ところで、どうかしたのさ?」
どういう状況なのかわからずプチナはポレンと男性を見て首を傾げる。
「はいプチナ将軍。実は廊下でぶつかりそうになったのです……。ところでプチナ将軍。この方は誰なのでしょうか? 確か殿下と言っていたような?」
男性は困った表情で言う。
ポレンの様子にどうして良いかわからないのだ。
ポレンは何か言うべきだと思うが、言葉を出す事ができなかった。
「こちらはピピポレンナ殿下なのさ。魔王陛下の御子様なのさ」
プチナがポレンを紹介する。
すると、男性の表情が驚きに変わる。
ポレンを魔王の姫だとは思っていなかった様子である。
「そうだったのですか。申し訳ありません殿下。怪我はありませんでしたか?」
男性はポレンの前で膝を付くと礼をする。
その男性の様子にポレンは胸がときめいてしまう。
「いいいいいいえっ!! だっ大丈夫ですぅ!!」
ポレンは危うく舌を噛みそうになる。
しかし、大丈夫と言った事で男性は安堵した表情になる。
それは素敵な笑顔であった。
「良かった。それでは自分は用事がありますので行きますね。失礼いたします、ピピポレンナ殿下」
そう行って男性はポレンの目の前から去ってしまう。
ポレンはその背中を見送ると、その行く方向から目が離せなくなる。
「どうしたのさ? 殿下?」
ずっと、呆けた様子のポレンを見てプチナが心配をする。
「誰……?」
「えっ?」
「あの殿方は誰なの? ぷーちゃん?」
ポレンはプチナの首根っこを掴む。
「苦しいのさ、殿下……」
「お願い!! 教えて!! ぷーちゃん!!」
ポレンはプチナを激しく揺する。
「あの方はクロキ閣下なのさ……。あの光の勇者を倒した強い御方なのさ……」
そう言うとプチナは泡を吹いて動かなくなる。
「あの殿方が光の勇者を倒した御方なの? ウソ……。お父様が呼び出したとは思えない」
今まで父親であるモデスの仲間である神族相当の者はブサイクが多い。
ポレンは光の勇者を倒した者もきっとブサイクだと思っていたのである。
「まさかあんな素敵な殿方だったなんて……」
ポレンは暗黒騎士クロキが去って行った方向を眺め続ける。
その足元ではプチナが泡を吹いて倒れてうなされているのだった。
部屋の中に豪快な音が鳴り響く。
すると、おならの臭いが部屋に充満する。
そのためポレンは自らの寝台から起き上がる。
「うっ!! くさい!! 我ながら臭い!!」
寝台が臭くなってしまったので、ポレンはこれ以上寝ていられなかった。
「はあ……、仕方ない……。起きるか」
ポレンは起き上がると、溜めていたおやつの棚へと行く。
確か大闇ニンニクの薄切り揚げがあったはずであった。
ポレンはうきうきと歩き、戸棚を開ける。
しかし、そこには何もない。
「あれ? おかしいな。確か厨房から持って来たはずなのだけど……」
ポレンは考える。
場所を間違えたのかもしれない。
部屋をあさる。
部屋は無駄に広い。
おかげでどこに何があるのかわからなくなる。
ポレンはこれほど広い部屋でなくても良いと思っていた。
しかし、ポレンが広い部屋に住むのは当然であった。
何しろポレンはこのナルゴルを支配する魔王の娘だ。
つまりはお姫様である。
正式な名はピピポレンナ。
通称でピピともポレンとも呼ばれている。
だけど、その名を呼ぶ者は少ない。
何しろ部屋から出る事が滅多にないからだ。
この魔王宮に勤める者の多くがポレンの姿を見る事がないのである。
ポレンは自身の部屋を見渡す。
お姫様は綺麗な部屋で暮らす。
少なくとも絵本にはそう描いてあるものだ。
しかし、ポレンの住む部屋は物が散乱して、とても汚れている。
片付ける者はいる。
しかし、ポレンは綺麗に片付けられている場所を好まないので、すぐに汚してしまうのだ。
ポレンは衣装部屋に近づくと扉を開ける。
この中に御菓子を貯めこんでいたはずなのだ。
衣裳部屋に入ると、無駄に豪華な服が並んでいる。
しかし、ポレンはどの服も似合わないと思っているので着たことがない。
衣装部屋も今ではポレンの食料庫だ。
なるべく外に出ないようにするためには、食料を貯めこむ必要がある。
その場所に衣装部屋は打って付けだった。
ポレンは衣装を掻き分けて、御菓子を探す。
「あっ……」
ポレンは思わず声を出す。
衣裳部屋に飾られている大きな鏡に映った自身の姿を見てしまったからだ。
豚のような醜い姿。
その姿は父親である魔王モデスにとてもよく似ていた。
「なんで、お母様に似なかったのだろう」
ポレンは自身の醜い容姿が嫌いである。
そのため、父親であるモデスに似なければ良かった等と暴言を吐いてしまった。
それを聞いた母親であるモーナは怒り、ポレンを強く叱ったのだ。
ポレンはその時のモーナに恐怖して、それ以来引き籠っている。
「もう良いや……。それよりも御菓子を探そう」
ポレンは鏡から目を反らすと衣裳部屋を探す。
しかし、御菓子は見つからない。
もしかすると、だいぶ前に食べてしまったのかもしれなかった。
だとすれば、食料を調達にいかねばならないだろう。
「殿下~! ポレン殿下~! どこにいるのさ~?!!」
ポレンがそんな事を考えていると、衣裳部屋の外から声がする。
数少ないポレンの名を呼ぶ者である。
「この声はぷーちゃん!? ぷーちゃん! 私はここだよ!!」
ポレンはぷーちゃんを呼ぶ。
ぷーちゃんはポレンの友達で、正式にはプチナという名前である。
獣魔将軍と呼ばれ、ナルゴルに住む獣人達の多くを配下にしている。
先代の獣魔将軍であるエリテナが光の勇者に殺されてしまったせいで、娘である彼女がナルゴルに住む魔獣を支配しなければならなくなった。
ポレンはエリテナの事を考えると哀しくなる。
小さい頃は沢山遊んでもらったからだ。
だから、ポレンにとって光の勇者は許せない奴なのである。
美男子が好きなポレンもそこは譲れなかった。
その光の勇者はポレンの父であるモデスを倒すためにやって来た。
とんでもない強さで、最強のデイモンであるランフェルドをも倒してしまった。
その時の臆病なポレンは部屋に籠って震えていた。
幸い、異界から呼び出した者が光の勇者を倒したのでポレン達は無事であった。
ポレンは会った事はないがその者に感謝をしている。
ポレンは衣裳部屋から外に出ると小さな女の子が立っている。
間違いなくプチナであった。
普段は小さな人間の女の子の姿をしているが、正体は人熊で、巨大な熊の姿になる事ができる。
「殿下。様子を見に来たのさ。そろそろ、食料がなくなっていると思ったのさ。とりあえず、食べ物を持って来たのさ」
「おおっ! さすがぷーちゃんだ~! 私の腹具合をわかってる~! ありがとうね~! ぷ~ちゃん!」
ポレンはプチナに抱き着く。
「ぐげえ!!!」
ポレンに抱き着かれプチナが苦しそうにする。
「ああっ! ごめん! ぷーちゃん! 久しぶりだったから力加減を忘れていた!」
ポレンには父親譲りの怪力がある。
腕を軽く振るだけでオーク数匹を粉砕する事だってできる。
強靭な肉体を持つプチナでなければ、挽肉になっていただろう。
「問題ないのさ。殿下。それよりもうちが持って来た食料だけで足りるのさ?」
ポレンが謝るとプチナは大丈夫と手を振る。
ポレンはプチナの持って来た食料を見る。
食料は大喰らいのオークの1食分はある、しかし、ポレンのからみたらこれっぽっちも足りない。
「足りないよ、ぷーちゃん。もっといるよ」
「やっぱりなのさ。それじゃもっと持って来るのさ」
そう言うとプチナは背を向ける。
「待ってぷーちゃん。私も行く」
プチナだけでは持って来る食料に限りがある。
それに、ポレン自身でも選びたかったのである。
「良いのさ? 殿下? 部屋から出ても?」
「うっ!!」
ポレンは言葉に詰まる。
自身の容姿に自信のないポレンはなるべく部屋から出たくないのである。
しかし、背に腹は代えられない。
「……なるべく。見られないように急いで移動するよ」
ポレンがそう言うと、プチナは溜息を吐く。
「はあ……。殿下、デイモンの方々やダークエルフ達はともかく、このナルゴルでは醜い奴らの方が多いのさ。気にしすぎなのさ」
確かにプチナの言う通りだろう。
ナルゴルには醜い者の方が多い。
プチナの言う通り気にし過ぎなのである。
「確かにそうかも。でもね誰が見ているかわからないもん。気にしちゃうよ……」
ポレンは謝るとプチナを連れて部屋の外に出る。
魔王宮はとても広い。
ポレンの部屋から厨房までは距離がある。
ポレンは素早く柱の影から影へと移動する。
途中でプチナを置き去りにしてしまったが、厨房で待てば良いのでポレンは気にすることはなかった。
それよりも誰の目にもつかないようにしなければならないのである。
巡回のオークの兵士や侍女のエンプーサが掃除をする時間は把握している。
この間ならだれも廊下を通る事はないはずであった。
ポレンは動く。
素早く、素早く厨房に向かって。
「あっ!!!」
ポレンは思わず声が出る。
厨房へ向かっている最中に、誰か曲がり角から出て来たのだ。
このままではぶつかってしまうだろう。
ポレンは急いで減速する。
ポレンの力でぶつかれば相手は挽肉である。
(マズイ!! 間に合わない!!)
ポレンは減速するが止まれず、出て来た誰かに飛び込んでしまう。
しかし、ぶつかりそうになったその時だった。
フワリとポレンの体が回転する。
一回転したポレンはお尻から地面に落ちる。
ポレンは何が起こったのかわからなかった。
確かにぶつかりそうになった。
なのに、ぶつかる事なく、廊下の床に座り込んでいる。
「大丈夫?」
ポレンとぶつかりそうになった誰かが声を掛ける。
ポレンが誰かを見たときだった。
ポレンは時が止まったような気がした。
ぶつかりそうになったのは暗黒騎士の姿をした男性。
兜を脇に抱えている。
そのため、顔を見る事ができた。
黒い髪に白い肌。
頭に角が生えていないのでデイモンではない。
少し地味だが、その顔はエリオスの男神に劣らず美形である。
(誰!? 誰誰誰誰誰誰誰誰!? この殿方は一体誰なの―――――!!!!?)
思わずポレンは叫びそうになる。
この魔王宮で初めて見る男性であった。
間違いなくナルゴルにはいなかった男性であった。
いれば、美男子が大好きであるポレンは気付くはずであった。
ポレンは男性を見る。
間違いなく神族であるはずだった。
もし、そうでなければポレンとぶつかった時に肉体が四散しているだろう。
顔は良いけどデイモンではない。デイモンを越える存在に間違いなかった。
「大丈夫? 立てますか?」
暗黒騎士の姿をした男性が手を差し伸べる。
手を取った瞬間、ポレンは心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
ポレンは思わず、ぎゅっと力強く手を握ってしまう。
だけど男性は動じない。
ポレンに匹敵する力を持っている事は間違いなかった。
そのまま、引き起こされる。
廊下に立つと男性はポレンよりも背が高いので見上げる格好になる。
「どうしたの? どこか怪我をしたの?」
男性はポレンを気遣うが、ポレンはうまく言葉を出せなかった。
口をパクパクさせてしまう。
「殿下~!! 待ってなのさ~!!!」
プチナがようやく追いつく。
「おや? これはプチナ将軍」
男性がプチナを呼ぶ。
「あっ!? これは閣下。お久しぶりなのさ」
プチナは男性に頭を下げる。
ポレンはその様子を不思議そうに眺める。
プチナはナルゴルでもかなり高い位を持っている。
閣下と呼ばれるほどの地位にいる者をポレンが知らないはずはない。
ますます、男性の正体がわからなくなる。
「えーっと、ところで、どうかしたのさ?」
どういう状況なのかわからずプチナはポレンと男性を見て首を傾げる。
「はいプチナ将軍。実は廊下でぶつかりそうになったのです……。ところでプチナ将軍。この方は誰なのでしょうか? 確か殿下と言っていたような?」
男性は困った表情で言う。
ポレンの様子にどうして良いかわからないのだ。
ポレンは何か言うべきだと思うが、言葉を出す事ができなかった。
「こちらはピピポレンナ殿下なのさ。魔王陛下の御子様なのさ」
プチナがポレンを紹介する。
すると、男性の表情が驚きに変わる。
ポレンを魔王の姫だとは思っていなかった様子である。
「そうだったのですか。申し訳ありません殿下。怪我はありませんでしたか?」
男性はポレンの前で膝を付くと礼をする。
その男性の様子にポレンは胸がときめいてしまう。
「いいいいいいえっ!! だっ大丈夫ですぅ!!」
ポレンは危うく舌を噛みそうになる。
しかし、大丈夫と言った事で男性は安堵した表情になる。
それは素敵な笑顔であった。
「良かった。それでは自分は用事がありますので行きますね。失礼いたします、ピピポレンナ殿下」
そう行って男性はポレンの目の前から去ってしまう。
ポレンはその背中を見送ると、その行く方向から目が離せなくなる。
「どうしたのさ? 殿下?」
ずっと、呆けた様子のポレンを見てプチナが心配をする。
「誰……?」
「えっ?」
「あの殿方は誰なの? ぷーちゃん?」
ポレンはプチナの首根っこを掴む。
「苦しいのさ、殿下……」
「お願い!! 教えて!! ぷーちゃん!!」
ポレンはプチナを激しく揺する。
「あの方はクロキ閣下なのさ……。あの光の勇者を倒した強い御方なのさ……」
そう言うとプチナは泡を吹いて動かなくなる。
「あの殿方が光の勇者を倒した御方なの? ウソ……。お父様が呼び出したとは思えない」
今まで父親であるモデスの仲間である神族相当の者はブサイクが多い。
ポレンは光の勇者を倒した者もきっとブサイクだと思っていたのである。
「まさかあんな素敵な殿方だったなんて……」
ポレンは暗黒騎士クロキが去って行った方向を眺め続ける。
その足元ではプチナが泡を吹いて倒れてうなされているのだった。
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