暗黒騎士物語

根崎タケル

文字の大きさ
上 下
165 / 431
第5章 黒い嵐

第30話 風と炎の舞

しおりを挟む
「メンテちゃ~ん。こっち向いて」
「うぐぅ?」チラッ
「はっはっは。メンテ、パパを見て御覧」
「あぐぅ?」チラッ
「メンテちゃん」「メンテー」


 両親が僕を呼んでいます。ハイハイで近づきましょう。


「はっはっは、間違いないな」
「フフッ、そうね」
「あぐ~?」


 二人で何を話しているのでしょう?


「メンテって自分のこと呼ばれると反応するようになったな」
「最近は名前を呼ぶだけでこっちに来るわよ」
「言葉を理解してきたんだな」
「体は小さいけど成長してきたわね」


 おっと、どうやら僕が言葉を分かってきたと思っているようです。実際は生まれてからすぐに理解していましたよ。これは秘密です。

 ここは成長してきたと思わせましょう。自然に覚えたんだよとすれば普通の赤ちゃんですよね。


「最初にしゃべる言葉は何かしらね。きっと”ママ”よね」
「いやいや、そこは”パパ”だと思うな」
「何を言っているのかしらね。アニーキ―もアーネもママが最初だったわよ」
「今度こそパパになるよ。何しろメンテはパパっ子だからな」
「はっはっはっはっは!」「フフフフフッ」
「……んぐぅ」


 お、おう。これは大変なことになりましたよ。

 ”こんにちは”とか”おはよう”みたいに挨拶を言えばいいやと思っていました。僕のはじめての言葉は慎重に選ばなければなりませんね。う~ん、困りました。


 ◆


 次の日。僕と兄貴ことアニーキ―はお互いにお座りをしながら向かい合っていた。


「アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―」
「……うぐぅ」


 兄貴は僕に向かって自分の名前を連呼します。頭がおかしくなったのでしょうか?


「”うぐぅ”じゃないよ。アニーキ―だよ!」
「あうー」
「違うよ。アニーキ―!」
「……えぐぅ」


 ちょっとスパルタ気味なところは母にそっくりです。


「お兄ちゃん何してるのー?」
「メンテが名前を理解出来てるって父さんと母さんが言ってたんだ。だから俺の名前を覚えて欲しいから覚えさせているんだよ」
「へえ~、そうなんだ」


 そうなんですか。昨日の出来事を兄貴が知ってしまったようです。初めての言葉をどうしようか悩んでいたら噂も広まっていたのですね。僕は兄貴の頭が大丈夫かと心配してしまいましたよ。ちょっと損した気分だね。


「わたしもやっていいー?」
「いいよ」
「えへへ、メンテ覚えてね。アーネ、アーネ、アーネ、アーネ、アーネ」
「俺も続けるよ。アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―」
「あぐぅ……」


 二人ともごめんね。僕は九官鳥じゃないの。どうすればいいのかわからないので様子をじっと窺います。


「わたしはアーネ。あなたもアーネよ。いい? あなたはアーネなの」
「えぐぅ?」


 だんだんとアーネが、お人形遊びで僕を叱っているときのしゃべり方になっていきます。いつも人形で遊ぶたびに僕役の人が怒られるのですよ。それと理由は分かりませんが、僕はアーネらしいです。あきらかに僕に嘘を教えていますね。僕赤ちゃんだけど言葉分かるんですよ。


「アーネ様、さすがに嘘は良ろしくないですよ」


 僕の言いたいことがカフェさんが伝えてくれました。さっきからずっとこちらの様子を見てたのですよ。彼女に任せましょう。


「えー? でも言葉覚えてほしいの」
「メンテ様にアーネと教えると、今後良くないことが起きるかもしれません」
「どうなるの?」
「メンテ様が大きくなったら、アーネ様の大好きなおやつを自分のだと勘違いして食べてしまいます」
「うん、わかったー。やめる」
「そ、そうだね。俺も嘘はダメだと思うなあ~」


 アーネはすぐにカフェさんの言うことを聞きましたね。食べ物の効果恐るべし。兄貴はアーネに名前を覚えさせたらと賛成した側なのでぎこちない感じの返事です。半分は俺のせいって分かっているようだ。僕は兄貴も止めて欲しいんだけどねえ。カフェさんが見えなくなったらまた再開しそう。子供ってそういうもんでしょ。


「あはっはははは、面白いこと考えたのね。そんなことしなくても勝手に覚えるわよ」


 たまたま様子を見ていたキッサさんが爆笑です。今日は、キッサさんとカフェさんの二人で僕たち兄弟の面倒を見てくれているのです。


「そうなの?」「本当に~?」
「赤ちゃんは言葉を自然に覚えるものよ。話しかけるのも大事だけど、しゃべれるようになるのはまだまだね」


 いや~、その通りだと思います。僕自然に覚えてないけどね!


「じゃあどうすればいいの?」「いつしゃべるの?」
「覚えてないかもしれないけど、あなた達も急にママってしゃべったんだから。それから少しずつ言葉を言えるようになったのよ。あれは何歳ぐらいだったかな?」
「確かお二人とも誕生日が終わってからでした。まだメンテ様は10ヶ月ですのでしゃべるのは難しいと思われますね」
「そうそう、誕生日の後だったわ。メンテくんの年齢じゃ言葉を少し理解し始めたぐらいよ。まだ自分の名前しか分かってないんじゃないかしら。無理に言わせるのではなく、話しかけるようにしてみたらどうかしら? その方が覚えてくれるんじゃないかな」
「「へえ~」」


 キッサさんのアドバイスは分かりやすいですね。子どもたちも納得していますよ。


「それならばこうですね。メンテ様、私はカフェですよ。カフェと呼んでくださいね。カフェカフェ♪」
「あ、俺もやる。俺はアニーキ―だよ。アニーキ―はメンテの兄のアニーキ―なんだよ。アーネの兄も俺アニーキーだよ」
「みんなずるーい。わたしはアーネ。アーネだよ! メンテのお姉ちゃんだよ!」


 さっきと比べるとたいぶマイルドになりました。3人とも僕に話しかけるように優しく自分の名前を教え込んでいきます。この中だとカフェさんが一番ノリノリな気がします。そのときです。


「みんなごはんよー」
「……えっぐ!(まじで!)」ぐわっ、ダダダダダダダッ!


 母の声が聞こえたので猛スピードでハイハイします。わーい、今日は何を食べるんだろうね! おっぱいも楽しみだよ~。


「「「「……」」」」


 残された一同はメンテがすごい勢いで振り向き、めちゃくちゃ速いスピードのハイハイでレディーに突進していく姿を見ていた。そのままレディーに抱っこされて食堂に行ってしまった。

 無言のままアニーキ―、アーネ、カフェの3人の視線がキッサに集まった。


「……ん~、レディーが呼んだから反応したんじゃないかな?」
「「「……」」」


 3人とも腑に落ちない顔になった。本当は言葉を理解してるんじゃないのかと言いたいが、メンテの年齢を考えるとどうなんだろうと疑問が生まれたのだ。じゃあ今何が起きたの? レディーにだけ反応しすぎじゃないかと。


「えっと……そ、そうねえ。言葉じゃなくて”声”の違いが判別できるようになったんじゃないかしら? メンテくんにとって母親の声が一番慣れているだろうし」
「「「……そうだね」」」


 3人とも少しだけ納得したような顔になったという。だが、真実はメンテにしか分からないのであった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...