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第5章 黒い嵐
第30話 風と炎の舞
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「ちょっとノヴィス! 何やってるの! 無茶しないで!!」
シズフェは叫ぶがノヴィスから返事がない。
いつもなら「心配するなシズフェ」ぐらいには言ってくれるのにだ。
「がああああああああああ!!!!」
ノヴィスが雄叫びを上げてレッサーデイモンに挑む。
その剣の振り方は無茶苦茶だ。
完全に暴走して狂戦士となっている。
無茶な戦い方をしていればいずれ体が壊れてしまうだろう。
しかし、狂戦士となったノヴィスは止まらない。
「くそ! 人間風情が!!!」
レッサーデイモンが大鉈を振るいノヴィスの攻撃を防ぐ。
シズフェは過去に一度だけ狂戦士となったノヴィスを見た事があった。
狂戦士となったノヴィスは魔物を全滅させるとシズフェ達に襲い掛かったのである。
その時は何とか逃げて、ノヴィスが力つき倒れたおかげで助かった。
正直あまり思い出したくない思い出である。
狂戦士となったノヴィスの力は凄まじい。しかし、それをレッサーデイモンは凌いでいる。
シズフェの目の前で凄まじい攻防が繰り広げられる。
レッサーデイモンはノヴィスの強烈な攻めに押されている。
しかし、狂戦士となったノヴィスは防御をしない。
ただ相手を殺すためだけに動く。これでは相手を殺しても自分も死んでしまうだろう。
戦いの神トールズの教えでは戦って死ぬことは名誉な事だ。
だからトールズの戦士達はすぐに死んでしまう者が多い。
だけど、シズフェはノヴィスが死ぬのが嫌だった。
それが、どんなに名誉な事でもだ。
シズフェはもう親しい人に死んで欲しくなかった。
シズフェの父は魔物に殺されて帰って来なくなった。
もし一緒に戦えて、あの時に側にいれば死なずに済んだのではないだろうかと今でもシズフェは悔やんでいる。
もちろん、そんな事はありえない。
その時のシズフェはまだ、子どもであった。
今でも非力であり。戦士には向いていない。だから、シズフェが一緒にいても父の死は変わらなかっただろう。
でも、シズフェはどうしても考えてしまうである。
どうして、お父さんを助けられなかったのだろうか?
なぜ、お父さんの側にいなかったのだろうか?
シズフェは父と母が好きだった。
シズフェにとって2人は理想の夫婦だった。
だけど、それは父が死んだ事で壊れてしまった。
父が死に、母は再婚した。
それは仕方のない事であった。父がいなければ、母は誰かに頼るしかない。
シズフェの義父は良い人で優しい人であった。
そんな、義父はシズフェのために結婚相手だって探そうとしてくれた。
本当なら感謝しなければならない。
だけど、夫婦が簡単に壊れる姿を見てしまったシズフェは結婚することが怖いのだ。
そんなシズフェは義父と母の元を離れるとケイナに頼んで自由戦士の仲間にしてもらった。
自分が戦う事で誰かが助かれば良い。
だからシズフェは剣を取り、盾を構える。
そして、シズフェは知恵と勝利の女神レーナの加護受けて戦乙女となった。
きっと願いが女神に届いたに違いないとシズフェは思っている。
この力を使って人々を守れと言う事なのだ。
「知恵と勝利の女神レーナ様! ノヴィスに守りを!!」
シズフェは何度も魔法を唱える。
ノヴィスの周りに光り輝く魔法の盾が現れる。
その魔法の盾がレッサーデイモンの攻撃を防ぐ。
攻撃が防がれてレッサーデイモンは悔しそうにする。
レッサーデイモンは下位とはいえ魔族である。
シズフェだけなら勝てないだろう。
ノヴィスが攻めて、シズフェが守る。
この連携によりレッサーデイモンを相手になんとか戦えている。
だけど、そろそろシズフェは魔法を使う事がきつくなっていた。
シズフェは自身の中の魔力が途切れようとしているのを感じる。
また、シズフェの目の前で戦っているノヴィスの攻めが弱くなっている気がしていた。
ノヴィスも限界が近いのである。
シズフェの後ろで戦っている仲間達もネズミ人の数が多いので、救援に来る事ができそうにない。
万事休すであった。
「ぐあああああああああああ!!!」
ノヴィスは叫び声を上げる。
レッサーデイモンの攻撃がシズフェの作った魔法の盾を打ち破りノヴィスを吹き飛ばしたのだ。
ノヴィスの持っていた剣に当たったので直撃はしていない。
しかし、それでもかなりの衝撃だったのだろう。ノヴィスは横に吹き飛ばされて壁にあたり動かなくなる。
「ノヴィス!!」
シズフェはノヴィスに駆け寄る。生きてはいるみたいだが動かない。
「ふん! 手こずらせやがって!!」
レッサーデイモンが悪態をつく。
シズフェが後ろを見ると仲間達も後退している。
多くのネズミ人を倒したみたいだが、数が多い。
シズフェ達は集まり円陣を組む。
シズフェが仲間を見ると全員が疲れた表情をしている。
ネズミ人は追撃してこない。どうやら最初の予定通りシズフェ達を生け捕りにするつもりのようであった。
「私の命はどうなっても良い! 彼女達は助けてもらえるのだろうな!!」
デキウスはレッサーデイモンに対して叫ぶ。
「もちろんそのつもりだ色男。この女達は上玉だからな。俺の仲間に引き渡すのさ。そうすりゃ俺も仲間に対して面目が立つ」
そう言ってレッサーデイモンは笑う。
その笑い声を聞いて、シズフェの近くにマディの顔が震えるのがわかる。
もはや、どうにもならない状況であった。
「悪いけどそうはさせないわよ!」
突然レッサーデイモンの後ろから声がする。
「何者だ!!」
レッサーデイモンが振り向く。
すると白く光る蝶が飛んできてデキウスの周りを飛ぶ。
「なんだ!? この蝶は?!!!」
そして、レッサーデイモンの後ろから横の壁を走って1人女性が現れる。
「シェンナ!!」
「シェンナ!!」
現れた女性を見てデキウスとアイノエが叫ぶ。
「助けに来たわよ兄さん!!」
そう言うとシェンナはシズフェ達に笑いかけるのだった。
◆
「ふう。何とか間に合ったみたいね」
シェンナはデキウスが無事なのを見て安心する。
蝶が導いてくれたがラットマンの数が多くて中々先に進めず、遅れてしまった。
たどり着いたのは少し前、戦闘が激しくなっている時だった。
すぐに駆けつけようと思ったが、戦いが激しいので出るに出られず、機会を窺がっていた。
そして、ノヴィスがレッサーデイモンに吹き飛ばされたのを見て慌てて出てきたのである。
「シェンナ、どうしてここに? お前は月光の女神に捕まっているのではなかったのかい?」
「まあ、そうなんだけど……。話は後よ兄さん。今はそんな事を言っている場合じゃないわ」
そう言ってシェンナはアイノエを見る。
「まさか生きていたとはねえ、シェンナ。お前はあの御方に嬲り者にされていると思ったんだけどねえ」
アイノエは皮肉な笑いを浮かべる。
「おあいにく様。私は生きているわよ」
シェンナもまた笑い返す。
「しかし、なんでお前が来たぐらいで援軍になると思うの?今ここで殺してあげるよ」
アイノエは帯剣を振るう。
長い剣身は弾力に富み空を斬る。
「あら、そんな事を言って良いのかしら? 何で私が生きていると思うの?」
そういうとシェンナは暗黒騎士から借りた刀を抜く。
すると刀身から黒い炎が噴き出す。
「その黒い炎は!!!!」
黒い炎を見てレッサーデイモンは叫ぶ。
「そういう事よ。ゼアルだっけ? あの御方は貴方に対してお怒りよ。この刀を預かった私はあの御方の使いでもあるわ。だから、もし、貴方がこのまま立ち去るなら、あの御方に取り成してあげても良いけど?」
シェンナはしれっと嘘を吐く。
刀を借りただけだ。使いでも何でもない。
しかし、その言葉はかなりの衝撃だったみたいでゼアルが慌てだす。
「あ、あの御方がお怒りだって――――! わかりました! ネズミ人共よ攻撃を止めよ!」
ゼアルが叫ぶとネズミ人の動きが止まる。
これでデキウス達は助かるはずであった。
「動きを止めたぞ! 見逃してくれるんだろ! さあアイノエちゃん! 一緒に行こう!!!」
「い、嫌だ!! 私は退くもんか!」
アイノエは首を振って叫ぶ。
その様子にゼアルは慌てふためく。
「ア、アイノエちゃん? あの方が怒っているんだよ。あの方の怖ろしさは知ってるよね?」
「嫌です! ゼアル様! シェンナなんかに背を向けるなんて! 苦労も知らずにぬくぬくと育った奴に負けるもんか!!」
そう言うとアイノエはすごい形相でシェンナを睨む。
「私が劇団の花形になるのにどれだけの苦労をしたと思っているんだい! 場末の酒場で踊って! 好きでもない奴に体を触らせて! そんな生活から抜け出すためなら悪魔にだって魂を売るよ!!」
「アイノエ姉さん……」
「元老院議員の娘! 法の騎士の妹! そんな恵まれた生まれのお嬢様が何で劇団なんかに来るのさ! 何で私の地位を奪おうとする!!」
ずっと心に溜めていた事をアイノエは早口でまくしたてる。
「お前の兄といい! 苦労も何も知らない奴が私に説教しやがって! お前達兄妹は目障りなのよ!!」
そう言ってアイノエは帯剣をシェンナ向ける。
シェンナはアイノエ姉さんの気持ちはわからないでもない。
シェンナだって踊り子だ。踊り子がどんな生活をするのか知っている。
だけど、聞き捨てならない言葉があった。
シェンナの中で怒りが湧いてくる。
「何も苦労を知らないですって? 私達の事を何も知らないくせに良く言えるわ!」
シェンナはアイノエに叫ぶ。
シェンナとデキウスは美と愛の女神イシュティア様の信徒である母と法の神であるオーディス様の司祭である父との間に生まれた。
イシュティアの教義では結婚ができず。
市民権を持たない母から生まれたシェンナ達は市民権を持たない私生児として生まれざるを得なかった。
アリアディア共和国の法律では、例え血が繋がっていても正式な婚姻から生まれなかった子は男性の子としては認められないのである。
だから、シェンナはお嬢様のような暮らしは一度もした事がない。
それは兄のデキウスも一緒だ。
シェンナは母と兄と貧しい外街で暮らしていた。
その暮らしは決して豊かだったとはいえない。
そんなある日、父ナキウスが兄デキウスを養子として迎えようとした。
ナキウスはデキウスを後継ぎにしようとしたのだ。
しかし、それは難しい事だった。
アリアディア共和国の法律では養子縁組をするには結婚の女神を奉じるフェリア神殿の許可が必要である。
これは、養子縁組を装った市民権の売買を防ぐためであった。
フェリアの司祭達は法の神であるオーディスの司祭が結婚によらずに子供を作った事が気に入らず、養子縁組を認めようとはしなかった。
また、ナキウスの親族やオーディスの司祭等の周囲の人間も、同じようにデキウスを認めようとしなかった。
だけど、デキウスはそんな周囲に認められるために努力をした。
その努力する姿をシェンナは見てきたのだ。
毎日のように勉強をして、礼儀作法を覚え、周りの人間から良く思われるために頑張っていた。
それでも周りの人間の反応は冷たかった。
だけど、ある日、デキウスは大天使スルシャの加護を受けたのである。
シェンナはその事を天使様はきちんと見て下さったと喜んだ。
大天使スルシャの加護を受けたデキウスを周囲は認めるしかなくて、正式に養子と認められた。
シェンナはアイノエを見る。
「姉さん。貴方がどんな苦労したのか私にはわからない。だけど、私や兄さんが苦労を知らないなんて言わせない。ここで決着を付けましょう」
シェンナはアイノエに刀を向ける。
シェンナは過去にアイノエ姉さんが主役の劇を見た事がある。
とても綺麗で眩しくて、シェンナもあのようになりたいと思った。
そして、同じ劇団に入団して、演劇を必死になって練習したのである。
シェンナはアイノエ姉さんに近づきたくて頑張ったのだ。
(この人は自分だけが苦労をしていると思っているのだろうか?)
シズフェはアイノエの言葉が悲しくなると同時に怒りが湧いてくる。
「良い度胸だねシェンナ! 返り討ちにしてやるよ!!」
アイノエも帯剣を構える。
「ちょ、ちょっと! アイノエちゃん!!」
「ゼアル様! お願いですやらせて下さい!!」
ゼアルは止めるがアイノエは止まる様子はない。
シェンナに向けて一歩踏み出す。
「シェンナ……」
「大丈夫よ兄さん。そこで見ていて。他の人は誰も手を出さないで」
シェンナとアイノエは対峙すると周囲の者達は2人から距離を取る。
「ゼアル様にいただいた力を見せてやる! 風よ舞い踊れ!!」
アイノエが魔法を唱えると、その周囲に風が吹き始める。
その風の動きに合わせて帯剣が奇妙な動きをする。
それは、まるで剣が踊っているようであった。
「なるほど、ならば私も踊るわ。炎よ舞い踊れ!!」
シェンナは刀を持ち、構える。
シェンナの意思に従って刀から黒い炎が噴き出す。
アイノエが風の舞いなら、シェンナは炎の舞いだ。
風を纏った帯剣がシェンナに向かって来る。
シェンナは体を回転させながら、アイノエの帯剣を躱す。
(さすが、姐さん! すごい動きだ!)
シェンナはアイノエの動きに感心する。
ゼアルから力をもらったのかもしれないが、アイノエの修練の部分もあるだろう。
シェンナは踊りの練習を常にかかさないアイノエを見て来た。
彼女の踊りにかける思いは真剣なのだ。
(だけど! 踊りに関しては負けるつもりはない!)
シェンナは足を交差するように飛び、体を回転させる。
帯剣は不規則な動きでシェンナを襲う。
その帯剣をシェンナは不規則な動きで躱し、刀で弾きながらアイノエへと近づく。
2人の踊り子のそれぞれの剣舞。
その華麗な動きに周囲の者達は息を飲んで見守る。
そして、やがて動きが止まる。
「やっぱり、勝てないか……」
アイノエは小さく呟くと崩れるように倒れる。
シェンナはその時にアイノエの目から涙が零れるのを見た。
「ごめんなさい姐さん。でも、これも勝負よ」
シェンナは持っている刀を見て言う。
互いに全力を尽くした。
踊りでは互角、武器の扱いではシェンナが僅差で勝っていた。
そして、後援者の力ではシェンナの圧勝である。
たかがレッサーデイモンと神に等しい力を持つ暗黒騎士では比べようもない。
シェンナはその事を卑怯とは思わない。
良い後援者を得る事も才能の1つなのだから。
アイノエもそれはわかっていたはずであった。
それでも勝負しなければならなかったのである。
シェンナは倒れた哀しい女性を見下ろす。
「アイノエちゃん……」
ゼアルがアイノエに駆け寄る。
「殺してないわ。アイノエ姐さんを連れて消えて」
シェンナは刀の柄でアイノエを気絶させた。
死んではいないはずであった。
シェンナがそう言うとゼアルはアイノエを連れて地下水路の奥へと消える。
暗黒騎士に出会ったシェンナはデイモンが悪い存在だとは思えなくなっていた。
だからアイノエ達を見逃すのである。
「シェンナ、お前は一体? それにその剣は?」
「詳しい話は後よ兄さん。それよりも私が預けた笛を貸して。兄さんの事だから持っているでしょ。その笛でネズミ人を操る事ができるらしいの」
シェンナはクーナが言っていた事を思いだす。
カルキノスだけではなくネズミ人にもこの笛は有効である。
もっとも、この事をアイノエ達は知らなかったようであった。
クーナはザンドからこの情報を知り、シェンナに教えた。
シェンナは笛を受け取ると口に当てる。
地下水路に笛の音が鳴り響いた。
シズフェは叫ぶがノヴィスから返事がない。
いつもなら「心配するなシズフェ」ぐらいには言ってくれるのにだ。
「がああああああああああ!!!!」
ノヴィスが雄叫びを上げてレッサーデイモンに挑む。
その剣の振り方は無茶苦茶だ。
完全に暴走して狂戦士となっている。
無茶な戦い方をしていればいずれ体が壊れてしまうだろう。
しかし、狂戦士となったノヴィスは止まらない。
「くそ! 人間風情が!!!」
レッサーデイモンが大鉈を振るいノヴィスの攻撃を防ぐ。
シズフェは過去に一度だけ狂戦士となったノヴィスを見た事があった。
狂戦士となったノヴィスは魔物を全滅させるとシズフェ達に襲い掛かったのである。
その時は何とか逃げて、ノヴィスが力つき倒れたおかげで助かった。
正直あまり思い出したくない思い出である。
狂戦士となったノヴィスの力は凄まじい。しかし、それをレッサーデイモンは凌いでいる。
シズフェの目の前で凄まじい攻防が繰り広げられる。
レッサーデイモンはノヴィスの強烈な攻めに押されている。
しかし、狂戦士となったノヴィスは防御をしない。
ただ相手を殺すためだけに動く。これでは相手を殺しても自分も死んでしまうだろう。
戦いの神トールズの教えでは戦って死ぬことは名誉な事だ。
だからトールズの戦士達はすぐに死んでしまう者が多い。
だけど、シズフェはノヴィスが死ぬのが嫌だった。
それが、どんなに名誉な事でもだ。
シズフェはもう親しい人に死んで欲しくなかった。
シズフェの父は魔物に殺されて帰って来なくなった。
もし一緒に戦えて、あの時に側にいれば死なずに済んだのではないだろうかと今でもシズフェは悔やんでいる。
もちろん、そんな事はありえない。
その時のシズフェはまだ、子どもであった。
今でも非力であり。戦士には向いていない。だから、シズフェが一緒にいても父の死は変わらなかっただろう。
でも、シズフェはどうしても考えてしまうである。
どうして、お父さんを助けられなかったのだろうか?
なぜ、お父さんの側にいなかったのだろうか?
シズフェは父と母が好きだった。
シズフェにとって2人は理想の夫婦だった。
だけど、それは父が死んだ事で壊れてしまった。
父が死に、母は再婚した。
それは仕方のない事であった。父がいなければ、母は誰かに頼るしかない。
シズフェの義父は良い人で優しい人であった。
そんな、義父はシズフェのために結婚相手だって探そうとしてくれた。
本当なら感謝しなければならない。
だけど、夫婦が簡単に壊れる姿を見てしまったシズフェは結婚することが怖いのだ。
そんなシズフェは義父と母の元を離れるとケイナに頼んで自由戦士の仲間にしてもらった。
自分が戦う事で誰かが助かれば良い。
だからシズフェは剣を取り、盾を構える。
そして、シズフェは知恵と勝利の女神レーナの加護受けて戦乙女となった。
きっと願いが女神に届いたに違いないとシズフェは思っている。
この力を使って人々を守れと言う事なのだ。
「知恵と勝利の女神レーナ様! ノヴィスに守りを!!」
シズフェは何度も魔法を唱える。
ノヴィスの周りに光り輝く魔法の盾が現れる。
その魔法の盾がレッサーデイモンの攻撃を防ぐ。
攻撃が防がれてレッサーデイモンは悔しそうにする。
レッサーデイモンは下位とはいえ魔族である。
シズフェだけなら勝てないだろう。
ノヴィスが攻めて、シズフェが守る。
この連携によりレッサーデイモンを相手になんとか戦えている。
だけど、そろそろシズフェは魔法を使う事がきつくなっていた。
シズフェは自身の中の魔力が途切れようとしているのを感じる。
また、シズフェの目の前で戦っているノヴィスの攻めが弱くなっている気がしていた。
ノヴィスも限界が近いのである。
シズフェの後ろで戦っている仲間達もネズミ人の数が多いので、救援に来る事ができそうにない。
万事休すであった。
「ぐあああああああああああ!!!」
ノヴィスは叫び声を上げる。
レッサーデイモンの攻撃がシズフェの作った魔法の盾を打ち破りノヴィスを吹き飛ばしたのだ。
ノヴィスの持っていた剣に当たったので直撃はしていない。
しかし、それでもかなりの衝撃だったのだろう。ノヴィスは横に吹き飛ばされて壁にあたり動かなくなる。
「ノヴィス!!」
シズフェはノヴィスに駆け寄る。生きてはいるみたいだが動かない。
「ふん! 手こずらせやがって!!」
レッサーデイモンが悪態をつく。
シズフェが後ろを見ると仲間達も後退している。
多くのネズミ人を倒したみたいだが、数が多い。
シズフェ達は集まり円陣を組む。
シズフェが仲間を見ると全員が疲れた表情をしている。
ネズミ人は追撃してこない。どうやら最初の予定通りシズフェ達を生け捕りにするつもりのようであった。
「私の命はどうなっても良い! 彼女達は助けてもらえるのだろうな!!」
デキウスはレッサーデイモンに対して叫ぶ。
「もちろんそのつもりだ色男。この女達は上玉だからな。俺の仲間に引き渡すのさ。そうすりゃ俺も仲間に対して面目が立つ」
そう言ってレッサーデイモンは笑う。
その笑い声を聞いて、シズフェの近くにマディの顔が震えるのがわかる。
もはや、どうにもならない状況であった。
「悪いけどそうはさせないわよ!」
突然レッサーデイモンの後ろから声がする。
「何者だ!!」
レッサーデイモンが振り向く。
すると白く光る蝶が飛んできてデキウスの周りを飛ぶ。
「なんだ!? この蝶は?!!!」
そして、レッサーデイモンの後ろから横の壁を走って1人女性が現れる。
「シェンナ!!」
「シェンナ!!」
現れた女性を見てデキウスとアイノエが叫ぶ。
「助けに来たわよ兄さん!!」
そう言うとシェンナはシズフェ達に笑いかけるのだった。
◆
「ふう。何とか間に合ったみたいね」
シェンナはデキウスが無事なのを見て安心する。
蝶が導いてくれたがラットマンの数が多くて中々先に進めず、遅れてしまった。
たどり着いたのは少し前、戦闘が激しくなっている時だった。
すぐに駆けつけようと思ったが、戦いが激しいので出るに出られず、機会を窺がっていた。
そして、ノヴィスがレッサーデイモンに吹き飛ばされたのを見て慌てて出てきたのである。
「シェンナ、どうしてここに? お前は月光の女神に捕まっているのではなかったのかい?」
「まあ、そうなんだけど……。話は後よ兄さん。今はそんな事を言っている場合じゃないわ」
そう言ってシェンナはアイノエを見る。
「まさか生きていたとはねえ、シェンナ。お前はあの御方に嬲り者にされていると思ったんだけどねえ」
アイノエは皮肉な笑いを浮かべる。
「おあいにく様。私は生きているわよ」
シェンナもまた笑い返す。
「しかし、なんでお前が来たぐらいで援軍になると思うの?今ここで殺してあげるよ」
アイノエは帯剣を振るう。
長い剣身は弾力に富み空を斬る。
「あら、そんな事を言って良いのかしら? 何で私が生きていると思うの?」
そういうとシェンナは暗黒騎士から借りた刀を抜く。
すると刀身から黒い炎が噴き出す。
「その黒い炎は!!!!」
黒い炎を見てレッサーデイモンは叫ぶ。
「そういう事よ。ゼアルだっけ? あの御方は貴方に対してお怒りよ。この刀を預かった私はあの御方の使いでもあるわ。だから、もし、貴方がこのまま立ち去るなら、あの御方に取り成してあげても良いけど?」
シェンナはしれっと嘘を吐く。
刀を借りただけだ。使いでも何でもない。
しかし、その言葉はかなりの衝撃だったみたいでゼアルが慌てだす。
「あ、あの御方がお怒りだって――――! わかりました! ネズミ人共よ攻撃を止めよ!」
ゼアルが叫ぶとネズミ人の動きが止まる。
これでデキウス達は助かるはずであった。
「動きを止めたぞ! 見逃してくれるんだろ! さあアイノエちゃん! 一緒に行こう!!!」
「い、嫌だ!! 私は退くもんか!」
アイノエは首を振って叫ぶ。
その様子にゼアルは慌てふためく。
「ア、アイノエちゃん? あの方が怒っているんだよ。あの方の怖ろしさは知ってるよね?」
「嫌です! ゼアル様! シェンナなんかに背を向けるなんて! 苦労も知らずにぬくぬくと育った奴に負けるもんか!!」
そう言うとアイノエはすごい形相でシェンナを睨む。
「私が劇団の花形になるのにどれだけの苦労をしたと思っているんだい! 場末の酒場で踊って! 好きでもない奴に体を触らせて! そんな生活から抜け出すためなら悪魔にだって魂を売るよ!!」
「アイノエ姉さん……」
「元老院議員の娘! 法の騎士の妹! そんな恵まれた生まれのお嬢様が何で劇団なんかに来るのさ! 何で私の地位を奪おうとする!!」
ずっと心に溜めていた事をアイノエは早口でまくしたてる。
「お前の兄といい! 苦労も何も知らない奴が私に説教しやがって! お前達兄妹は目障りなのよ!!」
そう言ってアイノエは帯剣をシェンナ向ける。
シェンナはアイノエ姉さんの気持ちはわからないでもない。
シェンナだって踊り子だ。踊り子がどんな生活をするのか知っている。
だけど、聞き捨てならない言葉があった。
シェンナの中で怒りが湧いてくる。
「何も苦労を知らないですって? 私達の事を何も知らないくせに良く言えるわ!」
シェンナはアイノエに叫ぶ。
シェンナとデキウスは美と愛の女神イシュティア様の信徒である母と法の神であるオーディス様の司祭である父との間に生まれた。
イシュティアの教義では結婚ができず。
市民権を持たない母から生まれたシェンナ達は市民権を持たない私生児として生まれざるを得なかった。
アリアディア共和国の法律では、例え血が繋がっていても正式な婚姻から生まれなかった子は男性の子としては認められないのである。
だから、シェンナはお嬢様のような暮らしは一度もした事がない。
それは兄のデキウスも一緒だ。
シェンナは母と兄と貧しい外街で暮らしていた。
その暮らしは決して豊かだったとはいえない。
そんなある日、父ナキウスが兄デキウスを養子として迎えようとした。
ナキウスはデキウスを後継ぎにしようとしたのだ。
しかし、それは難しい事だった。
アリアディア共和国の法律では養子縁組をするには結婚の女神を奉じるフェリア神殿の許可が必要である。
これは、養子縁組を装った市民権の売買を防ぐためであった。
フェリアの司祭達は法の神であるオーディスの司祭が結婚によらずに子供を作った事が気に入らず、養子縁組を認めようとはしなかった。
また、ナキウスの親族やオーディスの司祭等の周囲の人間も、同じようにデキウスを認めようとしなかった。
だけど、デキウスはそんな周囲に認められるために努力をした。
その努力する姿をシェンナは見てきたのだ。
毎日のように勉強をして、礼儀作法を覚え、周りの人間から良く思われるために頑張っていた。
それでも周りの人間の反応は冷たかった。
だけど、ある日、デキウスは大天使スルシャの加護を受けたのである。
シェンナはその事を天使様はきちんと見て下さったと喜んだ。
大天使スルシャの加護を受けたデキウスを周囲は認めるしかなくて、正式に養子と認められた。
シェンナはアイノエを見る。
「姉さん。貴方がどんな苦労したのか私にはわからない。だけど、私や兄さんが苦労を知らないなんて言わせない。ここで決着を付けましょう」
シェンナはアイノエに刀を向ける。
シェンナは過去にアイノエ姉さんが主役の劇を見た事がある。
とても綺麗で眩しくて、シェンナもあのようになりたいと思った。
そして、同じ劇団に入団して、演劇を必死になって練習したのである。
シェンナはアイノエ姉さんに近づきたくて頑張ったのだ。
(この人は自分だけが苦労をしていると思っているのだろうか?)
シズフェはアイノエの言葉が悲しくなると同時に怒りが湧いてくる。
「良い度胸だねシェンナ! 返り討ちにしてやるよ!!」
アイノエも帯剣を構える。
「ちょ、ちょっと! アイノエちゃん!!」
「ゼアル様! お願いですやらせて下さい!!」
ゼアルは止めるがアイノエは止まる様子はない。
シェンナに向けて一歩踏み出す。
「シェンナ……」
「大丈夫よ兄さん。そこで見ていて。他の人は誰も手を出さないで」
シェンナとアイノエは対峙すると周囲の者達は2人から距離を取る。
「ゼアル様にいただいた力を見せてやる! 風よ舞い踊れ!!」
アイノエが魔法を唱えると、その周囲に風が吹き始める。
その風の動きに合わせて帯剣が奇妙な動きをする。
それは、まるで剣が踊っているようであった。
「なるほど、ならば私も踊るわ。炎よ舞い踊れ!!」
シェンナは刀を持ち、構える。
シェンナの意思に従って刀から黒い炎が噴き出す。
アイノエが風の舞いなら、シェンナは炎の舞いだ。
風を纏った帯剣がシェンナに向かって来る。
シェンナは体を回転させながら、アイノエの帯剣を躱す。
(さすが、姐さん! すごい動きだ!)
シェンナはアイノエの動きに感心する。
ゼアルから力をもらったのかもしれないが、アイノエの修練の部分もあるだろう。
シェンナは踊りの練習を常にかかさないアイノエを見て来た。
彼女の踊りにかける思いは真剣なのだ。
(だけど! 踊りに関しては負けるつもりはない!)
シェンナは足を交差するように飛び、体を回転させる。
帯剣は不規則な動きでシェンナを襲う。
その帯剣をシェンナは不規則な動きで躱し、刀で弾きながらアイノエへと近づく。
2人の踊り子のそれぞれの剣舞。
その華麗な動きに周囲の者達は息を飲んで見守る。
そして、やがて動きが止まる。
「やっぱり、勝てないか……」
アイノエは小さく呟くと崩れるように倒れる。
シェンナはその時にアイノエの目から涙が零れるのを見た。
「ごめんなさい姐さん。でも、これも勝負よ」
シェンナは持っている刀を見て言う。
互いに全力を尽くした。
踊りでは互角、武器の扱いではシェンナが僅差で勝っていた。
そして、後援者の力ではシェンナの圧勝である。
たかがレッサーデイモンと神に等しい力を持つ暗黒騎士では比べようもない。
シェンナはその事を卑怯とは思わない。
良い後援者を得る事も才能の1つなのだから。
アイノエもそれはわかっていたはずであった。
それでも勝負しなければならなかったのである。
シェンナは倒れた哀しい女性を見下ろす。
「アイノエちゃん……」
ゼアルがアイノエに駆け寄る。
「殺してないわ。アイノエ姐さんを連れて消えて」
シェンナは刀の柄でアイノエを気絶させた。
死んではいないはずであった。
シェンナがそう言うとゼアルはアイノエを連れて地下水路の奥へと消える。
暗黒騎士に出会ったシェンナはデイモンが悪い存在だとは思えなくなっていた。
だからアイノエ達を見逃すのである。
「シェンナ、お前は一体? それにその剣は?」
「詳しい話は後よ兄さん。それよりも私が預けた笛を貸して。兄さんの事だから持っているでしょ。その笛でネズミ人を操る事ができるらしいの」
シェンナはクーナが言っていた事を思いだす。
カルキノスだけではなくネズミ人にもこの笛は有効である。
もっとも、この事をアイノエ達は知らなかったようであった。
クーナはザンドからこの情報を知り、シェンナに教えた。
シェンナは笛を受け取ると口に当てる。
地下水路に笛の音が鳴り響いた。
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