暗黒騎士物語

根崎タケル

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第5章 黒い嵐

第18話 劇場にて

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「結局、見つからなかったのですね。デキウス卿」

 翌日になり、劇場内の来賓用の部屋でチユキはデキウスから話を聞く。
 マルシャスはまだ劇団に戻って来ていない。
 あの後、チユキとナオはレイジ達と合流すると、そのまま劇団の宿舎で宿泊した。
 そして、昼になりデキウスが劇場へと来たので話を聞いている所である。
 デキウスは夜遅くまで捜索していたそうだ。そのため起きるのが遅くなったみたいで、今ようやく来た所だ。

「はい、チユキ殿。店の奥に立ち入る事が出来れば良かったのですが……」

 デキウスは申し訳なさそうに言う。
 まあ仕方がないとチユキは思う。
 あのあたりは特に治安が悪い。強制捜査しようとすればデキウスは殺されていただろう。
 ちなみにあのあたりじゃなくてもアリアディア共和国の治安はすごく悪い。
 なぜならアリアディア共和国は他の国よりも開かれているからだ。
 人が出入りしやすい分、素行の悪い人間も入って来る。
 チユキ達は強いから、悪さをしてくる者は簡単に撃退できるので気にならないが、この世界の一般的な女性なら城壁内でも夜道を歩くのは危険だろう。
 しかし、そんな状態であるにも関わらず治安を維持すべき将軍の動きは鈍い。
 理由は警察的権限が少ないからだ。
 国家権力から市民の権利は守られているのかもしれないが、これでは犯罪は増加するばかりだろう。
 アリアディア共和国はこれだけ人口が多いのにも関わらず警察制度が未熟だ。
 どうにかしたほうが良いとチユキは思う。しかし、将軍に強力な権限を与える事を危険視する有力な元老院議員がいるらしく、どうにもならないらしい。
 チユキ達の力を使えばどうにかなるかもしれないが、力づくで内政に干渉すれば別の問題を招くだろう。
 それに、この問題は下手に介入すると、この国の政治闘争に巻き込まれる事になる。
 だから、何もできなかった。

「もしかして、完全に逃げちゃったのかしら?」

 チユキは溜息を吐く。
 マルシャスは事件を起こすとさっさと逃げてアリアディア共和国にいないのかもしれない。

「アイノエさんの方も特に動きは無いみたいだし。どうするの?」

 リノが面倒くさそうに言う。
 アイノエはシロネと共に劇の練習をしている。
 そのためシロネはここにはいない。
 サホコもいないが、それはお茶を用意してくれているからだ。

「そうだな? 無理矢理は良くないと思うが、リノの魔法でアイノエから聞き出すかいチユキ?」
「確かにレイジ君。それが1番手っ取り早いかも……。でもそれは最終手段よね」

 リノの魔法を使えば知っている事を全て吐き出させる事ができる。あまり使いたくはないが他に手がかりがないのなら仕方がないかもしれなかった。

「あの~。チユキさん、手がかりなら他にシェンナさんの残したメッセージがあるんじゃないっすか?」
「ああ、それもそうねナオさん。月光の女神を探さないといけないわね」

 チユキはシェンナの残したメッセージを思い出す。

「月光の女神? 何だいそれは?」
「シェンナさんが残したメッセージに書かれていた言葉よ」

 チユキはレイジに昨晩の事を説明する。

「なるほどね。そんなすごい美人がいるのか? 確か宴席で同じ事を聞いたな」
「そうね、まさかその彼女が関わっているとは思わなかったわ。デキウス卿その彼女の事をもっと詳しく話してくれないかしら」

 チユキがそう言うと全員の目がデキウスの方へと向く。

「はい彼女は……」

 デキウスが説明を始める。
 普段真面目で色恋沙汰とは無縁そうな男が、情感たっぷりに説明する様子に全員が驚いた顔をする。

「へえ、なるほどね。前に聞いた時はそんなに気にしなかったけど、デキウスさん、その銀髪の美女は私達よりも美人だった?」

 リノが意地悪そうに聞く。

「えっ? それは……」

 デキウスは言い難そうな顔をする。
 嘘でも良いからリノの方が綺麗と言えば良いのに、デキウスは嘘がつけない男であた。
 まあ、それをわかって聞くリノも性格が悪いとチユキは思う。

「もうリノさん。そんな事を聞くべきじゃないわ」
「は~い、チユキさん。でもちょっと悔しいかな。一体どんな人なんだろう?」

 リノが冗談っぽく言う。だけど少し本音が混ざっていると思う。

「確かに気になるな。で、その美女は俺に会いに来たって言っていたのだろう?ぜひ会ってみたいものだな」

 レイジは笑いながら言う。
 月光の女神の従者は勇者に会いに来たと言っていたそうだ。その事を聞いてレイジが喜んでいる様子がわかる。

「もうレイジ君。状況から見てその月光の女神は私達の敵かもしれないわよ。あなたに会いに来たのだって殺すためかもしれないのよ!!」

 チユキは思っている事を口にする。
 デキウスが月光の女神と呼ぶ銀髪の美女が事件に関わっている事は間違いない。
 もしかすると敵である可能性もある。

「まあね、だけどチユキだって気になるだろう?」
「まあ、確かにどんな人なのか気になるわね」

 チユキはあのデキウスが美人と言って見惚れるぐらいだから一度顔を拝んでみたい。

「敵かどうかはわからないが、ようはその美女を見付ければわかるさ」

 レイジが言うとリノとナオが頷く。

「結局はそうなのだけど、どうやって捜すの?手がかりはないわよ」

 チユキは全員に向かって言う。
 その月光の女神を探す手がかりがない。

「手がかりかどうかはわかりませんが、彼女と出会った場所の近くには高級住宅街があります。そして、彼女の着ている服はかなり上等な物でした。そこから考えて彼女はその住宅街のどこかにいるのではないでしょうか?」

 そう言ったのはデキウスだ。
 デキウスは地図を広げある場所を示す。
 そこは高級住宅街であり、少し丘になっている所で日当たりが良く、お金持ちがこぞってそこに家を建てている事を説明する。
 そして、デキウスは前もって調べていたのだろうか、続けてその住宅街の場所とそこにある邸宅が何軒あるかを説明する。
 また、その邸宅の持主までも詳しく話す。

(もしかすると遅れて来たのはそれを調べていたからかもしれないわね)

 チユキは感心する。

「あれ? 確かその住宅街は、リジェナがいる所じゃないか?」

 レイジがデキウスの説明を聞いて答える。
 リジェナというのは元アルゴア王国のお姫様で、今はキョウカの部下だ。
 確かトルマルキスの邸宅の1つを貰ったとチユキは聞いていた。
 デキウスが示した住宅街はそのトルマルキスの邸宅があった所だ。
 レイジはリジェナと少ししか話していないはずなのに、良く覚えていたなと思う。

「確かにそうですね。この住宅街の邸宅の1つは妹君が所有しています。リジェナ殿が住まれているようですね」

 デキウスはリジェナがこの国でキョウカやカヤの代わりに働くために宴会に出席して有力者と挨拶をしていた事を話す。
 その時にデキウスにも会っていた。

「それにしても良く覚えていたわねレイジ君。でも、さすがにそこに月光の女神がいるとは思えないわよ」
「そんな事はわかっているさ。ただ事件が終わったらリジェナの様子も見に行った方が良いかなと思ってね。それにキョウカに無茶な事を頼まれているかもしれない。もしそうなら助けてやりたい」

 レイジは真面目な顔で言う。
 女性を助ける事に関してならレイジは嘘を吐かない。本気でリジェナを助けたいのだろう。
 しかし、チユキは何か面白くない。

「はいはい、それは終わった後でね。皆で様子を見に行きましょう。それよりも今は月光の女神を探しましょうよ。ナオさん、デキウス卿のいう住宅街だけど調べられそう?」
「住宅の数も少ないみたいっすし、調べるのは簡単っす」

 ナオは笑って答える。

「お待ちください。実はその邸宅の持ち主の中にさらに怪しい人物がいます。アイノエ殿の後援者である元老院議員コルネス殿の邸宅がそこにあるのです」

 デキウスのその言葉にチユキ達は驚きの声を出す。


「仕事が速い。さすがだわデキウス卿」
「そうっすね……。このナオさんの出番はないかもしれないっすよ」
「ホントだね。ナオちゃん顔負けだわ」

 チユキに続きナオもリノもデキウスを褒める。

「いえ……。実は私が出来るのはここまでなのです。相手が元老院議員ではこれ以上の事はできないのです」

 デキウスが俯いて言う。

「えっ? どうしてなの?」
「それはねリノさん。元老院議員はこの国の有力者よ。下手に捜査をすれば政治問題になるわ」

 リノが疑問の声を出すとチユキは説明する。
 元老院議員を逮捕したり、裁いたり捜査をするには元老院の議決が必要であった。
 過去に権力を握った将軍が政敵である元老院議員達を軽い罪で処罰して排除した事があったために、そんな法律あるのだ。
 そのため有力な元老院議員が罪を犯しても法で裁く事は難しい。
 そんな彼らの中にはその地位を利用して非合法な事もしている者もいる。
 もちろん度がすぎれば裁かれるが、逆に言えば度が過ぎなければ裁かれないと言う事だ。
 どんなに法の騎士が優れていても、巨大な権力の前では何もできない。
 もし裁くとすればそれは非合法なやり方と言う事になるだろう。
 法で裁けない悪人がいる時は非合法なやり方でしか解決できないのは問題だ。
 聞いた所によると強大な権力を持つ王が暗殺される事は珍しくないらしい。
 アリアディア共和国も権力を巡って血生臭い事が過去に何回もあったそうだ。
 チユキの聞くところによるとコルネスは評判の良くない人物らしい。
 しかし、それでも元老院議員だ。これ以上の捜査はできない。

「ならここからは俺達の出番だな」

 レイジは不敵な笑みを浮かべる。

「結局そうなるわね……。でも、まずは調べてからよ、レイジ君。無関係かもしれないのだから」

 だけど、ここまで状況証拠があるなら黒で間違いないとチユキは思う。

「みんな、お茶を淹れて来たよ」

 話が纏まって来た時だった。木製の扉が開かれてサホコがお茶を持って入る。
 彼女が持っているお盆には茶器の他に大きなが丸い物体が乗せられている。

「サホコさん。それは?」

 チユキは丸い物体を見て言う。

「ああ、これはチーズケーキだよ。リコッタチーズが手に入ったから作ってみたの」

 サホコは笑いながら言う。
 リコッタチーズは乳清を煮詰めて作るチーズであり、この世界にもある。

「おお、これは美味しそうっすね」
「でしょ。これにリジェナさんから貰ったメンティのお茶を合わせてどうぞ」

 メンティはナルゴルのナルゴルの闇の森で咲く花だ。
 清涼感のあるお茶は精神を安定させる効果があるそうだ。
 リジェナがナルゴルから出る時にお土産として沢山もらって来たものであった。

(こんな美味しいお茶をくれるのだから、シロネさんの幼馴染は悪い人じゃないわね)

 チユキは御茶の良い香りを楽しみながらそんな事を考える。

「ちょっと休憩にしましょうか。シロネさんを呼んで来るわね」

 チユキが立ち上がろうとするとレイジが制止する。

「俺がシロネを呼んで来るよ。チユキは座っててくれ」
「そう? ありがとう」

 レイジは部屋を出て行く。
 サホコがお茶を淹れて。リノとナオがケーキを切り分ける。
 メンティの良い香りが部屋に漂う。
 捜査の事を一時忘れて、チユキ達は御茶を楽しむ事にするのだった。


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