暗黒騎士物語

根崎タケル

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第4章 邪神の迷宮

第32話 女神とデート

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「本当にこんな事をしてて良いのかな……」

 クロキは思わず声に出してしまう。

「どうしたのです、クロキ?」

 クロキの腕に抱き着いているレーナが聞く。
 レーナは今はフードを被って顔を隠している。
 それもそうだろう。クロキ達が今いるのはアリアディア共和国の大通りだ。レーナのような美人が顔を出して歩けば騒ぎになるだろう。
 顔を隠した方が目立つのではないかと思われるが、この世界では敬虔なフェリア信徒は顔を隠して歩く事も珍しくない。
 だが、レーナの胸は大きく、腰は細い。それは服を着ていてもわかる。
 また組み合わせも問題だった。
 クロキは現在鉄仮面を取ってはいるが、自由戦士の恰好である。
 それに対してレーナは白い高価な絹の服に黄金と宝石で作られた装飾品を多数身に付けた貴婦人の恰好だ。
 一見すれば貴婦人とその護衛に見えるだろう。
 しかし、レーナはクロキと腕を組んで歩いている。
 あまりにも不釣り合いな男女である。
 そのため歩いていると注目を浴びる事も多々あった。
 もっともレーナは気にしている様子はなく、戸惑っているのはクロキだけである。

「いえ……。シロネ達が調査をしているというのに、自分達はこんなに所でこんな事をしていて良いのでしょうか?」

 今、シロネ達はキシュ河で調査をしているはずであった。
 なのに、ここに遊びに来ている良いのだろうかと疑問にクロキは思う。
 それに蜥蜴人リザードマン達の事も気になる。結果的に蜥蜴人リザードマン達に人間への復讐を無理やり止めさせる事になってしまった。
 その事がクロキの心に引っ掛かる。
 彼らはクロキを神のように崇めている。
 特に彼らを救うつもりはないのにだ。その事を思うと心苦しい。
 別に人間の味方をする気はないはずなのに、行動が一貫していない事がクロキは何だか嫌だった。

「別に良いではないですか? クロキ。シロネ達に任せておけば大丈夫でしょう。それにあなたの使徒もいるのだから」

 レーナは笑いながら言う。

(リジェナが使徒である事にどうやって気付いたのだろう? シロネだって気付いていないみたいなのに……)

 レーナが気付いたことにクロキはちょっとだけ気になる。
 リジェナはクロキに代わって蜥蜴人リザードマン達の指揮をしている。
 蜥蜴人リザードマン達はクロキの使徒であるリジェナに対しても従順である。


「はあ……。ところで良いのですか? 護衛の人達に黙って出て来ても」

 クロキは周囲を見る。
 いつもならレーナは護衛に守られている。だけど今はいない。
 何故自分達がここにいるのかと言えば、レーナが人間の世界を見てみたいと言ったからだ。
 護衛を連れていないのも大人数で歩けば目立つからだ。
 それでも、1人や2人なら護衛を連れても良さそうだが、レーナが嫌がったのである。
 もちろん、護衛達がレーナの単独行動を許すはずがない。そこでレーナは、クロキだけを連れて黙って出てきたのである。

「大丈夫よ。あなたがいれば他の護衛なんていらないでしょ? だから今日は私の騎士になりなさい」

 そう言ってレーナは体をクロキに寄せる。
 今のクロキは暗黒騎士の姿になっていない。着ている物も布製の服だ。そのため、レーナの柔らかい膨らみが左腕にあたる。

「まあ、確かに今日はあなたの騎士になる事を了解しましたが……。護衛の人達に一言あっても良かったのでは?」

 レーナは護衛達に何も言わずにここに来ている。
 言えば当然反対されるからだ。
 そして、クロキがレーナと行動を共にする事を了解したのは、シズフェという女性を助けた事に対する見返りを求められたからだ。
 見返りの内容は護衛として2人きりで人間の街を歩く事である。
 なんで、2人きりなのかはわからない。だけど内面はともかく外見は良いレーナと一緒にいる事は別にクロキは嫌ではない。だから一緒にいる。

「別に良いわよ。それよりもさっきから歩き方がおかしいけどどうしたの?」

 レーナが不思議そうに聞いて来る。

(それはあなたが胸を押し付けるからですとは言えないよ。大きな胸が腕に押し付けられたせいで、体の一部が石のようになって歩きにくいのです……)

 クロキは何とか股間が荒ぶらないように頭の中で別の事を考える。

「いえ、特に何でもないですよ……。それより、どこに行きます?」

 アリアディアは、この世界でも有数の大都市なので見る所がかなりある。
 レーナはどこか行きたい所があるのだろうかとクロキはレーナに聞く。

「あら、あなたが決めてくれないかしら。色々と調べているのでしょ?」
「えっ……どうしてそれを?」

 確かにクロキはアリアディア共和国の観光スポットを調べていた。
 折角大都会に来たのだから観光しようと思ったからである。
 だから、そのための本も手に入れた。
 この世界には葦に似た草から作った紙がある。
 そして、このアリアディア共和国にはドワーフの作った製紙器と印刷器があるから、こういった案内本が簡単に手に入る。
 しかし、なぜ案内本を持っている事をレーナは知っているのかクロキは気になる。

「どうしてって? あなたの部屋に入った時に、アリアディア共和国の案内本があったからよ」

 レーナがさも当然のように言う。

「ああ、なるほど……って! 部屋に入ったのですか?」
「そうよ。いけなかったかしら?」
「いけなかったかしらって……」

 クロキにプライバシーはないのだろうか?あれはさすがに見られていないと思うが、油断も隙もない。

「もう、細かい事は気にしなくて良いでしょ。さっ、行きましょう。ねえ、最初はどこに連れて行ってくれるの?」

 レーナは甘い声で囁く。
 レーナの綺麗な顔がクロキのすぐ近くまで来る。
 その事にクロキはドキドキして文句が言えなくなる。

(よし、このまま厭らしい事をするために路地裏に連れて行こう! ……ごめんなさい、冗談です。馬鹿な事を考えるのはやめよう)

 雑念を払いクロキは考える。

「う~ん、そうですね……。どこに行こうか?」

 真っ先に思いつくのは公衆の大浴場だろう。
 アリアディアの大浴場はただの入浴施設ではない、様々な娯楽施設が用意されている。遊ぶならそこが良いだろう。
 しかし、問題もある。大浴場は女神フェリアに捧げられているためか男女の別が厳格なのだ。一緒に行ってもレーナと別行動になる。男女が共に行くには不向きだろう。
 他にも闘技場は閉鎖中であり、劇場はまだ開演していない。
 だとすればどこに行くべきか、とクロキは悩む。

「トライドの泉はどうですか?」
「トライドの泉?」
「はい、この国の水道の終端施設として作られたドワーフ製の泉です。海王トライデンの像を中心に、周りを美しいマーメイドの像が取り囲んだ見事な彫刻があるそうです」

 アリアディアの水道施設はドワーフ達が作った物だ。
 トライドの泉はその終端施設として作られた。
 海王トライデンは水の神であり、泉はトライデンに捧げられた物でもある。

「ふーん、トライデンに捧げられた物ね……。あれに捧げられた泉が良いとはおもえないけど……。でもあなたと一緒なら構わないわ」

 レーナは眉を顰めて言う。
 海王トライデンはレーナと同じエリオス12神の1柱だ。
 当然レーナとも顔見知りのはずである。
 そして、どうやら仲が良くないようであった。
 しかし、クロキと一緒に行くのなら問題ないのかレーナは結局行くことにする。
 こうして2人で歩く。程なくしてトライドの泉にたどり着く。
 トライドの泉は中々綺麗だった。水道の終端施設として作られたトライドの泉は自然の泉ではない。直径10メートルの泉の真ん中からは噴水がある。そして泉の周りには海王トライデンの彫像等が取り囲んでいる。
 有名なデザイナーの設計図を元にドワーフが作った彫像は見事である。
 そのトライドの泉の周りには多くの人がいる。姿からアリアディアに住んでいる人ではなく、余所の国から観光に来た人だろう。

「ねえ、クロキ。あの人達は何をしているの?」

 レーナは観光客を見て言う。
 観光客は何かを泉に投げ込んでいる。

「ああ、おそらくあれは願い事をしているのですよ」
「願い事?」
「ええ、泉にお金を投げ込むと願い事が叶うらしいです。やってみます?」

 そう言って自分は懐から1テュカムの銅貨を取り出す。
 テュカム貨幣はアリアディア共和国が発行した貨幣である。
 アリアド同盟内はもちろん、遠い聖レナリア共和国でも使用が可能の貨幣で、交易の基軸通貨として使われる事が多い。
 そして、テュカムという通貨単位もまた他の地域で使われている。

「人間は変ね、こんな物を投げたら願いが叶うなんて」

 レーナが不思議そうに銅貨を見る。
 レーナから見たら貨幣の存在は不思議である。
 エリオスの神々は貨幣を使う事はほぼない。なぜなら、お金を必要としないから。
 神族ならお金など無くても大抵の物は簡単に手に入る。また、神族が欲しがる物はとても値段が付けられるような物ではないからだ。

「自分は面白いと思いますけどね。ちなみに男女が一緒に金貨を投げると、永遠に一緒に居る事ができるそうですよ」

 クロキがそう言うとレーナは驚いた声を出す。

「そんな魔法は聞いた事がないわ」

 レーナが首を信じられないと首を振る。

「魔法じゃないのですが……。まあ……なんというか、人の間でそう言われているというかなんというか……」

 クロキはどう説明すれば良いかわからず。言葉が変になる。

「ますます訳がわからないわね……」

 レーナは腑に落ちないみたいだ。

「ええと……。自分は人間の真似事をしてみるのも良いと思うのですよ。まあ、無理にとは言えませんけど」

 クロキは銅貨を仕舞おうとする。無理にやる事でもない。でも少しさみしい。

「待って、クロキ。理解はできないけど、折角だからやってみましょう」

 レーナがぽんと手を叩く。

「そうですか」

 クロキは少し笑うと再び銅貨を出そうとする。クロキもまたこのまま何もしないのは味気ないと思たのだ。折角だからやるべきである。

「違うわよ、クロキ。投げるのは銅貨じゃなくて金貨の方よ。持っているのでしょう?」
「えっ?」

 クロキは驚く。先程の説明を聞いてなかったのだろうか?
 だけどせっかくやる気になっているのだから水を差すのどうだろうか?
 クロキは銅貨では無く金貨を出す。

「一緒に投げるわよ、クロキ」

 レーナの白い手が金貨を持つ手を握る。

「えっ、レーナ……?」

 クロキは戸惑いながらもレーナと一緒に金貨を投げる。
 金貨は放物線を描くように泉の中心にある噴水のすぐ近くに落ちる。

「ふふ、人間の真似事をするのも良いわね」

 レーナは楽しそうに言う。
 クロキはその様子にほっとする。
 正直、女性を楽しませる自信はない。だから笑ってくれた事に安心する。

(それにしてもレーナは愛するレイジじゃなくても良いのだろうか?)

 クロキは少し気になったが、折角の美人が喜んでくれるのだ。だから考えない事にする。

「それでは、クロキ。次はどこに行きましょうか?」
「そうですね……」

 クロキは次に行く場所を考えるのだった。







 クロキとレーナはトライドの泉に続き、アリアディア元老院議事堂を見た後でアリアディア港に行く。
 アリアディア港には船で運ばれた食材や氷雪を貯蔵するための魔法の巨大冷蔵倉庫がある。
 冷蔵庫は熱を通さない素材で作られた建造物に冷気を閉じ込めている。現在で言う所の氷室のようなものだ。
 この中で蓄えられた氷を使い氷菓子が作られたりもする。
 中には氷にミルクや果汁、糖蜜などを加えてアイスクリームに似た物もある。 
 その冷蔵庫の冷気を利用して作られたアイスクリームを2人で食べた後、レーナが人気のない路地裏へと入り込んだ。

「どうしたのですか? レーナ?」
「ふう……。ずっと被っていたから息苦しいわ」

 路地裏に入るとレーナはフードを取る。
 レーナはこれまでずっとフードを被っていたので、さすがに息苦しかったのである。
 だけど、フードは被っていてもらわなくてはクロキとしては困る。
 顔を隠しているにも関わらず、なぜかレーナは注目を浴びていた。
 フードを取れば注目を浴びるどころではすまない。
 美しき女神レーナはフードを被っていても存在感がありすぎるのである。

「大丈夫ですか、レーナ?」

 クロキはレーナを心配する。神様とはいえ女性だ。それに今日だけは騎士になると約束している。だから彼女を守らなければならないだろう。

「ふふ、少し疲れました」

 そう言ってレーナが身を寄せてくる。
 レーナの濡れた瞳がクロキを見つめる。
 ピンク色の小さな唇から熱い吐息が漏れ出す。
 濡れた瞳で見つめられてクロキは心臓がどきどきしだす。

(その表情はとてもまずい。いや、もう本当にまずい……。そんな表情をされたら、すけべえ百回じゃすみませんぜ、旦那!!)

 クロキの心が動揺する。
 そして、ここは路地裏であたりに人影はない。チャンスだった。
 クロキの中の悪魔が囁く。

「良いじゃねえか。誰も見てねえんだからよ。こんな人気のない所に自分から来たんだ。この女神だって望んでいるに違いない。服を全部脱がしちまいな!!」
 
 しかし、クロキの中の天使が反論する。

「悪魔よ、あなたは間違えています! 女性の服を脱がすなんてとんでもない! 服を脱がさないでする方が興奮するではないですか!!」

 クロキの中で悪魔と天使が言い争う。

(天使だと思ったら堕天使だった!! 畜生なんて世界だ!! だめだ、これは死亡フラグだ!! このまま流されてはいけない!!)

 天使と悪魔の意見は細かい所は違うが、根本的には同じである。
 しかし、それでもクロキは動けなかった。
 そのレーナは、そんなクロキの様子を見てふふふと笑う。
 クロキの思考がぐるぐる回る。
 正直このまま欲望に身を任せたいと考えてしまう。
 その時だった。
 空気が震える。

「これは結界……」

 クロキは周囲を見て呟く。
 このあたりの空間が結界により閉じられた。
 そして、誰かが近づいて来るのを感じる。

「誰もいない場所に自ら来てくれるとはね……。よほど私に殺されたいようね、女神レーナ」

 近づいて来た者が声を掛ける。それは1人の女性であった。
 クロキとレーナは驚いて声を掛けた者を見る。
 おそらくこの女性が自分とレーナを閉じ込めた張本人だ。
 そして、声を掛けた女性にクロキは見覚えがあった。

「あなたは確か、アトラナさん?」

 クロキはその女性を見て首を傾げる。
 そこにいたのはアトラナだ。
 シロネと一緒に会った事があった。
 クロキの知る限り、商人の妻のはずであった。
 そのアトラナが怖ろしい形相でレーナを睨んでいる。
 クロキは嫌な予感がするのだった。




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