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第4章 邪神の迷宮
第13話 突然の出来事
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「パシパエア王国が魔物の襲撃を受けただと?」
チユキの隣にいたレイジがアトラナに聞く。
昨日の夕方チユキ達はアリアディア共和国のトルマルキスの館に戻って来た。
そこで仲間達と戦果を報告しあって、宴会をした。
そして、朝になりトルマルキスの妻アトラナから報告を受けたのである。
パシパエア王国は昨日の夜中に襲撃を受けて、半数以上の市民が魔物によって連れ去られたらしい。
「はい、大変な事になりまして……」
アトラナは将軍府から連絡が来て、朝方にその事を知ったらしい。そして、急いでレイジ達に伝えに来たのである。
側にはクラスス将軍もいる。
パシパエア王国から逃げて来た者はこの国の将軍府へと報告して、その後クラススがこちらに報告に来たのだ。
館の大広間にはチユキとレイジの他に仲間達全員がいる。
朝早く起こされたので眠そうである。
その中でレイジだけがしっかりと目を覚ましている。
「将軍!? エウリア姫は無事なのか?」
レイジが尋ねるとクラススは首を振る。
「わかりませぬ。レイジ殿。私から説明しても良いのですが、その場にいたポロム殿から詳しい話をお聞きください」
クラススはそう言うと後ろの兵士を入って来させる。
その兵士の腕には小人が座っている。
チユキは彼がポロムだと判断する。
ポロムはピュグマイオイ族という小人である。
ピュグマイオイ族はずんぐりした体形で成人しても身長が35cmぐらいにしかならない。
彼らは特殊な風習を持ち鶴のような鳥を飼い、その鳥に騎乗して移動する。
また彼らは基本的に定住する事は無く、渡り鳥のように季節ごとに各地を移住している。
だけど例外もある。
人間と親しいピュグマイオイ族の中には人間の国の城壁の塔に住み郵便事業を行っている者もいる。
聖レナリア共和国の城壁の塔にもピュグマイオイが住み。人間から手紙を預かり近隣の各国へ届けている。
このポロムというピュグマイオイもパシパエア王国の城壁の塔に住み郵便屋をやっていたらしかった。
「あれは夜も更けそろそろ眠ろうかと考えているときでした……。突然兵士の悲鳴が聞こえてきたのは……。外を見るとゴブリンとオークの大群が国を取り囲んでいました。私と妻は大急ぎで鳥に乗りに脱出いたしました」
ポロムは静かに夜にあった事を説明するとチユキ達は顔を見合わせる。
「ゴブリンとオークの大群がですか……。一体どこから?」
チユキはポロムに尋ねる。
ミノン平野は魔物が少ない地域のはずだ。
それだけの大群が一体どこから来たのだろうと疑問に思う。
「チユキ殿。オークはわかりませんが、ゴブリンがどこから来たのかは見当がつきます。調べによりますとパシパエア王国の農場でゴブリンの奴隷達が全て逃亡したようなのです。奴らがパシパエア王国を襲ったに違いありません」
クラススが横から説明する。
チユキは何とも言えない気持ちになる。
パシパエア王国はアリアディアの北にある王国で、奴隷制の大規模の農地経営を行っていた。
ちなみにゴブリンは、昼はあまり動けないので夜に農作業をさせるらしい。
実をいえば、ゴブリンはあまり農作業は得意ではない。だけど、農業の単純作業ならば可能だ。首輪をつけ大量に奴隷のゴブリンを使えば安価な農作物ができる。
それがこの地域の人々を豊かにしている。
しかし、チユキは奴隷制農地経営にはあまり良い感情を持てない。
だけど、それをやめさせたら人間の低所得者の生活が困る事になるだろう。
そもそも力づくでやめさせても問題になってしまう。
(人間の生活を取るか、ゴブリンの人権を守るべきか。まったく、何でこんな事で悩まなければならないのかしら?
? 嫌になるわね。レイジ君だったら悩まないはずなのに)
チユキはそんな事を考えて首を振る。
レイジは可愛い女の子の生活が大事だ。ゴブリンの権利を守るとか考えない。まさに人類のための勇者である。
「なるほど、わかりました……。異種族の大軍は通常はあり得ない事です。指揮官らしき者は見ませんでしたか?」
チユキはポロムに聞く。
基本的に異種族同士が協力する事はない。
特別な指揮官がいる可能性がある。
「はい……魔物の中にミノタウロスがいました。そのミノタウロスが指揮を執っているみたいでした」
「ミノタウロスが?!」
「はい……」
ポロムは頷く。
チユキはピュグマイオイ族は暗視の能力がある上に目が良いと知っていた。
だから見間違いではないだろうと推測する。
「ミノタウロスは時々迷宮から出て来ては周辺の国を襲います。ただ、他種族を率いて侵攻するのは初めてですが……」
クラススが説明するとチユキは頷く。
襲われると言ってもその周辺のみで、アリアド同盟全体からしたら微々たる物で、あまり問題にはされなかったみたいである。
だけど、1つの国を滅ぼす程の襲撃になると話は別だ。この事件はアリアド同盟全体の存亡の危機となりかねない。
「そうなのですか……。ミノタウロスがいるという事はやはりあの迷宮が原因なのですか?」
「おそらく。それから、ポロム殿。あの事をチユキ殿に」
クラススがポロムに言う。
「ああ、そうでしたな……」
「何か気になる事でもあったのですか?」
「はい、奴らは城壁を壊し一通り暴れた後、国の人間達を何名か連れて出て行きました。その中に姫の姿を見ました」
「後を付けたのですか?」
「はい、妻を他国へと救援要請に向かわせた後、奴らの動向を監視していたのですが……。どうやら奴らは姫を攫い迷宮へと向かったようなのです」
ポロムが言う。
ミノタウロス達はパシパエア王国の人々を攫い迷宮へと戻った。
どういう事だろうかとチユキ達は首を傾げる。
「お姫様を攫う。何てお約束なんすか……」
「ナオちゃん冗談を言っている場合じゃ」
ナオが言うとサホコが窘める。
「でも、助けにいかないとお姫様が危ないよ!」
「リノの言う通りだ。攫ったという事は姫の命は無事なはず。急いで迷宮に向かうべきだ」
リノとレイジが身を乗り出す。
「ちょっと待って! みんな! 迷宮は危険よ! あの地下には凶悪な邪神がいるらしいの! そうよね!!」
チユキは仲間達をとめるとクラススを見る。
チユキが調べたところによると迷宮の地下には邪神がいる
牛頭人身をした邪神はかなり凶悪な存在らしい。
ただ、その邪神がなぜ引きこもっているのかまではわからなかった。
「はい、地下には凶悪な邪神ラヴュリュスがいると言われています。頭の角から電光を放ち、口からは炎を噴き出す奴だと聞いています。迷宮の奥に入った者で帰って来た者はいません」
クラススはそう言うと邪神の恐ろしさを説明する。
「様々な能力を持つ邪神ですか、確かに凶悪そうですね。慎重になられた方が良いかもしれません」
カヤが冷静な顔つきで頷く。
「お待ちください! それでは姫様はどうなるのです!」
アトラナが叫ぶ。
「その通りだ! エウリア姫を助けに行くべきだ!」
「お兄さまの言うとおりですわ、カヤ。パシパエアの姫君が攫われているのです。助けにいかなくてどうするのです。邪神に何をされるのかわかりませんわ。そうですわよね」
レイジとキョウカが言う。
「はい、地下にいる邪神ラヴュリュスは胸の大きい女性が好きで、赤ん坊のように振る舞うのが好きな、いやらしい奴だと聞いています。迷宮の奥に連れ去られた姫様がどうなる事か」
アトラナはそう言うと邪神のいやらしさを説明する。
「様々な性癖を持つ邪神っすか、確かにいやらしそうっすね。急いで助けに行った方が良いかもしれないっす」
ナオがげんなりとした顔で頷く。
「そういう事だ、チユキ。止めても無駄だ。俺はエウリア姫を助けにいく。それこそが勇者の役目だからな」
「うう、で、でも私達だけじゃ危険だわ。そうだわ天界の助けを借りましょう! それを伝えるだけでも!」
チユキは何とか止めようと必死になる。
「それなんだけどチユキさん。どうやら天界は動いているみたいだよ。実は昨日雲の上でニーアさんに会ったの、どうやら女神レーナが降臨しているそうだよ。きっと、彼女もこの事態をただ見ているだけじゃないんじゃないかな?」
それまで黙っていたシロネが言うと周囲から驚きの声が出る。
「そうか、レーナが来ているのか、会いに来てくれないのは残念だが、彼女が俺を見てくれるのなら大丈夫だ。何しろ勝利の女神様なのだからな」
レイジが嬉しそうに言う。
レーナが来てくれたのが嬉しいようであった。
「女神レーナ様が降臨なさっているとは! 魔物に困る我々を助けて下さるのか……」
クラススが天を仰ぐ。
クラスス将軍は敬虔な国防を担う者らしくレーナ信徒である。
レーナが降臨していると聞いて涙を流す。
「そういう訳だ、みんな。迷宮に入り邪神を懲らしめてやろう」
「「おー!!」」
それを見てチユキは溜息を吐く。
こうなっては止められない。
(レーナの時もそうだった。可愛い女の子が攫われた以上はレイジを止めるのは無理よね……)
チユキは覚悟を決める。
レイジが行く以上、仲間達も行くだろう。だとしたらチユキも行くしかない。
しかし、せめて危険を減らさなくてはならなかった。
「わかったわ。レイジ君。だけど私達は迷宮の事が良くわからないわ。クラスス将軍。迷宮に詳しい者を紹介してくれませんか?」
「確かに、それもそうですな……。ではテセシアの街へ要請して迷宮に詳しい者を紹介いたしましょう」
「テセシアの街?」
「はい、テセシアの街です。迷宮の魔物に対処するために我がアリアディア共和国が作った自由戦士の街です」
クラススが説明する。
テセシアの街はアリアディア共和国の衛星都市で、また迷宮の魔物に対処するために自由戦士を集めた街である事を伝える。
「他の勇者の方達や自由戦士達にもレイジ殿に協力するよう要請を出します。どうか、レイジ殿! パシパエア王国の姫君を、アリアド同盟を助けて下され!!」
「ああ、任せてくれ!」
クラススが再び頭を下げるとレイジは立ち上がる。
チユキは何とも言えない気持ちでそれを眺める。
「レーナが降臨……? 地上に来ている……?」
チユキ達が騒いでいる中、アトラナの呟きを聞いている者は誰もいなかった。
◆
「ここがアリアディア共和国か……」
クロキは周囲を見て、愕然とする。
この世界に来てこれ程までに人が多い国は初めてだった。
アリアディア共和国は3層の城壁を持つ国であり、一番外側の城壁は昼の間は誰でも入る事が出来た。
そのため、この国の市民権を持たないクロキもアリアディア共和国に入国出来たのである。
2層目の城壁は少し審査が厳しくなるが、それも金を払えば入る事が可能である。
クロキは金を払い現在2層目まで来ている。
この国の発行しているテュカム貨幣はこの地域一帯の基軸通貨であり、クロキはこの国に来る前にドワーフのダリオから多くのその貨幣を貰っている。
そのため当分はお金に困る事はないはずである。
クロキはアリアディア共和国の大通りを歩く。
クロキは通り過ぎる人を見ると、肌の色や服装等が違う人が多い。
大陸の東側は森が多く、寒い。
それに対して、大陸の西側は海が多く、暖かい。
アリアディア共和国は大陸の東と西の中間にあるため、東西の人が集まるのである。
東西の交流の中心地がアリアディア共和国なのである。
だから、アリアディア共和国は豊かなのである。
だが、豊かなのはそれだけではなかった。
アリアディア共和国は法律で私有財産の保護と公正な裁判を受ける権利がきちんと明文化されている。
また、それを市民だけではなく、どこの市民権を持たない者にも可能な限り適用しようとしている。
そのため人の往来が活発になり、豊かになるのもあたりまえであった。
クロキが現在歩いている地域には公営賭博の競馬場と闘技場がある。
普通なら賭博は禁止される所だが、馬の育成と戦士の育成のために特別に認められていたりする。
闘技場は今は閉鎖されているため、競馬場の近くは人が多く、クロキは歩くのが大変であった。
「さて、どうするかな。レイジ達の情報を集めたいんだけど、ウルバルド卿の配下に支援を求めるべきか?」
クロキは歩きながら悩む。
デイモンロードであるウルバルドは配下を各地に派遣して情報収集をしている。
このアリアディア共和国にも配下が潜んでいるらしい。
彼らに支援を要請すれば活動が楽になるかもしれない。
クロキはその内の何名かを教えてもらっていた。
中には失踪して行方を眩ませている者もいる。
おそらく、魔王に敵対するエリオスの神々か邪神の配下に見つかったのだろう。
だから、接触するかどうか迷う。
今この地には事件のためか天使達が大勢集まっている。
クロキもここに来るまでに何度か見つかりそうになった。
下手に支援を求めて大勢で動けば天使達に気付かれる恐れがある。
ナットは助けたいが、そのために他の者達が犠牲になってはいけない。
しかし、この地での生活の支援だけなら求めるのも良いかともクロキは思う
そんな事を考えながら通りを歩いている時だった。
視線を感じてクロキは振り返る。
振り返るとベールで顔を隠した婦人が立っている。
その婦人は真っすぐにクロキを見ている。
全身を覆う上質な服の上からでもわかる程胸が大きいわりには腰は細い。
顔は見えないが魅力的な体だ。
最もクロキは隠れた顔が魅力的なのも知っている。
顔を隠しているがその正体がなぜかクロキにはわかった。
「なぜ、貴方がここにいるのですレーナ?」
クロキは溜息を吐く。
知恵と勝利の女神レーナ。
魔王モデスの敵であり、当然魔王側の立場に立つクロキとも敵対している相手だ。
これではウルバルドの配下と接触する事はできない。
「それはこちらの台詞よクロキ。どうして貴方がここにいるのかしら?」
そう言うとレーナはベールの下で笑った声を出す。
完全に正体がバレている。
クロキは顔を隠すために鉄仮面を付けている。
だけど、レーナはあっさりと見破った。
「どうして、自分がここにいるとわかったのですか? 待ち構えていたようですが?」
クロキは疑問に思う。
正体がバレたのも疑問だが、どうして位置までわかるのだろう。
それが不思議でならなかった。
「さて、どうしてかしら?」
そう言うとレーナはクロキの左手を見る。
そこにはクーナとおそろいの指輪が嵌められている。
この指輪が身に付けていると互いの位置がわかり、通信する事ができる。
「まあ、それはどうでも良いわ。私には貴方の目的がわかる。私といた方がレイジ達に近づけるわよ」
「えっ!?」
クロキは驚き、レーナの顔を見る。
何故レーナが協力するのか、クロキには理由を考える。
(そういえば、この騒ぎを起こしているであろう邪神はレーナとも関係があったな。もしかして自分を利用するつもり?)
クロキはそう考え、迷う。
「そういうわけだから、クロキ。一緒に行動しましょう」
レーナがクロキの腕を取る。
服の上からでも大きな胸の感触が伝わる。
その感触にクロキは逆らえなかった。
チユキの隣にいたレイジがアトラナに聞く。
昨日の夕方チユキ達はアリアディア共和国のトルマルキスの館に戻って来た。
そこで仲間達と戦果を報告しあって、宴会をした。
そして、朝になりトルマルキスの妻アトラナから報告を受けたのである。
パシパエア王国は昨日の夜中に襲撃を受けて、半数以上の市民が魔物によって連れ去られたらしい。
「はい、大変な事になりまして……」
アトラナは将軍府から連絡が来て、朝方にその事を知ったらしい。そして、急いでレイジ達に伝えに来たのである。
側にはクラスス将軍もいる。
パシパエア王国から逃げて来た者はこの国の将軍府へと報告して、その後クラススがこちらに報告に来たのだ。
館の大広間にはチユキとレイジの他に仲間達全員がいる。
朝早く起こされたので眠そうである。
その中でレイジだけがしっかりと目を覚ましている。
「将軍!? エウリア姫は無事なのか?」
レイジが尋ねるとクラススは首を振る。
「わかりませぬ。レイジ殿。私から説明しても良いのですが、その場にいたポロム殿から詳しい話をお聞きください」
クラススはそう言うと後ろの兵士を入って来させる。
その兵士の腕には小人が座っている。
チユキは彼がポロムだと判断する。
ポロムはピュグマイオイ族という小人である。
ピュグマイオイ族はずんぐりした体形で成人しても身長が35cmぐらいにしかならない。
彼らは特殊な風習を持ち鶴のような鳥を飼い、その鳥に騎乗して移動する。
また彼らは基本的に定住する事は無く、渡り鳥のように季節ごとに各地を移住している。
だけど例外もある。
人間と親しいピュグマイオイ族の中には人間の国の城壁の塔に住み郵便事業を行っている者もいる。
聖レナリア共和国の城壁の塔にもピュグマイオイが住み。人間から手紙を預かり近隣の各国へ届けている。
このポロムというピュグマイオイもパシパエア王国の城壁の塔に住み郵便屋をやっていたらしかった。
「あれは夜も更けそろそろ眠ろうかと考えているときでした……。突然兵士の悲鳴が聞こえてきたのは……。外を見るとゴブリンとオークの大群が国を取り囲んでいました。私と妻は大急ぎで鳥に乗りに脱出いたしました」
ポロムは静かに夜にあった事を説明するとチユキ達は顔を見合わせる。
「ゴブリンとオークの大群がですか……。一体どこから?」
チユキはポロムに尋ねる。
ミノン平野は魔物が少ない地域のはずだ。
それだけの大群が一体どこから来たのだろうと疑問に思う。
「チユキ殿。オークはわかりませんが、ゴブリンがどこから来たのかは見当がつきます。調べによりますとパシパエア王国の農場でゴブリンの奴隷達が全て逃亡したようなのです。奴らがパシパエア王国を襲ったに違いありません」
クラススが横から説明する。
チユキは何とも言えない気持ちになる。
パシパエア王国はアリアディアの北にある王国で、奴隷制の大規模の農地経営を行っていた。
ちなみにゴブリンは、昼はあまり動けないので夜に農作業をさせるらしい。
実をいえば、ゴブリンはあまり農作業は得意ではない。だけど、農業の単純作業ならば可能だ。首輪をつけ大量に奴隷のゴブリンを使えば安価な農作物ができる。
それがこの地域の人々を豊かにしている。
しかし、チユキは奴隷制農地経営にはあまり良い感情を持てない。
だけど、それをやめさせたら人間の低所得者の生活が困る事になるだろう。
そもそも力づくでやめさせても問題になってしまう。
(人間の生活を取るか、ゴブリンの人権を守るべきか。まったく、何でこんな事で悩まなければならないのかしら?
? 嫌になるわね。レイジ君だったら悩まないはずなのに)
チユキはそんな事を考えて首を振る。
レイジは可愛い女の子の生活が大事だ。ゴブリンの権利を守るとか考えない。まさに人類のための勇者である。
「なるほど、わかりました……。異種族の大軍は通常はあり得ない事です。指揮官らしき者は見ませんでしたか?」
チユキはポロムに聞く。
基本的に異種族同士が協力する事はない。
特別な指揮官がいる可能性がある。
「はい……魔物の中にミノタウロスがいました。そのミノタウロスが指揮を執っているみたいでした」
「ミノタウロスが?!」
「はい……」
ポロムは頷く。
チユキはピュグマイオイ族は暗視の能力がある上に目が良いと知っていた。
だから見間違いではないだろうと推測する。
「ミノタウロスは時々迷宮から出て来ては周辺の国を襲います。ただ、他種族を率いて侵攻するのは初めてですが……」
クラススが説明するとチユキは頷く。
襲われると言ってもその周辺のみで、アリアド同盟全体からしたら微々たる物で、あまり問題にはされなかったみたいである。
だけど、1つの国を滅ぼす程の襲撃になると話は別だ。この事件はアリアド同盟全体の存亡の危機となりかねない。
「そうなのですか……。ミノタウロスがいるという事はやはりあの迷宮が原因なのですか?」
「おそらく。それから、ポロム殿。あの事をチユキ殿に」
クラススがポロムに言う。
「ああ、そうでしたな……」
「何か気になる事でもあったのですか?」
「はい、奴らは城壁を壊し一通り暴れた後、国の人間達を何名か連れて出て行きました。その中に姫の姿を見ました」
「後を付けたのですか?」
「はい、妻を他国へと救援要請に向かわせた後、奴らの動向を監視していたのですが……。どうやら奴らは姫を攫い迷宮へと向かったようなのです」
ポロムが言う。
ミノタウロス達はパシパエア王国の人々を攫い迷宮へと戻った。
どういう事だろうかとチユキ達は首を傾げる。
「お姫様を攫う。何てお約束なんすか……」
「ナオちゃん冗談を言っている場合じゃ」
ナオが言うとサホコが窘める。
「でも、助けにいかないとお姫様が危ないよ!」
「リノの言う通りだ。攫ったという事は姫の命は無事なはず。急いで迷宮に向かうべきだ」
リノとレイジが身を乗り出す。
「ちょっと待って! みんな! 迷宮は危険よ! あの地下には凶悪な邪神がいるらしいの! そうよね!!」
チユキは仲間達をとめるとクラススを見る。
チユキが調べたところによると迷宮の地下には邪神がいる
牛頭人身をした邪神はかなり凶悪な存在らしい。
ただ、その邪神がなぜ引きこもっているのかまではわからなかった。
「はい、地下には凶悪な邪神ラヴュリュスがいると言われています。頭の角から電光を放ち、口からは炎を噴き出す奴だと聞いています。迷宮の奥に入った者で帰って来た者はいません」
クラススはそう言うと邪神の恐ろしさを説明する。
「様々な能力を持つ邪神ですか、確かに凶悪そうですね。慎重になられた方が良いかもしれません」
カヤが冷静な顔つきで頷く。
「お待ちください! それでは姫様はどうなるのです!」
アトラナが叫ぶ。
「その通りだ! エウリア姫を助けに行くべきだ!」
「お兄さまの言うとおりですわ、カヤ。パシパエアの姫君が攫われているのです。助けにいかなくてどうするのです。邪神に何をされるのかわかりませんわ。そうですわよね」
レイジとキョウカが言う。
「はい、地下にいる邪神ラヴュリュスは胸の大きい女性が好きで、赤ん坊のように振る舞うのが好きな、いやらしい奴だと聞いています。迷宮の奥に連れ去られた姫様がどうなる事か」
アトラナはそう言うと邪神のいやらしさを説明する。
「様々な性癖を持つ邪神っすか、確かにいやらしそうっすね。急いで助けに行った方が良いかもしれないっす」
ナオがげんなりとした顔で頷く。
「そういう事だ、チユキ。止めても無駄だ。俺はエウリア姫を助けにいく。それこそが勇者の役目だからな」
「うう、で、でも私達だけじゃ危険だわ。そうだわ天界の助けを借りましょう! それを伝えるだけでも!」
チユキは何とか止めようと必死になる。
「それなんだけどチユキさん。どうやら天界は動いているみたいだよ。実は昨日雲の上でニーアさんに会ったの、どうやら女神レーナが降臨しているそうだよ。きっと、彼女もこの事態をただ見ているだけじゃないんじゃないかな?」
それまで黙っていたシロネが言うと周囲から驚きの声が出る。
「そうか、レーナが来ているのか、会いに来てくれないのは残念だが、彼女が俺を見てくれるのなら大丈夫だ。何しろ勝利の女神様なのだからな」
レイジが嬉しそうに言う。
レーナが来てくれたのが嬉しいようであった。
「女神レーナ様が降臨なさっているとは! 魔物に困る我々を助けて下さるのか……」
クラススが天を仰ぐ。
クラスス将軍は敬虔な国防を担う者らしくレーナ信徒である。
レーナが降臨していると聞いて涙を流す。
「そういう訳だ、みんな。迷宮に入り邪神を懲らしめてやろう」
「「おー!!」」
それを見てチユキは溜息を吐く。
こうなっては止められない。
(レーナの時もそうだった。可愛い女の子が攫われた以上はレイジを止めるのは無理よね……)
チユキは覚悟を決める。
レイジが行く以上、仲間達も行くだろう。だとしたらチユキも行くしかない。
しかし、せめて危険を減らさなくてはならなかった。
「わかったわ。レイジ君。だけど私達は迷宮の事が良くわからないわ。クラスス将軍。迷宮に詳しい者を紹介してくれませんか?」
「確かに、それもそうですな……。ではテセシアの街へ要請して迷宮に詳しい者を紹介いたしましょう」
「テセシアの街?」
「はい、テセシアの街です。迷宮の魔物に対処するために我がアリアディア共和国が作った自由戦士の街です」
クラススが説明する。
テセシアの街はアリアディア共和国の衛星都市で、また迷宮の魔物に対処するために自由戦士を集めた街である事を伝える。
「他の勇者の方達や自由戦士達にもレイジ殿に協力するよう要請を出します。どうか、レイジ殿! パシパエア王国の姫君を、アリアド同盟を助けて下され!!」
「ああ、任せてくれ!」
クラススが再び頭を下げるとレイジは立ち上がる。
チユキは何とも言えない気持ちでそれを眺める。
「レーナが降臨……? 地上に来ている……?」
チユキ達が騒いでいる中、アトラナの呟きを聞いている者は誰もいなかった。
◆
「ここがアリアディア共和国か……」
クロキは周囲を見て、愕然とする。
この世界に来てこれ程までに人が多い国は初めてだった。
アリアディア共和国は3層の城壁を持つ国であり、一番外側の城壁は昼の間は誰でも入る事が出来た。
そのため、この国の市民権を持たないクロキもアリアディア共和国に入国出来たのである。
2層目の城壁は少し審査が厳しくなるが、それも金を払えば入る事が可能である。
クロキは金を払い現在2層目まで来ている。
この国の発行しているテュカム貨幣はこの地域一帯の基軸通貨であり、クロキはこの国に来る前にドワーフのダリオから多くのその貨幣を貰っている。
そのため当分はお金に困る事はないはずである。
クロキはアリアディア共和国の大通りを歩く。
クロキは通り過ぎる人を見ると、肌の色や服装等が違う人が多い。
大陸の東側は森が多く、寒い。
それに対して、大陸の西側は海が多く、暖かい。
アリアディア共和国は大陸の東と西の中間にあるため、東西の人が集まるのである。
東西の交流の中心地がアリアディア共和国なのである。
だから、アリアディア共和国は豊かなのである。
だが、豊かなのはそれだけではなかった。
アリアディア共和国は法律で私有財産の保護と公正な裁判を受ける権利がきちんと明文化されている。
また、それを市民だけではなく、どこの市民権を持たない者にも可能な限り適用しようとしている。
そのため人の往来が活発になり、豊かになるのもあたりまえであった。
クロキが現在歩いている地域には公営賭博の競馬場と闘技場がある。
普通なら賭博は禁止される所だが、馬の育成と戦士の育成のために特別に認められていたりする。
闘技場は今は閉鎖されているため、競馬場の近くは人が多く、クロキは歩くのが大変であった。
「さて、どうするかな。レイジ達の情報を集めたいんだけど、ウルバルド卿の配下に支援を求めるべきか?」
クロキは歩きながら悩む。
デイモンロードであるウルバルドは配下を各地に派遣して情報収集をしている。
このアリアディア共和国にも配下が潜んでいるらしい。
彼らに支援を要請すれば活動が楽になるかもしれない。
クロキはその内の何名かを教えてもらっていた。
中には失踪して行方を眩ませている者もいる。
おそらく、魔王に敵対するエリオスの神々か邪神の配下に見つかったのだろう。
だから、接触するかどうか迷う。
今この地には事件のためか天使達が大勢集まっている。
クロキもここに来るまでに何度か見つかりそうになった。
下手に支援を求めて大勢で動けば天使達に気付かれる恐れがある。
ナットは助けたいが、そのために他の者達が犠牲になってはいけない。
しかし、この地での生活の支援だけなら求めるのも良いかともクロキは思う
そんな事を考えながら通りを歩いている時だった。
視線を感じてクロキは振り返る。
振り返るとベールで顔を隠した婦人が立っている。
その婦人は真っすぐにクロキを見ている。
全身を覆う上質な服の上からでもわかる程胸が大きいわりには腰は細い。
顔は見えないが魅力的な体だ。
最もクロキは隠れた顔が魅力的なのも知っている。
顔を隠しているがその正体がなぜかクロキにはわかった。
「なぜ、貴方がここにいるのですレーナ?」
クロキは溜息を吐く。
知恵と勝利の女神レーナ。
魔王モデスの敵であり、当然魔王側の立場に立つクロキとも敵対している相手だ。
これではウルバルドの配下と接触する事はできない。
「それはこちらの台詞よクロキ。どうして貴方がここにいるのかしら?」
そう言うとレーナはベールの下で笑った声を出す。
完全に正体がバレている。
クロキは顔を隠すために鉄仮面を付けている。
だけど、レーナはあっさりと見破った。
「どうして、自分がここにいるとわかったのですか? 待ち構えていたようですが?」
クロキは疑問に思う。
正体がバレたのも疑問だが、どうして位置までわかるのだろう。
それが不思議でならなかった。
「さて、どうしてかしら?」
そう言うとレーナはクロキの左手を見る。
そこにはクーナとおそろいの指輪が嵌められている。
この指輪が身に付けていると互いの位置がわかり、通信する事ができる。
「まあ、それはどうでも良いわ。私には貴方の目的がわかる。私といた方がレイジ達に近づけるわよ」
「えっ!?」
クロキは驚き、レーナの顔を見る。
何故レーナが協力するのか、クロキには理由を考える。
(そういえば、この騒ぎを起こしているであろう邪神はレーナとも関係があったな。もしかして自分を利用するつもり?)
クロキはそう考え、迷う。
「そういうわけだから、クロキ。一緒に行動しましょう」
レーナがクロキの腕を取る。
服の上からでも大きな胸の感触が伝わる。
その感触にクロキは逆らえなかった。
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※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
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