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第4章 邪神の迷宮
第9話 アリアディアの商人
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チユキとレイジはクラススとの会談が終った後、シロネ達と合流する。
そこでチユキはクラスス将軍と会談していた間、シロネ達がこの国の公共の大浴場に行っていた事を聞く。
女神フェリアに捧げられた公共の大浴場は広く巨大な宮殿がそのままお風呂になったかのようで、巨大な浴槽を中心に大小50の様々な浴槽がある。
そして浴槽だけでなく、マッサージ場やカフェに遊具などもあり、浴場というよりもまるでレジャー施設ようであった。
これほどの大きな浴場は燃料が多く必要になるので、作るのは難しい。
だが、アリアディア共和国の大浴場は、ドワーフが作った魔法の炉の力により、ほぼ燃料無しでお湯を沸かす事ができる。
しかも、この余熱で公共のパン工場まであるというのだから驚きであった。
チユキはその魔法の炉の事を聞き、本当にびっくりする。なぜなら、こんな物はチユキ達の元の世界にもなかったからだ。
この世界は魔法があるため、文明レベルがわかりにくい。
しかし、はっきり言うならこの世界の技術力は高くはない。
むしろ、チユキ達のいた世界の技術力に比べて遥かに低い。
たとえば魔法の炉だけど、これはドワーフの技術によって作られたのではない。これはドワーフの能力によって作られた道具だ。
技術であるならば、人間でも学べば魔法の炉を作る事ができるだろう。
だけど能力ならそうはいかない。
同じ材料を用意しても魔法の炉は人間に作る事はできない。
もちろん技術的な所もあるのだろう。
だけど魔力を持たない者が魔法を習っても魔法を使えないように、技術を習ってもその能力が無ければ魔法の道具は作れない。
そのため、チユキ達のいた世界と比べる事は難しい。
改めて面白い世界だとチユキは思い、後でその公衆浴場に行ってみようとも思う。
それから、合流する前に会った面白い出来事をリノから聞かされる。
「そんな事があったの」
チユキはシロネとサホコの方を見る。
大浴場を出た後、シロネ達は3グループに別れ、別行動を取った。
リノはナオと、キョウカはカヤと、そしてシロネはサホコとである。
その最後のシロネ達だが、問題を起こしたのだ。
「まさか、シロネさんがそんな問題を起こすなんて……」
事件はシロネとサホコが一緒に行動をしている時だった。
シロネとサホコに絡む奴があらわれたのである。
聖レナリア共和国とその周辺諸国ではもうチユキ達に声を掛ける男性はいない。
レイジが怖いと言う事もあるし、チユキ達が強い事を知っているからだ。
だけど、このアリアディアではその事を知っている者はまだ少ない。
だから声を掛けてくる男性がいても不思議ではない。
それにシロネとサホコは美人で多くの男性の目を引く。
そのため、初期の頃はそれで男性との間にトラブルが起こる事が多かった。
ただ、最近はそのような事はなく、たまにリノとキョウカが騒動を起こすぐらいで、シロネが騒動を起こす事はなかった。
ましてや、相手に大怪我を負わせるとはめずらしい。
アリアディア共和国市内では私闘は禁止であり、あやうくシロネは牢屋行きなる所であったのである。
もちろん、シロネは無理やり絡まれただけであり、クラスス将軍の口利きもあって、牢屋行きは免れたのである。
「全く驚きですわ、シロネさんがそのような事をするなんて」
「そうっすね。サホコさんが急いで治癒したから良かったっすけど、危うく死人が出るところだったっすよ」
「うう、ごめんなさい……。みんなに迷惑をかけちゃって。サホコさんもありがとうね」
「ううん。別に良いよ。気にしないでシロネさん」
シロネは全員に謝る。
チユキが見る限り、シロネは最近イライラしていたみたいだ。
そのため、このような事態になったのだろう。
「気にするなよシロネ。相手が悪いんだからな。俺が側にいたら八つ裂きにしている所だ。サホコだってそんな奴らを癒す必要はないぞ」
レイジがシロネを慰める。
レイジなら本当に八つ裂きにしかねないとチユキは思っている。
それにレイジにとって女の子の命以外は軽い。殺す事をためらわないだろう。
「そうそう、シロネさんは悪くないよ。今度からリノも付いて行くね。リノだったら操って奢らせる事ができるもの」
「おお! それは良いっすね!」
リノとナオはにこやかに笑う。
「まったく、何を言っているのよ。あなた達は……」
チユキは額を押さえる。
「それにしても……。勇者ってのも案外情けないわね……。それでもレイジ君と同じ勇者なのかし
ら?」
チユキは溜息を吐く。
シロネが大怪我をさせた者の中には火の勇者に地の勇者と呼ばれる者も含まれていた。
その彼らはシロネの一撃で簡単に倒れてしまった。
「それを言っちゃお終いっすよ、チユキさん。レイジ先輩が特別なんすよ」
ナオが茶化すように言う。
確かにレイジと比べるべきではないだろう。元の世界でもレイジと比べられる男は少ない。
レイジが特別というのはチユキも同意見だ。
そしてナオを見る。
ナオは一匹のネズミを片手で抱きかかえている。
ハムスターのように丸っこい体型で紅く輝く毛を持ち、それが室内の光を反射してまるで燃えているみたいだ。
顔も結構可愛いので、リノもこのネズミを可愛がっている。
「確かにそれもそうね。でもナオさん、もうすぐ食事なんだから、ネズミはテーブルの下に置いたら?」
「はーいっす。ルビー。下に行くっすよ」
ナオが返事をしてルビーと名付けられたネズミを下に置く。当然逃げ出さないように細く丈夫な紐で縛ってある。
ルビーは最初は縛られる事を嫌がっていたが今は大人しくなっている。
(なんだか人間の言葉を理解しているように見えるけど、気のせい?)
チユキはルビーを見て首を傾げる。
ナオがネズミを下に置くと、扉が開かれ誰かが入って来る。
「皆様、お待たせいたしました」
部屋に入って来たのはパシパエア王国の姫エウリアである。
その後ろには複数の人影がある。
どうやら食事を持って来たようである。
実はチユキ達が今いるのはパシパエア王国が所有するアリアディア共和国における別荘だ。
エウリアは助けてくれたお礼に、この国に滞在している間は食事と宿を提供する事を申し出たのである。
「いや、そこまでは待っていないぜ、エウリア姫」
レイジがふっ笑うとエウリアも嬉しそうにする。
それを見てチユキはまたかと溜息を吐く。
「いえ、レイジ様。助けてもらったお礼をするのは当然ですわ。さて、これから食事をと言いたいですが、紹介したい者がいます。出てきなさい」
エウリアがそう言うと、一組の男女が出てくる。
男は50歳くらいの太った男性である。
それに対して女性はかなり若い。20代前半だろう。
結構な美人だが、どこか不思議な感じがする。
「トルマルキスと申します。そして、こちらは妻のアトラナ。お初にお目にかかります光の勇者様。ぐふふふふ」
「アトラナですわ。お会いできて光栄です。勇者様」
トルマルキスと名乗った男性が笑うのに対して、アトラナは優雅にお辞儀する。
「ふふ、トルマルキスは商人ですの。本当のこの屋敷の持ち主はトルマルキスなのですわ」
エウリアは説明する。
このトルマルキスは、この国でも有数の富豪だ。
元々はこの国の人間ではなかったらしい。
しかし商売で頭角を現し、公共事業等に金を出す事でこの国の市民権を得て、この屋敷を建てたらしい。
どこの国もそうだが、その国の市民以外はその国の不動産の所有ができないのが一般的だ。
他国の市民は賃貸借契約を結ぶか、使用貸借契約を結ぶしかなく。
パシパエア王国はそのトルマルキスから屋敷を提供されているのである。
この屋敷の使用人も実際はトルマルキスに仕えているようであった。
「いえいえ、パシパエア王国の方々とは良い商売をさせてもらっております。このくらい当然ですとも。ぐふふふ。さて食事にしましょう。今日は我が料理人に腕によりをかけて作らせました」
トルマルキスが合図をすると扉が開いて料理を持った人間が入って来る。
いずれも若い人間の男性と女性だ。
チユキはゴブリンの使用人では無い事に少し安心する。
トルマルキスは安価なゴブリンの奴隷ではなく、高価な人間を使う所から将軍であるクラススよりも金持ちなのかもしれなかった。
この国の生まれではなく、ただの一般市民がこの国の権力者よりも豊かになる。それがこのアリアディアという国なのである。
そして、若い男性はチユキ達女性陣の所にきて、エウリアと若い女性はレイジの所に行く。
料理を運んできた若い男女達はなかなかの美形揃いだ。
ブサイクはいない。
おそらく、ただの使用人ではないだろうとチユキは推測する。
性的な接待も命じられればするのかもしれない。
レイジは笑いながらエウリアと談笑している。よくも、まあ飽きないものだ。
今日はカヤも同じように接待を受けている。
いつもは接待をする側なので、戸惑っているみたいであった。
「さあ、どうぞ皆さん」
トルマルキスの言葉でチユキ達は運ばれた料理を見る。
サラダと魚の卵とチーズを混ぜた料理。強制餌食された鳥の肝を添えた牛肉のロースト。香りの良い茸のスープ。野菜や豚肉を小麦粉の皮で包んで焼かれたパイ。魚を香草と共に蒸した物。
そして菓子類は蜂蜜練り込まれた薄い生地に、果実が何層にも入ったケーキ。それに白く甘い氷菓が付いている。
他にもさまざまな料理が並べられる。どれも入手困難な材料で作られた豪華な料理だ。
「大変豪勢な食事ですね。これ程の食事は初めて見ます」
チユキは干果をベースに作られたリキュールを手に取って言う。杯を口に近づけると濃厚な香りがする。
「そうでしょうとも、これだけ豊かなのは世界広しと言えどもアリアディアだけでございます」
トルマルキスは嬉しそうに言う。丁寧な口調だが、その言葉の中に田舎者を馬鹿にするような所を感じる。
お付の男性が運んでくれた料理の説明をする。○○産の肉だとか□□産の魚だとかだ。実に様々な国の食材が使われている。
しかし、これらの料理には1つの共通点があった。
それは今、食べている料理にはアリアディア産が1つもない事だ。
実はアリアディア共和国の食料自給率はほぼゼロなのである。
チユキは今までいくつもの国に行ったが食料自給率がゼロの国は初めてであった。
それだけこの地域には魔物が少ないのである。
チユキはなぜこの世界は都市国家が一般的で領域国家が少ないのかを考えた事がある。
それは、魔物が存在するせいである。
魔物が領域国家を作る事を阻んでいるのだ。
この世界では人間は決して強くない。
比較的弱いゴブリンでも夜になればたった1匹でも人間にとっては脅威である。
常に流通を阻害する要因が有るこの世界では、食料を他都市に依存する事など出来るはずがない。
そのため、都市は基本的に自給自足が普通である。衣食住はもちろん防衛も1都市が自分達でしなければならない。
そうなれば、1つの都市が1つの国になるのは自然な流れといえる。
その中でアリアディア共和国は例外と言える。
アリアディア共和国は周辺の国々とアリアド同盟という通商同盟を結んでいる。
このまま何事も無ければ、このアリアディア市を首都したアリアド国という領域国家が出来るかもしれない。
だけど、今回の事件でアリアド同盟は危機に瀕している。
これまでアリアド同盟の領域ではゴブリンがたまに街道に出るか、中央山脈からハーピーが時々飛んで来るぐらいだった。
しかし今アリアド湾には半漁人が、そしてキシュ河ではリザートマンが住みつき商船を襲っている。
またミノン平野ではケンタウロスが野盗となり街道を行く人々を襲う。
この3種族は元々アリアド同盟の領域には生息していなかった種族だ。
さらに迷宮からはミノタウロスが姿を見せるようになり人を襲う。
彼らは人間と交配が可能である。
人間の娘を攫い自らの種族を増やせば、やがてこの地域は他の地域と同じ様に人間の住みにくい土地になるだろう。
そうなれば交易で豊かなになっているアリアディア共和国が衰退する事は間違いない。
そして、同盟国の中にはアリアディア共和国と同じように食料自給率が少ない国が多々ある。
魔物により流通が滞れば国が滅びかねない。
さすがに備蓄があるだろうからすぐには滅ぶ事はないが、いつかは限界がくる。
クラススがチユキ達に下手に出たのも、それだけアリアディア共和国が危険な状況だからである。
どんな手を使っても今の状況を何とかしたいのだ。
「全く……。逃げた魔物が暴れてようやく他の地域と同じだというのに……」
チユキは誰にも聞こえないように小さく呟くとリキュールを口に運ぶ。
それは濃厚な味わいだった。
少しアリアディアは贅沢すぎるとチユキは思う。
男達が料理を次から次へと運ぶ。それを見る限りまだまだアリアディアは豊かと言える。
だけど流通が止まればこんな贅沢はできないだろう。
トルマルキスは笑いながらチユキに話しかけてくる。
あまり危機を感じていないようには見えない。
(彼は貿易商のはずだ。交易路が遮断すれば自身が破滅するかもしれないのに……)
話しもあまり面白くなく、商才があるようにはチユキには見えなかった。
(何か理由でもあるのかしら? それとも妻のアトラナのおかげなのかしら?)
チユキがトルマルキス達を見ると実際に使用人に指示を出しているのはアトラナのようであった。
そのアトラナは時々じっとレイジを見る。
何か含みがあるようにチユキは感じられた。
そこでチユキはクラスス将軍と会談していた間、シロネ達がこの国の公共の大浴場に行っていた事を聞く。
女神フェリアに捧げられた公共の大浴場は広く巨大な宮殿がそのままお風呂になったかのようで、巨大な浴槽を中心に大小50の様々な浴槽がある。
そして浴槽だけでなく、マッサージ場やカフェに遊具などもあり、浴場というよりもまるでレジャー施設ようであった。
これほどの大きな浴場は燃料が多く必要になるので、作るのは難しい。
だが、アリアディア共和国の大浴場は、ドワーフが作った魔法の炉の力により、ほぼ燃料無しでお湯を沸かす事ができる。
しかも、この余熱で公共のパン工場まであるというのだから驚きであった。
チユキはその魔法の炉の事を聞き、本当にびっくりする。なぜなら、こんな物はチユキ達の元の世界にもなかったからだ。
この世界は魔法があるため、文明レベルがわかりにくい。
しかし、はっきり言うならこの世界の技術力は高くはない。
むしろ、チユキ達のいた世界の技術力に比べて遥かに低い。
たとえば魔法の炉だけど、これはドワーフの技術によって作られたのではない。これはドワーフの能力によって作られた道具だ。
技術であるならば、人間でも学べば魔法の炉を作る事ができるだろう。
だけど能力ならそうはいかない。
同じ材料を用意しても魔法の炉は人間に作る事はできない。
もちろん技術的な所もあるのだろう。
だけど魔力を持たない者が魔法を習っても魔法を使えないように、技術を習ってもその能力が無ければ魔法の道具は作れない。
そのため、チユキ達のいた世界と比べる事は難しい。
改めて面白い世界だとチユキは思い、後でその公衆浴場に行ってみようとも思う。
それから、合流する前に会った面白い出来事をリノから聞かされる。
「そんな事があったの」
チユキはシロネとサホコの方を見る。
大浴場を出た後、シロネ達は3グループに別れ、別行動を取った。
リノはナオと、キョウカはカヤと、そしてシロネはサホコとである。
その最後のシロネ達だが、問題を起こしたのだ。
「まさか、シロネさんがそんな問題を起こすなんて……」
事件はシロネとサホコが一緒に行動をしている時だった。
シロネとサホコに絡む奴があらわれたのである。
聖レナリア共和国とその周辺諸国ではもうチユキ達に声を掛ける男性はいない。
レイジが怖いと言う事もあるし、チユキ達が強い事を知っているからだ。
だけど、このアリアディアではその事を知っている者はまだ少ない。
だから声を掛けてくる男性がいても不思議ではない。
それにシロネとサホコは美人で多くの男性の目を引く。
そのため、初期の頃はそれで男性との間にトラブルが起こる事が多かった。
ただ、最近はそのような事はなく、たまにリノとキョウカが騒動を起こすぐらいで、シロネが騒動を起こす事はなかった。
ましてや、相手に大怪我を負わせるとはめずらしい。
アリアディア共和国市内では私闘は禁止であり、あやうくシロネは牢屋行きなる所であったのである。
もちろん、シロネは無理やり絡まれただけであり、クラスス将軍の口利きもあって、牢屋行きは免れたのである。
「全く驚きですわ、シロネさんがそのような事をするなんて」
「そうっすね。サホコさんが急いで治癒したから良かったっすけど、危うく死人が出るところだったっすよ」
「うう、ごめんなさい……。みんなに迷惑をかけちゃって。サホコさんもありがとうね」
「ううん。別に良いよ。気にしないでシロネさん」
シロネは全員に謝る。
チユキが見る限り、シロネは最近イライラしていたみたいだ。
そのため、このような事態になったのだろう。
「気にするなよシロネ。相手が悪いんだからな。俺が側にいたら八つ裂きにしている所だ。サホコだってそんな奴らを癒す必要はないぞ」
レイジがシロネを慰める。
レイジなら本当に八つ裂きにしかねないとチユキは思っている。
それにレイジにとって女の子の命以外は軽い。殺す事をためらわないだろう。
「そうそう、シロネさんは悪くないよ。今度からリノも付いて行くね。リノだったら操って奢らせる事ができるもの」
「おお! それは良いっすね!」
リノとナオはにこやかに笑う。
「まったく、何を言っているのよ。あなた達は……」
チユキは額を押さえる。
「それにしても……。勇者ってのも案外情けないわね……。それでもレイジ君と同じ勇者なのかし
ら?」
チユキは溜息を吐く。
シロネが大怪我をさせた者の中には火の勇者に地の勇者と呼ばれる者も含まれていた。
その彼らはシロネの一撃で簡単に倒れてしまった。
「それを言っちゃお終いっすよ、チユキさん。レイジ先輩が特別なんすよ」
ナオが茶化すように言う。
確かにレイジと比べるべきではないだろう。元の世界でもレイジと比べられる男は少ない。
レイジが特別というのはチユキも同意見だ。
そしてナオを見る。
ナオは一匹のネズミを片手で抱きかかえている。
ハムスターのように丸っこい体型で紅く輝く毛を持ち、それが室内の光を反射してまるで燃えているみたいだ。
顔も結構可愛いので、リノもこのネズミを可愛がっている。
「確かにそれもそうね。でもナオさん、もうすぐ食事なんだから、ネズミはテーブルの下に置いたら?」
「はーいっす。ルビー。下に行くっすよ」
ナオが返事をしてルビーと名付けられたネズミを下に置く。当然逃げ出さないように細く丈夫な紐で縛ってある。
ルビーは最初は縛られる事を嫌がっていたが今は大人しくなっている。
(なんだか人間の言葉を理解しているように見えるけど、気のせい?)
チユキはルビーを見て首を傾げる。
ナオがネズミを下に置くと、扉が開かれ誰かが入って来る。
「皆様、お待たせいたしました」
部屋に入って来たのはパシパエア王国の姫エウリアである。
その後ろには複数の人影がある。
どうやら食事を持って来たようである。
実はチユキ達が今いるのはパシパエア王国が所有するアリアディア共和国における別荘だ。
エウリアは助けてくれたお礼に、この国に滞在している間は食事と宿を提供する事を申し出たのである。
「いや、そこまでは待っていないぜ、エウリア姫」
レイジがふっ笑うとエウリアも嬉しそうにする。
それを見てチユキはまたかと溜息を吐く。
「いえ、レイジ様。助けてもらったお礼をするのは当然ですわ。さて、これから食事をと言いたいですが、紹介したい者がいます。出てきなさい」
エウリアがそう言うと、一組の男女が出てくる。
男は50歳くらいの太った男性である。
それに対して女性はかなり若い。20代前半だろう。
結構な美人だが、どこか不思議な感じがする。
「トルマルキスと申します。そして、こちらは妻のアトラナ。お初にお目にかかります光の勇者様。ぐふふふふ」
「アトラナですわ。お会いできて光栄です。勇者様」
トルマルキスと名乗った男性が笑うのに対して、アトラナは優雅にお辞儀する。
「ふふ、トルマルキスは商人ですの。本当のこの屋敷の持ち主はトルマルキスなのですわ」
エウリアは説明する。
このトルマルキスは、この国でも有数の富豪だ。
元々はこの国の人間ではなかったらしい。
しかし商売で頭角を現し、公共事業等に金を出す事でこの国の市民権を得て、この屋敷を建てたらしい。
どこの国もそうだが、その国の市民以外はその国の不動産の所有ができないのが一般的だ。
他国の市民は賃貸借契約を結ぶか、使用貸借契約を結ぶしかなく。
パシパエア王国はそのトルマルキスから屋敷を提供されているのである。
この屋敷の使用人も実際はトルマルキスに仕えているようであった。
「いえいえ、パシパエア王国の方々とは良い商売をさせてもらっております。このくらい当然ですとも。ぐふふふ。さて食事にしましょう。今日は我が料理人に腕によりをかけて作らせました」
トルマルキスが合図をすると扉が開いて料理を持った人間が入って来る。
いずれも若い人間の男性と女性だ。
チユキはゴブリンの使用人では無い事に少し安心する。
トルマルキスは安価なゴブリンの奴隷ではなく、高価な人間を使う所から将軍であるクラススよりも金持ちなのかもしれなかった。
この国の生まれではなく、ただの一般市民がこの国の権力者よりも豊かになる。それがこのアリアディアという国なのである。
そして、若い男性はチユキ達女性陣の所にきて、エウリアと若い女性はレイジの所に行く。
料理を運んできた若い男女達はなかなかの美形揃いだ。
ブサイクはいない。
おそらく、ただの使用人ではないだろうとチユキは推測する。
性的な接待も命じられればするのかもしれない。
レイジは笑いながらエウリアと談笑している。よくも、まあ飽きないものだ。
今日はカヤも同じように接待を受けている。
いつもは接待をする側なので、戸惑っているみたいであった。
「さあ、どうぞ皆さん」
トルマルキスの言葉でチユキ達は運ばれた料理を見る。
サラダと魚の卵とチーズを混ぜた料理。強制餌食された鳥の肝を添えた牛肉のロースト。香りの良い茸のスープ。野菜や豚肉を小麦粉の皮で包んで焼かれたパイ。魚を香草と共に蒸した物。
そして菓子類は蜂蜜練り込まれた薄い生地に、果実が何層にも入ったケーキ。それに白く甘い氷菓が付いている。
他にもさまざまな料理が並べられる。どれも入手困難な材料で作られた豪華な料理だ。
「大変豪勢な食事ですね。これ程の食事は初めて見ます」
チユキは干果をベースに作られたリキュールを手に取って言う。杯を口に近づけると濃厚な香りがする。
「そうでしょうとも、これだけ豊かなのは世界広しと言えどもアリアディアだけでございます」
トルマルキスは嬉しそうに言う。丁寧な口調だが、その言葉の中に田舎者を馬鹿にするような所を感じる。
お付の男性が運んでくれた料理の説明をする。○○産の肉だとか□□産の魚だとかだ。実に様々な国の食材が使われている。
しかし、これらの料理には1つの共通点があった。
それは今、食べている料理にはアリアディア産が1つもない事だ。
実はアリアディア共和国の食料自給率はほぼゼロなのである。
チユキは今までいくつもの国に行ったが食料自給率がゼロの国は初めてであった。
それだけこの地域には魔物が少ないのである。
チユキはなぜこの世界は都市国家が一般的で領域国家が少ないのかを考えた事がある。
それは、魔物が存在するせいである。
魔物が領域国家を作る事を阻んでいるのだ。
この世界では人間は決して強くない。
比較的弱いゴブリンでも夜になればたった1匹でも人間にとっては脅威である。
常に流通を阻害する要因が有るこの世界では、食料を他都市に依存する事など出来るはずがない。
そのため、都市は基本的に自給自足が普通である。衣食住はもちろん防衛も1都市が自分達でしなければならない。
そうなれば、1つの都市が1つの国になるのは自然な流れといえる。
その中でアリアディア共和国は例外と言える。
アリアディア共和国は周辺の国々とアリアド同盟という通商同盟を結んでいる。
このまま何事も無ければ、このアリアディア市を首都したアリアド国という領域国家が出来るかもしれない。
だけど、今回の事件でアリアド同盟は危機に瀕している。
これまでアリアド同盟の領域ではゴブリンがたまに街道に出るか、中央山脈からハーピーが時々飛んで来るぐらいだった。
しかし今アリアド湾には半漁人が、そしてキシュ河ではリザートマンが住みつき商船を襲っている。
またミノン平野ではケンタウロスが野盗となり街道を行く人々を襲う。
この3種族は元々アリアド同盟の領域には生息していなかった種族だ。
さらに迷宮からはミノタウロスが姿を見せるようになり人を襲う。
彼らは人間と交配が可能である。
人間の娘を攫い自らの種族を増やせば、やがてこの地域は他の地域と同じ様に人間の住みにくい土地になるだろう。
そうなれば交易で豊かなになっているアリアディア共和国が衰退する事は間違いない。
そして、同盟国の中にはアリアディア共和国と同じように食料自給率が少ない国が多々ある。
魔物により流通が滞れば国が滅びかねない。
さすがに備蓄があるだろうからすぐには滅ぶ事はないが、いつかは限界がくる。
クラススがチユキ達に下手に出たのも、それだけアリアディア共和国が危険な状況だからである。
どんな手を使っても今の状況を何とかしたいのだ。
「全く……。逃げた魔物が暴れてようやく他の地域と同じだというのに……」
チユキは誰にも聞こえないように小さく呟くとリキュールを口に運ぶ。
それは濃厚な味わいだった。
少しアリアディアは贅沢すぎるとチユキは思う。
男達が料理を次から次へと運ぶ。それを見る限りまだまだアリアディアは豊かと言える。
だけど流通が止まればこんな贅沢はできないだろう。
トルマルキスは笑いながらチユキに話しかけてくる。
あまり危機を感じていないようには見えない。
(彼は貿易商のはずだ。交易路が遮断すれば自身が破滅するかもしれないのに……)
話しもあまり面白くなく、商才があるようにはチユキには見えなかった。
(何か理由でもあるのかしら? それとも妻のアトラナのおかげなのかしら?)
チユキがトルマルキス達を見ると実際に使用人に指示を出しているのはアトラナのようであった。
そのアトラナは時々じっとレイジを見る。
何か含みがあるようにチユキは感じられた。
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