暗黒騎士物語

根崎タケル

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第4章 邪神の迷宮

第7話 豊かなるアリアディア

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 アリアディア共和国は、大陸の東部と西部のちょうど境となる所にあり、ミノン平野の中心を流れる大河であるキシュ河の河口にある国だ。
 市民の数は50万を超え、この世界で最大の国といえるだろう。
 これだけの人が集まるのはこの国が豊かだからである。
 アリアディアの北に広がるミノン平野は大変に豊かな土地で、白麦等の作物を多く実らせる。
 その作物は平野の中心を流れる中央山脈を水源とするキシュ河を通じてアリアディアへと運ばれる。
 そして、南にあるのは静かなるアリアド湾。この湾は水深が浅く外洋の大型の海の魔物が入ってこない。
 この湾岸諸国とミノン平野にある国々はアリアディア共和国を中心にアリアド同盟を結び、人の往来が自由である。
 そのため、多くの人がアリアディア共和国に集まる。
 また、ミノン平野の北東にはドワーフが多く住む地があり、そこから産出される金銀等の鉱物がキシュ河を通じてアリアディアに運ばれる。
 そんなアリアディア共和国は、世界の通貨の基準となるテュカム貨幣を発行している。そのためか、貨幣経済がどこの国よりも進んでいる。
 なにしろチユキ達が拠点にしている聖レナリア共和国が発行するレナル貨幣もテュカム貨幣を基準にしているのだから。
 富が集まる国、それがアリアディア共和国である。
 そして、チユキとレイジはこのアリアディア共和国の将軍府へと来ている。
 他の仲間はシロネを励ますために、いち早くアリアディア観光へと行ってしまった。
 そのため2人だけである。

「良く来られました。光の勇者殿。私はアリアディア共和国で将軍をしています、クラススと申します」

 チユキとレイジが部屋に案内されると40歳くらいの男性が出てくる。
 男性の名前はクラスス、このアリアディア共和国の将軍である。
 将軍は、このアリアディア共和国の防衛と治安維持の最高責任者だ。
 この将軍という役職は他の国にはないかなり珍しいものであった。
 大抵はその国の王様が執政官と将軍を兼ねている事が多い。
 他の共和国でも大抵執政官が治安と防衛の最高責任者になっている。
 これはアリアディアの人口が多い事と守るべき領域が広い事から、執政官の仕事から治安を分ける必要があったからである。
 この世界ではほとんどの国に兵役があり、大なり小なり軍隊がある。
 だけどそれは人間と戦うためではない。
 この世界において人間の国同士の戦争はあまりない。
 戦う相手は魔物である。
 魔物の多いこの世界では、人間の国同士が争う余裕がない。
 もっとも、この辺りでは魔物は少ないから、将軍の仕事はもっぱら治安維持である。
 国同士の争いはないが、住人の争いや犯罪はチユキ達がいた元の世界と同じようにあった。
 むしろ人口が多い分、他の国よりも圧倒的に多い。
 クラススはそのアリアディア共和国の治安維持の最高責任者というわけである。
 そのクラススが胸に手を当てレイジに礼をする。
 この世界ではこれが礼儀正しい挨拶の仕方である。

「ああ、光の勇者レイジだ。よろしく頼む」

 クラススが礼儀正しくしているのに対してレイジは傍若無人である。
 この世界では王よりも神に選ばれた存在の方が上位の存在だ。
 高位の聖職者の下に王や貴族が存在する。
 それはアリアディア共和国の将軍も変わらない。
 だから、女神に選ばれたレイジがこういう態度なのも当然なのである。
 もっとも、チユキとしては偉そうにすることに馴れなかったりする。
 
「ははは。光の勇者殿が来ていただけたのなら、これでこの国も安泰ですな」

 そう言って笑う。
 もちろんレイジの態度を気にしているような感じはしない。
 むしろ勇者はこうあるべきだと思っているようであった。

「クラスス将軍殿。タラボス副会長からある程度は聞いていますが、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
「はい、立ち話しは何ですから座って話をしましょう。飲み物も用意させます」

 チユキ達はクラススに案内されて会議室へと向かう。
 会議室は大国アリアディア共和国の将軍府なだけあって広く、装飾もかなり綺麗だ。
 広いテーブルには数名が座れる席が用意されていた。
 チユキ達は各々席に座る。
 クラススが手を叩くと、扉が開き誰かが入ってくる。
 入って来たのはゴブリンであった。
 そのゴブリンの前には台車がありその上には飲み物が置かれている。

「ゴブリン?!!」

 レイジは思わず声を出す。
 そして、立ち上がろうとするのをチユキは押しとどめる。

「違うわレイジ君。おそらくホブゴブリンだわ。斬ったらダメよ」

 チユキはレイジに説明する。
 この地域ではゴブリンの奴隷産業が盛んである。
 オーク等と違い、ゴブリンは奴隷にしやすい種族だ。
 このゴブリンを奴隷にする事を思い付いたのは、サリアの魔術師のホバディス。
 魔術師ホバディスは多忙なため家を留守にする事が多かった。
 そこで、留守にしている間、忠実に家を守る使用人を求めた。
 彼はゴブリンに目を付け、自身を奴隷であるという暗示の魔法をかける事で忠実な「家付き妖精」を作りだしたのである。
 彼は支配の魔法等を応用する事でゴブリンの残虐性を押さえ、従順にする事に成功した。
 その事から従順になったゴブリンはホバディスのゴブリン、縮めてホブゴブリンと呼ばれるようになったのである。
 人間に仕えるようになったホブゴブリンは優秀で、訪問客を驚かせないために姿を見せないように仕事をさせる事が可能だ。
 朝起きて部屋が掃除されていたら、それはホブゴブリンの仕業である。
 チユキは入って来たゴブリンがホブゴブリンだと推測する。

「さすが黒髪の賢者チユキ殿。その通りこの者達はホブゴブリンです。さあ、御茶を配っておくれ」

 クラススが促すと、ホブゴブリンは飲み物が入った杯を配る。

「どうぞでゴブ」
「あり……」

 ゴブリンが御茶を配るとチユキはお礼を言いそうになる。

(危ない、危ない。危うくお礼を言いそうになったわ。ホブゴブリンには下手にお礼を言ってはいけなかったわね)

 チユキは口を押えてそんな事を考える。
 ホブゴブリンに下手にお礼を言ってはいけない。
 ホブゴブリンは自身を奴隷であるという暗示の魔法をかけられている。そのため、奴隷として相応しくない行為をすると魔法が解けてしまう可能性がある。
 だから、食べ物も残り物のパンとミルク等を与えなければならない。着る服も上等な服を与えてはいけない。
 もし、奴隷らしくない上等な服を与えてしまうと「もしかしてオイラは奴隷じゃないかも、なら良い事や~めた」と言ってどこかへ行ってしまう可能性がある。
 解放されたホブゴブリンはボガートまたはボギーと呼ばれる存在となり人間に害をなす存在になる。
 だから、下手にお礼を言う事もできない。彼らは奴隷として当然の事をしているのだから。
 しかし、ゴブリンに頭を下げられチユキ達はとまどう。

(何だか変な感じ、ゴブリンに頭を下げられるなんて……。心を操り使役する。あんまり良い気がしないわね)

 チユキに視線に気付く様子はなく、ホブゴブリンは杯を配ると部屋を出て行く。
 とても明るい表情で、自らの境遇に疑問を持っていない様子であった。

「おや? あっ! いえ、これは失念していました。レーナ様の教えではゴブリンの奴隷は禁止でしたな。これはうっかりしておりました」

 チユキの微妙な表情を見て、クラススは謝る。
 レーナは戦いの神であり、魔物の脅威から人間を守護する神である。そして魔物は滅ぼさなければいけない対象だ。
 そのため魔物を使役する事はレーナ教団では批判的である。
 要は奴隷にせずに殺せと言う事だ。
 ただ、このアリアディア共和国では魔物の脅威が少ないためか、レーナ教団の力が弱い。
 この国で一番信仰されているのは法の神である神王オーディスである。オーディス教団では奴隷制を推奨はしていないが禁止もしていない。
 そのため、奴隷制が公然と存在する国もある。
 アリアディア共和国では人間の奴隷は認めらていないが、魔物を使役する事は禁止されていない。
 実際に北のミノン平野ではゴブリンを使った大規模農場が複数あるとチユキは聞いている。
 この安価な労働力のおかげでこの地域では食料が安く手に入る。
 しかし、チユキが微妙な表情をしたのは違う理由からだ。
 日本で生まれ育ったチユキとしては奴隷制に良い感情はもてない。
 これが魔物でなく人間だったら、奴隷制をやめるように言っただろう。

「確かにあまり良い気はしません。ですが、今はその話をやめておきます。ですから私達に力を貸して欲しい理由を聞かせてください」

 チユキは首を振って答える。
 クラススが懸念したとは違う理由で良い気がしなかったのだが、チユキは説明する気になれなかった。
 奴隷制はこの地域で根付いている。
 もしこれを力づくでやめさせようと思ったら、この地域の人間達と争いになる。それを避けたかったのである。
 それに奴隷制をやめさせるにしても段階を踏んでからになるはずであった。
 解放されたゴブリンをどうするのかという問題も出て来る。
 彼らを野に放てば人を襲うようになるかもしれないので、それは避けねばならない。
 だから、チユキは今はこの話しを止めておこうと思い、話を先に進める事にする。

「将軍。俺もチユキと同じだ。今はホブゴブリンよりも力を借りたい理由を聞きたい」

 レイジもチユキと同じように話を聞きたいのか、クラススに話を促す。

「そうですね、事件が会ったのは……」

 クラススは説明を始める。
 事件が起こったのは数日前、ちょうどチユキ達がシロネの幼馴染と戦った日の次の日の夜の事である。
 突然ミノタウロスの群れがアリアディアを襲ったのである。
 ミノタウロスは牛の頭と人間の体を持つ魔物である。
 普段はミノン平野の中部にある迷宮に住んでいて、滅多に外に出てこない。
 しかし、その夜はどういうわけか外に出てきたのである。
 その数は多くなくすぐに撃退できたが、ミノタウロス達はとんでもない事したのである。 
 ちょうどアリアディアでは3週間後に行われる建国祭の見世物の1つとして、5日間にわたり円形闘技場で試合が行われる予定であった。
 その試合はチユキ達が知っている剣闘士とは違い、人間同士を戦わせる物ではない。
 そのほとんどが魔物と魔物を戦わせるものである。
 そのため、多くの魔物が捕えられアリアディアに運ばれていた。
 魔物達の多くはオーク族がほとんどだが中には凶悪な魔獣もいて、ケンタウロスに人狼やリザートマン、半漁人のマーロウ、下半身だけが蛇で上半身は女性であるラミアまでもいた。
 その捕えられた魔物達はアリアディア郊外にある調教施設に集められていた。
 ミノタウロス達はその魔物達が集められた施設を襲い、解放したのだ。
 逃げ出した魔物達の中にはかなり凶悪な魔物もいる上に、さらに魔物達は施設の監視役が持っていた武器を奪っていったので、野放しにしておくと大変危険である。
 そのため、アリアディアの治安維持を担当する将軍であるクラススは同盟国にその事を伝え、共同で対処することにした。
 アリアディアは貿易で成り立っている国だ。魔物により流通が止まればアリアディアは破滅である。
 既に食料が2倍以上に値上がりしているらしく、市民の間で不満が出ている。
 もし、食料が足りなくなれば暴動になるだろう。
 備蓄があるからすぐに問題にはならないが、早急に何とかしたい。だから力を貸して欲しいとクラススは言う。

「そうか、その魔物達を倒して欲しいってわけだな……」
「そう! その通りです勇者レイジ殿!」

 レイジが言うとクラススは再び頭を下げる。

「所でクラスス将軍殿。私達もお助けいたしますが……、アリアディア共和国では騎士、もしくは兵を出さないのですか?」

 チユキとしては彼らの問題なのだから、彼らがまず最初に動くべきだと思っている。
 だから、クラスス達にも兵を出すべきだと主張する。
 しかし、チユキが言うとクラススは困った顔をする。

「それがチユキ殿。実は既に騎士団は出しているのですよ……」

 クラススは言いにくそうな顔をする。

「何かあったのですか?」
「実は……。魔物の討伐に出た騎士達が壊滅いたしまして……」
「「へっ?」」

 チユキとレイジの声が重なる。
 クラススは続けて説明する。
 魔物が逃げ出した次の日の事である。アリアド同盟の各国は騎士で構成されたそれぞれ討伐部隊を出した。
 そして、その日にアリアディア騎士団は逃げ出したケンタウロスをミノン平野で見付けたらしい。
 ケンタウロスの数は僅か23。それに対してアリアディア騎士達の数は300。
 数で勝る騎士団は当然のごとくケンタウロスを捕えようと突撃した。そしてケンタウロスを1匹も倒せずに半数以上が打ち取られたそうだ。
 チユキはそれを聞いて頭を抱える。

(平野でケンタウロスと戦うなんてあまりにも愚かだわ……)

 チユキが知るケンタウロス族は全員が優秀な弓騎兵だ。
 平原や平野で戦ったら、普通の人間ではまず勝ち目がない。
 彼らは雑食であり、弓を使い狩りをする。
 ケンタウロスは人間よりも遥かに強靭な肉体を持っている。その剛腕から放たれる矢は人間の矢よりも遠くまで飛び、何も魔力を帯びていない鎧や盾をたやすく貫通する。
 そしてケンタウロスの下半身は馬であり、高機動である。重装備の騎士を乗せた馬ではまず追いつけない。
 おそらくアリアディア共和国の騎士達はケンタウロスに触れる事すらできずに負けたはずであった。
 本来ミノン平野にはケンタウロスがいない。
 だから、ケンタウロスの力がわからずこのような結果になってしまった。
 それでも、アリアディアの生き残った騎士達はケンタウロスを追跡した。
 しかし、追いつく事ができず見失い、やがて夜になり野営をする事になった。
 そして、その夜にオーク達の襲撃を受け、残った騎士達のほとんどは殺された。
 この地域では魔物が少なく騎士達は油断したのである。
 クラススはその事を悲痛な表情で伝える。
 レイジはその事を呆れ顔で、チユキは額に指をあてて困った表情を浮かべる。

「また生き残った騎士によりますと、そのオーク達はミノタウロスが指揮をしていたようです」
「ミノタウロスがオークを指揮していたのですか?」

 チユキはクラススに聞く。

「はい、どうやらそのようです」
「嘘、オークが他種族の指揮下に入るなんて、珍しいわ……」

 オークは群れを作らないが上位種のオークがいた時は群れを作る。
 そして、軍団を作ったオークは凶悪な存在だ。人間の国の一つや二つを簡単に滅ぼす事ができる。
 いるのなら、何としても倒しておかなければいけないだろう。

「チユキ殿が言う通り、魔術師協会の魔術師からもその事を聞かれました。しかし、その珍しい事が起きているようです。またオークの中には上位種であるブラックオークもいます。扱いにくいので、闘技場に出さずに捕らえたままにしていたのですが……」

 クラススは首を振って答える。
 上位種のオークは普通のオークよりも体一回り大きく。鋼の肉体を持つ、魔法の武器でなければ傷つける事はできない。
 普通の人間ではまず勝てない。
 記録によれば、アリアディア共和国の北の地に現れたグレンデルというブラックオークは、軍団を作り各地の人間の国を滅ぼし、人間を奴隷にしてオークの帝国を作ったらしい。
 もっとも、そのグレンデルは半神の勇者ベオルフにより倒され、彼の帝国は今は残ってはいない。
 逃げた魔物にはそのブラックオークが含まれていたようであった。

「何だか嫌な予感がするわ……。裏に何者かがいる気がする。これは普通の人の手に負える案件じゃないかも」
「はい、我々もそう思い魔術師協会のタラボス殿に相談したのです。そして、勇者レイジ殿を紹介していただいたのです」

 チユキがそう言うとクラススは頷く。
 犯人が何者なのかはわからないが、大変な相手なようであった。
 かなりやっかいな状況である。

「もはや我々だけでは対処はできないようなので……。出来れば手を貸していただきたいのです」

 クラススはそう言うとアリアディア騎士団だけでなく、各国の騎士達も魔物によって壊滅状態らしい事を伝える。
 もはや、各国の騎士団だけでは対処ができる状況ではない。
 そう判断した各国は、民間の自由戦士や世界中に支部を持つオーディス教団と魔術師協会に連絡して力を借りる事にした。
 そして、魔術師協会の本部であるサリアにたまたま来たチユキに話しが来たのである。
 またアリアディア共和国をはじめとした各国は他にも有名な戦士にも個別に依頼を出し、既に何名かの高名な戦士がこの地に来ているとも伝える。

「どうかレイジ殿。このアリアディアをお救いくだされ!」

 そう言うとクラススはレイジに深々と頭を下げるのだった。
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