暗黒騎士物語

根崎タケル

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第4章 邪神の迷宮

第5話 シズフェリア

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「戦士の方々、ちゃんと私共を守ってくださいね」

 馬車の女性がシズフェに声を掛ける。
 それを聞いてシズフェは溜息を吐きそうになる。
 馬車の中にいるのはパシパエア王国の姫とその側近の侍女達だ。
 そして、声を掛けたのはそのお付きの侍女である。
 シズフェ達はその姫達の護衛として雇われ、その途中である。

(全く簡単に言ってくれるわよね)

 シズフェはオークの集団を見て泣きそうになる。
 アリアディア共和国へ行く途中でオークの集団に襲われた。
 本来なら安全な道である。
 しかし、最近は出没する魔物の数が多くなっている。
 だから、シズフェのような自由戦士達が雇われる事も多くなった。
 仕事が増えるのは喜ぶべき事かもしれないが、命を落としては意味がない。

「シズフェ!」
「わかってる! ケイナ姉!」

 仲間の女性ケイナに言われ、シズフェは目の前を見る。
 そこには一匹のオークがいる。
 巨大な豚が人間のように立ち上がったその姿はシズフェよりも大きい。
 その情欲に濡れた目はシズフェを舐めまわすように見下ろしている。

「なめないでよねっ!!!」

 オークを睨みつけシズフェは剣を構える。
 助けは求められない。
 仲間達は別のオークと戦っている。この目の前のオークはシズフェ自身が倒すしかない。
 シズフェはオークと戦うのは初めてではない。
 だけど、その時はオークは1匹であり、共に戦ってくれる仲間がいた。
 しかし、襲ってきたオークは複数であり、数は良くわからない。
 シズフェ達は護衛の依頼を受け、アリアディア共和国へと帰る途中である。
 この地域は魔物が少なく楽な仕事のはずだったが、シズフェ達は街道でオーク達の奇襲を受け、数を確認できないまま戦闘になっている。
 複数のオークと戦うのは初めてである。
 ミノン平野にはオークは多くないので、滅多に遭遇しないはずだった。
 こんな事は今までになかったのでシズフェは疑問に思う。
 オーク達の襲撃により馬車を護衛していた自由戦士達の半分は倒れている。
 残っているのはシズフェとその仲間のケイナとわずかの自由戦士だけだ。
 本当ならか弱いシズフェは殺されていてもおかしくない。
 それでも生きているのはシズフェが女だからである。

(全くいやらしい奴。だけど、そこに隙がある)

 シズフェはオークが自身を無傷のまま捕まえようとしている事に気付いていた。
 だから、その隙をつく事にする。

「やー!!」

 シズフェはわざとゆっくり剣を振るう。
 オークは笑いながら剣を弾こうと棍棒を振るう。
 剣を弾き飛ばしシズフェを無傷で手に入れるつもりなのだろう。
 だけど、それはシズフェの罠であった。

(今だ!!)

 シズフェは剣を素早く下げる。棍棒はそのまま空を切る。
 うまくいったとシズフェは笑う。
 剣術だけなら自信があるのだ。
 空振りしたオークは体勢を崩す。
 シズフェはそれを見逃さない。
 地を蹴り相手の懐に入り込むと剣をオークの心臓に突き刺す。

「ぐ?!」

 オークは呻き声を上げると、信じられないという表情でシズフェを見下ろす。
 それもそうだろう。
 本来ならシズフェの腕力ではオークに傷1つ付けることは出来ない。
 オークの皮膚は固く、皮鎧や皮の盾の材料になるくらいだ。
 オークに傷を付けるには相当に鍛えた戦士でなければ難しい。
 ましてやオークを倒すなんて、特に筋肉が付いていない細腕の17歳の小娘に出来るはずがない。
 だけど、それを可能にしているのがシズフェの持つ魔法の剣だ。
 自由戦士であった父の形見のこの剣が有るからこそシズフェは自由戦士としてやっていけているのだ。
 オークは剣を刺した状態でそのまま倒れる。
 女だからと甘く見た報いであった。
 そして、シズフェは倒れたオークから剣を引き抜こうとする。

「あれ!? 剣が抜けない!! しまった、力を入れ過ぎた!」

 オークの残党は残っている。慌ててシズフェは剣を引き抜こうとする。
 だけど、引き抜こうとしている時だった。
 シズフェは突然体を持ち上げられる。
 振り向くと、すぐ近くにオークの顔がある。

(嘘! 後ろから近づいて来ているのに気付かなかった!)

 シズフェはしまったと思うが既に遅く、オークに捕まってしまう。

「ぶほほほほほ♪」

 オークは楽しそうに笑っている。
 シズフェの背筋に冷たい物が流れる。

「いあああああああああああああああ!!」

 シズフェは思いっきり叫ぶ。
 オークはシズフェを抱えたまま森へと運ぼうとする。

「助けて――! 助けて嫌だっ! 初めてがオークなんて死んでも嫌ー!」

 暴れるがオークの腕から抜け出せない。
 その時だった空が光り輝く。

「えっ?!」

 シズフェは思わず目を瞑る。
 そして、突然地面に降ろされる。

「何が……」

 シズフェは目を開け後ろを振り向くと頭を失ったオークが倒れている。
 その後、光が飛んで来た方向を見る。
 空に馬が飛んでいる。
 その馬から放たれた光はオーク達を次々に貫いていく。瞬く間にオーク達は全て倒されてしまった。
 オークが全て倒れると、空から天馬が降りてくる。
 そして、天馬から降りた男の人がシズフェの前に立つ。

「綺麗……」

 シズフェは思わず呟く。
 その姿は光輝き神々しい。
 その男性にシズフェは見惚れる。
 男性はシズフェが今まで見たどの男性よりも美しかった。
 整った顔立ちにすらりとした体、明るい髪が太陽に照らされて輝いている。

(誰なんだろう? それに翼の生えた馬? もしかして天馬ペガサス!? 天馬に乗るなんて、只者じゃない!)

 その綺麗な顔が優しく微笑みかけると、シズフェは頬が熱くなるのを感じる。

「大丈夫かい?」
「え、あの!?」

 声を掛けられるが見惚れてしまいシズフェは声が出ない。
 さっきまで危なかったので、頭が追い付かないのである。 
 だけど、このまま何も喋らないのは失礼だと思い、シズフェは何とか声を出す。

「はっ、はい助かりました! もう少しでオークに攫われてしまう所でした!」

 シズフェはしどろもどろにお礼を言う。

「空を飛んでいると助けを求める声が聞こえてきたから急いで来たが。間に合ったようだな」

 そう言って男性は手を差し出す。
 シズフェはその手を取り引き起こされる。
 引き起こされると、男性の顔が近くなる。
 オークと違って爽やかな香りであった。

「俺はレイジ。名前を教えてくれないかな、御嬢さん?」
「シズフェリア……です」
「こほん!!」

 突然レイジの後ろから咳払いが聞こえる。
 いつの間にかレイジの後ろに誰かが立っていた。
 シズフェはレイジばかり見ていたから気付かなかった。
 シズフェは大急ぎで手を離す。

「何だい? チユキ?」

 レイジは振り返る。
 シズフェは顔が見えなくなって残念に思う。

「取り込み中悪いんだけど、ちょっと良いからしら、レイジ君」

 シズフェはレイジの背中から声の相手であるチユキと呼ばれた女性を見る。
 そこで息を飲む。

「綺麗……」

 シズフェは思わず呟く。
 それは今日2回目の言葉である。
 チユキという女性はとても綺麗であった。
 白く整った顔立ちに切れ長の綺麗な目。体はすらりとして出るとこは出ている。特に綺麗なのが腰まで届く黒髪だ。太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
 それを見てシズフェは落ち込む。

(そりゃこんだけカッコ良いのだから女の人が放っておくわけがない。短い恋だった……)

 チユキと呼ばれた女性はどこか不機嫌そうにシズフェを見る。

「少し話を聞かせてもらっても良い?」

 綺麗だけど冷たい視線にさらされてシズフェは及び腰になる。

「はい。何でございましょう!!」

 綺麗な目に睨まれ、シズフェは声が上ずる。

「襲って来たオークは12匹。これで間違いない?」
「えーっと……いえ……私もわかりません。突然襲われたので何匹のオークが襲って来たのか確認できませんでしたので……」

 シズフェはしどろもどろに答える。

「そう……。それじゃ仕方がないわね……」

 チユキという女性がため息をつく。

「オークの数がどうかしたのかい、チユキ?」
「オークの死体は12体あったわ、これはレイジ君が全部倒した奴よ。奇妙な事にその12匹の中に上位のオークはいないみたいなの。これはとても変だわ」

 チユキという女性はシズフェに興味がなくなったのか、無視してレイジと会話を続ける。

「近くに他の魔物の気配は?」
「一応近くに別の魔物がいないか、リノさんとナオさんに捜索してもらっているけど。隠れている感じはしないわね」
「そうか……。もしかすると、 魔術師協会の副会長の言っていた事件の影響かもしれないな。アリアディアに行って詳しい話を聞けばわかる事かもしれない」
「確かにそれもそうね……」

 レイジの言葉にチユキという女性は頷く。

「あと怪我人がどれだけ出たのかはまだわからないわ。だけど今サホコさんが治癒魔法を使っているから全員無事のはずよ」
「そうか。ところで怪我をした人の中に女の子はいるかい?」
「えっ……? 女の子で怪我をしている者はいないみたいだけど……」
「そう、なら安心だ」

 その言葉を聞きレイジと同じようにシズフェも安心する。

(良かったケイナ姉も無事みたいだ)

 シズフェは家族ともいえる仲間の事を思い出す。

「もう、何で女の子の心配しかしないのよ……」
「そりゃ、か弱い女性を守るのは勇者のつとめだろ」
「あきれた……できれば全ての人の守り手になってよね」

 2人が話をしていると誰かが近づいて来る。
 近づいて来たのはシズフェ達の護衛対象の女性であるパシパエア王国のエウリア姫である。
 その側には側近の侍女がいる。
 オークが倒されたので出て来たようであった。

「ありがとうございます。助かりましたわ、勇者様」

 エウリアはレイジに礼をする。
 年齢はシズフェと同じくらいなのに、胸が大きい。
 その姫が会釈をすると豊かな胸が揺れる。
 その動作に下品さはなく、むしろ優雅であった。
 
「あなたは?」
「私はパシパエア王国の姫エウリアと申します。勇者様が来て下さなければ大変な事になっていましたわ」
「いえ、あなたのような美しい方を守れて良かった」

 レイジはエウリアに礼をする。こちらもかなり優雅だ。
 とても絵になる光景だとシズフェは思う。
 エウリアはかなりの美女だ。
 顔の造りはチユキの方が上だが、魅力的な胸と愛嬌のある顔立ちである。
 美男子であるレイジと並んでも、遜色はない。 

「まあ、お上手ですわね」

 エウリアが微笑む。

(さすがお姫様。すごく余裕な態度、私とは大違い。これが身分の差なのかもしれない……)

 シズフェはドキドキして喋れなかった事を恥ずかしく思う。
 そして、横でチユキと言う女性が不機嫌そうな顔をしているのが気になった。
 シズフェは何だか場違いな気がして、その場を離れる。

「お互い無事だったようだな、シズフェ」

 シズフェがレイジ達から離れるとケイナが側に来る。

「そうだね、ケイナ姉……、なんとか無事みたい」

 あれだけのオークの群れに襲われたにもかかわらず、命が助かった。これは奇跡である。
 シズフェ達は無事を喜び合う。

「それにしてもすげえな……。あれだけのオークが一瞬で倒されちまった。もしかしてあれが光の勇者って奴か?」
「光の勇者?」
「なんだ知らねえのか、シズフェ。まあこのあたりじゃまだ有名じゃねえか……。中央山脈を越えた大陸の東側じゃ最強らしいぜ。なんでも女神レーナ様に愛された男って話だ」

 ケイナはレイジを見て言う。

「女神様に愛された勇者様か……」

 シズフェはケイナ姉の言葉を聞き、レイジの後ろ姿を熱く見つめるのだった。
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