暗黒騎士物語

根崎タケル

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第3章 白銀の魔女

第37話 おだやかな日々

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 暗黒騎士が去ってから一夜が明けた。
 勇者の妹達もいなくなり、一応アルゴア王国に平穏が戻った。
 しかし、元に戻らなかった箇所もある。 

「いつ見てもすごいな、ありゃ……」

 城壁の上から外の景色を眺めていたマキュシスが呟く。
 マキュシスが見ている先には百腕の巨人が倒された場所がある。
 そこは元々は丘だった場所だ。
 しかし、今は黒く焼け焦げた大穴がある。
 その大穴は大きく、アルゴア王国がすっぽりと入りそうであった。

「確かにそうだな、マキュシス。暗黒騎士か……。とんでもない力だな……」

 大穴を見てオミロスは呟く。
 この大穴は暗黒騎士が百腕の巨人を倒した時にできた穴だ。
 勇者と呼ばれる者を倒したぐらいだから強いのだろうとは思っていたが、これほどとは思わなかった。
 オーガやゴブリン等が攻めて来たにも関わらず、アルゴア王国に被害は全くなかった。
 全て暗黒騎士が事前に手を打っていたおかげである。
 ゴブリン達からこの国を守るために呼び出されたスパルトイはいつの間にか姿を消している。
 一体どれだけの力を持っているのだろうとオミロスは考える。

「ああ、こりゃ勝てなくて当然だ。だから元気出せよ、オミロス」
「どういう意味だ、マキュシス?」
「相手が悪すぎたって事さ。お前ならもっと良い女が見つかるよ」

 マキュシスが笑う。

「あんまり慰めになっていない気がするが……。まあ、元気づけようとしてくれた事は感謝するよ」

 オミロスはマキュシスに感謝をすると暗黒騎士の事を考える。
 暗黒騎士でなければリジェナを守る事はできなかった。
 そんな彼と張り合えるはずがない。
 そして、暗黒騎士からはリジェナを守ろうとする強い意志をオミロスは感じた。
 だから、リジェナはもう大丈夫のはずであった。
 ゴブリンを怖がって閉じこもっていた女の子はもういないのだ。
 オミロスは魔法の盾を触りながら、暗黒騎士のように強くなりたいと思う。

「オミロース!!」

 人狼に乗ったリエットがこちらに来る。
 人狼はこの国に住むことになった。
 何でも暗黒騎士にこの国を守るように言われたからだとオミロスは聞いている。
 だから、この人狼はもう人を食べる事はできない。
 その人狼はなぜかリエットに懐かれている。

「何の話をしてたの?」

 リエットが尋ねてくる。

「暗黒騎士の話しだよ」
「ああ、吟遊詩人のおじさんね。まさか暗黒騎士だったとは思わなかったよ」
「ははは、確かにそうだね」
「そうそう、捕えた吟遊詩人が暗黒騎士だなんて誰が思うかっつーの。そうだな、いつか勇者を倒した暗黒騎士を捕えた男って名乗ってみっかな?」
「それ誰が信じるんだい、マキュシス?」
「ちぇ、本当の事なのにな」

 マキュシスが悔しそうにする。
 それを見てオミロスとリエットは笑う。

「ねえ、オミロス。また会えるかな……。吟遊詩人のおじさんもそうだけど、リジェナとかにもさ……」

 リエットの言葉に空を見上げて言う。

「そうだね……きっと会えるさ」

 オミロスもまた空を見上げる。

(この空の下で生きている限り、きっと会える)

 空を見上げながらオミロスはリジェナの事を考えるのだった。





 アルゴア王国から聖レナリア共和国に戻って来たシロネはレイジやチユキ達と合流する。

「ごめんなさい待たせちゃって、レイジ君、チユキさん」
「別に良いぜシロネ。そっちも大変だったみたいだな」
「そうそう。カヤの通信で聞いたけど、幼馴染の彼と会えたのでしょ? 良かったじゃない」
「まあ、そうなんだけど……。結局クロキとはあんまり話せなかったの」
 
 シロネは溜息を吐くとその時の事を思い出す。
 緊急事態だったので、シロネはクロキを行かせるしかなかった。
 その後、体の痺れが収まったシロネはアルゴア王国に戻った。
 そして、クロキとリジェナがナルゴルに帰ったと聞いたのである。
 シロネとしてはナルゴルに乗り込みたいが、カヤに止められてしまった。

「きっと、また会えると思いますわ。シロネさん。だから元気を出して」
「うう、ありがとうキョウカさん」

 シロネはキョウカにお礼を言う。
 現在シロネは聖レナリア共和国にあるキョウカの屋敷にいる。
 いつもはレーナ神殿にいるのだが、キョウカが新しく屋敷を建てたので、こちらに集まったのだ。

「ところで? 何か大変な事があったみたいだけど、どうしたの、チユキさん?」
「ああ、その事なんだけどね、ここから西のアリアディア共和国って所で大変な事があったみたいなの。まあ詳しい話はまだ聞いていなのだけどね……。ところでカヤさんはどうしたのかしら? できればカヤさんにも聞いてもらいたいのだけど」

 チユキは周囲を見る。
 ここにはチユキとレイジとシロネとキョウカの4名がいるだけだ。
 他の仲間は別の所にいる。

「あれ、聞いていないのか、チユキ? 何でも新しい人を大量に受け入れるらしいぜ。そのせいでカヤは忙しいらしい」
「あっ、そうなんだ。どうりで屋敷の中が忙しそうね」

 そう言ってチユキはキョウカを見る。

「ええ、アルゴアのリジェナさん達を受け入れる事になったのですわ。カヤは受け入れの準備をしていますの」
「えっ? アルゴアのリジェナって……。確かお姫様だったわよね。どういう事なの、シロネさん?」
「はは、まあ色々とあったんだよ。まあ、話すと長くなっちゃうのだけどね」

 シロネは笑う。
 屋敷の中で、カヤが雇った使用人達が忙しく動き回っている。
 理由はリジェナとその一族を受け入れるためだ。
 
(リジェナさんが、ここに来たらクロキの話を詳しく聞けるかもしれない。だから、きっとまたクロキに会えるはず)

 シロネはそんな事を考える。

「みんな御茶を入れたよ」
「へへ~。御菓子も持って来たよ」
 
 扉が開かれサホコとリノが入って来る。
 サホコが押す台車の上には御茶の入ったツボと御菓子が置かれている。

「おっ、新作か、サホコ?」
「うん、そうだよレイ君。ヴェロスのお土産の果実を使ってみたの。リンゴみたいで、色々と料理に使えそうなの」

 サホコは嬉しそうに笑う。
 サホコとリノが持って来た御菓子はヴェロスの果実から作られたパイである。
 薄く切ったヴェロスの果実を薄い生地で何層にも重ねて焼いたものだ。
 サホコが切り分けると甘い匂いが部屋に漂う。

「さあ、みんなで食べようよ」
「待ってリノさん。ナオさんがいないわ。どうしたのかしら?」

 早速食べようとしたリノをチユキはとめる。
 御茶をいつも一緒にしないカヤはともかく、ナオは御菓子の時間になると必ず現れる。
 そのナオがこの場にいない事をチユキは不思議に思う。

「そういえば、どうしたんだろ。御菓子を作っていると必ず味見に来るのに」
「そうだね? どうしたんだろ?」

 サホコとリノが首を傾げる。
 
「変ね。どこに行ったのかしら?」

 チユキが言うとその場の全員が首を傾げるのだった。




(どうやら、アリアディアって所に行くみたいでヤンスね)

 キョウカの屋敷の天井裏で様子を見ている火ネズミのナットは笑う。
 下の大広間では勇者達が話し合っている。
 勇者達は大陸の西側へと行っていた。
 そして、3日前に戻って来て、つい先ほどシロネ達が戻って来たのである。
 合流した勇者達は今後の事について話し合っている。

(それにしても、リジェナって名前はどこかで聞いた事があるでヤンスね? どこだったでヤンスか?)

 ナットは首を傾げる。
 ナットにとってリジェナはどうでも良い存在であった。
 そのため、名前を忘れていたのである。

(まあ、どうでも良いでヤンスね。それよりも勇者の動きを監視するでヤンス)

 ナットは天井の僅かな隙間から勇者を見る。
 光の勇者レイジは怖ろしい存在である。
 何しろ敬愛する魔王を倒してしまうかもしれないからだ。
 だから、他の仲間も怖ろしいが、注意すべきは彼だけだと思っている。
 そのため、動向は監視しなければならなかった。

「みんな御茶を入れたよ」
「へへ~。御菓子も持って来たよ」
 
 ナットが監視をしていると勇者の仲間の2人が部屋に入って来る。
 彼女達の押す台の上に御菓子が置かれているのが見える。

「こ、これはおいしそうでヤンスね」

 思わずナットは声に出してしまう。
 甘い匂いが天井の隙間から漂って来る。

「本当にそうっすね。サホコさんの作る御菓子は絶品すよ。ネズミさん」

 突然、ナットの後ろから声がする。
 驚いたナットはゆっくりと振り返る。
 闇の中に二つの光るものが見える。
 良く見るとそれは猫の目であった。

(なっ!? いつの間に後ろにいたでヤンスか? そして、こいつは確か勇者の仲間のナオって奴でヤンス!?)

 ナットの後ろにいたのはナオであった。
 気配を完全に消していたのか、ナットは全く気付かなかったのである。
 ナオは半獣形態になっている。
 半獣形態になったナオは猫と同じように闇の中を見通せる。
 その目は完全にナットを捕えていた。

「ぬふふふふ、ネズミさん。ここで何をしてっるすか?」

 ナオはナットを見て笑う。

(ヤバい! 逃げないとヤバいでヤンス!)

 そう思い、ナットは急いで逃げようとする。
 しかし、ナオの方が速く、ナットは掴まれてしまう。

「逃げちゃダメっすよ。ネズミさん。ずっと前からナオ達を監視していたっすよね? ようやく捕まえたっす」

 ナオはナットを捕まえると目の前に持ってくる。
 
(ああ、気付かれていたでヤンスか!? 油断していたでヤンス)

 ナットは後悔するが後の祭りだ。

「中々綺麗な毛並で可愛いっすね。おや男の子みたいっすね」

 ナオはナットの足を広げる。

(ぎゃああ! やめてくれでヤンス! あっしには妻と子供もいるでヤンス! 見逃して欲しいでヤンス!)

 ナットはなんとか逃げようとするが、逃げられそうになかった。

「綺麗な紅い毛並みだから、ルビーにしようと思うっすよ。さあ、ルビー、降りて一緒に御茶にするっす」

 ナオはナットを掴んだまま、天井から降りる場所へと戻るのだった。

 
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