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第3章 白銀の魔女
第16話 ヴェロスの舞踏会1
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オミロスの目の前には、2人のドレス姿の美女がいる。
今日、踊る予定のキョウカとシロネだ。
「今日はよろしくお願いしますよ、姫君」
パルシスが礼をして、勇者の妹であるキョウカの手を取る。
薔薇色のドレスが彼女に良く似合っており、オミロスは見惚れてしまう。
そんな美しいキョウカが美男子であるパルシスと並ぶとまるで絵画のようであった。
パルシスの目がキョウカの胸元に釘付けになっている。
オミロスは注意すべきだろうかと悩むが、実際に彼女が自分の前に立ったら同じ事をしてしまうだろうからやめておく。
こんな美しい女性と踊る事ができるパルシスには、舞踏会に来ている男達から嫉妬されるだろうと思う。
だけど、嫉妬の対象はパルシスだけではない。オミロスもまた嫉妬されるに違いない。
オミロスは目の前の女性を見る。
「今日はよろしくお願いします、シロネ姫」
そう言ってオミロスは目の前の女性の手を取る。
目の前の女性もキョウカと同じように美しかった。
高貴で華やかなキョウカ姫とはまた違って、凛とした美しさを持っており、手を取るのがためらわれる。
オミロスが聞いた話しによると彼女は勇者の妻の1人であるらしい。
そんな女性の手を取って、後で問題になるのではないかと思うが、今更言っても仕方が無い事だろう。
「まあ……。よろしく、お願いしますわ……。パルシス卿」
キョウカがパルシスに返事をする。
パルシスと違って、あまり嬉しそうに見えない。
大変な美男子であるらしい勇者を見ているせいだろうか、パルシス程度ではあまり嬉しくないのかもしれないとオミロスは推測する。
「よろしくね、オミロス卿」
シロネが自分に挨拶をする。
キョウカと違い、シロネはそれほどオミロスを嫌がっていない。
(良かったパルシスと違って嫌がられていないようだ。2人の性格の違いだろうか?)
そのシロネの様子にオミロスは安心する。
「では、みなさん。そろそろ時間ですよ」
ヴェロスの王宮で働く侍女がオミロス達を呼びに来る。
「それでは皆さん。行きましょうか」
パルシスの言葉でオミロス達は会場に向かう。
舞踏会は沢山の人が来る事からホールだけでなく、中庭も開放されて開かれる。
中庭には魔法の照明や花が飾られ、明るく華やかになっている。
会場には様々な国の王侯貴族が集まっている。色とりどりの衣装を纏った紳士淑女が王宮を賑わせている。
だが、オミロスが見た感じでは集まっているのは王侯貴族だけではない。有力な商人や市民もこの舞踏会に参加しているみたいであった。
正確な数はわからないが、かなりの人数がこの舞踏会に参加している様子である。
(さすがは大国のヴェロス王国だ。アルゴアではこうはいかないだろうな)
オミロスは自身の生まれた国であるアルゴアと大国のヴェロスを比べて溜息を吐く。
そもそも、この舞踏会の目的は各国の人々の連帯が目的だ。魔物が多い地域であり、各国の連携をしやすくするために舞踏会が開かれる。
また、舞踏会には独身の男女が結婚相手を見つけるという意味もある。
特に女性は、将来の伴侶を見つけるために目一杯のおめかしをする。
人気が高いのが独身の王子や貴族の若者である。
彼らの目にとまろうと令嬢達は必死に自分を着飾る。
ただ、運よく目にとまって踊る事ができても同じ相手と続けて踊る事は不作法らしく、相手を変えなければいけない。
そして、本命の相手を射止める事ができたら、後で会う約束をするか又は踊るのをやめてこっそり2人で抜け出したりするそうだ。
可哀そうなのは誰とも踊ってもらえない男女だろう。
せっかく着飾ったのに誰にも誘ってもらえず、壁の花となる女性や誘ったのに誰も一緒に踊ってくれない男性は悲しい物があった。
もっとも、オミロスもシロネ姫と踊った後は壁の蔦になる予定だ。
調べた所によると女性から男性を誘う事はあまりないはずなので静かにすごせるだろうし、オミロス自身も女性から誘われるとは思えなかった。
それに、美人なシロネなら踊る相手に苦労しないから良いはずであった。
王であるエカラスが挨拶すると、音楽が鳴り舞踏会が始まる。
歩いているとシロネが突然立ち止まる。
「どうかしましたか?」
シロネの方を見ると、どこか遠くを見ている。
「オミロス卿」
「何でしょうか?」
「御免なさい、用事ができてしまったの。踊れなくて御免なさい」
シロネが手を合わせて謝る。
何があったのだろうかとオミロスは首を傾げる。
「シロネさん。何かありましたの?」
横にいたキョウカがシロネに聞く。
「ううん、大丈夫。大した事じゃないよ。キョウカさんは踊ってて」
そう言うとシロネは身をかがめこっそりと会場の外へと向かっていった。
◆
シロネはドレスの裾を持ち会場の外に出ると大急ぎで移動する。
すでに魔法で自身の剣を呼び寄せている。
シロネが会場から飛び出したのは強力な敵意がヴェロスの王宮に向けられたからだ。
シロネは仲間であるナオと同じように敵意を感知する能力がある。
その敵意を発した場所に向かってシロネは走る。
「シロネ様!!」
突然名前を呼ばれたシロネが振り向くと、カヤが追いかけている。
「カヤさんも敵意を感じたの?」
その問いにカヤは首を縦にふる。
「かなり強い敵意でした。シロネ様も感じたのですね」
シロネは頷く。
「うん、強力な敵意! 何か良くない事をしようとしている奴がいる! 急ごうカヤさん!」
シロネは城壁を越えると翼を出して空を飛ぶ。
カヤは地面の上を飛ぶように走る。
時刻はもう夜で、あたりは暗い。
だけど、シロネ達は物体感知で半径10メートル以内なら目を閉じていても、何があるのかわかる。
ヴェロス王国を含むこの地域には蒼の森と呼ばれる広大な森林が広がっている。
敵意はその森の奥から発せられていた。
会場を飛び出してから数分後、シロネは敵意の発生源へ進みたどり着く。
シロネは森の中へと降りると、しばらくしてカヤが追い付く。
森の木々は高く密集しているため、星の光も森の中には届かない。
暗くて姿は全く見えないが、シロネ達には前方に何者かがいるのがわかる。
敵意はその者から放たれている。
「良く来たね」
前方の何者かがシロネ達に語りかける。
「何者です! なぜ、ヴェロスに敵意を向けるのですか!!」
カヤが叫ぶ。
「ふん、違うさ。狙いはお前達だよ。私のかわいいゼングを殺したお前達を殺してやる!!」
その言葉でシロネ達はようやく、敵意を向けて来たのが何者かわかる。
少し前に倒したオーガの仲間に違いなかった。
「なるほど、敵討ちですか。それではあなたはオーガですね? それにしては小さいみたいですが」
カヤの言う通り、シロネの目の前にいる人物はオーガにしては小さく感じる。
(魔法で姿を変えているのかな?)
オーガの体は人間よりもはるかに大きい。
しかし、目の前にいる者は人間と変わらない大きさであった。
「いかにも! オーガのクジグと言えば私の事さ! ゼングは優しい良い子だった! そのゼングを殺した報いを受けてもらおうかい!!」
クジグと名乗った者が、怒りの声を発する。
それを聞いてシロネの頭に血が上る。
「そんな事を言われても人間を食べ物にするオーガを優しい良い子と思えるわけがないじゃない!」
「シロネ様の言う通りです! 何が報いですか! 人間を食い物にしてきたあなた達に、そんな事を言う資格があるものですかっ!!」
カヤはそう言うとクジグに飛びかかる。
「ひいいいいい!!!」
そして、カヤがクジグを殴ろうとした時だった。
突然、クジグと名乗った者の声が変わり、その者は尻餅を付く。
声が先程の老婆のような声とは違い、男性の声に変わっている。
その声を聞いたせいだろうか、カヤは拳を直前で止める。
そして、それまで感じていた強力な敵意が前方の者からさっぱり消えていた。
まるで前方の者が全く違う者になったようにシロネは感じた。
「あなたは……?」
「私でございます、カヤ様! エチゴスでございます!!」
暗くて何かローブみたいな物を頭からかぶっていたからわからなかったが、その声には聞き覚えがあった。
オーガの手下であったエチゴスである。
「なぜあなたがここに?」
カヤはエチゴスに詰め寄る。
「はっ、はい! オーガのクジグによって体をのっとられまして……その……」
エチゴはカヤにしどろもどろに答える。
「もしかして憑依魔法?」
シロネは前にチユキから聞いた魔法の事を思い出す。
憑依魔法は対象の生物の体を乗っ取る魔法である。
精神魔法の一種で、シロネの仲間であるリノも使う事ができる。
乗っ取っている間は術者の体は眠ったような状態になり、乗っ取っても元の体の半分ぐらいの力しか使う事ができないので戦いには不向きである。
つまり、使いにくい魔法と言える。
「おそらくそうでしょうね。先程まで感じた力がこの男からは感じません」
シロネの疑問にカヤが答える。
「でも何で……」
シロネ達と戦うつもりなら憑依魔法を使う意味はない、純粋に戦力が落ちるからだ。
「どうやら、おびき出されたようですね。急いで戻りましょう。お嬢様が心配です」
普段感情を表さないカヤが焦ったような声をだす。
「オーガは私達の事を知っていた。おそらくクジグの狙いはキョウカさんかもしれない」
シロネの言葉にカヤは頷く。
シロネはオーガのクジグについてはコキの国の人々から聞いている。
オーガの魔女であり、9人の息子がいる。そのクジグが来ているとなれば、その息子達も来ているはずであった。
魔法が制御できないキョウカでは対処できないかもしれない。
「あの、私……暗くて何も見えないのですが。ここに置いていかれると……」
シロネ達が動こうとするとエチゴスが情けない声を出す。
クジグの魔法から解放されたエチゴスは無力なただの人間だ。
しかし、シロネ達はエチゴスに構っている暇はなかった。
「カヤさん先に行くね」
シロネはエチゴスを無視して翼を出すと空へと飛ぶ。
そして、カヤは走り始める。
「待って~~~~~」
エチゴスが叫び、シロネ達が向かったであろう先へと追いかける。
しかし、夜目が効かないので、木々にぶつかり転ぶ。
もちろんシロネ達はそんなエチゴスに構わず急いで戻る。
「えっ!?」
シロネがある程度飛んでいる時だった。違和感を感じ下へと降りる。
「シロネ様!!」
下を走っていたカヤが駆け寄る。
「見えない壁がある……。閉じ込められたみたい……」
シロネが手を前に突き出すと何もないはずの空間に壁を感じる。
魔法による結界である。
その結界によりシロネ達の行く手が阻まれている。
「ちっ! どうやら、やられたようですね!!」
再びカヤが焦った声を出す。
主であるキョウカの身が危険かもしれないから当然であった。
シロネも心の中で焦る。
オーガぐらいだったらキョウカが本気を出せば簡単に倒せる。
ただ、キョウカは魔法をうまく使えない。
もし魔法を暴走させたらヴェロス王国は大変な事になる。
急いで戻らないとヴェロスは焼野原になっている可能性が高い。
シロネはこんな時にチユキやナオがいればと思う。
チユキならこんな結界は簡単に破れるだろうし、ナオならこんな罠には引っ掛からないからだ。
シロネは今まで前線で剣を振るっていれば良かった。
だからこういった搦め手で来られると対処できない。
それはカヤも同じで、2人そろって引っ掛かってしまった。
「シロネ様。破れますか?」
カヤの言葉にシロネは困った顔をする。
力づくで結界をぶち破る事も可能だが、魔法で破る方が早い。
一応カヤよりもシロネの方が魔力が高い。だから結界を破るならシロネの方が適任であった。
「チユキさんなら簡単だろうけど。私だと少し時間がかかるかな」
シロネは再び結界を触る。
結界はそれほど強くはない。
だけど、シロネは破魔系の魔法はあまり得意ではないので時間がかかる。
しかし、迷っている暇はなかった。
シロネは剣に魔力を込めると、結界を破るために振りかぶった。
今日、踊る予定のキョウカとシロネだ。
「今日はよろしくお願いしますよ、姫君」
パルシスが礼をして、勇者の妹であるキョウカの手を取る。
薔薇色のドレスが彼女に良く似合っており、オミロスは見惚れてしまう。
そんな美しいキョウカが美男子であるパルシスと並ぶとまるで絵画のようであった。
パルシスの目がキョウカの胸元に釘付けになっている。
オミロスは注意すべきだろうかと悩むが、実際に彼女が自分の前に立ったら同じ事をしてしまうだろうからやめておく。
こんな美しい女性と踊る事ができるパルシスには、舞踏会に来ている男達から嫉妬されるだろうと思う。
だけど、嫉妬の対象はパルシスだけではない。オミロスもまた嫉妬されるに違いない。
オミロスは目の前の女性を見る。
「今日はよろしくお願いします、シロネ姫」
そう言ってオミロスは目の前の女性の手を取る。
目の前の女性もキョウカと同じように美しかった。
高貴で華やかなキョウカ姫とはまた違って、凛とした美しさを持っており、手を取るのがためらわれる。
オミロスが聞いた話しによると彼女は勇者の妻の1人であるらしい。
そんな女性の手を取って、後で問題になるのではないかと思うが、今更言っても仕方が無い事だろう。
「まあ……。よろしく、お願いしますわ……。パルシス卿」
キョウカがパルシスに返事をする。
パルシスと違って、あまり嬉しそうに見えない。
大変な美男子であるらしい勇者を見ているせいだろうか、パルシス程度ではあまり嬉しくないのかもしれないとオミロスは推測する。
「よろしくね、オミロス卿」
シロネが自分に挨拶をする。
キョウカと違い、シロネはそれほどオミロスを嫌がっていない。
(良かったパルシスと違って嫌がられていないようだ。2人の性格の違いだろうか?)
そのシロネの様子にオミロスは安心する。
「では、みなさん。そろそろ時間ですよ」
ヴェロスの王宮で働く侍女がオミロス達を呼びに来る。
「それでは皆さん。行きましょうか」
パルシスの言葉でオミロス達は会場に向かう。
舞踏会は沢山の人が来る事からホールだけでなく、中庭も開放されて開かれる。
中庭には魔法の照明や花が飾られ、明るく華やかになっている。
会場には様々な国の王侯貴族が集まっている。色とりどりの衣装を纏った紳士淑女が王宮を賑わせている。
だが、オミロスが見た感じでは集まっているのは王侯貴族だけではない。有力な商人や市民もこの舞踏会に参加しているみたいであった。
正確な数はわからないが、かなりの人数がこの舞踏会に参加している様子である。
(さすがは大国のヴェロス王国だ。アルゴアではこうはいかないだろうな)
オミロスは自身の生まれた国であるアルゴアと大国のヴェロスを比べて溜息を吐く。
そもそも、この舞踏会の目的は各国の人々の連帯が目的だ。魔物が多い地域であり、各国の連携をしやすくするために舞踏会が開かれる。
また、舞踏会には独身の男女が結婚相手を見つけるという意味もある。
特に女性は、将来の伴侶を見つけるために目一杯のおめかしをする。
人気が高いのが独身の王子や貴族の若者である。
彼らの目にとまろうと令嬢達は必死に自分を着飾る。
ただ、運よく目にとまって踊る事ができても同じ相手と続けて踊る事は不作法らしく、相手を変えなければいけない。
そして、本命の相手を射止める事ができたら、後で会う約束をするか又は踊るのをやめてこっそり2人で抜け出したりするそうだ。
可哀そうなのは誰とも踊ってもらえない男女だろう。
せっかく着飾ったのに誰にも誘ってもらえず、壁の花となる女性や誘ったのに誰も一緒に踊ってくれない男性は悲しい物があった。
もっとも、オミロスもシロネ姫と踊った後は壁の蔦になる予定だ。
調べた所によると女性から男性を誘う事はあまりないはずなので静かにすごせるだろうし、オミロス自身も女性から誘われるとは思えなかった。
それに、美人なシロネなら踊る相手に苦労しないから良いはずであった。
王であるエカラスが挨拶すると、音楽が鳴り舞踏会が始まる。
歩いているとシロネが突然立ち止まる。
「どうかしましたか?」
シロネの方を見ると、どこか遠くを見ている。
「オミロス卿」
「何でしょうか?」
「御免なさい、用事ができてしまったの。踊れなくて御免なさい」
シロネが手を合わせて謝る。
何があったのだろうかとオミロスは首を傾げる。
「シロネさん。何かありましたの?」
横にいたキョウカがシロネに聞く。
「ううん、大丈夫。大した事じゃないよ。キョウカさんは踊ってて」
そう言うとシロネは身をかがめこっそりと会場の外へと向かっていった。
◆
シロネはドレスの裾を持ち会場の外に出ると大急ぎで移動する。
すでに魔法で自身の剣を呼び寄せている。
シロネが会場から飛び出したのは強力な敵意がヴェロスの王宮に向けられたからだ。
シロネは仲間であるナオと同じように敵意を感知する能力がある。
その敵意を発した場所に向かってシロネは走る。
「シロネ様!!」
突然名前を呼ばれたシロネが振り向くと、カヤが追いかけている。
「カヤさんも敵意を感じたの?」
その問いにカヤは首を縦にふる。
「かなり強い敵意でした。シロネ様も感じたのですね」
シロネは頷く。
「うん、強力な敵意! 何か良くない事をしようとしている奴がいる! 急ごうカヤさん!」
シロネは城壁を越えると翼を出して空を飛ぶ。
カヤは地面の上を飛ぶように走る。
時刻はもう夜で、あたりは暗い。
だけど、シロネ達は物体感知で半径10メートル以内なら目を閉じていても、何があるのかわかる。
ヴェロス王国を含むこの地域には蒼の森と呼ばれる広大な森林が広がっている。
敵意はその森の奥から発せられていた。
会場を飛び出してから数分後、シロネは敵意の発生源へ進みたどり着く。
シロネは森の中へと降りると、しばらくしてカヤが追い付く。
森の木々は高く密集しているため、星の光も森の中には届かない。
暗くて姿は全く見えないが、シロネ達には前方に何者かがいるのがわかる。
敵意はその者から放たれている。
「良く来たね」
前方の何者かがシロネ達に語りかける。
「何者です! なぜ、ヴェロスに敵意を向けるのですか!!」
カヤが叫ぶ。
「ふん、違うさ。狙いはお前達だよ。私のかわいいゼングを殺したお前達を殺してやる!!」
その言葉でシロネ達はようやく、敵意を向けて来たのが何者かわかる。
少し前に倒したオーガの仲間に違いなかった。
「なるほど、敵討ちですか。それではあなたはオーガですね? それにしては小さいみたいですが」
カヤの言う通り、シロネの目の前にいる人物はオーガにしては小さく感じる。
(魔法で姿を変えているのかな?)
オーガの体は人間よりもはるかに大きい。
しかし、目の前にいる者は人間と変わらない大きさであった。
「いかにも! オーガのクジグと言えば私の事さ! ゼングは優しい良い子だった! そのゼングを殺した報いを受けてもらおうかい!!」
クジグと名乗った者が、怒りの声を発する。
それを聞いてシロネの頭に血が上る。
「そんな事を言われても人間を食べ物にするオーガを優しい良い子と思えるわけがないじゃない!」
「シロネ様の言う通りです! 何が報いですか! 人間を食い物にしてきたあなた達に、そんな事を言う資格があるものですかっ!!」
カヤはそう言うとクジグに飛びかかる。
「ひいいいいい!!!」
そして、カヤがクジグを殴ろうとした時だった。
突然、クジグと名乗った者の声が変わり、その者は尻餅を付く。
声が先程の老婆のような声とは違い、男性の声に変わっている。
その声を聞いたせいだろうか、カヤは拳を直前で止める。
そして、それまで感じていた強力な敵意が前方の者からさっぱり消えていた。
まるで前方の者が全く違う者になったようにシロネは感じた。
「あなたは……?」
「私でございます、カヤ様! エチゴスでございます!!」
暗くて何かローブみたいな物を頭からかぶっていたからわからなかったが、その声には聞き覚えがあった。
オーガの手下であったエチゴスである。
「なぜあなたがここに?」
カヤはエチゴスに詰め寄る。
「はっ、はい! オーガのクジグによって体をのっとられまして……その……」
エチゴはカヤにしどろもどろに答える。
「もしかして憑依魔法?」
シロネは前にチユキから聞いた魔法の事を思い出す。
憑依魔法は対象の生物の体を乗っ取る魔法である。
精神魔法の一種で、シロネの仲間であるリノも使う事ができる。
乗っ取っている間は術者の体は眠ったような状態になり、乗っ取っても元の体の半分ぐらいの力しか使う事ができないので戦いには不向きである。
つまり、使いにくい魔法と言える。
「おそらくそうでしょうね。先程まで感じた力がこの男からは感じません」
シロネの疑問にカヤが答える。
「でも何で……」
シロネ達と戦うつもりなら憑依魔法を使う意味はない、純粋に戦力が落ちるからだ。
「どうやら、おびき出されたようですね。急いで戻りましょう。お嬢様が心配です」
普段感情を表さないカヤが焦ったような声をだす。
「オーガは私達の事を知っていた。おそらくクジグの狙いはキョウカさんかもしれない」
シロネの言葉にカヤは頷く。
シロネはオーガのクジグについてはコキの国の人々から聞いている。
オーガの魔女であり、9人の息子がいる。そのクジグが来ているとなれば、その息子達も来ているはずであった。
魔法が制御できないキョウカでは対処できないかもしれない。
「あの、私……暗くて何も見えないのですが。ここに置いていかれると……」
シロネ達が動こうとするとエチゴスが情けない声を出す。
クジグの魔法から解放されたエチゴスは無力なただの人間だ。
しかし、シロネ達はエチゴスに構っている暇はなかった。
「カヤさん先に行くね」
シロネはエチゴスを無視して翼を出すと空へと飛ぶ。
そして、カヤは走り始める。
「待って~~~~~」
エチゴスが叫び、シロネ達が向かったであろう先へと追いかける。
しかし、夜目が効かないので、木々にぶつかり転ぶ。
もちろんシロネ達はそんなエチゴスに構わず急いで戻る。
「えっ!?」
シロネがある程度飛んでいる時だった。違和感を感じ下へと降りる。
「シロネ様!!」
下を走っていたカヤが駆け寄る。
「見えない壁がある……。閉じ込められたみたい……」
シロネが手を前に突き出すと何もないはずの空間に壁を感じる。
魔法による結界である。
その結界によりシロネ達の行く手が阻まれている。
「ちっ! どうやら、やられたようですね!!」
再びカヤが焦った声を出す。
主であるキョウカの身が危険かもしれないから当然であった。
シロネも心の中で焦る。
オーガぐらいだったらキョウカが本気を出せば簡単に倒せる。
ただ、キョウカは魔法をうまく使えない。
もし魔法を暴走させたらヴェロス王国は大変な事になる。
急いで戻らないとヴェロスは焼野原になっている可能性が高い。
シロネはこんな時にチユキやナオがいればと思う。
チユキならこんな結界は簡単に破れるだろうし、ナオならこんな罠には引っ掛からないからだ。
シロネは今まで前線で剣を振るっていれば良かった。
だからこういった搦め手で来られると対処できない。
それはカヤも同じで、2人そろって引っ掛かってしまった。
「シロネ様。破れますか?」
カヤの言葉にシロネは困った顔をする。
力づくで結界をぶち破る事も可能だが、魔法で破る方が早い。
一応カヤよりもシロネの方が魔力が高い。だから結界を破るならシロネの方が適任であった。
「チユキさんなら簡単だろうけど。私だと少し時間がかかるかな」
シロネは再び結界を触る。
結界はそれほど強くはない。
だけど、シロネは破魔系の魔法はあまり得意ではないので時間がかかる。
しかし、迷っている暇はなかった。
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