暗黒騎士物語

根崎タケル

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第3章 白銀の魔女

第11話 王子とゴブリン

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 夢の中でオミロスはリジェナと共に森を歩く。
 時刻は夜であり、頭上を覆う枝の隙間から月光が2人を照らしている。
 夜の森は怖い魔物がうろつく場所だ。
 魔物は光を嫌い、影を好む。
 だから、なるべく影にならない場所を歩かなければならない。

「ごめんね……ごめんね……オミロス。私が花を取りに行きたいなんて言わなければ……。こんな……。こんな……」

 リジェナは泣きじゃくる。
 アケロン山脈の麓に咲く花に病気を治す効果がある。
 それを知ったリジェナは病気の母親のために取りに行きたいと、オミロスを誘った。
 今はその来た帰り道だ。
 オミロス達は道に迷い森の中を歩いている。すでに日は落ちあたりは暗くなっている。

「いいよ、リジェナ。僕はリジェナの力になりたいと思っているんだ。これぐらいどうって事ないさ」

 そう言ってオミロスはリジェナを慰める。
 オミロスも暗い夜道は怖い。だけど、リジェナの前でカッコ悪い所は見せたくなかった。

「大丈夫だよ。きっとみんなが探しに来てくれる。絶対戻れるよ!!」
「うん、オミロスが言うなら……」

 オミロス達は再び歩き始める。
 その時、後ろから何かが付いて来る気がした。

「オミロス……何だか後ろから付いて来る人がいるみたい……」

 リジェナも感じたのか不安そうに言う。

「うん、僕もそんな気がする……」

 オミロス達はアケロン山脈を背にして歩いているはずだ。
 オミロス達の住む国アルゴアはもっともナルゴルに近い国である。
 その境界となるアケロン山脈とアルゴア王国の中間に、人間の住む場所はなかった。
 もし何者かが付いて来ているのならそれは人間ではない。ゴブリンかもしれなかった。
 オミロスは母親からゴブリンの事を散々聞かされてきた。
 ゴブリンは緑の肌を持ち、子どもを好んで襲う、とても恐ろしい魔物だ。
 もし捕まったらどうなるかわからない。

「もしかして、ゴブリンかな……」

 今まさにオミロスが思っている事をリジェナが言う。

「リ、リジェナ! 歌おう! ゴブリンは歌が苦手なはずだ!!」

 オミロスは前に母親から聞いた事を思い出す。
 ゴブリンは綺麗な歌声が苦手である。
 何故かはわからないけど、人間の歌声はゴブリンにとってすごく不快な物らしい事を。

「歌を……歌うの?」
「うん、そう! 歌を歌おう! リジェナの声は綺麗だからゴブリンはきっと近づけないよ!!」

 オミロスは前にリジェナの歌を聞いた事があった。
 とても綺麗だったのを覚えている。
 だから、リジェナの歌声ならゴブリンも逃げ出すはずであった。

「うん。わかった、オミロス。でも何の歌を歌う?」
「前に僕の前で歌ってくれた事があったよね。その歌がいいな」

 オミロスがそう言うとリジェナは頷く。

「わかった、歌うね……。
 森の奥のかたすみで
 愛を探す黒い鳥
 愛を求めて山を越え
 青い空を飛んでいる
 緑の森の真ん中で
 白い鳥に会いました
 黒い鳥は歌うけど
 白い鳥は歌わない
 黒い鳥は泣きながら
 赤い夕陽へ飛んでいく」

 歩きながらリジェナが歌う。
 夜の森の中で綺麗な声が響く。
 オミロスはその歌に聞き惚れる。
 繋いだ手の震えが少しなくなっている。
 リジェナは歌う事で少し怖いのが薄れたみたいであった。
 後ろから近づいていた気配がなくなっている。
 このまま何もなく帰れそうだとオミロスは思った。

「綺麗な声だな、お前……」

 暗がりから突然声を掛けられる。
 オミロスは歌うのをやめたリジェナと共に声がした暗がりを見る。
 そこに何者かがいる。

「だっ、誰だ!?」

 オミロスはリジェナを庇うように前に出る。
 暗がりから何者かが出て来る。

「ゴブリン……」

 月明かりが差す中で出て来たのはゴブリンだった。
 リジェナが歌っていたのに出てきた。
 ゴブリンの中には歌が苦手ではない者もいるのだろうか?

「俺はゴブリンじゃねえ、人間だ」

 ゴブリンが不機嫌そうに言う。

「嘘だ! 僕は前にゴブリンを見た事がある。お前の顔はゴブリンだ!!」

 オミロスは叫ぶ。
 確かに、オミロスの目の前のゴブリンの顔は人間に近かった。
 だけど、近いだけでゴブリンと変わらない顔つきであった。
 だから、ゴブリン人間と言うべきかもしれない。

「ちっ!!信じねえか。だがまあいい」

 ゴブリン人間はそう言ってリジェナを見る。

「そこのメスが歌うから、手下が逃げちまった。だから俺が出るしかなくなったぜ」
「歌から逃げる? やっぱりゴブリンじゃないか!!」

 オミロスがそう言うとゴブリン人間は首を振る。

「手下共はゴブリンだが、俺様は人間だ」

 その言葉にオミロスは驚く。ゴブリンは人間を襲う魔物であるはずだ。
 少なくともそう教わった。
 そのゴブリンをどうして手下にできるのだろうかと疑問に思う。

「もし本当に人間なら僕たちを助けてよ!!」

 オミロスがそう言うとゴブリン人間は意外そうな顔をする。

「なぜ俺様がお前を助ける? オスはいらねえよ」

 ゴブリン人間の目がリジェナに向けられる。
 その目が怪しく光る。

「逃げよう、リジェナ!!」
「うん!!」

 このゴブリン人間から危険な物を感じ取ったオミロスは、リジェナの手を取り走ろうとする。

「させるか! 麻痺パラライズ!!」

 しかし、ゴブリン人間が叫ぶと体が鈍く痺れる。
 リジェナも体が痺れたらしく膝を付く。

「リジェナ!!」
「御免……オミロス……」

 リジェナが謝る。
 オミロスは何とか動く事ができるが、リジェナは無理ようであった。

「ふん、俺様の魔法に耐えたか」

 そう言ってゴブリン人間が近づく。

「リジェナに近づくな!!」

 オミロスはゴブリン人間に立ち向かう。

「ふん!!」

 だけど辺りが暗く足元が見えないため、ゴブリン人間の足払いによりオミロスは横に倒される。

「うわああ!!」
「オミロス!!」

 リジェナは悲痛な叫びを上げて立ち上がろうとする。
 しかし、体が痺れているためか中々起き上がれなかった。

「おっと!!!」

 リジェナが転ぶ前にゴブリン人間がリジェナの腕を掴む。

「いや……離して、離してよ……」

 リジェナの涙声。

「リジェナを離せ!!」

 起き上がり挑みかかろうとするが、今度は足で蹴られ再び倒される。

「ぐっ!!!」

 ゴブリン人間がそのまま足でオミロスの背中を踏みつける。
 ゴブリン人間の手はリジェナの腕を掴んだままだ。

「大人しくしろ!!」

 ゴブリン人間がそう言うと足に力を入れる。

「うう……」

 オミロスはそのままなさけない呻き声を上げる。

「このまま踏み潰してやろう!!」

 ゴブリン人間が足に力をこめる。息ができなくなってきた。

「やめて、オミロスに酷い事をしないで……」

 リジェナが泣きながら言う。

「そうか。お前がそう言うならそうしよう」

 ゴブリン人間が足に力を入れるのをやめた。
 おかげでオミロスは苦しくなくなる。
 だけど、足はまだ背中に乗せられたままで体は動かせなかった。

「ひっ……」

 リジェナの怯えた声。
 オミロスは何とか顔を横にして見上げると、ゴブリン人間がリジェナを抱き寄せている。

「お前、人間のメスだな」

 ゴブリン人間はそう言うとリジェナの顔をさわり、匂いを嗅ぐ。

「ゴブリンのメスよりも柔らかくて、いい匂いだな」

 ゴブリン人間の声は興奮しているようだった。
 オミロスは見ているだけで何もできず、リジェナの顔が怯えているを見ているしかなかった。

「リ、ジェ……はな……」

 オミロスは背中に足を乗せられているためかうまく話せない。涙が出そうになる。

「決めた! お前を俺のメスにする!!」

 そう言うとゴブリン人間はリジェナの顔を舐めまわす。

「ひっ……ひいいいい……」

 リジェナは声にならない悲鳴をあげている。

「唾をつけた。お前はもう俺の物だ。俺の名はゴズだ! お前のオスだ!!」

 ゴズと名乗ったゴブリン人間が笑う。

「俺が大人になったら迎えに行くぞ! それまで待ってろ!!」

 そう言うとゴズは森の中に消えていく。
 後には泣きじゃくるリジェナと痺れて動けないオミロスだけが残された。



 朝の光でオミロスは目を覚ますと頭を振る。

(子供の頃の嫌な夢だ。最近毎日のように見る)

 リジェナを守れなかった苦い記憶であった。
 あの後、オミロス達は探しにきた大人達に助けられた。
 あの日からだ。オミロスが強くなろうと努力するようになったのは。
 様々な物からリジェナを守りたかった。
 だからこそ、1年もアルゴアを離れ武者修行の旅をしていたのだ。
 だけど、戻ってきたらリジェナはいなくなってしまった。
 何の為に強くなろうと努力したのかオミロスはわからない。
 ベッドから出て着替えると部屋を出る。

「おはようございます、オミロス王子」

 部屋を出ると声を掛けられる。
 オミロスが振り向くとそこには1人の少女がいた。

「王子はやめてくれないか、リエット……」

 オミロスは王子と呼ばれる事はあまり好きではない。
 リジェナをゴブリンの巣穴に落した事で得た称号で呼ばれたくなかった。

「では何とお呼びすれば?」
「前と同じ呼び方じゃだめかな……」
「わかった。おはよう、オミロス兄」

 リエットはマキュシスの妹である。
 父が忙しかったので、オミロスはマキュシスとリエットの両親に育てられた。
 オミロスより5歳年下の彼女は、実兄のマキュシスと共に兄妹のように育った。
 そのためか、彼女はオミロスを兄と呼ぶ。

「また、山に行くの?」

 リエットの目が少し冷たい。
 マキュシスとリエットの父と母は、キュピウス王に殺された。
 だから、リジェナを探しに行く事をあまり良く思っていない。

「今日は行けない。ヴェロス王国の舞踏会に出席する準備をするから……」

 オミロスとパルシスは王となった父に代わりに、5日後に行われるヴェロス王国の舞踏会に出席する事になっている。
 今日はその準備をしなければならなかった。

「今日以外なら行くの?」
「……」

 リエットのその問いにオミロスは何も答えられなかった。

「もう死んでるよ……」
「リエット!!」
「オミロス兄は生きてると言うけど。なんで……そんな事がわかるの?戦士でもない人間がゴブリンの巣穴に入ったら生きて帰れないよ……」

 リエットの言うとおりである。
 だけど、オミロスはゴズの事を思い出す。
 あのゴブリンを手下に持ち、リジェナを迎えに行くと言ったゴブリンのような人間。
 なぜあの夢を頻繁に見るようになったのか?
 それは、リジェナがゴズに捕らわれている可能性があると思っているからだ。
 その可能性があるからこそ、ゴブリンの巣穴に行って探しているのだ。
 その事をオミロスは誰にも言っていない。
 子供の頃、ゴズの事を言っても大人達のほとんどは信じてくれなかった。
 リジェナがゴズの事を言えば信じてくれたのかもしれないが、その事を思い出したくないのか何も言わなかった。
 もちろん、その事でオミロスはリジェナの事を責めたりしない。
 一番怖い思いをしたのはリジェナなのだから。
 唯一信じてくれたのはリジェナの母親ぐらいだ。
 リジェナの母親は対立していた氏族の子供であるオミロスにも優しかった。
 そのリジェナの母親はゴズが来ても大丈夫なように、自身の宝物である魔法の護符をリジェナに与えたのだった。
 そのリジェナの母親はゴズと出会った年の2年後に死んだ。
 今やゴズの存在を信じているのはオミロスだけだろう。
 だけど、リエットやその他のみんなはゴズの存在を信じていない。
 リエットから見たらオミロスのやっている事はとても馬鹿な事に見えるはずであった。

「だからオミロス兄もゴブリンの巣穴に何回も行ってたら、そのうち死んじゃうよ……。もういやだよ、誰かが死ぬのは……」

 リエットが暗い顔をして言う。

「ごめん、リエット……」

 リエットの頭をなでる。
 優しいリエットは身を案じてくれている。
 それでもオミロスは彼女を探すのをやめる事はできなかった。

「大丈夫だよ、英雄パルシスもいる。必ず生きて帰るよ……」

 オミロスがそう言うとリエットは少し変な顔をする。

「どうしたんだい、リエット」
「パルシス様だけど……。私達の命の恩人だからこんな事を言ったらいけないんだろうけど……。時々変な感じがするの、あの人」
「変な感じ?」
「うん……うまく説明できないけど、変な感じ……」

 オミロスはリエットは勘が鋭い事を知っている。
 何かに気付いたのだろうかと首を傾げる。

「そういえば、パルシスは今どこに?」
「わからない。今日はまだ姿を見てないの」

 リエットが首を振って答える。
 オミロスの知るパルシスは時々ふらっと姿を消す事がある。

「今日はヴェロスに行く準備をしなければいけないのに、どこに行ったのだろう?」

 オミロスは疑問に思うが答えは出なかった。
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