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第2章 聖竜王の角
第23話 黒い霧2
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「でやあああ陽光の剣!!」
シロネは剣を振るいゾンビ達を倒していく。
「もう何よこの影みたいなのは!! これじゃあレイジ君の光が届かないじゃない!!」
シロネは空を見上げる。
既に夜だが、空に太陽がうっすらと見える。
しかし、黒い霧がこの辺り一帯を覆っていて光のほとんどを遮っている。
シロネも陽光を出したが阻まれて届かず、剣に付与して戦うしかなかった。
「はあはあ」
シロネは肩で息をする。
いつもよりも消耗が激しいような気がしていた。
周りを見るとガリオスを始めとした自由戦士達がゾンビと戦っている。
彼らがいなければゾンビ達は市街地に雪崩れ込んでいただろう。
(突然の事だったのに自由戦士の動きが速かったので助かったわ。それに対してこの国の騎士や衛兵の動きが鈍いみたい。もしかして王宮で何かあったの?)
シロネは確認したいと思うが、今は目の前のゾンビ達を何とかしなければならない。
近づいたゾンビ達を斬り裂く。
ガリオス達もなんとかゾンビ達を押しとどめている。
しかし、ゾンビ達は途切れる事なくやってくる。いずれ限界がくる。
本来ならゾンビは弱い魔物のはずなので、シロネ1人でも大丈夫なはずであった。
だけど、力が出せずにいる。
その事にシロネは焦りを感じていた。
「もしかしてこの黒い霧みたいな奴のせい? もしかしてすごくやばい状況……?」
◆
王宮へと来たレイジはルクルス達神殿騎士を叩きのめす。
もちろん命は取っていない。
目を見れば相手が正気でない事がわかるからだ。
レイジは男には厳しいが、さすがに無分別に命を奪うような事はしない。
また、相手はレイジが想いを寄せる女神レーナに仕える者だ。
襲って来たからと言って殺す事はできなかった。
「レイジ様」
レイジの背中でアルミナが嬉しそうな声を出す。
かつてストリゲスの贄にされる所をレイジは助けた。
今回もアルミナは狙われていたようだとレイジは思う。
もちろん、全力で守るつもりであった。
「すごい……。精鋭であるルクルス卿達を簡単に叩きのめすなんて。悔しいが、敵わない……」
そのアルミナの側で呻く者がいる。
レイジの記憶ではレンバーという騎士だったはずだ。
怪我をしているが、レイジにはどうでも良い事だ。
守るべき者を守れない騎士に存在価値等無いのだから。
「さて、後はお前達だけだ」
レイジは剣をストリゲスに向ける。
レイジがナオから聞いた話ではオルアという薬師に化けていたはずだった。
神殿騎士達を倒したので、残っているのはオルアとその側にいる鎧姿の戦士の2名だけだ。
「さすがは勇者と言った所だね。普通の人間ごときでは相手にならないようだね。ザグバー様、お願いいたします」
オルアはそう言って下がると、その側で控えていた戦士が前に出る。
戦士は兜で顔を隠して表情が見えない。
しかし、その体から発する瘴気から、レイジは中身が人間ではないと想像出来た。
「さて、ここからはこのザグバーが相手をしよう」
ザグバーと名乗った戦士は背中から大剣を抜く。
それは禍々しい赤いオーラを纏った剣である。
鏡面のような剣身には人間の髑髏がいくつも浮かび上がっては消えていく。
「なるほど、ストリゲスだけじゃないとは思っていたが、仲間を呼んでいたのか。だが、お前ごときに負けたりしない」
レイジは剣を構える。
「勇者よお前の力は聞いている。だが、そろそろ効果が出てくるはずだ……。偉大なる死の神が張った結界。貴様はどこまでもつかな?」
ザグバーの言葉にレイジは首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「言った通りの意味だ勇者よ。この黒い霧の結界の中では生者は力を失う。例外は死の神に守られた者と黒い炎を持つ者だけだ。貴様も普段と比べて力が出ないはずだ」
「!」
その言葉にレイジは驚く。
ザグバーの言う通り、普段よりも力が出ないような気がしていたからだ。
「レイジ様……」
アルミナも勇者の様子がおかしいのに気付いたのだろうか、心配そうな声を出す。
「アルミナ! 心配するな! 俺はこんな奴に負けたりしないぜ!」
レイジはアルミナを安心させるように力強く言う。
しかし、目の前のザグバーはルクルスよりもはるかに強そうであった。
(だが、負けたりしない。俺は勇者なのだからな)
レイジは不敵に笑うのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
「こんな地下通路がこの国に有ったなんて」
チユキは歩きながら呟く。
ナオの位置を魔法で探しているうちに、チユキは王宮近くの路地裏に地下通路の入り口を発見した。
普段は閉じられているのかもしれないが、今は入口が開いており、ナオはここから地下通路に入ったようだった。
入ってみると通路は長く先が見えなかった。
「それにしても魔力の消費が激しいわね」
ほんのちょっと照明の魔力を使っただけで疲労が押し寄せてくるのをチユキは感じていた。
(おそらくはこの国を覆っている黒い霧の影響よね。ナオさんが心配だわ。急いで行かないと……)
チユキが見た所、この黒い霧はこの国全体に広がっているようであり。
この霧を生み出した者の魔力の高さを窺わせる。
歩いていると通路の途中で扉を発見する。ナオはこの中にいるみたいだった。
扉を開けると広い部屋に出る。
部屋にはあまり明るくないが照明がつけられていて、部屋をぼんやりとだが照らしている。
そして扉から少し離れた所にナオが倒れていた。
「ナオさん!!」
チユキはナオに駆け寄る。
「ナオさんしっかりして!!!」
「チユキさん……」
ナオが弱弱しく返事をする。
命は無事みたいだがナオの顔は青ざめ、いつもの元気がなかった。
「ナオさん……あなたがやられるなんて」
チユキはショックを隠せなかった。
ナオはチユキ達の中で一番回避力が高い。ナオを倒す事ができた者はこの世界に来てから1人もいない。
そのナオが倒れている。
「だめチユキさん……。ナオに触ったらだめ……」
ナオが警告する。
良く見るとナオの体を黒い茨のような物が巻き付いている。
おそらく魔法の茨だろう。この茨のせいでナオは動けないみたいだった。
ナオは触るなと言ったが、当然このままにしておくわけにはいかない。
チユキは茨を剥がそうと触る。
「うっ……」
チユキはほんのちょっとトゲにあたっただけで力が奪われるような感覚がした。
「何よ!! この茨!!」
チユキは今度は手持ちのナイフを使ってみようとするがトゲが邪魔でどうにもならない。
「だめだよチユキさん……。速く逃げてあいつが来る前に……」
ナオが首を振り逃げるように促す。
「あいつって誰! そいつがあなたをこんな目に?!」
チユキはナオに聞くが、答える事はできないみたいだった。
「もうダメ……」
「ナオさん! しっかりして!!」
チユキはナオに呼びかけるが返事がない。
気を失ったようであった。
「ほう……。どうやら蝶がもう一匹かかったようだな」
部屋の奥から誰かが出て来る。
「誰っ?!」
チユキは立ち上がり身構える。
部屋の奥の暗がりから仮面を被った者が歩いてくる。
男のその仮面には蜘蛛の装飾が施されており不気味であった。
「あなたがナオさんを? 何者なの?」
「あなたの敵だよ。黒髪の賢者」
敵だとはっきりと口にする。
(昼間にナオさんが捜索した時にこいつを発見できなかった。ストリゲスの仲間なのだろうか? だけど、普通の魔物とは違うような気がする)
チユキは目の前にいる者から強大な魔力を感じていた。
これ程の者はナルゴル以来である。
「これ程の力……、もしかしてナルゴルの者なのかしら?」
「いかにも、そのとおり」
チユキが問うと仮面の男は頷く。
(どうやらモデスの配下で間違いないみたいね。ナルゴルを攻めた時にこんな奴はいなかった。魔王には出し惜しみをする癖でもあるのかしら?)
レイジを倒した暗黒騎士以外にも、強敵がいた事にチユキは戦慄する。
「さて。あの忌々しいレーナの配下であるお前達には、私の贄になってもらおうか!!」
そう言うと仮面の者は魔法を唱えようとする。
「させるか!! 重力破壊!」
チユキは先手を打ち、魔法を唱える。
この魔法は重力の力場により対象を押しつぶす魔法だ。
いつものチユキなら、生かして情報を聞き出す所だが、目の前の者に対して手加減する事は危険であった。
重力場が仮面の者に向かう。
しかし、その魔法は仮面の者の目の前で消える。
「嘘っ!? 防御魔法無しで防いだ!!」
チユキは信じられなかった。このような事は初めてである。
(嘘……。私の魔法がこんなに簡単に防がれるなんて。 それにすごく疲れる。このぐらいの魔法じゃこんなに疲れる事はないはずなのに……)
チユキは膝を付く。
「この国はすでに我の領域だ。この領域内では生きる者は力を奪われる。お前達はエリオスの神々に匹敵する力を持っているようだが、もはや何もできまい」
仮面の者がチユキに近づく。
(だめだ、私1人の力では勝てない。何とかここは助けを呼びにいかないと……)
チユキはナオを連れて、何とかこの場を離れられないかと思案する。
「残念だが逃がさぬよ!! 黒き茨よ!!」
チユキが撤退しようと察したのか、仮面の者が魔法を使う。
地面から黒い茨が出てきてチユキの体を縛り上げる。
「くくく、動けまい。さあ、贄になってもらおうか。すぐに殺しはしないじわりじわりと命を吸い尽くしてやろう」
仮面の者の手がチユキに伸びる。
「いやだ! いやだ! 助けてレイジ君!!!」
チユキは泣き叫びレイジを呼ぶ。
「勇者は助けには来れない。この部屋は結界が張られている、魔法で通信する事は不可能だ。それに今勇者はこの国の姫を助けるために戦っている最中だ。お前を助ける余裕などないだろうよ。そして勇者も我が領域にいる限り力を出せまい。助けに来たとて返り討ちにしてやるわ」
仮面の者の無情な言葉。
(私はこのまま死ぬの? いやだ誰か助けて! )
チユキの中で恐怖が沸き上がる。
仮面の者の手がチユキの頬に触れる。
その手はとても冷たく、チユキは心までも凍ってしまいそうだった。
チユキはぎゅっと目を瞑る。
その時、後ろから扉が開く音がした。
「何っ!!」
仮面の者が慌てた声を出す。
「えっ? 何?」
チユキは驚いた声を出す。
突然、体が自由になり仮面の者から遠ざかったからだ。
「大丈夫?」
優しい声がする。
チユキが目を開けるとフードで顔を隠した者がいた。
(えっ? 誰? 声の感じから男の人だろうけど)
チユキはその男の右腕に抱きかかえられている。
男の暖かさを感じそれまで感じていた恐怖がなくなる気がした。
「この子を……」
顔を隠した男の左腕にはナオが抱えられていた。
チユキと同じように茨の縛りはすでに外されている。
チユキは地面に降ろされるとナオを渡される。
「ううっ……」
ナオが呻き声を上げる。
(良かった。気を失っているけど、生きているみたい)
チユキはナオの右腕を肩にまわし支える。
「あなたは誰? 私とナオの茨を外した後で抱えて扉まで下がるなんて……、只者じゃないわね」
しかし、顔を隠した男はチユキの問いには答えず後ろの扉を指す。
「その子を連れて速く逃げて。後は自分がなんとかするから」
「でも、貴方だけじゃ……」
そこまで言いかけてチユキは喋るのをやめる。
今はナオを安全な場所まで運ぶべきだと思ったからだ。
それに、なぜかチユキは男の言葉になぜか安心感を抱いた。
(彼ならば、時間を稼いでくれるかもしれない……)
チユキはそう思った。
「わかったわ……ありがとう。でも無理をしないで、助けを呼んでくるから」
チユキは扉を出る。
(レイジ君を呼ばなくちゃ。彼1人では危険だわ)
チユキはナオを支えて地下通路を歩く。
この世界でのチユキは力持ちだ。
いつもなら1人ぐらい抱えても速く動ける。しかし、今は力が出ず歩くのもやっとだった。
チユキは急ぐが、歩みは速くならない。
「名前を聞いておけばよかったかな……」
チユキは少し後悔する。
もし助かったなら彼を探してお礼を言おうと決心する。
そんな事を考えながらチユキは地上を目指して歩き続けた。
シロネは剣を振るいゾンビ達を倒していく。
「もう何よこの影みたいなのは!! これじゃあレイジ君の光が届かないじゃない!!」
シロネは空を見上げる。
既に夜だが、空に太陽がうっすらと見える。
しかし、黒い霧がこの辺り一帯を覆っていて光のほとんどを遮っている。
シロネも陽光を出したが阻まれて届かず、剣に付与して戦うしかなかった。
「はあはあ」
シロネは肩で息をする。
いつもよりも消耗が激しいような気がしていた。
周りを見るとガリオスを始めとした自由戦士達がゾンビと戦っている。
彼らがいなければゾンビ達は市街地に雪崩れ込んでいただろう。
(突然の事だったのに自由戦士の動きが速かったので助かったわ。それに対してこの国の騎士や衛兵の動きが鈍いみたい。もしかして王宮で何かあったの?)
シロネは確認したいと思うが、今は目の前のゾンビ達を何とかしなければならない。
近づいたゾンビ達を斬り裂く。
ガリオス達もなんとかゾンビ達を押しとどめている。
しかし、ゾンビ達は途切れる事なくやってくる。いずれ限界がくる。
本来ならゾンビは弱い魔物のはずなので、シロネ1人でも大丈夫なはずであった。
だけど、力が出せずにいる。
その事にシロネは焦りを感じていた。
「もしかしてこの黒い霧みたいな奴のせい? もしかしてすごくやばい状況……?」
◆
王宮へと来たレイジはルクルス達神殿騎士を叩きのめす。
もちろん命は取っていない。
目を見れば相手が正気でない事がわかるからだ。
レイジは男には厳しいが、さすがに無分別に命を奪うような事はしない。
また、相手はレイジが想いを寄せる女神レーナに仕える者だ。
襲って来たからと言って殺す事はできなかった。
「レイジ様」
レイジの背中でアルミナが嬉しそうな声を出す。
かつてストリゲスの贄にされる所をレイジは助けた。
今回もアルミナは狙われていたようだとレイジは思う。
もちろん、全力で守るつもりであった。
「すごい……。精鋭であるルクルス卿達を簡単に叩きのめすなんて。悔しいが、敵わない……」
そのアルミナの側で呻く者がいる。
レイジの記憶ではレンバーという騎士だったはずだ。
怪我をしているが、レイジにはどうでも良い事だ。
守るべき者を守れない騎士に存在価値等無いのだから。
「さて、後はお前達だけだ」
レイジは剣をストリゲスに向ける。
レイジがナオから聞いた話ではオルアという薬師に化けていたはずだった。
神殿騎士達を倒したので、残っているのはオルアとその側にいる鎧姿の戦士の2名だけだ。
「さすがは勇者と言った所だね。普通の人間ごときでは相手にならないようだね。ザグバー様、お願いいたします」
オルアはそう言って下がると、その側で控えていた戦士が前に出る。
戦士は兜で顔を隠して表情が見えない。
しかし、その体から発する瘴気から、レイジは中身が人間ではないと想像出来た。
「さて、ここからはこのザグバーが相手をしよう」
ザグバーと名乗った戦士は背中から大剣を抜く。
それは禍々しい赤いオーラを纏った剣である。
鏡面のような剣身には人間の髑髏がいくつも浮かび上がっては消えていく。
「なるほど、ストリゲスだけじゃないとは思っていたが、仲間を呼んでいたのか。だが、お前ごときに負けたりしない」
レイジは剣を構える。
「勇者よお前の力は聞いている。だが、そろそろ効果が出てくるはずだ……。偉大なる死の神が張った結界。貴様はどこまでもつかな?」
ザグバーの言葉にレイジは首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「言った通りの意味だ勇者よ。この黒い霧の結界の中では生者は力を失う。例外は死の神に守られた者と黒い炎を持つ者だけだ。貴様も普段と比べて力が出ないはずだ」
「!」
その言葉にレイジは驚く。
ザグバーの言う通り、普段よりも力が出ないような気がしていたからだ。
「レイジ様……」
アルミナも勇者の様子がおかしいのに気付いたのだろうか、心配そうな声を出す。
「アルミナ! 心配するな! 俺はこんな奴に負けたりしないぜ!」
レイジはアルミナを安心させるように力強く言う。
しかし、目の前のザグバーはルクルスよりもはるかに強そうであった。
(だが、負けたりしない。俺は勇者なのだからな)
レイジは不敵に笑うのだった。
◆黒髪の賢者チユキ
「こんな地下通路がこの国に有ったなんて」
チユキは歩きながら呟く。
ナオの位置を魔法で探しているうちに、チユキは王宮近くの路地裏に地下通路の入り口を発見した。
普段は閉じられているのかもしれないが、今は入口が開いており、ナオはここから地下通路に入ったようだった。
入ってみると通路は長く先が見えなかった。
「それにしても魔力の消費が激しいわね」
ほんのちょっと照明の魔力を使っただけで疲労が押し寄せてくるのをチユキは感じていた。
(おそらくはこの国を覆っている黒い霧の影響よね。ナオさんが心配だわ。急いで行かないと……)
チユキが見た所、この黒い霧はこの国全体に広がっているようであり。
この霧を生み出した者の魔力の高さを窺わせる。
歩いていると通路の途中で扉を発見する。ナオはこの中にいるみたいだった。
扉を開けると広い部屋に出る。
部屋にはあまり明るくないが照明がつけられていて、部屋をぼんやりとだが照らしている。
そして扉から少し離れた所にナオが倒れていた。
「ナオさん!!」
チユキはナオに駆け寄る。
「ナオさんしっかりして!!!」
「チユキさん……」
ナオが弱弱しく返事をする。
命は無事みたいだがナオの顔は青ざめ、いつもの元気がなかった。
「ナオさん……あなたがやられるなんて」
チユキはショックを隠せなかった。
ナオはチユキ達の中で一番回避力が高い。ナオを倒す事ができた者はこの世界に来てから1人もいない。
そのナオが倒れている。
「だめチユキさん……。ナオに触ったらだめ……」
ナオが警告する。
良く見るとナオの体を黒い茨のような物が巻き付いている。
おそらく魔法の茨だろう。この茨のせいでナオは動けないみたいだった。
ナオは触るなと言ったが、当然このままにしておくわけにはいかない。
チユキは茨を剥がそうと触る。
「うっ……」
チユキはほんのちょっとトゲにあたっただけで力が奪われるような感覚がした。
「何よ!! この茨!!」
チユキは今度は手持ちのナイフを使ってみようとするがトゲが邪魔でどうにもならない。
「だめだよチユキさん……。速く逃げてあいつが来る前に……」
ナオが首を振り逃げるように促す。
「あいつって誰! そいつがあなたをこんな目に?!」
チユキはナオに聞くが、答える事はできないみたいだった。
「もうダメ……」
「ナオさん! しっかりして!!」
チユキはナオに呼びかけるが返事がない。
気を失ったようであった。
「ほう……。どうやら蝶がもう一匹かかったようだな」
部屋の奥から誰かが出て来る。
「誰っ?!」
チユキは立ち上がり身構える。
部屋の奥の暗がりから仮面を被った者が歩いてくる。
男のその仮面には蜘蛛の装飾が施されており不気味であった。
「あなたがナオさんを? 何者なの?」
「あなたの敵だよ。黒髪の賢者」
敵だとはっきりと口にする。
(昼間にナオさんが捜索した時にこいつを発見できなかった。ストリゲスの仲間なのだろうか? だけど、普通の魔物とは違うような気がする)
チユキは目の前にいる者から強大な魔力を感じていた。
これ程の者はナルゴル以来である。
「これ程の力……、もしかしてナルゴルの者なのかしら?」
「いかにも、そのとおり」
チユキが問うと仮面の男は頷く。
(どうやらモデスの配下で間違いないみたいね。ナルゴルを攻めた時にこんな奴はいなかった。魔王には出し惜しみをする癖でもあるのかしら?)
レイジを倒した暗黒騎士以外にも、強敵がいた事にチユキは戦慄する。
「さて。あの忌々しいレーナの配下であるお前達には、私の贄になってもらおうか!!」
そう言うと仮面の者は魔法を唱えようとする。
「させるか!! 重力破壊!」
チユキは先手を打ち、魔法を唱える。
この魔法は重力の力場により対象を押しつぶす魔法だ。
いつものチユキなら、生かして情報を聞き出す所だが、目の前の者に対して手加減する事は危険であった。
重力場が仮面の者に向かう。
しかし、その魔法は仮面の者の目の前で消える。
「嘘っ!? 防御魔法無しで防いだ!!」
チユキは信じられなかった。このような事は初めてである。
(嘘……。私の魔法がこんなに簡単に防がれるなんて。 それにすごく疲れる。このぐらいの魔法じゃこんなに疲れる事はないはずなのに……)
チユキは膝を付く。
「この国はすでに我の領域だ。この領域内では生きる者は力を奪われる。お前達はエリオスの神々に匹敵する力を持っているようだが、もはや何もできまい」
仮面の者がチユキに近づく。
(だめだ、私1人の力では勝てない。何とかここは助けを呼びにいかないと……)
チユキはナオを連れて、何とかこの場を離れられないかと思案する。
「残念だが逃がさぬよ!! 黒き茨よ!!」
チユキが撤退しようと察したのか、仮面の者が魔法を使う。
地面から黒い茨が出てきてチユキの体を縛り上げる。
「くくく、動けまい。さあ、贄になってもらおうか。すぐに殺しはしないじわりじわりと命を吸い尽くしてやろう」
仮面の者の手がチユキに伸びる。
「いやだ! いやだ! 助けてレイジ君!!!」
チユキは泣き叫びレイジを呼ぶ。
「勇者は助けには来れない。この部屋は結界が張られている、魔法で通信する事は不可能だ。それに今勇者はこの国の姫を助けるために戦っている最中だ。お前を助ける余裕などないだろうよ。そして勇者も我が領域にいる限り力を出せまい。助けに来たとて返り討ちにしてやるわ」
仮面の者の無情な言葉。
(私はこのまま死ぬの? いやだ誰か助けて! )
チユキの中で恐怖が沸き上がる。
仮面の者の手がチユキの頬に触れる。
その手はとても冷たく、チユキは心までも凍ってしまいそうだった。
チユキはぎゅっと目を瞑る。
その時、後ろから扉が開く音がした。
「何っ!!」
仮面の者が慌てた声を出す。
「えっ? 何?」
チユキは驚いた声を出す。
突然、体が自由になり仮面の者から遠ざかったからだ。
「大丈夫?」
優しい声がする。
チユキが目を開けるとフードで顔を隠した者がいた。
(えっ? 誰? 声の感じから男の人だろうけど)
チユキはその男の右腕に抱きかかえられている。
男の暖かさを感じそれまで感じていた恐怖がなくなる気がした。
「この子を……」
顔を隠した男の左腕にはナオが抱えられていた。
チユキと同じように茨の縛りはすでに外されている。
チユキは地面に降ろされるとナオを渡される。
「ううっ……」
ナオが呻き声を上げる。
(良かった。気を失っているけど、生きているみたい)
チユキはナオの右腕を肩にまわし支える。
「あなたは誰? 私とナオの茨を外した後で抱えて扉まで下がるなんて……、只者じゃないわね」
しかし、顔を隠した男はチユキの問いには答えず後ろの扉を指す。
「その子を連れて速く逃げて。後は自分がなんとかするから」
「でも、貴方だけじゃ……」
そこまで言いかけてチユキは喋るのをやめる。
今はナオを安全な場所まで運ぶべきだと思ったからだ。
それに、なぜかチユキは男の言葉になぜか安心感を抱いた。
(彼ならば、時間を稼いでくれるかもしれない……)
チユキはそう思った。
「わかったわ……ありがとう。でも無理をしないで、助けを呼んでくるから」
チユキは扉を出る。
(レイジ君を呼ばなくちゃ。彼1人では危険だわ)
チユキはナオを支えて地下通路を歩く。
この世界でのチユキは力持ちだ。
いつもなら1人ぐらい抱えても速く動ける。しかし、今は力が出ず歩くのもやっとだった。
チユキは急ぐが、歩みは速くならない。
「名前を聞いておけばよかったかな……」
チユキは少し後悔する。
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