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第2章 聖竜王の角
第18話 ストリゲスの塔3
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ストリゲスは翼を持つ種族であるため1階に入口は必要ではない。
しかし、それがあるのはストリゲス達が人間を捕食するためにわざと作っているからだ。
クロキがレンバーから聞いた話ではロクス王国を含む塔の周辺諸国が討伐隊を編成して塔に挑んだそうだが、塔に入って帰って来た者は誰もいないそうだ。
おそらくストリゲスに血を吸われて死ぬかアンデッドにされてしまったのだろう。
今でも塔の中には侵入者を捕えるための魔物や罠が多数あり危険であるそうだ。
(もっともシロネと自分がいるから大丈夫だと思うけど、油断は出来ないな)
クロキはガリオス達を見る。
クロキならば簡単に対処できる事でも、ガリオス達には難しい事もある。
被害を出さないように自分が気を付けないといけない、とクロキは思う。
「そういえばクロ殿、何故顔を隠しているのですか?」
レンバーが痛い所を聞いてくる。
いろいろ理由があるが、今一番の理由はシロネに正体がバレたくないからだ。
しかし、正直に言う訳にはいかない。
どうやって、誤魔化すかクロキは頭を悩ませる。
「まあまあレンバー」
ガリオスが笑いながら近づくとレンバーに耳打ちする。
「なるほどそういう理由ですか。クロ殿も意外とやりますね」
レンバーが少し笑いながら言う。
「ちょ?! 何を言ってるんですか?!!」
クロキはガリオスに抗議する。
顔を隠したい理由は誤魔化せたようだが納得がいかない。何しろ昨晩何があったのかわからないのだから。
「悪い悪い。さっさと行こうぜ」
「そうですよ、クロ殿。シロネ様に遅れますよ」
2人は笑いながら進む。
納得いかないが言い訳する事もできずクロキは塔の中に入る。
塔の中は広く暗く、暗視の力を持つクロキは大丈夫だが灯りがなければガリオス達は何も見えないだろう。
魔術師のニムリが魔法で照明を作っているが広い塔の中全てを照らすには至っていない。
そんな暗い塔の中をシロネは仲間のペースなどを考えず。1人すたすたと進んでいく。
「レンバー。ストリゲスはいなくてもこの塔はやばい気がするぜ。あの嬢ちゃん先に行かせて大丈夫か?」
ガリオスが先頭を歩くシロネを見て言う。
「その心配はないと思います。シロネ様は我々よりも遥かに強いらしいので」
シロネの外見は可憐な少女だ。
ガリオスから見ればとても強そうに見えない。
「シロネ様は剣の腕前もさることながら、低位ながらも精霊魔法や治癒の魔法や陽光の魔法が使える
魔法戦士だそうです。おそらくここにいる全員が束になっても敵わないでしょう。ですからシロネ様の手を煩わせないよしなければいけません」
レンバーはそう言って指示を出す。
「魔術師であるニムリ先生は魔法で照明を、ストルは怪しい物がないか周囲を見てください。後の者達は2人の護衛をしながら先に進みましょう」
先頭は一昨日の晩でも一緒だったステロスで、最後がクロキである。
ステロスが先頭になったのは本人が希望したからだ。
どうもシロネに不純な考えを持っているらしく、シロネの背が見える先頭を希望したようだ。
今日は普通の装備だが昨日の格好を見たらそういう気持ちもわからないでもない。
もちろん、クロキは何かしようとするなら全力で止めるつもりだ。
下手をするとステロスが死ぬかもしれない。
歩いているとシロネが急に立ち止まる。
「何かいるぜ」
2番目を歩くストルが何かに気付いたようで前を指して言う。
ガリオス達には見えないかもしれないが、クロキの目には何かが近づいて来ているのが見える。
ゾンビであった。しかも元は人間のようであり、武装もしていた。
かつての討伐隊のメンバーかもしれない。ゾンビ達は5体ほどいてゆっくりとだが近づいて来ている。
「陽光よ!!」
シロネが叫ぶと彼女の手からまばゆい光があふれ出てゾンビ達を照らしだす。
陽光の魔法である。
太陽と同じ光を作り出す事で、アンデッドと消滅させる事ができる。
ゾンビ達は光があたった所から煙を上げて溶けていく。数分後には服と武装のみを残して消えてしまった。
「すごい一瞬だ」
ニムリが驚嘆する。
アンデッドは倒すのが面倒な相手だ。何しろ普通の攻撃が効かないのだから。
また、ゾンビの中には生前の能力を残している者もいる。先ほどのゾンビも剣を使ったり、盾を使ってくる気配があった。
シロネがおらずガリオス達だけなら苦戦していたかもしれない。
これがアンデッドに対処できる魔法を持っているか、いないかの違いなのだろう。
「魔法で倒すとあんまり面白くないわね」
しかし、シロネは不満そうだった。
「まだ来るぞ!!」
ストルが叫ぶ。
何十体ものゾンビがこちらに近づいて来ている。
塔に入ってそうそうゾンビの集団のお出迎えだった。
だが、陽光の魔法があれば一瞬で殲滅できるだろう。
しかし、シロネは剣を引き抜きゾンビ軍団に向かっていく。
「えっ陽光の魔法は!!」
クロキは戸惑う声を出す。
「火刃!!」
シロネが叫ぶと持っている剣に炎が纏わりつく。
火刃は鋭刃の魔法に火属性の力を付与する。
火が苦手な敵ならば特大の威力がある。
魔法剣士であるシロネは物理と魔法を組み合わせた技を得意とする。
「火炎斬!!」
シロネは剣を掲げると、そのままゾンビ達の中に斬りこんで行く。
「す……すげえ……」
ガリオスが驚く声を出す。
「アンデッドには陽光以外はあまり効かないはずなんですが……」
ニムリもあきれたように言う。
ゾンビを燃やしてもスケルトンになり、骨を砕いても形のない幽体であるゴーストに変化するなどアンデッドは倒しにくい相手だ。
特に形の無い幽体は通常の武器では倒す事ができず、魔法の剣等を使わなければダメージを与えられない。
シロネの持つ青く輝く剣は魔法の剣なのだろう。そのままでもダメージを与えらる上に炎の属性を剣に宿しゾンビの肉と骨を幽体ごと斬り裂いている。
シロネの動きはすさまじく、瞬く間にゾンビ軍団は滅ぼされる。
皆がその動きに驚愕している。
その中でクロキだけはわざわざ剣で倒すのですかい。と突っ込みをいれたくなる。
「さあ、どんどん先に行くよ!」
シロネはすっきりした表情で振り返る。
その様をクロキ達は何とも言えない気持ちで見る。
しかし、シロネはクロキ達の様子等おかまいなしに進む。
その後もシロネのおかげで塔の中腹まで簡単に進む事ができた。
アンデッドはもちろん吸血蝙蝠や巨大蜘蛛もシロネの敵ではない。
ここに来るまでの魔物はほぼシロネが倒してしまった。
もちろん罠などもあったが、シロネはそれを力技で何とかする。
矢が飛んで来ても当たる前に落し、落し穴が有っても穴に落ちる前に空中で移動して逃れ、天井が落ちて来ても片手で跳ね返して元に戻してしまった。
「こりゃすげえなレンバー……。勇者の妻ってのはこんなに強いのかよ」
ガリオスが呟く。
「私もすごいと思います。勇者様の力は以前に見ましたが、その奥方様もこれほどとは思いませんでした」
ニムリもガリオスと同じように賞賛する。
これぐらいならクロキでもできる。しかし2人にとってはすごい事のようだ。
(それにしてもシロネの事をレイジの奥方様と呼ぶのは、あまり面白くないな)
クロキはそんな事を考える。
元の世界でもレイジの女として扱われていた。この世界でも扱いがあまり変わらないようだ。
それを考えるとクロキは彼らを守るのがバカバカしくなってくる。
(やはり、竜の角を取り行くべきか? そしてレーナのような綺麗な女の子をゲットするのも良いかもしれない)
クロキはレーナの顔を思い浮かべると何故か心が騒ぐのを感じた。
(レーナの事が気になる。レーナはいったい何を考えているのだろう?)
そんな事を考えているとシロネが突然歩みをとめる。
「シロネ様どうかなさいましたか?」
シロネが突然止まったのレンバーが聞く。
シロネは目の前にある扉を見ている。
奇妙な装飾を施された扉だ。
その部屋の扉は今までと違う雰囲気である。。
「こりゃ何かあるぜ」
「ああ、ストルの言うとおりだ。この扉の向こうから嫌な気配を感じるぜ」
ガリオスがストルに賛同する。
「行くよ」
シロネが扉を開け中に入る。
「灯りがある?」
誰ともなく驚く声が上がる。
この広い部屋は他の部屋と違って灯りがあり。ニムリの魔法の照明で照らすまでもないだろう。
だが違うのはそれだけではなかった。
その部屋の中心に誰か人が立っている。明らかにゾンビではない生きている人間の男に見える。
やせ細った体に青白い顔、ボロボロの黒いローブような物を着ている。
その容姿はやせ細り、とても醜い。
「何者だ? 黒い炎の御方が、戻って来たのかと思ったが、そうではないな……」
痩せた男はこちらを見る。
「あいつの目を見ろ! ありゃ人間じゃないぜ!!」
ストルが叫ぶ。
その男の目は赤く。そして口には牙が生えている。
「吸血鬼?」
シロネが首を傾げる。
吸血鬼は今まで塔に出てきたゾンビと違い上級アンデッドだ知恵もあり魔法も使ってくる。
「まさかストリゲスが吸血鬼までも使役していたとは……」
「いえ、正確には違いますよレンバー卿。彼はおそらくストリゴイです」
ニムリが説明する。
ストリゲスは女性しかおらず、子孫を残すために他の種族の男性の種をもらう。
そして、生まれた子が女の子ならストリゲスになり、男の子なら種をもらった男の種族になる。
ただ、男の子に生まれた子は悲惨である。
一族とは認められずに姉妹達の餌食なる。
普通吸血された多くの子は死んでしまうが、中には生き残る者もいる。
その子はやがて強力なアンデットへと変貌する。
それがストリゴイだ。
ストリゴイはストリゲスと同じで血を吸い、死霊魔術を使う。
血を吸う所から、ある意味吸血鬼の一種ともいえる。
ただし、肉体は他の吸血鬼に比べて脆弱である。
これは血を吸われた状態でアンデッド化するからである。
現にクロキの目の前のストリゴイもやせ細り、すぐに折れてしまいそうだ。
しかし、魔術を使う能力は強い魔力を持つストリゲスの血を引くからか、他の吸血鬼に比べて強い。
「その通りだ魔術師よ。そして、俺は誰の支配も受けておらぬ、いや、これからは俺がこの辺り一帯の支配者になってやろう。手始めに貴様らの血をもらおうか」
ストリゴイは舌なめずりをしてシロネを見る。
かなり血に飢えているみたいだなとクロキは思う。
「悪いけど貴方にあげる血はないの。陽光よ!」
「夜の衣よ!」
シロネの魔法とストリゴイの魔法が発動する。
シロネの手から放たれた眩い光がストリゴイを覆う黒い靄に阻まれる。
「残念だが、防がせてもらったぞ」
ストリゴイが笑う。
「へえなかなかやるじゃない」
同じようにシロネは楽しそうだ。
「くく、それはお互い様だ。見た目はどこぞ姫君のようだが、高位の神官だったようだな。だが、ただの人間ごときに負けやせんよ」
「それはこちらの台詞よ。ストリゴイだが何だか知らないけど、吸血鬼もどきに私が負けるわけがないわ」
シロネはストリゴイに剣を向ける。
「そうか、その思い上がりは死で償ってもらおう」
ストリゴイが両手を広げると黒い靄がその体から広がっていく。
今すぐにでも戦闘が始まりそうであった。
「シ、シロネ様お待ちを!!!」
ニムリが突然声を上げる。
「ん? どうしたの?」
戦いを邪魔されたからだろうかシロネが不満そうにニムリを見る。
「確認したい事があるのですが……」
ニムリがおどおどしてストリゴイを見て言う。
「何用だ? 魔術師?」
「最近この辺りで死んだ魔物をゾンビにしているのは、貴方なのでしょうか?」
ニムリが聞く。
この塔へ来た目的はそもそもゾンビ事件の原因であるストリゲスを探す目的もある。
ストリゲスでなくてもストリゴイなら死霊魔術を使う事ができる。このストリゴイが事件の犯人であってもおかしくない。
ニムリはその点を確認しようとしているのだ。
「あっそうか! それ調べなきゃいけなかった! さっすが!!」
シロネが賞賛をニムリに送る。
(正直何しに来たのだろう?)
シロネ以外の全員がそんな事を考える。
「まさか純粋に魔物退治に来たのか?」
「今までの行動からそれもありえるな。まあそれはそれで魔物が減って良いのかもしれないが」
ガリオスとストルがひそひそと会話をする。
2人の後ろで話を聞いているクロキは眉間を抑える。
「い……いえそれほどでも」
ニムリが困ったように言う。
(シロネだけで良かったのではないかと思っていたけど、レンバー達が来て正解だったかもしれない)
シロネだけだったらただ暴れ回って終わっていただろうとクロキは思う。
それでは、目の前のストリゴイが犯人かどうかもわからない。
「ふん、何の話しかわからんが、俺は3日前に目覚めてから使役するためにゾンビを作った事はないぞ」
ストリゴイが不機嫌そうに説明する。
ストリゴイはこの塔で封印され眠らされていたそうだ。ストリゲス達はいざという時は彼を利用するつもりだったらしい。ただ、利用する前に滅ぼされてしまい、ストリゴイは眠り続けていたが、3日前に封印が解けて活動をはじめたらしい。
クロキはストリゴイを見る。
嘘を付いているようには見えなかった。
(こいつが犯人じゃないのか? それに3日前と言えば自分がこの塔に来た日じゃないか!)
クロキは何だか嫌な予感がした。
「3日前に目覚めた? そういえばあなた前にこの塔に来たときにはいなかったわね。もしかしてこの塔で眠っていたの?」
「その通りだ。まさか俺が眠っている間にあの女共がいなくなっているとは思わなかったがな」
ストリゴイが楽しげに答える。
「ふうん、それがなんで目覚めたの?」
「ふん3日前の事だ。どこの御方かわからぬが。その御方がこの塔で闇の魔法を使った。その御方の魔力の波動により、俺は眠りから覚めたのだよ。ふふ、あれ程の素晴らしい力きっと名の有る御方なのだろうよ」
ストリゴイのうっとりとした物言い。
その言葉でクロキは3日前の事を思い出す。
クロキはその時に魔法で結界を張った。塔全体を覆う強力な魔法だ。
その魔法は一定以上の魔力を持った者がこの塔に入った時にクロキに知らせる魔法だ。
この3日で強力な魔力を持った者が入った形跡はない。
もちろん、このストリゴイを目覚めさせた者に力がないのなら話は別だったりする。
「そのお方か……。ねえその御方って、今この塔にいるの?」
「その御方は御使いを残して、どこかに行かれよ。この塔にはおらぬ」
「ふーんそうなんだ。残念。でもその御使いはいるんだ。どんな奴なの?」
「ドラゴンよ。強大な力を持つ漆黒の魔竜。それがあの御方の御使いだ」
「「「なっ!!!」」」
全員の声が重なる。
「ドラゴンだって……。そんな……」
「しかもそれを使役してるだと」
「ドラゴンなんかに勝てるわけねえよ……?」
ドラゴンがこの塔にいる事でガリオス達はショックを受ける。
ただ、その中でクロキだけは別の理由で驚く。
(もしかして、こいつを目覚めさせたのは自分なのだろうか?)
だとすれば驚愕の事実である。
「ふーんドラゴンね……ドラゴンでもいろいろいるからどうだろう。でも少しは楽しめそうね」
シロネが楽しそうに言う。
「残念だが、あの御方の御使いの元に行くのなら、俺を倒してからにしてもらおうか」
ストリゴイが構える。
シロネも剣を抜き構えるとガリオス達も武器を取る。
「後ろが邪魔だな。退場してもらおうか。痺れて倒れよ!!」
ストリゴイの眼が紅く光る。
「ぐわっ!!」
「げっ!!」
「うっぐ!!!」
その光を浴びたクロキとシロネ以外を除く全員が声を出して倒れていく。
クロキはストリゴイが何をしたのかがわかる。
麻痺の邪視。
即死や石化に比べたら弱いが、抵抗力を持たない普通の人間には耐える事は難しい。
現にガリオス達は床に倒れて呻き声を上げている。
「女、やはりお前は耐えたか? さすがだな」
「この人たちに何をしたの!?」
「体の自由を奪っただけだ。ふふ殺しはせん。生きたままの方が美味いからな。貴様を倒した後でいただくとしよう。さて、この場に立っているのは俺とお前だけだ……」
そこまで言いかけてストリゴイがクロキを見る。
シロネと同じようにクロキも麻痺の邪視に耐える事が出来たので、当然倒れてはいない。
「ん? もう1人耐えているだと?」
一瞬の間をおいてクロキとストリゴイの視線が交差する。
(やばい! 怪しまれている!)
シロネもきょとんとした表情でクロキを見ている。
クロキはシロネ達から正体を隠している。注目されるのはまずかった。
「ぐわっ!!」
クロキは奇妙な声を上げると地面に倒れた振りをする。
それは誰が見てもわざとらしかった。
「ま、まあ気のせいだったようだな。さて行かせてもらおうか!」
「そ、そうねいい加減待ちくたびれちゃったわ」
シロネとストリゴイは倒れたクロキに注目したのち、向かい合う。
(良かった~。騙されてくれて……)
クロキはほっとする。
シロネとストリゴイはもはや相手以外の事はもはや見えていないようだ。
(チャンスだ。この間にグロリアスの所に行こう)
クロキは気付かれないように匍匐前進でこの場を離れる。
その動く様子はゴキブリみたいであった。
しかし、それがあるのはストリゲス達が人間を捕食するためにわざと作っているからだ。
クロキがレンバーから聞いた話ではロクス王国を含む塔の周辺諸国が討伐隊を編成して塔に挑んだそうだが、塔に入って帰って来た者は誰もいないそうだ。
おそらくストリゲスに血を吸われて死ぬかアンデッドにされてしまったのだろう。
今でも塔の中には侵入者を捕えるための魔物や罠が多数あり危険であるそうだ。
(もっともシロネと自分がいるから大丈夫だと思うけど、油断は出来ないな)
クロキはガリオス達を見る。
クロキならば簡単に対処できる事でも、ガリオス達には難しい事もある。
被害を出さないように自分が気を付けないといけない、とクロキは思う。
「そういえばクロ殿、何故顔を隠しているのですか?」
レンバーが痛い所を聞いてくる。
いろいろ理由があるが、今一番の理由はシロネに正体がバレたくないからだ。
しかし、正直に言う訳にはいかない。
どうやって、誤魔化すかクロキは頭を悩ませる。
「まあまあレンバー」
ガリオスが笑いながら近づくとレンバーに耳打ちする。
「なるほどそういう理由ですか。クロ殿も意外とやりますね」
レンバーが少し笑いながら言う。
「ちょ?! 何を言ってるんですか?!!」
クロキはガリオスに抗議する。
顔を隠したい理由は誤魔化せたようだが納得がいかない。何しろ昨晩何があったのかわからないのだから。
「悪い悪い。さっさと行こうぜ」
「そうですよ、クロ殿。シロネ様に遅れますよ」
2人は笑いながら進む。
納得いかないが言い訳する事もできずクロキは塔の中に入る。
塔の中は広く暗く、暗視の力を持つクロキは大丈夫だが灯りがなければガリオス達は何も見えないだろう。
魔術師のニムリが魔法で照明を作っているが広い塔の中全てを照らすには至っていない。
そんな暗い塔の中をシロネは仲間のペースなどを考えず。1人すたすたと進んでいく。
「レンバー。ストリゲスはいなくてもこの塔はやばい気がするぜ。あの嬢ちゃん先に行かせて大丈夫か?」
ガリオスが先頭を歩くシロネを見て言う。
「その心配はないと思います。シロネ様は我々よりも遥かに強いらしいので」
シロネの外見は可憐な少女だ。
ガリオスから見ればとても強そうに見えない。
「シロネ様は剣の腕前もさることながら、低位ながらも精霊魔法や治癒の魔法や陽光の魔法が使える
魔法戦士だそうです。おそらくここにいる全員が束になっても敵わないでしょう。ですからシロネ様の手を煩わせないよしなければいけません」
レンバーはそう言って指示を出す。
「魔術師であるニムリ先生は魔法で照明を、ストルは怪しい物がないか周囲を見てください。後の者達は2人の護衛をしながら先に進みましょう」
先頭は一昨日の晩でも一緒だったステロスで、最後がクロキである。
ステロスが先頭になったのは本人が希望したからだ。
どうもシロネに不純な考えを持っているらしく、シロネの背が見える先頭を希望したようだ。
今日は普通の装備だが昨日の格好を見たらそういう気持ちもわからないでもない。
もちろん、クロキは何かしようとするなら全力で止めるつもりだ。
下手をするとステロスが死ぬかもしれない。
歩いているとシロネが急に立ち止まる。
「何かいるぜ」
2番目を歩くストルが何かに気付いたようで前を指して言う。
ガリオス達には見えないかもしれないが、クロキの目には何かが近づいて来ているのが見える。
ゾンビであった。しかも元は人間のようであり、武装もしていた。
かつての討伐隊のメンバーかもしれない。ゾンビ達は5体ほどいてゆっくりとだが近づいて来ている。
「陽光よ!!」
シロネが叫ぶと彼女の手からまばゆい光があふれ出てゾンビ達を照らしだす。
陽光の魔法である。
太陽と同じ光を作り出す事で、アンデッドと消滅させる事ができる。
ゾンビ達は光があたった所から煙を上げて溶けていく。数分後には服と武装のみを残して消えてしまった。
「すごい一瞬だ」
ニムリが驚嘆する。
アンデッドは倒すのが面倒な相手だ。何しろ普通の攻撃が効かないのだから。
また、ゾンビの中には生前の能力を残している者もいる。先ほどのゾンビも剣を使ったり、盾を使ってくる気配があった。
シロネがおらずガリオス達だけなら苦戦していたかもしれない。
これがアンデッドに対処できる魔法を持っているか、いないかの違いなのだろう。
「魔法で倒すとあんまり面白くないわね」
しかし、シロネは不満そうだった。
「まだ来るぞ!!」
ストルが叫ぶ。
何十体ものゾンビがこちらに近づいて来ている。
塔に入ってそうそうゾンビの集団のお出迎えだった。
だが、陽光の魔法があれば一瞬で殲滅できるだろう。
しかし、シロネは剣を引き抜きゾンビ軍団に向かっていく。
「えっ陽光の魔法は!!」
クロキは戸惑う声を出す。
「火刃!!」
シロネが叫ぶと持っている剣に炎が纏わりつく。
火刃は鋭刃の魔法に火属性の力を付与する。
火が苦手な敵ならば特大の威力がある。
魔法剣士であるシロネは物理と魔法を組み合わせた技を得意とする。
「火炎斬!!」
シロネは剣を掲げると、そのままゾンビ達の中に斬りこんで行く。
「す……すげえ……」
ガリオスが驚く声を出す。
「アンデッドには陽光以外はあまり効かないはずなんですが……」
ニムリもあきれたように言う。
ゾンビを燃やしてもスケルトンになり、骨を砕いても形のない幽体であるゴーストに変化するなどアンデッドは倒しにくい相手だ。
特に形の無い幽体は通常の武器では倒す事ができず、魔法の剣等を使わなければダメージを与えられない。
シロネの持つ青く輝く剣は魔法の剣なのだろう。そのままでもダメージを与えらる上に炎の属性を剣に宿しゾンビの肉と骨を幽体ごと斬り裂いている。
シロネの動きはすさまじく、瞬く間にゾンビ軍団は滅ぼされる。
皆がその動きに驚愕している。
その中でクロキだけはわざわざ剣で倒すのですかい。と突っ込みをいれたくなる。
「さあ、どんどん先に行くよ!」
シロネはすっきりした表情で振り返る。
その様をクロキ達は何とも言えない気持ちで見る。
しかし、シロネはクロキ達の様子等おかまいなしに進む。
その後もシロネのおかげで塔の中腹まで簡単に進む事ができた。
アンデッドはもちろん吸血蝙蝠や巨大蜘蛛もシロネの敵ではない。
ここに来るまでの魔物はほぼシロネが倒してしまった。
もちろん罠などもあったが、シロネはそれを力技で何とかする。
矢が飛んで来ても当たる前に落し、落し穴が有っても穴に落ちる前に空中で移動して逃れ、天井が落ちて来ても片手で跳ね返して元に戻してしまった。
「こりゃすげえなレンバー……。勇者の妻ってのはこんなに強いのかよ」
ガリオスが呟く。
「私もすごいと思います。勇者様の力は以前に見ましたが、その奥方様もこれほどとは思いませんでした」
ニムリもガリオスと同じように賞賛する。
これぐらいならクロキでもできる。しかし2人にとってはすごい事のようだ。
(それにしてもシロネの事をレイジの奥方様と呼ぶのは、あまり面白くないな)
クロキはそんな事を考える。
元の世界でもレイジの女として扱われていた。この世界でも扱いがあまり変わらないようだ。
それを考えるとクロキは彼らを守るのがバカバカしくなってくる。
(やはり、竜の角を取り行くべきか? そしてレーナのような綺麗な女の子をゲットするのも良いかもしれない)
クロキはレーナの顔を思い浮かべると何故か心が騒ぐのを感じた。
(レーナの事が気になる。レーナはいったい何を考えているのだろう?)
そんな事を考えているとシロネが突然歩みをとめる。
「シロネ様どうかなさいましたか?」
シロネが突然止まったのレンバーが聞く。
シロネは目の前にある扉を見ている。
奇妙な装飾を施された扉だ。
その部屋の扉は今までと違う雰囲気である。。
「こりゃ何かあるぜ」
「ああ、ストルの言うとおりだ。この扉の向こうから嫌な気配を感じるぜ」
ガリオスがストルに賛同する。
「行くよ」
シロネが扉を開け中に入る。
「灯りがある?」
誰ともなく驚く声が上がる。
この広い部屋は他の部屋と違って灯りがあり。ニムリの魔法の照明で照らすまでもないだろう。
だが違うのはそれだけではなかった。
その部屋の中心に誰か人が立っている。明らかにゾンビではない生きている人間の男に見える。
やせ細った体に青白い顔、ボロボロの黒いローブような物を着ている。
その容姿はやせ細り、とても醜い。
「何者だ? 黒い炎の御方が、戻って来たのかと思ったが、そうではないな……」
痩せた男はこちらを見る。
「あいつの目を見ろ! ありゃ人間じゃないぜ!!」
ストルが叫ぶ。
その男の目は赤く。そして口には牙が生えている。
「吸血鬼?」
シロネが首を傾げる。
吸血鬼は今まで塔に出てきたゾンビと違い上級アンデッドだ知恵もあり魔法も使ってくる。
「まさかストリゲスが吸血鬼までも使役していたとは……」
「いえ、正確には違いますよレンバー卿。彼はおそらくストリゴイです」
ニムリが説明する。
ストリゲスは女性しかおらず、子孫を残すために他の種族の男性の種をもらう。
そして、生まれた子が女の子ならストリゲスになり、男の子なら種をもらった男の種族になる。
ただ、男の子に生まれた子は悲惨である。
一族とは認められずに姉妹達の餌食なる。
普通吸血された多くの子は死んでしまうが、中には生き残る者もいる。
その子はやがて強力なアンデットへと変貌する。
それがストリゴイだ。
ストリゴイはストリゲスと同じで血を吸い、死霊魔術を使う。
血を吸う所から、ある意味吸血鬼の一種ともいえる。
ただし、肉体は他の吸血鬼に比べて脆弱である。
これは血を吸われた状態でアンデッド化するからである。
現にクロキの目の前のストリゴイもやせ細り、すぐに折れてしまいそうだ。
しかし、魔術を使う能力は強い魔力を持つストリゲスの血を引くからか、他の吸血鬼に比べて強い。
「その通りだ魔術師よ。そして、俺は誰の支配も受けておらぬ、いや、これからは俺がこの辺り一帯の支配者になってやろう。手始めに貴様らの血をもらおうか」
ストリゴイは舌なめずりをしてシロネを見る。
かなり血に飢えているみたいだなとクロキは思う。
「悪いけど貴方にあげる血はないの。陽光よ!」
「夜の衣よ!」
シロネの魔法とストリゴイの魔法が発動する。
シロネの手から放たれた眩い光がストリゴイを覆う黒い靄に阻まれる。
「残念だが、防がせてもらったぞ」
ストリゴイが笑う。
「へえなかなかやるじゃない」
同じようにシロネは楽しそうだ。
「くく、それはお互い様だ。見た目はどこぞ姫君のようだが、高位の神官だったようだな。だが、ただの人間ごときに負けやせんよ」
「それはこちらの台詞よ。ストリゴイだが何だか知らないけど、吸血鬼もどきに私が負けるわけがないわ」
シロネはストリゴイに剣を向ける。
「そうか、その思い上がりは死で償ってもらおう」
ストリゴイが両手を広げると黒い靄がその体から広がっていく。
今すぐにでも戦闘が始まりそうであった。
「シ、シロネ様お待ちを!!!」
ニムリが突然声を上げる。
「ん? どうしたの?」
戦いを邪魔されたからだろうかシロネが不満そうにニムリを見る。
「確認したい事があるのですが……」
ニムリがおどおどしてストリゴイを見て言う。
「何用だ? 魔術師?」
「最近この辺りで死んだ魔物をゾンビにしているのは、貴方なのでしょうか?」
ニムリが聞く。
この塔へ来た目的はそもそもゾンビ事件の原因であるストリゲスを探す目的もある。
ストリゲスでなくてもストリゴイなら死霊魔術を使う事ができる。このストリゴイが事件の犯人であってもおかしくない。
ニムリはその点を確認しようとしているのだ。
「あっそうか! それ調べなきゃいけなかった! さっすが!!」
シロネが賞賛をニムリに送る。
(正直何しに来たのだろう?)
シロネ以外の全員がそんな事を考える。
「まさか純粋に魔物退治に来たのか?」
「今までの行動からそれもありえるな。まあそれはそれで魔物が減って良いのかもしれないが」
ガリオスとストルがひそひそと会話をする。
2人の後ろで話を聞いているクロキは眉間を抑える。
「い……いえそれほどでも」
ニムリが困ったように言う。
(シロネだけで良かったのではないかと思っていたけど、レンバー達が来て正解だったかもしれない)
シロネだけだったらただ暴れ回って終わっていただろうとクロキは思う。
それでは、目の前のストリゴイが犯人かどうかもわからない。
「ふん、何の話しかわからんが、俺は3日前に目覚めてから使役するためにゾンビを作った事はないぞ」
ストリゴイが不機嫌そうに説明する。
ストリゴイはこの塔で封印され眠らされていたそうだ。ストリゲス達はいざという時は彼を利用するつもりだったらしい。ただ、利用する前に滅ぼされてしまい、ストリゴイは眠り続けていたが、3日前に封印が解けて活動をはじめたらしい。
クロキはストリゴイを見る。
嘘を付いているようには見えなかった。
(こいつが犯人じゃないのか? それに3日前と言えば自分がこの塔に来た日じゃないか!)
クロキは何だか嫌な予感がした。
「3日前に目覚めた? そういえばあなた前にこの塔に来たときにはいなかったわね。もしかしてこの塔で眠っていたの?」
「その通りだ。まさか俺が眠っている間にあの女共がいなくなっているとは思わなかったがな」
ストリゴイが楽しげに答える。
「ふうん、それがなんで目覚めたの?」
「ふん3日前の事だ。どこの御方かわからぬが。その御方がこの塔で闇の魔法を使った。その御方の魔力の波動により、俺は眠りから覚めたのだよ。ふふ、あれ程の素晴らしい力きっと名の有る御方なのだろうよ」
ストリゴイのうっとりとした物言い。
その言葉でクロキは3日前の事を思い出す。
クロキはその時に魔法で結界を張った。塔全体を覆う強力な魔法だ。
その魔法は一定以上の魔力を持った者がこの塔に入った時にクロキに知らせる魔法だ。
この3日で強力な魔力を持った者が入った形跡はない。
もちろん、このストリゴイを目覚めさせた者に力がないのなら話は別だったりする。
「そのお方か……。ねえその御方って、今この塔にいるの?」
「その御方は御使いを残して、どこかに行かれよ。この塔にはおらぬ」
「ふーんそうなんだ。残念。でもその御使いはいるんだ。どんな奴なの?」
「ドラゴンよ。強大な力を持つ漆黒の魔竜。それがあの御方の御使いだ」
「「「なっ!!!」」」
全員の声が重なる。
「ドラゴンだって……。そんな……」
「しかもそれを使役してるだと」
「ドラゴンなんかに勝てるわけねえよ……?」
ドラゴンがこの塔にいる事でガリオス達はショックを受ける。
ただ、その中でクロキだけは別の理由で驚く。
(もしかして、こいつを目覚めさせたのは自分なのだろうか?)
だとすれば驚愕の事実である。
「ふーんドラゴンね……ドラゴンでもいろいろいるからどうだろう。でも少しは楽しめそうね」
シロネが楽しそうに言う。
「残念だが、あの御方の御使いの元に行くのなら、俺を倒してからにしてもらおうか」
ストリゴイが構える。
シロネも剣を抜き構えるとガリオス達も武器を取る。
「後ろが邪魔だな。退場してもらおうか。痺れて倒れよ!!」
ストリゴイの眼が紅く光る。
「ぐわっ!!」
「げっ!!」
「うっぐ!!!」
その光を浴びたクロキとシロネ以外を除く全員が声を出して倒れていく。
クロキはストリゴイが何をしたのかがわかる。
麻痺の邪視。
即死や石化に比べたら弱いが、抵抗力を持たない普通の人間には耐える事は難しい。
現にガリオス達は床に倒れて呻き声を上げている。
「女、やはりお前は耐えたか? さすがだな」
「この人たちに何をしたの!?」
「体の自由を奪っただけだ。ふふ殺しはせん。生きたままの方が美味いからな。貴様を倒した後でいただくとしよう。さて、この場に立っているのは俺とお前だけだ……」
そこまで言いかけてストリゴイがクロキを見る。
シロネと同じようにクロキも麻痺の邪視に耐える事が出来たので、当然倒れてはいない。
「ん? もう1人耐えているだと?」
一瞬の間をおいてクロキとストリゴイの視線が交差する。
(やばい! 怪しまれている!)
シロネもきょとんとした表情でクロキを見ている。
クロキはシロネ達から正体を隠している。注目されるのはまずかった。
「ぐわっ!!」
クロキは奇妙な声を上げると地面に倒れた振りをする。
それは誰が見てもわざとらしかった。
「ま、まあ気のせいだったようだな。さて行かせてもらおうか!」
「そ、そうねいい加減待ちくたびれちゃったわ」
シロネとストリゴイは倒れたクロキに注目したのち、向かい合う。
(良かった~。騙されてくれて……)
クロキはほっとする。
シロネとストリゴイはもはや相手以外の事はもはや見えていないようだ。
(チャンスだ。この間にグロリアスの所に行こう)
クロキは気付かれないように匍匐前進でこの場を離れる。
その動く様子はゴキブリみたいであった。
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