暗黒騎士物語

根崎タケル

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第2章 聖竜王の角

第13話 祭りの夜で

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 レイジが戻って来た頃にはすでに日は沈んでいた。
 既に夕飯の準備は終わっていて、チユキ達はレイジを待っていたのである。

「ストリゲスの生き残りねえ……」

 チユキはできる限り冷たい瞳でレイジを見る。
 だが、そんな視線で見られていてもレイジは涼しい顔だ。
 レイジは他人の悪感情を気にしたりしない。
 わかってはいるがチユキは少しは気にして欲しいと思う。

「ああ、昨日の晩にゾンビとなったゴブリンやオークが城壁の外に群れとなって現れたらしい。どうもストリゲスに生き残りがいたのではないだろうかってね?」

 ストリゲスは梟と人間の女性を掛け合わせた姿をした魔物だ。
 チユキ達はその魔物を1ヶ月前に殲滅したはずだった。
 その時にナオが彼女達が根城にしていた塔で感知能力を駆使して、生き残りがいないか探したがストリゲスらしき影はなかったはずだ。
 今、あの塔には彼女達が生み出した迎撃用のアンデッド等の魔物が残っているだけのはずであった。

(そのアンデッドが外に出てきたのかしら?)

 チユキはその可能性を考える。
 だがアンデッドは主人の命令が無ければ動けないはずだ。
 だとすれば考えられるのは、あの時にあの塔にいなかったストリゲスがいたか。もしくはなんらかの方法でナオの探索を避けたかである。
 もっともそれはストリゲスが犯人だった場合だ。
 レイジの話し方から、まだストリゲスが犯人かどうかわかっていないと判断する。

「それでどうするの?」
「ああ、この国のためにも、ストリゲスを倒す」

 レイジは笑って言う。

「ふーん、この国のためね……。それをアルミナ姫に頼まれたってわけね」

 レイジは頷く。

(私達が入浴している間、レイジはアルミナ姫と一緒に祭りを見物していたらしいじゃない。何をしていたのかしら?)

 そこで、ゾンビ事件の解決をお願いされたそうだ。
 だが、チユキはそれは嘘だと思っている。ただ祭りを見物するだけなら行方を眩ませる必要はない。
 もっとやましい事をしている。そしてそれは大体想像がつく。それがチユキがレイジを冷たい目で見る理由だ。
 元の世界でもレイジは女性に人気があったが、この世界ではさらに人気がある。
 何しろこの世界の人間は魔物の脅威に怯えている。
 その魔物を退治するレイジは英雄である。救われた人も多い。
 だけど、チユキには女性ばかりを救っているような気がしていた。
 そして、その女性と仲良くなるのだ。
 結果レイジによって好きな女性を取られて泣く男性も多い。
 しかし、それを今更言っても仕方がないとチユキは思うので本題に戻る。

「あのねえ、そうは言ってもストリゲスはどこにいるの?」
「さあね」

 レイジは両手を上げてわからないというジェスチャーをする。

「あのねえ……」

 チユキは眉間を一指し指で押さえる。
 前回の事件はストリゲスが犯人である事が間違いなく、ストリゲスの住処もわかっていた。
 でも今回はストリゲスが犯人かどうかもわからない。

「もう……誰が犯人かもわからないのじゃ倒しようがないじゃない」

 チユキは文句を言う。

(姫様の頼みだから安請け合いをして、呆れるわ。まあ勇者らしい行動ともいえるけど、まず、犯人捜しからしなければならないのかしら? 暗黒騎士の件もあるし、安請け合いはしないで欲しいわね)
 
 もし、ストリゲスを捜索している時に暗黒騎士が来たら、対処が難しくなる。
 そのため、チユキは頭を悩ませる。

「まあ、なんとかなるさ」

 レイジ能天気に笑う。
 チユキはジト目でレイジを見る。

「レイジ君。あなたが引き受けたんだから、もう少し真剣になったら」
「俺はいつだって真剣だよ」

 レイジはしれっという。
 正直真剣には見えない。

「それにしては犯人を捜そうって気が感じられないのだけど」

 しかし、レイジは意外そうな顔をした。

「捜す?」

 レイジのその言葉に私が驚く。

「捜さないの?」

 レイジは頷く。

「どうして?」
「そのうち向こうから出て来るさ。ゾンビなんかを作っているみたいだしな。その時に動けば良い」

 レイジの言葉にチユキはなるほどと思った。

「確かにそれもそうね……」

 チユキは少しだけ感心する。
 ゾンビを生み出した者がストリゲスかどうかはわからないが、何らかの事件を起こしてくるのは間違いない。
 いちいち犯人を捜すより案外手っ取り早いかもしれない。

(ある意味レイジらしい答えよね)

 レイジは捜索とか情報集めとかそういった地味な作業を嫌う。
 レイジには事前に事件を止めるという考えがない、動く時はいつも事件が起こった後だ。
 そのかわり動く時はすごく速い。
 問題は事件が起こった後で動くので被害が出るかもしれない点だろう。
 事件を未然に防がず、起こってから解決する。ある意味勇者らしい行動と言えるかもしれない。
 何しろその方が人々から賞賛されるのだから。

「そういう事。それまでゆっくりしていようぜ」

 レイジの言葉にチユキはそれもそうかと思う。

「ねえ、チユキさん。ストリゲスならあの塔にいるんじゃ……」

 突然シロネが割り込んでくる。
 シロネが言うあの塔とはストリゲスが住んでいた塔の事だろう。

「まあそこにいるかもしれないけど……」
「じゃあそこを調べれば良いのでは」
「一応調べた方が良いのは確かだけどね」

 チユキはちょっと言葉を濁していう。

「そいつは面倒だな……。あの塔ごとをぶっ壊して良いってんなら話は別だが」

 レイジが過激な事を言う。レイジの力ならあの塔を壊す事など造作もないが、少し大雑把すぎるだろう。

「レイジ君。そんな事したら、その塔にストリゲスがいたかどうかわからなくなるわ。やるならちゃんと調べないと」

 塔ごと破壊したら事件が解決したのかわからなくなってしまう。だからチユキは反対する。
 やるならちゃんと調べた方が良いだろう。
 ただ、あの塔は内部が迷宮になっているみたいだったので調べるのは面倒そうであった。それに、ゾンビ等が徘徊しているため、あまり近づきたい場所ではない。
 実はそれがチユキが塔を調べるのを主張しなかった理由だったりする。
 それに調べた結果、事件とは無関係という事もあり得る。正直面倒だ。
 レイジではないが、前回に行った時に壊しておけば良かったとチユキは後悔する。

「明日、私が塔に行って来ようか?」
「シロネさん。あなたが? 調べるならナオさんの方が良いと思うわ」

 シロネは探索が得意な方ではない。調べるならナオが行った方が良いだろう。
 チユキはそう言ってナオを見る。
 しかし、ナオが行きたくないとばかりに首を振る。

「ちょっと様子を見に行くだけ。それにちょっと剣を振りたい気分なんだ……」
「ああ、なるほど……」

 チユキは暗黒騎士に敗れた上に元の世界に帰れなくなって、シロネが落ち込んでいた事を思い出す。
 ストレスを発散したいのだろう。

「なるほどね、そういう事なら良いんじゃないかな」
「そうだな。シロネが元気を出すのならその方が良いからな」

 レイジが頷くと他の仲間達も頷く。

「それなら、お願いするねシロネさん。たぶん危険はないと思うけど、危ないと思ったらすぐに逃げるのよ」
「そうだぜ、もし危険があったら俺を呼べよシロネ。すぐに助けに行くからな」

 レイジが胸を叩いて言う。
 レイジはチユキが使える普通の転移魔法は使えないが、追跡移動の魔法が使える。
 この魔法は対象となる人物の所に転移する魔法だ。
 普通の転移魔法と違う所は転移できるのは使用者只一人である所と、対象となった者が抵抗したら転移が上手くできなくなる所だ。
 レイジはこの魔法で仲間達の危機をたびたび救ってきた。
 例外は暗黒騎士がレーナ神殿を襲撃した時ぐらいだ。あの時どうも神殿内に転移系統の魔法を阻害する次元封鎖の魔法が使われていたため、シロネを助けには行けなかった。
 だが次元封鎖さえされてなければレイジはどんなに距離が離れていてもシロネを助けに行けるはずであった。

「うん、わかってる」

 チユキとレイジの言葉にシロネが笑って答える。

「ねー話しは終わったー」

 3人が見るとリノがふてくされている。

「そうっすよ折角のご飯が冷めてしまうっすよ!!」

 目の前の食卓にはすでに食事が用意されていた。サホコとロクス王国の料理人が用意した物だ。

「そうね、折角サホコさんが作ってくれた料理が冷めてしまうわね。食事にしましょう」
 
 チユキが言うとリノとナオが嬉しそうな顔をする。

(結局、レイジが何をしていたのか有耶無耶になってしまったわね、でもいつも大体いつもこんな感よね)

 チユキ達は乾杯をする。
 それは、ちょっとした宴会の始まりだった。






 レンバーとアルミナは共にロクス王国を歩く。

「どうしたんですアルミナ?」

 さっきから様子がおかしい。

「いえ……。ちょっと疲れてしまって」
「そうですか、姫様は勇者様のお共は大変だったでしょう」

 レンバーが聞いた所によるとアルミナは勇者レイジと共に祭りを見学していたそうだ。そして、つい先程解放された。疲れるのも無理はない。

(その勇者様は自身の妻達と今頃宴会中だろうな)

 当然そこにアルミナは参加していない。アルミナ自身で言っている事だが、あんなに綺麗な人達の中に入れる訳がないとの事だ。
 考えてみれば当然だ、あれほど綺麗な人達に囲まれているのにわざわざアルミナに手を出す訳が無い。
 その事にレンバーは安心する。

「おおレンバーじゃねえか」

 歩いているとガリオス夫妻が歩いている。

「先輩に姉さん。祭りの見物ですか?」
「まあな。ちょっと家にはいられなくてな……」
「ええ、そうね。ちょっとねえ」

 ガリオスと姉のペネロアは笑いながら答える。
 何かあったのだろうか? 

「そうだレンバーあの件はどうなったんだ?」

 あの件とは神殿騎士に対する傷害事件だ。
 今日の夕方、西通りの路地裏で神殿騎士5名が倒れているのが発見された。
 第一発見者は脛に傷を持つ人間だったらしく、衛兵を避けガリオスに連絡を取った。
 駆けつけたガリオスとその仲間は彼らを近くにある薬師オルアの所に運んだ後、それぞれ、騎士の詰め所と勇者の館へと連絡したのだった。
 ガリオスはその後どうなったのかを聞きたいのだろう。

「どうもこうもしませんよ。勇者様の館へ運んでそれで終わりです」
「そうか。しかし、誰がやったのか気になるな」

 ガリオスは手で顎をさすり考え込む。
 それはレンバーも気になるところだった。
 聖レナリア共和国の神殿騎士団は精強だ。
 1人1人が武術のかなりの使い手である事はもちろん魔法をも使える者も少なくないそうだ。それが神殿騎士であり、レンバーやガリオスが束になっても神殿騎士1人にも敵わないだろう。
 そんな神殿騎士達を倒した者がこの国にいるのだ。気になるのは当然である。

「確かに気になりますね……。でも考えても仕方がないでしょう」
「確かにな」

 ガリオスは笑う。
 神殿騎士さえ敵わないような相手に何ができるのだろう?
 それに、神殿騎士を襲った者はあまり危険ではないようだ。
 なぜなら、倒された神殿騎士は皆軽傷であり、命に別状はなく。物も盗まれていなかった。
 ただ、痛めつけられただけだ。
 まだ、命を狙ってくるそこらのゴブリンの方が危険な存在である。
 レンバーは気にはなったが、できる事をするしかない。
 そしてレンバーはガリオス達とそこで別れる。

「行きましょう姫」
「そうね、レンバー」

 レンバー達は歩き出す。

(それにしても犯人は誰だろう?)

 レンバーは彼らを勇者の館に連れて行った時に対応したメイドの反応が気にかかった。
 確かカヤと呼ばれていたメイドだ。綺麗な顔だがまったく表情を変えない女性で、仮面でも被っているのではないかと疑った事がある。
 そのカヤと呼ばれたメイドは神殿騎士の傷を見た時に表情を少しだが変えたのだ。
 もしかすると犯人に心当たりがあるのかもしれないなとレンバーは思った。

(気になるがそれは今は考えないでおこう。今は姫と共に祭りを楽しもう)

 レンバーとアルミナは祭りの夜を歩くのだった。
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