夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
上 下
23 / 24

放課後

しおりを挟む
 雨足の強くなった校庭は、色取り取りの傘が行きかう。
 殺風景な校庭にまるで花が咲いたようだ。
 生徒たちの解放に満ちた賑やかな声で溢れ、職員室を気怠く包み込んでいる。
 シンジは、担任のお説教を上の空で聞き流し、ぼんやりと外を眺めていた。
「葉山君! 葉山君、聞いてるの?」
「え? あ、はい。聞いてます」
 正確には聞き流していたのだが――。
 担任で英語担当の小岩井先生は数枚のプリントを、呆れた顔で目の前にさし出している。
「はい。宿題。明日提出するように!」
 授業中に居眠りしていたペナルティは自宅学習というわけだ。
 シンジはため息を呑み込み、それを受け取り立ち上がろうとした。
「わかりました。それでは失礼します」
「あ、ちょっと待って。まだ終わってないわ」
 小岩井先生はシンジの袖を引き再びデスクチェアに座らせた。
「この頃、なんだか変よ。いつもぼーっとしてるかと思ったら急にピリピリしだしたり。何か悩み事でもあるんじゃないの?」
 その声は優しくて、シンジの張り詰めていた神経は一瞬解けた。
 肯定も否定もせず、俯き考える。小岩井先生のたおやかな口調は、話してみてもいいかもしれないと思わせるのに十分だった。
 きっとバカにしたりはしないのではないか。

「実は、最近変な夢を見るようになって、不吉な事が起きそうであまり眠れてないんです。少しだけ関わった人だったけど、助けたいと思っていた人が亡くなったりしたし」
「ああ、兵頭さんの事ね。あの方は気の毒だったわね」
「先生は悪夢について、どんな解釈をしますか?」
「そうねぇ……」
 小岩井先生はきゅっと口元に力を入れて、考える素振りを見せた。
「夢っていうのは、人それぞれいろんな解釈があるわね。私は……、例えば誰かが死ぬ夢だった場合、直接その人が死ぬとは考えないわ」

 当然だ。夢はあくまでも夢なのだから。そんな子供だましな解答はいらない。

「けど、心の中にある感情や心理的な状態を反映することがあるのは確かね。人間も生き物である以上、何かを察知する能力があるというのも否定はできない」
「察知する能力……。例えば?」
「例えば、大きな災害の前にねずみや犬や猫、それにカラスにも異常行動が見られたりするじゃない。災害と動物たちの異常行動を結びつけるというのは、科学的根拠の否定ができない現象なのよ。それと同じように、人間も無意識に何かを察知して、それが夢という現象になって胸を騒がせるという事は、あるのかもしれないわね」

「予知夢?」
「そういう現象も、私は否定しないわ」
 しばし、沈黙が横切る。小岩井先生はシンジの言葉を待っているようだ。
「もしかして、渡辺さんに酷い事をしていたのと関係ある?」
 シンジはかっと頬が熱くなるのを感じた。
 彼女が死ぬ夢を予知夢だと決めつけて、学校から遠ざけようとしていたなんて。
 そんな子供じみた思考は知られたくない。

「いえ、関係ありません。もういいですか? 部活なんで」
 先生に話したからと言って、ゆらの安全が確保できるわけではないのだ。
 小岩井先生はシンジの心情は理解するだろうが、事の重大さについてはきっと理解してくれない。
 ゆらをいじめた言い訳のように受け止められるのもいやだったし、都合も悪い。

「いいわ。今度から夜はしっかり寝て、授業中は起きてるようにね」
「はい」
 プリントを片手に立ち上がり、退室しようとして、また小岩井先生はシンジを呼び止めた。
「あ、そうそう。葉山君! 渡辺さんなんだけど、明日、退院するそうよ」
「え!?」
 絶句しているシンジに再び先生はこう言った。
「検査の結果、頭には異常なし。骨折も単純骨折で、完治までは三ヶ月ほどかかるようだけど、来週から登校できるそうよ」
「そ、そうですか。転校は?」
「それは、ないわ。渡辺さん本人が強くこの学校に残る事を希望したそうよ」

 小岩井先生の言葉にほっと胸を撫でおろしたのも束の間。
 再び、シンジが絶望のどん底に突き落とされたのは、この日の夜の事だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...