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島の闇
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再び矢代さんと顔を合わせたのは、あれから二日後の日曜日だった。
激しい雷雨により、サッカーの練習試合が中止となり、暇を持て余していたシンジは祖父の経営する食堂、浜の屋で手伝いをしていた。
手伝いをするほどの事もなく、大雨のせいもあって店は閑散としていたのだが。
昼食も兼ねて、来店したという矢代さんは、カウンタ―席で日替わりの刺身定食を食べている。制服姿ではなく白いTシャツにベージュのチノパンというラフな格好からプライベートである事が伺える。
「例の筍泥棒の人なんだけどね、君のお陰ですぐに素性がわかったよ」
一旦箸を置いて、矢代さんは隣の椅子に置いてあるセカンドバッグを取り上げ、中から手帳を取り出した。
そこに挟んである写真をシンジの前に差し出す。
「この人で間違いないかな?」
カウンターから首を伸ばして写真を覗き込むと、あの日見たおじさんよりは幾分若い男が写っていたが、間違いなくあのおじさんだと確信した。
「ああ、この人です。間違いありません。逮捕できたんですか?」
「それがね……」
矢代さんは嫌な間を置いた後、こう続けた。
「ご遺体で見つかったよ」
「え?」
写真と手帳をバッグに仕舞い、再び箸を動かす矢代さんは慣れた口調でこう言った。
「港の近くの借家に住んでいたようで、部屋で首を吊っていてね。我々が訪ねた時はもう――」
「本当に自殺なんですか? なんていうか、自殺に見せかけた他殺とか」
「手書きの遺書があったよ。本人の筆跡と一致したから自殺で間違いない」
「山を荒らしたり、林先生の犬を殺したりしたのは、その人だったんですか?」
「それは今捜査中でね。詳しい事はまだ話せないんだけどね」
そのおじさんが犯人であったのなら、事件は解決だが、シンジは他に犯人がいるような気がしてならなかった。
「なんだか怖いですね。なぜ自殺なんて?」
「うーん。やっぱりかなり生活に困窮していたようだよ。家はガスも電気も止まっていて、真竹の皮がシンクに山になっていたよ。生で食べていたようだった」
その様子を聞き、シンジは益々そのおじさんが犯人なわけないような気がした。食べる物にも困っている人が、山でいたずらに動物を殺すとは考えにくい。
「引き続き、パトロールも捜査も続けるから、何か気が付いた事があったら連絡くれるかな」
「はい。もちろんです」
「それから、不審な人物を見ても、無茶はしないように。相手はサイコパスの可能性が高い。下手に近付いたり、戦ったりしようと思わない事だ。いいね?」
矢代さんはあの日、金属バットを片手に不審者を追いかけたシンジの姿を思い出しているのだろう。
そして、警察の見解はシンジと一致している事に安堵をおぼえた。
「わかりました」
そう頷くと、安心したように貝汁の椀を持ち上げて、美味しそうにすすった。
普通なら、人が死んだという話はあっという間に島中に広がるはずなのに、島民は静かな物だった。
ましてや自殺というセンセーショナルな事案であるにも関わらず、誰も知らないという不気味さ。
あのおじさんがどれほど島民に認知されていただろうか。死に追い込まれるほど困窮しているにも関わらず、誰も手を差し伸べなかったという事だ。
それがここ小井島という島の闇なのだ。
矢代さんが会計を済ませて帰って行った後、シンジは祖父に訊ねた。
「観光客っぽい男で、二十代から三十代ぐらいの男が店に来た事はない? 目がぎょろっとしていて、ダボっとした服を着ている。ラッパーみたいな男」
祖父は南蛮漬け用の小あじを揚げながら、しばし首をひねった。
「そういう人はちょくちょく来るが、それがどうかしたか?」
「クラスの女の子がストーカーされてるみたいなんだ。島では今まで見た事ない顔らしい」
「ふぅむ……。最近はなんちゅうかユーチューバーみたいなのも多くてな、ケータイのカメラで撮影しながらメシ食うやつも多い。週末はそんな連中ばっかりだ」
「そういう人達はたぶん違うと思うんだ。撮影目的じゃない感じの変わったやつ、もし来たら教えて」
きつね色に揚がった小あじを南蛮酢に絡めている祖父は、それについての返事はせず。
「余計な事に首を突っ込むなよ」
そう言って、少し怖い顔をしただけだった。
激しい雷雨により、サッカーの練習試合が中止となり、暇を持て余していたシンジは祖父の経営する食堂、浜の屋で手伝いをしていた。
手伝いをするほどの事もなく、大雨のせいもあって店は閑散としていたのだが。
昼食も兼ねて、来店したという矢代さんは、カウンタ―席で日替わりの刺身定食を食べている。制服姿ではなく白いTシャツにベージュのチノパンというラフな格好からプライベートである事が伺える。
「例の筍泥棒の人なんだけどね、君のお陰ですぐに素性がわかったよ」
一旦箸を置いて、矢代さんは隣の椅子に置いてあるセカンドバッグを取り上げ、中から手帳を取り出した。
そこに挟んである写真をシンジの前に差し出す。
「この人で間違いないかな?」
カウンターから首を伸ばして写真を覗き込むと、あの日見たおじさんよりは幾分若い男が写っていたが、間違いなくあのおじさんだと確信した。
「ああ、この人です。間違いありません。逮捕できたんですか?」
「それがね……」
矢代さんは嫌な間を置いた後、こう続けた。
「ご遺体で見つかったよ」
「え?」
写真と手帳をバッグに仕舞い、再び箸を動かす矢代さんは慣れた口調でこう言った。
「港の近くの借家に住んでいたようで、部屋で首を吊っていてね。我々が訪ねた時はもう――」
「本当に自殺なんですか? なんていうか、自殺に見せかけた他殺とか」
「手書きの遺書があったよ。本人の筆跡と一致したから自殺で間違いない」
「山を荒らしたり、林先生の犬を殺したりしたのは、その人だったんですか?」
「それは今捜査中でね。詳しい事はまだ話せないんだけどね」
そのおじさんが犯人であったのなら、事件は解決だが、シンジは他に犯人がいるような気がしてならなかった。
「なんだか怖いですね。なぜ自殺なんて?」
「うーん。やっぱりかなり生活に困窮していたようだよ。家はガスも電気も止まっていて、真竹の皮がシンクに山になっていたよ。生で食べていたようだった」
その様子を聞き、シンジは益々そのおじさんが犯人なわけないような気がした。食べる物にも困っている人が、山でいたずらに動物を殺すとは考えにくい。
「引き続き、パトロールも捜査も続けるから、何か気が付いた事があったら連絡くれるかな」
「はい。もちろんです」
「それから、不審な人物を見ても、無茶はしないように。相手はサイコパスの可能性が高い。下手に近付いたり、戦ったりしようと思わない事だ。いいね?」
矢代さんはあの日、金属バットを片手に不審者を追いかけたシンジの姿を思い出しているのだろう。
そして、警察の見解はシンジと一致している事に安堵をおぼえた。
「わかりました」
そう頷くと、安心したように貝汁の椀を持ち上げて、美味しそうにすすった。
普通なら、人が死んだという話はあっという間に島中に広がるはずなのに、島民は静かな物だった。
ましてや自殺というセンセーショナルな事案であるにも関わらず、誰も知らないという不気味さ。
あのおじさんがどれほど島民に認知されていただろうか。死に追い込まれるほど困窮しているにも関わらず、誰も手を差し伸べなかったという事だ。
それがここ小井島という島の闇なのだ。
矢代さんが会計を済ませて帰って行った後、シンジは祖父に訊ねた。
「観光客っぽい男で、二十代から三十代ぐらいの男が店に来た事はない? 目がぎょろっとしていて、ダボっとした服を着ている。ラッパーみたいな男」
祖父は南蛮漬け用の小あじを揚げながら、しばし首をひねった。
「そういう人はちょくちょく来るが、それがどうかしたか?」
「クラスの女の子がストーカーされてるみたいなんだ。島では今まで見た事ない顔らしい」
「ふぅむ……。最近はなんちゅうかユーチューバーみたいなのも多くてな、ケータイのカメラで撮影しながらメシ食うやつも多い。週末はそんな連中ばっかりだ」
「そういう人達はたぶん違うと思うんだ。撮影目的じゃない感じの変わったやつ、もし来たら教えて」
きつね色に揚がった小あじを南蛮酢に絡めている祖父は、それについての返事はせず。
「余計な事に首を突っ込むなよ」
そう言って、少し怖い顔をしただけだった。
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