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愚かで未熟な判断
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担任に連れられて生徒指導室の扉を開けると、青い制服姿の警察官が二人、すぐにこちらに体を向けた。
「小井島港署の刑事課の者です。突然すみません」
そう言って軽く敬礼したのは、年配で色黒、いかにも刑事課といった様相で怖そうな顔をしている警官だ。
そしてもう一人は――。
「やぁ、葉山君」
「あ、どうも」
3日前、不審者の一件で駆け付けた警官だ。
名前は確か、矢代さん。
精悍でさわやかな顔つきだが、どこか緊迫感を帯びている。研ぎ澄まされた視覚でも持っているかのように、じっとシンジの目を見つめる。
その奥に隠された真実が、見えているかのように。或いは見ようとしているかのようで、思わず目を反らしたくなる。
「あっ、どうぞ」
担任は、長机に備えられているパイプ椅子のほうに手を差し出し、二人の警官に腰かけるよう促した。
「あ、どうも」
場を和ませるためなのか、二人は人懐っこそうな笑みを湛えて、言われるまま椅子に腰かけた。
その向かい側に、シンジと担任が並んで座った。
「今日はね、葉山君に訊ねたい事があってね。三日前の筍泥棒の件なんだ」
矢代さんは、少し笑みを湛えてはいるが、目は鋭くシンジの眼光を見つめる。
「は、はい」
「覚えている事、何でもいい。見た事、聞いた事。話してくれないかな?」
「え、あ、あの、あの時話しました」
「うん。もう一度教えてくれるかな」
矢代さんはそう言って、胸ポケットから手帳を取り出した。
「どうしてですか?」
矢代さんは、シンジの方に顔を向けた。
「実はね、あの山で犬の死骸が見つかってね」
「え! もしかして、林先生の……」
矢代さんはうなづいた。
「他にも、猫やウサギの。それも無残な殺し方でね。林先生と水戸さんの方から被害届が出されたんだ。水戸さんの管理するあの山も、相当荒らされていてね」
「その筍泥棒のおじさんが怪しいんですか?」
「ん? おじさん? おじさんだったんだね」
シンジは、しまった、と思った。つい口を滑らせてしまった。
「あの時は確か、顔は見えなかったと言っていたね」
「……」
「嘘や隠し事はすぐにバレるし、新たな被害を生む」
「新たな被害?」
次は年配の怖い警官が口を開く。
「動物を殺す人間が次に襲うのは人間という事はよくある。しかも力の弱い女性や子供が狙われるケースはよくあるんだ。被害が小さいうちに犯罪の芽を摘んでおく必要がある。協力してくれないかね?」
シンジの脳内で、未来の大惨事と繋がった。
あのおじさんが、この先学校に侵入する不審者なのかもしれない。夢の中でゆらを殺した犯人なのかも――。
「わかりました。協力します」
シンジは、あの夜の出来事の一部始終を警察に話した。
小井島港での日雇いの仕事がクビになった事。
故郷の母親への仕送りが滞っていて生活にも困窮しているという事情があると言っていた事。
と同時に、あの時取り逃がした事を深く後悔し、自分を責めたくなる。
あのおじさんが言った事が全て嘘だったら――。初めから犯罪が目的だったのだとしたら――。
ぬかるみにひれ伏して、許しを乞うていたあの顔が、暗闇に隠れてほくそ笑む映像となり脳裏に浮かびあがる。
なんて愚かで未熟な判断をしたのだろうか。シンジは強く拳を握った。
「これだけ事情が分かれば、その人物の身元もすぐに割れるだろう」
年配の警官は満足そうに、矢代さんにそう言った。
シンジも、そっと胸を撫でおろした。
ゆらが殺される前に犯人は逮捕されるのだと、信じて疑わなかった。
それなのに――。
「小井島港署の刑事課の者です。突然すみません」
そう言って軽く敬礼したのは、年配で色黒、いかにも刑事課といった様相で怖そうな顔をしている警官だ。
そしてもう一人は――。
「やぁ、葉山君」
「あ、どうも」
3日前、不審者の一件で駆け付けた警官だ。
名前は確か、矢代さん。
精悍でさわやかな顔つきだが、どこか緊迫感を帯びている。研ぎ澄まされた視覚でも持っているかのように、じっとシンジの目を見つめる。
その奥に隠された真実が、見えているかのように。或いは見ようとしているかのようで、思わず目を反らしたくなる。
「あっ、どうぞ」
担任は、長机に備えられているパイプ椅子のほうに手を差し出し、二人の警官に腰かけるよう促した。
「あ、どうも」
場を和ませるためなのか、二人は人懐っこそうな笑みを湛えて、言われるまま椅子に腰かけた。
その向かい側に、シンジと担任が並んで座った。
「今日はね、葉山君に訊ねたい事があってね。三日前の筍泥棒の件なんだ」
矢代さんは、少し笑みを湛えてはいるが、目は鋭くシンジの眼光を見つめる。
「は、はい」
「覚えている事、何でもいい。見た事、聞いた事。話してくれないかな?」
「え、あ、あの、あの時話しました」
「うん。もう一度教えてくれるかな」
矢代さんはそう言って、胸ポケットから手帳を取り出した。
「どうしてですか?」
矢代さんは、シンジの方に顔を向けた。
「実はね、あの山で犬の死骸が見つかってね」
「え! もしかして、林先生の……」
矢代さんはうなづいた。
「他にも、猫やウサギの。それも無残な殺し方でね。林先生と水戸さんの方から被害届が出されたんだ。水戸さんの管理するあの山も、相当荒らされていてね」
「その筍泥棒のおじさんが怪しいんですか?」
「ん? おじさん? おじさんだったんだね」
シンジは、しまった、と思った。つい口を滑らせてしまった。
「あの時は確か、顔は見えなかったと言っていたね」
「……」
「嘘や隠し事はすぐにバレるし、新たな被害を生む」
「新たな被害?」
次は年配の怖い警官が口を開く。
「動物を殺す人間が次に襲うのは人間という事はよくある。しかも力の弱い女性や子供が狙われるケースはよくあるんだ。被害が小さいうちに犯罪の芽を摘んでおく必要がある。協力してくれないかね?」
シンジの脳内で、未来の大惨事と繋がった。
あのおじさんが、この先学校に侵入する不審者なのかもしれない。夢の中でゆらを殺した犯人なのかも――。
「わかりました。協力します」
シンジは、あの夜の出来事の一部始終を警察に話した。
小井島港での日雇いの仕事がクビになった事。
故郷の母親への仕送りが滞っていて生活にも困窮しているという事情があると言っていた事。
と同時に、あの時取り逃がした事を深く後悔し、自分を責めたくなる。
あのおじさんが言った事が全て嘘だったら――。初めから犯罪が目的だったのだとしたら――。
ぬかるみにひれ伏して、許しを乞うていたあの顔が、暗闇に隠れてほくそ笑む映像となり脳裏に浮かびあがる。
なんて愚かで未熟な判断をしたのだろうか。シンジは強く拳を握った。
「これだけ事情が分かれば、その人物の身元もすぐに割れるだろう」
年配の警官は満足そうに、矢代さんにそう言った。
シンジも、そっと胸を撫でおろした。
ゆらが殺される前に犯人は逮捕されるのだと、信じて疑わなかった。
それなのに――。
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