19 / 24
両親の怒り
しおりを挟む
担任に呼び出されたのはそれから三日後の昼休みだった。
昨日までの雨模様が嘘であったかのように、空には梅雨の晴れ間が広がっている。
ジンジンと音がしそうなほど強い日差しがさしこみ、もうすぐ夏だと教えている。
細く開いた校長室の窓から吹き込む生ぬるい風が、白いカーテンを揺らした。
黒い革張りのソファは三人ほどが余裕で座れるほど広い。
重厚なセンターテーブルを挟んだ向こう側に座っているのは、教師ではなくてゆらの両親だ。
両サイドには、担任、教頭、校長、学年主任が汗を拭き拭き肩をすくめてシンジの言葉を待っている。
「間違いありません。渡辺ゆらさんを事故に追いやったのは僕です」
白髪交じりだがきっちりセットされた清潔感のある髪型で、茶色い背広を着ているのはゆらの父親。頑固そうな顔つきで、眉間の皺を一層深くした。
「一体どういう事だね? うちのゆらが君に危害でも加えたのか?」
口調は柔らかだが、その言葉尻には隠しきれない憤怒が混ざっている。怒りが爆発するのは時間の問題だ。
恐らく、莉子がゆらの両親に伝えたのだろう。両親はシンジとゆらが恋人同士である事は知らないはずだ。従って、現段階では、シンジは一方的にゆらに危害を加えた問題児という事になっているというわけだ。
当然だ。それでいい。
「あのぉ、大変申し訳ありません。普段はとっても仲のいい二人なんですよ。ちょっと行き違いとか、誤解とかで、けんかでもしてたのかな?」
担任が慌ててフォローに入る。
「月曜日の朝、昇降口の前でゆらを突き飛ばしたのもあなた?」
今度はゆらの母親が口を開いた。父親とは違い、冷静だ。おっとりとした口調はどことなくゆらに似ている。
「はい」
「泥だらけの制服を持って帰ってきたから驚いちゃって。ゆらは転んだだけだって言ってたんだけど、見ていた子が教えてくれてね」
シンジはうなづくように、浅く頭を下げた。
「どうしてそんな事をしたのか、教えてほしいのよ。ゆらは何も言わないから」
「特に理由なんてありません。ただ、嫌いになっただけです。顔も見たくなくて帰れって言いました」
「なんだとぉー!!」
ついに父親の怒りが爆発した。
ソファから立ち上がり、今にも襲い掛かって来そうに鼻息を荒くしている。担任と学年主任が慌てて止めに入る。
「すいません。しっかり指導しますので。お父さん、落ち着いてください。何かと難しい年ごろなんですよ」
父親は立ち上がったまま座ろうとはしない。殴られても構わないが、殴り掛かって来る事もないだろう。
ゆらの父親は小学校の教頭なのだから。
「指導じゃなくて、処分しろ! うちの娘はこいつに突き飛ばされて事故に遭ったんだ。怪我をして腕の骨まで折ってるんだ。右手だぞ右手! その責任はどう取るんだ」
シンジが車道に突き飛ばしたという事に話しが作り変えられている。
「警察も頼りにならん」
「それはその、葉山君の保護者さんの方にもちゃんとお伝えしますので」
「こんな野蛮な生徒がいる学校に大事な娘を預けるわけにはいかん。ゆらは本土の高校に転校させる」
「いやいや、お父さん、ちょっと待ってください。落ちついてください」
転校と聞いて、無意識に眉根がぴくぴくと痙攣する。
問題が解決するまで学校に来ないで欲しかっただけなのに、永遠に会えなくなるような気がして、頭の中が真っ白になる。
「帰る! 二度とうちの娘に近付かないでくれ」
父親はシンジを怒鳴りつけるようにそう言い放ち、母親に視線を落とす。
「帰るぞ」
教師たちは全員立ち上がり、引き留めるでもなくおろおろとその背中を眺めていた。
ゆらの両親の気配が完全になくなるのを見計らったように教師たちは元の位置に戻り、シンジの方に身を乗り出した。
真っ先に口を開いたのは担任だ。
「あまりプライベートな事には口を出せないのだけど、今度、おじいさんと一緒に渡辺さんのお宅に謝りに行った方がいいわ」
シンジは、担任を見据えて返事をする。
「嫌です。祖父には関係ありません。自分の責任は自分で取ります」
校長室の内線電話が鳴ったのはその時だ。
数回のコールの後、受話器を取った校長は驚いたように眉根を寄せた。
「わかりました。生徒指導室のほうに案内してください。今、担任と一緒に向かわせます」
そう返事をした後、受話器を置きシンジを見やる。
「葉山君。警察が君に話を聞きたいそうだ。すぐに生徒指導室に行きなさい」
昨日までの雨模様が嘘であったかのように、空には梅雨の晴れ間が広がっている。
ジンジンと音がしそうなほど強い日差しがさしこみ、もうすぐ夏だと教えている。
細く開いた校長室の窓から吹き込む生ぬるい風が、白いカーテンを揺らした。
黒い革張りのソファは三人ほどが余裕で座れるほど広い。
重厚なセンターテーブルを挟んだ向こう側に座っているのは、教師ではなくてゆらの両親だ。
両サイドには、担任、教頭、校長、学年主任が汗を拭き拭き肩をすくめてシンジの言葉を待っている。
「間違いありません。渡辺ゆらさんを事故に追いやったのは僕です」
白髪交じりだがきっちりセットされた清潔感のある髪型で、茶色い背広を着ているのはゆらの父親。頑固そうな顔つきで、眉間の皺を一層深くした。
「一体どういう事だね? うちのゆらが君に危害でも加えたのか?」
口調は柔らかだが、その言葉尻には隠しきれない憤怒が混ざっている。怒りが爆発するのは時間の問題だ。
恐らく、莉子がゆらの両親に伝えたのだろう。両親はシンジとゆらが恋人同士である事は知らないはずだ。従って、現段階では、シンジは一方的にゆらに危害を加えた問題児という事になっているというわけだ。
当然だ。それでいい。
「あのぉ、大変申し訳ありません。普段はとっても仲のいい二人なんですよ。ちょっと行き違いとか、誤解とかで、けんかでもしてたのかな?」
担任が慌ててフォローに入る。
「月曜日の朝、昇降口の前でゆらを突き飛ばしたのもあなた?」
今度はゆらの母親が口を開いた。父親とは違い、冷静だ。おっとりとした口調はどことなくゆらに似ている。
「はい」
「泥だらけの制服を持って帰ってきたから驚いちゃって。ゆらは転んだだけだって言ってたんだけど、見ていた子が教えてくれてね」
シンジはうなづくように、浅く頭を下げた。
「どうしてそんな事をしたのか、教えてほしいのよ。ゆらは何も言わないから」
「特に理由なんてありません。ただ、嫌いになっただけです。顔も見たくなくて帰れって言いました」
「なんだとぉー!!」
ついに父親の怒りが爆発した。
ソファから立ち上がり、今にも襲い掛かって来そうに鼻息を荒くしている。担任と学年主任が慌てて止めに入る。
「すいません。しっかり指導しますので。お父さん、落ち着いてください。何かと難しい年ごろなんですよ」
父親は立ち上がったまま座ろうとはしない。殴られても構わないが、殴り掛かって来る事もないだろう。
ゆらの父親は小学校の教頭なのだから。
「指導じゃなくて、処分しろ! うちの娘はこいつに突き飛ばされて事故に遭ったんだ。怪我をして腕の骨まで折ってるんだ。右手だぞ右手! その責任はどう取るんだ」
シンジが車道に突き飛ばしたという事に話しが作り変えられている。
「警察も頼りにならん」
「それはその、葉山君の保護者さんの方にもちゃんとお伝えしますので」
「こんな野蛮な生徒がいる学校に大事な娘を預けるわけにはいかん。ゆらは本土の高校に転校させる」
「いやいや、お父さん、ちょっと待ってください。落ちついてください」
転校と聞いて、無意識に眉根がぴくぴくと痙攣する。
問題が解決するまで学校に来ないで欲しかっただけなのに、永遠に会えなくなるような気がして、頭の中が真っ白になる。
「帰る! 二度とうちの娘に近付かないでくれ」
父親はシンジを怒鳴りつけるようにそう言い放ち、母親に視線を落とす。
「帰るぞ」
教師たちは全員立ち上がり、引き留めるでもなくおろおろとその背中を眺めていた。
ゆらの両親の気配が完全になくなるのを見計らったように教師たちは元の位置に戻り、シンジの方に身を乗り出した。
真っ先に口を開いたのは担任だ。
「あまりプライベートな事には口を出せないのだけど、今度、おじいさんと一緒に渡辺さんのお宅に謝りに行った方がいいわ」
シンジは、担任を見据えて返事をする。
「嫌です。祖父には関係ありません。自分の責任は自分で取ります」
校長室の内線電話が鳴ったのはその時だ。
数回のコールの後、受話器を取った校長は驚いたように眉根を寄せた。
「わかりました。生徒指導室のほうに案内してください。今、担任と一緒に向かわせます」
そう返事をした後、受話器を置きシンジを見やる。
「葉山君。警察が君に話を聞きたいそうだ。すぐに生徒指導室に行きなさい」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる