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好意
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水戸のナビで自転車は、木々に覆われた細い道に侵入した。街灯はなく、自転車が照らすライトと、すれすれを通り過ぎる車のヘッドライトだけが頼りだ。
木は大げさに葉を揺らし、風は強烈な土の匂いを運んでくる。容赦なく顔面を叩きつける雨は視界を歪ませ、相変わらず強弱を繰り返しながらも止む気配を見せない。
時々、水たまりにハンドルを取られながらも、シンジは慎重に、かつ力いっぱいペダルを踏む。
シンジの目的はストーカー退治だったはずなのに、今は水戸を無事家に送り届ける事に成り代わっていた。
すぐ近くに地割れのような雷鳴が轟き、稲妻が急襲してくるのだ。
空を覆うような木々の下では、雷には撃たれる事はないと解っていても、やはりその都度「うぉ!」と声が出てしまう。
その声に、水戸はケラケラと笑っている。
その割に怖いのか、シンジの腰辺りに回した手にぎゅっと力を入れていた。
その感触にシンジは、ゆらの事を思い出していた。高校になってからは、家が反対方向になり一緒に帰る事もなくなったが、中学の時はよく一緒に登下校していた。
どちらにして、家が学校まで遠かったシンジは、中学の時も自転車通学で、学校から5分程度のゆらの家までよくこうして後ろに乗せて走ったっけ。
どんなに友達に冷やかされても、こうして体を密着させている時間が大事だった。
道はくねくねと曲がりくねった緩やかな上り坂に差し掛かった。
ぽつりぽつりと建っている昔ながらの一軒家をいくつか通り過ぎたところで、水戸が声を上げた。
「そこ! あそこが家よ」
指さす方向には、二軒分を一つにくっつけたような立派なお屋敷があって、セメントで舗装されたアプローチが敷かれていた。
それを取り囲むように、手入れの行き届いた立派な庭木がいくつも植えられている。
きゅっとブレーキをかけて、地面に足を踏ん張った。
「でかい家だな」
見たままを言葉にすると、水戸は恥ずかしそうに笑って「家族が多いから」と言いながら自転車を降りた。
「そっか。じゃあな。早く家に入れ。明日も一緒に帰ってやるから」
シンジは一日も早く不審者を片付けて、再びゆらとの時間を取り戻したい一心でそう言った。
水戸は濡れた髪を耳にかけ、何か言いたげに突っ立っている。
「早く、家に入れよ。風邪ひくだろう」
頼りなげな街灯が、バケツの水をかぶったかのようにずぶ濡れの水戸を浮かび上がらせる。
「あら、お友達なの? あらあら二人ともずぶ濡れで……」
声の方に視線をやると、水戸の家からふくよかなおばさんが出て来て、心配そうに声をかけた。
あれは、水戸の母親だ。
「こんにちは」
自転車に跨ったまま軽く会釈をすると、水戸が言った。
「雨と雷がすごくて送ってもらったの。途中で傘が飛ばされちゃって」
「あらあら、それは大変だったわね。早く入って着替えなさい。あなたは、浜の屋のお孫さんね。葉山君よね?」
「はい。葉山シンジです」
「雨が落ち着くまで、家にいたらいいわ。さぁ、早く上がって」
「あ、いえ。僕はかっぱ着てるので大丈夫です。帰ります」
「帰りは下り坂だし、危ないわ。それに今、真竹をたくさん茹でたところなのよ。おじいちゃんに持って帰ってちょうだい」
真竹というのは細い筍の事だ。
連日の雨でにょきにょき頭を出す真竹をよく見かける。真竹の煮物やてんぷらは、シンジも好物だ。
「今、たくさん佃煮にした所。味見して行ってちょうだい。ほら、早く早く」
ここまで誘われたら帰りづらい。
「ありがとうございます。じゃあ、お邪魔します」
「ごめんね。うちのお母さん、しつこくて」
水戸はそう言って、笑いながら片目をつぶった。
木は大げさに葉を揺らし、風は強烈な土の匂いを運んでくる。容赦なく顔面を叩きつける雨は視界を歪ませ、相変わらず強弱を繰り返しながらも止む気配を見せない。
時々、水たまりにハンドルを取られながらも、シンジは慎重に、かつ力いっぱいペダルを踏む。
シンジの目的はストーカー退治だったはずなのに、今は水戸を無事家に送り届ける事に成り代わっていた。
すぐ近くに地割れのような雷鳴が轟き、稲妻が急襲してくるのだ。
空を覆うような木々の下では、雷には撃たれる事はないと解っていても、やはりその都度「うぉ!」と声が出てしまう。
その声に、水戸はケラケラと笑っている。
その割に怖いのか、シンジの腰辺りに回した手にぎゅっと力を入れていた。
その感触にシンジは、ゆらの事を思い出していた。高校になってからは、家が反対方向になり一緒に帰る事もなくなったが、中学の時はよく一緒に登下校していた。
どちらにして、家が学校まで遠かったシンジは、中学の時も自転車通学で、学校から5分程度のゆらの家までよくこうして後ろに乗せて走ったっけ。
どんなに友達に冷やかされても、こうして体を密着させている時間が大事だった。
道はくねくねと曲がりくねった緩やかな上り坂に差し掛かった。
ぽつりぽつりと建っている昔ながらの一軒家をいくつか通り過ぎたところで、水戸が声を上げた。
「そこ! あそこが家よ」
指さす方向には、二軒分を一つにくっつけたような立派なお屋敷があって、セメントで舗装されたアプローチが敷かれていた。
それを取り囲むように、手入れの行き届いた立派な庭木がいくつも植えられている。
きゅっとブレーキをかけて、地面に足を踏ん張った。
「でかい家だな」
見たままを言葉にすると、水戸は恥ずかしそうに笑って「家族が多いから」と言いながら自転車を降りた。
「そっか。じゃあな。早く家に入れ。明日も一緒に帰ってやるから」
シンジは一日も早く不審者を片付けて、再びゆらとの時間を取り戻したい一心でそう言った。
水戸は濡れた髪を耳にかけ、何か言いたげに突っ立っている。
「早く、家に入れよ。風邪ひくだろう」
頼りなげな街灯が、バケツの水をかぶったかのようにずぶ濡れの水戸を浮かび上がらせる。
「あら、お友達なの? あらあら二人ともずぶ濡れで……」
声の方に視線をやると、水戸の家からふくよかなおばさんが出て来て、心配そうに声をかけた。
あれは、水戸の母親だ。
「こんにちは」
自転車に跨ったまま軽く会釈をすると、水戸が言った。
「雨と雷がすごくて送ってもらったの。途中で傘が飛ばされちゃって」
「あらあら、それは大変だったわね。早く入って着替えなさい。あなたは、浜の屋のお孫さんね。葉山君よね?」
「はい。葉山シンジです」
「雨が落ち着くまで、家にいたらいいわ。さぁ、早く上がって」
「あ、いえ。僕はかっぱ着てるので大丈夫です。帰ります」
「帰りは下り坂だし、危ないわ。それに今、真竹をたくさん茹でたところなのよ。おじいちゃんに持って帰ってちょうだい」
真竹というのは細い筍の事だ。
連日の雨でにょきにょき頭を出す真竹をよく見かける。真竹の煮物やてんぷらは、シンジも好物だ。
「今、たくさん佃煮にした所。味見して行ってちょうだい。ほら、早く早く」
ここまで誘われたら帰りづらい。
「ありがとうございます。じゃあ、お邪魔します」
「ごめんね。うちのお母さん、しつこくて」
水戸はそう言って、笑いながら片目をつぶった。
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