夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
上 下
14 / 24

豪雨

しおりを挟む
 夕刻7時。
 朝から降り続いていた雨は、雷を伴った豪雨となっていた。咆哮するような雷鳴を轟かせ、稲妻を放つ。午後からの降水確率30パーセントという予報はまるで冗談のように、強い風までも伴い、空はうねりをあげている。
 そのせいで、サッカー部の練習は中断。
 早めの解散となった。

 着替えを済ませたシンジは、水戸との約束通り家庭科室に向かう。
 こんな日は例え室内使用の部活であっても早めに切り上げるのが、この島の学校の慣例である。
 海と山に囲まれたこの地域では、豪雨による災害が付き物だからだ。そろそろ避難勧告も発令される頃だろう。

 うるさく窓を叩く音が響く廊下には、女子生徒の談笑の声が漂っている。
 声が聞こえる部屋は家庭科室だ。シンジはその引き戸を開けた。
 後片づけまで終え、帰り支度をしている制服姿の女子生徒数人が、雑談に耽っていたようだ。その中心となっているのは水戸だった。
 ドアが開く音に全員の視線がシンジに集まる。
 その視線は好奇に満ちていて、早くこの場から立ち去りたいという思いに駆られる。
「水戸。帰るぞ」
 そう声をかけると、椅子から立ち上がり他の仲間に、はにかんだ笑顔で、バイバイと手を振り小走りでこちらにやって来た。
 まるでエールを送るかのように、女子たちが水戸にバイバイと手を振る。
 彼女たちは、きっと勘違いをしている。
 シンジと水戸が付き合うとでも思っているのだろう。
 バカバカしい。
 そうは思っても、なんだかむずがゆい気持ちになって、変に意識してしまいそうになる。
 隣に並んだ水戸と昇降口の方へ向かって歩く。
「あいつらも早く帰った方がいいけどな。雨、酷くなりそうだし」
「うん。たぶん、もう帰ると思うよ。ストーカーの話もしておいたし」
「そうか」

 そのストーカーとやらが、シンジの夢の中に出て来た凶悪犯ならば、その前に尻尾を掴んで警察につかまえてもらえば、少なくともゆらが襲われる事はないはずだなのだ。

 今朝、担任は言った。
「渡辺さんが今朝、事故に遭いました。命に別状はないそうです。詳細はこれからの検査にもよりますが、親御さんのお話では、二週間ほどで学校へも来られると思う、と言う事でしたので、安心してくださいね」

 その報告に胸を撫でおろしたシンジだったが、不審者にゆらが殺されるという懸念は消えない。
 ゆらが登校してくる前に、そいつを止めなくては。

 靴を履き替えて外に出ると、すっかり辺りは真っ暗で、ひさしがあるにも関わらず、風にあおられた大粒の雨が二人に襲い掛かった。
 飛ばされないように傘の柄をぎゅっと抱きしめるように掴んでいる水戸と、駐輪場に向かった。

 シンジはレインコートを着て、自転車を押す。
 水戸は、そんなシンジを雨から守るように、傘をさしかけて隣を歩く。
「俺はいいよ。飛ばされないようにしっかり握ってな」
「うん」
 時々、強く吹き付ける風が、水戸のか細い体をよろけさせる。
「大丈夫?」
「うん。なんとか。すごいよね。台風みたい」
 もはや、傘なんてなんの役にも立たない。あっという間に水戸の制服は体にぴったりと貼りつくほど濡れていた。

「そのストーカーなんだけど、どんな顔だったんだ?」
「んとねぇ、髪の毛が真っ黒で、伸ばしっ放しって感じ。目はぎょろっとしてた。顔は笑ってるんだけど、目は笑ってない感じで怖かった」
「そっか。服装は?」
「黒いTシャツにダボっとしたジーンズ」
「背格好は?」
「身長は、私よりも高いけど、葉山君よりは低いかな。体格は中肉。太っても痩せてもいない。恰好だけ見たらラッパーって感じもしたよ」
「ラッパーか……。確かに、この辺では見かけない風貌だな」
「でしょ!」
「若いの?」
「どうだろう? 学生ではない。二十代後半から三十代前半って感じかな」
「なるほど。うちのじいちゃんの食堂、観光客も多いから、そういう奴を見かけなかったか、訊いてみるよ」
「うん」
 水戸は安堵の笑顔を見せた。
 その時だ。
「きゃっ」
 水戸の悲鳴と共に、傘は木の葉のように宙に舞った。
 突然、強い風が吹きつけたのだ。どうにか濡れずに守られていた水戸の髪や顔は見る間にずぶ濡れになる。
 傘はあっというまに海壁を超えて、うねりを上げる海へと消えて行った。
「うわー、最悪。先週買ったばっかりの傘だったのに」
 水戸は情けなく眉尻を下げてシンジの顔を見た。
「はは。さすがに諦めろ。いくら俺でもあれは回収できないぞ」
 こうなったら仕方がない。交通ルールにも校則にも違反してしまうが――。
 シンジは自転車に跨った。少しでも早く家に送り届けた方がいいだろう。
「後ろに乗れよ。家まで送っていく」
「いいの?」
「ああ、早く乗れって」
 水戸が荷台に、横向きに腰かけたのを確認して、思い切りペダルを踏み込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

流星の徒花

柴野日向
ライト文芸
若葉町に住む中学生の雨宮翔太は、通い詰めている食堂で転校生の榎本凛と出会った。 明るい少女に対し初めは興味を持たない翔太だったが、互いに重い運命を背負っていることを知り、次第に惹かれ合っていく。 残酷な境遇に抗いつつ懸命に咲き続ける徒花が、いつしか流星となるまでの物語。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

カフェの住人あるいは代弁者

大西啓太
ライト文芸
大仰なあらすじやストーリーは全く必要ない。ただ詩を書いていくだけ。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...