夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
上 下
13 / 24

疑心暗鬼

しおりを挟む
 ゆらは上体を起こした。
 頭と首に激しい鈍痛をおぼえ、思わず顔を歪める。
「あっ……いた……」
 尋常じゃない痛みがゆらに何があったかを教える。覚えていないとはいえ、車にはねられたのだ。これまで経験した事のない苦痛がゆらを襲う。

「大丈夫? 無理するな」
「うん、大丈夫」
 枕を背もたれにして、重い体をどうにか持ち上げて態勢を整えた。

 千秋とシンジが……。
 信じられない気持ち半分だが、昨日からのシンジの態度を考えると合点がいく気がした。なぜなら、千秋はずっとシンジの事が好きなのだから。
 千秋がシンジを奪うために、何か嘘を吹き込んだのだろうか。それをシンジは信じてしまった?
 ゆらは、ベッドカバーの端をぎゅっと握り、下唇を噛んだ。
 中学に上がるまでは、千秋とは親友と呼べるほど仲がよかった。バレンタインには手作りのチョコを送り合ったり、お揃いの服を一緒に買いに行って、仲良しコーデだってよくやっていた。
 遠足の時は一緒にお弁当を食べて、修学旅行の時は同じ部屋でこっそり好きな人を教え合ったり……。
 今でも、ゆらは千秋に対してネガティブな感情など持ってはいなかったのだ。できれば仲良くしたいと思っていたし、シンジとの事を祝福してほしかった。

「そんな顔するなよ」
 蓮斗の声がゆらに顔を上げさせた。
 ズキンとこめかみに痛みが襲う。

「ごめん。まださっき目覚めたばかりで、なんだか頭がぼーっとしちゃって」
 こめかみを抑えるゆらの背中を、蓮斗は優しくさすってくれた。

「悪かった。突然押しかけて。まだ辛いよな。俺、帰るわ。何かあったらラインして」
 蓮斗は制服のポケットに手を突っ込んで、ガサガサと何やら取り出す。
 ゆらの前に差し出したのは、さくらんぼ味のグミだった。
 自然と頬が緩む。
「嬉しい。それ大好き」
「知ってる」
 蓮斗は白い歯を見せて笑った後、すぐに沈んだ顔をした。
「こんな事ぐらいしかできなくてごめん」
「そんな事ない。来てくれて嬉しかったよ」
「また来るよ」
 そう言って、ベッドサイドの台にグミの袋を置いて、バッグを肩にかけ背を向けた。
 ドアの所で、名残惜しそうに振り返り、手を振って帰って行った。

 それを見届けて、ゆらは再びベッドに横になる。
 体中が痛すぎて、胸が苦しすぎる。
 真実を知りたい。シンジはどうしてしまったの?
 動けない体がもどかしくて、ただただ涙があふれて来る。

 蓮斗の気持ちはもちろん嬉しかった。
 それなのに、ぽっかりと心に空いた穴は、蓮斗では絶対に埋まらない。
 心も体も脳も、シンジを求めていた。
 逢いたくて、声が聴きたくて、傍にいたい。誰よりも一番近くでシンジを見ていたい。
 誰にも渡したくない。
 そんな事を心の中で叫んでいたら涙があふれてきて、更にこめかみを締め付けた。
 大粒の涙がじゅくじゅくと枕を濡らす。
 込み上げる嗚咽を飲み込むたびに、頭がズキズキと痛み、首の後ろが熱を持った。

 もしもこのままシンジと戻らないのなら、学校なんてもう行きたくない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

処理中です...