夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

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運命

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 築50年以上が経っている祖父宅は、広々とした古民家だ。
「ただいま」
 と引き戸を開け、一畳ほどのスペースを有する土間で靴を脱ぎ、もう一度「ただいま」と声をかけながら居間と一つになっている台所に入った。

 台所では、祖父の宗次郎が悠々と料理を作っている。テレビもラジオもステレオもないこの部屋でのシンジの娯楽は、祖父が契約してくれたWi-Fiが繋ぐネットだけである。
 もっとも、シンジにはそれだけで十分事足りていた。

 板張りの居間には、重厚感のある木造りのダイニングテーブル。
 そのテーブルの上には、祖父が用意してくれた夕飯が並んでいる。
 瓦のような四角い皿には、イサキの唐揚げが乗っていて、親指の先ほどもあるソラマメの素揚げが彩りを添えている。
 その他には、クラゲの和え物。具だくさんのだご汁。イカの一夜干し。人参やきゅうりの浅漬け。ガス窯で炊いた白いご飯が入ったおひつ。

「じいちゃん、何か手伝う?」
 部活を終え、帰宅したばかりのシンジは、祖父が立つ隣のシンクで手を洗いながら訊ねた。
「いや、明日の仕込みだから、気にしなくていい」
 大きなまな板には見事な鯛が横たわっていて、腹の中身をかき出されている所だ。
 シンジがここへ来るまでは、深夜まで食堂を営業していた祖父だが、現在はお昼をメインで営業していて、3時には店じまいをする。
 シンジが学校から帰って来た時に、家で出迎え、ちゃんとした手作りのメシで育てるというのが祖父の拘りなのだ。

 そんな祖父の背中とスマホを交互に見ながら夕飯を食べるのが、シンジの日課である。
「じいちゃん、明日も雨かな?」
 イサキの唐揚げに添えられているソラマメを箸でつまみながらそんな事を話した。
「ん?」
 不思議そうに振り返る祖父。
「そんな事はお前の方が詳しいじゃろうが」
 そう言って、宙で指を動かしスマホを操作する仕草をして見せた。

 今日の所は、学校に不審者が現れる事はなかった。
 しかし、恐怖と不安がシンジにそんな言葉を口走らせたのだ。
 誰にも言えないシンジだけ知っている不幸な未来。
 回避するために、ありとあらゆる方法でゆらを苦しめたのに、ゆらは結局早退する事はなかった。
 明日が雨なら、どうか学校を休んで欲しい。その一心で心を悪魔にした。

「じいちゃん」
「なんだ?」
「運命って変えられるかな? 例えば誰かが死ぬって決まっていたとして、それを変える事はできる?」
 祖父は、包丁を操作していた手を止めて、正面を見据えている。シンジの方には振り返らず、こう言った。

「運命は変えられん。特に人の生き死には神様が決める事じゃ。誰も逆らえんよ」

 そして、再び魚に包丁の刃を入れた。
 箸先からソラマメがぽとりと転げ落ちる。
 シンジがスマホで、とっくに調べていた明日の天気は、雨だった。
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