夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
上 下
6 / 24

居場所

しおりを挟む
 ジャージに着替えたゆらは、恐々、教室の引き戸をスライドさせた。
――ない。
 ゆらの席がない。
 扉を開けたらすぐそこにあったはずのゆらの席には、シンジが座っていた。
 廊下側の一番端。一つだけはみ出した一番後ろの席。
 中学の時から席順は変わらない。面子が変わらないのだから、席もそのままだ。
 正確には隣にあったはずのシンジの席が、ゆらの席に移動している。
「シンジ?」
 シンジはゆらの方に顔を上げると、険しい目つきで睨みつけた。
「帰れ」
「え?」
 こんな時間に帰れるわけなどない。もうすぐ期末テストだって始まるのだ。突然の出来事に頭は疑問符でいっぱい。こんな時、ゆらはすぐに委縮してしまう。
 気持ちを切り替えようと、教室を見回すと、窓側の一番後ろに追いやられている机を見つけた。教室の角に移動されていた机は、ゆらの席だ。
 まるでいらない机のように、ぽつんと隅っこに佇んでいる。
「どうして?」
 泣きたい気持ちを必死でこらえて、シンジを見据える。
 シンジは腕組みをして、ゆらから顔を反らした。
 全身でゆらを拒絶しているように見える。
 こんなシンジを見たのは初めてだった。

 時刻は8時。始業のチャイムが鳴り響き、入室と着席を知らせた。
 その知らせに生徒たちは素直に従う。
 もう間もなく担任の教師が入って来て、朝のホームルームが始まってしまう。
 何も答えてくれないシンジから視線を外して、ゆらは隅っこにはじき出された机に向かった。
 ずるずると窓側の一番後ろに移動させて、着席。
 いつもすぐ隣に座っていたシンジとの距離が、いつもとは違う景色を見せる。

 ガラガラと前方の扉が開いて、担任の小岩井先生が入って来た。
 先生も、もう夏の装いになっている。
 白い半そでのブラウスに、黒のタイトスカート。カールのかかったセミロングの髪を後ろに一つに束ねて。
「起立」
 学級委員の号令で生徒たちが一斉に立ち上がる。
「礼」
 45度に腰を折り、顔を上げると、小岩井先生と目が合った。
「着席」
 教壇の上の席順票に視線を落として、ゆらとシンジを交互に見る小岩井先生は少し驚いた顔をした。
「どうしたの? けんかでもした?」
 ゆらとシンジの関係は、全校生徒ばかりか、先生達も知っている。
 それだけ、この学校、いやこの島でのシンジの存在感は大きいのだ。
 いつも仲良しでいいわね、と揶揄いまじりにそんな言葉をよくかけて来ていた。
「教科担当の先生が混乱するから、席を戻してちょうだい」
 ゆらはシンジの方を見やる。
 シンジは先生にも反抗的な態度で、そっぽを向いている。
「ほら、早く。渡辺さん。席を戻して」
 ゆらは、おずおずと立ち上がり、シンジの席があった場所に机を引きずり移動した。
 シンジの隣にしばらく佇むも、シンジは相変わらずゆらをみない。
「難しいお年頃ね。1時限目の授業が始まるまでには元に戻しておいてちょうだい。いいわね」
 そう念を押して、諦めたように、いつも通りホームルームを始めた。
 ゆらも仕方なく、椅子に腰かけた。

 先生が教室を出て行くと、まもなく一時限目。英語の授業となる。
 普段は予習などしないが、ゆらは英語の教科書を出して、机の上に広げた。気を紛らすためだ。
 できるだけシンジに気を取られないように。
 下を向いていられるように。
 ちっとも頭に入らない英文を目で追う。蛍光ペンで引いた線を指でなぞって。
 その時だ。
 強く肩を掴まれる感覚で顔を上げた。
 目の前には、怖い顔をしたシンジ。
「帰れって言ってるだろう。俺の言う事が聞けないのかよ」
 二人の様子に気付き始めたクラスメイト達が、ひそひそと耳打ちし合う。
「何があったんだろう?」
「ゆら、とうとう嫌われた?」
「マジでざまぁだね。早く帰ればいいのに。もう学校来なくていいっての」
 そんな言葉が胸を引き裂く。
 きっと、これまでも悪口は言われていたはずなのだ。
 そんな言葉で傷つく前に、シンジの優しい笑顔がゆらを守ってくれていた。

「シンジ。ちゃんと話そう」
「話す事なんてないよ。帰れ」
 シンジはゆらの肩口を掴み、強く引っ張った。
 その勢いで、ガタン!! と大きな音を立てて、椅子ごと床にひっくり返ってしまった。
 椅子が傾いた拍子に床に投げ出されたゆらは、強く肘を打ち付けうずくまった。
「いっ……たぃ」
 じんじんと痺れを訴える肘は、赤く擦り剝けて、うっすらと血がにじんでいる。
 もう、シンジの顔を見る事はできない。どんな顔でゆらを見下ろしているのかと思うと、とても顔を上げる事ができなかった。

「ゆら。大丈夫?」
 手を差し伸べたのは、山口蓮斗。幼稚園からずっと一緒に大きくなった幼馴染だ。
 蓮斗はゆらの体制を整えてやると、シンジを睨んだ。
「お前、女に手出すとか最低だな」
「蓮斗、やめて」
 シンジはそんな人間じゃない。そんな風に言わないで。
 心の中で叫ぶ事しかできず、とうとう涙があふれてしまった。
 連斗のシンジへの言葉が、何より悲しかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

今日はパンティー日和♡

ピュア
ライト文芸
いろんなシュチュエーションのパンチラやパンモロが楽しめる短編集✨ おまけではパンティー評論家となった崇道鳴志(*聖女戦士ピュアレディーに登場するキャラ)による、今日のパンティーのコーナーもあるよ💕

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...