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2.5.閑話休題
閑話7 三人三脚の観光/大和撫子(見習い)、初めての王国と告白を
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「……はい、コレ。大切に使うのよ……特にユウマ君、君は食べ物全部食べてみようと挑戦しない」
「…………」
「不服そうな顔もしない!」
「…………ハイ」
レイラさんからお説教まがいな言葉と共に、お金の入った麻袋を受け取った。
……いや、まあ、はい。ちゃんと食べきったけど、以前ギルドの酒場で急遽のバイトをした際に貰ったお金を、この酒場の料理全種食べるのに使ったのは反省してます。あとどれも美味しかったです。
「……凄い量ですね。ここまで来るとスリを狙ったら犯人さん、お金が重すぎて逃げられないかもですね」
「すげぇ、転生使いじゃなくてもコレで殴ったら人を殺せそうな重さしてる」
「純粋で真っ直ぐだったユウマ君が、険しい戦いで血みどろな思考回路になってる……私はちょっと悲しいかも」
「そうでしょうか? 彼はとっても真っ直ぐですよ。以前のユウマさんを知りませんが、今は剣のように機能美を持った真っ直ぐさを持っていると思います」
「しかも、こんな若くて可愛らしい理解者まで作っちゃって……! ユウマ君、応援してるわね……! ううっ良い子は皆早く結婚するのね……」
……なんかこの前もこんな誤解はあったよな?
でも隣でアワアワしながら否定し、説明してくれるアザミが居るので俺は何も関与しない。以前も私に任せて先に帰れとか言われたし。
「とりあえずさ、全額じゃなくて小分けできない? 流石に全財産持ち歩くのは重いし危ないし……」
「? 確かに全財産といえば全財産だけど、それユウマ君の分だけよ?」
「はい?」
「ゑっ」
思わずアザミと顔を合わせる。
金銭感覚はあやふやだが、この中に山盛り入っているのは1000エント――一番高い通貨の集合体だ。それがこんなにあるのに……コレが俺の分? じゃあシャーリィやアザミの分は?
「まあ、小分けなら任せて。それにしても、やっぱり死と隣り合わせな分給料も凄いのね……」
「わ、私も初めて知りました……」
「俺も同じく。こんなお金、どっから出てて来るんですか? その、依頼云々だけじゃこんな額にはならないですよね?」
「ああー、そういやこの前ノールド村でそんな問題もあったわね……ああいや、ごめんなさい。質問に答えるけど、国から出てるわ。多分、昔よりも志望者の減った騎士兵の給料を集めてるんでしょうけど……うーん」
と、そこでなにやら問題でもありそうな表情を浮かべるレイラさん。確かにこの金額は問題だが、どうやらほかにも問題はある様子。
「気を悪くしないで欲しいんだけど、貴方達のやっている転生使いでの異世界問題解決? ってのは、依頼を抜きにしたら趣味でやってることじゃない。誰かから資本提供を受けている訳でもなく、ただ個人の集まりで勝手にやってて、それに国がお金を提供する……正直、グレーじゃない?」
「ちょっと職権乱用な気はしますね……シャーリィさんが居なければこうはならなかったのでしょうか?」
「そうだと思うわ。で、心配なのは、今は良いけど長期化して、またアザミさんみたいな仲間が増え続けたらの場合よね……いや、転生使いが国に集まるのは国にとって凄い戦力なんだろうけど、維持費を考えるとね……今後少しずつ国がやせ細るんじゃないかなって……」
「…………」
「……ああ! いや、別にユウマ君やシャーリィさんに反対している訳じゃないわ! むしろ応援してる方! でも不安が無いかと言われると……って感じで」
……凄い、俺が呑気していただけなのもあるだろうけど、レイラさんがこんな感じに国の将来を憂いているのは衝撃的だった。ギルドマスター曰く、元々は王国の人間じゃなかったのに――
……ああいや、違う。そんな身でギルドマスターに拾われたからこそこの国のことを考えているとかかな。
「……まあ、そんな暗い話は置いといて、小分けしておくわね~! アザミさん、だっけ? ユウマ君、デートはちゃんと成功させるのよ!」
「ん、んな――!? だ、だから違いますってば!」
「うける」
「ユウマさんも誤解を解くのに手伝って下さい!!」
この前戦力外通告したのに、滅茶苦茶である。
そうして、アザミの手伝いをしながら――まあ、結局レイラさんはニヤニヤと誤解したままであったが――小分けした小さなお金の麻袋を二人分受け取るのだった。
■□■□■
『ふぅ……それで、何処に行くんだ?』
「……また、誤解が解けなかったです……」
せっかくベルが仕切り直してそう切り出してくれたのに、アザミはすっかり過去に引っ張られている。
何処に行くか……別にお腹は減っていないし、かといって小腹も減ってないから食べ歩きも違うよな……うん、だったら。
「気分転換に景色の良いところでも行こうよ。まずはこのギルドの背後に競り立つ壁。これを上ります」
「まさか、素手でですか!?」
「いや違う、あっち。階段があるから。この王国、転生使い仕様の設計はしていないから」
「そ、そうですよね……あ、あはは……浮かれちゃってるのかな、私」
どうやらアザミは緊張しているらしい……が、それなら尚のこと気分転換の観光が良い選択だろう。彼女の気も晴れてくれるかもしれない。
「……ほら、そこの階段を登って行くんだ」
「結構細い階段ですね……でも煉瓦で足場がしっかりしてます」
「シャーリィから聞いたけど、こういう重要な部分の煉瓦を直す専門の仕事とかあるみたいだってさ」
「そうなんですね……フフッ、なんだかこういう変わった場所に乗り込むのって少しワクワクします」
「ただの階段だぞ? 変わった場所なんて、異世界に沢山あるだろうに」
でもアザミは何故か嬉しそうな顔をして、彼女専用ぐらいに細い階段を上りながら手すりに手をかけて、クルリとこちらを振り返る。
「ユウマさん! もっと私に色々教えて下さい!」
『私は口出ししないから、ユウマは彼女に集中してあげると良い』
「わかったよ。でも困ったら頼るからな……おーい、待ってくれ。俺って平時の体力は少なめなんだよ。体力不足ってやつ」
階段をご機嫌の登って行くアザミを追いかけて登り切ると、上でアザミがピタリと足を止めていた。
さっきまでの様子だとまだご機嫌そうにしていそうだったから、こんなところで足を止めているのは不思議なのだが――
「……ん? おお、ユーマか。元気か?」
「ギルドマスター、またサボりか? レイラさん、少し怒ってたぞ」
「やだー! だってシャーリィがおらんギルドなんて固っ苦しい仕事の場でしかないのだもの! 癒やしが無い!」
「……いや、元々仕事の場所では?」
こっちに戻って来てもいつも通りなギルドマスターに思わずそんなツッコミが出てしまうが、そんな一方でアザミはポカンとしている。
……ああ、そうだった。アザミ自身はギルドマスターとは初対面なんだっけ。因みにシャーリィ越しにどんな人なのかの説明は受けている。曰く、“金色毛むくじゃら”らしい。まるで参考にならねぇ。
「……貴女が、ギルドマスターさん?」
「おう、私がギルドマスター……むむっ?」
「……えっ、な、なにこの、何? なんか雰囲気が……雰囲気が変わったんだけど」
何か、彼女達同士の間で何かが共鳴し合っているような、そんな雰囲気。雷でも落ちたような衝撃的な出会いがあったかのような、そんな様子。
「……お主の和服――」
「……ギルドマスターさん、その和服――」
そう言いながら互いに一歩踏みだし、相手の着ている服――和服の袖とかを吟味するようにアザミとギルドマスターは撫でる。
「――素敵な代物ですね!」
「――良い代物じゃな!」
……と、不思議な共通点で盛り上がっていた。
まあ、確かにアザミと初めて出会った時の印象が、ギルドマスターの着ていた和服だからこういう共鳴はするのではとは思ったことはあるけれど……ここまで電撃が走るような出会いだとは思っていなかったぞ。
「お主、名はアザミだったな? 良い素材の和服じゃのう……しかも仕込み和服か! その肩の紐を解いて引けば上を脱げるってことか?」
「はい! ギルドマスターさんの和服もお淑やかさがあって良いですね! 金色の髪の毛が映えてます!」
「ふっふっふ、じゃろう? 影色は光を引き立てるのじゃよ……」
すっかりのじゃ口調になっているが、ご機嫌そうにギルドマスターはアザミと和服談義を繰り広げていた。
『すっかり相手を取られたな』
「もうこれで気分転換になったんじゃないのか?」
『コラコラ、雑に諦めるな。まだまだ彼女を連れ出してあげないと。アザミさんの気分転換は、お前の役割だろ?』
「……それを言われると、弱いなぁ」
ベルの言葉もあって、俺はアザミをギルドマスターから回収して、次の目的地にへと向かうのだった。
……さて、彼女の気分を良くする場所は……何処が良いかなぁ。
■□■□■
――あれから、北に向かって色々と寄り道をしながら散歩は続いた。
何かしらの楽器で音楽を奏でる人がよく居る噴水前や、果物などの新鮮な食品類が露店で並べられている通称、“フレッシュストリート”なんて場所を冷やかしたり――アザミは「ギルドのキッチンを借りて今日の夕飯にしましょうか」なんて言っていたが――色々な場所を巡った
そして、俺が想定していた最後の目的地に到着した。
「……? ユウマさん、川がこんな所にあるんですね……」
「運河らしい。北側は湿地で水に困らないとかで、こうした運河が多いんだとさ」
「そうなんですね……あっ、ボートが流れてきましたよ」
無邪気に目の前の出来事を口にしているアザミは、なんだか微笑ましく見える。
俺はそのボートに向けて手を挙げて声をかける。アザミは不思議そうな顔をしていたが、ボートはこちらにゆったりと流れてきた。
「……行き先と人数は?」
「二人。ネーデル城付近まででお願いします」
「一人500エントで、1000エントだ……確かに受け取った。では、足下に気をつけて」
簡素なやり取りを船頭として金銭を手渡す。
湿地帯が近いが故に馬車の少ない王国の北部では、この運河を泳ぐボートが馬車代わりなのだ。
速度は流石に劣るが、こうしてボートでゆったりと風景を眺めて雑談をする――なんてのも、乙かなぁと思ったが故の目的地だった。
「えっと、ユウマさん? これは……」
「大丈夫だよ、気をつければ落ちないから」
実戦してみせるように先にボートに乗る。
ボートと岸には板が立てかけてあるので、跳び乗る必要も無いし、船頭がオールでボートを支えているので岸から離れる心配も無い。
「ほら、こっちに」
「…………」
ボートの上から、岸でオドオドしているアザミに手を差し伸べる。するとアザミは少しだけ考えるように胸に両手を組むように当てて、
「……はい、その、お願いします」
「何をお願いされたんだ……?」
お願いされたことは謎だが、アザミは俺の手を少し恥ずかしそうな顔で握った。その華奢で白い手を引っ張ってボートに乗せる。
そのまま俺は席に座って、隣の空いている席を叩いてアザミに座るように促す。するとアザミは「お隣、失礼します……」とか呟いてお淑やかに座るのだった。
「では、進みます。急な揺れがある場合がありますので、身を乗り出さないように――」
船頭の定型文のような注意を聞きながら、ボートは進み始める。
ザァー、と水を裂く音と共に全身するボートに、少しずつアザミの顔が楽しそうなものに変わっていった。
「……! あっ、ユウマさん! あそこでさっきの人が演奏しています!」
「噴水前からここまで場所を変えたのか……ん、曲も変えてるのか」
「さっきのはネーデル王国で有名な曲ですが、あれはネーデル王国より北にある国々の曲ですね」
「ん、そういう曲とかわかるのか?」
「はい。通訳者は皆、絵本や曲からまず言語を解析するんですよ。良くある言い回しだとか定型文が多いですから……まあ、あの演奏は歌は無いものですが、ついでに覚えちゃいました」
えへへ、と笑みを浮かべながら楽しそうにしているアザミを見て、ホッとしたような、やるべき事を成し遂げたような達成感を胸に感じた。
彼女に道案内をしながらも、魔道の密会の件で精神的にすり減っていたであろうアザミが、こうして気分転換できている。その事実を実感できて俺は嬉しく感じた。
「……あっ」
「ん……?」
ふと、アザミがそんな声を漏らすものだから、俺も合わせて彼女の見上げた方向を見上げる。
そこには男女の二人組が橋の上で向かい合っていて――おお、口と口をくっつけたぞ。なにやってんだあの二人は。
「き、キス……あわわ」
「……へい、ベル。キスって何」
『なんか嫌だなその問われ方……えっと、まあ、愛情表現の一つだよ。男と女のさ』
……なる、ほど?
イマイチそういうのはピンと来ないが、そういうものなのだろう。実際隣でアザミはその光景を見て顔を赤くしているし、刺激的なのは違いないらしい。
あ、そういえば思い出した。そういう反応が出来るアザミなら知っているかもしれないな。ちょっと聞いてみるか……
「なあ、アザミ。一つ聞きたいことがあってさ。これはベルと相談してもわからなかったんだけど……“恋”って何なんだ?」
「こ、恋ですか……!?」
ドキッ、とした様子で僅かに席をのけぞって反応するアザミ。そんなに衝撃的な質問だったか……?
「こう……恋ってイマイチ曖昧な感じで、何を指して恋って呼ぶのかが分からなくてさ……」
「ああ、なるほど……定義の話ですね。それなら……ゴホン」
……お、アザミがアザミ先生モードに切り替わった。
彼女ならしっかりとした話を聞けそうなので、こちらも深く質問を開始してみる。
「前に聞いたのは“守りたいだとか、大切にしたいって感情”が恋だって聞いたけどさ……それって“人々を守りたい”って思想と何が違うんだ? 内容は同じなのに、どうして人を守りたい思想と恋は別物なんだ?」
「そう、ですね……うーん、例えるのが難しいですね」
ムムム、と唸りを上げるアザミ先生。彼女にもこの話は難題のようだ。
「……! はい、言語化できました! 答え言えそうです」
「おおっ! 待ってたよ、その心強い言葉を!」
しかしそこは我らがアザミ先生。彼女の頭の中で捏ねられた意見は言語という形を持たせることに成功したらしい。
「きっと、恋とは独占欲なんだと思います。大切な人を守りたい、平等に大切にしたい――そんな思想の中で、平等を捨ててまである一人を特別守りたい……そんな心の辻褄が合わなくなる現象を、恋と呼ぶのかと」
「心の、辻褄……?」
「はい。辻褄が合わなくなって、少し心が壊れて欠けるのだと思います。そうして欠けた部分を相手の欠けた部分と合わせて埋めようとする――それが“恋”で、それを相手のためを想って埋め合わせられる――それが“愛”なんじゃないかと」
「恋と、愛……むむむ」
……アザミ先生、ちょっと難しいです。
あと恋はいいとして、愛の定義まで話されると頭が少し追いつかない。
でも、そう言われると……もしかして俺は、うーん……?
「……じゃあさ、俺の抱いているこの気持ちは恋なのかな」
「こ、恋をしているのですか!? ユウマさん!?」
まるで衝撃的なことを聞いたみたいに、ガバッっと身を乗り出してくるアザミ。さっきから身を仰け反ったり乗り出したり忙しいな。
でもまあ、恋ならきっと俺はしている。その定義なら当てはまるのがある。
「ああ。手の届く限りの人々は救いたいよ。でもその思想の中でアザミ、シャーリィ、そしてベル……この三人は特に守りたいんだ。失いたくないと思っている」
「…………えっと、私と、シャーリィさんと、ベルさん、ですか?」
「ああ。これって三人に恋をしているって言うのかな」
……ポン、と乗り出した身を席に座らせる音。この人の動き、何かと効果音が付きやすいな。
「……あ、あはは。流石に貪欲過ぎますよ、ユウマさん」
『……ユウマ、それは三股だぞ』
俺の問いには苦笑いだったけど、そんな優しい彼女は、俺にとってやっぱり特別守りたいと思える存在の一人なのは間違いなかった。
あと、三股ってなんだ?
■□■□■
「……精が出ますね、シャーリィさん」
深夜――ユウマはとっくに自室で寝ている中――のギルドで、アザミは焙じた茶を湯飲みに入れて二人分持ってテーブルに座る。
その隣には、せっせとレポートを執筆しているシャーリィの姿があった。ギルドに提出したり、情報を整理するためのメンバーレポートだが、手書きなのが手間だとシャーリィは常々思う。
「ありがと、緑茶ってこういう飲み方もあるのね」
「はい。夜に作業する時にはお腹に優しいんです」
「……うん、香ばしくて美味しいわ」
「ありがとうございます……今日は何から何まで」
一口ほうじ茶に口をつけると、再びシャーリィは羊皮紙と向かい合う。これは彼女の仕事であり、日中は他にもやることが多いので今しか出来ない仕事なのだった。
「……ああ、そういえばどうだった?」
「? どう、とは? ズズ……」
「はぐらかさないでよ。ユウマとデート、したんでしょ?」
「ッ、ブッ……!? ケホッケホッ……!? で、デートじゃありません! 道案内です!」
「それにしては楽しそうだったけど? フフッ」
小悪魔めいた笑みを浮かべてシャーリィはアザミをからかい、ほうじ茶に口を付ける。アザミは顔を少し赤らめて反論する――のを止めて、コホンと一度咳払いをした。
……つまるところ、反撃の狼煙である。
「……そういえば、ユウマさんが好きな人を告白してました」
「ッ……ブブッー!? ゲッホッ!? あ、あぶな……!? 紙にかかるところだったわ……! ちょっと……待った、誰が? 誰が告白を?」
「はい、ユウマさんが」
「ッ、だ、誰に? 誰を好きだと?」
「…………」
「……ちょっとその無言は何よ!?」
「いえいえ、安心して下さい。愛されてますよ、シャーリィさん♪」
そうご機嫌に言いながら、アザミはほうじ茶を一気に飲み干して台所へと食器を片付けに立ち去る。
「ちょっと――待った!? それどういう意味よ! アザミさん貴女それどういう意味なの!? ねぇ!?」
そんなことを言い残して立ち去ろうとするアザミを、シャーリィは紙とペンを放り出して仕事を放置してまで、彼女から詳細を聞こうと追いかけ回し始めるのだった。
深夜の酒場のやっていないギルドは基本静かだ。
しかし、今夜のギルドの大広間は、楽しそうな声で賑やかなのだった――
「…………」
「不服そうな顔もしない!」
「…………ハイ」
レイラさんからお説教まがいな言葉と共に、お金の入った麻袋を受け取った。
……いや、まあ、はい。ちゃんと食べきったけど、以前ギルドの酒場で急遽のバイトをした際に貰ったお金を、この酒場の料理全種食べるのに使ったのは反省してます。あとどれも美味しかったです。
「……凄い量ですね。ここまで来るとスリを狙ったら犯人さん、お金が重すぎて逃げられないかもですね」
「すげぇ、転生使いじゃなくてもコレで殴ったら人を殺せそうな重さしてる」
「純粋で真っ直ぐだったユウマ君が、険しい戦いで血みどろな思考回路になってる……私はちょっと悲しいかも」
「そうでしょうか? 彼はとっても真っ直ぐですよ。以前のユウマさんを知りませんが、今は剣のように機能美を持った真っ直ぐさを持っていると思います」
「しかも、こんな若くて可愛らしい理解者まで作っちゃって……! ユウマ君、応援してるわね……! ううっ良い子は皆早く結婚するのね……」
……なんかこの前もこんな誤解はあったよな?
でも隣でアワアワしながら否定し、説明してくれるアザミが居るので俺は何も関与しない。以前も私に任せて先に帰れとか言われたし。
「とりあえずさ、全額じゃなくて小分けできない? 流石に全財産持ち歩くのは重いし危ないし……」
「? 確かに全財産といえば全財産だけど、それユウマ君の分だけよ?」
「はい?」
「ゑっ」
思わずアザミと顔を合わせる。
金銭感覚はあやふやだが、この中に山盛り入っているのは1000エント――一番高い通貨の集合体だ。それがこんなにあるのに……コレが俺の分? じゃあシャーリィやアザミの分は?
「まあ、小分けなら任せて。それにしても、やっぱり死と隣り合わせな分給料も凄いのね……」
「わ、私も初めて知りました……」
「俺も同じく。こんなお金、どっから出てて来るんですか? その、依頼云々だけじゃこんな額にはならないですよね?」
「ああー、そういやこの前ノールド村でそんな問題もあったわね……ああいや、ごめんなさい。質問に答えるけど、国から出てるわ。多分、昔よりも志望者の減った騎士兵の給料を集めてるんでしょうけど……うーん」
と、そこでなにやら問題でもありそうな表情を浮かべるレイラさん。確かにこの金額は問題だが、どうやらほかにも問題はある様子。
「気を悪くしないで欲しいんだけど、貴方達のやっている転生使いでの異世界問題解決? ってのは、依頼を抜きにしたら趣味でやってることじゃない。誰かから資本提供を受けている訳でもなく、ただ個人の集まりで勝手にやってて、それに国がお金を提供する……正直、グレーじゃない?」
「ちょっと職権乱用な気はしますね……シャーリィさんが居なければこうはならなかったのでしょうか?」
「そうだと思うわ。で、心配なのは、今は良いけど長期化して、またアザミさんみたいな仲間が増え続けたらの場合よね……いや、転生使いが国に集まるのは国にとって凄い戦力なんだろうけど、維持費を考えるとね……今後少しずつ国がやせ細るんじゃないかなって……」
「…………」
「……ああ! いや、別にユウマ君やシャーリィさんに反対している訳じゃないわ! むしろ応援してる方! でも不安が無いかと言われると……って感じで」
……凄い、俺が呑気していただけなのもあるだろうけど、レイラさんがこんな感じに国の将来を憂いているのは衝撃的だった。ギルドマスター曰く、元々は王国の人間じゃなかったのに――
……ああいや、違う。そんな身でギルドマスターに拾われたからこそこの国のことを考えているとかかな。
「……まあ、そんな暗い話は置いといて、小分けしておくわね~! アザミさん、だっけ? ユウマ君、デートはちゃんと成功させるのよ!」
「ん、んな――!? だ、だから違いますってば!」
「うける」
「ユウマさんも誤解を解くのに手伝って下さい!!」
この前戦力外通告したのに、滅茶苦茶である。
そうして、アザミの手伝いをしながら――まあ、結局レイラさんはニヤニヤと誤解したままであったが――小分けした小さなお金の麻袋を二人分受け取るのだった。
■□■□■
『ふぅ……それで、何処に行くんだ?』
「……また、誤解が解けなかったです……」
せっかくベルが仕切り直してそう切り出してくれたのに、アザミはすっかり過去に引っ張られている。
何処に行くか……別にお腹は減っていないし、かといって小腹も減ってないから食べ歩きも違うよな……うん、だったら。
「気分転換に景色の良いところでも行こうよ。まずはこのギルドの背後に競り立つ壁。これを上ります」
「まさか、素手でですか!?」
「いや違う、あっち。階段があるから。この王国、転生使い仕様の設計はしていないから」
「そ、そうですよね……あ、あはは……浮かれちゃってるのかな、私」
どうやらアザミは緊張しているらしい……が、それなら尚のこと気分転換の観光が良い選択だろう。彼女の気も晴れてくれるかもしれない。
「……ほら、そこの階段を登って行くんだ」
「結構細い階段ですね……でも煉瓦で足場がしっかりしてます」
「シャーリィから聞いたけど、こういう重要な部分の煉瓦を直す専門の仕事とかあるみたいだってさ」
「そうなんですね……フフッ、なんだかこういう変わった場所に乗り込むのって少しワクワクします」
「ただの階段だぞ? 変わった場所なんて、異世界に沢山あるだろうに」
でもアザミは何故か嬉しそうな顔をして、彼女専用ぐらいに細い階段を上りながら手すりに手をかけて、クルリとこちらを振り返る。
「ユウマさん! もっと私に色々教えて下さい!」
『私は口出ししないから、ユウマは彼女に集中してあげると良い』
「わかったよ。でも困ったら頼るからな……おーい、待ってくれ。俺って平時の体力は少なめなんだよ。体力不足ってやつ」
階段をご機嫌の登って行くアザミを追いかけて登り切ると、上でアザミがピタリと足を止めていた。
さっきまでの様子だとまだご機嫌そうにしていそうだったから、こんなところで足を止めているのは不思議なのだが――
「……ん? おお、ユーマか。元気か?」
「ギルドマスター、またサボりか? レイラさん、少し怒ってたぞ」
「やだー! だってシャーリィがおらんギルドなんて固っ苦しい仕事の場でしかないのだもの! 癒やしが無い!」
「……いや、元々仕事の場所では?」
こっちに戻って来てもいつも通りなギルドマスターに思わずそんなツッコミが出てしまうが、そんな一方でアザミはポカンとしている。
……ああ、そうだった。アザミ自身はギルドマスターとは初対面なんだっけ。因みにシャーリィ越しにどんな人なのかの説明は受けている。曰く、“金色毛むくじゃら”らしい。まるで参考にならねぇ。
「……貴女が、ギルドマスターさん?」
「おう、私がギルドマスター……むむっ?」
「……えっ、な、なにこの、何? なんか雰囲気が……雰囲気が変わったんだけど」
何か、彼女達同士の間で何かが共鳴し合っているような、そんな雰囲気。雷でも落ちたような衝撃的な出会いがあったかのような、そんな様子。
「……お主の和服――」
「……ギルドマスターさん、その和服――」
そう言いながら互いに一歩踏みだし、相手の着ている服――和服の袖とかを吟味するようにアザミとギルドマスターは撫でる。
「――素敵な代物ですね!」
「――良い代物じゃな!」
……と、不思議な共通点で盛り上がっていた。
まあ、確かにアザミと初めて出会った時の印象が、ギルドマスターの着ていた和服だからこういう共鳴はするのではとは思ったことはあるけれど……ここまで電撃が走るような出会いだとは思っていなかったぞ。
「お主、名はアザミだったな? 良い素材の和服じゃのう……しかも仕込み和服か! その肩の紐を解いて引けば上を脱げるってことか?」
「はい! ギルドマスターさんの和服もお淑やかさがあって良いですね! 金色の髪の毛が映えてます!」
「ふっふっふ、じゃろう? 影色は光を引き立てるのじゃよ……」
すっかりのじゃ口調になっているが、ご機嫌そうにギルドマスターはアザミと和服談義を繰り広げていた。
『すっかり相手を取られたな』
「もうこれで気分転換になったんじゃないのか?」
『コラコラ、雑に諦めるな。まだまだ彼女を連れ出してあげないと。アザミさんの気分転換は、お前の役割だろ?』
「……それを言われると、弱いなぁ」
ベルの言葉もあって、俺はアザミをギルドマスターから回収して、次の目的地にへと向かうのだった。
……さて、彼女の気分を良くする場所は……何処が良いかなぁ。
■□■□■
――あれから、北に向かって色々と寄り道をしながら散歩は続いた。
何かしらの楽器で音楽を奏でる人がよく居る噴水前や、果物などの新鮮な食品類が露店で並べられている通称、“フレッシュストリート”なんて場所を冷やかしたり――アザミは「ギルドのキッチンを借りて今日の夕飯にしましょうか」なんて言っていたが――色々な場所を巡った
そして、俺が想定していた最後の目的地に到着した。
「……? ユウマさん、川がこんな所にあるんですね……」
「運河らしい。北側は湿地で水に困らないとかで、こうした運河が多いんだとさ」
「そうなんですね……あっ、ボートが流れてきましたよ」
無邪気に目の前の出来事を口にしているアザミは、なんだか微笑ましく見える。
俺はそのボートに向けて手を挙げて声をかける。アザミは不思議そうな顔をしていたが、ボートはこちらにゆったりと流れてきた。
「……行き先と人数は?」
「二人。ネーデル城付近まででお願いします」
「一人500エントで、1000エントだ……確かに受け取った。では、足下に気をつけて」
簡素なやり取りを船頭として金銭を手渡す。
湿地帯が近いが故に馬車の少ない王国の北部では、この運河を泳ぐボートが馬車代わりなのだ。
速度は流石に劣るが、こうしてボートでゆったりと風景を眺めて雑談をする――なんてのも、乙かなぁと思ったが故の目的地だった。
「えっと、ユウマさん? これは……」
「大丈夫だよ、気をつければ落ちないから」
実戦してみせるように先にボートに乗る。
ボートと岸には板が立てかけてあるので、跳び乗る必要も無いし、船頭がオールでボートを支えているので岸から離れる心配も無い。
「ほら、こっちに」
「…………」
ボートの上から、岸でオドオドしているアザミに手を差し伸べる。するとアザミは少しだけ考えるように胸に両手を組むように当てて、
「……はい、その、お願いします」
「何をお願いされたんだ……?」
お願いされたことは謎だが、アザミは俺の手を少し恥ずかしそうな顔で握った。その華奢で白い手を引っ張ってボートに乗せる。
そのまま俺は席に座って、隣の空いている席を叩いてアザミに座るように促す。するとアザミは「お隣、失礼します……」とか呟いてお淑やかに座るのだった。
「では、進みます。急な揺れがある場合がありますので、身を乗り出さないように――」
船頭の定型文のような注意を聞きながら、ボートは進み始める。
ザァー、と水を裂く音と共に全身するボートに、少しずつアザミの顔が楽しそうなものに変わっていった。
「……! あっ、ユウマさん! あそこでさっきの人が演奏しています!」
「噴水前からここまで場所を変えたのか……ん、曲も変えてるのか」
「さっきのはネーデル王国で有名な曲ですが、あれはネーデル王国より北にある国々の曲ですね」
「ん、そういう曲とかわかるのか?」
「はい。通訳者は皆、絵本や曲からまず言語を解析するんですよ。良くある言い回しだとか定型文が多いですから……まあ、あの演奏は歌は無いものですが、ついでに覚えちゃいました」
えへへ、と笑みを浮かべながら楽しそうにしているアザミを見て、ホッとしたような、やるべき事を成し遂げたような達成感を胸に感じた。
彼女に道案内をしながらも、魔道の密会の件で精神的にすり減っていたであろうアザミが、こうして気分転換できている。その事実を実感できて俺は嬉しく感じた。
「……あっ」
「ん……?」
ふと、アザミがそんな声を漏らすものだから、俺も合わせて彼女の見上げた方向を見上げる。
そこには男女の二人組が橋の上で向かい合っていて――おお、口と口をくっつけたぞ。なにやってんだあの二人は。
「き、キス……あわわ」
「……へい、ベル。キスって何」
『なんか嫌だなその問われ方……えっと、まあ、愛情表現の一つだよ。男と女のさ』
……なる、ほど?
イマイチそういうのはピンと来ないが、そういうものなのだろう。実際隣でアザミはその光景を見て顔を赤くしているし、刺激的なのは違いないらしい。
あ、そういえば思い出した。そういう反応が出来るアザミなら知っているかもしれないな。ちょっと聞いてみるか……
「なあ、アザミ。一つ聞きたいことがあってさ。これはベルと相談してもわからなかったんだけど……“恋”って何なんだ?」
「こ、恋ですか……!?」
ドキッ、とした様子で僅かに席をのけぞって反応するアザミ。そんなに衝撃的な質問だったか……?
「こう……恋ってイマイチ曖昧な感じで、何を指して恋って呼ぶのかが分からなくてさ……」
「ああ、なるほど……定義の話ですね。それなら……ゴホン」
……お、アザミがアザミ先生モードに切り替わった。
彼女ならしっかりとした話を聞けそうなので、こちらも深く質問を開始してみる。
「前に聞いたのは“守りたいだとか、大切にしたいって感情”が恋だって聞いたけどさ……それって“人々を守りたい”って思想と何が違うんだ? 内容は同じなのに、どうして人を守りたい思想と恋は別物なんだ?」
「そう、ですね……うーん、例えるのが難しいですね」
ムムム、と唸りを上げるアザミ先生。彼女にもこの話は難題のようだ。
「……! はい、言語化できました! 答え言えそうです」
「おおっ! 待ってたよ、その心強い言葉を!」
しかしそこは我らがアザミ先生。彼女の頭の中で捏ねられた意見は言語という形を持たせることに成功したらしい。
「きっと、恋とは独占欲なんだと思います。大切な人を守りたい、平等に大切にしたい――そんな思想の中で、平等を捨ててまである一人を特別守りたい……そんな心の辻褄が合わなくなる現象を、恋と呼ぶのかと」
「心の、辻褄……?」
「はい。辻褄が合わなくなって、少し心が壊れて欠けるのだと思います。そうして欠けた部分を相手の欠けた部分と合わせて埋めようとする――それが“恋”で、それを相手のためを想って埋め合わせられる――それが“愛”なんじゃないかと」
「恋と、愛……むむむ」
……アザミ先生、ちょっと難しいです。
あと恋はいいとして、愛の定義まで話されると頭が少し追いつかない。
でも、そう言われると……もしかして俺は、うーん……?
「……じゃあさ、俺の抱いているこの気持ちは恋なのかな」
「こ、恋をしているのですか!? ユウマさん!?」
まるで衝撃的なことを聞いたみたいに、ガバッっと身を乗り出してくるアザミ。さっきから身を仰け反ったり乗り出したり忙しいな。
でもまあ、恋ならきっと俺はしている。その定義なら当てはまるのがある。
「ああ。手の届く限りの人々は救いたいよ。でもその思想の中でアザミ、シャーリィ、そしてベル……この三人は特に守りたいんだ。失いたくないと思っている」
「…………えっと、私と、シャーリィさんと、ベルさん、ですか?」
「ああ。これって三人に恋をしているって言うのかな」
……ポン、と乗り出した身を席に座らせる音。この人の動き、何かと効果音が付きやすいな。
「……あ、あはは。流石に貪欲過ぎますよ、ユウマさん」
『……ユウマ、それは三股だぞ』
俺の問いには苦笑いだったけど、そんな優しい彼女は、俺にとってやっぱり特別守りたいと思える存在の一人なのは間違いなかった。
あと、三股ってなんだ?
■□■□■
「……精が出ますね、シャーリィさん」
深夜――ユウマはとっくに自室で寝ている中――のギルドで、アザミは焙じた茶を湯飲みに入れて二人分持ってテーブルに座る。
その隣には、せっせとレポートを執筆しているシャーリィの姿があった。ギルドに提出したり、情報を整理するためのメンバーレポートだが、手書きなのが手間だとシャーリィは常々思う。
「ありがと、緑茶ってこういう飲み方もあるのね」
「はい。夜に作業する時にはお腹に優しいんです」
「……うん、香ばしくて美味しいわ」
「ありがとうございます……今日は何から何まで」
一口ほうじ茶に口をつけると、再びシャーリィは羊皮紙と向かい合う。これは彼女の仕事であり、日中は他にもやることが多いので今しか出来ない仕事なのだった。
「……ああ、そういえばどうだった?」
「? どう、とは? ズズ……」
「はぐらかさないでよ。ユウマとデート、したんでしょ?」
「ッ、ブッ……!? ケホッケホッ……!? で、デートじゃありません! 道案内です!」
「それにしては楽しそうだったけど? フフッ」
小悪魔めいた笑みを浮かべてシャーリィはアザミをからかい、ほうじ茶に口を付ける。アザミは顔を少し赤らめて反論する――のを止めて、コホンと一度咳払いをした。
……つまるところ、反撃の狼煙である。
「……そういえば、ユウマさんが好きな人を告白してました」
「ッ……ブブッー!? ゲッホッ!? あ、あぶな……!? 紙にかかるところだったわ……! ちょっと……待った、誰が? 誰が告白を?」
「はい、ユウマさんが」
「ッ、だ、誰に? 誰を好きだと?」
「…………」
「……ちょっとその無言は何よ!?」
「いえいえ、安心して下さい。愛されてますよ、シャーリィさん♪」
そうご機嫌に言いながら、アザミはほうじ茶を一気に飲み干して台所へと食器を片付けに立ち去る。
「ちょっと――待った!? それどういう意味よ! アザミさん貴女それどういう意味なの!? ねぇ!?」
そんなことを言い残して立ち去ろうとするアザミを、シャーリィは紙とペンを放り出して仕事を放置してまで、彼女から詳細を聞こうと追いかけ回し始めるのだった。
深夜の酒場のやっていないギルドは基本静かだ。
しかし、今夜のギルドの大広間は、楽しそうな声で賑やかなのだった――
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