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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳

Remember-49 交差する疑惑/山奥の魔女の焚刑

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――燃えている。握りつぶした瓶から浴びた炎を、アザミさんは全身で受け止めて炎に包まれていた。
 赤い火は顔や胴体、足先まで包み込み、辺りを淡く照らしている。その光景を見て抱いた思いは、神秘的なモノを偶然垣間見られたような、そんな感情だった。

『なんだ……あれは』
「あれが……転生……?」
『!? 転生だって? いやでも、ユウマやシャーリィの転生とは全く違うぞ……!?』
「……でも聞こえたんだ。転生って、小さくあの人は口にしていた……なら、あれはただの自殺なんかじゃなくて――」

 火柱が揺れ動く。風で揺れたわけではなく、炎の中でアザミさんは動いていた。
 炎の中で彼女は腕を肩にかけ、まるで身に纏った炎を振り払うように――

「――ッ!」

 力強く、体を包む炎を一振りで払う。体の所々に火を灯すその姿は、初めて見るタイプの“転生”だった。
 服装もいつの間にか――炎に包まれている間に何かしたのだろうか――変わっていて、上半身が袖の無い薄着になっていた。
 どうやら和服自体に何かしらの仕込みがされていて、容易に上半身の服を脱衣することができるようになっているらしい。動きやすそうなあの軽装は、戦う為の服装なのだろうか。

「……お覚悟を」

 腰の帯に差していた一本の杖と切っ先の折れた短刀を手にし、アザミさんは真っ向から怪物と向き合う。

「――█████████!」

 最初に駆けたのは怪物の方だった。出し惜しみの無い加速でアザミさんへ最短距離で跳びつくように襲いかかり――

「ッ……!」

 その速度を、真っ向から受け止めた。
 跳びかかる勢いと怪物の体重を、彼女はあろうことか片腕の刀だけで受け止めた。

 大きく開けられた怪物の口には、横一文字に短刀を当てられている。そして、その空いている怪物の口に片手に握っている杖を向けて――

「 I demand it……Set装填、――Flame Spear!」
「█████████――!?」

 アザミさんが呪文のような単語を唱えた瞬間、杖の先端から赤い閃光が射出された。
 ……まるでレーザー光線だ。怪物の口に発射された一線の閃光は体内を貫通し、尻尾の肉塊を蒸発させながら体を通り抜け、夜空の向こう側へと飛んでいった。

「……凄い」
『魔法だけじゃない。あの怪物を受け止めたあの力も凄まじいな……』

 たったの一撃で致命傷を受けた怪物は、地面にボトリと音を立てて落ちる。ここからでも感じられる焼け焦げる臭いと蒸発する白い煙がその破壊力を伝えてくる。
 ……間違いない。アザミさんは紛れもなく転生使いだ。そして、俺やシャーリィとは全く異なる魔法、転生の手段を持っている――

『……! まだ生きているのか!?』
「! ……いや、逃げたけどあの傷は長くないと思う」

 九死に一生を得ようと、怪物はもがき足掻く様に立ち上がり、体を引きずりながらも必死に逃げ出した。
 怪物は普通の生物よりもしぶといが、あの傷は流石に怪物だろうと致命傷だろう。仮に放っておいても息絶えるだろう――と、

「――――」

 アザミさんは無言で杖と短刀を仕舞うと、足下から何かを蹴り上げて左手で落ちてくる“それ”を受け止めた。

 身長ぐらいの長さのあるそれは、巨大な“弓”だった。
 反ギルド団体と交戦した時に見たような弓や弓銃とはまるで大きさが違う。切っ先に槍先でも取り付けてしまえばそのまま槍として使えてしまえそうな長さと無骨さだ。

 そして、何処から取り出した――いや、造りだしたのか。彼女の右手には赤色をした大きな炎が握られている。ついさっき、彼女が全身に浴びたのと全く同じ炎だ。
 マフラーのようにユラユラと長く揺れている“ソレ”を握りながら――怪物から一度も視線を外さずに――彼女は、小さく白い息を吐き出した。

「――Check止め

 それは呪文だったのか。明確な形を持たなかった炎のマフラーがピン、と一本のになった。こちらも弓に負けず長い矢だ。
 アザミさんは迷うことなくその矢を弓につがえて、それを頭上に掲げる。そのまま逃げる怪物目掛けて弓を引き降ろして――バシュン、と静かな音を鳴らした。

「グギャ――」

 数秒遅れて、破裂するような大きな音が鳴り響く。逃げて生き延びようとした怪物は、哀れにも放たれた矢を受けてはじけ飛ぶように絶命していた。

『……凄い。あんな弓は初めて見る』
「魔法もそうだけど、なんて威力だ……」

 俺もベルもその光景を見て唖然とするしかない。暫く矢を放った姿勢のまま立ち尽くしていたアザミさんは、やがて腕を降ろして小さく一息をついている……と、

「…………そこに居るのは……ユウマさん?」

 逃げ出す怪物を容赦なく射貫き殺す場面を見てしまったからだろうか、不意に名前を呼ばれて思わず悪寒を感じてしまった。
 しかし、その声に敵意とか懐疑とかは感じられない。純粋に、そこに見つけたから声をかけたような、そんな感じ。それが分かったから素直に草むらから出て合流することにした。

「……あ、ああ。騒ぎを聞いて駆けつけたんだけど……もう終わってたみたい、ですね……ハハ」
「はい、私の方は問題なく終わりました。ユウマさんも無事で何よりです……シャーリィさんは?」
「シャーリィは……まだ会ってませんが、追い込み役は走り回って疲れるので、休憩でもしているんじゃないかと。放って置いてもそのうち戻って来ると思いますよ。彼女、結構タフですし」

 経験者だから言えるが、こういう作戦での追い込み役は滅茶苦茶疲れるのだ。心配していない訳ではないのだが、きっと後でひょっこりと戻ってくるだろう。そういうシャーリィの逞しいところは信頼しているのだ――っていうかちょっと待て……!?

「――いや、アザミさん!? 火! 火が足とか腕とかに燃え移ってるんですけど!? 熱くないんですか!?」

 平然とした顔で体の至る所を燃やしているから俺の方が慌ててしまった。
 コレがただの火ではないことは分かっていても、傍から見れば体に火が燃え移っているようにしか見えない。見た目が心臓に悪いのだ。

「ああ、ご安心を……ほっ、ほっ……これで消えましたか? これが以前話した刃物以外での転生です。初めて見るとびっくりしますよね……」

 アザミさんはそれがたいしたことではないかのように、体に灯していた火をパパッと手で払い除けてしまう。実際、それだけで体で燃えていた火は容易く消えたのだった。

「……ん、いや、まだ帽子に火が残ってます。払うからじっとしててください」
「へ……? 帽子……ッ!」

 アザミさんの被っている魔女帽子に手を伸ばそうとして――咄嗟に数歩、距離を置かれた。
 まるで帽子に触れることを拒んでいるような反応で、予想していなかった反応にちょっとビックリしてしまう。

「……あっ、す、すみません! えっと、この火は私自身が消さないと消えないので……」

 そんな俺の顔を見て、アザミさんは謝罪の言葉と共に慌てて理由を話しつつ、手で帽子の火を払って消していた。

「そうだったのか……いえ、こちらこそ余計なお節介でした」
「いいえ! お節介だなんてそんな! えっと……」
「…………」

 何故だろうか、どこか気まずい空気が流れている。この雰囲気を直感的に言葉にするならば、お互いあと一歩踏み込めない、そんな感じ。
 俺が踏み込めないのは、彼女を疑う立場にいるからだろう。彼女が何かを隠しているような気がするから、それを見極めるために一歩距離を置いているから。
 ……ならば、アザミさんは何故あと一歩踏み込めずにいるのだろうか――

「……ハァ。ああ、良かった。全員そこに居たのね」

 気まずい静寂を破るように、草むらをガサガサと掻き分けてシャーリィが姿を現した。少し離れた場所から予想通り、のそのそと疲れた足取りで歩いてくる。

「……? 何かあったの?」
「いや、アザミさんが怪物を一人で倒しちゃって俺の出番がなかったってだけ」
「そう。一応この山全体を走り回ったけど、猛獣らしいのは逃げたのか何処にも居なかったわ……ああいや、喰われた痕跡では存在は確認できたけど。どうやら流転した怪物に喰われたり追い払われたみたい。言っちゃ悪いけど、この山はほとんど死んでるわね。生態系が怪物に食い荒らされてスカスカよ」
「そうでしたか……シャーリィさん、大変な役割をしてくださってありがとうございました」

 そんな会話を交えながらシャーリィが合流すると、アザミさんは深々と礼をして感謝の言葉を口にした。

「こちらこそ。私は追い回しただけで実質仕事をしたのは貴女だもの」
「いえいえそんな、私一人だけでは逃げられてばかりでしたが、これでこの森も当分は安全になるかと思います」
「そうね……そんなことより早く引き上げましょ? 安全だからってこんな夜中の森で立ち話するのはどうかと思うわ」

 シャーリィがごもっともな意見を述べる。
 気がつけば森の空気も更に肌寒くなっていた。確かにこんな夜に立ち話をしているのはどうかと思う。

 彼女の言う通り、さっさと撤収した方が良いのだろう。シャーリィの様子をよく見れば、動き回っていた分汗をかいていて、このままだと体を冷やしかねない。

「それではもう解散して、他の件については明日話しましょう。あ、何でしたら私の家に泊まるのも……」
「……いいえ、有難いけど遠慮しておくわ。馬車の見張り役を残していてね、何も言わずに戻らないでいると心配されるから」
「そうでしたか……わかりました。それではせめて村まで案内させてください! なんと言ったって私は大和撫子見習いですから!」
「……その大和撫子? の見習いと道案内が関係あるのかしら……」

 アザミさんは手を合わせてそう提案すると、こちらの返答を聞くや否や先陣を切って歩き出した。
 そんなやりとりを傍観していると、シャーリィが手招きをしてくる。二人横に並んでアザミさんの後を歩きながら、身を寄せ合う。

「……ユウマ、後で色々聞かせて」
「ああ……こっちも何が何だかって感じなんだけども」

 小声でアザミさんに聞こえないように会話を済ませる。
 ……取り敢えず、ここは素直に道案内をして頂いて、本題については後々馬車の中とかで話し合うことにしよう。



 ■□■□■



 アザミさんに村まで道案内をして頂いて――馬車の近くまで案内してくれた――その後、シャーリィの馬車に集合することになった。
 彼女の馬車に乗り込むのは初めてだが、小物が綺麗に陳列されていて――……それとは別に、“整頓を二の次にして雑に放り込んだんだろうなぁ”と様子が窺える紙とか小道具の山が端っこに積み上がっていた。

「……で、どうだった?」

 シャーリィはタオルで汗を拭いながら雑に結果を尋ねてくる。左右の髪を束ねているリボンも解いていて、すっかり休む気満々な格好で彼女はベッドに腰掛けていた。

「どう、かぁ……ベル、何から話そう?」
『そうだな……まず伝えておくとすれば、彼女は転生使いだった。シャーリィやユウマとは異なる方法で転生していた……らしい』
「うん、間違いなくアレは転生だった。なんて言えば良いんだろう……こう、シャーリィが使う魔法の呪文みたいに“転生”って唱えるように口にしていたのが聞こえたんだ」
『そういうことらしい……つまり、アザミさんが転生使いであり、私達とは異なる転生方法を利用しているという彼女の言葉に嘘はなかったってことになる』

 俺とベルのそれぞれの言葉を聞いて、シャーリィは僅かに顔を下げて息を吐き出した。
 ……溜め息みたいな息をつきたくなる気持ちも分からなくはない。確かに彼女に対する疑いは晴れた。シャーリィが一番危惧して疑っていた転生使いかどうかは、今回の件で明らかになった。
 だが、同時にこれは彼女が“こちらが推測できない何かを隠している”という事でもある。……もっとも、そもそも始めから隠していることなど彼女には無いのかもしれないが。

(……でも、あの時)

 あの時、アザミさんの帽子に燃え移っていた転生の火を消そうと伸ばした手に視線を落とす。彼女が何も隠してないならそれでいい。それが一番ってやつだ。
 ……だけど、あの反応が心に引っかかっていて忘れられそうにない。あの“何か理由があって距離を取った”ような、あの反応が。

「? どうしたのよユウマ、指でも怪我した?」
「……いや、なんでもないよ。なあシャーリィ、ちょっと外の空気を吸いに行っても良いかな? その間ベルと今後の計画とかを立ててくれ」

 俺の様子を不思議そうに見てくるシャーリィにそう告げて、ベルが映し出されたガラスをシャーリィに手渡す。ガラスの中でベルもきょとんと不思議そうに俺を見ていた。

『私は別に構わないが……』
「……そうね、確かにユウマの言う通り、今後――いや、明日どうするか考える必要があるわね。そっちについては任せて」
「うん、任せた」
「はいはい、任されたわ」

 雑なやり取りだが、そんな会話を交えてお互い微笑み合った。ネーデル王国での一件で奔走して打ち解け合えた仲故に、とでも言うべきか。お互いに確かな信頼があるのは間違いないだろう。
 シャーリィの馬車を出て戸を閉める。外の空気は冷えていて、肺いっぱいに吸い込めば体が内部から冷えてしまいそうだ。

「……よし、あった」

 自分の馬車に戻り、その中からランタンを取り出してまた外に出る。ランタンに火を点けると、周囲がぼんやりと照らされて夜でも周りが良く見えるようになった。

「さて……行ってみるか」

 あの時伸ばした手を、握っては広げるのを繰り返す。
 ……変な話だが、あの時の疑問は、明日のような改まった場では解き明かせない予感が俺の中にはあったのだった。

 それはあまりにも粗雑な理由だろう。だけど、俺にはシャーリィやベルみたいに知略とか計画を練ることができない。俺にできることは、その時感じた感覚や直感を信じて、無計画に行動を起こすことだけ。

 だから俺は、ランタンを片手に村の山奥に向けて足を進めた――
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