∅ 《空集合》の錬形術士 ~カラの異世界と転生使い~

月夜空くずは

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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳

Remember-46 慌ただしい第一印象/小さなアトリエの大和撫子(見習い) ⭐︎

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 あれからシャーリィ嬢の怒り(?)も収まり、山の中を二人して無言で歩いていた。
 なんだか反ギルド団体への奇襲を仕掛けたあの日みたいで、ちょっとだけ既視感とか懐かしさみたいなものを感じていたりするが、木陰の隙間から差し込む日の光があの時とは違うことを心地よさで感じさせてくれた。

「……確かに、遠目から見れば道みたいなのは見えるわね。獣道みたいなものだけど、靴で歩いて自然と踏み固められたような感じはある……あとこの木の根っこのこれ、何」
「なんか掘り返されたような跡が……つまづいたのかな。それも今まで何度も同じ場所で」
「…………」

 おう、なんか言ってくれやシャーリィさんや。山奥の魔女とやらが――人間離れした力を持つ転生使いが、こんなビミョーな位置にある木の根っこに足を取られるわけ無い……と思っているんだぞこっちは。
 これはどうやら、足腰の弱い老人説が濃厚になってきた。他の木の根にも似たような跡があるのが痛々しい。どれほど転んだのやら。

『木の根に何度か足を取られた跡があるということは……お年寄りかもしれないな。少なくとも、足腰が弱っている程度の歳かもしれない』
「それ今思った。馬車で腰を痛めるほどの年齢じゃなければ、通訳者として仲間に引き込みたいんだけどな……」
「いや、そもそも仲間に引き込むかの決定権は私が持っているつもりなんですけど……待って、ユウマ。誰か……奧から来る」
「! まさか……魔女!?」
「シッ、その呼び方は控えなさい。山奥の魔女、なんて村では呼ばれてたけど、それが軽蔑のあだ名の可能性だってあるんだから」

 た、確かに……その可能性は全く考えていなかった。緊急事態が起こっているのにシャーリィは冷静だ。片手で俺に“待て”と指示しながら、シャーリィ自身は上品に取り繕って歩き出した。
 ……成る程、山奥の魔女――転生使いに用がある訪問者として振る舞うつもりなのか。やましいことなど一つも無いと言わんばかりに、奧からこちらに向かってくる何者かに正面から対面しようとして――

「……あれ、シャーリィさん?」
「ッ……あ、貴方は……えっと、郵送業の?」

 奧から現れたのは――背中に大きなリュックサックを背負った老人。向こうはシャーリィのことを知っているらしく、シャーリィがお上品な仮面を外して素の調子で尋ね返していた。
 シャーリィの言葉から状況を汲み取ると、どうやらこの人は郵送の仕事をしている人らしい。

「そうそう、覚えて下さってうれしいですよ。先程あなた様の手紙を送り主に届けてきたので――」
「……なんですって?」

 と、ギョッとした顔でそんな反応をするシャーリィ。“ではでは、次の仕事があるので~”、なんて言いながら山を下って去って行く郵送業の老人はお気楽なものだが、取り残されたシャーリィと俺に関しては空気がシン……と冷えていた。
 ……嫌な空気の冷え方だ。一体何をやらかしてしまったのか、とても自分から聞く勇気は無かった。

「……ねえユウマ、ベル。私ね、事前に会いに行くってことを手紙で相手に伝えていたの」
「うん。今まで文通でやりとりしていたんだもんな。直接会いに行くことも伝えるよな」
『……オチは見えているけど、続けて』
「うん、俺も察したけど、どうぞ」

 シャーリィの遠い目での語り始めは本題を語る前の前座なのだろう。その後に言おうとしていることをベル共々察してしまったが、シャーリィの言いたいように任せることにする。でもこれはシャーリィは全く悪くないよなぁ、なんて思ってたり。

「手紙に書いて、それを信頼して何度も利用している郵便業者に任せてたの」
「うん」
「……それ、届いたのたった今だったみたい」
「……………」

 ……そうらしいですね、はい。

『……まあ、なんだ。想定外の事故だったな』
「ッ――事前に会いに行く事を伝えておいて下準備は完璧だった筈なのに! どうしてこうなるのよ!? ッ、やっぱり私は慣れないことをすると失敗する星の下に生まれてるのかしら……ッ!?」

 シャーリィはうがーッ、とまるで魂からの叫び声のように色々と言いながら、その場で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
 ……あーあ、おばあちゃんが服が汚れる心配をしていたのに、しゃがみ込んだせいでスカートのフリルに土が付いてしまっている。

「何その悲しい星の下……でもこうなった以上は仕方ないだろ。突然の訪問になっちゃうけど、了承貰えば良いじゃんか」
『ああ、そうだな。その結果、相手の都合が悪くて今日は会えなかったとしても、こっちは馬車で数日は余裕で寝泊まり出来る。日を改めて訪問すれば良い』
「…………た、確かに」
「流石に無理だろうな~、って前提で訪問してみて、運良く向こうの都合が大丈夫なら対話して、駄目って言われたら仕切り直して……って感じで行こう」

 失敗に頭を抱えているシャーリィ――珍しく取り乱していた――が俺とベルの提案を聞いて成る程……と素直に頷いていた。
 普段から行き当たりばったりな行動ばかりしているのか、俺はこういう突発のトラブルにはやや強いのだろう。その代わりシャーリィやベルみたいな計画性はほとんど無いけれど。

「ッ……よし、ありがと。ちょっと冷静になれた。今日対面できるかは分からないけど、いざ会いに行くわよ、山奥の魔女に!」
「シャーリィがいつものシャーリィらしくなった! ああ、行くぞ!」

 我らが総大将シャーリィが立ち直って意気込んだんだ。俺も同調するように声を上げて意気込むのだった。

『……元気だなぁ、二人とも』

 と、若干やけっぱちな元気を見せる俺たちを見ていたベルは凄まじく冷静だったのだが。



 ■□■□■



「……あれかしらね。結構大きめの建物に見えるけど」
「ああ、ただの民家にしては大きいな……これが噂の魔女の家ってやつか」
『ユウマ、シャーリィがさっき言っていたことだが、その魔女って呼び方が相手にとって良くない場合もある。本人に聞かれそうな場所で口にしないように気をつけておくんだぞ』
「そうだった……でも、アザミさん、だっけ? 今まで名前とかを隠して暮らしていたんだろ? そんな人に初対面でいきなり相手の名前を馴れ馴れしく呼ぶのもどうなんだ?」
『それは……すまん、臨機応変に上手いこと対応してくれ』

 ……ベルに今までの付き合いの中で一番すげぇ雑な対応を求められた。

 そんなことはさておき、山道もあれからしばらく進むと、いい加減に人工物――劣化して読めない看板とか、親切にも道案内のような矢印とか――が目に入ってくるようになり、遂に家と思わしき建造物が遠く見えるようになってきた。

 ログハウス……のような感じだが、後から無理矢理増設したみたいなツギハギな感じがある。丸太の壁になっている部分もあれば、石の壁の部分もある。そのせいで怪しさが滲み出ていて魔女の家って感じがしているのだった。

 ……もしも魔女云々をあらかじめ聞いていなかったとしても、建物に指をさして「あ、なんか魔女が住む家っぽい~」とか呑気なことを口にする自分の姿が想像出来てしまう。

「……! 玄関を見て。あそこが郵便受けだと思うんだけど……何も差し込まれていない」
『! もしかしたら相手はもう手紙を受け取っている……?』
「良かった、これで手紙で連絡も無く訪問するなんて事態にはならずに済んだな」
「でも結局、急な訪問なのは変わらないのよねぇ~ッ、ああもう、あのおじいさんに非はまったく無いけど今は憎く思えてるわ……!」
「どうどう、落ち着いて。相手視点で考えるとさ、急な訪問者が謎の理由でキレてたら怖いって」

 シャーリィをなだめながら――少し声を潜めて、家の玄関の前にまで到達する。
 ……いざ訪問するとなると凄く緊張するな……こんな状況、何時ぞやの夜にもあったけど、あの時シャーリィの部屋を訪ねる時とは別種の緊張感がある。

「……いくわよ」
「やったれやったれ……!」
『応援してるぞ……!』
「……応援だけで交渉が有利になれば助かるんだけどねぇ」

 ハァ、と溜め息を吐くと、シャーリィは表情を整えて玄関の戸と向き合った。少し震えている手を握って、コンコンコン、としっかり聞こえる程度の音で三度ノックした。

「――は~い! どちら様ですかー?」

 戸の向こうから声が返ってくる。分厚い木材で造られた戸越しだから声がこもっているが、確かに返事が返ってきた。口調は明るそうな感じだ。

「……突然ごめんなさい。私はシャーリィ・フォン・ネーデルラントです。こちらの不手際で急な訪問になってしまって……」
「――へっ!? シャ、シャシャシャ、シャーリィ・フォン・ネーデルラントさん!? えっと手紙のこの――あわっ!? うわあわわわ――!?」

 ドッガラガッシャーン! ……なんて、もしも文字に書き起こしたら愉快そうな破壊の音がする。
 それと、目も当てられないようなドジでもやらかしていそうな悲鳴が。色々ひっくり返って、割れ物が割れる音まで俺たちの耳に届いた。

「ちょ――大丈夫ですか!? あのー!?」
『シャーリィ! 強引だが入ろう! 怪我を伴う惨事になってるかもしれない!』
「え、ええ! ユウマも気をつけて付いてきて!」
「お、おう!」

 心配そうに戸をノックするシャーリィにベルが冷静な指示を出す。予想しなかった事態に動揺しながらも、シャーリィは引き戸を開けて――



「い、痛たたぁ……う、ううぅ……」

 戸を開けた目の前で、一人の女性が紙と道具に埋もれてぶっ倒れていた。
 パラパラと未だに紙が宙を舞っていたり、ガラスの筒みたいなものが床を転がっていたり、木製の何かしらの道具が落ちていたり――つまるところ、滅茶苦茶荒れていた。

「ちょっと――大丈夫ですか!?」
「う、うう……は、はい。私は大丈夫です……道具は駄目になっちゃいましたが……」

 俺とは違ってシャーリィはすぐに動いて、倒れていた女性を介抱し始める。
 ……なんだろう、頭に被っている――室内なのに――とんがり帽子は初めて見るが、彼女の服装は何か既視感があるような……?

「この和服……貴女、東洋の国の出身?」
「えっ、ええっと……」
「ああいえ、ごめんなさい。気になったことには口を挟んじゃうのが私の悪い癖でね、聞かなかったことにして。私の知り合いが同じような服を着ていたから」

 ……ああ、そうか! 既視感の正体はギルドマスターの和服だ!
 ギルドマスターの着ていた和服とはどこか作りが違うが、その女性は暗色の和服を身に纏っていた。真っ黒ではないが、全体的に影に紛れそうな色合いだ。

「和服に……魔女みたいな帽子……まさか、この人が……?」
「あっ、コラっ。魔女って言わない約束だったでしょ!」
「あ、あはは……そうなんです。変なところを見せちゃいましたが、私がその“山奥の魔女”って呼ばれている人です。ああでも、私のことはアザミって呼んで下さい。名前で呼んで頂けた方が、私としては嬉しいので……えへへ」

 魔女っぽいとんがり帽子を被り直しながら、魔女――アザミさんは笑顔を浮かべてそう自己紹介をしてくれた。
 山奥の魔女……転生使いの事とか、そういった話に関してうっかり尋ねそうになるが、その前に一度冷静になる。
 それよりもこうして挨拶されたのだから、俺たちにはまずやるべきことがある。

「初めまして、アザミさん。俺の名前はユウマだ。よろしく」
「私の名前はシャーリィ……まあ、手紙で色々話していたしどんな人かは分かるでしょ? こうして会うのは初めてだけど」

 二人揃って自己紹介を簡単に行う。しかし、ベルの存在に関してはまだ隠しておくという打ち合わせをシャーリィとしている。
 シャーリィが信頼しているみたいだし、存在を明かして良いかもしれないが……念には念を、という訳でシャーリィの許可が出るまで隠すことにしている。

「は、はい! お二人とも初めまして! あと、えっと……改めまして、こんにちはシャーリィさん! えっと……ネーデル王国の王女なのにこんな所に来て大丈夫なのかなーとか、こんなにお若い方だったのですねーとか、色々言いたいことが沢山ありすぎて何を言えば良いのか……」
「私もよ。まさか貴女がこんなに若い女性だったなんて……お互い驚くことも話したいことも沢山あるわね」
「シャーリィさんこそ、私よりもずっとお若いじゃないですか! なのに凄い落ち着いてて……なんだか年上の人とお話しているみたいです」

 既に交流があるシャーリィとアザミさんは、お互い褒め合うような会話で親睦を深めつつあった。今まで会えずに手紙だけで話をしていた相手と実際に会えて、シャーリィも嬉しそうな表情で話している。
 ……すっかり俺は蚊帳の外に追い出された気分だけど、二人が楽しそうなら良いんだ……うん、良いんだ。

『すっかり会話の輪から弾き出されたな』
「でもまあ、険悪だとか相手の動きを様子見し合うような関係よりは、今後の話が円滑に進みそうだ」

 そうだ。何か小さなトラブルがあったが、本題はこれからなのだ。
 どうか頼むぞシャーリィ、例の件が円滑に了承されるかはお前に掛かっているんだからな……
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