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1.王女と異世界と転生使い
Remember-32 暗躍する破壊工作/vs魔術使い
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『……それで、今からどうするんだ?』
少し考えを巡らせていると、ベルがそう問いかけてくる。
現状をざっと読み取ると、前方にはわんさかと集まった敵が農具とか武器とか構えて睨んでいるのが確認できる。横は同じく敵が回り込んでいて――あー、ようは四面楚歌で完全包囲。この人数をものともしない突破力でも無い限り逃げ出すことは叶わなそうだ。
「どうするか。どうするか……そうだな」
……うーむ、本当にどうしたものか。武器を持った敵は囲んで一度に襲いかかって来るようなことがなければなんとかなる。
きっとこの現状で一番厄介なのは、弓兵のような注意の外から一方的に攻撃してくる敵だと俺には思える。だが、見る限り敵の弓兵は誰も高所を陣取っていたりはしていない。見張り台の上のような、こちらの攻撃がどうしても届かないような高所から一方的に狙撃されるようなことはなさそうだ。それなら――
「……そりゃまあ、逃げるでしょ」
『へ? 逃げるって何処に』
俺の返答に困惑したのか、ベルの声が若干裏返る。そりゃあ、やる気十分な発言をした直後に逃げる宣言だから困惑するのも無理はないか。
“お前に逃げ場は何処にもないぞ”と云っている敵に一瞬だけ目を向けて、深呼吸を済ませる。
「そりゃ、高くて手の届かないところにさ――ッ!」
「な、なんだ!?」
伏せた姿勢から膝をバネのように力強く伸ばし、後方へ大きく跳躍する。二階どころか三階建ての屋根の上に乗れそうな高さまで跳躍して食料庫の屋根の上に着地――とは言いがたいが、狙い通りの場所に跳び落ちた。
「ぐぅ……ち、着地がイマイチ上手くいかない……というか見てない方向に飛ぶのは怖すぎる」
「ッ、食料庫だ! 弓兵は狙撃しろ! 他の奴らは梯子をあるだけ持ってこい!」
「……こんなに追いかけ回されちゃ、流石に逃げ続けるのは無理だよなぁ」
着地の衝撃から立ち直った頃には既に食料庫は囲まれており、さっきより事態が悪くなっている気がする。多分、屋根の上を逃げ回っても遠くないうちに追い詰められてしまう予感がして、俺は右手に握っていた斧を鞘に収め、徒手空拳となった右手に空気を集めて圧縮する。
「……ああ、ダメだ。どうも気になる……なあ、ベル。少し良いか」
『どうしたユウマ、何か問題でもあったのか?』
「いや、そういう話じゃなくて。ただ……この反ギルド団体の人って本当に全員悪い人なのかなってさ」
斧を握った方の手で頭を掻きながらベルに尋ねる。
……我ながら、よくもまあこんな非常時にそんな呑気なことが聞けたものである。だけど、これを聞かないとどうしても判断が鈍るというか……自分の甘さが自分自身の足を引っ張ってしまいそうだったというか。
『こんな非常時によくもそんな!? ……まあ、こういうユウマの変なところは今に始まった話じゃないか。良いよ、何が気になってるのさ』
「……今言ったとおりの話だよ。反ギルド団体ってさ、要は悪いことをしている集まりなんだよな? 組織そのものが悪って感じで」
『まあ、そんなところ。仮に何も知らずに反ギルド団体で働いていた人間がいたとしても、“反ギルド団体”という組織に属しているなら大雑把に言って悪だろうさ』
「……でも、少なからず居るよなぁ、属しているだけで本当は何も悪いことをしていない人」
ガタン、と食料庫の屋根に梯子が立てかけられる。二本、三本と次々に立てかけられて今にも屋根の上へ敵が一気に乗り込んできそうだ。だというのに一体自分は何をボヤボヤしているのか、危機感とかが湧いてこない。
『つまり、本当は悪人じゃない人を倒す……いや、誤魔化すのはよそうか。そんな人たちを殺すことにユウマは抵抗感を持っているんだな』
「いや、抵抗感とは違うと思うんだけど……」
……いや、そうなのか? 国王直々の“作戦”という大義名分がある限り、俺は人を殺すことが出来ると思う。
自分を押し殺すような無理をして嫌々やっている訳でもないけれど……きっと、決意が中途半端なままだと後味の良くないモノが残るような気がして――
『……ユウマのおバカ。そもそも今は悪人かどうかなんて無駄な気遣いだろうに。悪人でも善人でも、ユウマを襲い殺そうとしているなら、そんな奴らを払い除けるのは当然のことじゃないのか? というか、そもそも殺そうとしてくるなら、そいつらみんな悪人だよ悪人』
「……まあ、そうなんだけど」
『分かってるじゃないか。つまりそういうことだよ。殺しにかかってくる相手を気遣って逆に殺されるのは大馬鹿だぞ大馬鹿。シャーリィも言っていただろ』
励ますような明るいそんな言葉。もしも彼女がポケットの中ではなく俺の隣に立っていたならば、クレオさんのように背中を景気づけにバシバシと叩いてくれたかもしれない。
……何故だろうか。きっとベルが励ますように言ってくれたことは、きっと当たり前の話である筈だ。だけど、そんな特別でもない言葉が俺にとっては何よりも頼りになる言葉のように感じられた。
「……ありがとベル、変なこと悩んでた。ちゃんと頭を切り換えて、この場を凌いでくる」
『はいはい、ご相談なら何時でもどうぞ。私は何時でもユウマの味方だよ』
お陰で決意が固まって、足を引っ張っていた迷いが手を離してくれた。
この場所で立ち止まっていられる限界は近い。間もなくして屋根の上に敵が登ってくるだろう。邪魔な前髪を掻き上げて――その際、髪の毛の一部が斧に引っかかってちょっと痛かった。
「――――ふぅ」
……ベルのお陰で気合い入った。深呼吸を終えると俺は助走を付けて屋根から大きく、今度は敵が大勢集まっている場所に目掛けて、屋根を蹴って宙に跳び出す。今度は放物線を描いて高く跳ぶのではなく、横へ真っ直ぐ跳び出した。
「ぐ――――ッ!」
真っ向からぶつかる空気の壁に歯を食いしばって耐え、跳躍の勢いのみで押し退ける。だが、それでも宙を跳んでいる体は徐々に失速し、地面へ落ちる。
……当然だ。足が地から離れている以上、たとえ転生していようがこれ以上の加速は出来ない。空気抵抗に押し返され続けている体はどう足掻いても敵軍のど真ん中へ落下する……いや、そもそも落下の衝撃でこの体は潰れてしまうだろう。
――その直前、右手に集めていた空気の塊を地面に向けて放出し、着地地点に待ち構えている敵を纏めて風圧で押し退ける。それと同時に空気の放射で落下の勢いを弱めた。
「こ……コイツ、まさか魔法使い――がハッ!?」
着地の衝撃を膝で受け止め、近くにいた敵の腹部に斧で突きを入れて気絶させる。その隙に背後から迫ろうとする敵に対し、周囲に四散した空気をもう一度操り吹き荒れさせることで牽制する。
敵は俺が転生使いだと分かると警戒し始めたのか、誰もが距離を置いて俺の様子を伺っていた。
……ああ、助かった。流石に数の暴力には勝てないのでこの状況は凄く助かった。シャーリィが来るまで凌ぐとは言えども、その間に数の暴力でボコボコにされているのは格好がつかない。
「……って、安心している場合じゃないな。弓兵を早くどうにかしないと」
幸いにも弓兵の数は四人と全体の数と比べて極端に少ない。今の自分にとって驚異なのは不意打ちの遠距離攻撃だけなので、優先して倒してしまえば後は問題なく対処していく……のは流石に無理か。
転生しているとはいえ俺自身のそこまで腕っ節は良くない。転生していても騎士兵みたいな重装備の大男が三人ぐらい同時に襲ってきたらお手上げするしかないのである。
「――っ! ッ、は――……!」
斧を腕力のみで振い、暴風を暴力的に振う。あらゆる方向から襲いかかってくる敵を持ちうる技能の中で最も適切な対処で迎撃しながら、跳んでくる矢を回避して弓兵の位置を確認する。
弓兵の不意打ちを避けるためには、何よりも立ち回りを意識し続ける必要がある。だから今の俺は目の前の敵よりも周囲を注意深く見ている。
「――ハァ、ハァ……ッ、ふ――!」
……さっきから思うがままに体が動く。転生した体は本人ですら恐怖を感じる速度で地面を蹴ることができるし、体が羽毛のように軽いのではと錯覚してしまう程に高く跳躍出来る。
今なら動体視力も回避する運動神経も問題ない。キチンと視界に入れて距離を詰めれば対処出来る。この調子ならきっと、本当の敵は自身の体力だろう。知らず知らずに上がっていた息を整えながら、そう冷静に自身を分析する。
「ッ、うおおおおおおおお――らぁあああああッ!」
横から飛んでくる弓兵の攻撃を避けながら距離を理解し、斧を握りしめた腕を全身を使って雄叫びと共に振り下ろし、全力で投擲した。投擲された斧は空気が爆ぜるような破裂音を置き去りにして、遠くの着弾点で木片を撒き散らした。
手にしていた武器を木っ端微塵に破壊され、すっかり腰が抜けた弓兵を見た敵が動揺している隙に、魔法を行使して蹴散らしながら他の弓兵へ距離を詰める。
放心している敵を魔法で押し飛ばすのは実に容易だ。間髪入れずに叩き退けて進む。
「この、クソったれ――!」
不意に、横からそんな雄叫びと共に盾と剣を構えて男が突撃してきた。意地でも俺を止めにかかる捨て身の行動。それを避けようとして――すぐ隣、避けようとした方向に建物があることに気がつく。
「……!」
退路が無くて回避することが出来ず、俺は棍棒のように振り下ろされた剣を斧で受け止める。斬撃と言うよりは殴打のような一撃を両手を使って受け止めてしまったため、一瞬だけ腕の感覚が麻痺してしまった。
「ッ、マズ――」
斧を使った近接攻撃はもちろん、魔法も行使する為には腕を使って制御しているので腕が麻痺して動かせないこの状況は攻撃手段を失ったに等しい。その隙を逃すことなく、敵は盾で俺を殴りつけようとして――
「く――どっちがクソったれだ、この――ッ!」
売り文句に買い文句。落ち着く暇がない乱戦の中でどうやら俺は正気じゃなくなったらしい。俺は男の盾を真っ向から蹴り返して背中から建物の壁をぶち破ることにした。
木片共々、後方に転がりながら体勢を整え、立ち直ると同時にもう一本の斧を即座に投げ込む。
「ぐぉ――!?」
投擲した斧は男の盾に防がれるが、その衝撃で大きくよろめき尻餅をついた。その隙を逃さずに俺はぶち破った穴から建物を飛び出して、盾に突き刺さった斧を握りながら、男を直接蹴り飛ばした。
……敵を遠くに蹴り飛ばしたことによって一瞬できた静寂の中。手元に残った盾に突き刺さった斧を、盾から引っこ抜いて仕切り直す。
「はぁ……はぁ……ッ、はぁ……」
乾ききった喉を空気が出たり入ったりを繰り返す。口の中に溜まった唾液を無理矢理飲み下しつつ呼吸を懸命に続けた。
……いやぁ、中々苦しい。まだ戦えるがここまで苦しいと苦しさの余りに口元が自然と吊り上がって面白くもないのに乾いた笑いが漏れそうになる。
「……さあ、どう来る……いや、俺がどう切り出せば良いか」
弓兵はあと三人。武器は斧一本、体力は休憩を挟めば十分足りる。敵は多いが俺に攻撃を与える手段を持ち合わせていない。
……この状況ならもしかすると俺だけでも制圧出来るかもしれない。慢心とか思い上がりをするつもりは全くないが、ここまで戦力が圧倒的だとそんな気も自然と湧いてくるのだ。
(……これが“転生使い”か)
――常人には持ち得ない力を持つ転生使いの存在は、希少でありながら誰もが求めている。
ギルドマスターが以前話してくれた言葉だが、その意味も薄々理解できるようになってきた。ここまで圧倒的な戦力を持ち合わせている存在を求めない理由がない。それが武力行使の戦力だったり牽制のための抑止力など、理由はどのようなものであっても。
「……怖いな、本当に。何もかもが」
『……? ユウマ?』
「いや、なんでもない」
小さく息を整えながらベルに一言。緊迫な場面で余計な思考が浮かぶのはきっと俺の悪い癖だ。思考を纏めて隅っこに追いやり、斧を握り直す。
俺を囲んでいる敵たちは叶わないと悟ったのかジワリジワリと距離を少しずつ広げていた。戦うのではなく、あくまで凌ぐための戦い方は少しずつ俺にとって有利な状況に運んでいたが、しかし。
「――遅れてすまんな。だが、よくやった家族達。もう引いて大丈夫だ」
……そう感じる根拠も理由もないのだが、何処からか不吉な予感のする穏やかな声が聞こえてきた。
それは何者かの声というよりは、ひょんなところで聞いたことのある気がする声だった。飾り気も危機感も感じられないのらりくらりとした声は、木片や鉄片を踏みつける足音と共に近づいてくる。
「……薄々は分かってたんだ。オレたちが本格的に動くより前に、ギルドは俺たちを制圧しに動くだろうってさ」
「…………!」
建物の影から姿を現した声主を見て思わず虚を突かれた。思考が凍り付いていた時に見たからなのか、今でもその姿や顔つき、声色をハッキリと覚えている。
老いは感じられないがきっと俺より年上で、ボサボサとした髪と大雑把に剃り落としたのだと分かる無精髭を生やした顔。
「だけどなぁ、こうも早い段階で基地を特定されて……それに、若い男がたった一人で来るとは思わなかったな」
放浪者のような布きれの外套で身を包み、鞘に収めたままの剣先を杖のように地面に突き立てながら、男は俺を見て軽い言葉を口にする。表情からしてその言葉は皮肉とかでは無く、思ったことをそのまま口にしたように感じられた。
態度は依然と異なるが、俺が武器庫に忍び込む時にぶつかったあの男で間違いない。
「君の名前は確か……ユウマで合っているね?」
「……そういうアンタの名前は知らない」
「あ、確かに。すまんな、オレってば作法とかに疎い育ちなんで」
男の軽い口調に耳を傾けながらも周囲を横目で見る。こうやって会話している隙に、周囲の反ギルド団体の人間が不意打ちをしてくるのではないかと思ったが、意外なことに誰も手を出そうとはしていない。隙を伺っているというよりは行く末を見守っているような――
「オレの名前はベルホルト。単刀直入に言うとすれば反ギルド団体の団長で、君の敵だよ」
「そうらしい。親玉を仕留めるんじゃなくて組織の鎮圧が目的だけど」
「そうかいそうかい。あ、さっきは新人だって勘違いして悪かったな。気を悪くしないでくれよ」
……さっきから掴み所が無くて相手がどう出るのか読めないでいる。武器を手にしているのだから戦意があるのは違いないのだが、このまま呑気に立ち話でも始まってしまいそうな雰囲気……いや、ひょっとしてもう始まってらっしゃる?
こちらから行動を起こせずにいると、男――ベルホルトは何気なく外套の中から何かを探り出す。出てきたのは……一冊の本? のようなものだった。
表紙はよく見えなかったが、この場でその本を取り出してどうするのだろうか。何をするのか想像がつかない。
「ベル、男が何か本を取り出したんだが……一体何をするんだ?」
『本を? 本なんて読む他に用途なんて思いつかないけど……』
「……まあ、気をつけておくか」
本の頁を捲るベルホルトから目を話さず、小声でベルに問いかけるが、あの本が一体何なのかはベルにも分からないらしい。
念のために俺は手にした斧を収めて、何時でも動くことが出来るように構える。あの本で何か出来るとは思っていないが、反ギルド団体にはコーヒーハウスで聞いたような妙な噂が多い。警戒して損は無いと思う。
「ここの団長として侵入者は排除しないといけない訳だが……その前にちょいと聞いても良いかい?」
「……何を聞くんだ?」
より気を引き締めてベルホルトの言葉に耳を傾ける。何をしてくるか分からない以上、考え無しに相手に行動を譲るのは良くない選択なのだが……今は相手の様子を伺いたかった。
「侵入者に厳しい一方で、入り口がだだっ広いのがウチの方針なんでな。殺し合った仲が今では仲間だなんてことは此処じゃよくある話だ。そこの惨事から見るにお前さん、魔法使いだろ? 折角出会えたこの機会、手放すのはオレからすれば中々惜しい」
「……勧誘してる?」
「話が早いのは良いことだ。が、返事をする前に色々と言い訳させておくれ。先入観のせいでこのままじゃ何言っても“こんなクソッタレの集まりなんか誰が入るか”なーんて言われちまうに違いない」
ベルホルトはニッコリと笑みを浮かべて肯定しながら気楽にそう語る。
鞘に収めたままの剣は相変わらず地面に突き立てられており、今はまだ敵意がないことを示しているような気がする。相変わらず手にした本が気になるが、今は彼の話の続きを無言で待った。
「ギルドにオレらについて何を聞かされているかは知らないが、こちらにだって大義名分があるんだ。ギルドと反ギルドが互いにやっていることは、自身の薄汚れた部分を隠し合いと、相手の弱みの暴き合いってところだ」
「薄汚れた部分……?」
「“目的を達成する為にはどうしようもない犠牲だから、見て見ぬふりをしている”って部分のことだよ。で、お互い相手の“それ”が気にくわないから反発し合っている。……仕方ないだろ? どんなに綺麗事を掲げていても必ず何かしらで反感を買っちまうんだ」
ベルホルトは皮肉のようにギルドと反ギルドについて語る。
この男の言うギルドの“薄汚れた部分”とは一体何なのか気になる――いや、もしかすると反ギルド団体の“薄汚れた部分”とやらも、実際聞いてみる価値はあるかもしれない。
……その辺は確かに気になるのだが、それを尋ねるよりも先に一言キチンと言っておこう。
「先に断っておく。何を言おうとも俺は反ギルド団体に入ることはないと思う」
「“思う”、なのか? 自分の意思で決めたのに曖昧な答えだな」
「そもそも俺はさ――ギルドが絶対正しい! 反ギルド団体に情状酌量とか必要ねーぶっ殺ッ! ……みたいな考えで戦っている訳じゃない」
『ぶっ殺って……』
「ギルドも反ギルドも関係なし……何だ、フリーランスの魔法使いなのか? いや、今の時代じゃそんな奴いる筈が――」
「え、何そのフリーランスって名前。なんか心に響いた」
『頼むユウマ、自分の考えを主張するんだったら最後まで言い切ってくれ……』
ベルから小声で指摘され、俺は咳払いをして仕切り直す。確かに今のは興味への気移りが酷かった。反省反省。でもフリーランスって単語はかっこいいので記憶しておくことにする。
「……コホン、善悪とか損得とか、そんなよく分からない理由で俺はこんなことをしている訳じゃない。ここは俺の知らない世界で、自分のことを知らない人ばかりで……きっと同じ境遇の仲間がいなかったら心をすり減らしてたかも。それぐらい心細かった」
『ユウマ……』
そもそも別にこうして語る義理は無く、断った理由を問われても適当に切り捨てて構わないのだが、それでも何らかの形で、誰でも良いから自分の決意と意思を宣言してやりたかった。そんな理由で俺は続きを語る。
「……でも、そんな俺をどういう訳か助けてくれた人がいた。後ろめたさを笑い飛ばして、迷ったら背中を景気よく押し飛ばしてくれて……そんなお人好しが実は一人で色々背負い込んで困ってた。だとしたら、そんな人の手助けをしたくなるのは普通の事じゃないのか」
本当に普通なのかと問われると少しだけ自信がないけれど、今は胸を張って自分の思想は正しいと断言するつもりで言い切る。そうでもしないとこうして立ち向かっていることに自信が持てなくなりそうだった。
「言い切るねぇ、そういう考えは好きだな。ところでその助けてくれた人っていうのは……ああいや、分かった! 女だな! 少なくとも男とくっついていない奴!」
「……マジか。なんで分かるん……?」
「そりゃ、男がそんなに熱意たっぷりに語る相手なんて女に決まってるだろ? ひょっとしてそいつが好きだったりするんじゃないのか?」
ベルホルトは実に楽しそうな笑顔を浮かべて話す。熱意……確かに、シャーリィはそれぐらい大切な存在だ。背負い込んだ責任感から逃げることなく、立ち向かうために心を強く鍛え上げ続けた少女。
その周りに笑顔を与え続けるその姿。他人のために自分が損をする嘘をつけるそのお人好しな性格に、俺は強く心を惹かれたのだろう。
「……ま、それじゃあ勧誘しても無理か。男ってのは家とか女を持った途端に腰が重くなりやがる……あ、別に嫌味が言いたい訳じゃないんだ。悪い悪い、聞き流してくれ。それにさ――」
片手をひらひらと揺らして悪意がないことを表現しながら、ベルホルトは口を大きく開けて暢気なあくびをした。そしてそのまま、不意にニヤリと笑みを浮かべて続きを口にする。
「そう言ってもらえて助かるよ。そうやってハッキリ言って貰えた方が、遠慮無く殺して良い敵だって分かりやすくてさ――」
「――!」
――全身を通り抜ける悪寒。その気味の悪い感覚が“本物”だと悟って、俺はベルホルトに背中を向けて全力で跳び退いた。嫌な予感を全身の肌で感じ取った、本能の動き。
背を向けてでも跳躍して宙に跳び出す一方、背後から紙を引き裂く音――恐らく、ベルホルトの手元からだろう――が聞こえたその刹那。
「――ッ!? ぐ――ッ……!?」
――衝撃が、全身をくまなく駆け巡った。
■□■□■
……視界が点滅している。肺の空気は全て絞り出され、やっと一呼吸が出来たその時、ようやく自分が空中から叩き落とされたのだと理解した。
一瞬、気絶でもしてしまったのだろうか? 叩き落とされたのではなく、既に叩き落とされた“後”の状態なのが理解できない。
木製の足場にめり込んだ体を動かしながら思考を落ち着かせる。妙に静か……いや、それどころか風の音すら止んでいる。どうにか木製の足場――どうやら何かの屋根のようだ――から身を起こして、自身の異常に気がつく。
どうやら音が止んでいるのではなく、音が聞こえていないのだと肌を撫でる風から読み取り、理解した。
(……鼓膜が破けた訳じゃないのか)
両手の小指を耳の穴に入れてみるが血は付いていない。そもそも完全に聞こえていない訳ではないらしく、うっすらと甲高い音が耳の中で伸びるように鳴っているので放っておけば回復しそうだ。
(問題は……耳がしばらく使えそうにないこと……それと)
口元の泥や木片を拭いながら、さっきの場所から一歩も動いていないベルホルトを睨む。
たった今、俺を撃墜した得体の知れない攻撃。一体何が起きたのか、何をされたのかが全く分からなかったということが何よりも問題だった。
(……? アイツの持ってる本、なんか変だぞ……?)
焼け付いた閃光がようやく抜け落ちた目でベルホルトの手元にある本を凝視する。
タイトルも飾り気もない質素な古本はベルホルトの手の上で大きく開かれており、一枚だけページが抜け落ちて――いや、違う。抜け落ちているのではなく引き千切られてる……!
(やっぱりあの本、何かある……間違いない。アイツはあの本を使って何か攻撃を仕掛けてきた……!)
「……あー、あーあー。良かった、ちょっとは聞こえるようになったな……」
耳を揉みほぐすように弄り回しながら鼓膜が破けていなかったことに安堵する。無音の中で戦うよりはずっと良い。
『……ウマ! ユウマ! 聞こえているのか! ユウマってば!』
「っ……あ、ああ。ちょっと聞き取りにくいけど、なんとか聞こえてる」
ポケットの中から懸命に呼びかけてくる彼女の声を聞いて落ち着けるように声をかける。彼女の方は今ので耳がやられたりはしていないらしい。
「―――――――――――――――弓兵、構え! 指示を出した瞬間、確実に当てられるように狙えよ!」
「! それぐらい――ッ、!?」
二人の弓兵がベルホルトの近くに集まって弓を構えるのを見て、俺はポケットから取り出した刃物でもう一度“転生”し、一旦この場から距離を取ろうと――するが上手く立ち上がれず、膝をついてしまう。
「なんでッ、立てないんだ……!?」
ここは木製の屋根なのだから足場がぬかるんだ訳ではない。問題があるとすれば、真っ直ぐに立とうとしてもユラユラと平衡感覚が狂っている俺自身で……まさか、さっきくらった攻撃で感覚が狂ったのだろうか……!?
「ぐ――ッ、くそっ……! 転生してても体が上手く動かない……!」
『無理に動くな! 体を伏せて治るのを待たないと――』
「そんな悠長なことしている場合じゃない! 一息ついたころには死んでるっての!」
右に傾く体を無理に起こせば、今度は前に倒れそうになる。今の俺は弓手からすれば誤差程度に動く的のようなものだろう。このままでは間違いなく狙い射られる。
たとえ“転生”していようとも、殺されれば死ぬのは変わらない。いくら超人的な力の持ち主でも一、二本ぐらい矢とか剣が胸に刺されば死ぬ。それだけは転生しようとも覆すことができない――
「どうする魔法使い。白旗か? それとも、サヨナラか?」
俺の方ではなく、弓兵二人の方を見ながらベルホルトは呑気な口調で尋ねる。
あの男がそういう性格なだけではなく、この状況で俺に勝ち目はないと確信しているから故の余裕だろう。そうでもないと流石に敵から目を逸らすような真似はしない。
逃げ出せないのなら迎え撃つしかない――が、ここは建物の屋根の上。水も礫も落ちていない。木片は余りにも軽すぎて殺傷力は持たない上に狙い通り飛ぶかすら怪しい。
空気をここから圧縮して放射しようにも、距離がありすぎる。もっと近づいて――この建物から降りて数十歩ぐらいだろうか――放射しなければ意味がない。
「十秒待つよ、魔法使い。返事を冷静に考えてから答えるんだな」
「…………」
ベルホルトはこの期に及んでまで俺を引き込もうとしているのか、弓兵を構えさせたまま俺にそんな言葉を投げかけた。
『ユウマ……』
「……大丈夫だっての。そもそも白旗ってどういう意味さ、ベル」
『降参だよ。負けを認めて……この場合だと向こうの仲間になるって感じだな』
「成る程。関係ない話だった」
ベルとそんな会話を交えて、意識を現状に総動員する。殺されるか助けられるか。その選択に十秒も与えるとベルホルトは言った。そんな選択、当然十秒も悩む必要はない。だから俺は――
「……大丈夫だ。どうするべきかはもう考えついた」
「そうか、なら返事を聞かせてくれないか?」
俺がそう口にするとベルホルトはやっとこちらを向いた。腕を組んで俺の言葉を待っている。
「ああ、じっくりと考えてた――いや、ここからじゃ俺の魔法は届かないって理解した時から考えていた」
ほぉ、とベルホルトは頷く。
「それで考えた結果、やはりと言うかこの手しかないと言うか、こう結論が出た。“もっと近づいて撃ち込んで――いや、炸裂させてやれば良いんだ”って」
「……ん?」
「でも、俺はまだ動けそうにないからお前の所まで近づけない。だけど、俺自体は魔法を制御しているだけなんだ。ちゃんと魔法を制御出来るのなら、わざわざ俺が近づく必要なんて無いんだ」
……そう、礫を使った空気砲はイメージさえ保っていれば圧縮されたまま形を保ち続ける。手元で取り扱った方が精巧な操作ができるために今までは手のひらで圧縮、放射をしていたが、初めからそんな縛りは存在していない――!
「……そろそろだよな。そろそろ地面に落ちてる砂とか小石を吸い込んで、威力は十分に増している頃だよな――」
「何――」
そこでベルホルトはようやく上への視線を下に向けて、初めて顔を強張らせる。
地表を進みながら礫や砂などを巻き上げている旋風。その中心部に包み込まれて運ばれている――それも、砂礫や鉄の破片を十分に吸い込み何時でも砲撃可能となった空気砲に目を下ろして――
「精度も何もないがその立ち位置なら関係ない……」
「ッ! 全員退避し――」
咄嗟にベルホルトが指示を飛ばすがもう遅い。空気砲――いや、この場合だと空気爆弾か。旋風で運ばれた空気爆弾の位置は、低く見積もっても周囲の弓兵やベルホルトを纏めて吹っ飛ばす範囲内――!
「――全員、吹っ飛びな……!」
拳を握りしめて俺は痛みをかき消す勢いでそう言い放ちながら、圧縮した空気を形作るイメージを一気に解く。
爆発した空気は砂を巻き上げて、煙幕のように視界を塞いだ――
少し考えを巡らせていると、ベルがそう問いかけてくる。
現状をざっと読み取ると、前方にはわんさかと集まった敵が農具とか武器とか構えて睨んでいるのが確認できる。横は同じく敵が回り込んでいて――あー、ようは四面楚歌で完全包囲。この人数をものともしない突破力でも無い限り逃げ出すことは叶わなそうだ。
「どうするか。どうするか……そうだな」
……うーむ、本当にどうしたものか。武器を持った敵は囲んで一度に襲いかかって来るようなことがなければなんとかなる。
きっとこの現状で一番厄介なのは、弓兵のような注意の外から一方的に攻撃してくる敵だと俺には思える。だが、見る限り敵の弓兵は誰も高所を陣取っていたりはしていない。見張り台の上のような、こちらの攻撃がどうしても届かないような高所から一方的に狙撃されるようなことはなさそうだ。それなら――
「……そりゃまあ、逃げるでしょ」
『へ? 逃げるって何処に』
俺の返答に困惑したのか、ベルの声が若干裏返る。そりゃあ、やる気十分な発言をした直後に逃げる宣言だから困惑するのも無理はないか。
“お前に逃げ場は何処にもないぞ”と云っている敵に一瞬だけ目を向けて、深呼吸を済ませる。
「そりゃ、高くて手の届かないところにさ――ッ!」
「な、なんだ!?」
伏せた姿勢から膝をバネのように力強く伸ばし、後方へ大きく跳躍する。二階どころか三階建ての屋根の上に乗れそうな高さまで跳躍して食料庫の屋根の上に着地――とは言いがたいが、狙い通りの場所に跳び落ちた。
「ぐぅ……ち、着地がイマイチ上手くいかない……というか見てない方向に飛ぶのは怖すぎる」
「ッ、食料庫だ! 弓兵は狙撃しろ! 他の奴らは梯子をあるだけ持ってこい!」
「……こんなに追いかけ回されちゃ、流石に逃げ続けるのは無理だよなぁ」
着地の衝撃から立ち直った頃には既に食料庫は囲まれており、さっきより事態が悪くなっている気がする。多分、屋根の上を逃げ回っても遠くないうちに追い詰められてしまう予感がして、俺は右手に握っていた斧を鞘に収め、徒手空拳となった右手に空気を集めて圧縮する。
「……ああ、ダメだ。どうも気になる……なあ、ベル。少し良いか」
『どうしたユウマ、何か問題でもあったのか?』
「いや、そういう話じゃなくて。ただ……この反ギルド団体の人って本当に全員悪い人なのかなってさ」
斧を握った方の手で頭を掻きながらベルに尋ねる。
……我ながら、よくもまあこんな非常時にそんな呑気なことが聞けたものである。だけど、これを聞かないとどうしても判断が鈍るというか……自分の甘さが自分自身の足を引っ張ってしまいそうだったというか。
『こんな非常時によくもそんな!? ……まあ、こういうユウマの変なところは今に始まった話じゃないか。良いよ、何が気になってるのさ』
「……今言ったとおりの話だよ。反ギルド団体ってさ、要は悪いことをしている集まりなんだよな? 組織そのものが悪って感じで」
『まあ、そんなところ。仮に何も知らずに反ギルド団体で働いていた人間がいたとしても、“反ギルド団体”という組織に属しているなら大雑把に言って悪だろうさ』
「……でも、少なからず居るよなぁ、属しているだけで本当は何も悪いことをしていない人」
ガタン、と食料庫の屋根に梯子が立てかけられる。二本、三本と次々に立てかけられて今にも屋根の上へ敵が一気に乗り込んできそうだ。だというのに一体自分は何をボヤボヤしているのか、危機感とかが湧いてこない。
『つまり、本当は悪人じゃない人を倒す……いや、誤魔化すのはよそうか。そんな人たちを殺すことにユウマは抵抗感を持っているんだな』
「いや、抵抗感とは違うと思うんだけど……」
……いや、そうなのか? 国王直々の“作戦”という大義名分がある限り、俺は人を殺すことが出来ると思う。
自分を押し殺すような無理をして嫌々やっている訳でもないけれど……きっと、決意が中途半端なままだと後味の良くないモノが残るような気がして――
『……ユウマのおバカ。そもそも今は悪人かどうかなんて無駄な気遣いだろうに。悪人でも善人でも、ユウマを襲い殺そうとしているなら、そんな奴らを払い除けるのは当然のことじゃないのか? というか、そもそも殺そうとしてくるなら、そいつらみんな悪人だよ悪人』
「……まあ、そうなんだけど」
『分かってるじゃないか。つまりそういうことだよ。殺しにかかってくる相手を気遣って逆に殺されるのは大馬鹿だぞ大馬鹿。シャーリィも言っていただろ』
励ますような明るいそんな言葉。もしも彼女がポケットの中ではなく俺の隣に立っていたならば、クレオさんのように背中を景気づけにバシバシと叩いてくれたかもしれない。
……何故だろうか。きっとベルが励ますように言ってくれたことは、きっと当たり前の話である筈だ。だけど、そんな特別でもない言葉が俺にとっては何よりも頼りになる言葉のように感じられた。
「……ありがとベル、変なこと悩んでた。ちゃんと頭を切り換えて、この場を凌いでくる」
『はいはい、ご相談なら何時でもどうぞ。私は何時でもユウマの味方だよ』
お陰で決意が固まって、足を引っ張っていた迷いが手を離してくれた。
この場所で立ち止まっていられる限界は近い。間もなくして屋根の上に敵が登ってくるだろう。邪魔な前髪を掻き上げて――その際、髪の毛の一部が斧に引っかかってちょっと痛かった。
「――――ふぅ」
……ベルのお陰で気合い入った。深呼吸を終えると俺は助走を付けて屋根から大きく、今度は敵が大勢集まっている場所に目掛けて、屋根を蹴って宙に跳び出す。今度は放物線を描いて高く跳ぶのではなく、横へ真っ直ぐ跳び出した。
「ぐ――――ッ!」
真っ向からぶつかる空気の壁に歯を食いしばって耐え、跳躍の勢いのみで押し退ける。だが、それでも宙を跳んでいる体は徐々に失速し、地面へ落ちる。
……当然だ。足が地から離れている以上、たとえ転生していようがこれ以上の加速は出来ない。空気抵抗に押し返され続けている体はどう足掻いても敵軍のど真ん中へ落下する……いや、そもそも落下の衝撃でこの体は潰れてしまうだろう。
――その直前、右手に集めていた空気の塊を地面に向けて放出し、着地地点に待ち構えている敵を纏めて風圧で押し退ける。それと同時に空気の放射で落下の勢いを弱めた。
「こ……コイツ、まさか魔法使い――がハッ!?」
着地の衝撃を膝で受け止め、近くにいた敵の腹部に斧で突きを入れて気絶させる。その隙に背後から迫ろうとする敵に対し、周囲に四散した空気をもう一度操り吹き荒れさせることで牽制する。
敵は俺が転生使いだと分かると警戒し始めたのか、誰もが距離を置いて俺の様子を伺っていた。
……ああ、助かった。流石に数の暴力には勝てないのでこの状況は凄く助かった。シャーリィが来るまで凌ぐとは言えども、その間に数の暴力でボコボコにされているのは格好がつかない。
「……って、安心している場合じゃないな。弓兵を早くどうにかしないと」
幸いにも弓兵の数は四人と全体の数と比べて極端に少ない。今の自分にとって驚異なのは不意打ちの遠距離攻撃だけなので、優先して倒してしまえば後は問題なく対処していく……のは流石に無理か。
転生しているとはいえ俺自身のそこまで腕っ節は良くない。転生していても騎士兵みたいな重装備の大男が三人ぐらい同時に襲ってきたらお手上げするしかないのである。
「――っ! ッ、は――……!」
斧を腕力のみで振い、暴風を暴力的に振う。あらゆる方向から襲いかかってくる敵を持ちうる技能の中で最も適切な対処で迎撃しながら、跳んでくる矢を回避して弓兵の位置を確認する。
弓兵の不意打ちを避けるためには、何よりも立ち回りを意識し続ける必要がある。だから今の俺は目の前の敵よりも周囲を注意深く見ている。
「――ハァ、ハァ……ッ、ふ――!」
……さっきから思うがままに体が動く。転生した体は本人ですら恐怖を感じる速度で地面を蹴ることができるし、体が羽毛のように軽いのではと錯覚してしまう程に高く跳躍出来る。
今なら動体視力も回避する運動神経も問題ない。キチンと視界に入れて距離を詰めれば対処出来る。この調子ならきっと、本当の敵は自身の体力だろう。知らず知らずに上がっていた息を整えながら、そう冷静に自身を分析する。
「ッ、うおおおおおおおお――らぁあああああッ!」
横から飛んでくる弓兵の攻撃を避けながら距離を理解し、斧を握りしめた腕を全身を使って雄叫びと共に振り下ろし、全力で投擲した。投擲された斧は空気が爆ぜるような破裂音を置き去りにして、遠くの着弾点で木片を撒き散らした。
手にしていた武器を木っ端微塵に破壊され、すっかり腰が抜けた弓兵を見た敵が動揺している隙に、魔法を行使して蹴散らしながら他の弓兵へ距離を詰める。
放心している敵を魔法で押し飛ばすのは実に容易だ。間髪入れずに叩き退けて進む。
「この、クソったれ――!」
不意に、横からそんな雄叫びと共に盾と剣を構えて男が突撃してきた。意地でも俺を止めにかかる捨て身の行動。それを避けようとして――すぐ隣、避けようとした方向に建物があることに気がつく。
「……!」
退路が無くて回避することが出来ず、俺は棍棒のように振り下ろされた剣を斧で受け止める。斬撃と言うよりは殴打のような一撃を両手を使って受け止めてしまったため、一瞬だけ腕の感覚が麻痺してしまった。
「ッ、マズ――」
斧を使った近接攻撃はもちろん、魔法も行使する為には腕を使って制御しているので腕が麻痺して動かせないこの状況は攻撃手段を失ったに等しい。その隙を逃すことなく、敵は盾で俺を殴りつけようとして――
「く――どっちがクソったれだ、この――ッ!」
売り文句に買い文句。落ち着く暇がない乱戦の中でどうやら俺は正気じゃなくなったらしい。俺は男の盾を真っ向から蹴り返して背中から建物の壁をぶち破ることにした。
木片共々、後方に転がりながら体勢を整え、立ち直ると同時にもう一本の斧を即座に投げ込む。
「ぐぉ――!?」
投擲した斧は男の盾に防がれるが、その衝撃で大きくよろめき尻餅をついた。その隙を逃さずに俺はぶち破った穴から建物を飛び出して、盾に突き刺さった斧を握りながら、男を直接蹴り飛ばした。
……敵を遠くに蹴り飛ばしたことによって一瞬できた静寂の中。手元に残った盾に突き刺さった斧を、盾から引っこ抜いて仕切り直す。
「はぁ……はぁ……ッ、はぁ……」
乾ききった喉を空気が出たり入ったりを繰り返す。口の中に溜まった唾液を無理矢理飲み下しつつ呼吸を懸命に続けた。
……いやぁ、中々苦しい。まだ戦えるがここまで苦しいと苦しさの余りに口元が自然と吊り上がって面白くもないのに乾いた笑いが漏れそうになる。
「……さあ、どう来る……いや、俺がどう切り出せば良いか」
弓兵はあと三人。武器は斧一本、体力は休憩を挟めば十分足りる。敵は多いが俺に攻撃を与える手段を持ち合わせていない。
……この状況ならもしかすると俺だけでも制圧出来るかもしれない。慢心とか思い上がりをするつもりは全くないが、ここまで戦力が圧倒的だとそんな気も自然と湧いてくるのだ。
(……これが“転生使い”か)
――常人には持ち得ない力を持つ転生使いの存在は、希少でありながら誰もが求めている。
ギルドマスターが以前話してくれた言葉だが、その意味も薄々理解できるようになってきた。ここまで圧倒的な戦力を持ち合わせている存在を求めない理由がない。それが武力行使の戦力だったり牽制のための抑止力など、理由はどのようなものであっても。
「……怖いな、本当に。何もかもが」
『……? ユウマ?』
「いや、なんでもない」
小さく息を整えながらベルに一言。緊迫な場面で余計な思考が浮かぶのはきっと俺の悪い癖だ。思考を纏めて隅っこに追いやり、斧を握り直す。
俺を囲んでいる敵たちは叶わないと悟ったのかジワリジワリと距離を少しずつ広げていた。戦うのではなく、あくまで凌ぐための戦い方は少しずつ俺にとって有利な状況に運んでいたが、しかし。
「――遅れてすまんな。だが、よくやった家族達。もう引いて大丈夫だ」
……そう感じる根拠も理由もないのだが、何処からか不吉な予感のする穏やかな声が聞こえてきた。
それは何者かの声というよりは、ひょんなところで聞いたことのある気がする声だった。飾り気も危機感も感じられないのらりくらりとした声は、木片や鉄片を踏みつける足音と共に近づいてくる。
「……薄々は分かってたんだ。オレたちが本格的に動くより前に、ギルドは俺たちを制圧しに動くだろうってさ」
「…………!」
建物の影から姿を現した声主を見て思わず虚を突かれた。思考が凍り付いていた時に見たからなのか、今でもその姿や顔つき、声色をハッキリと覚えている。
老いは感じられないがきっと俺より年上で、ボサボサとした髪と大雑把に剃り落としたのだと分かる無精髭を生やした顔。
「だけどなぁ、こうも早い段階で基地を特定されて……それに、若い男がたった一人で来るとは思わなかったな」
放浪者のような布きれの外套で身を包み、鞘に収めたままの剣先を杖のように地面に突き立てながら、男は俺を見て軽い言葉を口にする。表情からしてその言葉は皮肉とかでは無く、思ったことをそのまま口にしたように感じられた。
態度は依然と異なるが、俺が武器庫に忍び込む時にぶつかったあの男で間違いない。
「君の名前は確か……ユウマで合っているね?」
「……そういうアンタの名前は知らない」
「あ、確かに。すまんな、オレってば作法とかに疎い育ちなんで」
男の軽い口調に耳を傾けながらも周囲を横目で見る。こうやって会話している隙に、周囲の反ギルド団体の人間が不意打ちをしてくるのではないかと思ったが、意外なことに誰も手を出そうとはしていない。隙を伺っているというよりは行く末を見守っているような――
「オレの名前はベルホルト。単刀直入に言うとすれば反ギルド団体の団長で、君の敵だよ」
「そうらしい。親玉を仕留めるんじゃなくて組織の鎮圧が目的だけど」
「そうかいそうかい。あ、さっきは新人だって勘違いして悪かったな。気を悪くしないでくれよ」
……さっきから掴み所が無くて相手がどう出るのか読めないでいる。武器を手にしているのだから戦意があるのは違いないのだが、このまま呑気に立ち話でも始まってしまいそうな雰囲気……いや、ひょっとしてもう始まってらっしゃる?
こちらから行動を起こせずにいると、男――ベルホルトは何気なく外套の中から何かを探り出す。出てきたのは……一冊の本? のようなものだった。
表紙はよく見えなかったが、この場でその本を取り出してどうするのだろうか。何をするのか想像がつかない。
「ベル、男が何か本を取り出したんだが……一体何をするんだ?」
『本を? 本なんて読む他に用途なんて思いつかないけど……』
「……まあ、気をつけておくか」
本の頁を捲るベルホルトから目を話さず、小声でベルに問いかけるが、あの本が一体何なのかはベルにも分からないらしい。
念のために俺は手にした斧を収めて、何時でも動くことが出来るように構える。あの本で何か出来るとは思っていないが、反ギルド団体にはコーヒーハウスで聞いたような妙な噂が多い。警戒して損は無いと思う。
「ここの団長として侵入者は排除しないといけない訳だが……その前にちょいと聞いても良いかい?」
「……何を聞くんだ?」
より気を引き締めてベルホルトの言葉に耳を傾ける。何をしてくるか分からない以上、考え無しに相手に行動を譲るのは良くない選択なのだが……今は相手の様子を伺いたかった。
「侵入者に厳しい一方で、入り口がだだっ広いのがウチの方針なんでな。殺し合った仲が今では仲間だなんてことは此処じゃよくある話だ。そこの惨事から見るにお前さん、魔法使いだろ? 折角出会えたこの機会、手放すのはオレからすれば中々惜しい」
「……勧誘してる?」
「話が早いのは良いことだ。が、返事をする前に色々と言い訳させておくれ。先入観のせいでこのままじゃ何言っても“こんなクソッタレの集まりなんか誰が入るか”なーんて言われちまうに違いない」
ベルホルトはニッコリと笑みを浮かべて肯定しながら気楽にそう語る。
鞘に収めたままの剣は相変わらず地面に突き立てられており、今はまだ敵意がないことを示しているような気がする。相変わらず手にした本が気になるが、今は彼の話の続きを無言で待った。
「ギルドにオレらについて何を聞かされているかは知らないが、こちらにだって大義名分があるんだ。ギルドと反ギルドが互いにやっていることは、自身の薄汚れた部分を隠し合いと、相手の弱みの暴き合いってところだ」
「薄汚れた部分……?」
「“目的を達成する為にはどうしようもない犠牲だから、見て見ぬふりをしている”って部分のことだよ。で、お互い相手の“それ”が気にくわないから反発し合っている。……仕方ないだろ? どんなに綺麗事を掲げていても必ず何かしらで反感を買っちまうんだ」
ベルホルトは皮肉のようにギルドと反ギルドについて語る。
この男の言うギルドの“薄汚れた部分”とは一体何なのか気になる――いや、もしかすると反ギルド団体の“薄汚れた部分”とやらも、実際聞いてみる価値はあるかもしれない。
……その辺は確かに気になるのだが、それを尋ねるよりも先に一言キチンと言っておこう。
「先に断っておく。何を言おうとも俺は反ギルド団体に入ることはないと思う」
「“思う”、なのか? 自分の意思で決めたのに曖昧な答えだな」
「そもそも俺はさ――ギルドが絶対正しい! 反ギルド団体に情状酌量とか必要ねーぶっ殺ッ! ……みたいな考えで戦っている訳じゃない」
『ぶっ殺って……』
「ギルドも反ギルドも関係なし……何だ、フリーランスの魔法使いなのか? いや、今の時代じゃそんな奴いる筈が――」
「え、何そのフリーランスって名前。なんか心に響いた」
『頼むユウマ、自分の考えを主張するんだったら最後まで言い切ってくれ……』
ベルから小声で指摘され、俺は咳払いをして仕切り直す。確かに今のは興味への気移りが酷かった。反省反省。でもフリーランスって単語はかっこいいので記憶しておくことにする。
「……コホン、善悪とか損得とか、そんなよく分からない理由で俺はこんなことをしている訳じゃない。ここは俺の知らない世界で、自分のことを知らない人ばかりで……きっと同じ境遇の仲間がいなかったら心をすり減らしてたかも。それぐらい心細かった」
『ユウマ……』
そもそも別にこうして語る義理は無く、断った理由を問われても適当に切り捨てて構わないのだが、それでも何らかの形で、誰でも良いから自分の決意と意思を宣言してやりたかった。そんな理由で俺は続きを語る。
「……でも、そんな俺をどういう訳か助けてくれた人がいた。後ろめたさを笑い飛ばして、迷ったら背中を景気よく押し飛ばしてくれて……そんなお人好しが実は一人で色々背負い込んで困ってた。だとしたら、そんな人の手助けをしたくなるのは普通の事じゃないのか」
本当に普通なのかと問われると少しだけ自信がないけれど、今は胸を張って自分の思想は正しいと断言するつもりで言い切る。そうでもしないとこうして立ち向かっていることに自信が持てなくなりそうだった。
「言い切るねぇ、そういう考えは好きだな。ところでその助けてくれた人っていうのは……ああいや、分かった! 女だな! 少なくとも男とくっついていない奴!」
「……マジか。なんで分かるん……?」
「そりゃ、男がそんなに熱意たっぷりに語る相手なんて女に決まってるだろ? ひょっとしてそいつが好きだったりするんじゃないのか?」
ベルホルトは実に楽しそうな笑顔を浮かべて話す。熱意……確かに、シャーリィはそれぐらい大切な存在だ。背負い込んだ責任感から逃げることなく、立ち向かうために心を強く鍛え上げ続けた少女。
その周りに笑顔を与え続けるその姿。他人のために自分が損をする嘘をつけるそのお人好しな性格に、俺は強く心を惹かれたのだろう。
「……ま、それじゃあ勧誘しても無理か。男ってのは家とか女を持った途端に腰が重くなりやがる……あ、別に嫌味が言いたい訳じゃないんだ。悪い悪い、聞き流してくれ。それにさ――」
片手をひらひらと揺らして悪意がないことを表現しながら、ベルホルトは口を大きく開けて暢気なあくびをした。そしてそのまま、不意にニヤリと笑みを浮かべて続きを口にする。
「そう言ってもらえて助かるよ。そうやってハッキリ言って貰えた方が、遠慮無く殺して良い敵だって分かりやすくてさ――」
「――!」
――全身を通り抜ける悪寒。その気味の悪い感覚が“本物”だと悟って、俺はベルホルトに背中を向けて全力で跳び退いた。嫌な予感を全身の肌で感じ取った、本能の動き。
背を向けてでも跳躍して宙に跳び出す一方、背後から紙を引き裂く音――恐らく、ベルホルトの手元からだろう――が聞こえたその刹那。
「――ッ!? ぐ――ッ……!?」
――衝撃が、全身をくまなく駆け巡った。
■□■□■
……視界が点滅している。肺の空気は全て絞り出され、やっと一呼吸が出来たその時、ようやく自分が空中から叩き落とされたのだと理解した。
一瞬、気絶でもしてしまったのだろうか? 叩き落とされたのではなく、既に叩き落とされた“後”の状態なのが理解できない。
木製の足場にめり込んだ体を動かしながら思考を落ち着かせる。妙に静か……いや、それどころか風の音すら止んでいる。どうにか木製の足場――どうやら何かの屋根のようだ――から身を起こして、自身の異常に気がつく。
どうやら音が止んでいるのではなく、音が聞こえていないのだと肌を撫でる風から読み取り、理解した。
(……鼓膜が破けた訳じゃないのか)
両手の小指を耳の穴に入れてみるが血は付いていない。そもそも完全に聞こえていない訳ではないらしく、うっすらと甲高い音が耳の中で伸びるように鳴っているので放っておけば回復しそうだ。
(問題は……耳がしばらく使えそうにないこと……それと)
口元の泥や木片を拭いながら、さっきの場所から一歩も動いていないベルホルトを睨む。
たった今、俺を撃墜した得体の知れない攻撃。一体何が起きたのか、何をされたのかが全く分からなかったということが何よりも問題だった。
(……? アイツの持ってる本、なんか変だぞ……?)
焼け付いた閃光がようやく抜け落ちた目でベルホルトの手元にある本を凝視する。
タイトルも飾り気もない質素な古本はベルホルトの手の上で大きく開かれており、一枚だけページが抜け落ちて――いや、違う。抜け落ちているのではなく引き千切られてる……!
(やっぱりあの本、何かある……間違いない。アイツはあの本を使って何か攻撃を仕掛けてきた……!)
「……あー、あーあー。良かった、ちょっとは聞こえるようになったな……」
耳を揉みほぐすように弄り回しながら鼓膜が破けていなかったことに安堵する。無音の中で戦うよりはずっと良い。
『……ウマ! ユウマ! 聞こえているのか! ユウマってば!』
「っ……あ、ああ。ちょっと聞き取りにくいけど、なんとか聞こえてる」
ポケットの中から懸命に呼びかけてくる彼女の声を聞いて落ち着けるように声をかける。彼女の方は今ので耳がやられたりはしていないらしい。
「―――――――――――――――弓兵、構え! 指示を出した瞬間、確実に当てられるように狙えよ!」
「! それぐらい――ッ、!?」
二人の弓兵がベルホルトの近くに集まって弓を構えるのを見て、俺はポケットから取り出した刃物でもう一度“転生”し、一旦この場から距離を取ろうと――するが上手く立ち上がれず、膝をついてしまう。
「なんでッ、立てないんだ……!?」
ここは木製の屋根なのだから足場がぬかるんだ訳ではない。問題があるとすれば、真っ直ぐに立とうとしてもユラユラと平衡感覚が狂っている俺自身で……まさか、さっきくらった攻撃で感覚が狂ったのだろうか……!?
「ぐ――ッ、くそっ……! 転生してても体が上手く動かない……!」
『無理に動くな! 体を伏せて治るのを待たないと――』
「そんな悠長なことしている場合じゃない! 一息ついたころには死んでるっての!」
右に傾く体を無理に起こせば、今度は前に倒れそうになる。今の俺は弓手からすれば誤差程度に動く的のようなものだろう。このままでは間違いなく狙い射られる。
たとえ“転生”していようとも、殺されれば死ぬのは変わらない。いくら超人的な力の持ち主でも一、二本ぐらい矢とか剣が胸に刺されば死ぬ。それだけは転生しようとも覆すことができない――
「どうする魔法使い。白旗か? それとも、サヨナラか?」
俺の方ではなく、弓兵二人の方を見ながらベルホルトは呑気な口調で尋ねる。
あの男がそういう性格なだけではなく、この状況で俺に勝ち目はないと確信しているから故の余裕だろう。そうでもないと流石に敵から目を逸らすような真似はしない。
逃げ出せないのなら迎え撃つしかない――が、ここは建物の屋根の上。水も礫も落ちていない。木片は余りにも軽すぎて殺傷力は持たない上に狙い通り飛ぶかすら怪しい。
空気をここから圧縮して放射しようにも、距離がありすぎる。もっと近づいて――この建物から降りて数十歩ぐらいだろうか――放射しなければ意味がない。
「十秒待つよ、魔法使い。返事を冷静に考えてから答えるんだな」
「…………」
ベルホルトはこの期に及んでまで俺を引き込もうとしているのか、弓兵を構えさせたまま俺にそんな言葉を投げかけた。
『ユウマ……』
「……大丈夫だっての。そもそも白旗ってどういう意味さ、ベル」
『降参だよ。負けを認めて……この場合だと向こうの仲間になるって感じだな』
「成る程。関係ない話だった」
ベルとそんな会話を交えて、意識を現状に総動員する。殺されるか助けられるか。その選択に十秒も与えるとベルホルトは言った。そんな選択、当然十秒も悩む必要はない。だから俺は――
「……大丈夫だ。どうするべきかはもう考えついた」
「そうか、なら返事を聞かせてくれないか?」
俺がそう口にするとベルホルトはやっとこちらを向いた。腕を組んで俺の言葉を待っている。
「ああ、じっくりと考えてた――いや、ここからじゃ俺の魔法は届かないって理解した時から考えていた」
ほぉ、とベルホルトは頷く。
「それで考えた結果、やはりと言うかこの手しかないと言うか、こう結論が出た。“もっと近づいて撃ち込んで――いや、炸裂させてやれば良いんだ”って」
「……ん?」
「でも、俺はまだ動けそうにないからお前の所まで近づけない。だけど、俺自体は魔法を制御しているだけなんだ。ちゃんと魔法を制御出来るのなら、わざわざ俺が近づく必要なんて無いんだ」
……そう、礫を使った空気砲はイメージさえ保っていれば圧縮されたまま形を保ち続ける。手元で取り扱った方が精巧な操作ができるために今までは手のひらで圧縮、放射をしていたが、初めからそんな縛りは存在していない――!
「……そろそろだよな。そろそろ地面に落ちてる砂とか小石を吸い込んで、威力は十分に増している頃だよな――」
「何――」
そこでベルホルトはようやく上への視線を下に向けて、初めて顔を強張らせる。
地表を進みながら礫や砂などを巻き上げている旋風。その中心部に包み込まれて運ばれている――それも、砂礫や鉄の破片を十分に吸い込み何時でも砲撃可能となった空気砲に目を下ろして――
「精度も何もないがその立ち位置なら関係ない……」
「ッ! 全員退避し――」
咄嗟にベルホルトが指示を飛ばすがもう遅い。空気砲――いや、この場合だと空気爆弾か。旋風で運ばれた空気爆弾の位置は、低く見積もっても周囲の弓兵やベルホルトを纏めて吹っ飛ばす範囲内――!
「――全員、吹っ飛びな……!」
拳を握りしめて俺は痛みをかき消す勢いでそう言い放ちながら、圧縮した空気を形作るイメージを一気に解く。
爆発した空気は砂を巻き上げて、煙幕のように視界を塞いだ――
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