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1.王女と異世界と転生使い

Remember-22 “縁”に斜線を/後悔だけはしない為に

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『……ユウマ、聞いてもいいかな』

 月明かりは頭上から地面を照らし上げていて、夜風はより冷たくなっていた。
 深夜帯は元から人の気配が無かったのに、更に消えて無くなったような感じがする。昼間の温かさが完全に冷め切ったような、そんな感じ。

『城は基本、一般人は招かれでもしない限りは敷地内へ入ることはできない……それに今は夜間帯だ。侵入すればさっきは歓迎されていたユウマでも、侵入者として処理されかねないぞ』
「……ああ、多分な」
『本当に、そこまでしてシャーリィの元に行くのかい』
「言っただろ、まだ諦めていないって。後悔していたことをやり直せる機会があるのなら、挑戦しなくてどうする」
『……うん、そうだな』

 先程の歓迎してくれた時とは違って、今回は城の門は固く閉ざされている。跳ね橋も立てられていて近づくことすら難しい。
 戦争の時に使われた防衛城だと聞いていたが、確かにこれは強固な守りだと改めて思う。王国の外壁ほど巨大ではないが、侵入者を拒むように大きく頑丈な壁が城を囲っている。

「高さは外壁と比べると半分ぐらいだと思うけど……堀があるのがなぁ。壁に掴まれそうな部分も無いし、下手すると外壁よりも越えるのが難しそうだ」
『しかも水堀か……泥田堀じゃないだけマシだけど』

 色々と確かめよう思って水に手を伸ばす……が、ベルに『汚いし危ないから止めろ』と怒られたので引っ込めた。
 太陽が昇っていればちゃんと分かるんだけど、今は深さが分からない。水は濁っていないけど単純に明かりが足りていない。

「水堀じゃなければ、壁の真下から跳躍して飛び越えられたかもしれないけど……ギルドマスターにロープでも貰うべきだったかもな」
『今から引き返して取りに行くかい? ギルドの人達なら喜んで協力してくれるだろうけど』
「……いや、格好が付かなすぎる。それにそんなことしたらシャーリィに笑われる気がする……やってやるぞ、俺は転生使いだぞ自力でしてみせるぞ」
『負けず嫌いなのかおバカなのか……とにかく怪我しないようにな。相談ならいつでもしてくれ』
「うん、頼りにしてる」

 ベルをポケットの中に入れて、ついでに活を入れるつもりで長くて邪魔な前髪を掻き上げて後ろに流す。
 経験上、高所から飛び降りて着地する時は前髪が勢い良く顔に叩きつけられて痛いのだ。自分の髪に目潰しされて、万が一足を挫くようなドジなんてしたら一体誰が笑ってくれるのか。

「……さて、やるか」
『ユウマ、再三言うけど――』
「手元が狂わないように注意しろ、だろ。良く分かってるよ。今は落ち着いてるから、そんな失敗はしない……と思う」

 ポケットから慎重にカミソリを取り出して首に添える。
 包丁とかガラクタの短剣に比べると、カミソリは意識が切り替わりやすい――つまり、簡単に転生できる。擬似的とは言え死ぬ思いをして“成る”のだから、より命がけな方が成功しやすいってことなのだろう。

「……本当、生きた心地がしない。なんでこんなことをしないと転生出来ないんだろう」
『無事成功したな。でも、どうやって壁を越えるんだ? 水堀もどうにかしないといけない訳だし』
「策ならある。今までは空気しか扱ったことは無かったけど、発泡酒に魔法を使った時に液体の要領は掴めた」

 水堀の水面に手のひらを合わせる。体温が水に奪われるみたいに、冷たい水に生命力魔力が溶け込んでいく感覚。
 ……今なら分かる。この堀は俺の身長よりも深い。俺の魔法はこうしたものを手に取るように扱えるのだから、こういった情報も手に取るように理解できるらしい。
 深くても精々、俺の腰ぐらいだと甘く見ていた。もしも考え無しに突き進もうとしたらどうなっていたことやら……暗いし溺れていたかもしれない。

「空気とは違って水ならハッキリと目に見える。気体に形を与える時はどうしても不完全だったけど、目に見える液体ならより完全な形を与えられる」
『水が凍った!? いや、これは……』

 手に触れた場所から少しずつ揺れる水面が凍り付くみたいに固まっていく。
 本当に凍ったわけではなく、ただ単に水が氷みたいに“形”を持っただけ。冷たさも見た目も水と変わらないが氷に匹敵する強固さを持っている。

「水に形を与えた。取り敢えずこれで一人ぐらいは歩ける範囲の水が固まったから、壁まで水の上を歩いて近づける」
『ほ、本当に大丈夫なのか……? 乗った瞬間割れたりひっくり返ったりしないか?』
「ちゃんと水底まで固めてるから、そういう心配はないと思う」

 しゃがんで手を水に触れ続けさせながら、その固まった水の上へ慎重に踏み出す。固まった水は氷みたいに滑ることは無く、まるで大理石の上を歩いているような歩き心地だ。
 足場が安定しているのは良いことなのだが、姿勢の都合上どうしても歩みが遅くなる。今見つかったら逃げることができない上に、慌てた拍子で魔法が解けて水底に落ちる予感がする。

「……ッ、とと……ハァ、よし」

 不慣れ故に少々危うかったものの、無事に壁のそばまで近づくことに成功する。
 離れた場所で見ても高く感じたのだから、至近距離まで近づくとより険しく高い壁のように感じられた。

「……さて、壁のすぐ近くまで歩いてきた訳だけど……ベル、問題が」
『ちょっと待ってくれユウマ、いきなり問題を挙げられると不安しかないんだが!』
「反応がめっちゃ早口……残念だけど、たった今問題ができた。致命的じゃないけど魔法の仕様上どうしようもない問題だ」

 壁を見上げながらベルに相談する。別に今からやべーことになるって訳ではないが……ちょっと無視できない問題ができてしまった。

「小瓶とかそういう手のひらサイズの魔法なら意識を集中しなくても形を保てる。だけど、魔法の規模が大きくなると。例えば水底まで固めているこの水なんかがそうだ。これからあの壁に跳躍する訳だけど……そうなるとこの触れている手が水から離れることになる」
『……それは、ここから跳躍できないってことか?』
「跳躍はできる。でもチャンスは一回だし、跳ぶ直前に足場が不安定になるかもしれない」

 変なところで緊張感が必要になる展開になった。いやまあ、こうなったのは完全に自分の未熟さのせいなのだが。
 手をしっかりと水面につけたまま壁の上を見上げる……が、それだけで少し足場が揺れた気がする。手を放したら間違いなくこの形は溶けて無くなるだろう。

『ど、どうするんだユウマ。自分で言うのもアレなんだが、私は慎重派だ。こうなったら別の策を考えるのを提案するけど』
「……やるしかない。やってみせる。いい加減自分の本質みたいなのが分かってきたけど、とりあえず“できるならやる”ってのが一番しっくり来る……!」
『その無謀になれる精神力が羨ましいよ……やるんだったら、細心の注意を払ってくれ』

 水の足場を踏み抜く勢いで蹴り、跳躍する。手が離れた途端に蹴る途中の足場は沼のように不安定になった感覚がした。
 足が取られる。体が傾いた気がした。
 左足がドプリと音を立てて沈み込み――右足が辛うじて形を保っていた足場を蹴り飛ばす。

「やっぱり届かないか……!」

 ベルの危惧していた通り、俺の跳躍は壁を越えることはなく半分より少し高い位置で失速し、静止した。
 体が落ちるより前に、右腕を――水堀の水を付着させた手を壁に叩きつける。
 魔法で粘着性を持たせた水は壁と俺の手を接着し、俺の全体重を問題なく支えてみせた。
 
「じ、準備運動ぐらいするべきだったか……ちょっと肩が痛かったけど、これなら……!」

 後は空いている左手にもこの粘着物を付けて、それを利用して壁をよじ登れば良い。体を持ち上げる腕力なら転生している間は問題ない。体力は少し不安があるが、この地点から登る分なら問題ないだろう。
 ……やはり、転生というものは破格過ぎる。言うならば火事場の馬鹿力をノーリスクで出しているようなものだ。毎回死ぬ思いをしているけど、実質対価はゼロのようなものだし。知らないところで代償を払っていないか心配になる。

「……ッ! 届いた……!」

 上手いこと壁に張り付いてよじ登り、遂に壁の一番上に手が届いた。
 少し苦労しながら体を壁の上に乗せると、高い壁でほとんど隠れていた国王の城がようやく見えるようになった。

「……うわぁ、地面がよく見えない。ここから地面までの距離感が掴みにくい」
『転生したらどれほど体が強くなるか分からないけれど、あの高さの城壁から飛び降りたりしたら普通は大怪我すると思うぞ』
「流石に無策で飛び降りたりはしないよ。転生って何かと便利だけど、過信できるものじゃないから」

 壁を登ったのだから今度は当然、この絶壁を降りる必要がある。
 城には所々で明かりが灯っているが、それでも暗い。月明かりでなんとか見えているけど、影の中なんか――例えば、今登っている壁のすぐ下なんかは全く見えない。

 俺はまず、腕に貼り付けていた水をひとまとめにする。魔法でトリモチのようになっていた水の粘性を少し落として、水飴状のそれを壁に貼り付けた。
 ……壁に付いた水滴は壁伝いに滑り落ちる。その速度は落下の速度よりも遅いし、粘性があればあるほど滑り落ちる速度は遅くなる。それを利用してこの水を使って壁を降りれば、比較的安全に降りることが出来る筈……!

「……ッ――!」

 壁から離れないように飛び降りる。放りだした体は地面に引っ張られるように落ちるが、壁に張り付いて流れ落ちる水が俺の体を持ち上げてみせた。
 そのまま火花のように水滴を散らしながら壁伝いに滑り降り、速度を殺して地面に着地した。

「ッ! や、やった……! 背中がスッってなったし落ちる時なんかめっちゃ後悔した……ベル、大丈夫? 壁にぶつかった衝撃とかで割れてないか?」
『割れてない。なんかそれ、言われて不快だよ、不快』
「……本当に心配して聞いているんだがなぁ」

 だってガラスは割れ物ですし。もしかするとガラスじゃなくて水晶とか未知の結晶とか、そういった物の類いかもしれないけども。

『さっきから気になってるけど……妙だな。こういう重要施設ってのは警備がいる筈なんだけど、一人も居ない』
「……その台詞、ギルドでも言えるか? シャーリィ曰くあそこも重要施設らしいけど」
『あー……まあ、アレはなんて言うか、例外だよ例外! そもそもこの国が妙だ。流石に城内は見回りが居るだろうけど……明らかに警備とか警護の兵士が少なく感じないか?』
「それは、確かに」

 ベルの言う通り、確かに護衛とか警備らしい人が全然この王国にはいない。そんな監視の目が緩い状態で治安を保っているのは妙だ。
 ギルドとか城の警備を緩くして王国内の監視を強めているのならまだ分かるかもしれないけど、実際は監視も手薄な訳だし……

「……でも、この際警備が薄いのは助かった。さっきだって、壁をよじ登ったりしている間は無防備だったからな」
『それでも慎重にな。今私たちがやっているのは誰がどう見ても“悪いこと”なんだから』
「でもさ、悪いことをやっているって考えるとなんだかドキドキしてこないか? なんて言うか、全身がくすぐったくて、何て言うか……笑いがジワジワ込み上げる感じがして」
『……分かるけど、それが原因で警備に見つかるなんて真似はよしてくれよ?』

 ガラスをポケットに突っ込んで茂みから立ち上がる。相変わらず城の庭は無人で、余計な真似をしなければ見つかる心配がなさそうに見える。

「流石に今回は正面から入るのは止めた方が良いかな。そうなるとここはやはり窓から入るか……いや待て、手頃な窓が近くに無いんですけど」
『戦争時代の城を再利用しているんだったか。そりゃ簡単に忍び込める場所は無いだろ』
「でも城の中に入った時に窓はあったから、間違いなくある筈……」

 城の壁を見ても、全てレンガの壁のみで、窓らしい物は無い……が、よーく見てみると結構高い位置に窓が取り付けられているのが見える。
 高さ的には先程の門より高いが、周囲には屋根とかがあるので難易度はそこまで高くない。屋根を利用して移動するなら跳躍で十分届く。

「……よし、また跳ぶぞ」
『ん、何度も言うけど気をつけてくれ』

 跳躍の前に周囲を確認する。転生していると体から若干光が漏れ出ているので、周りが真っ暗だとボンヤリと目立ってしまうから気をつけないといけない。
 ……シャーリィみたいに俺も簡単に転生を切り替えられれば、そういう心配も無いんだけどなぁ。体から漏れ出る光で見つかるリスクがあるとは言え、刃物で何度も首を切っている暇は無い。

「ッ――と、ほッ……!」

 まず一階建ての小さな倉庫の上に跳躍し、次に城の二階建てになっている部分の屋根に。次に三階建て部分の屋根――そして、四階の開いている窓に向かって大きく跳んだ。

「ッ……ふぅ」

 窓縁にカツン、と鳥のように降り立つ。必要最低限の音しか立てない姿は我ながら怪盗の様だ。
 他の窓は閉まっていたから進入経路は此処しかなかったので飛び込んだが、窓が開いているということはつまり、その付近に人がいるということ。
 だからここは迅速に忍び込んで気がつかれないように事を済ませ――て……?

「…………」
「……おや、おやおや」

 ……目が合った。いや、合っちゃった。
 室内を確認しようとして目線を上げたその先に、一人の男が席に座ってこちらを真っ直ぐと見ていた。

「……」

 ……お互いが無言で様子を伺い合っている。いや、俺は単に頭が真っ白で、思考は電撃みたいに駆け巡っているくせに、口や体が動かせていないだけだ。
 机に広げていた本を閉じて驚いているその男は、信じがたいことに――いや、単に俺が信じたくないだけだが――会ったことのある。それどころか会話だってしたことのある人物だった。

「……こんばんは、ユウマ君? ええっと、何を言えばいいのか分からないけど……とりあえず、忍び込むには狭い窓で申し訳ないね。なんていうかさ、ほら、だいぶ窮屈だろう?」
「――うおおおおぉぉぉぉ王ううう!?」

 ……哀れ、怪盗気取りで城に忍び込んだ男は、侵入直後に国の最重要人物国王に一瞬で見つかり、情けない声を上げたのだった――
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