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1.王女と異世界と転生使い
Remember-11 王国内巡り/Q.俺のことを知りませんか?
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「そんなに周りを見回してどうしたの。珍しい物でも見つけた?」
「いや……別に何かある訳じゃないんだけど、朝に歩いた時よりも賑やかになっているような気がして」
シャーリィの背丈と同じぐらいの子どもが二人、俺たちの横を走り抜けていくのを流し見ながらそう答えた。
……年齢もそう違わなそうなんだけどなぁ、本当に何がここまで彼女を変えてしまったのやら。
「日も昇ればここを通る人も増えるでしょうね。ここは脇道だからこの程度だけど、城門の通りなんかはもの凄い数の人が歩いてるわよ」
「城門の通りって、昨日馬車で通った結構広い道だよな? 確かに夕方でも人の通りが多かったな」
「昼間に比べたら夕方なんてずっと空いてる方よ――っと、危うく見逃すところだった。ここを曲がればすぐに着くわ」
曲がり角を曲がって進むシャーリィに付いて行くと、ほんの少し先に異質な存在が目に入った。
他の建物とは違ってお洒落に白く塗られた建物。窓から中を覗くと、何人もの男達がティーカップに入った何かを飲んでいたり、楽しげに笑談を繰り広げているように見える。
「……? なんか香ばしい匂いがする」
「ほら、突っ立ってないで早く入りましょ」
「あ、ああ。今行く。ベル、またしばらく静かにしていてくれ」
『了解。情報収集、頑張ってくれ』
店の扉を押し開いて待っているシャーリィに続いて、俺も恐る恐る店の中へ踏み込む。暗い色をした扉が閉まると、カランカラン、と金属の音が鳴った。
店内は何というか、変わった匂いで満たされていた。上手く表現できないが、そこはかとなく焦げた匂い。不快ではないが何処か癖のある匂いだ。
「いらっしゃい。今日も飲みに来たのかい?」
「まあ、そんなところ。今日も繁盛しているみたいね」
カウンターの中からここの店員と思われる男がシャーリィに声をかけた。どうやらお互い面識があるらしく、そんな言い慣れた挨拶を交わす。
……いや、彼だけじゃない。店の中で飲み物を飲んでいたり、サンドイッチを頬張っている客もシャーリィを見るなり手を上げて挨拶がてらに一声かける。どうやらここのお店でもシャーリィは常連兼、お得意様の様子。
「おや、連れのお方がいるとは珍しい」
「でしょうね、連れがいるのは初めてだし。私は苦めの豆で、彼には……うーん、癖があまりない豆を。あと、適当にブランチもお願い」
さっさと席に座るシャーリィに習って俺も隣の席に座る。
……どうやら彼が言っていた珍しいというのは本当のことらしい。店内の客が興味深そうに俺のことをチラチラと見てくる。多分、俺に興味があって見てくるというよりは、シャーリィの連れが何者なのか気になって見てくる様子。
「かしこまりました。ああ、シャーリィさん。情報紙の新刊が先程できあがったそうですよ」
「ありがと。ちょっと行ってくるから、ユウマはそこで待ってて」
シャーリィは常連らしい注文をすると席を立ってどこかに歩いて行ってしまった。多分、その情報紙とやらを貰いに行ったのだろう。
……で、カウンター席に一人置き去りにされた俺はどうしていれば良いのだろうか。さっきから周囲の視線が気になるし、人目がつく場所でベルと会話なんてしていたら余計な騒ぎを起こしそうだ。
「……失礼。貴方はユウマさん、で正しいでしょうか?」
「え――」
「おっと、間違えでしたらすみません。シャーリィさんがそう呼んでいらっしゃったので」
「ああ、そうですか。ユウマで合ってます」
シャーリィやベル以外には誰にも教えていないのに、不意に店員の男から名前を呼ばれて俺は動揺した。まさか俺のことを知っているのかと思ったが違うらしい。
俺は驚きながらも返事をすると、店員の男はおしゃれな髭の生えた口を横に伸ばしてにっこりと笑った。
「私の名前はブライトと言います。コーヒーハウス、ネーデル王国支店の店主を務めております。どうかお見知りおきを。シャーリィさんと一緒にいる以上、コーヒーハウスとは切っても切れない縁があるようなものですから」
「えっと……シャーリィはここでも常連なんですか」
「そうですね、他にも良く通う店は幾つかあるそうですが、この店には特に通っているとか。店主として誇らしく、嬉しいことです……砂糖は入れますか? ちょうど今なら飛花虫の蜜もありますよ」
「あー……お任せします」
ブライトさんはそう言いながら珈琲豆と思われる黒い粒をアンティーク小道具の中に流し込み、複雑なパーツを回してゴリゴリと心地の良い音を立てる。そうしてできた黒い粉と砂糖を銅色の鍋のような道具に入れて水を注ぐと、その道具を火にかけた。
「……ひょっとして、珈琲は初めてですか?」
「多分そうです」
飲んだ記憶がないと言った方が正しいのだが、結局は飲んだことがないのと同じだ。
「ほぉ……? そこの若いの、あんた珈琲を飲んだことがないって?」
「これはこれは、ブライト殿の腕が試されますな。口に合わなければ彼は珈琲が嫌いになるかもしれませんよ」
シャーリィがいなくなったのを見計らったらしく、両脇から知らない(記憶がないので当然だが)男達が首を突っ込んできた。
癖毛が強くてアフロのようになっている男は珈琲片手に俺に笑いかけ、眼鏡を鼻に乗せた細身の男もブライトさんにプレッシャーをかけるように笑っていた。勘違いでなければ“若いの”とは俺のことなのだろう。
「……ちなみに珈琲の味はどんな感じなんだ? 苦いってのは知ってるけど」
「エールみたいなもんさ。最初はちょーっと癖があると思うが、慣れれば美味い。初めてなら香りとか味をアレコレと吟味する必要はないさ」
「確かに初めて飲むなら、この独特の味はちょいとキツいかもしれませんな」
「なに、お任せあれ。期待は裏切りませんよ」
容器の中を木製の棒で混ぜながらブライトさんは余裕の表情を浮かべて答えた。
……なんだろう、周りは盛り上がってるけど俺はどう反応すりゃ良いのか。取り敢えず愛想笑いでも浮かべるか?
「しかし若いの、一体どうやってあのお嬢さんを釣り上げたんだ?」
「釣り上げる? どういう事だ?」
「あのお嬢さん、一匹狼な部分があるからさ。見た感じは恋仲じゃなさそうだが……どういった縁で仲が良くなったんだ?」
……うーん、どうやって彼女に出会ったかなら説明できる。
しかし、魔法は当然のこと、スモッグの話なんかも昨日の一件からして他人に話すのは駄目らしいので、その辺は伏せて話すことにした。
「俺はその……行き倒れていたんだ。そこでシャーリィたちに助けられた」
「行き倒れていたぁ? あっはっは! 成る程、そういう訳か! いやぁ、そいつは大変だったな。でもまあ見た感じ無事でなによりなこった。しかも高嶺の花に導いてもらえてさ」
「……皆はシャーリィと仲が良いのか? 彼女、ここの常連って聞いたし」
「うーん、会話はするけどそこまで打ち解けていない、ってところですな。露骨に冷たいって訳じゃないけど、少し距離を感じると言いますか……」
「ま、あんな態度だが薄情って訳じゃないんだよなこれが。話せば面白い人だ。見た目は子どもと見間違えるが、ありゃ間違いなく大人だな。なんならうちの女房よりも大人びてる」
彼らはそうシャーリィを見ている様子だが……そうだろうか? まあ、言葉遣いとか態度は丁寧だし、若干ズボラな部分はあるものの、時折見せる動作の丁寧さはまさにお嬢様。本人は否定しているが貴族の令嬢といわれても納得できる程だ。
だが、彼女の言葉は彼らが言うよりも、もっとフランクな感じだった気がする。俺やベル、服屋の女性にブライトさんに対してはそんな感じだ。
「――こほん、ちょっとよろしいですか」
「あ、シャーリィ」
アフロの男の背後に紙の束を脇に挟んだシャーリィの姿があって、俺はどこかホッとした。別にこの男二人に対して緊張した訳ではないし、むしろ興味深い話が聞けて面白かったのだが、知ってる人が近くにいた方がやはり安心するのだ。
「失礼ですがそこは私の席ですので空けて頂けません? 彼も私も、これから昼食を摂るところですから」
「ああ、悪い。邪魔したな若いの、何事も初めては大切にしろよ」
……おお、今まさに話題に上がったシャーリィの丁寧語だ。確かに冷たさを感じるというか、遠くないが近くもない距離感を感じる。
男二人はシャーリィに声をかけられるとあっさりと元いた席――少し離れたテーブル席に戻って行った。
「お待たせ。大丈夫? 何か変な事とか言われたり聞かれたりしなかった?」
「いや、何も。用事は終わったのか?」
「うん、貴方のことについて聞いて回ってみたわ。周辺で行方不明になった人間の情報とか、聞ける範囲での衣類の輸入とか」
「! どうだった?」
「残念ながら。もしも密輸とか拉致だとここじゃ何も掴めないからねぇ。あ、不審者の話なら聞いたけど、それって貴方だったりする?」
「それはない」
冗談を言ってくるシャーリィはいつも通り(とは言っても、出会ったのは昨日なのだが)フランクな態度で、別に他人と距離を取っているとは思えない。
他の人たちとは違ってシャーリィと打ち解けているのだと考えると、どこか嬉しく思える反面、どうして態度に違いがあるのかが密かに気になる。
「……どうかしたの?」
「いや、俺と他人は何が違うんだろうなーって」
「それは何というか、難儀な疑問ね」
俺と他人には何か違いがあるのか。そう考えてさっき首を突っ込んできた男二人の方を見ると、既に俺たちのことなんて気にせず、向こうで楽しそうに会話をしていた――あ、こっちに気がついて手を振ってきた。おーい。
「……何をしてるの、ユウマ」
「交流してみた。些細なことでも人脈は広げた方が良いかなって思って」
「まあ、確かにそうだけど……変にトラブル起こして喧嘩に巻き込まれないようにね」
シャーリィは気だるそうに――まるで真面目に反応するのが馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに――一言忠告してくれた。
そんな会話をしているとカウンターテーブルの向こうから手が伸びてきて、珈琲が注がれたカップが目の前に置かれる。
「お待たせしました、シャーリィさん、ユウマさん」
「……あれ。ユウマの名前を貴方に教えてたっけ? 盗み聞き?」
「貴女が呼んでいたのを聞きましたからね。その後ちゃんとお互い自己紹介しましたから盗み聞きじゃありませんよ」
サンドイッチと芋のチップスが盛られた皿を差し出しながらブライトさんはそう答えた。
……それって結局、盗み聞いたことに変わりないのでは? しかし、わざわざ指摘するようなことではないので、俺はカップの取っ手を摘まんで鼻先で黒い水面を揺らしてみる。湯気と共に香ばしく深い香りが鼻を通って肺一杯に満たされた。
「……? ブライトさん、どうかしたんですか?」
「ああ、いいえ。これは失礼しました。ユウマさんは珈琲を飲むのが初めてと伺いましたので」
俺に気づかれないように横目でこっそりと伺っていたみたいだが、食器を洗う手が不自然に止まっていたのですぐに分かった。
まるで俺が珈琲を飲むことを待っているみたいにそわそわとしている雰囲気から、初めて珈琲を飲む俺の感想や反応が聞きたかったのだろう。
「……じゃあ、失礼します」
せめてもの礼儀というか、ブライトさんの期待に応えられますようにという願掛けのつもりで一言呟き、僅かに赤みを帯びた黒い液体を口に含んだ。
「……コクがあってナッツのような風味。味もなめらかで調和が取れていながらも後味がふわりと甘くて尚且つ、何処か身近で親しみ深さを感じさせる味わいで――」
「食べ物で良く語るわよね、貴方って。要は美味しいって意味なんでしょ、それ」
「ああ、美味い。シャーリィがここに通う理由がよく分かったと思う」
シャーリィが淹れてくれた紅茶が風味と甘味なら、この珈琲は香りとコクだ。空きっ腹には少し重いが、ついつい口に運んでしまう中毒性がある味わいが良い。
「お気に召して下さりましたか。お口に合ったようで良かったです」
「珈琲は初めて飲んだけど、とても美味しいです……あ、でも口の中がザリザリする……歯ごたえ良いけど」
「いやちょっと待った。それ飲み過ぎ。珈琲はこう、上澄みを飲むのよ」
「……お腹減ってるからまあ良いや」
「いや何も良くないんだけど。苦いし渋いでしょ。灰汁もあるし」
「???」
「……あーホント、無知って強いわねぇ」
やれやれと首を横に振るシャーリィを横目で見ながら、カップを傾けて中身を飲んで咀嚼する。ブライトさんは俺たちを見てにこやかな表情を浮かべていた。
「……ねえ、ブライトさん。この辺で行方不明者の情報とか出てない? できれば捜索依頼が出ていない行方不明者が知りたいんだけど」
「行方不明者? いえ、すみません。流石に捜索依頼をされていない行方不明者は身内でもない限り知る由がないので……」
「それもそうよね。うーん、これじゃあギルドに行っても望みは薄そうかな」
そう言うとシャーリィは珈琲を少しだけ飲んで一息つく。口元についた珈琲の粉や泡を指で拭いながらサンドイッチに手を伸ばした。
「行方不明者……ああ、行方不明者自体は分かりませんが、“行方不明者を作り出している原因”の話なら聞いたことが」
「……話してもらえないかしら。その話、彼に必要かもしれない」
ブライトさんの話を聞いた途端、口に入れようとしたサンドイッチを皿の上に放り投げてシャーリィはそう尋ねた。俺もサンドイッチに手を伸ばそうとしたが、雰囲気を読んで手を引っ込めていたりする。
ブライトさんは軽い気持ちで話題を振ったらしいが、シャーリィと俺の顔を見て深い事情があることを読み取ったらしく、真面目な顔つきになった。
「ユウマさんに? ……事情は掴みかねますが、分かりました。シャーリィさんは反ギルド団体の存在を知っていますか?」
「私は知ってる。でもユウマは知らないと思う」
「うん、聞いたことがない」
「簡単に説明しますと、ネーデル王国の方針に不満を持つ過激派の集団、といったところでしょうか」
珈琲の粉が付着した銅の容器を洗いながらブライトさんは説明してくれた。政治の話はよく分からないが、やっぱり慕う国民もいれば反対する人々も少なからず出てくるんだろうなー、なんて呑気な感想を持つ。しかし、それなら少し疑問に思った部分がある。
「……? 王国に不満があって反発してるのに、名前がなんで“反ギルド”なんだ? ギルドって確か……依頼とかを取り締まっているだけの場所なんだろ?」
「良い質問ね。この国を治める国王とギルドの統括者は昔から縁があるの。もっと掘り下げればギルドを作り出したのも、管理を統括者――ギルドマスターに頼んだのも国王なのよ」
「国王がギルドを作った……?」
「そう。それ故に国王とギルドマスターは直接の繋がりがある。それがこの話の重要な部分だから覚えておいて」
洗い物に専念しているブライトさんに代わり、今度はシャーリィがチップスを口に入れながら説明する。ズルい、俺だって食べたいのに。いや別に食べることを止められてる訳じゃないんだけども。
「過激派の連中も国王の所に直接殴り込んだ方が良いって分かっているんでしょうけど、城は守りが固すぎてとても手が出せない。この王国自体が戦争で使われていた土地を再利用してできた訳で防衛に有利な立地だからね。それに騎士兵の寮が城の敷地内にあるから、緊急時にはすぐに戦力を固められて返り討ちよ」
「……ああ! そうか。だから狙いがギルドなのか」
王国に反発している連中が何故反ギルド団体と呼ばれているのか、そして何をしているのかまで理解した。
何に不満があるのかは知らないが、そいつらはこの王国、または国王に反発している。過激派と呼ばれているのだから穏便な反発ではないのだろう。だが、守りの固い城に武力行使は通じない。
それなら国王でなくても繋がりの強い人物を叩けば、国王も黙っていられなくなる。汚い手段だがとにかく、連中はどのような手段でも国王さえ動かしてしまえば良いのだ。
「つまり国王に手が出せないから、国王と直接繋がりがあって手が出しやすいギルドを攻撃しているのか」
「ん、正解。繋がりが強いギルドに反発して間接的に国王を動かそうとしているって訳。嫌がらせに近い武力行使でね。多いのはギルド関連の馬車を襲ったりとかかな」
「動かすって、具体的には?」
「さあね。確信が無いから言わないけど……まあ、今の政策を止めさせるのが目的って感じかなぁ」
「争いで政策を止めさせる、か。物騒な話だな……もしかしてだけど、ギルドって結構危ない状況にいるんじゃないのか?」
「そうそう。んで、重要な施設の癖に守りが薄くて色々筒抜けなのよ、あそこ。そもそも政治にも関わる施設で酒を扱うなんて……全く……」
肘をカウンターテーブルに乗せてシャーリィは不機嫌そうに愚痴を言った。
……これはひょっとするとの話だが、もしかしてシャーリィがギルドのことを嫌そうに話すのはそういったことが関係しているんじゃないだろうか……?
「さて、ユウマさんが理解してくださったところで話を行方不明者の件に戻させていただきますね」
「話の腰を折ってすみません」
「いえいえ、お気になさらず。で、その話なのですが……輸送業の従業員が失踪する事件がありました。確か歳は六十ぐらいか……失踪直後に捜索依頼が出されましたが今まで見つからず、濃霧で遭難して死亡したことになっていました」
濃霧と言われると、あのスモッグを思い出してシャーリィを横目で見る。
ギルドの一件で苛ついているらしく机をリズムよく叩いていた人差し指が一瞬、動きを止めたのは偶然だろうか。
「ですが最近、その行方不明者が反ギルド団体の一員として行動しているのを見た、と商業関係者の間で噂が広まっているのです」
「輸送業の人間ってことは王国側の人よね? 何で反ギルド団体なんかと?」
「妙なのはその部分ですね。彼が反ギルド団体に入ったのも、反ギルド団体が王国側の人間を引き込んだ方法も理由も、一切が不明なのです」
「単にその人が個人的に寝返った、とかじゃなくて? 例えばほら、労働環境が悪いとかさ」
「そう思えたのですが……その手の例が複数件あるのです。それと、ギルドは郵送業に対するストレスチェック、労働で不満な点の集計などを行ったりしているみたいですが、労働環境とこの件との関連性は無いとのことです」
「…………」
シャーリィの手に力が籠もる。爪を立てているのかあるいは純粋に握力なのか、カウンターテーブルからは小さく木材が軋む音が聞こえた。
……端から見ても分かる。表情を見る必要もなく、口調からでも読み取れるぐらいにシャーリィは苛立っている。
「とにかく手口は分かりませんが、最近の反ギルド団体の活動は積極的になっています。その規模から人員も増やしていることでしょう。襲撃の被害範囲も以前と比べて広がっていますし……」
「それは……困るわ。人を集めて戦力を備えるだなんて、何をするか想像がつく……」
シャーリィは両手に包んだコーヒーのカップに視線を落とす。
その冷静な口調で呟いていたシャーリィの表情は、またしても何故か忌々しい宿敵でも睨みつけるような目をしていた気がした。
「……暗い話になってしまいましたね。以上が反ギルド団体に関する話です。手口は分かりませんが、行方不明者と反ギルド団体。ここに繋がりは少なからず存在するかと」
「ありがとう。ユウマに関わっている……とはあんまり思えないけど、確かに有益な情報だったわ」
「珈琲の味を損なうような話ですみませんね。今度お詫びでもさせてください」
少し張り詰めていたような雰囲気はそんな会話を最後に、あっけなく緩んで穏やかな空気感に包まれた。じゃあ今度来た時に一杯奢ってよ、なんて冗談交じりに話すシャーリィもいつも通りの表情だ。
……でも、何故だか俺は店を出る時まで、あまり穏やかな気分ではいられなかった。
「いや……別に何かある訳じゃないんだけど、朝に歩いた時よりも賑やかになっているような気がして」
シャーリィの背丈と同じぐらいの子どもが二人、俺たちの横を走り抜けていくのを流し見ながらそう答えた。
……年齢もそう違わなそうなんだけどなぁ、本当に何がここまで彼女を変えてしまったのやら。
「日も昇ればここを通る人も増えるでしょうね。ここは脇道だからこの程度だけど、城門の通りなんかはもの凄い数の人が歩いてるわよ」
「城門の通りって、昨日馬車で通った結構広い道だよな? 確かに夕方でも人の通りが多かったな」
「昼間に比べたら夕方なんてずっと空いてる方よ――っと、危うく見逃すところだった。ここを曲がればすぐに着くわ」
曲がり角を曲がって進むシャーリィに付いて行くと、ほんの少し先に異質な存在が目に入った。
他の建物とは違ってお洒落に白く塗られた建物。窓から中を覗くと、何人もの男達がティーカップに入った何かを飲んでいたり、楽しげに笑談を繰り広げているように見える。
「……? なんか香ばしい匂いがする」
「ほら、突っ立ってないで早く入りましょ」
「あ、ああ。今行く。ベル、またしばらく静かにしていてくれ」
『了解。情報収集、頑張ってくれ』
店の扉を押し開いて待っているシャーリィに続いて、俺も恐る恐る店の中へ踏み込む。暗い色をした扉が閉まると、カランカラン、と金属の音が鳴った。
店内は何というか、変わった匂いで満たされていた。上手く表現できないが、そこはかとなく焦げた匂い。不快ではないが何処か癖のある匂いだ。
「いらっしゃい。今日も飲みに来たのかい?」
「まあ、そんなところ。今日も繁盛しているみたいね」
カウンターの中からここの店員と思われる男がシャーリィに声をかけた。どうやらお互い面識があるらしく、そんな言い慣れた挨拶を交わす。
……いや、彼だけじゃない。店の中で飲み物を飲んでいたり、サンドイッチを頬張っている客もシャーリィを見るなり手を上げて挨拶がてらに一声かける。どうやらここのお店でもシャーリィは常連兼、お得意様の様子。
「おや、連れのお方がいるとは珍しい」
「でしょうね、連れがいるのは初めてだし。私は苦めの豆で、彼には……うーん、癖があまりない豆を。あと、適当にブランチもお願い」
さっさと席に座るシャーリィに習って俺も隣の席に座る。
……どうやら彼が言っていた珍しいというのは本当のことらしい。店内の客が興味深そうに俺のことをチラチラと見てくる。多分、俺に興味があって見てくるというよりは、シャーリィの連れが何者なのか気になって見てくる様子。
「かしこまりました。ああ、シャーリィさん。情報紙の新刊が先程できあがったそうですよ」
「ありがと。ちょっと行ってくるから、ユウマはそこで待ってて」
シャーリィは常連らしい注文をすると席を立ってどこかに歩いて行ってしまった。多分、その情報紙とやらを貰いに行ったのだろう。
……で、カウンター席に一人置き去りにされた俺はどうしていれば良いのだろうか。さっきから周囲の視線が気になるし、人目がつく場所でベルと会話なんてしていたら余計な騒ぎを起こしそうだ。
「……失礼。貴方はユウマさん、で正しいでしょうか?」
「え――」
「おっと、間違えでしたらすみません。シャーリィさんがそう呼んでいらっしゃったので」
「ああ、そうですか。ユウマで合ってます」
シャーリィやベル以外には誰にも教えていないのに、不意に店員の男から名前を呼ばれて俺は動揺した。まさか俺のことを知っているのかと思ったが違うらしい。
俺は驚きながらも返事をすると、店員の男はおしゃれな髭の生えた口を横に伸ばしてにっこりと笑った。
「私の名前はブライトと言います。コーヒーハウス、ネーデル王国支店の店主を務めております。どうかお見知りおきを。シャーリィさんと一緒にいる以上、コーヒーハウスとは切っても切れない縁があるようなものですから」
「えっと……シャーリィはここでも常連なんですか」
「そうですね、他にも良く通う店は幾つかあるそうですが、この店には特に通っているとか。店主として誇らしく、嬉しいことです……砂糖は入れますか? ちょうど今なら飛花虫の蜜もありますよ」
「あー……お任せします」
ブライトさんはそう言いながら珈琲豆と思われる黒い粒をアンティーク小道具の中に流し込み、複雑なパーツを回してゴリゴリと心地の良い音を立てる。そうしてできた黒い粉と砂糖を銅色の鍋のような道具に入れて水を注ぐと、その道具を火にかけた。
「……ひょっとして、珈琲は初めてですか?」
「多分そうです」
飲んだ記憶がないと言った方が正しいのだが、結局は飲んだことがないのと同じだ。
「ほぉ……? そこの若いの、あんた珈琲を飲んだことがないって?」
「これはこれは、ブライト殿の腕が試されますな。口に合わなければ彼は珈琲が嫌いになるかもしれませんよ」
シャーリィがいなくなったのを見計らったらしく、両脇から知らない(記憶がないので当然だが)男達が首を突っ込んできた。
癖毛が強くてアフロのようになっている男は珈琲片手に俺に笑いかけ、眼鏡を鼻に乗せた細身の男もブライトさんにプレッシャーをかけるように笑っていた。勘違いでなければ“若いの”とは俺のことなのだろう。
「……ちなみに珈琲の味はどんな感じなんだ? 苦いってのは知ってるけど」
「エールみたいなもんさ。最初はちょーっと癖があると思うが、慣れれば美味い。初めてなら香りとか味をアレコレと吟味する必要はないさ」
「確かに初めて飲むなら、この独特の味はちょいとキツいかもしれませんな」
「なに、お任せあれ。期待は裏切りませんよ」
容器の中を木製の棒で混ぜながらブライトさんは余裕の表情を浮かべて答えた。
……なんだろう、周りは盛り上がってるけど俺はどう反応すりゃ良いのか。取り敢えず愛想笑いでも浮かべるか?
「しかし若いの、一体どうやってあのお嬢さんを釣り上げたんだ?」
「釣り上げる? どういう事だ?」
「あのお嬢さん、一匹狼な部分があるからさ。見た感じは恋仲じゃなさそうだが……どういった縁で仲が良くなったんだ?」
……うーん、どうやって彼女に出会ったかなら説明できる。
しかし、魔法は当然のこと、スモッグの話なんかも昨日の一件からして他人に話すのは駄目らしいので、その辺は伏せて話すことにした。
「俺はその……行き倒れていたんだ。そこでシャーリィたちに助けられた」
「行き倒れていたぁ? あっはっは! 成る程、そういう訳か! いやぁ、そいつは大変だったな。でもまあ見た感じ無事でなによりなこった。しかも高嶺の花に導いてもらえてさ」
「……皆はシャーリィと仲が良いのか? 彼女、ここの常連って聞いたし」
「うーん、会話はするけどそこまで打ち解けていない、ってところですな。露骨に冷たいって訳じゃないけど、少し距離を感じると言いますか……」
「ま、あんな態度だが薄情って訳じゃないんだよなこれが。話せば面白い人だ。見た目は子どもと見間違えるが、ありゃ間違いなく大人だな。なんならうちの女房よりも大人びてる」
彼らはそうシャーリィを見ている様子だが……そうだろうか? まあ、言葉遣いとか態度は丁寧だし、若干ズボラな部分はあるものの、時折見せる動作の丁寧さはまさにお嬢様。本人は否定しているが貴族の令嬢といわれても納得できる程だ。
だが、彼女の言葉は彼らが言うよりも、もっとフランクな感じだった気がする。俺やベル、服屋の女性にブライトさんに対してはそんな感じだ。
「――こほん、ちょっとよろしいですか」
「あ、シャーリィ」
アフロの男の背後に紙の束を脇に挟んだシャーリィの姿があって、俺はどこかホッとした。別にこの男二人に対して緊張した訳ではないし、むしろ興味深い話が聞けて面白かったのだが、知ってる人が近くにいた方がやはり安心するのだ。
「失礼ですがそこは私の席ですので空けて頂けません? 彼も私も、これから昼食を摂るところですから」
「ああ、悪い。邪魔したな若いの、何事も初めては大切にしろよ」
……おお、今まさに話題に上がったシャーリィの丁寧語だ。確かに冷たさを感じるというか、遠くないが近くもない距離感を感じる。
男二人はシャーリィに声をかけられるとあっさりと元いた席――少し離れたテーブル席に戻って行った。
「お待たせ。大丈夫? 何か変な事とか言われたり聞かれたりしなかった?」
「いや、何も。用事は終わったのか?」
「うん、貴方のことについて聞いて回ってみたわ。周辺で行方不明になった人間の情報とか、聞ける範囲での衣類の輸入とか」
「! どうだった?」
「残念ながら。もしも密輸とか拉致だとここじゃ何も掴めないからねぇ。あ、不審者の話なら聞いたけど、それって貴方だったりする?」
「それはない」
冗談を言ってくるシャーリィはいつも通り(とは言っても、出会ったのは昨日なのだが)フランクな態度で、別に他人と距離を取っているとは思えない。
他の人たちとは違ってシャーリィと打ち解けているのだと考えると、どこか嬉しく思える反面、どうして態度に違いがあるのかが密かに気になる。
「……どうかしたの?」
「いや、俺と他人は何が違うんだろうなーって」
「それは何というか、難儀な疑問ね」
俺と他人には何か違いがあるのか。そう考えてさっき首を突っ込んできた男二人の方を見ると、既に俺たちのことなんて気にせず、向こうで楽しそうに会話をしていた――あ、こっちに気がついて手を振ってきた。おーい。
「……何をしてるの、ユウマ」
「交流してみた。些細なことでも人脈は広げた方が良いかなって思って」
「まあ、確かにそうだけど……変にトラブル起こして喧嘩に巻き込まれないようにね」
シャーリィは気だるそうに――まるで真面目に反応するのが馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに――一言忠告してくれた。
そんな会話をしているとカウンターテーブルの向こうから手が伸びてきて、珈琲が注がれたカップが目の前に置かれる。
「お待たせしました、シャーリィさん、ユウマさん」
「……あれ。ユウマの名前を貴方に教えてたっけ? 盗み聞き?」
「貴女が呼んでいたのを聞きましたからね。その後ちゃんとお互い自己紹介しましたから盗み聞きじゃありませんよ」
サンドイッチと芋のチップスが盛られた皿を差し出しながらブライトさんはそう答えた。
……それって結局、盗み聞いたことに変わりないのでは? しかし、わざわざ指摘するようなことではないので、俺はカップの取っ手を摘まんで鼻先で黒い水面を揺らしてみる。湯気と共に香ばしく深い香りが鼻を通って肺一杯に満たされた。
「……? ブライトさん、どうかしたんですか?」
「ああ、いいえ。これは失礼しました。ユウマさんは珈琲を飲むのが初めてと伺いましたので」
俺に気づかれないように横目でこっそりと伺っていたみたいだが、食器を洗う手が不自然に止まっていたのですぐに分かった。
まるで俺が珈琲を飲むことを待っているみたいにそわそわとしている雰囲気から、初めて珈琲を飲む俺の感想や反応が聞きたかったのだろう。
「……じゃあ、失礼します」
せめてもの礼儀というか、ブライトさんの期待に応えられますようにという願掛けのつもりで一言呟き、僅かに赤みを帯びた黒い液体を口に含んだ。
「……コクがあってナッツのような風味。味もなめらかで調和が取れていながらも後味がふわりと甘くて尚且つ、何処か身近で親しみ深さを感じさせる味わいで――」
「食べ物で良く語るわよね、貴方って。要は美味しいって意味なんでしょ、それ」
「ああ、美味い。シャーリィがここに通う理由がよく分かったと思う」
シャーリィが淹れてくれた紅茶が風味と甘味なら、この珈琲は香りとコクだ。空きっ腹には少し重いが、ついつい口に運んでしまう中毒性がある味わいが良い。
「お気に召して下さりましたか。お口に合ったようで良かったです」
「珈琲は初めて飲んだけど、とても美味しいです……あ、でも口の中がザリザリする……歯ごたえ良いけど」
「いやちょっと待った。それ飲み過ぎ。珈琲はこう、上澄みを飲むのよ」
「……お腹減ってるからまあ良いや」
「いや何も良くないんだけど。苦いし渋いでしょ。灰汁もあるし」
「???」
「……あーホント、無知って強いわねぇ」
やれやれと首を横に振るシャーリィを横目で見ながら、カップを傾けて中身を飲んで咀嚼する。ブライトさんは俺たちを見てにこやかな表情を浮かべていた。
「……ねえ、ブライトさん。この辺で行方不明者の情報とか出てない? できれば捜索依頼が出ていない行方不明者が知りたいんだけど」
「行方不明者? いえ、すみません。流石に捜索依頼をされていない行方不明者は身内でもない限り知る由がないので……」
「それもそうよね。うーん、これじゃあギルドに行っても望みは薄そうかな」
そう言うとシャーリィは珈琲を少しだけ飲んで一息つく。口元についた珈琲の粉や泡を指で拭いながらサンドイッチに手を伸ばした。
「行方不明者……ああ、行方不明者自体は分かりませんが、“行方不明者を作り出している原因”の話なら聞いたことが」
「……話してもらえないかしら。その話、彼に必要かもしれない」
ブライトさんの話を聞いた途端、口に入れようとしたサンドイッチを皿の上に放り投げてシャーリィはそう尋ねた。俺もサンドイッチに手を伸ばそうとしたが、雰囲気を読んで手を引っ込めていたりする。
ブライトさんは軽い気持ちで話題を振ったらしいが、シャーリィと俺の顔を見て深い事情があることを読み取ったらしく、真面目な顔つきになった。
「ユウマさんに? ……事情は掴みかねますが、分かりました。シャーリィさんは反ギルド団体の存在を知っていますか?」
「私は知ってる。でもユウマは知らないと思う」
「うん、聞いたことがない」
「簡単に説明しますと、ネーデル王国の方針に不満を持つ過激派の集団、といったところでしょうか」
珈琲の粉が付着した銅の容器を洗いながらブライトさんは説明してくれた。政治の話はよく分からないが、やっぱり慕う国民もいれば反対する人々も少なからず出てくるんだろうなー、なんて呑気な感想を持つ。しかし、それなら少し疑問に思った部分がある。
「……? 王国に不満があって反発してるのに、名前がなんで“反ギルド”なんだ? ギルドって確か……依頼とかを取り締まっているだけの場所なんだろ?」
「良い質問ね。この国を治める国王とギルドの統括者は昔から縁があるの。もっと掘り下げればギルドを作り出したのも、管理を統括者――ギルドマスターに頼んだのも国王なのよ」
「国王がギルドを作った……?」
「そう。それ故に国王とギルドマスターは直接の繋がりがある。それがこの話の重要な部分だから覚えておいて」
洗い物に専念しているブライトさんに代わり、今度はシャーリィがチップスを口に入れながら説明する。ズルい、俺だって食べたいのに。いや別に食べることを止められてる訳じゃないんだけども。
「過激派の連中も国王の所に直接殴り込んだ方が良いって分かっているんでしょうけど、城は守りが固すぎてとても手が出せない。この王国自体が戦争で使われていた土地を再利用してできた訳で防衛に有利な立地だからね。それに騎士兵の寮が城の敷地内にあるから、緊急時にはすぐに戦力を固められて返り討ちよ」
「……ああ! そうか。だから狙いがギルドなのか」
王国に反発している連中が何故反ギルド団体と呼ばれているのか、そして何をしているのかまで理解した。
何に不満があるのかは知らないが、そいつらはこの王国、または国王に反発している。過激派と呼ばれているのだから穏便な反発ではないのだろう。だが、守りの固い城に武力行使は通じない。
それなら国王でなくても繋がりの強い人物を叩けば、国王も黙っていられなくなる。汚い手段だがとにかく、連中はどのような手段でも国王さえ動かしてしまえば良いのだ。
「つまり国王に手が出せないから、国王と直接繋がりがあって手が出しやすいギルドを攻撃しているのか」
「ん、正解。繋がりが強いギルドに反発して間接的に国王を動かそうとしているって訳。嫌がらせに近い武力行使でね。多いのはギルド関連の馬車を襲ったりとかかな」
「動かすって、具体的には?」
「さあね。確信が無いから言わないけど……まあ、今の政策を止めさせるのが目的って感じかなぁ」
「争いで政策を止めさせる、か。物騒な話だな……もしかしてだけど、ギルドって結構危ない状況にいるんじゃないのか?」
「そうそう。んで、重要な施設の癖に守りが薄くて色々筒抜けなのよ、あそこ。そもそも政治にも関わる施設で酒を扱うなんて……全く……」
肘をカウンターテーブルに乗せてシャーリィは不機嫌そうに愚痴を言った。
……これはひょっとするとの話だが、もしかしてシャーリィがギルドのことを嫌そうに話すのはそういったことが関係しているんじゃないだろうか……?
「さて、ユウマさんが理解してくださったところで話を行方不明者の件に戻させていただきますね」
「話の腰を折ってすみません」
「いえいえ、お気になさらず。で、その話なのですが……輸送業の従業員が失踪する事件がありました。確か歳は六十ぐらいか……失踪直後に捜索依頼が出されましたが今まで見つからず、濃霧で遭難して死亡したことになっていました」
濃霧と言われると、あのスモッグを思い出してシャーリィを横目で見る。
ギルドの一件で苛ついているらしく机をリズムよく叩いていた人差し指が一瞬、動きを止めたのは偶然だろうか。
「ですが最近、その行方不明者が反ギルド団体の一員として行動しているのを見た、と商業関係者の間で噂が広まっているのです」
「輸送業の人間ってことは王国側の人よね? 何で反ギルド団体なんかと?」
「妙なのはその部分ですね。彼が反ギルド団体に入ったのも、反ギルド団体が王国側の人間を引き込んだ方法も理由も、一切が不明なのです」
「単にその人が個人的に寝返った、とかじゃなくて? 例えばほら、労働環境が悪いとかさ」
「そう思えたのですが……その手の例が複数件あるのです。それと、ギルドは郵送業に対するストレスチェック、労働で不満な点の集計などを行ったりしているみたいですが、労働環境とこの件との関連性は無いとのことです」
「…………」
シャーリィの手に力が籠もる。爪を立てているのかあるいは純粋に握力なのか、カウンターテーブルからは小さく木材が軋む音が聞こえた。
……端から見ても分かる。表情を見る必要もなく、口調からでも読み取れるぐらいにシャーリィは苛立っている。
「とにかく手口は分かりませんが、最近の反ギルド団体の活動は積極的になっています。その規模から人員も増やしていることでしょう。襲撃の被害範囲も以前と比べて広がっていますし……」
「それは……困るわ。人を集めて戦力を備えるだなんて、何をするか想像がつく……」
シャーリィは両手に包んだコーヒーのカップに視線を落とす。
その冷静な口調で呟いていたシャーリィの表情は、またしても何故か忌々しい宿敵でも睨みつけるような目をしていた気がした。
「……暗い話になってしまいましたね。以上が反ギルド団体に関する話です。手口は分かりませんが、行方不明者と反ギルド団体。ここに繋がりは少なからず存在するかと」
「ありがとう。ユウマに関わっている……とはあんまり思えないけど、確かに有益な情報だったわ」
「珈琲の味を損なうような話ですみませんね。今度お詫びでもさせてください」
少し張り詰めていたような雰囲気はそんな会話を最後に、あっけなく緩んで穏やかな空気感に包まれた。じゃあ今度来た時に一杯奢ってよ、なんて冗談交じりに話すシャーリィもいつも通りの表情だ。
……でも、何故だか俺は店を出る時まで、あまり穏やかな気分ではいられなかった。
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