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3【カイル視点】

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 ふと、いつもうるさく付き纏うあいつがいないのに気が付いた。
 いつから会っていないだろうか。
 毎度差し入れに来るし、街を巡回すれば必ずと言っていいほど顔を合わせるので、こんなに長く会っていないのは初めてだ。
 
 「おいカイル。いつもの恋人、最近来てないじゃん」

 手合わせの順番待ち中に同僚が小声で言った。
 上の粋(はた迷惑)な計らいで、半年に一度の手合わせ訓練中には見物人が来れるようになっている。
 男共に女性の声援でやる気と緊張感を持たせるためにだそうだ。

 あいつはいつも大体一番目立つところを陣取って俺を応援しているので、同僚も先輩にも顔が知れ渡っていた。

「とうとう応援に来なくなったのか。お前反応薄いもんな」
「そんなことで一々感動する奴の方がどうかしてるだろ。まぁ、面倒がなくていい」
「おっまえ、恋人を面倒って言ったか?独り身の俺に喧嘩売ってんだろああん?」
「うるせぇな。年がら年中女に引っ付かれてる身にもなれよ。先輩にもからかわれるし散々だぜ」
「あーあー持てる奴は傲慢だねえ。俺も構われ過ぎて引っ付くなよって言ってみてえ」

 やだやだと大袈裟に非難してくる同僚を無視しながら、自分の番が来たので訓練場の中央へ行く。
 審判をしている副隊長の構え、の号令に試合相手と俺が木剣を構えた。

 今日の相手は力任せで剣を振り回し対戦相手の手が痺れ剣が握れなくなって取り落すのを狙ってくることで有名で、そのためゴリラと呼ばれている男だ。

 目が合うとにやりと笑ってくる当たり、また力任せのごり押し戦術で来る気なのだろう。

 始めの号令がされ、試合が始まったと同時にゴリラが距離を詰め垂直に木剣を振り下ろしてきた。
 
 案の定習った剣術もどこへやら、一振りごとに馬鹿みたいに力を入れてきて、木剣ががんがんと不細工な音を立てる。
 まともに相手にしてるとこちらの握力が可笑しくなってしまう。
 この後もまだ訓練が続くと言うのに冗談じゃない。

 数打やりあってからわざとよろめき、そこを狙ってきたゴリラの大振りの隙を狙い脇を打ち据えた。
 
 相手が倒れるのと同時に歓声が上がる。
 
 俺は定位置に戻り、刀をしまう動作をした。
 ゴリラもよろよろと立ち上がり、同じ動作をする。
 これで試合の終了の合図となる。

「よー、お疲れさん」

 同僚にぽんと肩を叩かれ労われる。

「クソ、とんだ貧乏くじ引いちまった」
「あの馬鹿力ゴリラな。あいつの相手すると書類作業に支障が出んだよなぁ」

 あいつの剣を2回受けただけだと言うのに、指先がぴりっと微かに痺れる。
 それを紛らわすように手を振っていると、同僚からさも気の毒にといった表情をされた。
 
 ――こんな時あいつなら、井戸で冷やした飲み物持って来てくれるんだよな。

 あいつが俺を追っかけていたのは年単位だ。
 他の騎士のこともしっかり把握したのか、嫌な練習相手と当たった時は応急処置に使えそうなものを差し入れてくれた。

 あのゴリラ相手にした時は手を冷やせるように冷たい飲み物。
 防衛一方でなかなか決着が付かない後輩との試合には疲労回復用の薬を染み込ませた布。これが疲れた所に当てておくと意外に効く。

 審判に見られないように足を狙ってくる相手の時に、ブーツの足先に仕込む鉄板を渡されたのには呆れてしまったが。

「あ、ああああの、カイル様!」

 そんな事を考えていたせいか、一際大きい声で名前を呼ばれ、いつもならあいつが混じってるはずの見物人たちの所にふらふら立ち寄ってしまった。

「なに」

 見物人は入れるところが限定されており、必要以上に騎士達に近付けない決まりである。
 が、騎士の方から近付くのは許されている。

「ゆ、指先から血が…!これ、良かったら使ってください!」

 はちみつ色の髪の女が、頭を下げながら腕を目一杯伸ばしてハンカチを渡してきた。
 言われて見てみれば、確かに爪が割れて少し出血している。
 ここからよく見えたなおい。

「ああ、わり。使わせてもらうわ」

 あいつもはちみつ色の髪だが、もう少し茶色が強いよな。
 そう思いながら特に深い意味もなくその女からハンカチを受け取って傷に当てた。

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